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ふよふよひらひら ふよふよひらひら『おい。』ふよふよひらひら ふよふよひらひら『はい。お父様。』初夏の風がそそと、恥ずかしげにスカートの裾を揺らす。あと、一時間もすれば、うんざりするほどの熱気に変わるだろうが、まだこの時間は、肌に薄く浮いた汗を、温まり始めた風が穏やかにぬぐいさってくれる。『見えてんぞ。』特注サイズの濃紺のブレザーに、胸元で揺れる赤いリボン。チェックのミニスカートからは、すんなりとした脚が伸びる。ほっそりとした足首を包む白いソックスと、汚れようもない黒のローファー。ミーアは嬉しげに、ふよふよと俺の頭の上で回って見せた。『制服がそんなに嬉しいかなぁ?』『本当は春から着たかったのに。』ぷうと膨れて、ミーアは、背後から俺の首に噛り付いた。『しょうがないだろ。特注サイズなんだから。』それより・・・といいかけた俺の行く手を、今日もでっかい花束に埋もれたピザ顔が塞いだ。『ミ、ミ、ミ。』『ミンミンゼミ?』思わずボケたミーアに、花束を突き出しながら、石田は顔をますます真っ赤にさせた。今にも顔中のニキビから噴煙が上がりそうだ。『ミーアさん!おとうさん!おは、おあは、おあはよお。』何がおあはよおだ。誰がおとうさんだ。『石田さん。またお花持ってきたんだ。綺麗~。』ミーアは、両手に花を受け取ると、きらきらと効果音がしそうな笑顔を石田に向けた。こらこら。そんな顔を石田に見せるな。もったいない。石田は鼻の穴をでかくさせながら、一歩前に出た。どうせ、君の方が綺麗だとか抜かすつもりだろう。このロリコン男め。ついこの間まで、藤本あかりがお前の天使じゃなかったのかよ。俺を屋上から突き落としそうになったことなど、石田の頭からはすっぽりと抜け落ちているようだった。もともとあまり入りそうもない頭だが、お父様だとぉ?ふざけるな!お前なんかに仮にも俺の娘をやれるか。俺はすかさず、その足をふんずけた。お決まりのごとく、石田が足元に転がる。『石田さん。まだ眠いの?』ミーアが、たいして不思議そうでもなく聞く。毎朝の出来事に、もうすっかり慣れっこなのだ。『早く行こう。その花。教室と職員室に飾るんだろう?』『うん!』嬉しそうに飛び回るミーア。突然、ぶしゅっっと液体が飛び散る音がした。『て、天国に・・・天使の白いパン・・・。』俺は振り返ると、ぐりっと、石田の頭が、地面にめり込むまで踏みつけた。学校に着いたらミーアには、スカートの下に短パンを穿かせなければ。双子は、エイリアンの怪しげな装置によって、誰にも疑問を抱かれず、地球の日常生活にうまく溶け込んでしまった。彼らが空を飛ぼうが、変な力で爆発騒ぎを起こそうが、まるで当たり前のごとく、周りは受け止めている。ましてや、小学生の外見で高校に通って、学食のメニューを全食制覇するなど、近所の猫が校舎裏の鳥小屋に忍び込み、そこで番を張ってる雄鶏とタイマン張って負けたほどの話題性も無い。これは考えれば、かなり危険な話ではないだろうか?もし、エイリアンたちが大挙して訪れて、地球をぼこぼこに攻撃しようが、地球人はのほほんと彼らの「オイタ」を見逃してしまうってことだ。『ぽんぽこたぬき?』妙な通訳で俺の思考を読んだミーアは、花にうずめていた顔をにょっきりと出した。『ちゃんと前を見てないと、電柱にぶつかるぞ。』『平気、平気。』『ユキ、ミーアちゃん。おっは。』トンと軽く、俺の方を突いたのは、相沢だった。ミーアは、急に俺の後に隠れるようにする。なぜがミーアは、俺の回りにいる女子生徒が気にいらないらしい。俺の制服の裾をぎゅっと握りながら、まるで小動物みたいにじっと藤本を伺っている。『相変わらずねぇ。』気にした風もなく、相沢はミーアの頭を撫でた。『あれ?ケロちゃんは?』俺の背中と頭の上をキョロキョロと相沢は見回した。『ケロヨンは置いてきた。』『え?まさか病気?』『違うっ!』ミーアが、噛み付くように、俺の後ろから飛び出しそうになったので、すかさず俺はその首根っこを・・・正確に言うと制服の襟を引き戻した。『キャウン!』『ミーア。駄目駄目。お待ちだよ。』恨めしそうに見上げる、青い瞳を、俺はきっとにらみつけた。『ユキってば。犬のしつけじゃないんだから。』猛犬どころか、猛エイリアンだ。『いくら力が10分の1になっているといっても、油断できないからな。』双子がそろっていれば、10倍。一人一人なら、その十分の一にしかならない力だと聞いて、俺は、とりあえず、ミーアとケロヨンを引き離すことにした。『ええっ?可哀想じゃない。』俺の説明を受けて、相沢は見る見るうちに、涙をためはじめたミーアを、無理やり抱きしめた。『あのな・・・。』何も今生の別れじゃない。学校に行っている間だけだ。どうせケロヨンは、今頃まだ、ぐかぐか寝ているか、どんぶり飯を食らっているかどちらかだろう。『とにかく今日からは、学校に行くのは交代って決めたんだ。今日がミーアで、明日がケロヨン。また次の日はミーア。』『ミーア一人でも、お父様は私が守るよ。』『ううっ・・・健気だわぁ。そうね。頑張ってね。』頑張らなくても、守らなくてもいから。頼むから大人しくしていてくれ。
September 19, 2006
がやがやと逃げ出していたクラスメイトたちが戻ってきた。『お前ら何やってるんだよ?。集団エスケープか?』『校長や先生たちも・・・それに警察まで・・・何かあったのか?』『それがその・・・多分、避難訓練。』狐につままれたような顔で、お互いに顔を見合す。そこに、ピンポンと軽快な音の後、校長のだみ声が教室に響いた。『あ~そのォ。今日の避難訓練は無事終了しました。各クラスの生徒たちは教室で静かに・・・ア?警察署長が質問したいことがあるって?そんなこと…私にわかるわけがないでしょ・・・ちみィ。教頭にあいてさせなさい・・・えぇ?砂場で失神してたって?何でそんなところで・・・だいたいなんで、呼んでもいない警察が来るの?校内暴力?そんなこと私の学校で起こりませんよ!起こってたまるものですか!』俺はこそっとミーアに耳打ちした。『おい・・・どういうことだよ。』『私たちの存在が、ごく普通の事だって思わせたの。』つまり皆、何故『普通』の事で大騒ぎしたのか、解らなくなってしまったのだ。『みんな~ちゃんと自習してるぅ?騒いでるとおしおきしちゃうわよ。』担任の桃井がひょっこり顔を出した。見事にへこんだ黒板を見て、あららと口に手をやる。『『ごめんなさいっ!』』ミーアとケロヨンが、そろってぺこんと頭を下げた。『天使ちゃんたちの仕業ね~。オイタは駄目よ。』オイタ・・・なんていうかわいいレベルじゃないと思うが。しょんぼりしたケロヨンを、桃井は推定65のGカップの胸に抱きしめた。『ううん可愛い~~~。大丈夫よ。校長に頼んで、新しい黒板に変えてもらうから。うふふ。』だいたいこの地味な黒板、前から気にいらなかったのよね~。特注でピンクの黒板にできないかしら。と続ける。ショッキングピンクの黒板に、眩しく映える白いチョークの跡。一瞬浮かんだ幻に、俺は目がちかちかとした。『私たち、ちゃんと直せます!』ミーアが、桃井からケロヨンをはがし取ると、両手を合わす。『やめろっ!!』俺の叫びもむなしく、再びバーーーンという激しい衝撃音の後、俺たちの教室は見事に崩壊した。
