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台風というのは、地の如く、「風」なのね。気圧が周囲と大きく違ってめちゃくちゃ低いから、そこに向かって風が吹き込む。その時できる風の渦が、雨をもたらすときもあれば、風ばかりでほとんど雨の無い台風もある。思い返せば、20年前の8月30日には、私は手術で明石の癌センターに居た。その日から翌日にかけては、猛烈な風台風(雨を降らさず、高潮の潮風をまき散らす)が兵庫県南部を吹き荒れて、麻酔が覚めてから一晩中、本当に風が怖かった。術後の特別室は、特殊ガラスの壁面で、2面が透明なガラス。20㎝の傷が痛むとか、導尿のカテーテルがどうとか、そういうレベルではなかった。暴風のせいで、ガラスの壁面が損壊してしまうのではないかと、本気で怖かった。そうかぁ、あの日から20年がたったのかぁと、昨夜は、思ったりした。yumiさんの日記のおかげで、ちょっと古い記憶も、取り戻せたし。2004年8月30日は、手術記念日。そしてその翌朝までは激烈な風台風だったと。あの頃、まだ、ジュリーを追っかけてなかったわけで。。。高潮の塩分を含んだ風は兵庫県の内陸部にまで達し、街路樹を枯らし、晩生の稲にひどい悪影響をもたらした。稲穂が垂れないままの状態を長く見た。20年っていう時間を、こうやって振り返れるブログがあって、本当に良かった。今、退職して、20年前を振り返ることもできるし、毎日、前日の晩御飯を思い出すなんてことにも使えている。あの頃、いろんな媒体があったけど、結局、なんか、ここに落ち着いたんだった。yumiさんとも出会えたしね。太宰府で一緒に梅が枝餅食べたり、ジュリーの福岡のコンサートの日が大雨だったり。。。晴れて、カモメが飛んでる海を見たり。太宰府で会ったときは、最後の担任の時の解散旅行で、行ったときで、次の日にも、もう一度学年の人たちと行ったっけ。あの時の担任の子が、これまた、同業になってて、泣きを入れてくるんだよね・・・今ね、手元に、ジパング倶楽部の先月号の写真を持ってるんだよ。それは、角島大橋の写真なんだ。。。まだ、yumiさんが、退職後にあちこちバス旅行してた時のこととか、思い出してました。家持をめぐる旅。家持は多賀城に、武人として居たらしいよ。記録が発見されたって。。。多賀城は、もっと遠いかぁ。今日で、色々あった8月も終わり。大谷君は43-43をやってのけたし、田中碧は、リーズに移籍して、三笘と同じ22番だったし。色々色々。まだまだ、これからも、色々、一杯だね!
2024年08月31日
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今日も、小雨になったところで買い物に出かけ、金・土・日が安い、ガソリンスタンドでの給油も済ませて蔵についてから、潅水しましたよ~~~ベランダの潅水は、マストだもんね。もう、どこに居るのか、いつ来るのか、翻弄されてしまうわ。確かなことは、まとまった雨がちゃんと降ったことで、今のところ、蔵や自宅周辺には、被害はなくて、むしろ、これからなんか?よくわからないけど、取り敢えず、今日は、早めに帰って、強い雨に会わないようにしたい。零時頃が激しい???って予報なんだけど、どんどん変わるし、あんまり信用できない。でも、まあ、買い物も済んでるし、とにかく今日は、帰って明日の朝の様子を見よう。給油は、重要な仕事で、今日は、プリカに20000円チャージしたら、なんかポイントがたまったらしくて、機械が「おめでとうございます!」的な音楽を流したと思ったら、事務所の奥からティッシュ1箱。おじさんが、持ってきてくれた・・・なんとまぁ。1リットル158円と税金10%だ。20000円チャージだと、2円引きになるんだよね。多分。。。
2024年08月30日
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地震・台風・火事・おやじ どれも、勘弁してほしい。なんと、今、山口県の入院中の母から、テレビで観たけど、って、心配の電話がかかってきた。そうなんやぁ。。。雨はなぁ、蔵の周囲は、べっちょないけど、遠雷がずっとゴロゴロ言うてるで。って感じだなぁ。入院中のまま次は入所の準備もするのだが、まだ、1週間以上あるから、いくら何でも、大丈夫だろうと思っている。それより、病院でも、入居予定の施設でも、コロナが出ているようで、そらあ、そっちの方が、心配。。。昨日、妹からラインで、姑さんの経管栄養を止めると医師に言われたとのことだった。あらゆることが、同時進行で、中心に居る妹には悪いけど、できることは限られるしなぁ。今日は、妹にもち米の玄米5Kg入りを2袋と、母の入所用のタオルとを、送った。台風のこととて、着くのはいつになるやらだけど。遅くとも、日曜か月曜には着くだろう。荷物を出しに行くのも小雨の中だったが、本局まで行ったら、駐車場からが遠くて、濡れるのも重いのももう無理なんで、地元の特定郵便局に、今日の便が終わっていても良いからって、出してきた。がら空きの特定郵便局があって、横に3台とめられて、絶対空いてるって、元夫君が言うから。初めて行ったけど、本当にその通り。家からも一番近いかも。これまで行っていた職場の横の郵便局は、特定郵便局だと思うけど、まあ、駐車2台分が、空いてない。退職後、新たに開拓した家から近いもう一つの郵便局は、駐車場が裏側になる。運よく表が空いてたら、1台停められる。本局とかは、もう、論外で・・・さて、そんなことで、7月分のはずのコメも送れたし、3色の色違いの模様のタオルも6セット(18枚!)。名前を書くところがちゃんとあるので、いいかぁと、今治産のにした。こないだの法務局に行くとき、新しくなった道がわからんと元夫君に言ったら、今後の為に行ってみますか?と言うから、ありがたく教示してもらった。彼は、法務局(支所)の近くの病院に月に一度行っていて、良く通る道は詳しいようだ。逆に、市役所とか、私もだけど、行かなかったら、行き方とかわからなくなるし、駐車場の扱いとかも、わからなくなるし、これは、ちょっと、生活圏が小さくなりすぎてると反省した。別に退職したからではなくて、基本的に、出歩かないからだが。。。生活に必要な店とかも、限定的であるので、もう少し選択肢を増やすべしと、反省している。郵便局だって、そうだし。。。公共施設だってもっと使い方を知っておかないと。自宅は、結構アウトドアライフ向きの場所で、私には恩恵が無いが、恩恵も要らねえってならないように、受けられる恩恵は受けておきたい。蔵は、なんと、市町村が違うから、自宅の周辺で探さないとである・・・昨日、朝、野菜ジュースを飲み損ねて、飲まずにいたら、外出とかで排便できず、久しぶりに排便に苦労した。まったく、ちょっと油断すると、高齢者の腸は、あっという間に宿便が嵌頓するから。なんで、この24時間は、排泄の調整を第一に心がけている。普通に玄米をわかめのふりかけで食べてると排泄の苦労なんてないんだけど、これは、きっと神様が、父や母、元夫君の苦労を追体験させようとしてくださったのだ。と、そう思うことにして、一応の心構えとして、排泄に困らないように買い物にも行ってきた。きちんと食べて、きちんと寝て、きちんと起きて・・・きちんと出して。そう、一番苦手な「きちんと」はどこにも売っていないので、売っているものはそろえて、次の万一に備えないと。。。
2024年08月29日
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今日は、前回から新しくなったニトラゼパムという導眠剤をもらいに行く日である。予約診療なので、前回から、もう次回は8月28日水曜日の3時でってことに。なので、それに合わせて、他の外出の予定も、色々考えるわけだ。今日の診療の前に、予約時間まで少し余裕があったので、先に調剤薬局に行った。以前の薬と、前回からの薬についての疑問を聞いておきたかったからだ。若くてきれいな、華奢なお兄さんが担当してくれて、診療前後に、説明にあたってくれた。話しやすくて、良かった。接客業だから、やっぱり、横柄そうだったりすると、聞きにくい。医院での前回の印象と、今日の診療を受けるにあたっての準備として聞きたいというと、場を移して、自分でもパソコンで調べたりしながら相談に乗ってくれた。コロナの前後で前までの薬が効きにくかったのかもしれないが、今は、比較的眠れていることとか、7,5から9時間は寝たいと思っている事情とか、お薬手帳を見せながら説明し、正直なところも話した。で、今の新しくなった薬で調子が良いのなら続けてみることを勧めてくれて、安心して、診察に臨めた。問診は、もう、本当にあっという間で、そもそも、過去の2回より、短かった。医師も、受付の女性たちも、今日は、スタッフミーティングの悪いイメージを引きずっていない感じ。次回の予約も9月の25日水曜日ですんなり決まった。事後の薬局での受け取りも、別の人が最初は出てきたけど、事前対応してくれた薬剤師が、「代わるわ」って言ってるのが聞こえて、ちょっと安心できた。総じて、ありがたかった。その通院の前に、目と鼻の先にある加古川駅に、ジパング倶楽部のチケットを作りに行った。これは、しばらく待つ羽目になったが、払い戻しやら、変更やら、色々あるし、台風はJRの責任じゃないのに大変だと思いながら、待った。雨が、降りだしそうだったので、通院を後にして、JRを先にしたので、まあ、正解かも。JR神戸線は、遅延や間引き、運休が無い日は無いんじゃない???って言うくらい、朝から晩まで、油断できないが、9月5日の朝の新幹線の自由席と、9月8日の夜の新幹線の指定席とを予定通り取れて、ま、今日は、あとは、買い物してご飯食べて、寝るだけと・・・そんな一日だった。。。結局、雨には降られず、傘は、まださしていない、今日一日。。。神 のみ ぞ 知る。 深夜に豪雨来るかもだし。明後日の雨が明日に前倒すかもしれないし。。。まあ、今は、各地の被害が、わが身も含めてないことを祈るだけである。yumiさんちの玄関の整理された写真を見て、思ったけど、うちの下駄箱の上には、元夫君が特支に勤務していたころに作ったリースや焼きものなどの作品や、貰い物の石仏が、これでもかって置かれている。そして、逆の壁には彼の取り付けた格子があって、そこに彼の必要物がぶら下げてある。犬を飼う前には、玄関の中にサイクリング車が置かれていたこともあった。ゴールデンレトリーバーを2頭も2階の彼の部屋で飼うようになってから、サンルーム6畳を買い、さらに、日陰部屋6畳を、彼が建て増ししたので、自転車は、日陰部屋に移った。犬は居なくなったけど、12畳分の物置はそのままで、私が、家ごと脱皮するまで、どうしようも無い。ちなみに、1階のもともとの居室は、エアコンの室外機が、後から建てられた犬小屋の中になってしまったので、使えないし、買い替えられない状態のまま。犬のせいで、網戸がまったく使えなくなったために、通気性は皆無。除湿器は必須。春先、犬も居ないんだし、せめて居間からサンルームに抜けるサッシの網戸を直してって言って、そこは張り直してもらった。聞けば、もう一部屋の日陰部屋のとの境目の網戸は、枠も、どこかにやったみたいで、行方不明らしい。これが、我が家で、21年間、不法占有し続けている74歳のしてくれていることだ・・・この先のことは、神のみぞ知る なのである。
2024年08月28日
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法務局に同行して、書類の点検をしてもらい、訂正は一か所だけで済んで、完了しました。まあ、1時間はかからなかったけど・・・それは、準備がそれだけされてたからですね・・・準備で、何回も心が折れかけましたが、なんとか第一関門は今日で、クリアしました。で、ついでに、第二関門のことも質問して、説明を一緒に聞きました。それは、任意後見人制度についてです。こちらの道のりは長そうですが、取り敢えず、着手しておかないといけないので、ちんぷんかんぷんの説明書を読んでいます。説明のパンフレット総ルビなのに、文言が難しすぎて、総ルビである意味がないと思いました。もっとわかりやすく作ってくれないと、後見を受ける必要のある人に、理解できないと思う。で、午後からは、もう、カラーコピーを取るという最低限の仕事を昔はしょっちゅう使っていたのに、長く使っていなくてやり方も忘れてたスーパーで済ませて、最低限の買い物も済ませて、うすぼんやりと、午後中、寝もせず(夜寝るために)虚脱してすごしていました。yumiさんのまねっこでamazonから買ったライトですが、机はまあ、使えそうです。今、蔵の机は大きな椅子用のコタツなんですよ。つけるとしたら、こっちかなぁ。一方で、自宅の寝室で、私の使ってる机は、なんと、元夫君が子供のころから使ってたという、すごい年季の入った学習机で、ちゃちなちゃちな天板ですが・・・まだ箱を開けていないけど、蔵で使いたいと思っています。だって、糸も着物もカルタも、みんな蔵ですからね~~~今日は、取り敢えず、人生の宿題の1つ目を片付けた自分を甘やかして、過ごしています・・・ああ、早く帰って寝るべき時間が来てる・・・台風は、ほとんど動いていない様子ですね。これは、被害が広く、かつ重大なものになる可能性を秘めてます。こんな時、仕事が無いから、なんも、考えないんですけど、仕事してた頃なら物の見え方とか、違ってましたね…
2024年08月27日
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台風の関係で、急遽予約を入れて、明日の10時に行くことになった。普段なら、まだ起きたばかりの歯ブラシを加えてる時間に、家を出ることになって、もう、展開が急すぎて、腹を立ててる余裕もない。まあ、電話での申し込みも「あんたがして。」っていう、電話嫌いの元夫君。抗っても仕方ないから、私が予約の電話を本人の目の前でかけて、時間を決めて、本当は、午後にしたかったけど、先方の昼休みとか、午後の予約とかって言うから、9時か10時って、1時間はかかるからって事らしくて、「では、10時でお願いいたします」って確認して電話を切ったけど、目の前で聞いていた元夫君が、「あんた、ほんまに、丁寧やなぁ・・・」って褒めるんじゃなく、呆れてたから、こっちも呆れたわ。明日会う予定の赤の他人に、丁寧にものを言わない人間はいないだろうし、毎年、5年間、民間企業やら各種大学・専門学校の人やら、来客対応はうんざりするくらいしてきたがな・・・その上、チーフをしてた時は、ほんまもんのやくざとでも、普通に会うて話をしてるし、電話とマイクを持ったら、人格も、声も、使う日本語も、変わるんやって・・・そんなこんなで、私は、明日は、いつもより早起きして、準備して出かけるので、今夜は、早く帰って寝なあかん。。。ああ、この先の人生、面倒なことももっと増えるやろうけど、取り敢えずは、明日をクリアしてからや。。。アスペルガー障碍じいさんは、ちゃんと切れんと、明日を終えられるんでしょうかね・・・ADHDばあさんととしては、とっとと済ませて、自分のことをしたいんですけどね。台風の影響も心配やし。。。帰らな。。。帰って、寝な。。。
