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『野柳地質公園』は、いままでで観たこともない不思議な海岸だった。 広い海岸にキノコのような形の大きな奇岩がぼっこりぽっこり。。 この奇岩は『女王の頭』と呼ばれる人気の奇岩で、列を作って順に撮影する。 平日のせいか観光客も少なくて、のんびりと歩き回れるいい場所だった。行ってよかったー。砂漠のような日陰もあまりない灼熱のような野柳公園をあとに、バスで九份へ移動九份は去年も行ったけど、今回は遅い時間に行って夕日でもみれたらいいなあと思っていた。 むむむ、、、微妙。。それにしても、野柳地質公園は観光客もまばらだったわりに、九份人気は平日だというのにどこもかしこも、人、人、人、、、ちょうちんが下がっている階段は人気のスポットなので身動き取れない。おまけに、こんな時間にせまい通りをぎりぎりの大きさの小型トラックが2台も通るのよ。この時ばかりはみなさん、『あーりえない!』とパニック寸前 人間ばかりでいい写真撮れなかった。。。今回のメインイベントだったはずなのに、野柳地質公園がよかったので九份はさっさと引き上げることにした。本当にさっさと帰りたかったので台北まで直通のバスで帰ろうということになった。直通バスは30分置きくらいにやってくる。しかし、同じことをみんな考えてるらしくて待っている人の数がはんぱじゃないし並んでいるはずなのに、バスの停まる位置が毎回1m位ちがうので目の前にたまたま止まった者が運よく最初に乗れるという状態だ。私は娘に『ガンバロー』と喝を入れて(なんたってうちの娘チョロいから、、)バスを待ち、そしておしくらまんじゅうの戦いに勝って乗り込んだ。・・・が、娘が乗っている気配はない。。『ダメだったーー』という人込みの中からの娘の悲鳴にも似た声せっかく貰ったチケットをキャンセルして降り次のバスの時はこのドンくさい娘を私の目の前に立たせて乗り込ませた。娘が乗りこめるが私には見えた。次は私の番しかしびくとも動かないのだ。タラップまでよじ上ったのに体のどこも動かせない状態のまま、ドライバーさんの『おしまいおしまい』の声を聞く親子二人してドン臭い・・・と思うでしょ?いやいや、、、あれは無理ですわ。ひとりはなんとかなるけど、それ以上は絶対無理ですわ。。。結局三回目はあきらめて、途中までバスで行きそこから電車に乗り換える方法に変更。カンタンに二人並んで座れて、最初からこれにすればよかったと二人で後悔しているとバスは『端芳駅』に近づいてきた。ここで、ほとんどの日本人(直通のバスに乗れなかった゛負け組”の人達)は立ち上がり降りようとしている。そこへ、どこから乗っていたのか『あー、まだまだまだまだ、まだ降りないでーー』と叫ぶ台湾人のおじさんが私たちを制した。みんなは行きは端芳駅から歩いてちょっと離れた停留場から乗って九份へ行ったので帰りもその停留場で降りようとしてるのだけど、おじさんは、帰りのバスは端芳駅まで行くというのだ。みなさん、半信半疑の表情でも、おじさんの勢いにたてつくわけにいかず、席を立っていた人も降りずにいた。そして、バスは鉄道の駅のある『端芳駅』の目の前に無事着いたのだ。その後、おじさんはまた大声で『電車ははちぢにじゅうにふんね。』と私たちに叫んでいる。はちぢにじゅうにふん の意味が電車の発車時間だと気づくのにちょっと時間がかかった。やっと、その意味がわかりおじさんに礼を言うとおじさんは私と娘に『わたし、周サン。これあげるから、〇×※△・・』といってなにやらカードのようなものをくれた。おじさんは周サンって言うらしい。駅の構内でも、まだ私たちがまごついていると『にじゅうにふん、にじゅうにふん!』と行ってホームへ追い立てるようなそぶりをする。