September 9, 2006
空気がぐにゃりと歪む。キーンと耳鳴りがする。暗くなる。俺は立ち上がりかけた中腰の姿勢のまま、そばの机に手を付いた。さわさわと潮騒のように遠くで声がする。『・・・ユキ・・・ゆき?』やめろ!やめてくれ!そんなふうに俺を呼ぶな。ささやくように俺の名を呼ぶアイツの声。『由紀?何やってるんだよ。遅れるぞ。』ポンと軽く頭を小突かれて、俺は、はっと振り向いた。白い顔に、銀縁の眼鏡をした、いかにも秀才面の新一が、呆れたように笑ってる。『あれ?俺・・・。』ぱちぱちと瞬きを繰り返した。放課後の教室。斜めからはいる日差しを受けて、ちらちらとほこりが光っている。教室に残っているのは、もう俺たちだけだった。『わ。いけねえ。』くすくすと笑いながら、新一は、俺のかばんの中に、机の中の教科書を黙々と詰め込み始めた。『新ってば。どうせ勉強なんかしないんだから、そんなのいいよ!』俺はナイキのスポーツバッグに、でかタオルを突っ込むと、わたわたと教室を飛び出した。俺のかばんを抱えた新一が、後から決まり文句を言う。『図書館でまっているから。』俺は、後手をひらひらと振った。中学もこの時期になると、部活にでてくる3年は殆どいなくなる。俺が所属する野球部も、未だに顔を出すのは、俺みたいな野球馬鹿のほんの数人だ。幼馴染の新一も、弓道部の部長の座を後輩に引き継ぐと、未練げも無くさっさと引退して、着々と受験勉強にいそしんでいる。俺は、そっとため息を付いた。『新一くらい頭が良かったら、入れない高校なんて、なさそうなものだけどな。』だからといって、スポーツ特待を受けるほど、俺のピッチングの腕の冴えは無い。『いや。俺だって、まだこれからだ。』あと少し身長が伸びて、リーチも長くなって・・・。トレーニングあるのみだ。目指せ甲子園!・・・その前に、受験があるけどな。『お疲れさま。』気持ちよく後輩をしごいたあと、汗も流さず図書館にやってきた俺を見て、新一は読んでいた分厚い洋書を閉じ立ち上がった。俺のスポーツバッグを断りも無く開けると、使われないままだったタオルを取り出し、俺の頭からかぶせて汗を拭く。背の高い新一に、がしがしと頭を拭かれると、子ども扱いされているようで、俺はむっとしてタオルを掴む。『ちゃんと汗を拭かないと風邪を引くよ。』『急いできたから、また汗をかいたんだよ。』新一は、俺の嘘を見抜いたように、腕を組み眼鏡の奥の薄茶の瞳を細めた。うっ・・・俺はこの眼に弱いんだ。新一と俺は、幼稚園からの付き合いだ。俺の通っていた幼稚園に、あとから入ってきたのが新一だ。それまでの俺のボスの座は、わずか半日で、新一のものになった。それも、喧嘩に負けてとかいうんじゃない。新一は、女の子みたいな綺麗な顔に、ニコニコと笑顔を絶やさない大人しい子供だった。落ち着いた声で、敬語をしゃべる新一は、とても同じ年に思えなかった。お父さんとお母さんが、アメリカで暮らしていて、叔父さんと暮らしているというのも、なんだか本の中のお話みたいで不思議だった。何となく近寄りがたく思ったのは、俺だけじゃないだろう。けれども、新一は屈託も無く、明るく俺たちに溶け込んだ。話し上手で、いろんな遊びも知っている新一は、あっという間に人気者になった。『由紀ちゃん。僕。由紀ちゃんみたいな弟が欲しかったんです。』そんな新一に、特別扱いされたようで、ちょっぴり得意だった。俺と新一が同い年であることは、帰宅して瑞希に言われるまで、俺はうっかり気が付かなかった。そして、新一が弟という前に、シスターと言いかけて直したことも、俺は気に留めなかった。もちろん意味なんてわからなかったからだ。『・・・とぉさぁ・・・おとぉさぁま・・・。』ぼんやりとにじむ視界に頭を振る。双そろいのビー玉みたいな青い瞳。『お父様。大丈夫?』俺。何か夢見てた?思い出せない夢の残滓が、頭の隅をちくちくと刺す。『あててて・・・。』俺はストンと腰を下ろした。ケロヨンの耳のピアスが光って・・・それからどうなったんだろう?悪魔どもめ。今度は何をしでかしたんだ?俺が口を開くより早く、あれえ。と素っ頓狂な声がした。『先生何をしてるんですかぁ?』吉住が、きょときょとと身を起こしていた。『いてて・・・貧血でも起こしたかな?頭が痛い・・・。』剃りあがった頭に恐る恐る手をやって、つるんとした手触りにわっと目を剥く。『ワ、ワ、ワ・・・私の髪がぁ~っ!?』教室にどっと笑いが渦巻いた。『し、静かにしなさい!じ、自習っ!自習してなさいね!』吉住は、頭から背広を被ると、保健室に行かなくてはと、つぶやきながら教室を出て行った。『吉住の奴何してんだ?』『自習だ~やりィ。』ワイワイがたがたと席を離れる音。『ちょっと!男子!静かにしなさいよ。』『うっせいな。それより、なんか足りないんだけど。』『あ~っ!残ってるの私たちだけじゃん。何で皆いないのよ。』『おい見てみろよ!あいつら、校庭にいるぞ。なんだ?あれ警察じゃねえ?』窓際にいた奴が声を上げる。どっと皆で窓に集まった。『・・・何をしたんだ?』俺はこそこそと、双子の悪魔に問いかけた。『えっと。』ケロヨンが、ちょこんと首を傾げて見せた。やめろ・・・可愛いから。『記憶操作。』ミーアが、そっと耳打ちする。『ついでに、ちょこっと、現状認識力を歪めたけど。』なんだかとてつもなく危険なことを聞いている気がする。久しぶりに小説の更新です。相変わらず、この小説には苦しんでいます。ストーリーは頭の中にあるのですが、とにかく年齢的にライトノベルは難しい~(>_
September 5, 2006
夏休みも終わり、ブログ再開です(^_^)・・・と、言っても、相変わらずマイペースで、のんびり続けていくつもりです。桃も、ようやく宿題を終え、無事に新学期へ。今年は、主人が単身赴任を終え、帰宅できたので、あちこち旅行に行ったり、バーベキューを楽しんだり。たくさん遊びまくりました。こにゃんは、お留守番が多かったせいか、マザコン度がアップ。一日中、私の後をストーカー。お風呂も一緒、トイレも、布団の中も・・・(汗)夏の暑さが、ひときわ身にしみました。さてさて、新学期を迎え桃は学校、私も頑張らなきゃね。