2024年08月26日
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昨日、色々とあり過ぎて、野球とサッカーと、母の実家(私の生家でもある)巡り、夜なかなか寝付けなくて、結局起きだしたのは昼前だったが、まあ、それはそれ、9時間寝は達成できたとして、予定通り昼前に布団屋さんに行った。羽毛布団の丸洗いができてますからってことで、一番、日が高い時間帯に行ったら、「暑い中、ありがとうございます。」って言われたけど、確かに、広い店内には、客は私だけだった。ダブルの掛け布団のカバーと、シングルの敷布団カバーとを買って、洗い上がった冬用の羽毛布団も抱えて、店を出た。大昔、まだ若かったころにボーナスで、大枚をはたいて買った羽毛布団。一度は羽毛を足してもらって作り直したし、前にも、丸洗いもしているし、昔から寝ることには、情熱を注いでいる・・・で、それから、蔵に行く前に、いつもと違うスーパーによって、ちょっとだけオクラとか買って、蔵に来た。赤いオクラって、花もちょっと違うんだけど、赤くて丸いオクラも1つ残っていたので買った。シャインマスカットの小さい房を、福岡県産って書いてあったので、買ってみた。オクラはもうレンチンして、麺つゆに漬けてあるから、帰る前に冷蔵庫に入れよう。それから、なんとなく、サッカーや野球の動画をシーンを選んで観て、昨日の食事時の話題に出てた「500MILE」のフーターズの動画をループ再生で見て、天安門のこととか、考えていた。ジョーン・バエズとか、PPMのももちろん、好きだけど、フーターズの動画入りの「500MILE」はやっぱり特別なものだ。天安門事件をリアルタイムで見て知っている世代は、限られる。最初期から、一緒に来てた仲間の一人は、10年前に奥さんが急病で亡くなってから、来なくなった。子の無い夫婦だったから、大丈夫かなぁと思うけど、6年前に退職者用の説明会で会った時が、顔を見、言葉を交わした最後だなぁ。どうしてるだろう。彼が来ないので、私が最年長だ。まあ、いつまで続くともわからないけど、少なくとも、運転してあそこまで行ける間、80分くらいかかる。。。次の年齢の人は、還暦だが、定年が延長になったからと愚痴ってたなぁ。下の子がまだ高校生だから、もう少し働けってことだよって、言っておいた。人生色々さ。でも、美味しいものを食べて、美しい山並みを見て、清流揖保川沿いを走って。次は、また来年の3月。家族と、仕事の内容は。絶対話さないのが、食事会の基本だ。食べ物に集中する。。。しかも同じメニューだ。毎年、毎回ケーキ以外は同じ。後ろの席の客は、豪勢な海外旅行と、北海道旅行の話をしてた。はいはい。。。話の内容が聞こえるから、家族と仕事の話は禁句って言うのは、人数が変わっても、何十回も続いてる秘訣かも。。。私にも、いけないときがあった。。。そうそう、8月16日の中学の同窓会には、もちろん、行かなかった。母には悪いけど、私は、同窓会は本当に嫌いで、苦手なんで。。。夫の状態も悪化したので、やっぱり無理でって・・・ことになっている。
2024年08月25日
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なんせ、もう、毎年の夏休みと春休みの終盤に、初任校の時にしょっちゅう行ってた山崎のトッポジージョと言う店に、昔の同僚と行くのはお約束。まだ働いてる人もいて、さすがに最終の31日は無理ってことで、今日、行ってきた。昔住んでいた町とか、私が生まれた家とか、見慣れた景色を、もう今では年に2回だけだけど、通って、見て、食事をして、帰る。今日は、母の実家と、母の実家の裏にある母の亡父の実家と、写真を撮って、スマホのラインで妹に送った。ちょうど、妹が、母の病室に居る時間に送ることができたので、二人で一緒に見て、話が弾んだようだった。母の、91年間には、実母の死、実父の再婚、台湾赴任、帰国、実父の死、そして第二次大戦の敗戦、農地改革による苦労、その後の苦労と、山ほどの出来事があった。母は、小さな写真とかを整理して、まとめていた。今年の入院の前には、軍刀を持ち正装した母の亡父の写真を父の日に仏間に飾っていた。私は、母が、思い出を語るだけでなく、文字によって書き残すことで、認知機能や書字の機能の低下を防げると思っている。もう、行くこともできないだろう母のために、門扉や、思い出深い場所の写真を送ったのだ。最後に、一緒に母の実家の近くに行ったときは、母の世話になった叔父さんの葬儀だった。家の裏からすぐのお寺での葬儀だった。回忌法要と言うのは、昔は五十回忌までがあったと、井原西鶴の本で読んだことがある。親の五十回忌を弔うことは、なかなかできないことだったからだろう。そうなんだぁと、大学で読んだときに思ったものだった。1945年から、もう遠の昔に50回忌も済んでいるが、母の生家は裕福だったので、昔の一族の集合写真とかが結構残っている。その後の没落ぶりは、また、それはそれで悲しいけど、そんな中で、母を大学にやってくれているから、母の実母の生家は、学問をつけさせることにおいて、男女を問わず、支援したようだ。そんなことも、今、足は不自由でも、認知に衰えがないなら、書くことで、衰えを遅らせることができる。母の書く文字は、今でも、十分筆圧もあって美しいし、そもそも授業でも習字は中学の国語で教えていたので、筆を持っても達筆だ。父は、もっとすごい達筆で、良く字を書いたが、教えた経験は無かったし、母のような、いわゆる国語の先生の書く字ではなかった。ま、母の記憶を記録する一助になってほしいと思う。閑話休題昼食の後、スマホで確認したら、大谷君が40-40というすごい記録をしかも満塁サヨナラHRで達成していたので、後から、蔵で、そのシーンやインタビューシーンだけ、何回も観た。何十回かなぁ・・・便利な世の中だ。野球は、なんせ、見たいシーンだけ見ることができる競技だしな。夜は夜で、サッカーのプレミアリーグの試合。20時30分くらいから、こちらは生中継で観た。サッカーって言うのは、45分ハーフで10分休憩で、また45分という時間。このたった10分の休憩時間しか、トイレにも行けない、まったく目が離せないので、大変。先週の試合では、ひいきのブライトンというチームが3-0で勝って、日本人の三笘薫選手も、プレミアリーグでの、今期チーム初得点して、大活躍だった。今日の対戦相手は、上位チームで、結構拮抗していて、勝ち負けは半々、何なら、引き分けでもって思っていたら、結果として2-1で勝ったし、三笘君には、初アシストがついた。今年で3年目の応援だけど、野球と違って、週に1回、多くて2回までだから、結果を引きずって1週間を過ごすことになるので、勝てて、三笘君の活躍も見られて良かった。これで、また1週間は、ネットで、良かったシーンを見ることができる。今日は、そんなこんなで一日が終わり、今から帰って寝る準備をする。。。そういえば、出先の兵庫県南西部や県境では結構雨が降った。そして、やっぱり、戻ってきたら、一滴も降っていなかった。人生はやっぱり、厳しいなぁ。
2024年08月24日
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再入籍を断ったら、自筆遺言書を書く方に気持ちが傾いたのをこれ幸い、法務局に行って、書類をもらってきたけど、なんだかんだとグダグダで、下書きもせずに、何枚も無駄にして、その都度、彼がプリントアウトしている。書き方見本ももらってきてるのに、読んでもいない。自筆遺言書って書いてあるのに、説明も読まずにプリントアウトしているから、「あほですか!」「自筆って書いてあるやろ!」って、マジで、言いました。しかも、彼の部屋は寒い。多分、25度くらい。長くいると、冷える。必要書類の市役所に行かなきゃ取れないものも、「今日が金曜日だから、行っときよ!」わざわざ説明書に赤で印もつけているのに、読んでもいない。自分の本籍地がわからないと言い出す始末。。。もう、こんなことのために時間とりたくないと思いつつも、土曜と日曜とを無駄にしないために、我慢して、付き合ってたけど、一旦打ち切って、書類を取りに市役所に行けば、本籍地もわかるやんか!と。。。今の住所に本籍地を移したことを忘れて生きてるからなぁ。。。免許証と、マイナンバーカードと、戸籍謄本とで、それぞれ番地の書き方とか全部違う。なんでもいいのか?????行政も、大概、いい加減だ。 あきれた。本当に3つとも書き方が違うんだもん。。。どれが正しいのかわからんし、なんなら、遺言書もまた書き直さないといけない。馬鹿らしくて、付き合ってられないが、本人が、自分でも自覚があるくらいボケてきてるから、今のうちにしときたいというので、来週には、行かないとなぁ。。。布団屋からは、洗濯できてるから取りに来てねって電話あったし。忙しいんだよ!って、叫びたくなる・・・いや、元夫君にね。
2024年08月23日
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ニトラゼパムのおかげなのか、コロナが治ったからなのか、夜に続けて眠れる時間が増えて、合計すると7時間半から9時間弱は寝ている。寝ているっていうのは、つまり、立たず、歩かず、座らず、転がっている時間が、9時間あるよってことで、両方の膝の負担や股関節の負担を減らしている。半面、運動不足は筋力を衰えさすので、ちゃんと買い物とか行って、運動しなきゃいけないんだけど。今日のすごいミスは、病院に電話して、じゃあ清算に来てくださいって言われて、準備してそのまま蔵に行ける用意をして出かけたのに、病院に着いたら、履物の左右が違っていて、片方は元夫君のだった。もう、最低。。。700円くらい代金が帰ってきたけど、そのあとすぐに、家に戻って、履物を自分のにして、蔵に向かう羽目になった。。。どこまでボケてるんだろうと思うけど、最近、よく足回りをものにぶつけたりするから、気をつけなきゃなぁだ。ニトラゼパムっていう薬は、ちょっと長めに作用するから???って言うレベルではない。自分の注意力が散漫になっていたり、一つのことに集中すると他を忘れたりとかってことだ。でも、まあ、今日も、病院の駐車場で、隣の車の女性は、コロナの検査を受けてたと思う。医者と看護師が、私の病院に入るタイミングで出ていって検査してたはず。木曜日だから、午後診がないから、特別に見てもらっていたって感じ。コロナは、減ってないよね・・・あれこれあったけど、まあ、自分が気が付いて恥ずかしかっただけで済んだ。時間とガソリン代とが損失・・・気を付けようと思うけど、こんなミスを普通はしないから、気の付けようが無いって気もする。忘れものとか、落とし物とか、交通事故とかに、注意力が散漫だと注意が必要なんだな。交通事故注意報・・・と、思うことにしよう。足回りだし。yumiさんは、大丈夫かなぁと、ちょっと心配しつつ、帰って寝よう・・・
2024年08月22日
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私はSDカードを洗濯したりはしませんが・・・そもそも、SDカードって何???って感じで。洗濯もしません。洗濯は、元夫君の仕事で、干すところまで、彼がしますんでね。シルクとかの貴重なものは、まあ、自分で洗いますけど、普通は、専用の小さなネットに入れて、洗濯機に突っ込んでおくと、気が向いたときに、元夫君が洗って、自分のは外に干し、私のは洗濯機の前のスペースに。うちの洗濯機置き場は、台所のお勝手口の前なんで、朝から日が当たります。しわしわのまま干されては困るものは、急いでハンガーにかけたり、湿ったままアイロンかけたりしますけど、最近は、仕事に行かないから、気になるのは襟付きのシャツくらいかな。これは、退職後の私の制服で、最初に気になったのを買って、気に入ったので同じものを買い足して、4枚あります。夏中、これを着て買い物や通院や、蔵に行くときや、使ってますね。色はアイボリーって書いてあったけど、実際はベージュでした。両胸にポケットがついてるのが、選択のポイントです。で、蔵に来たら、蔵用のワンピースに着替えるんで、通院が無かったら、一日に30分も着ない。仕事してた頃は、黒のTシャツの上から黒い襟付きのベストを着て、私の制服にしてたんですが、もうTシャツは、いまでは寝間着です。。。ズボンも、仕事に行ってた時から黒って決めてたんで、今もそれを履くけど、やせすぎて、スカスカで、ちょっと・・・で、濃いめのグレーのズボンも使っています。何も考えないけど、スマホとガラ携と2台持ちなんで、ズボンの両ポケットはマストです。いやいや、洗濯や、制服の話じゃなくて、今日のやらかしは・・・毎日翌日の晩御飯の後に飲むための、アイスコーヒーを、水出しで、仕込むんですが、前にもやったことがあるんだけど、袋が裂けて、中身をぶちまけてしまいました。半分は、まだ濡れてない流し台に落ちて、半分は、台所の床に・・・せっかくのドリップ用のコーヒーが、良い香りを残して、蔵の掃除機に吸い取られました。気に入りの取り寄せのコーヒーなんだけど、一回分の15gが、無駄になって、値上がりもしてて、我慢して買ってるのになぁって。悲しかったです。いろんなものを、いつやめようか、何を減らそうかって、年金暮らしになって思ってるのに・・・今、コーヒーは、すごい世界的に品薄で、取り寄せてるのも、今年から値上がりしたばかり。よたよたしたり、ヘロヘロになったり、何もないところでつんのめったり。。。何をしに来たのか忘れるなんて、日常茶飯事なんだけど、ちょっと、悲しみが・・・卵を落として割ってしまったとき以来の悲しみ・・・今日、何か忘れてるなぁと思ったら、医者にコロナの時の医療費の清算に行くのを忘れてました。明日は木曜日だから、やっていないかもなぁ・・・まあ、こちらは急がないけど、過不足をちゃんとしないとね。昨日、加古川市から、住民税の支払いに関して、新しい通知と納入用の用紙が送られてきていて、減税でかなんか知らんけど、200円だけ、しかも第4期が65800円になるよ~~~なお知らせ。絶対、200円の減税よりも、この書類を作り、郵送してる費用の方が掛かっているはず。9月30日の第2期から、新しいので、払えってことで、送られてきた徴収票。前のと、3Dの技術を駆使して違いを探したら、後から機械で打ち込んだ日付が1ミリ上にずれてた。それだけかなと思ったら、QRコードが、違っていた。3ミリ四方くらいの部分が、違う。ま、それじゃあ、新しいので払おうかと、QRコード違いって言うのが面倒だからって思って。66000円は、痛いぞ!!でも、まあ、来年度からは、年金からの特別徴収が始まるんだな・・・なんだかんだと、出ていくお金がある。年金も振り込まれたことだし、ちょっとずつ支払いだな。最初に払い込んだ健康保険料、330000円が高すぎて、住民税の66000円の4回分とか、合計で114200円の介護保険料とか、感覚がマヒする。今日、マックスバリュのレジで、「なんでも高いなぁ。胡瓜1本78円とか88円とか買われへん」って店員さんにぼやいたら、「しかも、コメも無いしなぁ。年金だけではとても暮らしていけへんから、こうやって働いてるねん」って言われた。そうやろうなぁ・・・異常な高温と少雨または多雨のせいで、農作物が順調に育っていないことは明らかだ。 農作物の品薄さと、高さよ・・・