周サン、わりと強引で心配性だ。台北行きの電車の中で、もらったカードを改めて広げてみた。中には2枚のコーティングされたカードとなんと、もう一枚は例の野柳地質公園の奇岩の前で恰好つけて座る『周さん』の写真だった。 2センチ四方の紙に手書きで周さんのものとみられる住所が同封されていた。『これあげるから、〇×※△・・』は『これあげるから、困ったら連絡して』と言いたかったんだろうか。なんだか、おかしなおじさんに遭遇して、私たちは笑ってしまった。と、同時にやっぱり台湾の人っていい人だなー、、と思ったのだった。台北に着いて、娘が選んだ台湾の居酒屋へ行く。ここまでで、まだ小籠包は食べていない。居酒屋に小籠包があるはずだと思い、九份でも食べずに我慢した。これが、正解だったのか、、、台湾の居酒屋さんに小籠包はあるのか。。。今日はここまで、、、周さんのこと書いてたら、オモシロくて思わず力が入ってしまった。台湾旅行、、、さらに続きます。。
2017.08.27
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カナダの旅その4は、ちょっとお休み。。 今月お盆明け間際、2泊3日で台湾へ行ってきた。 今回は、夏休み中の娘との旅。久しぶりにパスポートを所得して興奮と期待と緊張の娘。 去年、一度行ってる私はモチロン余裕~ ・・・といいたいところだけど航空券+ホテルのツアーをぎりぎりで決めたため羽田を18時15分発、現地到着21時のツアーしかみつけられず帰りも14時半出発なので、前回よりかなり忙しい。実質一日観光のようなものだ。あせる、、、 そんな旅なので、食べることだけは満足する旅を計画 飛行機は時間通りに到着中山区のグリーンワールドホテルにチェックイン その後、歩いて20分かかる夜市へ行く。目的は マンゴーのかき氷 ガイドブックで一番人気の店とか有名人おすすめの店とか 見たけどここは、たぶん全くそういう店じゃない。でも、『うまーーーい』ふかふかな氷に甘いマンゴー味のミルクのようなものが掛かっていてその上に大きくカットされたうまうまなマンゴー あまりマンゴー好きでない娘も思わず『うめーーー』とヤギのようにうなっていた 日付が変わるちょっと前にホテルに戻り明日の予定を再確認。台北→淡水→台北→九份をバスと電車や地下鉄で移動。なんとしても時間がないから、朝はできるだけ早く出発だ 朝8時半、台北から地下鉄『淡水線』に乗って終点の『淡水』へ到着 後ろは淡水河。左手の先は東シナ海(?)、、たぶん。。 ここで食べたいものは『あげーー 』漢字では『阿給』と書く。 厚めの皮の油揚げの中に春雨が入っていて甘辛いドロッとした汁と辛めの何かが掛かっている。中華と和のコラボレーション 、、 淡水って、戦時中日本人も多くいた場所らしい。むむむ、、、なにか悪さでもしていなければいいがな。。と思ったけどこの味を2国間で作ったとしたら、わりとイイ関係だったのかな。 ガイドブックには載ってなかったけど『多田榮吉さん』という人の家が当時のまま残っていた。 敷地面積は100坪ほどのまさに日本家屋。 榮吉さん、台湾でどういう人だったんだろう。。。Yahoo検索によると、来台した起業家のうちでは『公益事業を喜びとする数少ない人』だそうだ。 ちょっと、ホッとした。 淡水の街。いろいろな顔がある。左下は『あげー』のあるお店(淡水文化阿給)の通り。 異国情緒満載。 なんてったってエイジア~ ここは淡水の文京区。私立の小学校(左下)は立ち入り禁止。その前の通りの奥にある『心理大学』は観光客に無料で開放。心理大学と隣接している『淡水紅毛城』 1628年スペイン人に建てられ、その後イギリス領事官となった。もとお城ということもあり、牢屋もあれば大砲もある。 榮吉さんと違い、優雅な生活ぶり。