September 1, 2006
悪 女どうして君はそうなんだ。人に迷惑かけるんじゃない。困らせたいのは貴方だけ。 空とアトラス大きな女になりたいな。大きくって強い女に。君が?って貴方は笑うけど。空みたいな貴方を支えられる。そんな存在に私はなりたい。何となく詩を二編。今日はよい天気です。
June 29, 2006
『桜ソース』って言うのよ。薄紅色のジャムみたいだね。とろりとしてふわんと甘い。ほんのちょっぴりお酒の匂い。けれどトーストに塗るにはゆるすぎて、『紅茶に入れたら?』って。小さなスプーンですくって、ほんのひとさじふたさじ。ダメだダメだ。桜の匂いがなくなっちゃった。甘さの中に苦さが混じる。はかなくてわがままでしょうもない奴だなあ。ふと思いついて、きらきら銀のスプーンでもう一度、二人のマグカップにお湯だけ、ただそれだけ。ゆらゆら泳ぐ花びらたち。すっかり透明になって、薄紅色のガラス細工のよう。口をつけた君に『どう?』って。薄紅色の唇がうふふと笑う。『飲んで』ってきらきら見てる。いい匂いのする柔らかくて甘いお湯。でも・・・。『あんまり美味しくないね。』『うん。』って君は嬉しそう。どこか懐かしい匂い。『あのね。』『うん?』『あれに似てるって思わない?』桜色に頬を染めた君が浮かぶ。『あれかぁ?』季節外れに二人の前に並べられた二つの茶碗。縁起物ですからとニコニコ顔の女将。扇子に鮑に高砂に金銀で結んで何時までも末永く漆塗りの茶碗には、桜の花びらが揺れていた。涙みたいにしょっぱくって、優しく甘い薄紅の香り。ほわんとした温もりの中で、嬉しくてなんだか胸が痛くって。もう一度、二人でマグカップを傾けた。『これは甘いけど・・・。』『・・・似てるかな。』『うん。』美味しくないねと笑いながら、甘くてもしょっぱくっても。そうしてふたりで全部のみほした。果物のソースってありますよね?ジャムよりもっと液体に近い・・・。春に旅行に行ったとき、お土産物やさんで、桜ソースというのがあったので買いました。長いこと冷蔵庫の中で忘れられていて、この間ひょいと見つけました。面白いと思って買ったのはいいけど、どうやって使ったらいいか?紅茶に入れたりしましたが、なんだか苦味が出て美味しくないです。ヨーグルトにかけたら美味しいかなぁ?
June 27, 2006
『やめろっ!』とっさに叫んだ俺に、吉住はびくんと首を引っ込めた。間一髪。光と熱が、吉住の頭の上で炸裂した。はらはらと灰になった髪が舞い落ちる。『ワ、ワ、ワ・・・。』瞬時に中剃りをいれられたキンパチヘアは、断髪された時代劇の侍のようだ。アワアワと、白目をむきかけている顔は、恐怖と無念で引きつっている。『『チッ!はずしたか(わ)。』』両手を重ね合った双子のハモル声が残念そうだ。『やめろって言ってるだろ!』俺はミーアを右手で、ケロヨンを左手で左右掴んで引き離した。『備品を壊すんじゃない。黒板が窪んじゃったじゃないか!』黒板の中央が見事にへこんで、プスプスと焼けるにおいがする。『『はあ~い。』』双子はしょぼんと俯いた。『何を騒いでいるんだ。』ばたばたガラガラと、教室のドアが開けられる。それから先は・・・思い出したくもない。放心状態だったクラスメイトは騒ぎ出すし、誰かが押したのか非常サイレンが鳴り響く。地震だ。火事だ。ゴジラの襲撃だ。教師も生徒も阿鼻叫喚。屋上での騒ぎが噂になっているようだったので(かなり現実と違っていたとしても)これほどの騒ぎになるとは俺も思わなかった。外では、何を勘違いしたのか、年配の警官が『故郷のおふくろさんも泣いているぞ。』と、スピーカで双子の説得を試みている。バックには夕焼け小焼けの歌を合唱する警官たち。まだ朝だっての。『そういや。お前たちの親って・・・。』『僕たちのママンは、サターン星の軍曹だよ。』『父は専業主夫よ。』双子たちは、学食からの出前のカツ丼を食べながら、元気よく答えた。まだ昼には早いんだけどな。教室には、俺たちだけ・・・のはずが、なぜか数人が残っている。『何で逃げないの?』聞いてみたところが、『けっ!めんどくせ~。』というのは、まだしもとして。『面白そうだから。』というのはどんなものだろう?『あっそ。』おかげで俺たちは、すっかり人質を取った立てこもり犯だ。しかも未知との遭遇だ。自衛隊とかアメリカ国防省とかやってきたらどうしよう?『なあお父様。学校って勉強するところじゃないのか?』カツ丼を食べ終わったケロヨンが、キョロキョロと辺りを見渡した。どうやら退屈になったらしい。『そうだけど、お前らが教師を追い出したんだろうが?』一人は黒板の前に残っているけど、まだ白目剥いたまんまだし。『そうだ。校内を案内してあげようか?』恐れる様子もなく、相沢が双子の頭に手を置いた。『ほんと!?』双子がぴょんと相沢に抱きついた。いっぺんに抱きつかれてふらつきながらも、相沢は嬉しそうだ。『ただし、さっきみたいな乱暴は駄目よ。大人しくしているんなら。』『『はぁい。』』『駄目だ。』冗談じゃない。信用できるものか。『え~どうしてぇ?』お前ら。今の状態を解っていないだろう?『そんなことしている場合か!俺たちは犯罪者になっちまったんだぞ!』『黒板を壊しちゃったから?』『ケイローン。屋上もよ。』『違う!・・・いやそうなんだけど、違うんだ!!』『早い話が、お前らがエイリアンだからだよ。』まだ机に足を投げ出したままだった男子が、つまらなそうに言う。『地球人は差別意識の塊だからな。人種差別どころか、同じ日本人同じ学校の生徒だって、ちょっとばかし他と違うだけで嫌われるんだよ。ましてエイリアン?はっ。』双子が相沢のスカートを握り締めながら、不安そうに俺を見上げた。『地球人はエイリアンに慣れていないだけだよ。・・・その・・・食わず嫌いみたいなものだ。』双子の顔がぱあっと明るくなった。『俺、俺っ!好き嫌いないぞ!』『ケイローンはね。』『俺、小さい頃カバヤキが苦手だったけど、今は大好物だぞ!ヒポポカバの丸ごと一頭だって食える!』カバヤキって・・・。『要するに、私たちがエイリアンだってことがまずいのね。』ミーアが考える顔になった。それから、ケロヨンの耳たぶに細い指を伸ばす。カチッ!かすかな音がした。ミーアは、自分の耳たぶのイヤリングもカチカチと回し始めた。
June 24, 2006