2024年08月21日
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夜の雨が、一番うれしいけど、もちろん、暑い日中に雨が降るのでも、気温が下がるんでOK。今日の夜は、ちょっと雨の予報が、急に入った。自宅の周辺にちょっとだけ。打ち水よりはましくらいの雨。今朝はそれでも、生きる気力が湧く程度の気温で、庭の木々の管理をちょっとできた。その後、またカンカン照りになったのは、想定外だったけど。。。夕方からまた雲で、夜はちょっと雨の予想。でも、ちょっとでもずれたら、局所的だから、あんまり期待しないほうが、ショックが少ない。昨日は、母の入所をめぐる会議があって、ケアマネさんとか病院・施設双方の相談員とか、リハビリ担当者とか、妹、母・・・で、9月6日に入所が可能になるので、そこで退院してそのまま入所となったようだ。なんで、私は9月5日に実家に帰る。5・6・7・8くらいかなぁと想定している。ついでにお盆の打ち合わせもしたいしね。入院と違って、入所となると、私物の持ち込みとかもちょとずつ増えるだろう。それまでに、あと2週間ちょっとなんで、せめてトイレの問題は、解決されていてほしいところだ。入院中は、どんな人も等しく患者だけど、施設だと、個人差があるんだよね・・・まさか、入院中みたいな病衣で過ごすわけではないし、着脱しやすいズボンにするのかなぁ・・・リハパンか、オムツか・・・そして、これらのことは、将来の自分のことでもある。母と私の年齢差のような、四半世紀といった、遠い将来ではなく、もっと近いかもしれない。神のみぞ知る。だって、母の弟妹も、下から順番に亡くなったし、弟二人は出先で倒れて急死、妹は6年寝たきりで胃瘻もしたまま、言葉も発せずに死んだ。まだレビー小体型の認知症が軽度で、意識がはっきりしてた時、別の病気で、「痛い」と叫んでいたのが、最後の言葉だったと思う。でも、母が会いに行ったとき、名前を呼んだら、つーっと涙を流したんだよね。みんなびっくりしてたけど。私の妹の姑のように、4年前まで、ぴんぴんしてたのに、末期がんだったりして、癌の治療薬の治験で原発癌は完治したのに薬の副作用で認知症になり、次の別の癌が見つかるのも遅くて、今は鎮痛剤と経管栄養だけ。もう、人生はわからない。わからないことだらけだから、目の前のわかることを、一つずつこなしていかなきゃいけないんだ。取り敢えず、雨が降ってほしい。しかも適度にだ。今も、マックスバリュのコメの販売スペースは、空のままだ。何週間になるかなぁ・・・元夫君は、お取り寄せのお米を食べてるから知らないだろうけど、世間では、結構、大変なことになってるんだぜ!さ、今夜の睡眠に備える準備をしなきゃだなぁ。
2024年08月20日
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起きたら、予報にも無かった雨が降っていて、しかも、じわじわちょっとずつ降り続いている。あんまりあてにならないけど、予報ではこれから4時間後くらいには、結構降るようになっている。どれほど、サルスベリが喜ぶことだろう。2度ほど真剣に潅水してから、サルスベリがラベンダー色の花をもう一度咲かせてくれている。一度は花が干からびかけてたけどね。もう大丈夫だろう。朝のうちは、まだ信用できなかったけど、どうやら、ちょっとはまじめに降るようだ。。。ラベンダー色は、涼しそうだから選んだのだけど、蔵のアパート群の入り口には、もう少し淡い薄いピンクのサルスベリも涼しげに咲いている。サルスベリは、単色だけでなく、覆輪の周囲が白くて中が濃いピンクとかもあるし、もちろん純白のサルスベリも好きだ。好きだけど、純白だと、周囲の緑に負けてしまう。その点、ラベンダー色は、本当に涼しげでいい。同じ白でも、夾竹桃の白は、サルスベリと違って、透明感が無い分、周囲の緑に負けない。それに、一重の真紅の夾竹桃も、トロピカルな感じで、暑苦しくなくて好き。八重の、ピンクの夾竹桃は、ちょっとぼってりしてて、希少性が低いしなぁ。広島の原爆を想起させる花でもあるなぁ。で、今年、一重の極薄いピンクの夾竹桃を買ってみた。咲いてみないと、写真だけではイメージできないけど、今まで欲しかった一重の薄いピンクのは売っていなくて、さらに薄いピンクのにしてしまった。まだ、ポットの中で行儀良くしているが、植える場所を考えないとなぁ。夏に手間がかからず丈夫で、緑陰をくれて、かつ、涼しそうな植物っていうのは、こっちの勝手な願いだ。今年の秋からは、本格的に庭の改善に取り組まないとなぁと、元夫君のいい加減さにあきれながら思う。アスペルガー障害に特有の、思い付きで適当な嘘を言いつくろって、言った事実も忘れる。まったく、困ったもんだが、74歳という年齢は、今が一番若いとしてもだ、決して気力も体力も横溢ってわけではないからな。65歳の私でさえ、この夏は、母のこととかもあって、移動が大変だったし、思うに任せない2か月を送っているのだから。何より、メンタルをやられてしまったなぁ。。。もっとも、今日みたいにちょっと想定外の雨があって、ちょっと思ったより涼しいと、気力が湧いてくるって感じなんだけど。7月の終わりのころ、多分、25日の木曜日あたりに、「野良コロナ」に引っかかってしまい、26日金曜日から、原因不明の下痢症状。腹痛も無いのに、下痢が続く・・・27日土曜日には、まだ微熱と咽喉の違和感で、検査キットでも陰性だったけど 多分ここが0日目。28日日曜日の深夜に、明らかに熱発で目が覚めた。体温計を探す気力なくて熱は不明。 心拍数は100から120くらいが続いていた。29日の朝、手元のカロナール1錠で、熱は下がってたけど、下がりすぎて35.1度。30日には、咽喉が痛すぎてさすがに病院に行ったら、一発でコロナ陽性・・・ で、効かないし高いと評判のラゲブリオとかも、実家帰る予定あるから、出してもらい、 咽喉の炎症を抑える薬ももらったけど、薬が咽喉を通らないくらい、咽喉が痛かった・・・ そこで一工夫して、嚥下の時に咽喉のある部分を押さえると、痛みがましなことが判明した。 なんとか、薬は飲み切り、頓服のカロナールは飲まなかった。 31日には、咽喉ではなく、咽頭に痛みが移り、薬は飲みやすくなった。 この間、大体体温が38.5でも、まあまあ大丈夫だったから、 28日の日曜日の深夜の熱発は39度を軽く超えてただろうと想像できる。 あの時は、頭の表面が異常に暑く感じたんだよね~~~ *私は、病気をしないので、かかりつけ医が、心療内科だけなんだよね。 でも、まさかそこには行けないから、 職場で世話になってた、蔵からも一番近い病院に電話して、 終了間際に受け付けてもらっていくことができた。 発熱外来は、病院のガレージなんだけど、受付時間過ぎてたから、渋々だったなぁ。 病気をしないので、そこには発症した生徒を連れて行ったり、 修学旅行前のインフルの予防接種に行ったことがあっただけ。 カルテも存在しない・・・ 明日、3週間目なんで、料金の精算に行かなきゃいけない。 *ガン患者の居る自宅に居るわけにもいかないので、 深夜、寝に帰る以外は、あらゆる触る場所をアルコールスプレーで消毒して、注意していた。 家庭内感染はせずに済んだ。31日水曜日からは、咽喉ではなく、上咽頭の部分に痛みが移った。 むせる様な咳が続いて呼吸が苦しくなることがあったので、咳を押さえるツボにプチシルマ。 このツボは、効いてくれて、本当に助かった。 ぜんそくで死ぬ人って、窒息するんだなぁと、痛感した。 そのくらい、むせてむせて、一人で泣きそうだった。 泣きそうになりながら、ネットで2種類のツボを見つけたときは、ホッとした。 独居老人は、案外簡単に死ぬだろうと、痛切に感じた。8月1日からは、咽頭部の違和感を感じながら、倦怠感と戦ってきた。 桔梗湯を足して痰を切ったり、痛みを和らげたりする努力をした。ありがとう、桔梗湯。11日からは帰省、この時点ではもう2週間も過ぎているし、まあ、大丈夫だろうと。 咽頭部の違和感は、普段の咽喉の痛みとは違う。 でも、桔梗湯のおかげか、痰の切れが早かったので、まあ、なんとか。19日月曜日、日常生活は取り戻せているし、西瓜が無くても、生きられる状態になってきた。 これから、ちょっと体力の回復に努め、体重は45キロ前後を維持するという昨日の感じで。42キロは、さすがに、やばいなぁと、これはあかんやろうと、実家のシャワーで鏡に映る姿に愕然。私は、左手首を骨折し左膝の靭帯を切ったときも、自力で運転して、自分で初めての病院に行った。その後の治療も、自分で運転して自分で通っていた。でも、左だったから、できたんで、これが右だったら、ちょっとと、今は思うし、ぎっくり腰も、何があっても休めない仕事があったからなんとかして自力で治して仕事に行った。だけど、これからどんどん年を重ねて、自分が弱くなった時に、ちょうど元夫君が腎臓ガンって言われて弱気になってたみたいに、独力ではどうにもできないことも出てくると思う。それを、人に頼る方策を探るか、独力でできるように生活を変えていくか、あるいはその両方か、65歳の夏は、色々と考える夏になった。母のことも含めて、色々と・・・西瓜は、暑気あたりや食欲不振にはありがたいけど、財布には、痛いので。西瓜無しでも生きられる残りの夏を頑張ろう!
2024年08月19日
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ニトラゼパムに切り替えてから、3回寝たけど、初日に比べて二日目三日目は順調かも。ただ、午後に、眠い。。。しかも、昨日は、本当なら起きてみたいサッカーの試合があったんだけど、睡眠最優先と決めていたので、我慢して、深夜零ちょっと前には、ちゃんと布団の中に居た。尤も、寝る前に、ちょっとやっぱり気になりすぎて、午後10時半からの試合だから、前半の結果だけでもって思って、スマホでtwitterの情報を確認したら、なんと、われらが三笘薫選手がゴールを決めて、前半を1-0で終えていた。で、3回以上般若心経は頭の中で駆け巡ったけど、ちゃんと寝た。次に起きたのは、6時間後で、トイレに起きて、ちょっとだけ、結果をスマホで見たら、3-0で勝っていたので、もう、大安心で寝た。その後はちょっと目が覚めることもあったけど、都合、9時間は寝ていたことになる。で、久々ご飯をセットしていたので、炊けたご飯を200gずつに包み分けたりして、それから買い物に行った。いつもと違うマックスバリュで、もしかしたら賢者の快眠が売れ残っているかも・・・って思ったら、正解で、3箱ゲットできた。ついでにそこで、西瓜とお造りとオクラと「網干メロン」とを購入して、それからいつもの、マックスバリュに行った。どちらも家から5分だけど、正反対の方向だからな。いつものマックスバリュでは、冷凍食品を買って、急いで蔵にやってきた。久々に行った最初のマックスバリュでは、客層がちょっと難しい感じで、レジも全部手渡し。普段行っている方のマックスバリュは、その点、支払いは全部機械化されていて、客が自分で方法を選んでやんなきゃだ。言わば、一番近い隣の店舗なのに、ここまで違うんだと感心した。西瓜は、お昼ごはんに美味しく食べた・・・今日は、お昼に、おなか一杯西瓜を食べて、食欲が回復したので、値引きになってたノルウェー産のサーモンのお造りも食べて、さらに、スナック菓子の「さやえんどう」も理性のタガを完全に外して、久々に、暴飲暴食した!酒は飲んでないけどさ・・・ま、昼だから、いいかぁって。。。大谷君はHR打ったし、盗塁も2つしたし、しかも一つは振り逃げからの出塁での、盗塁だしな。(ドジャーズは負けたけど)三笘君は大活躍で、ブライトンは勝ったし!まるで阪神ファンのおっさんのようなはしゃぎようの、昼だった。昼ごはんの後、見逃し配信のプレミアリーグのブライトンとエバートン戦をフルマッチで観た・・・もう、本当に、休日モードだわぁ。。。良い試合だった。イングランド代表のGKピックフォードから3点取るのは、すごいことだもん。ヨーロッパ選手権で彼から複数点取れる国は、今回も決勝まで現れなかったんだし。カット西瓜のおかげで、生きている気がする。なんだか、こう、何もしたくないときに、フォークさえあれば400gも食べられてしまうものって、なかなかなくない?その西瓜の薬効のおかげで、食欲も回復傾向にある。42キロは、危険な数字だ。ダイエットもしないのに・・・なんとか45キロくらいに戻して、そこを基準にしたいと願っている。朝、すっかり葉が日焼けしたタマアジサイに、それでも生きている部分があるから潅水している。タマアジサイは本来完全な日陰で育てなきゃなのに、日陰を作ってくれていた芙蓉を切ったので、葉焼けしている。日陰のタマアジサイは葉もあおあおとして、元気に咲いているんだけど。見ると、シオカラトンボと、中型の蝶が飛んでいる。あの蝶は、ホシミスジって言ったけなぁと思いながら・・・夜は、いろんなコガネムシの類が玄関灯に来るから、夜の方がにぎやかだ。深夜に、ヤモリも何匹も食事にやってきているし。。。さて、そろそろ帰る支度をして、快眠に備えなければならない。あんまり関係ないんだけど、明日からまた平日で、日常が始まるから、9月分の介護保険料を支払いに郵便局に小銭をもっていかなきゃだ。ついでに、年金以外のお小遣いの振り込まれる日だから、通帳の記帳も、しなきゃだなぁ。。。こんなのって、自分が車の運転ができてこそよね。そうじゃなきゃ、郵便局や近所の信用金庫にも独居老人や老々介護だと大変だわなぁ。母を見ていて、痛感する。それは、近い将来の自分のことなんだな。。。
2024年08月18日
