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Aug 30, 2006
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駒苫V3ならず/上 合言葉「青森山田戦のように」


◇潜在力開花、自信に

 香田誉士史監督の賭けだった。甲子園の2試合目、15日の青森山田(青森)戦。

 地方大会7試合のほとんどを投げ切った田中将大投手(3年)に代え、実戦経験が乏しい

 左腕の岡田雅寛投手(同)を登板させた。四回までに致命的と言える6点差。

 選手個々の潜在力を目覚めさせるには、荒療治が欠かせなかった。

 失点は香田監督にとって織り込み済み。

 だが、「これ以上離されたら甲子園では(勝利は)厳しい」とも思った。

 「五回終了後にグラウンド整備がある。気持ちを切り替える時間がある。流れが変わるの



 対する香田監督の指示は「来た球をフルスイング」。

 青森山田の渋谷良弥監督は「大量リードされたチームは積極性を失うが、劣勢のチーム

 から伝わる雰囲気がなかった」と振り返った。

 香田監督は今年のメンバーの特徴を「(田中)将大(投手)を筆頭に、物事を重くとらえて

 いない部分がある。人の話も聞き流しているようなずぶとさもある」という。個性派が多く

 個々の能力は高いが、組織力を発揮するのは不得手と見ていた。

 団結しきれない弱さを初戦の南陽工(山口)戦ではすくわれかけた。


 青森山田戦の前夜、本間篤史主将(同)は宿舎で開いたミーティングで「次はみんなで

 戦うぞ」と切り出した。「将大は連投できつい。みんなでバックアップしていかなければ」。

 小崎達也選手(同)も「将大を一人にしないで、僕らも声を振り絞ろう」と思った。


 香田監督は「序盤に失点しても、将大がリリーフして逆転につなげた昨年のスタイルに



 2度の不祥事などの逆境をバネにはい上がってきた1年の縮図のような試合を制したこ

 とで、大舞台の重圧の中で戦う自信が生まれた。「(青森)山田の時のように」。

 準々決勝以降は、ナインの合言葉になった。

                    ◇   ◇

 球史に残る早稲田実(西東京)との決勝に惜しくも敗れ、準優勝で終わった駒大苫小牧。



 は昨年以上の喝さいを送った。「重圧」と戦ったナインの戦いを振り返る。





 ◇8月24日  毎日   重圧と戦って:駒苫V3ならず/中 監督辞任で自主練習


◇一体感強める契機に

 3月3日。

 当時の3年部員による飲酒、喫煙が発覚し、チームは目前に迫っていたセンバツ出場を

 辞退した。上級生による不祥事の責任を、下級生が取る形になったこの日。

 引責辞任した香田誉士史監督とナインの間にも「見えない壁」が生じ始めた。

 だが、図らずもその壁はナインの一体感を強め、甲子園で見せた全員野球の基盤にもつ

 ながっていく。

 「責められるなら、責められた方がいい。(選手に)見られているような、避けられているよ

 うな微妙な状態が一番こたえた」と香田監督は振り返る。

 「被害妄想かもしれないが、廊下ですれ違った時、選手の目つきや顔つきが違って見えた。

 よそよそしい態度に信頼が薄れたと思った」

 一方、夢舞台を奪われたナインたちも失意のどん底にいた。


 「1回も負けていないのに。どうして甲子園に出られないのだろう」。


 副主将の三木悠也選手(3年)は自問したが、答えは見つからない。

 悩み相談をよく受ける菊地浄元マネジャー(同)の部屋に、何人もが「ミーティングをしよう」

 と訪れたが、「愚痴を並べるだけで、何にも結論は出なかった」。

 チーム練習は行われず、目的も失ったまま、時間だけがむなしく過ぎてゆく。3日後の6日。

 三木選手らは、田中将大主将(当時)に、チームの将来を話し合うトップ会議の開催を呼び

 掛けた。野球部寮の三木選手の部屋に田中主将と10人の副主将が集まった。

 ふかふかのマットの上で、11人はひざを突き合わせた。

 本間篤史選手(3年)が「いつまでもひきずっちゃだめだ」と会議を主導、「全員で練習に

 没頭しよう。そうすれば(センバツの出場辞退を)忘れられる」と出席者が意思統一した。

 翌日から自主練習が再開した。


 精神的に傷つき、どん底からはい上がろうとする選手たちの姿を、香田監督は時折、

 室内練習場が見渡せる2階の渡り廊下から静かに見つめた。

 「つらい。僕は一教師として外から見守ることしかできない」。

 選手たちが自主的にミーティングを開いたことは、人づてに聞いた。

 「野球部がどうなってしまうかは僕にも分からない。だが、再びさい配を振ることがあれば、

 こいつらを甲子園に連れていかなければならない」。

 2カ月のブランクの後、香田監督は現場指揮に復帰した。





 ◇8月25日  毎日   重圧と戦って:駒苫V3ならず/下 ナイン育てた激戦、死闘


◇舞い降りた「神様」

 夏の甲子園に向けての最初の試合となる室蘭地区大会開幕前日の6月25日。

 香田誉士史監督は、部員105人を連れて支笏湖畔に出かけた。

 大会前に気持ちをリラックスさせる恒例の「レクリエーション」だ。

 パークゴルフや魚釣り、バーベキュー。

 田中将大投手(3年)は大会前、この日のことを「最も印象的な出来事」と答えた。

 香田監督は「みんな笑みがあふれ、ざっくばらんに話もできた」と振り返る。

 一時辞任した香田監督が指揮に復帰して2カ月足らず。

 不祥事で傷ついた心が癒え、甲子園に向けてまい進する決意の場になった。


 復帰後、初の公式戦となった5、6月の春季大会の前は「一生懸命でさわやかな姿

 を見せたいと思う」と話していた香田監督だが、南北海道大会で姿勢を一転させる。

 春季全道大会で好投した対馬直樹投手(2年)、菊地翔太投手(同)を登板させず、

 主戦の田中投手にほぼ全イニングを任せた。

 エースに依存する戦いぶりに、「田中君一人で甲子園を戦うのは難しいのでは」との

 声も上がった。


 だが、香田監督の目線は意外にも近くにあった。

 「僕のせいでセンバツ行きが断たれたこいつらを、絶対に甲子園に連れて行かなけれ

 ばならない。そのためには、どの戦いも全力でぶつからなければならない。

 日程に余裕があるから、全部ねじ込む。将大でいく」。4年連続の甲子園切符を得た

 時点で、「これで、僕の仕事の半分以上は終わった」とさえ語った。


 ナインは甲子園で厳しい戦いを重ねて成長し、決勝の2試合でその結晶を輝かせた。

 延長15回の死闘で個々が見せた能力を田中投手は「野球の神様が舞い降りた」と

 表現し、早稲田実の和泉実監督には「強い。本当に強い」と言わしめた。


 23日の道庁前での報告会には一昨年の初優勝時を上回る1万人が集まった。

 今年の甲子園メンバーは18人中、3年生が16人。2年生は菊地、対馬の両投手だけだ。

 1、2年部員6人が残った一昨年、7人が残った昨年と異なる。

 香田監督は「新チームが厳しいのは覚悟している」と話す。

 菊地投手は「甲子園はすごい舞台だった。絶対に戻ってくる」。

 ナインの新たな挑戦は9月13日開幕の秋季室蘭地区大会で始まる。





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最終更新日  Sep 3, 2006 10:52:13 PM


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