テクテクテク・・・ふよふよふよ・・・テクテクテク・・・ふよふよふよ・・・ナンマンダブナンマンダブ・・・。『うがあ!』俺は、空に向かって吼えた。『ついてくんな!空とぶな!』学生服を着た俺の上に、天使のような双子がふよふよ浮かんでいる。朝日を受けて金の髪が、後光のように輝いている。どこかのばあちゃんが道端で、俺たちを見てなぜか念仏を唱え始めた。口をぱかっと開けたまま固まっているサラリーマン。必死になって目をそらしながら、足を速めるジョギング中のおやじ。携帯で写真を撮ろうとするOL。恋愛相談をしようと殺気立った女子高生たち。この出来事は、今日の株価に影響があるかと心配する、ランドセル姿の小学生。どこからか電波を受信しだす前世の戦士。騒ぎを聞きつけ駆けつけたおまわりが、双子を見たとたん、キャー嘘マジで?と身もだえ始めた。ポチはワンワン。タマはニャンニャン。あ~うるさい。俺は低血圧なんだよ。学校にようやく着いた俺は、今日一日分の気力をすでに絞りつくした気分だった。まるでモーゼのように、生徒たちの群れを分けながら俺が校内に入っていくと、生徒指導の武田が腕の筋肉をモリモリ振り回しながら走ってきた。『おい!関係者以外は校内立ち入り禁止だ!』問題はそこかよ。『私たち家族です。』にっこりとミーアが微笑んだ。『お前の弟妹か。』『俺とは縁も縁もないただのエイリアンです!』俺がきっぱりと告げると、武田はさっと、ジャージの胸元に手をやった。な、なんだ?武器でも出そうっての?武田が出したのは小さな黒皮の手帳だった。『え~と。校則によるとエイリアンの立ち入りは・・・。』うなり続ける武田を置き去りにして、俺は教室に入った。双子付で。とたんにワッと女子に取り囲まれる。『うわ~可愛い。』『天使みた~い。』正体は悪魔だ。『ねっねっ!高遠君。これどうしたの?』『・・・拾った。』『いや~ん。私も欲しい。』いつでも譲るぞ。女の子たちは、双子の頭を撫でたり、抱きしめたりと夢中だ。これが、犬か猫だったら微笑ましいのだが。見た目だけで言えば、天使のような子供たちを抱いた女子高生の図は、まあ微笑ましいといえるのだろうけど。『ね?エイリアンてほんと?』さっき武田に俺が言った言葉が、もう伝わっているのか?『石田を伸しちゃったってほんと?』うわぁ~女の情報網ってどうなっているんだ?各国のスパイは、女子高生を使うべきじゃないのか?『岸本先輩と石田が高遠君に交際を迫ったって。』『え?私が聞いたのは、石田と岸本先輩が由紀君を賭けて争ったって。』『石田が由紀君を、もてあそんでやるって叫んでたそうだけど。』前言撤回。こいつらにかかったら、即、国交断絶だ。『何時まで騒いでるの!チャイムはとっくに鳴ったわよ!』担任の桃井が、むっちりとしたタイトスカートの腰を振り振り、教室に現れた。白いブラウスからこぼれそうな胸がぶるんとゆれる。『ふうん。これが噂のエイリアンちゃんたちね。』ケロヨンを胸の谷間に抱き込むと、『将来が楽しみだわぁ。』真っ赤な唇が、今にも舌なめずりしそうだ。『今から私好みの美少年に育てて・・・。』『私たちを育てるのは、お父様よ!』桃井と、ミーアの視線がバチバチとぶつかった。『先生!』ドアの近くにの席に座っていた一人の男子が声を上げる。『もう1時間目の授業始まりますが。』おどおどと、ドアの影から数学の吉住が覗いている。『あら。失礼。』おほほほ~と笑いながら、桃井は窒息寸前のケロヨンを離して、教室を出て行った。今日の朝のHLはこれでおしまいというわけだ。『そ、それでは授業を・・・。』吉住は、チョークを黒板につけたとたん、ばきばきと折った。『し、失礼。』ますますあせって、額の汗を手の甲で拭く。『せぇんせえ~質問していいですかぁ~。』足を投げ出し机の上で組んだ、がたいのいい男子が、わざとらしい丁寧語で質問する。『教室にぃ生徒でもない者がぁ、勝手に入っていいんですかぁ?』吉住は、どうやら聞こえないふりを決め込んだらしい。とたんに質問した奴の声がドスを帯びた。『よぉ!質問してんだよ!!』びくんと脅かされた兎のように、飛び上がった吉住は、いきなり俺にチョークを向けた。『た、高遠君。か、関係のないものは、即刻、教室を追い出しなさいっ!』双子の瞳がきらりと煌めいた。
June 13, 2006
気がつくと翔太は、この野原にいた。足を見下ろすと、靴を履いていたから玄関から飛び出したんだろう。いつの間にか泥んこだらけで、あちこちすり傷もあった。どうやってここへ来たのか、ここはどこなのかもわからない。ひりひりとした痛みが、翔太にまだこの体が死んではいない事を教えてくれる。胸の奥もぎりぎりと痛んで、ああ心も死んでいないんだと翔太は思った。冷たい手でぎゅっと自分を抱きしめると、まるで絞られたように、今まで出なかった涙が溢れてきた。お母さん。お父さん。お母さん。お母さん。苦しくて、苦しくて、うんうん唸りながら泣いた。たくさんたくさん泣いて、大きな声で懐かしい名前を呼んで、草を引きちぎり地面を蹴飛ばし、まるで小さな野獣のように翔太は喚いた。そうして、いつしか泣き止んで、ぼんやりと草の中に座り込んだ翔太の視界に、にじむように黄色い花が映った。月が昇り日の光は消えていた。傍らの花に手を伸ばした。周りには踏みにじられ、ちぎられた草が横たわる。・・・ああ良かった。翔太は愛しむように、両手でそっと花を包んだ。摘まないまま、そのひんやりとした花に、熱く濡れた頬を寄せる。さわ、と風が吹く。そして歌が。『残酷な神様?』『そうよ。』歌うように少女は言う。『とても大好きな人がいたの。私をこの春お嫁に貰ってくれるって。』嘘つき。少女は微笑みながら、そう言った。『もう見えないのに、触れもできないのに。それでも忘れさせてくれないの。』死んでしまったから。『辛いのに、悲しいのに。だから願ったのに。私の全てを捧げるからって。全部いらないからって。だからお願いだから私の代わりに生きてって。』少女はうっとりと目を閉じた。『そして、いつまでも私を覚えていてって。』お母さんもそう思ったんだろうか?小さな小さな赤ん坊が死んでしまったとき。もしお母さんの願いが叶ったら、お母さんは赤ん坊の弟の代わりに、あの時死んでいたんだろうか?『そんなのは駄目だよ!』さあーっと冷たい風が渡る。突然ぱらぱらと舞い落ちた雨が、一つ二つ三つ、数え切れぬほど花を打つ。雨の帳の中で見上げた空に、うっすらと白い弧を見つけて、翔太は目を細めた。今にも消えてしまいそうなかぼそい光。少女がぱっと立ち上がったので、翔太は思わず光から目を離した。『天気雨だわ。』少女がぴょんと輪を描くと、そこには金色の瞳をした獣。ふさふさの尻尾をした犬に似た獣。『狐だ!』翔太はぽかんと口を開けた。ぱらぱらと雨の降る月夜の野原。淡く輝く弧に向かって、狐は大きくジャンプした。まるで鳥になったような、それはそれは見事なジャンプ。それから何が起こったのだろう?実を言うと翔太は覚えていない。翔太が目を開けたとき、目の前にはお母さんがいた。翔太の顔を見て、笑いながらたくさん涙を流した。まるで翔太をその温かい水で溺れさせるかのように。