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エチゾラムからニトラゼパムに変えて、二日目。昨夜は用心して給水を切る時間を早め、変な時間にトイレに起きないようにしたら、6時間近くは続けて寝られた。寝るために集中してるって言うこと自体が、不幸な感じだけど、人生の中で一番長く大切な時間は、食事でも仕事でも遊びでもなく、睡眠なんで。。。昨日は般若心経を2回目までは覚えてるけど、まあ、すっと眠れたと思う。快眠には、室温や、ベッドの状況、布団の管理も重要だ。今、冬用の羽毛布団は丸洗いに出していて、9月には戻ってくる予定。それまでは、薄めの羽毛布団を使って、ベッド周りの温度を28から27度に設定してある。大事なことは、外気温の変化を受けないことで、朝日が昇ると一気に室温が上がるので、エアコンは、それを防ぐために一定温度で設定してある。まったく、東南の角の部屋って言うのは、断熱と通風とが万全でこそ、良いのであって、ペラペラの断熱材しか入っていないプレハブ住宅の、窓も東と南にしかないのは、クレイジーだ。実家のおじいちゃんたちの使っていた部屋は、ちゃんと北にも窓があり、エアコンもあって、良かった。今は、だれも使わないけどなぁ・・・涼しくなったら、帰ったときに掃除もしたいなぁと。元夫君の部屋に、久しぶりに入ったら、真っ暗で、映画を観ていた。日本年金機構からの8月分のお知らせを、私には届いていなくて、どうなっているのかを知りたかったから。そしたら、最近の3枚を貸してくれたんで、コピーを取って勉強している。どうも、加古川市の介護保険料と住民税とは高齢者の人権を考えずに上がっているようだ。元夫君でさえ、国民年金しかない人の暮らしは大変だろうと言っていた。まあ、そんな人たちは、住民税は非課税だし、保険料とかも安いんだろうけど、そもそも、光熱・水道・NHKは、絶対にもっていかれるから、本当に大変だろうなあと、思った。元夫君は、あらゆる年金が全部自分で使えて、上記の基礎的な費用は預かった退職金から私が払っている。だから、手取りで17万円ちょっと超えるくらいの月々の彼の年金は、遊興費と食費で消費されていて、まあ、幸福な老後を生きている。しょっちゅうamazonの置き配が届くけど、何を買っているのか・・・米とお茶とはお取り寄せだしなぁ・・・全然減らんと豪語してたけど、犬のえさ代や治療費にかかっていたことを思えば、元夫君の食事なんて、たかが知れていると言えるだろう。なんせ、NHKも、彼の有線テレビのインターネットの契約も、みんな退職金からの取り崩しだ。さて、私の年金をこれからどういう風にもたせていくのか、払ってきた生命保険をどうするのか、一応来年の6月をめどに、8・10・12・2・4・6の6回、1年間分をしっかりと見極めて、考えないといけない。彼の介護保険料は加古川市の見直しで、14800円に値上がりしていた。住民税も13000円だった。国保料は、彼の場合、元が取れすぎるくらい利用しているけど、25100円だった。下がっている。6月までは27300円だった。今、私が天引きされずにいるこれらの税や保険料を天引きされたら、基礎年金(国民年金)無くなるんちゃう?って思ってしまう・・・彼の基礎年金の元の支払額は、2か月で、115556円なんだよね。2浪1流してるからね。それが、色々引かれて手取りが2か月で、 65356円に。。。その代わり、まあ、厚生年金は、天引きが無いのか・・・???私は、22歳と1か月目から納付が始まって、満額じゃないけど、128916円が支払額だった。当時の制度は、20歳からのガチじゃなかったからなぁ・・・そして、厚生年金に関していえば、65歳まで働いてるから、もう少し多いかな。。。でも、今の制度だと、支給額が多くても、手取り額が減るって言うことも起きるのかぁ。線引きのライン次第なんだな。まぁ、そこはそれ、もう65歳までで十分すぎるくらいワーカホリックに働いたから、どんな職業であれ、二度と働く気は無いので、後は野となれ山となれだなぁ。来年の6月まで、もう少し落ち着いたら、違う世界も見えるかもしれない。何にしろ、帰省の度に、3万円かかっているのは、非常に大きな痛手であることは間違いないね。。。かと言って、帰らないってこともあり得ないし・・・やっぱり生命保険を払い済みにしたり、いろんなところを切り詰めたりして、手元に現金を持つべきかなぁ。。。もう少し、差し迫ったら、考える気力が出てくるかも。yumiさんは、ちゃんと備えていたから大丈夫だったみたいだけど、私は毎年積み立てて備えていたはずの協栄生命が、まさかの破綻して、全部が狂ったからねぇ・・・でも、ま、年金以外にも月々の振り込みがあるから、生きていけるんじゃないかなぁと、いつもの「取り敢えず」と「ま、いっかぁ」で、1年間は様子を見よう。この先の1年間に、なんと、ちゃんと確定申告ができるのか・・・とも思うけどねぇ。それよりは、まず、docomoのWi-Fiのことを心配する方が先だな・・・テザリングがどうとかこうとか、もう、本当に、面倒くさい。。。こんな時に、身近に若い人が居た職場は便利だったなぁ・・・と、ちょっと、懐かしむ。
2024年08月17日
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昨日から今日にかけて、結局雨は降らず仕舞だった。ええい!期待した自分が馬鹿だったわ!と思いつつも、昨日は、色々と忙しくしていて、夕方は潅水と言いつつ、本当に蔵のプランターに水をかけただけ。昨日は、生まれて初めて、すべての年金と言うものが一度に支給される日であって、記念すべき、年金の記帳をしなければと、前日(14日)から思っていた。今の郵貯の通帳は、たまたま4月1日に郵便局に記帳しに行ったら、満欄が近いから新しい通帳にしましょうと、ATMが言うので、新しい通帳になっている。無職記念日以来の、ありがたい通帳だ。で、私は、楽しみにしていた。8月になったら、きっと15日には、年金と言うものが、満額振り込まれて・・・生活の目途を立てることができるのだ!・・・とね。ちょっとずつ、順番に、月を追って、基礎年金やら、日がずれて共済年金やら、厚生年金やら。。。6月20日に厚生年金(共済年金)が、7月11日に追加の共済年金。7月12日に基礎年金が。そして、これらをまるっと全額受け取れるのが、8月15日と、楽しみにしていた。ので、昨日は、奮発して、お寿司を買ってきて食べたのだ・・・でも、実は、これでは、まだ、正確な金額ではない。なぜなら、天引きは始まっていないからだ。。。本来なら、支給額から、あれこれ天引きされて、そのうえで、振り込まれるのが、生活資金なんだな。だから、健康保険料や、介護保険料、住民税も所得税も、なんも引かれていない・・・なんで、所得税が引かれていないのかもわからないけど・・・本来なら、基礎年金から色々引かれて、支給されるものなのだろうと、考えると、本来の手取り額は、まだまだかなり減るんだなぁ。。。だから、鮨屋じゃなくて、スーパーのお寿司で、お祝いと言うことにした。その前段階として、離婚以来放置してきた通帳があって、それをちゃんと解約してねって言う通知が届いていた。そのために、家の近所の信用金庫に行って、必要な書類を聞いて、改製原戸籍とか、自分の姓の変遷を、たいていは、女性が、手続きする側だろう。面倒くさい! 働いていたころは、仕事でも、支障があった市役所に取りに行って、ついでに元夫君のために法務局にも話を聞きに行って、じりじり照り付ける中、日傘もささずに歩いて、もう一度、信用金庫に戻って、若い女子行員の優しい指導の下、小一時間かけて、手続きを終えて、元夫君の姓を使っていた負の歴史の一つが終わった。帰ってきた預金額は、ちょうど、戸籍謄本分くらいだったなぁ・・・リアルに使っていない通帳だったから、もうどこにあるかわからないって話で。後は信用金庫がもう一つと、日興証券だなぁ。面倒くさい。もう、元夫君の姓を使うのを止めてから29年も経つのだから。。。その後、元夫君が、再入籍して、私の姓を使っていて、彼も、改姓の面倒くささは身に染みているだろう。それも止めて完全に離籍してからもう21年になる。帰省する直前に、元夫君から、私の姓にしても良いから再入籍したいって言われて、もう、ひっくり返りそうになったけど、メールで、実家から、妹の家族に迷惑だから無理だなって伝えたら、じゃあ、自筆遺言書を書くから、手続きを教えてほしいと・・・「どこまで、人を当てにしてんだよ! 自分で調べろや!」って、もちろん、思ったけど、私はすでに調べてたから、取り敢えず、法務局の支所に出向いたわけです・・・丁寧な説明を受け、書類も打ち出してもらい、説明書ももらって、昨日のうちに元夫君に渡したけどね。それもこれも、目の前から、彼が、全部家財一式持ってどっかへ行ってくれたら、なんの心配もないのに、もう、犬も居ないんだし・・・私の家に、彼が、居候をしているから、面倒なわけで・・・癌の手術の時も、書類の保証人の欄に、関係を「内縁の妻」って書かれて、死にそうだった・・・誰がやねん!冗談ちゃうわ・・・42年の歳月を返せ!って、思いましたわ・・・本当に。。。しかも、二人立てなきゃいけない保証人、母の名前を借りましたもんね。印鑑が要るから。母は、元夫君が腎臓がんの手術を受けたことも伝えてないから知らないんだよ!閑話休題そんなわけで、昨日は、あれこれと動き回りましたが、今日は、服薬を開始したニトラゼパムの影響と、まさかのトイレに目覚めるという不覚のせいで、午前中は何もできず、午後から、ちょっとだけ、NTTdocomoのショップに行きました。モバイルルーター(ポケットWi-Fi)の調子が、本当に悪くなる前に、なんとかしないとって思って。もう14年も使っているらしい・・・一度、バッテリーが膨張して、使えなくなり、バッテリーを交換した。それから、ケーブルも、ぼろぼろになって、一回交換した。でも、本体がすでにぼろぼろだけど、生産されていないうえに、バッテリーも同様だろうと思う。で、念のために、使えるうちにと思って聞きに行ったら、もう個人向けには販売終了しているって、カタログの写真を見ながら、写真があるのに、言われた。まあ、なぁ、そんな世界よね。14年は、長いわ。。。とも思いつつも、実家の場所がdocomoしかアンテナがたたないからポケットWi-Fiしかないんだと言ったら、スマホに買い替えて、テザリング機能を使ったら、どうですかと言われた。テザリング使ったら、料金が爆上がるんじゃないの???って聞いたら、無制限で、無料ですよって、今の契約の形態と変わらないと言われてしまった・・・そうかぁ。。。次は、そうなるかぁと、ちょっと思ったけど、取り敢えずは、カタログだけもらって帰ってきた。今のドコモのガラ携と、UQのスマホと、それとは別に、テザリング専用にスマホを・・・料金も変わりませんよって言われて。あらゆるものには、寿命がある。大事に使っても、限界はある。仕組みがさっぱりわかっていないので、もう少し、説明を聞いてから、判断しなきゃいけない。取り敢えずが多い人生だからなぁ・・・仕組みがさっぱりわかっていないというところが、一番の問題なんだなぁ。。。
2024年08月16日
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当初の天気予報では、雨雲の動きとして、夕方、ちょっと降りそうだったのに、今、改めて「降ってねえじゃん!」って思いながら、パーソナル天気予報で見たら、時間も位置もずれてました。結局、降らないんだろうなぁ。昨日の晩の雨も、ほとんど地表で蒸発する程度だったのかも。夜の雨は、地表面が温度が下がっているときだから、ちょっとは期待できるけど、夕方なんて、1時間以上しっかり降っても、土が乾いてたら、まず、ジュって蒸発するし、地表を流れるだけになってしまう。。。ちょっと本当に、偏在する雨、時間的にも空間的にも・・・なんだけど、地図を見ても、日本で一番ため池の多い兵庫県の、中でも一番ため池の多い東播磨地区。伊達じゃないくらい、本当に、天水に頼れない。雨が少ないことを、生かせるような産業、なんだろう。今日も、取り敢えず、道路に面した西南向きの前庭には潅水した。ちょっとだけだけど。yumiさんみたいな時間には起きられないので、日が出て暑くなってからの潅水になってしまう。そもそも、日の出の時間も、こちらは相当早いんだなぁ・・・昨日は、深夜の帰宅で、まず寝室のエアコンを入れたけど、室温は34度もあったから、蔵に逃げ出して、2時間ほど、蔵のベランダの潅水やら、荷物解きやらをして過ごした。帰宅した零時以降でも、室温は30度だけど、取り敢えず、ベッドと布団はちょっと冷えたので、早々に敗北宣言をして、薬を2錠飲んで、寝た。睡眠は、私の趣味であり、人生の課題だ。こてっと寝て、なんも考えんと寝られたころは、仕事が多くて、睡眠できる時間が限られた。睡眠薬が必要な状態になって以降は、ちょっとずつ減薬しながらだったけど、今の導眠剤に落ち着いてからは、まあまあ、ただ、一度に出せる薬の量を、国が絞ったので、40錠を毎月もらって調整できていたのが、30錠でやりくりとなって以降、辛くなっている。だから、なんと、12か月しかないのに、13回、ちょっとずつ通院を前倒すことで、眠れない夜に備えてきた。。。睡眠障害の当初は、仕事も大変だったし、大きな病気もしたし、現実を受け入れる余裕もなく、薬で寝ていたので、種類も多かったけど、睡眠薬は、もう飲みたくないなぁと思う。眠れるけど、寝入り方が、後頭部をすっと引っ張られているような無理やり感がある。その点、今の導眠剤は、なんたって、肩こりにも、大きな術前の緊張を取るのにも使うくらいで、無理やり感はないんだけど、緊張が強いときには、効かない。。。効かないと、ベッドの中で、辛い時間が長い。最近、ベッドの中で、般若心経を頭の中で無限ループってのをやってたら、これが、薬が効いてないときは、1時間くらい、声には出さないけど、般若心経。で、もう、あきらめて、追加飲みして寝ると・・・雑念を払うために、辛いことや将来に対する不安を消すために、つまり、般若心経で自分の脳を満たしてしまう。ずっと、頭の中で唱えていて、声は一切出さない・・・すっと寝られているときは、指で数えることもできないくらい、一回終わらないうちに寝ている。2錠飲むと、それがなくて、す~っと寝られて、6時間は寝ていられる。