「勝ち負けの考えはいったん忘れよ」といったが、私は貧乏を奨励しているわけではない。一時「清貧のすすめ」という本がはやったことがある。が、貧乏は決して、望ましいものではない。できれば、少しは「経済的に余裕をもって」生きるべきである。もっと正確には
・いざというときには、収入の手段がある(あるいは、一時的には凌げるだけの蓄えを確保して置く)
という何かを担保して、生活すべきである。
時には「社長」の視点
自分では「心が弱い」と意識しなくても、「弱い立場」に追い込まれている人たちも多数いる。それは「自分の職責を全うし、職場でも認められ支持されていればよい」とまじめに頑張っている善良な市民だ。その心がけは大切だが、それだけでは十分とは言えない。知らず知らず、「弱い立場に追い込まれ気が付いた時には、進退窮まった」ということになる恐れがある。
特に最近のように、為替相場や一部地域の紛争などで、株式相場が混乱したり、金融情勢の混乱があると従来順調だった業績が急激に悪化して、経営が危機にさらされることがある。
一般の社員や一担当者では、「どうにもならない」「私の責任ではない」と考えがちだが、ソニーやパナソニック、シャープなどかつて日本を代表する企業でも、こういう経営環境の急変があり、それはリストラや希望退職という形で日夜職責を全うしている一般社員を襲うことも少なくない。だから
「それは経営者の責任で私の責任ではない」などと考えずに、時には社長の立場になって自分の会社の経営や景気の動向を見守る姿勢も必要である。もちろん、弱い立場に変わりはないが、やはり、最悪の事態に「備える気持ち」は必要だ。
平社員、一担当者でも「社長の視点で経営を考える」ということは、非現実的には違いないが、一種のゲーム、経営シミュレーションと思えば、こんな楽しくてスリリングなことはない。
現実には起きていない「危機」に怯えるのではなく、万一の場合には、再就職や脱サラ、資産運用、アルバイトなどの非常手段も考えて置けということである。実際に、本社を移転し、主要工場を閉鎖し、下請け工場への発注を海外に切り替える。その際従業員は解雇するーということは日本を代表する大企業では珍しくない。むしろ非常に一般的な現象。
従業員は「寝耳に水」で右往左往するのだ。
戦争の話は適切とはいえないが、あえて説明する。例えば、前線で敵を追い詰め終始、有利な戦闘を展開していたが、参謀本部の作戦の失敗で、武器、弾薬はつき食糧もなく、悲惨な運命をたどった部隊は、太平洋戦争で日本の軍隊には多く見受けられた。むしろ降伏前にはすべての日本軍がこういう状態だったといってもよい。参謀本部の連中は、口を拭って責任を回避し、さらに、望みのない作戦を展開し、前線を壊滅させた。いわゆる「玉砕」である。その挙句、中には「前線の兵士の士気が不足していた」などという参謀も実際には存在したのである。そういう輩が戦争犯罪人として裁かれることから巧みに逃げ、戦後、国会議員に当選したのだから当時の国民と選挙民の意識を疑いたくなる。
戦争の話は適切ではないが、わかりやすいのであえて紹介した。平時においても直接人を殺すか否かはないにしても、同じようなトップの判断ミスで多くの人を死活問題に
追い込むこそはたびたび私たちの目の前で
起きている。記憶に新しいところでは、
大手4大証券の一角だった山一證券。社長は
「社員は悪くありません。すべて私の責任です」
と記者会見で謝罪したが、前任の経営陣たちは
誰一人として責任をとらず、巨額の退職金を得て
口を拭った。
だから、そのような事態に備えるためにも、
「社長のつもりで考える」ということが有効
なのである。そうすれば、「これは危ないぞ」
と備え、あくまでも「クールに」作戦を練る
こともできるわけだ。
一つのアイデアとしては、ゲーム感覚で
たとえば
株式投資にNISAという制度を研究し、
練習しておくのもよいことだ。
まったくゼロになることは考えられ
ないし、最高百万円の損害だから、
このくらいの「余裕」は絶えず持って
いる心構えを持て、という意味である。
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