淡水をかなり満喫して、ふと気がつくとまだまだ午前中は残っている。このまま、台北へ戻るのが惜しくなり、もうひとつの名所を回りそこから九份行きのバスで行くことに変更する。突然の変更なんて、冒険だーーもうひとつの名所、それは『野柳地質公園』ザ・東洋のカッパドキア~(、、カッパドキアも知らないのになぜか気持ちが上がる⤴)スマホ情報をたよりにこれだ!と思ったバスに乗ろうとしたら、ドライバーにこれじゃなくて862の『基隆』行きのバスに乗れと教えられた。(えーー、ネットではこのバスに乗るとかいてあるよーー)このバスだと、そのまま公園まで行く。でも、862は、私たちには全然土地勘のない停留場で降りなければならない。車内放送は全く理解できないからどこで降りたらいいか、さっぱりわからないのに。バスが動き出してから、娘とあーじゃない、こーじゃないと困っていたら隣の席の高校生ぐらいの女の子が『Excuse me? May I、、、?』と声を掛けてきた。わわわ、、、天からの助け? いやいやいや、、、、言葉通じるか。。。一か八かの拙い英語で、パンフレットを見せながらここへ行きたいのだけど、どこで降りたらいいかわからない、貴女はこの停留所まで行きますか?ときいてみた。彼女は自分のスマホを使って北京語を日本語に変換して応答。自分は淡水と野柳公園のちょうど真ん中あたりに住んでいる(かなり田舎だ)降りる時に、ドライバーに私たちの事を伝える、、、というようなことを言ってくれた。スマホの変換って、長文だとわけのわからない翻訳になってしまう。彼女は少しずつ、少しずつ変換させて、教えてくれたのだ。なーんて気が利く、なーんて優しい子なんだろう。こんな優しい女の子に台湾のこんな辺鄙な地で会えたとは、、、私には彼女が台湾の天使にみえたわねそしてこれこそ、行き当たりばったりゆえに地元の人と繋がれる旅の醍醐味 行き当たりばったりの旅で転がり込んできた、台湾の隅っこの名所『野柳地質公園』 名前は固いけど、かなりオモシロかった。 後編につづく、、、
2017.08.22
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シャーロットタウンからモンクントンまでバスで200キロ移動。その後、モンクントンから大陸横断鉄道(VIA列車)に乗ってケベックへ向かう。 VIA列車 (モンクントン駅) P.E.I. で旅行の目的の90%を果たしたつもりの私はそれ以外の観光にあまり興味なかったので、この列車もただの移動手段と考えていたのだがツアーのメンバーで2組4人はツアー料金にさらに3万円支払って列車の特別車両を利用していた。 この3万円が大きな差 我々エコノミークラスはただの座席で特別車両は、高級寝台車なのだ。一部屋(?)に一人ずつのお世話係のような人がいて、手厚く一夜を見守ってくれていたそうだ。シャワーで旅の疲れを癒し、特別料理に舌鼓、ふかふかのベッド。まさに走る高級ホテル それにくらべて、私たちは こーんな狭い座席で毛布も無く(確か有料だったかも)12時間30分の長い夜を明かせねばならない。 夕飯のポテトのキッシュとサラダ、クラッカー(?)、チョコケーキ。テンション上げようと黒ビールを購入 それにしても、12時間半の座りっぱなしはつらい外は真っ暗で何も楽しむものはないし、寒いし、眠れないし。。とにかく眠れないことが苦しかった(こんな事はじめて)のであの手この手を考えて、いつもやらないことをやってみた。 『初夏の夜の ふけて駅舎に迎え人』 『村の駅 ホームに身内の集まりて』あっ、季語が無い、、、 『冷房車 我は眠れぬ異邦人』『汽笛響き 冷房車内の夜は果てぬ』『咳ひとつ 異国の夜の冷房車』 『雨あがり 枕木数えて汽車の旅』『雨あがり 雲の切れ目へ向かう汽車』『雨あがり 対抗車両に日は当たり』・・・雨あがりは夏の季語じゃなかった 初心者なのでカンベンねヘタだけどガイドブックに走り書きしたみみず文字がなぜかいとおしいのだ。。。 