まかはんにゃはらみたしんぎょうかんじ~ざいぼ~さつ ぎょうじんはんにゃはらみったじしょうけんごうんかいくうど いっさいくやく しゃりし しきふいしき しきそくぜしき しきそくぜくう くうそくぜしきじゅうそうぎょうしき やくぶにょぜしゃりし ぜしょほうくうそう ふしょうふめつ ふくふじょう ふぞうふげん ぜこくうちゅうむしき むじゅそうぎょうしき むげんにびぜっしんに むしきしょうこうみそくほうむげんかい ないしむいしきかい むむみょうやく むむみょうじん ないしむろうし やくむろうしじん むくしゅうめつどう むちやくむとく いむしょとくこ ぼだいさったえはんにゃはらみたこ しんむけいげ むけいげこ むうくふう おんりいっさいてんどうむそう くぎょうねはん さんぜしょぶつ えはんにゃはらみたこ とくあのくたら さんみゃくさんぼだい こちはんにゃはらみたぜだいじんしゅ せだいみょうしゅ ぜむじょうしゅ ぜむとうどうしゅ のうじょいっさいく しんじつふこ こせつはんにゃはらみたしゅ そくせつしゅわつ ぎゃてい ぎゃてい はらぎゃてい はらそうぎゃてい ぼじそわか はんにゃしんぎょうこれが、頭の中で、漢字で最初から最後まで長いときは1時間とか・・・無限ループ・・・漢文を頭から音読みしてるわけだけど、意味は全部わかっているので、大丈夫で。しゃりし(舎利子)は多分サンスクリット語で、お弟子さんの名前で、お釈迦様が「舎利子よ」と話しかけている体。サンスクリット語は、最後の呪文の言葉もそうで、「ぎゃてい ぎゃてい はらぎゃてい はらそうぎゃてい ぼじそわか」ここだけでも功徳があるらしいけど、まあ、一応全部思いながら寝つく。羊が一匹 羊が二匹、羊が三匹・・・よりは、私にとっては、マシなんである。大体、単複同形のsheepと、言葉の遊びのsleepみたいなんじゃないから・・・なんも考えんと、ぽてっと寝付ける人が、本当にうらやましいが、この数日7時間半で、手を打って、そこで起きることにしている。無理に9時間寝なくても、7時間半でも、熟睡感があれば、良いことにして。トイレに起きるわけでもなく、ただ中途覚醒してしまうのが嫌なのだが、それより嫌なのは、入眠の困難なのだ。私の医者は、今回半減期の長い薬を出してくれた。ろくに説明もせずに。私が、睡眠の不調を訴えたら、突然、薬を変えたのだ。同じ薬を出し続けるのは、医者にとっては、メリットのない患者なのだろう。ま、ちょっと、機嫌も悪そうだったし。で、まだ、新しい薬を試せていないんだけど、今夜から、飲んでみようかと、思っている。もう少し、丁寧に説明してくれたら、積極的に試す気がするけど、そうじゃなかったからなぁ・・・新しい薬剤師も、アモバンとの違いを説明できなかったし・・・さ、帰って、寝よう。部屋も、冷えているだろうと、ちょっと期待している。
2024年08月15日
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朝な夕な、お墓の花の水を替えたりとか、今まではしたことが無かった。三連休は、まだお盆じゃなかったから、なんとか、お盆までもたせたいなと思って、12日の夕方の墓参から、13日の朝夕、14日の朝とさっき、水を替えて花をもたせている。近いからこそ、なんだけど、明日の夕方までは、もたないだろうけど、せめてせめて、明日の夕方までは、もってほしいなぁ・・・の気持ちだけ。そういえば、さっき、夕方前の水替えに行ったとき、急坂をゆっくりと車で降りていたら、なんと、目の前をきらきら光る虫が飛んでいる。あの光り方、そして、長細い胴体、あれは、玉虫に違いないと、生きて飛んでいる玉虫を、65歳にして初めて見た・・・これは、親孝行への父からのご褒美か???さて。実家の仏壇の花も、お盆が終わったら、整理して、替わりにたてるうようの造花を買って組んでいる。お茶もお水も替えることができなくなるし、でも、暗い部屋のお仏壇でも、せめて、仏花をたてておきたくて注文したので。お彼岸にはまた生花を活けてもらいたいけど、それまでのしばらくは・・・今日は、母のところに行く時間を遅らせて、母のリハビリを一緒に見学した。いつも話に出てくる理学療法士の方の本当に素晴らしいお人柄がしのばれた。優しいだけではなくて、技術も経験もお持ちだが、父の存命中からもお世話になっていて、一家で、この理学療法士の方を信頼している。妹とも、一緒に認知症の高齢者のためのボランティアをしているとのことで、あれこれと楽器もできる妹の活躍を喜んで、場を共有してくださっているようだった。母のデイ友さんは、認知の障害も、聞こえの障害も出てきていて、家族が、家に戻してデイケアに行く日を増やしたいと希望されているようだ。もうすぐ退院するからと、母のところに午前中にその方が来られたのだが、母は、その時に連れてきてくださったのも、その療法士さんだとは、覚えていないようだった・・・理学療法士さんと話していても、母の聞こえが怪しいことを、はっきりと言われる。でも、その言葉が、優しいのだった。第三者を介すると、母も、聞こえが万全ではないことを納得しやすいだろうと思う。本当に偶然なんだけど、その方は、理学療法士になるための病院実習を、兵庫県のあちこちでされていて、最初の就職先も、阪神淡路大震災後の兵庫県だったそうだ。だから、良く知った地名や、病院名をはっきりと覚えていらして、話が盛り上がった・・・不思議なくらい、良く知っていることで、初めて会ったとは思えないくらいだった。父にも。母にも、妹にも、似ていると言われてしまった・・・さて、帰りの新幹線は結構ギリギリの遅い時間しか取れなくて、実家を出るのは、8時頃、家に着くのは11時頃となる。こんな時期の移動だから、仕方ないと言えば仕方ないが。それもあって、結構早いこの時間にブログを書いている。移動は半日仕事なのと、費用が発生するのとで、そうそう簡単にはいかない。でも、今度のお彼岸の前に、母の退院と入所などがあるだろうから、もう一度来ることになるだろう。父は、入所後も、折に触れて帰宅していた。母もそのつもりなのかもしれない。ただ、父の時は、帰宅したときに、無人の家ではなかった。家族がそろい、環境が整った中に、「おかえりなさい」と迎えられて、一緒に食事とかを楽しんだり、会話を弾ませたりしていたのだった。母が居ない実家に、母を迎えるには、それなりの準備も必要だなぁと思った。少なくとも、この真夏はちょっと無理だったけど、残暑厳しいお彼岸の9月は、どうなんだろう。冬は?お正月は?どうなんだろうと、自分のこととして、考えている。さて、帰宅前に、もう一度、潅水というものをしておこう。。。
2024年08月14日
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怒涛の3連休が明けて、今日から本物のお盆です。お寺さんは、時間より早く来ることもよくあるので、妹の家族には1時間前に集合!って言ってたら、姪は、それよりもさらに15分早く来てくれて、白いお米をわざわざ昨日買いに行ってくれて、今朝は白いご飯を「仏飯」にして、持ってくるためにラップまでして、持ってきてくれました。お茶托がどこかわからないと言えば、さっと、探してくれました。私が知っている場所と、大きき変わっているので、本当に探し物には苦労しますが、下の姪は、今までも、お寺さんの来られるときにはまあ、必ず居てくれていて、そのおかげで、ものの在処がわかるのです。母の長期の入院は今までもあったけど、お盆を挟んで、居ないのは、記憶になく、ちょっと、苦労しました。妹の主人は、妹と、一旦来て、扇風機の小さいのを取りに戻ってくれたら、なんと、その間に予定よりも30分早くお寺さんが来てしまい、お経が始まる直前に、扇風機は追加せずに座に就くことに。私が、1時間早く来てねって言ったのを、大げさと感じていたろうけど、実際には、これまでにも30分以上早く来られることはよくあったので、ギリギリは、やめてねぇ・・・な感じでした。お布施のお包みの表書きは、母がちゃんと書いてくれて、準備してあった。この場にはいないけれども、母もお参りには参加しているという体で。今朝は、7時間半寝たところで、もうこれ以上細切れは無理かなと思って、起きて、朝から、取り換え用のお水をもってお墓の花の水替えに。何だろう、昨夜は1錠で寝ることはできたけど、4時間半で目が覚めて、そこからは細切れ。やっぱり、うまく眠れていないかなぁ。でも、結果として、朝から花の水換えに行けたし、14時間で、水減ってたのをやり替えて、ちょっとほっとした感じで、一日をスタート。玄関前の潅水やら、除草やらを頑張って、お寺さんのお参りも無事に済んで、それから、夕方は、私が、病院に行くことに。母にも、無事終了の報告ができたし、次のお彼岸は、「家に居ってな」と、話せた。お彼岸は、施設に入っていても、一時外出で出てきてもらわないと。。。って言うことで、その後のことは、妹が全部の窓口なので、ケアマネさんや、病院の担当者、施設の担当者との母本人を交えた話し合いは19日と決まったらしい。明日の仏飯のお願いもしたかったので、お墓の夕方の水替えの前に、妹宅に寄ったけど、庭仕事中の主人しかいなかったので、先にお墓の水を替えに行った。想定内だけど、ほとんど残っていない水を捨てて、持っていった家からの水に替えた。一番背の高い百合は、片方の花が痛みかけていたなぁ・・・それから、もう一度車を置いてから、明日の面会の打ち合わせに行った。昼は、私が、夕方は二人で、行くことになりそうだ。帰りの新幹線には、十分間に合うので、できれば、2度とも行きたいなぁと思っている。施設は、空きができてるとは公言できないので、今は、ショートステイの人を入れているとのことだった。施設長さんは、父が入っていた時から、母もデイケアを続けているので、母のことを良く知っていて、できれば、受け入れたい、魅力的な入所者と思ってくれている。だけど、母のリハビリの進み具合によっては、受け入れられない可能性もあるとのことだった。母が、二人掛かりで介護しないといけない状態では、無理なんだろう。実際には、あと3週間の間に、自分でトイレに歩いていけるかなという感じ。リハビリ次第なんだな。胸水は、利尿剤で排出されているようで、内科的な心配もなく、後は、本当にリハビリ次第で、整形外科的な治療も何もないとのことだった。まぁ、療養病棟だから、日にち薬なんだな。それと、本人のリハビリへの意欲と意識付けなんだけど、遮二無二歩こうとはしないので、時間が来たら、リハビリ室に移動してそこで歩く練習をして。筋力が戻らないと、施設にも入れない状況ということになってしまう。私が、わかっていても歩かないように、母もベッドの中でできる筋力をつける動作を教えても、しない。まぁ、すべて、意欲というものは、若いときには滾々と湧き出るものだが、時間とともに低下し、高いところから、低いところに、水のように流れていくのだろう・・・何があっても、明日は、私も一旦自宅に帰るし、次にいつ来るかは、母の希望次第になるだろう。夜が来れば朝が来る。日は出れば沈む。でも、命は永遠ではないので、有限性をしっかりと認識しながら、時間を過ごしていかないと。25年生きたら、母の年齢に到達すると思うと、生きるのもなかなか大変だと思うなぁ。生き生きと、やりたいことを次々にやっている妹を見ると、エネルギーを感じるなぁ。ハープやら、ウクレレやら、歌やら、織物やら、地域社会関係のボラやら、編み物やらと、合間を縫って、母のところにも昼と夕方と、姪か妹かが、顔を出してくれている。感謝しかない。。。本当に。帰省するたびに疲弊している私とは大違いだ・・・帰宅の準備を始めなければ。
2024年08月13日
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昨日の夕方に、花を買ってきて、組んだんだけど、いかにも丈が足りなくて、ああ、百合と竜胆が欲しいと、思ったものだった。今日は、姪と、昼間の母のもとへの面会を済ませたあと、お供えの果物を買いに行った。花も、あるはずと思って、百合と竜胆を探し、なんとか良いのを見つけ出した。果物は、シャインマスカット・バナナ・リンゴ、(緑・黄・薄紅)!お菓子は、後でお下がりを食べることを想定して、母のお気に入りの「 さやえんどう ノンフライ 」にした。それと母が取り寄せていたベジタブルスティックというスナック菓子。フルーツを組んで、いかにも良い感じだったので、そのまま冷蔵庫にしまった。明日の午後くらいに、お寺さんが来られる前に出そう。お仏壇の花も、買い足して、良くなった。昼に行ったときに、母が、私たちに覚書を墨書して渡した5か条を見ながら、その場で、これは済んでる、これは明日と、言っていたら、なんとお仏間の床飾りの書を、「唯見一乗法」という宮崎亦保さんのと指定してある。一から探すんかい???と思いながら、まあ、取り敢えず、その母の野望も達成された。残るは、明日の仏飯だけだ。この仏飯が曲者で、白いご飯が、妹のところにも無いと言うのだ。それは、しらんで・・・いざとなったら、玄米でもいいかぁ・・・私が、妹のところに送り込んでいるもち米の玄米しかないって、妹が言うのだ。。。まあ、昔は、みんな玄米食べてたかもだけど。。。それはさておき、お墓へのお供えの花は、白い百合と竜胆と、白菊、黄菊、あしらいの赤紫の小菊、などで、体裁が整った。どんだけ、高いねん!って思うけど、もってせいぜい明日の夕方までかな。日が照ったら(絶対照るけど)墓石の温度が熱いから、花を活けている花筒の水温がお湯になる。だから、といって、どうしようもない。どうすることもできないのが、お盆の墓の花なんだな。朝夕、水替えに行ったとしても、日中はアウト!でしょう。だから、大事なのは、お供えして、手を合わせたよ、お焼香したよって言う事実であって、花もちではないんだなぁ。左右一対で4000円くらいになったとしても、花はわずか一日のことである。私の祖父母、見たことのない父の実母、見たことのない元夫君の生母、私の父と子と、やがては私やそこに連なる人たち。墓石の文字が「倶會一処」なのは、まあ、良かったかな。その墓前で、妹の家族、将来まで世話になる姪とかと、一緒に手を合わせられたのは、良かった。祖父のためにここに墓地を求めたとき、その前に見に行った墓地が、母はどうしても嫌だったって。で、その後、今の墓苑を見て、すごく気に入ったらしい。。。母の霊感が、発動した結果、今の墓地になった。車無しには、上り下りできない場所にあるが、まあ、先述の通りの、絶景だ。。。これで、残るミッションは明日のお寺さんのお参りだけだ。エアコンのない、風がまったく通らないお仏間のために、ともかくもエアコンを27度でかけっぱなしにして、扇風機で風を送る作戦だ。今まで、夕方から広縁のサッシの一か所を開けて風を通していたので、昨日到着した直後のようなことはない。さすがに朝夕は、気温も28度くらいには下がっているだろう。昨日は、たまたま、クレイジーだったんだと思いたい。姪に、一緒にお見舞いや買い物に行く道中、ちょっとお願いしてみた。まあ、できる範囲で良いんでって。閑話休題その一今日、お見舞いに行ったときに、母が笑っていったんだけど、昨日の夕方、私がお見舞いを終えて帰るときに、後姿を、看護師さんが見かけて、そのあとで、母を見たときに、さっき、外を歩いてたと思ったけどって、言ったらしい。