お父さんが、お母さんの肩を後ろから片手で抱いて、もう一方の手で、翔太の手をぎゅっと握っていた。あったかくて大きな手で。『ああ、ありがたい。神様。ありがとうございます。』後ろでおばあちゃんが、手を合わせた。残酷で、そしてとても優しい神様。翔太が行方知れずになって、一晩中村は大騒ぎだった。あたりには深い山。深い藪。深い川。夜になって雨も降り始めて、土地勘もない5歳の子供がただ一人。朝日がさす頃、ようやく見つかった翔太は、一晩中雨に打たれてびしょぬれだった。意識も戻らぬまま、一日たち、二日たち。罪の意識にしぶしぶと、家のものは父親を呼び、父親は母親を呼んだ。母親とその母である祖母と、二人の女が震えながらこの家に着いたとき、まだ目覚めぬまま翔太はシーツの中で溶け込みそうなほど白い頬をしていた。母親は泣きながら言った。『どうか神様。翔太の代わりに私をあげますから。』そのとき、不意に翔太が声を発したのだ。『そんなのは駄目だよ!』はっと、思って翔太の顔を見ると、ほんのわずかに唇が開いている。母親は、その唇に自分の唇をつけて、息を吹き込んだ。どうか、どうかお願いします。すべてをあげますから、私を全部あげますから。翔太の顔にぱらぱらと涙が落ちる。わずかに開いた翔太の瞳に、ほんのりと輝く白い顔が映る。『それで、狐はどうなったの?』帰りの電車の中で、翔太はお母さんの膝にもたれかかる。『行儀が悪いぞ。きちんと座りなさい。』向かいに座ったお父さんが叱るけど、翔太は聞こえない振りをした。『天気雨は、狐の嫁入りがあるのよ。』お母さんも、お父さんの声が聞こえない振りをしている。『だから、狐は月にお嫁にいったのだと思うわ。』かぼそい月の虹を渡って。死んでしまった恋人を追いかけて。『お母さんも、月に行きたい?』翔太はぎゅっと、お母さんのスカートを握り締めた。『いいえ。』翔太はじっとお母さんの瞳を覗き込んだ。その中に入り込もうとするように。お母さんの笑顔は、ずっとお日様みたいだと思っていた。でも、今のお母さんの笑顔はまるでお月様みたいだ。静かで優しくて、どこか悲しい光。『月なんて行きたくないわ。』嘘つきなお母さん。『家に帰ったら、引越しの準備をしなくっちゃな。』お父さんの言葉に、翔太の顔が上がった。お母さんとおばあちゃんは、不思議そうにお父さんの顔を見てる。『あなた?』『お義母さん。いきなりですが、親子三人お世話になります。』おばあちゃんが、下げられたお父さんの頭を見て、おろおろと声をつづる。『でも、翔一さんの通勤に不便じゃあ?』『ようやく事務所の移転手続きが取れました。今よりはずっとお義母さんの家から、職場が近くなりますよ。』おばあちゃんの顔が、くしゃくしゃになった。『翔太にも寂しい思いをさせてごめんな。』お父さんとお母さんと翔太とおばあちゃん。これからは、皆で一緒に暮らすんだ。 白くてまぁるい月の夜は、皆で一緒に月を見よう。 もし雨が降って、そうしてもしも白い虹が出たら。 僕の弟のために、おじいちゃんのために、お母さんの弟のために。 金色の瞳をした狐のために。 花を飾って、そうして皆で歌を歌おう。 まるで子守唄みたいな月の歌を歌おう。
May 29, 2006
さわ、と風が吹いていた。陽の落ちたばかりの空は薄く蒼い。白くまぁるいお月様。ほんのりと浮かぶのは、黄色い菜の花の一群。さわ、さわ、と。花の中で、少女が風のような声で歌ってた。少女がふと振り向いたので、翔太は蹲っている花の影で、その身を小さくびくりとすくめた。5歳の翔太の瞳には、少女はもうすっかり大人に見えた。そして大人なら、泥んこで泣きべそをかいた翔太を見れば、必ずどうしたのか聞いてくる。そうして無理やりにでもあそこへ戻される。翔太はそう思った。だから、少女が何事もなかったように、また月を仰いで歌い始めたとき、翔太はほっとしたような痛いような、そんな変な気分になったのだった。さわ、さわ、と。少女の歌は、千恵姉の大好きなアイドルの歌とも、一哉兄の口ずさむ異国の歌とも違う。静かで優しい、どこかで聞いたような懐かしい歌だった。 菜の花畠に 入り日薄れ 見渡す山の端 霞み深し 春風そよ吹く 空を見れば 夕月かかりて 匂い淡し * 翔太は、ひざを抱えて蹲ったままその歌声を聴いていた。聞いていたら、また新しい涙が出てきた。ひざの間に頭を突っ込んだら、月も少女の姿も見えなくなって、黒々とした地面がひんやりと目に映った。『死んだらどこへ行くと思う?』まるで考えていたことを当てられたようで、どきりと胸がなる。再び上げた目の前に、少女の瞳があった。まるで月みたいだ。翔太は思った。今日みたいに、死人のような青白い月じゃない。きらきら金色のお月様。涙の色はレモンドロップ。本当は、少女は泣いていたわけじゃない。翔太が想像しただけだ。ただそれだけだ。『死んだら地面に埋められちゃうんだよ。』『なら・・・。』少女は、そっと自分の胸に手を当てた。『この気持ちはどこへいくの?』『知らないよ!』お母さんは、弟は天国に行ったといった。天使になって、皆が幸せになれるように守ってくれるって。嘘つき。お父さんも、翔太も、そしてお母さんだって、誰も幸せになんてなれない。『きっとお月様にいるのよ。』 嘘つき、嘘つき、嘘つき。『天使になって守ってくれるって言うの?』『天使?』少女は、ことりと首をかしげた。しばらく考えて、そうして首を振って見せた。『ううん。神様。とても残酷な神様なの。』生まれたばかりの弟。それまで一人っ子だった翔太が、欲しくて欲しくてたまらなかったもの。歩けるようになったら、手をつないで一緒に遊びに行こう。翔太が好きなものは、全部見せてあげよう。いじめっ子からは守ってあげよう。けれども、小さな小さな赤ん坊は、生まれてから少しも大きくならなかった。透明なケースの中で、青白い顔で、泣き声も立てず、ひっそりと息をしていた。その息すらも、生まれて次の日には止まってしまった。可哀想な弟。お母さんは泣いて、泣いて。そのまま死んでしまいそうで怖くなるほど泣いて。そうして唐突に泣き止んだ。肩を震わせ口を噛み締めるお父さんの横に座って、静かにお葬式に来てくれた人に挨拶を返していた。それから、まるで何事もなかったように毎日が過ぎ、お父さんは会社に出かけ、翔太はバスに乗って幼稚園へ。家に帰ると、お母さんがおやつを出してくれて、『ライダー仮面ジェット』を見て、帰ってきたお父さんとお風呂に入って。お父さんはビール。今日のごはんはオムカレー。何も入っていないごはんを玉子焼きで包んで、たっぷりカレーをかけてある。ジャガイモ、お肉、とろとろのたまねぎ。にんじんはそうっとお皿の端に寄せる。『また、にんじん残して!』『まあ。いいじゃないか。』