あー、、ヒマだヒマだヒマだ、、、、(ジタバタジタバタ) 寝台車を利用したオバサマ方のうらやましい話を聞きながら次の目的地、ケベックにやっと着く。 もーフラフラ・・・ケベックはカナダでは唯一、フランス語のみを公用語に定めている。でも、ケベック人のフランス語はかなりなまっているらしい。私にはさっぱりわからないケド。。 ダルム広場 ケベック初の神父であるドボール神父の像 これはいったい何?!芸術?パロディー?わかりません。。 ケベックは崖の上と下の地区に分かれていて、プチシャランという目抜き通りは下の地区。狭い通りの両脇に、かわいいお店がいっぱい。観光客も多い。私はこういう街もわりと好きだな。鎌倉の小町通りみたいな感じ。ここで、お土産のTシャツを購入。 プチシャランロープウェイの上にダルム広場の建物がちょっと見える。かわいい街をウィンドーショッピングしてると元気になってきたゾ ノートルダム大聖堂(モントリオールへ移動) カメラやスマホのバッテリー切れで、これしか写真ありません。きれいな教会。かなり見ごたえあります。何時間でも居たい場所。まさに癒しの場所。やっぱり、疲れていたのかな。。 つづく
2017.08.11
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さてさて、いよいよ待ちに待った赤毛のアンの世界へようこそ~~ これから始まる貴方の物語~遠くに見えるのが、あの緑の切り妻屋根の家『グリーンゲイブルス』NHKの朝ドラ『花子とアン』でおなじみのアンの家。もちろん物語なので、バリバリ観光地であります。でも、これが見たかった近くに寄ると、、、 おおー、テンションあがるーまさに聖地じゃーそして家の中は・・・ マリラの部屋 マシュウの部屋マリラの部屋には、紛失して大騒ぎになった、紫水晶のブローチが置いてある。 そして、これがアンの部屋 マシューが買ってくれたちょうちん袖のドレス。 ギルバートの頭をひっぱたいた石板。 (アンの部屋になぜあるのー?) ダイニングルーム リビングルーム パントリー(キッチン用具置き場) ウォータールー・ストーブ 窓辺もおしゃれ家の周りは、、、アンが名付けた 恋人の小径 (写真のご夫婦はツアーのメンバー。唯一ご夫婦で参加。高校からの同級生だそうでとても仲がいい) うらやましい限りです。。 同じくアンが名付けた 『お化けの森』の入り口(自撮り也) 時にはツアーの人たちとつるんだり、時にはひとりであっちへこっち散策したり このたびのメインイベントと思うと、わたしワールドに立ち入る者ナシという感じでありました。 極め付きは、、、 あなたもアンになりましょーーーの巻 アハハハハハハ アハハハハハハ アハハハハハハ、、、あーー楽しいグリーンゲイブルスをたっぷり堪能した後は、ランチタイムプリンスエドワード島(ツウはP.E.I.と呼ぶ!ペイとか言わないで、、、笑)の名物はロブスター ジャーーン!!どーだーぃ!!こんなの見たこともナイわ。。 ツメの先からおしりの先まで、完食だいなんたって、コレもありますから、、、(まさに地ビール) その後、こんな景色の中をバスで揺られて キャベンディッシュ内のキャロリンさんのプライベートガーデンを訪問 敷地はとにかく広い!東京ドーム2個分以上あるはず、、、 お孫さんたちが来ると遊ばせてあげる部屋 ほとんどご主人の手作り。カナダでは高校でDIYの授業必須とか、、、 椅子もテーブルもすべて手作り。ロフトへ掛ける 梯子はキャロリンさんのお父様(元大工)の力作。 この池も手作り?!らしい。。ボートももちろん、、、、 キャロリンさんと、記念撮影真っ白なレースのドレスがとても似合っていて、これで土まみれになって庭造りをしているのか?今でも信じられない・・・夢の世界を後に、このような景色の中 再びコンフェデレーション橋を渡り、一路モンクントン駅まで。その晩は、大陸横断鉄道(VIA)に乗って次の目的地ケベックまで13時間の移動が始まるのであった。・・・これがまた、大変だったのだ。 つづく。。おまけ、、、 モンゴメリーのお墓 (奥の赤いお花のところ)