65歳の私と91歳の母の後姿を、見間違われる私のショック・・・姿勢よく、溌剌と歩かなければ。その二姪が、新しいパソコンを買うにあたって、インテルの製品の不出来が出来した。考えていた機種を変えることになって、取り敢えずは発注するばかりになっているらしい。無料で下取りするパソコンが1台まで可能ですとのことで、引き取りを依頼するパソコンの候補として、父の遺品のパソコンをどうかなぁって見ていたら、中にフォトショップとか入っていて、父が古い写真を取り込んで整理してた過程や、取り込まれた写真が明らかになった。で、小6と中3と書かれた写真があって、姪が、これ誰やろうって言うから、写真を見たら、中学3年生の私と、小学校6年生の妹のツーショットだった。「おばちゃんと、あんたのお母さんやんか」って言ったけど、言われるまでわからないくらい、変貌を遂げているのかと・・・中学3年生14歳冬の私。現在65歳小学校6年生12歳の妹。現在63歳・・・あんたのお母さんやんかって、変なの???多分、持って帰って今夜、きゃいきゃい言いながら、妹やその旦那さんも見ているだろう。色々な写真や、父のメールや、いろんな暗証番号や。。。自分のこととして、整理すべきはしておかないといけないなぁと、真剣に思った。昨晩は、部屋もベッドも、寝具も全部が生暖かかったので、なかなか眠れなかった。結局、一時間ほどして、導眠剤を追加飲みして、寝た。予備はあるものの、この導眠剤を2倍量はあかんと、本当に強く思っている。昼寝もしていないし、ちゃんとした睡眠のリズムを確立したい。子宮と両卵巣の摘出手術を受けたとき、看護師さんたちが私の導眠剤を見て、「肩こりの薬やん」って軽く言ってた。そう、肩こりの時にも体の緊張を取るために処方される程度の薬だけど、21年は、飲みすぎ。一度、ちゃんと薬剤師と話をしたいと思っている。新しく長く効くという薬を出してもらったけど、その薬のほうが、血液中に長くとどまって、効きが良くて、しかもやめるときの離脱が容易って、ネットに書いてあることの、意味が分からない。同じ薬理効果の、やや短い効き目の薬を2倍量飲むのと、効き目が長い(血中の半減期が長い)薬を飲むのとで、どう違い、どちらが、高齢期の減薬や断薬に向いているのか。。。真剣に、睡眠に向き合っているのになぁ。私の心療内科のお医者さんは、3人目で、一番長い付き合いだけど、本当に最低のお医者さんだと、ずっと思っている。まともに話をする気にならないけど、導眠剤をもらうには、月に一度行かなきゃだから、仕方なく、通っているのだ。。。はぁ。さあ、シャワーして寝る準備しよう。。。
2024年08月12日
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今日は朝から蔵の植物の水やりを追加して、それから戻っての自宅を9時出発だったので、いつもよりは早起きだ。実際、2週間以上睡眠に苦しんできたが、昨日は、苦労している暇はないので、いつもの導眠剤を2倍量飲んで、それと「賢者の快眠」と、GABAとで、布団に入った。そしたら、なんと、苦労せずに、眠れて、7時間半、熟睡していた。これだから、服薬が過剰になりがちなんだろうなぁと、思った。2倍量飲んだら、苦も無くあっさり眠れている。っていう事実が、あかんのやなぁ。でも、本当に久しぶりに、すっと眠れて、その上、中途覚醒も無く、22時30分から5時59分まで。いつもの入眠に苦労し、中途覚醒有りまくりの2週間以上が、嘘のようだった。6時間でも続けて眠れたら嬉しいと思ったのに・・・そんなわけで、ちゃんと寝て、ちゃんと起きて、ちゃんと潅水の確認をして、予定通りに9時に出発。予定通りじゃなかったのは、新幹線だけど、まあ、仕方ない。のぞみ号の遅れを、通過待ちのこだま号はいちいち拾う。でも、もともとのダイヤがこだま号は、長時間停車だから、それが吸収されて行って、最終的に蓄積せず、7分以内の到着時間の遅れで新下関についた。10時13分姫路発で、13時20分新下関着の予定が、6分か7分かの遅れだった。長い乗車時間だったけど。まあ、エアコン効いてるし、混雑もしていないし。姫路の駅の10時頃って、結構いい風で、暑くもなかった。ところが、着いた新下関は、地獄のようなムッとする暑さだった。これでは、加古川の15時16時と変わらないぞ・・・って思った。ところが、実家は、それをさらに上回る暑さだったわ。。。当たり前だけど、閉め切っているから、空気が入れ替わらず熱せられて冷めない日がずっと続いていた。。。お仏間とか、狂気の暑さ。断熱カーテン閉めきっていても、そんなもん、役に立ってない。それより、朝、夕、風を入れ替える方が、絶対に家のためだなと思った。あらゆる家電や家具とかが、熱せられて、36度とか37度とかになったまま・・・それは、あかんと思った。ちょっと、姪に、お願いして、二日に一回でも、開け閉めしてもらおう。実際、朝夕は、結構涼しい風もあるようだし。妹は元気だった。母も、元気だった。手土産のカルビーのスナック、「さやえんどう」ノンフライをいたく喜んでくれた。いくらでも食べてほしい。母の胸水の原因は、アルブミン値の低さ、低たんぱくな食事に起因する。以前なら、足の甲に出ていたもので、父のような心臓に起因する浮腫みではない。だから、高たんぱくのおやつを食べるのは、理にかなっているし、母の場合、カロリーを気にする必要がない。母に一袋を渡しながら、「この一袋で、手のひら一枚分の鶏肉を食べるのと変わらないたんぱく質摂れる。」とちょっと大げさに言ったけど、実際、母には、手のひら一枚分の鶏肉なんて、食事では食べきれないから出ない。それに比べて、おやつとしてなら、部分入れ歯をはずした後でも、食べられてしまう。妹が、人生で食べたことがないくらい、おやつ食べとうでって言ってたけど、そりゃあ、他にすることが無かったら、夕食後、翌朝まで、おやつだろう。食べないと、排せつ物も出ない。その点でも、このスナックは、食物繊維が豊富だ。明日は、昼から姪と二人で行くときに、私が膝のために取り寄せているコラーゲン飲料を持っていこう。これも、133mlだかの少量で、10gのたんぱく質が摂れるように作られていて、かつ、あんまり甘くない。母は、甘いものが、本当に苦手で、水分も摂らないから、利尿剤で、身体の水を出している状態だ。ちゃんと毎日1~1,5リットルの水を飲んでもらわないといけないが、母は、そもそも、どんなに美味しくても、ジュースが嫌いだから、朝食についてくるドロッとした野菜ジュースも全然手付かずだったりする・・・確かに、まずいんだけど。野菜ジュースなんだから、仕方ないじゃん!だから、食物繊維も不足して、排せつに苦労するのに、自業自得ということが、栄養学的に理解できない。父の食事療法にも、てんで協力的でなかったから、栄養に関しては、無頓着すぎるのだ。閑話休題今日は、取り敢えず、お仏壇の花と、明日持っていくお墓用の花とを買いに行ったんだけど、確かに、異常な暑さの為か、ろくな花が無かったし、こましな花は、高かった。菊だけは買えたので、明日、お供えの果物を買いに行くついでに、もう一度、お墓用に、百合と竜胆かなんかを足したいと思う。夕方、古い花を捨てるためだけに、お墓に行ったけど、結構まだ暑かった。なんせ、朝は日が当たらないけど、西日は一等地だから。墓地は西方浄土を向いている。そして、目の前には、東シナ海が見えていて、油谷湾を望む、結構、風光明媚な高台だ。でも・・・車が無かったら、およそたどり着けない場所だしなぁ。。。妹の主人が気にかけてくれていて、明日の夕方、一緒に行くことになっている。毎年、花を母と買いに行って、買ってきた花を仏壇用とお墓用に組むのは、母の仕事だった。今日、お花を買ったとき、直売所のおばさんが、「盆と彼岸は花が高いけど、しょうがないね」と言った。確かに、恋人に贈るわけでもない花を、夏は一日かせいぜい二日しかもたないのに、金に糸目をつけずに買っている。っていうか、そういうもんだろうと、思っている。で、百合と竜胆が無いのは、花束の背の高さ的にも、いかにも寂しいので、明日もう一度買い足しに行くわけだ。いかに生花が難しいかと言ったら、生花の中に造花のホウズキを混ぜて売っているくらい・・・この3連休は、お盆ではない。お盆は13日から16日までだ。だけど、じゃあ、後になればなるほど、花は乏しく、貧弱なものになる。市場原理と消費者心理と、生産者の花離れだ。。。花では、飯は食えんからな。百合・竜胆・トルコギキョウ・・・yumiさんの言葉通り、いろんなことを総合的に考えれば、まあ、まあ、ましな状況だと、今の自分の立場をありがたく考えながら、家のこと、仏壇のこと、お墓のこと、そして、元夫君のこと・・・整理縮小をどうするかだなぁ。。。今日も、取り敢えず、今後のことで、元夫君とは、会話できたし。前進したとしよう。
2024年08月11日
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昭和25年、彼を妊娠中に、彼のお母さんは離婚を決意して実家に戻り、そのまま出産後も頑として帰らず。彼の記憶に留まらないほどの若さで、亡くなっている。23歳くらいかな・・・農家の長男の嫁として、姑と、合わなかったらしい。彼も、長男、跡取り息子として、何度か迎えに来たお姑さんの声を聞くのも嫌だったらしく、彼の母親が亡くなってすぐに、父親は再婚している。母親の亡くなった日と、彼の弟の誕生日とに間が短すぎると、彼は言っていた。(これは、私の母親の場合も同じことを言っていた。生母の没日と弟の誕生日が合わないって)元夫君は、おじいちゃんおばあちゃんを「お父ちゃんお母ちゃん」と呼んで育っている。まあ、年の近い叔母さんが、10歳しか離れていないから、普通に、そう呼べたんだろう。そんなわけで、彼は、自分の父親と一度も同居したことがない。生母の記憶も、写真と伯父叔母の話で知るのみだ。私と結婚後、間もなく、彼の実父は肝臓がんで亡くなっている。55歳、公務員としての定年退職目前の、病死だった。存命中には、一度だけ、両家挨拶で会ったけど、まあ、普通の謹厳実直なおじさんだった。広大な農地や山林を有する地域の大名主さんの家に生まれたから、農地改革があったものの、なんの苦労もなく、農業をしながら、家から目と鼻の先の少年院で教官として働いていたようだ。早死にしたお母さんは、非常に優秀で、女学校のトップの成績(一組級長)だったらしいが、お父さんの方は、農業高校に無試験で入れたので、農業高校の卒業生だ。(元夫君は声を潜めて言っていたが、次男も農業高校、三男は中卒だと。この偏見が彼の持ち味。)元夫君のお母さんが、なぜ、それほど婚家を嫌ったのかはわからないけど、ともかくも、74年前の今日、元夫君はこの世に生まれた。で、彼の、発達の特性は、父親の方ではなくて、母方の遺伝的要因が強いと思われる。友達の家に遊びに行った後、帰宅したら、服を脱がされたとか、消毒液で消毒されていたとか・・・養子だったおじいさんや、おじさんが、異常に神経質で、常にピリピリしていたようだし、茶碗や皿が飛び交うような喧嘩をしていたらしいから。どちらも教員だったが、親子の仲は悪かったと聞いている。おじさんは、在職中にリュウマチかなんかが悪化して、早世している。教員としては、校長だったおじいさんも、国立の中学の教員だったおじさんも優秀だったらしいが、軍隊帰りのおじさんの仕事への打ち込み方や、幼いころからの元夫君への言動から推察すると、アスペルガー的な要素が強い理科の教員だった模様だ。おばあさんは、穏やかでやさしい家付き娘だったそうだ。胃がんで亡くなっている。(おじいさんは、息子の不出来な嫁に激高したときに、脳卒中になって、亡くなったらしい。)まあ、そんな不幸な、生い立ちの彼も、74歳、数えで75歳を迎え、早起きして散歩に行き、帰宅してシャワー浴びて朝ごはん食べたら、寝て、起きて昼ごはん食べたらネットやテレビ見て、また寝て、夕方起きて散歩に行って、帰ったらシャワー浴びて、晩御飯食べて、9時には寝て。。。犬が居たら、なんてことないけど、犬がいないから、一人で、散歩している。去年までは、散歩と言えば、犬の散歩だったし、犬は昼寝するから、一緒に寝てたわけだ。一日10000~12000歩は軽く歩くと、豪語している。しかも、食に対する頑なさは、抜群で、癌の手術の後、医者や看護師から栄養指導があったのだが、昼夜のスナック類の食べ過ぎで、カロリー過多だったのを、やめ、ヘモグロビン値が低めだと言われれば、野菜ジュースを鉄分の強化されているスムージーに切り替え、果物を食べろと言われれば、一日に何本???っていうくらいバナナとリンゴを食べている。ビタミンCが不足するなぁと思ったら、ブロッコリーを1週間に2度2房ずつ買ってきて、食べている。全部、自分で決めて変えないので、医者の助言があったときが、切り替えのタイミングだ。まあ、スナックは、塩分が過多だからというのもあって、やめているはずだが、わからない。私の何かできることは、限られているが、もう20年以上この形態なので、スムージーに切り替えられたのは、まあ、味がそれまでのジュースと変わらなかったのが良かったのか。私の支出としては、痛いけどね。かつては、アルコールも好きなように飲んで、いくら注意しても聞かなかったけど、今は、導眠剤との相性が悪いからやめていると思う。現役時代に一緒に飲み歩いていたお友達は、みんな、高血圧で、高脂血症で、脳血管障害で、死んだ。家族の助言は聞かないけど、医療従事者に対しては信を置くので、次の切り替えのチャンスは10月だ。10月の腎臓がんの術後検診で、どうなるかだなぁ。。。閑話休題今日のトピックは、広島からの来客が延期になったってことかなぁ。私のお願いを神様が聞き入れてくれて、母が退院後に、来てくれることになった。その時には、施設から、母が一時外出して来て、来客を迎えられるだろう。気候が良くなってからにしてほしいものだ。妹は、今日は、午後から謝礼をもらえるハープの演奏があるようで、機嫌よく連絡をくれた。私は65歳まで、一生懸命に働いてきた。その退職をを待ち構えるかのように、元夫君は、ペットロスから癌に発症した。母には、元夫君のがんのことを知らせていないけど、母は、毎年、こけたり滑ったり、あちこちの骨を折っている。近年は年に2回の入院を繰り返している。やっと時間に余裕ができたら、元夫君のがんと、母の骨折とで、心の休まることがないまま・・・自分の老後とも向き合わなくてはいけない。人生って、こういうもんなんかなぁ。。。無情に、時間が、流れていく。あんなに楽しみにしていた勤労からの解放は何だったんだろう。。。規則正しく、晩御飯だけでもちゃんと作って、ちゃんと食べて、生きていきたいなぁ。粛々と、縮縮と?
