遠方からの手紙

僕を責めるものは




僕を責めるものは誰もいない
隣近所のおかみさんは
にこにこ顔であいさつする
勤め先のたれかれは
奥さんが入院して大変だろうなあと言う
にこにこ顔やねぎらいの言葉が激しく僕を鞭つ

小さなユリが寝入るのを待って
夜毎夜更けの町を居酒屋へ走るのは
誰なのか
深夜に酔っぱらって帰って来ては
大声でユリを呼んで泣かすのは
誰なのか

あの健気なユリはもういない
いしょにふとんにはいるとき
今ではきっと念をおすのだ
「夜中にどっか行っちゃいやよ」
幼稚園へ送ってから勤めへゆく父親を
今は泣いて呼び返すのだ

父親を呼ぶユリの泣き声は
一丁行っても二丁行っても僕を追いかけてくる
五人の保母さんが代る代るなだめてもすかしても
二階へ連れてっても砂場へ連れてっても
小さなユリは泣き止まない
途方に暮れて父親の僕が引返してくるまで

保母さんたちに見送られて
小さなユリと僕は今来たばかりの道を
家へ帰る
紋白蝶のとんでいる道
生垣の間から日まわりののぞいている道
夏の朝の人影もない白い道を

    詩集『小さなユリと』から

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