お父さんは、翔太のお皿からぽいぽいと、にんじんを箸で取って自分の口に入れる。最後の一個を『ほら。』と翔太の口元に持ってきて、片目をつぶってみせた。目をつぶって、ごくんと飲み込んで、それからお母さんの顔をそうっと見上げる。仕方がないというように、お母さんはふうと息を吐く。お父さんと目だけで笑いあう。変わらない毎日。だから夢だと思ったんだ。お父さんがお母さんを殴っている。お母さんが泣きながら床に突っ伏している。『私が死にたかったのに。』『馬鹿っ!あれは関係ない。お前の思い過ごしだ。』『あの子を返してよぉ。』『やめろ。赤ん坊が死んだのは、誰のせいでもない。』しがみついたお母さんを、突き飛ばした瞬間。お父さんは翔太のことに気がついた。お父さんは大股で翔太のほうへやってきた。殴られる!翔太のパジャマのズボンを伝わって、温かいものが足元を濡らした。お父さんは翔太を抱え上げ、トイレに向かった。びっしょり濡れたズボンを、ずりおろすして、一言『しろ。』といった。ちょろりとほんの少しだけ、おしっこが出た。『もういいのか?』翔太が頷くと、パジャマのズボンを置き捨てたまま、もう一度抱えあげ、二階へ連れて行った。お母さんのおなかに赤ちゃんがいたとき、初めて貰った翔太の部屋に翔太のベッド。新しいパンツとパジャマに着替えたら、毛布に包まれその上から、頭を、背中を、腕を、足を、体中ゆっくりと撫ぜられる。『これは夢だ。だから気にしなくていい。』翔太が眠りにつくまで、お父さんは繰り返し何度もそう呟いていた。次の朝になると、お母さんが翔太を起こしに来た。『ほらほら。早く起きなさい。』カーテンを開け、翔太の布団をはぐ。それでも布団に張り付こうとする翔太を、こちょこちょとくすぐって来た。体をくねらせ、くすくすと笑う翔太を背中から抱きしめる。『いつまでも寝ていると、尻尾が生えてくるぞぉ。』そういいながら、翔太のお尻を軽く叩く。いつものお母さん。いつもの朝。だからそう。あれは夢だったに違いない。その日、幼稚園バスを降りた翔太を迎えたのは、お父さんだった。『ただいま。お父さん今日は早いんだね。』お父さんは翔太の手をぎゅっと握る。あったかくて大きな手。『ただいま。』覚えたてのスキップを踏んで、門をくぐる。玄関を開けようとすると、お父さんが鍵を取り出した。『お母さん。お買い物?』しんとした空気。薄暗い部屋。何だか違う家みたい。ぱちんとお父さんが明かりをつけたので、やっとほっと息がつけた。『お母さんは、おばあちゃんの家に行った。』おばあちゃんといったら、横浜のおばあちゃんのことだ。お母さんのお母さん。一人で横浜に住んでいて、たまに翔太たちが遊びに行くと、とても喜んでくれる。翔太の大好きなおばあちゃん。『一緒に暮しましょう。』お父さんも、お母さんも言った。『おばあちゃん。僕の家においでよ。』翔太が言うと、死んじゃったおじいちゃんが寂しがるから、ずっとここに住むんだと言っていた。『死んじゃった人も寂しがるの?』翔太が聞いたら、『寂しいのはおばあちゃんのほうなのさ。』まるで内緒話みたいに、こそっと笑った。寂しがりやのおじいちゃんと過ごした家で、寂しがりやのおばあちゃんは、一人ぼっちで暮らしている。『お母さん。何時に帰ってくるの?』僕も行きたかったのに。翔太は思った。『今日は帰ってこない。』『明日?』『いや。』『だったら、明日の次の日?』『いや・・・。』『次の日の次の日?』『・・・・・。』『もしかしたら、お母さん。ずうっとおばあちゃんの家に住むの?』そうだったらいいな。翔太が言うと、お父さんは目を見開いた。『おばあちゃんは寂しいって。でもね、おじいちゃんのお家に住みたいって。』『そうか。』お父さんは、翔太の頭をぐいっと掴んだ。何だか変てこな顔をしながら、そのまま自分の腹に翔太の頭を埋めて、ぎゅっと肩を抱きしめた。『お父さん。僕たちも早くおばあちゃんち行こうよ。』お父さんの腹を押しやりながら、翔太が見上げると、お父さんの顔はますますへんてこになっていた。まるで、くしゃみをこらえているような顔。『翔太は、お父さんの田舎を覚えているか?』翔太は頷いた。大きな大きな古いお家。たくさんの部屋と、たくさんの人。無口で怖そうなおじいさん。いつも忙しそうなおばあさん。目のほとんど見えない曾おばあさん。おじさんにおばさん。年上の従兄弟たち。使用人の松井さんと、お手伝いの鈴木さん。古田さん。庭の手入れに来てくれるおじさんは、なんていう名前だっけ。『翔太には、しばらくお父さんの田舎へ行って欲しいんだ。横浜のおばあちゃんちばかりじゃ不公平だろう?皆、翔太に会いたいってさ。』翔太は口の中でう~んと言った。よくわからなかった。『お父さんの田舎へ行ってから、おばあちゃんの家に行くの?』翔太が聞いたとき、お父さんは確かに頷いた。『ああそうだ。そうしたら皆で暮らそう。』だから翔太も頷いた。泣きそうになったけど、ほんの少し涙の粒をほっぺにつけただけでがんばった。でも、田舎の駅で翔太を降ろしたお父さんが、迎えに来たおじさんに翔太を引き渡し、そしてそのままお父さんだけ家に帰ると言ったとき、翔太は大声で泣いた。めちゃくちゃに暴れて、おじさんの足を蹴飛ばした。『翔太ちゃん。ちょっとの辛抱だから。』『翔太。少しの間。我慢してくれ。』少しだから。ほんの少しだから。少しってどのくらい。明日?明日の次の日?次の次の日?お母さんは帰らない。お父さんも行ってしまった。おばあさんもおじさんもおばさんも、よく来たねと笑いかけてくれた。教わったとおり行儀良く挨拶をすると、おじいさんは眼鏡をずりさげ、翔太を眺めると黙って頷く。でも、食卓で、居間で、家中どこにいても、翔太の話題は上がらない。一哉兄の大学受験の話。千恵姉の付き合っている人の話。一登おじさんが新しい車を買った話。それを幸恵おばさんが運転した話。おばあさんが編んだ敷物の話。おじいさんの腰の話。松井さんや鈴木さんや古田さん。自分の部屋にずっといて、めったに顔を出さない曾おばあさんの話だって。たくさんの話。皆が知っていて翔太の知らない話。たまに、はっと気がついたように、誰かが翔太に声がかける。『翔太ちゃんは、何が好物なの?姉ちゃん今度作ってあげる。』何度も繰り返された質問。『いくら好物だって、千恵の料理じゃなあ。』『姉ちゃん。彼にお弁当とか、作って上げたりするわけ?やめたほうがいいと思うなあ。』『彼女もいない奴に言われたくないわよ!』笑い声。笑い声。翔太がオムカレーと小さく応えた時には、もう別の会話が始まっていて、誰も翔太を気にも留めない。お母さんが病気だと話していたのは、松井さんだろうか?お水のおかわりが欲しいと、翔太が台所へ行ったとき、聞こえてきた会話。『やだねえ。