2024年08月10日
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去年の暮れの母の入院と、低体温症での不調を乗り越え、お正月を実家で迎えていた時、母がテレビをつけたがらなかったので、消したままだったんだけど、ちょうど、夕方、テレビをつけたら、大地震で、大地震のニュースを見ていたら、航空機の大炎上が、リアルタイムで中継されていて、大荒れの辰年だった。なんといっても地震の「震」は、あまがんむりに「辰」だからなそして、この八月のここまでの、日本経済や、アメリカ経済の大混乱。ちょっと市場が落ち着きを見せてきたと思ったら、昨日は、南海トラフの西の端で震度6弱!そして、実は、昨日も今日も、静岡でも地震起きてるよねぇって思っていた矢先の神奈川県で震度5弱。神奈川県は、トラフの東端と言えるのか。。。昨日、備えをってニュースで散々言われて、とっさに水を買いに行った人は多いようだ。停電は、断水をも意味するのが、都市生活(高層住宅群)の常識で、水の備蓄???って思いもしないのは、田舎暮らしだなぁ。蔵は、4階建てだが、くみ上げ式ではなく、直接の水圧で出る町営水道になっている。何年か前に切り替わって、トイレが、全戸タンク式になったのだった。もちろん、水圧が弱いからで。。。でも、停電で断水することはない。元の職場とかは、停電だと、断水してた。いくつかの建物は、断水しないしシステムで、いざとなったら、そこの建物のトイレを使うしかない。そんな感じだった。にしても、地震に備えてくださいって言われて、まず水を確保って思うんだなぁ。飲料水だよね。。。まあ、確かに、夏場の停電&断水は、直接、命にかかわるかも。熱中症とかさぁ。まったく想定していなかったので、ネットニュース見て驚いた。さて、今日は、もう一つ、個人的にアッと驚いたのが、妹からのラインだ。お母さんが、外出は無理って言いだしたと。はぁ?病院から出られないと、今頃わかったのね?と、思ったが、まあ、それは仕方ないと、して、その次の、「じゃあ、自宅に外出して迎えるはずだった、広島からの来客はどうするの?」って言うのが私の疑問だった。母に会いに来るから、病院だと15分ずつ二人ずつって制限があるからって、それで、お盆のお参りの時に外出して自宅で会おうって、決めたのは、母で、それを私に伝えたのは、妹だ。じゃあ、母が居ないなら、どうするの?先方にも、予定や都合があるだろうに。。。って、私は妹に、来客はどうするんだ?って聞いたら、妹も、考えていなかったようで、答えは「いまはちょっと別の用事があるから」だったいやいや、来客をどうするかは、大変なことだよ。お寺さんのお参りしてくれる時間は、30分ほどだけど、来客は、広島から母に会いに来るので、正座もできない元中国籍の4人家族を、どうするの?って8畳の仏間に190㎝超の男性3人とか、無理じゃん。こちらの家族だけでも、お母さん居なくても5人居て、お寺さんが座って、座卓があって、母の病院に見舞いに行くだけなら、日をずらしてもらって、仕事量を分けてもらわないと、とてもじゃないけど、肝心のお盆の準備と後片付けが、終わらん。肝心の母からは、ウンともスンとも言ってこないから、多分、思考停止している。ちゃんと、母の口から、連絡を取ってもらわないと、お墓の掃除や、墓参りやって、買い物だけでなく、すべきことは、短い帰省の間にも、てんこ盛りなのに。。。そんなこんなで、私は、今日は、昼間っからプチパニックで、11日の朝の帰省なんか、できるんか?無理なんちゃうんか⁉⁈って感じですね。(心の叫び!)お仏間には、冷房も無いのだよ!わかってる? 諸君。このコロナ禍中に、発狂しそうな暑さの中、東京と大阪と広島から、わざわざ、こんでも良いやろ?ちなみに、去年、夏は、台風もあって、社会人になったばかりの長男がコロナで、来られず。そして、台風の余波で、帰りの新幹線も止まって、私は、仕事に戻るのに、山陽線を、鈍行を乗り継いで帰ったのだった。大変やったんやから・・・もう、本当に、トイレで困ってる間は、来なくて良いから、もう少し、母に余裕ができてから、会いに来てくれたらいいから。そういうわけで、かなり精神的に消耗しつつ、それでも、帰省の準備を明日一日かけて済ませる。だから、せめて、もう少し、具体的に、リアリティを持って、13日を迎えさせてほしい。閑話休題今日、ほんの一瞬、蔵の周辺は、雨が降った。それは、姫路方面からの雲だったが、おそらく、夕方の一瞬で、臨海部をなめるように降った雨で、自宅の周辺は、降っていないと思われる。まあ、でも、雨の気配だけでも、感じられて、嬉しかった。打ち水くらいの効果は、蔵の周辺に有ったから。ここで、愚痴や嘆きを吐き出しておかないと、家に帰ったら、別の愚痴や嘆きの原因が厳然として在る。頑張れ、自分!乗り越えろ、自分!うつ向いても、良い。足先は前を必ず向いているのだから。帰って寝る準備をしないと。
2024年08月09日
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昨日の夜に、いきなり母親から電話がかかってきて、お盆の準備についての話だった。私は11日に帰省することとか、13日のお寺さんの来ての時間のこととかを、話し始めた矢先、プツっと電話が切れた。もう、こうなったら、いくらかけなおしても無駄だ。母のガラ携の充電切れだ。しかも、入院中で、自宅の時と違って、母の思うようには充電できない。それで、私からは察して、必要事項をメールにして送っておいた。そしたら、今日の午後1時過ぎに、母から電話で、昨日の続き。一通り話したら、妹と電話を替わるという・・・そばに、面会の妹がいたのだった。13日の来客の対応は、ギリギリ無理だから、お参りの時だけにしてほしいとか、食事を一緒にとかは、やめてとか、そこに妹がいるなら、前もって言っておいてほしいような内容を、いちいち言わなきゃいけなくて。母は、自分が外出する許可をいつどうやって申し出るのかも、考えていないんじゃないかなぁ。明後日からの3連休を経て、明けの火曜日の午後から短時間の外出でも、決済とか考えたら、もう、明日には回しておかないと。。。しかも、車での送迎に、一人では無理だろうから、運転手と介助と二人必要だろう。まだ、車椅子なんだし。まあ、電話の中で、母の口から、退院はまだわからんけど、最大40日間居れる病棟で、その後は、デイケアに行ってるところにお父さんみたいに入るんや・・・的な話を聞けたので、ちょっとほっとした。母自身がもう、そう思っているなら、あとは、気持ちが軽い。今の状態では、夜間のトイレは、無理だと。それ、施設でも、多分、無理ね。小は、おむつにしてね・・・と思う。ただ、大の方が、トイレで用を足せるようになってきていて、それは、看護師さんにとっても、母にとっても、幸福なことだ。13日のお寺さんのお参りの詳細は、ともかく、退院後のことを、妹もいる場所で、母の口から直接聞けたのが、本当に良かった。ホッとした。。。今朝、11日の朝の加古川駅までの送りを頼みたくて、メモを置いていたら、ちょうど、元夫君がトイレに入るタイミングで、大丈夫と聞けて良かったし。元夫君の排せつの方も、今は、自宅で日に1~2回はお通じあるようで、それも目出度い。公園の和式便器でないとできないなんて、不自由過ぎと思って、せっせとビフィーナEXを与えているのだが、まあ、自宅で用が足せるなら、それにこしたことはない。ビフィーナEXは、母のために買ってたけど、もう母は、要らないっぽいし、高いものだけど、私にはまったく用がないし。。。昨日の晩の夜風が気持ちよかったとしても、それがずっと続くとは限らない。関東では、異常な大雨だったし、九州は、またぞろ地震だ。南海トラフがどうとか言ってるし、あちこちで停電とかもあるだろう。超短期的なものだけでなく、1年とか2年とかのスパンでの連動もあるらしい。物事を悲観的に捉えるのではなく、かと言って楽観的過ぎてもいけない。100年から150年周期のと言っているから、南海トラフのもたらす地震の可能性は高いのだろう。震度5強と最初に出て、そのあとに6弱に変更された。兵庫県でも、淡路島とか震度2を観測している。今日は、静岡でも小さな地震があって、軽微な揺れが観測されている。臨海部は、備えが多重になるが、台風の発生もあって、太平洋岸は、高潮への備えも必要らしい。天災への備えをしつつ、ウクライナや、パレスチナのことも考え・・・体調のために西瓜をちょっと食べつつ、サクロンを飲んでいる日々だ。トマトをかなり整理したので、土曜日までに、潅水の 「水やり当番」 の配置を考えたい。天気予報では、明日も蔵の周辺は異常に暑いらしい。。。ふう~~~~ヘロヘロ西瓜という食べ物が、簡単に口にできる暮らしに、感謝する。無かったら、今のメンタルの状態では、昼ごはんが、結構しんどい。早く涼しくなってほしいなぁ。35度とか36度とかの予報ばっかりで、見るだにしんどい。
2024年08月08日
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夜が眠りにくくて、まったく困ったものだ。仕事を辞めたら朝起きなくていいから、薬も要らなくなるかと思っていたが、それは、さにあらずで、眠りにくいまま、ベッドの中で、過ごすのは不健康の極みだ。幸いにして、起きなきゃいけない時間は無いので、自分でもうあきらめて、起きようかと思うわけだが、私が欲しい熟睡感が、なかなかこの2週間ほどは得られていない。まだ、心の中で、母のことを引きずっているらしい。でも、今日は、取り敢えず、起きだして、前庭にたっぷり水をやっている間は、薄曇りだったので、ちょっと頑張れた気がする。熟睡感は全くなくて、かと言って、すごく眠いかというとそうじゃない。この不全感が嫌だ。昨日、とうとう、胃の不快感に耐えかねて、緑の胃薬 サクロンを買いに行った。何年かに一度の割合で、サクロンのお世話になるんだけど、「葉緑素成分が胃粘膜を修復」って言うのは、ともかくとして、安心感があるから、切らしていたことで、夜に焦ってしまった。10包入りの顆粒を、たいてい1包か多くて2包飲んだら、賞味期限が切れるまで使わない。私は、胃が丈夫だったからね。でも、今の胃の状態は、3包目に行きそうな気がする。。。頭痛って、普通の人は、頭痛薬を飲むのだろうけど、頭痛にならないから、頭痛薬を飲まない。後頭部が痛いときは、後頭部に金冠(キンカン)目の奥が痛いときは眉の上に金冠(キンカン)側頭部ならこめかみに金冠(キンカン)「絶対に良い子はまねをしてはいけません!」的な使い方だけど、筋肉の緊張が原因の頭痛は、金冠で治る。発熱には、基本的に銀翹散だけど、こないだ、なんか頭が熱っぽいなってときに、消費期限が今年の9月までの、買い置きがあったと思って、カロナールを使ったら、熱が下がりすぎて、35度台になってしまった。平熱は36度台の半ばだからな。普段使わないから、めちゃくちゃ効くのかもしれない。ので、それに懲りて、もう飲んでいない。なんか、熱あるっぽいなぁってときは38度台の半ばだなぁ。銀翹散が飲める時なら、それで銀翹散だなぁ。銀翹散が飲めないくらい咽喉が痛かったら、今、銀翹散の液剤は無いからなぁ。その時は、カロナールかなぁ。9月で切れちゃうけど・・・さて、今日は、実家の母の排せつがうまくいったようで、自力排便ができてきたらしい。便器から腰を浮かすとか、パンツを持ち上げるとかも、全部、リハビリが必要な筋肉の衰えがある。去年は膝だったけど、今年は痛いところが仙骨だったので、座るができなかったから、リハビリが長い。ただ、理学療法士さんは、もう、気心が知れた、またかいなぁ・・・というくらいの頻度。母にとっては、顔見知りの頼りの綱だ。その上、同じ療養病棟のフロアに、デイ友さんの中でも一番の仲良しが、入院していて、母は、ちょっと孤独が癒されている。一日に2度しか、しかも短時間しか会えない面会者と違って、入院患者同士だから、大手を振って会いに来てくれる。彼女は、去年、熱中症で長くデイを休んでいたけど、今年も熱中症か?まあ、詳しいことはわからないが、地獄に仏とは彼女のことで、互いに愚痴も言い合い、情けなさも共有でき、共通の話題があるというのは、ありがたいこと。母の、同年配の高校や大学の知人友人は、次々に病んで居なくなり、かろうじて、仕事の知り合いが生き残っているくらいで、それも、一人か・・・この人は母と違って、活動的で、登山や山歩きが趣味だ。あんなに元気だった人たちが、次々と、認知症を発症したり、脳血管障害で倒れたり・・・家の隣保の人たちも、みんなどんどん、どこかの施設に行ってしまう。隣保は、空き家が多い。そして、施設で亡くなっても、コロナ禍中から、葬儀も無くなった。左隣は、ご主人が亡くなられてから、奥さんが施設。息子夫妻は、小一時間のところに住んでいて、隣を空き家のままにしてある。右隣は、ご主人が施設に入られて、亡くなられ、その後、奥さんは遠方のデイケアに。息子さんが二人あるが、それぞれ別に家庭があって、近いけど、別居だ。そんな事情ばっかりだから、家があって、隣保があっても、隣保長をできる人が限られている。実家の目と鼻の先には、幼保一体型のこども園と、小学校がある。だから、まだしも、 「ヒト科の子供」 という山口県では希少な生物を、普通に見られるのだ。隣保の平均年齢はおそらく80台の後半で、年齢を下げている人は、一人暮らしの認知症の女性だ。実家に帰るたびに、ずっと歩いている姿を見かける。彼女は、認知症になってから、古家を買って越してきているので、詳細は不明だ。人生について、真剣に深刻に考えている。そのせいで、眠れないのかもしれないなぁ。私の食欲を惹起させるものは、カット西瓜だった。今日は、懸案のシシャモの味醂干しを買いに行って、ついつい、カット西瓜も買ってしまった。高いけど、絶対に失敗がない食べ物だ。美味しいお昼ごはん!になった。アイスクリームよりも、私にはカット西瓜かもしれない。。。65歳の夏の、大ヒット商品だ。これで、日々の健康問題を解決できるか・・・妹も、身体は一つ、要看護のおばあさんは二人だから、大変だが、お姑さんの方は、ご主人(三人兄弟の長男)と弟さんたちが行くようだ。今しがた、母から直接の電話があったが、肝心なお盆の話の打ち合わせ中に、充電が切れて。まったくだ!
