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Aug 30, 2006
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胃痛の中の指揮 敗れてなお強し駒苫野球


 駒苫伝説は終わらない。

 第88回全国高校野球選手権(甲子園)で3連覇に挑んだ南北海道代表・駒大苫小牧の

 挑戦が21日、幕を閉じた。歓喜の連覇から1年あまり。

 3戦連続の逆転劇、延長15回引き分け再試合の死闘…。決勝まで駒を進めたこの夏の

 戦いも、北海道民に夢と希望を与えてくれた。

 緊急連載「敗れてなお強し 駒苫野球」で偉大な足跡をたどる。


 初優勝した早実の和泉監督がお立ち台で声を大にした。

 「駒大さんに強くさせてもらった。こんなチームを毎年つくりたい」。



 なインパクトを残した。


 常勝チームを率いるプレッシャーは並大抵ではなかった。

 香田誉士史監督はこの日、帰道後の検査入院を公表した。

 5月1日の監督復帰後、胃薬を手放せなかった。大会期間中、おう吐や胃痛に悩まされた。

 「体調がずっと良くありませんでした」。

 体調不良で全日本選抜チームのコーチ就任を辞退した。心血を注いできた代償だった。


 香田監督の「進取の気質」が全国屈指の強豪チームを生んだ。

 北海道勢の常識を覆す冬期間の雪上練習、練習合間の食事摂取、複数投手&複数

 リーダー&複数ポジション制、投手陣のハンマートレ、軽量スパイクの導入…。

 今大会前は気功の専門家を招き、講習を受けた。「固定概念は持たないようにしてます」。

 昨秋室蘭地区予選から今大会まで公式戦9大会(出場辞退の今春センバツ含む)で延べ




 躍進の原動力は少年時代と変わらぬ「夢」だった。

 小学生のころ、テレビに映し出される壮大な甲子園と池田(徳島)やPL学園(大阪)の

 強さに魅了された。

 「お兄ちゃんたちすっげぇーと。今でも気持ちは変わりません。純粋にあのころのままです」。

 95年春に縁もゆかりもない北海道で指導者になり「ウチの選手たちもあんなお兄ちゃんに




 激動の3年間だった。04年の初優勝、05年の連覇、そして06年の激闘…。

 元部長の暴力事件や卒業生の不祥事およびセンバツ出場辞退の苦難を乗り越え、駒苫

 伝説の第1章が幕を閉じた。この秋、第2章が幕を開ける。





 ◇8月23日  日刊   妥協せずプレー 敗れてなお強し駒苫野球


 73年ぶり2校目の夏3連覇は成らなかったが、駒大苫小牧の強さがあらためて浮き彫り

 にされた甲子園だった。

 ライバルである鵡川の佐藤茂富監督は「北海道の高校野球に3連覇以上のものを残して

 くれた。冬の雪の上での練習など、今までの概念を覆すことをやる香田君は大した男だ」

 と言った。

 合同練習を行うなど、最も身近で香田野球に接している苫小牧駒大の大滝敏之監督が

 指摘するのは「1つ1つのプレーに妥協しないで取り組んでいること」。


 駒苫の練習ではミスが出た時、しばしばナインが自らマウンドに集まる。

 そこで1分、2分と時間をかけ、何が悪かったのか、どうすれば良かったのかを反省する。

 原因と対策を先延ばしにせず、その場で解決する。

 だから同じような場面で同じミスを繰り返さない。昨年2月の徳之島キャンプでそれを見た

 徳之島高の松元将志監督は「1人のミスでもその都度、全員が集まるのに感銘を受けた」

 という。


 だから監督に言われなくても自分の判断で動ける。

 普段から1つ1つのプレーに真剣に取り組んでいるからこそ、本番で迷いが出ない。

 打球がどこへ飛んだら中継の選手はどこにいるべきか。

 バックアップする選手はどう動くのか。当たり前のことが迷わずにできる。

 競技こそ違うが、サッカー日本代表のオシム監督が「自分で考えて動け」と指導している

 ことを、すでに駒苫ナインは実践していた。

 それは走塁にも顕著に表れる。あくまで先の塁を狙うのはどのチームでも基本だが、

 場面場面での判断力が卓越している。

 南北海道大会の決勝を戦った札幌光星の合坂真吾監督はそれを痛感する。

 「決して足の速さだけじゃない。うちもああいう走塁を目指したい」と言い、新チームの

 練習で最重要ポイントに掲げている。





 ◇8月24日  日刊   香田野球の源流 敗れてなお強し駒苫野球


 史上2校目の夏の甲子園3連覇こそ逃したが、駒大苫小牧・香田誉士史監督が押し進める

 野球は間違いなく日本一だということが証明された。そしてその源流は母校・佐賀商にある。

 小・中・高と香田監督とはチームメートだった森田剛史さん(佐賀商野球部コーチ)は、

 香田野球の精神的な部分は佐賀商野球で培われたものだという。

 「四球でバットをそっと置くこと、攻守交代時の全力疾走は今でも佐賀商でやっていることです」。

 攻守交代時の全力疾走は今では鵡川をはじめ多くの高校が取り入れているが、駒大苫小牧

 では香田監督の就任後は常にその姿勢でやってきた。


 四死球で一塁に向かう際にバットをほうり出さず、そっと地面に置く行為は、大学野球に進ん

 だ同校OBたちが今も継承している。

 野球に対する真摯(し)な姿勢、大事に思う気持ちは香田監督が高校で身につけたものだった。


 駒大苫小牧の1日5時間半という練習量も、佐賀商時代の香田監督から見れば少ないくらいだ。

「香田君は1日1000回バットを振っていた。うちは県立なので練習は午後4時ぐらいからですが、

 真夜中まで振っていたはず。授業の合間にはダンベルを教室に持ち込んで筋力を鍛えていた。

 チームは皆、練習に熱心でしたが、香田君は特にそうだった」(森田さん)。


 再起へのきっかけも母校だった。

 今年3月、監督を辞任し野球を離れるつらい日々が続いた時、香田監督は母校を訪ねた。

 野球部の練習に顔を出し「ノックを打たせてほしい」と頼んできたという。

 「何かを見つけようとしたんだと思います。暗く沈んだ表情が1日ごとに明るくなっていきました」

 (森田さん)。


 源流は佐賀商野球だが、香田監督はそれに駒大時代のコーチ学、自分流のアイデアを加え

 独自の練習方法をつくり上げてきた。

 バットもボールも使わない、イメージだけの走塁練習などはマネする者もいない、まさに香田

 オリジナル。その野球を引っさげて再び全国制覇を狙う。






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最終更新日  Sep 3, 2006 11:16:25 PM


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