だいたいあの奥様の双子の弟ってのが、小さい頃に亡くなったって言うけど、生まれつきおかしかったって話じゃないか。』『いや、そういうんじゃなくて、何でも赤ん坊を失ったショックだから、一時的なものだろうって。』『わかんないよ。こういう病気は遺伝するってからね。その赤ん坊ってのも、生まれそこないだったんだろ?』『じゃあ。翔太坊ちゃんも?』パーンと大きな音が響いて、翔太はびっくりして飛び上がった。右手に握り締めていたはずのコップが床に落ちている。『まあ。翔太坊ちゃん!』口をぽかんと開けた真っ赤な二つの顔。一生懸命何か言っているけど、なんだか良く聞こえないや。お母さんは病気なんだ。死んでしまったお母さんの弟と同じ病気。死んでしまった赤ん坊と同じ病気。だったら、お母さんも死んでしまうの?僕も死んでしまうの?*作中の歌は『朧月夜 』(おぼろづきよ) 作曲者 岡野 貞一氏 作詞者 高野 辰之氏 です。私生活が忙しく、ずいぶんと久しぶりの更新ですようやく、ブログ再開できました。明日は、『月の虹 後編』をアップします。その後は『星の王』を再開します。
May 28, 2006
小説応募したいな~っと思っている方に、お勧めの本を見つけました(^_^) その名も『新人文学賞ガイドブック』良くある『公募ガイド』とはかなり違う。これは、『新人文学賞の傾向と対策を一冊にまとめた本』なんです。賞の傾向がわかるから、自分の作風にあった賞を選ぶことが出来ます。この本によると、賞を主催する出版社と文芸誌は、それぞれのカラーがあるようです。たとえば、エンターティメント小説募集と一言で書いてあっても、宝島社では、現代的なテーマ、ジャーナリステックな視点の作品の作品を求められ、時代小説や古代をテーマにした小説は好まれないとか、講談社のホワイトハート賞では、ジュニア小説なので、戦争体験や自分史、ポルノ、童話は、まず一次で落とされると、編集部の談が載っています。実際に、斉藤澪氏の『この子の七つのお祝いに』は、当初『江戸川乱歩賞』に応募されましたが、一次選考も通過せず落選。その後同作品は『横溝正史賞』で大賞を受賞しました。また、折原一氏は『倒錯のロンド』を『サントリーミステリー大賞』に応募して一次選考も通過せず落選。なのに『推理作家協会賞』にノミネートされました。賞の性格を知るというのがいかに大事かわかります。選考システムやどの賞に応募したらよいかだけでなく、専業作家になりにくいジャンル。純文学とエンターティメントの違い。注目のジャンル。などなど。付録として、応募原稿マニュアルまで載っています。これは役に立ちますよ~。応募要項には、簡単にしか書いてないので、解らないことって結構ないですか?特に勘違いしやすいのではと思ったのが『概要・あらすじ』つい、文庫の裏表紙にあるような内容説明をしていませんか?もしくは『ドラマの予告編』のような書き方をしていませんか?ミステリー以外は、末尾(つまり結末)まで書くのが原則なんだそうです。これを知ってショックでしたよ~。もっと早く知りたかった・・・(;_;)←やっちゃいましたよ・・・。略歴の書き方も、履歴書とは違うんです~。そんなお役立ち情報が満載。もちろん、作品の面白さや完成度が、何よりも何よりもまず第一というのは当たりまえ。まず修行しないとな~(>_
April 16, 2006
『はい~?』『私たちは、本能でその星の王を嗅ぎ分けるの。』犬みたいなエイリアンだな。『この星中を探し回って、やっとあなたを見つけたの。』だから、俺は、王でも長島でもないんだってば。『青き星の力を持つ、星の王。』ちょっと待て!『星の力って?』まさか・・・あのときの・・・。目の前の青い目がすっと細くなって、天使のような容姿には不自然な光が、ちらと見えた気がした。艶のある唇がわずかに開いて、小さな呟きが漏れる。『えっ?』聞き取り損ねて、問いただそうとした瞬間、俺の顔面にガンと衝撃が訪れた。目の前に、星が飛び散った。『イカタコノミヤキ食べたい~~~っ!』もう一匹のエイリアンをすっかり忘れていた。(こいつらいわく)王様の顔面を足蹴にして、ベッドの上に仁王立ちになって雄たけびを上げるとはいい根性だ。そもそもそれは、イカ焼きか?たこ焼きか?お好み焼きか?『あれ?ここどこ?』きょろきょろと、辺りを見渡す前に、おまえの足の下をまず見て欲しい。 バチコーン!!ひどく景気のいい音がした。さすがはエイリアンだ。いったいどこから、そんな大きなはりせんを出したんだろう?『お行儀が悪いわよ!ケイロォーン!』足癖の悪いエイリアンの名は、ケロヨンというらしい。『ひどいよ。ミーア。』みーみーと泣きながら、ケロヨンは頭を抑えてうずくまる。俺の上にだ。『改めて紹介いたしますわおとうさま。私はミーア。これは弟のケイロン。どうぞよろしく。』どいてくれたのはありがたいが、ベッドの上で三つ指つかれてもなぁ。姉に押さえつけられて、無理やり頭を下げさせられたケロヨンは、上目づかいで俺を見上げながら、馬鹿にしたようにふ~んと声を漏らした。『これが地球の王様かぁ。顔は良いけどなんか弱そう。なぁミーア。こんなんでほんとにだいじょうぶふう!』弟の頭を押さえていた手のひらを肘に変えて、ほほほとミーアは微笑んで見せた。・・・この姉弟の力関係が良くわかった。『おまえら異星人だろ?なんだって、地球の王様とやらが、おまえらのお父様なんだよ?』『あら。私たちを導き、育ててくださるんですもの。そういう存在を地球ではおとうさまというのでしょう?』それとも、おかあさまだったかしら?俺は、前のめりにベッドに沈んだ。『由紀~っ!ご飯よォ。』そのとき、のん気なおふくろの声が、階下から響いた。とたんに、びょんと、ケロヨンが復活する。『ごはん~っ。』すかさず足払いをかけようとした、姉の攻撃を今度はひらりとかわし、ケロヨンは部屋を飛び出していってしまった。『お、おい待て。』とたとたと軽い足音が遠ざかる。ふらふらと俺は立ち上がった。くそう。頭痛ぇ。『おとうさま。だいじょうぶ?』青い瞳がうるうると俺を見上げた。ほだされちゃダメだ。いくら見かけが可愛い女の子でも、相手はエイリアンなのだ。地球を侵略しに来たのかもしれない。台所に下りていった俺が見たのは、食卓を侵略しつつあるエイリアンの姿だった。中華どんぶりを抱えて、がうがうと犬食いをしている。すでに空になった丼や皿が、幾つもテーブルの上に積み重ねられている。『あらあら。ケイちゃん。やけどするわよ。』おふくろがエイリアンの顔をふきんでぬぐっている。『あう?』金色の前髪についているのは、ごく細の縮れ麺だ。『どうでい?美味いだろう?』俺の特製だからなと、上機嫌で親父が、新しいどんぶりを持って現れた。『おっ。