2024年08月07日
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一日も雨降らないまま、カリカリに乾いた大地に、このまま、帰省中も雨は降らないのか?蔵のベランダの潅水は、まあ、仕方ないとしても、自宅の庭の路地の、普段潅水とかしない地面も、ここまで乾くと、また潅水が必要かもしれない。異常が日常になると、もはや異常気象ではないので、日常のこととして備えなきゃいけないんだな。世界中で、色々と気象の異常もまずいことになっているけど、100年に一度とか1000年に一度とか、の、はずのことが・・・自分では、生産をしないけど、色々な植物や動物の生産者さんは、お天道様と、目の前の生き物とを相手に、大変なことだと思う。ちょっと自分が体調を崩しても、生き物を管理する以上、放ってはおけない。コロナや、ヘルパンギーナや手足口病や、熱中症や。。。高温多湿の日本の夏は、本来なら、コロナの季節じゃないと、かつて発生の初期に言われてたと思う。残念でしたぁ・・・真夏にインフルエンザが流行する沖縄型の、感染拡大がまたしても続いている。まあ、今日も、ネットで、「ショッピングモールのフードコートの老人たち」と、話題になってたが、イオンとかは、むしろ、「来てね」って催しをしてるとか前に見たぞ。11日の日曜日に帰省する算段になっているが、母が、どこまで、13日のお寺さんのお参りを迎えられるかは、未だ定かならずだ。。。他は快調らしいが、大便の排せつが不如意とか。それ以外とのギャップがあるようだ。人生は、どんなに立派に生きても、最終盤はこんな感じになるのかぁ。父の時にも、思ったけど、まあ、父は排泄の苦労から解放されて最期を迎えたから、その点は、良かったかもな。どうかなぁ、ビフィーナEX.母は使うと言わないだろうか。使わないと言うだろうか。排泄は大切・だなぁ・・・排便は尊厳・だなぁ・・・
2024年08月06日
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オリンピックで盛り上がっているときに、面倒くさいことは全部済ませろ!と、言われたのか、なんか、えらいことが起きているようだ。円安の影響が云云かんぬん言っていたのに、いきなり円高に振れたとか。って言って、今年初めごろの水準なの???新NISAって、口座を開設するときにはマイナンバーが必要なシステムだし、すべてを掌握したうえで、マイナンバーと保険証を紐付け刺さるために、無理やり乳幼児のカードを作って、それを親の口座に一括していたのを、なんか、個別に仕分ける指導をしているらしい。「公」というものは、民人(たみびと)から、税を、おどし・すかし・かすめとることが仕事だ。ところが新NISAは、利益が非課税だというので、20%が非課税で0%引きって言うのは、何か意図があるに違いないと思うのが、普通だよね。まさかだったのは、利上げと円高誘導の裏で、アメリカ経済がめちゃくちゃ軟調だったことが、同時にわかっちゃったところなんだよね・・・まあ、しばらくは、ネットニュースがオリンピックも流すからいいけど、それなくなったら、どうするんだろう・・・と、今月から始まる予定の年金生活の振り込みもまだなのに、安泰の年金生活を目標に、日々、準備に余念がないところだ。こないだの室温計のおかげで、自分に必要な室温の管理ができるようになっていそうだし、空調座布団と、2台の扇風機とに頑張ってもらいながら、低出力のエアコンを最小限で使っていきたい。今日は、一部のエリアでは小雨があったらしいが、兵庫県は、広いから・・・不幸にして雨の恵みは無かった。雨が、欲しい。そうそう、今日、とうとう、空っぽの商品棚を見た。コメが・・・入荷待ちだった。。。さすがに8月だから、もう長くは待たないだろうけど、備蓄が過去最低とかってニュースが出ると、こうなるのよねって、平成の米騒動を思い出した。先だっての、山形県から秋田県にかけての大雨で、主産地も影響を受けているかもしれない。食料自給率の低さの中、コメは踏ん張っていると思われがちだけど、さにあらず。実は、コメの作付面積も、コメ農家も、減る一方で、明るい見通しは全くない。26年間、食料生産にかかわる文章を読み書き調べ、行きついたのは、結構絶望的な展開なんで。畜肉とかは一見国産だけど、エサは高度に外国産。鶏肉は国内生産に見えて、ひな鳥自体が輸入。キリがないくらい、純国産って言うのは希少価値がある。たいていは準国産ってレベル。豚肉のエコフィードがどこまで伸びるかだなぁと。円安や、国際競争力の低下は、当たり前みたいに輸入していたものが、入ってこなくなること。売ってもらえなくなること。無視されるようになってしまうこと。。。私の大好きなわかめふりかけは、国内製造だけど、わかめは韓国産。。。まぁ、これは、価格に大きな影響はない方だけど、今言われているコーヒーとか、嗜好品はちょっと変わっていくだろう。さぁ、どうなるのか。。。幸いにして、深く考える遅行力が低下しているので、帰って寝るための準備をしよう。閑話休題ドジャーズのフレディー・フリーマン内野手の三男坊は退院して自宅での治療に切り替わった。小さい子が、めったにかからない病気だったらしい。ギラン・バレー症候群だという。以前、知り合いが発症して、全身硬直状態のまま長く治療を受けていた。その後、普通に自転車を乗りまわせるようになっていたので、安心したものだった。彼女は、まさに、中年の女性で、ギラン・バレー症候群の好発条件を備えていたかも。
2024年08月05日
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朝から仕事に出かけて、一日中働いていた時も、考えてみれば、自然光も浴びる一日だった。ところが、今の暮らしでは、暑さ対策で日照を遮断しているので、自然光のもとに居る時間は、いかようにも短い。さすがにあかんがなぁと思う短さだ。しかし、近所のスーパーで、朝から夕方まで働いてる人とかって、実は、自然光のもとにいる時間、結構短いなぁと、ふと、レジで、並んでいて思った。ビルの中で、働いてる、オフィスワーカーという職業の人たちも、実は、人工光の中で働いているんだなぁ。デパートとかでも・・・そう思うと、65歳までは、何にも考えずに、日焼け止めすら使わずに、自然光の朝から晩まで当たる仕事をしてきてた、いや仕事だけじゃなくて、小学校からずっと、生活してきたんだって、初めて、そんな暮らしじゃない暮らしを今してみて、「当たり前」っていうことの違いに気づいた。私の当たり前は、エアコンさえ長く設置されていない職場だったし、エアコンの取り付け工事とか、あったなぁと。それまでは、無いのが当たり前だったから、真夏の三者面談に扇風機も自前で、クーラーボックスに交換用の凍らせた保冷剤をたくさん入れて、「すんませんねぇ」とか言いながら、スカーフに保冷剤を忍ばせて、何時間も連続の面談してた。エアコン着いた後には、もう、担任してないからな・・・エアコンのある三者面談は、したことが無いぞ!って思った。まあ、十分劣悪な労働環境下で、頑張って働いたなって、自然光を存分に浴びながら、頑張っていた日々を思い出す。(懐かしくは、まったくない!)今日、買い物には、まだいけていないのは、給油を優先したから。スーパーは11時まで営業しているので、帰り路を使おうと思って。買い物自体、20分もかかりはしないし、涼しくなってから行けばいいやんって思った。給油は、週末にしておかないと3円高いからな!来週末までは、ギリギリもたなかったときに悔しいし。日中、あまりに暑くて、とうとう、禁断のアイスを食べた。イチゴ農家にもらった、アイス用のイチゴで、大きなまま、冷凍してあったのを、きれいさっぱり、食べました・・・巨大サイズで、10個あったから、最初は5個って思ったけど、結局10粒を、二回に分けて。大きすぎて、そのままでは口に入らないし、カチカチなんだけど、コツがあって、ヘタがあったところの真下は、隙間があって、やわらかいのでそこに、串を刺す。凍ってても、こんなに甘くてイチゴの味もしっかりするのは、生産者の力量だなぁ・・・彼との出会いと、3年間、そしてそれよりはるかに長く続くこれまでの時間と信頼の共有をありがたいと思う。
2024年08月04日
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エアコンの風を、扇風機で動かして、それに吹かれているんだけど、そこそこ涼しいと思っていたが、玄関ドアに貼ってある温度・湿度・時計を居室に持ち込んで、みたら・・・けっこう十分涼しいと思っていた室温は、29度もありました!湿度は54%。そういえば、なんか、風が強く当たりすぎているのかもしれないと・・・湿度が低いと、室温もそこまで感じないんだと痛感。。。玄関は、蔵の中では、一番寒さが強い場所で、冬とかは、厳寒の玄関なんだけど、まあ、夏は、そこそこ涼しいかっていうと、大体私が来る昼間で30~31度。この部屋にもって来る前に、トイレにも置いてしばらくして回収しに行ったら、34度もあった!蔵の外とか、朝から完全に日陰の場所があれば、風が吹いたら涼しいのかも。来る途中にそれらしく、緑陰を作ってそうな神社があって、せり出した木々の枝の下には、交通量の少ない町道に、3台くらい軽トラックとかがとめてある。蔵の建物の北側も、もちろん日陰だから、実は意外と涼しかったり?すべてが溶けてしまいそうな暑さの中で、空調服着て仕事してる皆さん、ありがとうございます。なんか、申し訳ない気がする。でも、まあ、9時間寝て、うだうだしてたら夜が来て、また9時間寝て・・・世間ではオリンピックと、日米同時株安とかで、大変らしい。私は、取り敢えず、毎日の「ねばならない」を一つずつ、頑張っていくしかない。閑話休題今朝、お勝手口からニラのプランターに水をやろうと思って出たら、プランターの周辺の茗荷に花が咲いていたことに気づいた。もう、花が咲いている。遅かりしだが、4つだけ、蚊に気づかれる前に収穫した。今日の嬉しかったこと・・・だった。(大谷君の33号以外で)
2024年08月03日
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政府が、新NISAしろって言うから、すごい数の人が、新NISAに突っ込んで、多分、阿鼻叫喚とか、青息吐息とか、気息奄々とか、瀕死の状態ちゃうかなぁ。。。だから、行政が勧めることに、乗っかっちゃダメなんよ。有象無象として右も左もわからんと、始めてしまうと、NISAって、損益通算できないからね。終値の下げ幅は、ブラックマンデー以来の最悪から2番目の幅だったらしい。触らぬ神に祟り無し。トランプが、「大統領選前に金利を触るな」って、まだバイデンが撤退する前に、言うこと自体が何なんなんだが、この数週間、それに反応して軟調になってきたところに、日本のリアル金融政策が・・・アメリカの・・・がって、次々と悪材料が集まってきて、わけわからん状態に下げている。好調でぐんぐん良かった、値が上がっていったときに買った人は、悲鳴だろうが、下げるのを待っていた人たちからしたら、やっと買い場と。いやいやい、もう一段の下げを、来週見てからとか、長く相場をやっている人は、欲が深いだけでなく、経験値もあるから。新NISAですごい高値の時に、乗り遅れたらあかん!!!って、買った人が、気の毒。日本株はどこもえらい軟調だが、海外を中心にした投資信託も、為替が激変したからなぁ・・・オリンピック中を狙って、日銀は、やってきたのかなぁ・・・今日、いつもより、一時間も遅い時間になってから、母からメールが来た。妹の話では、今日は、介護認定の調査日だったけど、そんなことは、おくびにも・・・今日のメールは、自分でトイレを使えるようになりたいとのことだった。「こんばんは明日からでも看護者の付き添いを頼んで、室内のトイレが使える練習をと思っています。リハビリでもそろそろだけど・・・」妹は、母の要介護度が上がることもちろん期待している。今は、要支援なんだな。で、耳が聞こえていないことを、強く訴えたらしい。母は、妹の声の波長が合わないのか、特に妹の声は聞きにくいと、私にも姪にも言う。姪の声は、恐ろしく低い。でも、聞こえるらしい。難しいものだ。そうそう、今日こそはと、金ゴマ豆腐を買ったんだけど、ついで買いの冷やし茶碗蒸しがあったので、先にそちらを・・・さすがに、今日も、何かを作る気力はないので、yumiさんへの尊敬の念が増すばかりだ。勤勉な妹は、機織り機を2つ持っている。あれこれ作って練習している。合間を縫って、地域の広報誌の編集を手伝っている。パソコンが、堪能なので、なんかかんか、頼まれるらしい。趣味としてウクレレの弾き語りと、ハープの演奏をしている。ハープは、まあ、頼まれて結婚式場なんかでも。エレクトーンはもうやっていないようだし、英語はまあ、通訳できるけど、相手がいないし。中国人やベトナム人に日本語を教えるのを頼まれる。中国語は、まあ、話せてたな。ベトナム人とは、多分、英語を使ってになっていると思う。妹は、合間には、姑も見舞っていたが、来週は、入院先から医者に呼ばれているらしい。もう、末期がんの痛み止め効かないレベルって言ってたし、経管栄養をどうするかのシリアスな話かなぁ。
2024年08月02日
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私は、昨日のうまかっちゃんに味を占めて、なんとか、固形物も食べようとなった。しかし、果たして、スイカは固形物だろうか?地球上には、スイカだけを食べて生きている種族が存在して、彼らは、野生のスイカを利用しつくして非常に健康に生きていて、その不思議な食行動を研究された結果、シトルリンという、ものすごい成分が発見されたのだった。そもそも、西瓜糖というひたすら煮詰めた暑気あたりの薬もあるくらい、西瓜には、素晴らしい効能があることは、昔から知られていたし、外皮の強さでの貯蔵性の高さなどから、甘くなくても、砂漠地帯では貴重な水分補給減だ。しかし、NHKのその特集を見たときに、いやいや、たんぱく質はと思っていたら、西瓜の種が、たんぱく源だったのだった。種をつきつぶして、スープに入れて、外皮も乾燥させてスープに入れて・・・かと言って、私が、西瓜の種を食べるときにいちいちよけたり出したりしないのは、決して、たんぱく源を求めてのことではなくて、目の前のたらいに切り置かれている西瓜を、短時間に少しでも多く食べるには、種なんかいちいち気にしてられなかった、悲しい貧しい子供時代の習性を引きずっているからだ。で、西瓜は、固形物と言えるかというと、微妙だな。私にはその、子供時代に培った特殊技能により、種のついたまま食べても、がりって種をかじったりしないで、飲み込める技があるからなぁ。65歳にして初めて、カップに入ったカット西瓜というものを買ってみた。へへスモモに紀陽という品種があって、スモモなのに、酸っぱくない。今日は、これを見つけて、買ってみたスモモは、固形物か?いやいや。ゼリーは固形物じゃないしな・・・的な。で、今日は、新たにできた鮮魚コーナーの寿司部門で、ちょっとだけ、贅沢に握りも買った。これはね、さすがに固形物でしょ。で、ついでに、胡瓜の甘酢和えみたいなんを買って、これは立派に固形物。もう、まったく、自力調理への意欲は放棄して、欲しいものを食べよう。身体が求めるものが体に良いものだ!って開き直り方で。実は、yumiさんのブログにあるおいしそうなゴマ豆腐を探してるんだけど、ionのは、もひとつで、そうじゃない3種類の商品は、たれを自分で買わんとあかんので。結局買わずじまいだった。難しいもんだ。豆腐は豆腐でも、ゴマ豆腐って、高いのよね・・・U~m今日は、取り敢えず、固形物をそれなりの彩で並べられたので、食卓がセルフネグレクトっぽくなくて良かった。良しとしよう。久しぶりにプレママの卒業生からメール来て、母の状態を聞いてくれたので、毎年のことながら、避暑入院してるって伝えておいた。自宅だと心配だけど、リハビリもあるから、暑い中、大きな病院の療養病棟の個室で、大事に暮らしてるからねぇ~って。まあ、心配かけてもいけないし、彼女はともかく、彼女の母親とかは、お見舞いに行く!って言いだしそうだから。今は、41歳のプレママの残り2か月間の生活に集中してほしい。てっか、彼女にも、本当は、入院して万全な状態で出産してほしいと、心から願っている。今日、8月1日は、今年NISAを始めたような投資の初心者の皆さんにとっては、記憶に残る悪夢のような8月1日だったろう。そして、兵庫県知事はまだ辞めずに居る。強靭な神経の持ち主なのか、4人組の残る一人が、辞めることを許さないでいるのか。辞めたら、ボロボロ出てくるだろう、不始末の連座責任は、どうするんだろう。
2024年08月01日
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