2017.08.06
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6月16日から6泊8日でカナダ旅行した。6泊8日のクラブツーリズムのツアー『カナダ東部グルメ街道と古き良き街めぐり』という盛りだくさんツアー。でも、私の目的は『赤毛のアン』の舞台にもなったプリンスエドワード島へ行きアンの世界にどっぷりつかること。このやや少女趣味なツアーにつきあってくれるお仲間、おりませんでした(サビシーー)カナダってひとことで言っても、広いの。プリンスエドワード島はカナダの西の端っこにある。 成田を17:30発のエア・カナダに乗りトロントへ。トロントからさらに乗り換えてハリファックスという小さい街に着いた頃には午前零時を過ぎていた。 成田で天候不順で2時間以上待たされた。ツアーは11人。3組のオバサマ達と1組の中年ご夫婦と1組の若いカップル、そしてわたし。。+添乗員さん。オバサマ方は、かなり旅慣れているようだ。だから、私のようなひとり参加も全然気にならない様子で安心した。興奮してあまり寝られない夜が明けて、次の日は雨 ホテルの部屋から撮影。この日、子どものフィールドホッケー(だったかな?)の大会で親子がゾロゾロ歩いていた。雨なのに傘もささず、、、カナダの人は雨はシャワーと同じ感覚でぬれるのはいやじゃないそうだ。さて、いよいよ観光の始まり。 カナダ軍の要塞『シタデル』カナダは移民の国。フランスからたどりついた移住者がこの地に築いた。現在の星形の要塞はフランス軍を破ったイギリス軍により作られた。そして今駐屯してるのはカナダ軍。門を守る兵隊さんがりりしくてぴくりとも動かずにいる様子をみても当時のことが想像できない、静かな場所だった。ハリファックスはモンゴメリーゆかりの地。 まずはモンゴメリーの下宿跡 モンゴメリーが一年間聴講したダルハウジー大学 (アンの青春でアンが通ったレドモンド大学のモデルとなった) アンが歩いたとされるお墓(アンの青春より) アンが貴公子ロイ・ガードナーにプロポーズされたあずまや(アンの青春より) *カナダでは女の子が産まれると庭にあずまやを建てる風習があるらしい。 公園内は、あちこちでひっそりと春の花が咲いている。わりとワイルド。 ありのままがカナダ流らしい。その後、バスは世界遺産になっているルーネンバーグへ 霧雨のベールがかかるルーネンバーグ 港沿いの家は派手に色塗られている。漁師である夫が漁を終えて帰ってきたとき、すぐにわかるように派手な壁面にしたらしい。海岸から離れると、落ち着いた家並み。でも、おしゃれ。。。 40分の自由時間。雨ということもあり、みなさん近場を散策していたけど私は街の高台にある元学校だった建物までたったひとりで歩いてみた。 うわさどおり、素敵な建物だった。 そして~、、、いよいよ待ちに待ったグルメランチ 港町ならではの貝と魚料理、、そしてビール 昼ビール、イエ~イ このスゥイーツは超あまあま・・・まあまあじゃないよアマアマその後、 コンフェデレーション橋を通ってプリンスエドワード島へGO 『赤毛のアンカントリーディナー』 マリラがアンのために用意したローストチキン マリラの得意なプラムプディング この晩は、ビールと赤ワインでいただいた。みなさん、アルコールはいける方で、その為すぐにうちとけることができたかも。 レストランです。もう8時くらいだと思う。 つづく。。。
