小説 こにゃん日記

小説 こにゃん日記

act.43『それは光のように』




あれから3日もたっていた。
おいらは、ようやく傷も直って、ご飯も自分で、もりもり食べられるようになった。
足に巻いていた包帯もはずしてもらえた。
おいらはそれが邪魔で、何度か齧ってはずしちゃったんだ。
そうしたら、おいらを診てくれたお医者さんが、おいらの顔の周りにぐるりと、固い板みたいなのを巻いたんだ。
おいらが傷を舐めないようにって。
さつきが、おいらを抱いて、鏡を見せてくれた。
おいらまるでラッパみたい。
しましまの猫ラッパだよ。
おいらプオーって鳴るかわりに、なうぅ~って文句言ったけどね。
さつきってば笑っただけ。
それでね。
キジ猫大将も、おまけにトラ猫まで、まるで、くしゃみをこらえてるみたいな、変てこな顔をするんだ。
笑いたいのを我慢しているんだよ。
みんな、みんな、ひどいと思わない?

トラ猫は、大将が言ったとおり、あのあとすぐ、おいらに会いに来てくれた。
トラ猫の血は止まっていたけど、かたっぽの耳の後ろが、ちょっぴり禿げて赤黒いかさぶたに覆われていて、おいら悲しかった。
トラ猫の綺麗な毛皮。
でも、もう大丈夫だから、こんなのすぐ元通りになるわと、おいらに笑って見せてくれた。
黄色猫と灰色猫はどうなったんだろう?
おいらが聞いたら、大将猫は渋い顔をした。
『もう手出しはさせない。』
大将はそれしか言わなかったけど、その言葉がひどくきっぱりとしていたので、おいらは大将を信じた。
『大将が助けてくれたの?』
おいらの言葉に、大将は笑って片目をつぶった。
『トラ公を助けたのはお前だろう?なかなかいい戦いぶりだったな。』
『そうよこにゃん。もしあの時二匹で向かってこられたら・・・こにゃんが、あいつを足止めしてくれたおかげよ。』
トラ猫がおいらを、キラキラとした瞳で見ている。
それは優しい瞳だったけど、今まで、小さな赤ちゃんを見るみたいに見てくれたあの目とは違う。
本気で、トラ猫がおいらのことを、すごいって褒めてくれている。
おいらにはそれが解った。
たぶん。やっぱり、灰色猫たちをやっつけて、おいらとトラ猫を助けたのは大将だろう。
だけど、おいらだって、ちゃんと役に立ったんだ。
おいらすごく幸せな気分だった。

おいらが大将の家で、うとうと寝ながら過ごしている間に、大将とトラ猫は、おいらのママ猫探しをしてくれていた。
おいらには何も言わなかったけど。
おいらそれを知らなくって、だからちょっぴり拗ねていた。
トラ猫は、それっきり、ろくに会いに来てくれないし、来てもすぐにいなくなっちゃう。
大将ときたら、自分の家なのに、ぜんぜん帰ってこないんだ。
ご飯の時間にだってだよ。
大将の家の人たちは、慣れているみたいで、
『仕方がないわねえ。』
なんて、落ち着いたものだ。
おいらのお家のママも、仕方がないって思っているかな?
そうだったらいいな。
おいらなんだか心配になって、美味しいカリカリを3粒も残しちゃったよ。
おいらこうしちゃいられないんだ。
おいらはこっそり、大将の家を抜け出すことにした。

おいらのいる部屋は、明るい畳の部屋で、縁側に面している。
でも格子戸が、いつもしっかり閉められているんだ。
トラ猫や大将は、うまく戸の隙間に爪を差し込んで、いとも簡単にあけちゃうけど、おいらにも出来るかな?
おいらは肉球から爪を出して、しげしげと眺めてみた。
おいらの爪。いつもママに切られちゃうけど、でも本当だったらもう少し伸びていたはずだ。
戦ったとき、塀をよじ登ろうとしたためか、おいらの爪はいくつも、根元からぽきっと折れていた。
無事だったのは右足の小指の爪と、左の親指の爪が半分。
おいらはゆっくりと、歯でしごくようにして爪を磨いた。
戸の隙間に差し入れる。
おいらは力を入れて、戸を開こうとした。
カタカタと少しゆれたけど、どうしてもあかない。
おいらは鼻の頭にしわを寄せ、戸に斜めにしがみついて唸っていた。
カラリ・・・開いたっ!
おいらは弾みで、しがみついていた戸から、コロンと転がり落ちた。
『何やってんだ?』
そこにたっていたのは、キジ猫大将だった。

おいらは、しゅたっと立ち上がった。
ほらね。おいら元気になったでしょ?
『大将。おいらを大将のおうちに連れてきてありがとう。お世話になりました。』
おいらちゃんと挨拶したんだ。
大将は、おいらをしげしげと見た。
『元気になったみたいだな。・・・そうだな。もう帰ったほうがいいな。』
あまり勝手に抜け出すなよ。と言われて、おいらなんだかおかしかった。
だって、大将の方が、お家を好き放題抜け出してるみたいだもん。
『あのね。大将に頼みがあるんだ。』
おいらは上目遣いで大将を見た。
大将が、何だ?と言うようにぱたりと尻尾を振った。
『トラ猫さんに、おいらがちゃんと無事に、お家に帰ったって言ってくれない?』
おいらの言葉に大将の目がすっと細まった。
『おいらまだお家には帰んない。でも、もう、トラ猫さんに迷惑かけたくないんだ。』
おいらはしっかりと、大将の目を見ていった。
喧嘩を売っているんじゃないよ。
でも、絶対これだけは譲れないって気持ちだったんだ。

『母親探しか?』
大将は、おいらの目をはずさずに静かに尋ねた。
トラ猫が話したんだ・・・おいらはこくんと頷いた。
『この3日間、俺の縄張り中の猫が探し回ったよ、もちろんトラ公もだ。』
おいらの耳がぴくんとたった。
大将が言った。
『これだけ探しまくって、こんな怪我までして・・・なぁ。こにゃん。お前は確かに捨て猫だったみたいだが、今はちゃんとした家族がいる・・・だから、もういいじゃないか。』
もういい?もういいってどういうこと?
あきらめろって?
そうか・・・この町にもママはいないんだ。
だったら、おいらのすることは決まってる。
『ちゃんとトラ猫さんに伝えてね。』
おいらは、開いた戸の隙間を抜けて、縁側に出た。
お日様が目に痛い。
ぴょんと庭に降り立った。
大丈夫、よろけない。
おいら一人でもがんばれる。
この町にママがいないんなら、別の町を探せばいいんだ。

『待てっ!』
大将が声を張り上げた。
おいらは、振り向いてぺこりと頭を下げる。
ありがとう大将。でも、おいらあきらめない。ママを探すんだ。
『待て、こにゃん。』
おいらはもう振り向かなかった。
『お前の母猫は見つかったよ。』
おいらの背中に、その言葉が、降り注ぐ光のように訪れた。



act.44『あるメス猫の話』  に続く













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