2017.08.05
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お久しぶりでございます。去年の盛岡旅行以来、、、あれから特に変わったこともなく、3月に夫の三回忌を、地味に行いました。毎朝、親鸞聖人さまにお線香と白飯とお水を差し上げて、手を合わせる。。。毎朝手を合わせていると、いいことがある、、、というか悪いことが起きないような気がする。なんつって、、、以下は今日の私の悲劇今日は久しぶりに休みだったので(夏休みの子どもルームは忙しい)庭の伸びきった木を切ってさっぱりさせようとしていたらなんと、どうだんつつじの葉っぱの中に潜んでいた虫を刺激したらしくて飛び出してきた一匹にパチンと刺されたその、痛いことったら、、思わず、アナフラキシーで死ぬかも~という恐怖に襲われ慌てて近くの皮膚科へ直行した。私の予想では、病院につくころには刺された右の人差し指の付け根が芋虫のように膨らんで、大変なことになっているだろうという悲惨な感じ。でも診察室に呼ばれる頃には、さっきの痛さはほとんどなくて刺された痕がぽつんと赤くなっている程度。蜂にさされたと思っていたけど冷静に考えれば、蜂は花の蜜が狙いで、どうだんつつじには花はなくて蜂がいるはずない。午後に剪定したアベリアは蜂の楽園だった医者も『もしかしたら明日あさってごろになって腫れるかもしれないから、気を付けるように』というが、あまり緊急性を感じさせる言い方ではなかった。せっかくきたので、ついでにと思い『あのー、きのうから股のあたりが痒くてあせもができたみたいなんですけどその薬も出してもらえないでしょうかねー。』と場所が場所だけに恥ずかしさをこらえて言ってみた。そうしたら医者が『そうですか、ではちょっと見せてください』というではないですか!!いやいやいや、、、、私はただかゆいだけなので薬だけもらえばいいんですーーと訴えたが、医者の立場ではそういうわけにはいかないらしい(当たりまえか・・・)で、しぶしぶ診察台に寝そべり産婦人科に来た妊婦のような恰好になり診察されたのであるあーー恥ずかしーー婦人科に行くときはそれなりに下着も気を使い一応シャワーなど浴びて綺麗にして行く。今回は、剪定の最中に飛び出してきたから全身汗まみれだし、下着も何をつけてきたっけ?なんてのぞいてみたりして、、、そんな私に全くおかまいなく医者は『あー、あせもじゃないですね、化膿してるからちゃんとお薬縫って抗生剤飲んで治療しましょう』とばっさり診断。ああ、そうですか、、抗生剤ね。。私のの原因はいうまでもナイ処方される3日間、お酒が飲めないじゃないかということだけであーる、、ショボーーンなんで、こんなところが化膿するかな??医者いわく、にきびのようなできものだとか。。にきびなんて最近全くご無沙汰なのになんでまた、こんなところを選んで出てきちゃったんだい!で、さっそくスーパーでのんある3本買って午後、剪定の続きを始めた。夜、抗生剤のんでアルコール0の私はとても元気です。右手の人差し指も変化ナシ!パソコンの写真の整理をサクサクっと終えて久しぶりにブログでも書いてみようかという気持ちになりました。実は、先月ずっとあこがれていた『赤毛のアン』の舞台であるカナダのプリンスエドワード島へ行ってきた。そのこと、今日は長くなったので次回沢山の写真でアップします!ここまでの気持ちになるのに半年。親鸞聖人さんのおかげということにしておこう。。
2017.08.04
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