おまえらも食うか?』ミーアは、いただきますと言って、にっこりと食卓につく。親父が渡した、ラーメンを上品につるつると、フォークに巻き付けて食べ始めた。俺はわなわなと震えた。『由紀。いつまで立ってんの?』瑞希が、かに玉を取り分けながら、おれに向かってあごをしゃくった。『なんで?なんでこいつら、なじんじゃってるの?こいつらエイリアンなんだぞ!?』俺が唾を飛ばしてわめくと、お袋は汚いわねえと、眉をしかめた。『なんだ由紀。異星人差別は良くないぞ!』親父がぐりぐりと、ケロヨンの頭を撫でながら言う。『異星人差別って・・・親父はなんとも思わないのかよ?こいつら変な力持っているし、どんなに危ない奴らか・・・。』『俺のラーメンを食う奴に悪い人間はいない。』きっぱりと、親父は言う。だからこいつらは、人間じゃないんだってば。『おかわり!』ケロヨンが、ぐいとどんぶりから顔をあげた。ま、まだ食うつもりか?しかも親父のあのラーメンを・・・。親父はといえば、ほいほいとうれしそうに、新しいラーメンを作りに消えてしまった。『お父さんうれしいのよ。』お袋がおれの前に、茶碗を置きながら言った。『初めて、お父さんのラーメンを美味しいと食べてもらえたから。』親父は、3年前までは普通のサラリーマンだった。それも結構大きな商社の部長だった。それが、なにを思ったのか、いきなり辞職。ラーメン屋を始めたのだ。『夢だったんだ。』だったらなんで、サラリーマンやっていたわけ?おれの問いに、親父はにわか仕込みの怪しい江戸弁で、『人生、いろいろあらぁな。』と、呟いただけだった。よくわからないが、ひとつだけ俺にもわかることがある。それは・・・親父のラーメンが、とんでもなく不味いってことだ。常連客は、けっしてラーメンを頼まない。それでも、そこそこ店が人気が出たのは、お袋が作るラーメン以外の料理のおかげだろう。一度、その人気を勘違いをした雑誌が『人気のラーメン店』と、うちの店を紹介したため、大量の犠牲者を出したことがあったが。ともあれその後、店の暖簾が『王様らーめん』と名を染め抜かれていても、親父が朝の4時から汗水たらして仕込む、ラーメンを食べてくれる客は、たまたまふらりと入ってきた何も知らない哀れな子羊だけだった。『ほらよ。』親父が、大きなどんぶりをケロヨンの前に置く。『大盛りにしてやったからな。』はあ。こんなにうれしそうな親父は、初めて見るかもしれない。『話を聞けば、まだ小せえのに、親元を離れて遠い星まで、修行にやって来たなんて偉いじゃねえか。由紀。お前も男ならこいつらの面倒を見てやんな!』『そうよ由紀。この子達は、学校で貧血を起こして倒れたあなたを、家まで送ってきてくれたのよ。優しい子達じゃない。』俺がぶっ倒れたのは、こいつらのせいだぞ。『姉ちゃんは?』なんとなく、聞く前から答えが、わかっているような気がしけれども、おれはほんのひと筋の救いを求めて瑞希を見た。『だって・・・可愛いじゃない♪』肩を落とした俺に向かって、由紀も可愛いわよと言われても少しもうれしくない。『これからよろしく。おとうさま。』『あぐうく。おごおはま。』こうして、おれは16歳にして、二人の子持ちになってしまったのだった。
April 14, 2006
寝ながら無意識に枕を引き寄せて、むぎゅっと抱きついてしまうのは、別に欲求不満だからじゃないと思う。単なる癖だ。やわらかくて、あったかくて、とくとくと眠気を誘うリズム。へっ?俺の枕には、心臓はついていないはずだが。俺は開かない目を無理にこじ開け、腕の中で羽交い絞めしていた枕を、至近距離でぼんやりと見つめた。『おとーさま。苦しいよ。』枕がしゃべった。『うわわわわっ!』顔から、ほんの5センチほどの距離にあるものに気がついて、俺は腰を抜かしかけながら、ベッドの隅にまで飛びのいた。天使が、ばら色のこぶしで目をこすりながら、ふああと可愛らしくあくびを洩らした。肩まで垂れたやわらかそうな巻き毛、透き通るような白い肌。桃色に色づいた唇。夏の空のような青い瞳。身にまとって見えるのは、少し大きめで、肩が半分ずり落ちかけた白いTシャツだけだ。ほっそりとした腕や脚が、惜しげもなくそこから伸びている。天使は、にこりと笑うと、四つんばいになって俺に迫ってきた。Tシャツの胸元から、わずかに膨らみかけたものが覗いて、俺はあわあわと、思わず自分の体に布団を引き寄せ、それを防波堤にしようとした。ずるりと滑った布団の下から、もう一人の天使が現れた。むにゃむにゃと寝言を言いながら、無意識にだろう片手で布団を探している。見ていると芋虫みたいに、くるんとシーツを体に巻きつけて、また眠りの世界へ行ってしまった。どうやら、少なくてもこっちは、いきなり襲いかかってくることはなさそうだ。『おとーさま。大丈夫?頭痛くない?』天使が心配そうに、俺を覗き込んだ。『一体どうなってるんだよ?』頭痛てぇ。俺はガンガンする頭を抑えた。胸もむかむかする。まるで二日酔いだ。健全少年の俺様には経験はないが。ここが自分のベッドじゃなかったら、遠慮なく吐いていたところだ。『あれ?ここって俺の部屋だよな。じゃあ今までのは夢?』天使はきょとんと首をかしげた。『・・・って、ことはなさそうだな。』俺はがっくりとうなだれた。『おとうさま。オーバーロードしちゃって、いきなり気を失っちゃうからびっくりしたわ。』『オーバーロード?』『暴走しそうになった自分の力を、無理やり引っ込めたでしょ?』『ちょい待ちっ!』突然、学校の屋上での記憶が戻ってきた。『お前たち、岸本と石田をどうしたんだ。まさか・・・。』『あの人間たちなら、おとうさまが守ったじゃない。』天使はぷんと膨れて見せた。『おとうさまを危ない目にあわせたんだもの。お仕置きしようと思ったのに。とっさに、私たちの力を撥ね返したのはおとうさまでしょ?』どうやら二人は無事らしい。『屋上が半分ばかり崩れちゃたけど。』ほ、本当に無事なのか?『お前たちは何なんだよ?』そして、俺は何なんだ?俺の中から溢れてきたあの力は何だったんだろう?『私たちは、サタアン星からの留学生。この星の王の下で教育を受けるためにやってきたの。』天使たちは、どうやら悪魔の星からやってきたらしい。『エイリアンが地球留学?だったらエリア88とかにいけよ。』確か88だったよな?009はエイリアンじゃなくてサイボーグだし。親父の鼻歌によると、伊代はまだ18だそうだ。『えりあはちじゅうはち?夏も近づく八十八夜?』『茶摘歌じゃねえ・・・って、どうしてそんなこと知ってるんだ?』天使は、小さな耳たぶについた、真珠色のピアスをくるりと回した。『これが、翻訳機兼、地球の情報をいろいろ教えてくれるの。』翻訳のほうはともかく、情報としては、役に立っているのか?『私たちは、茶畑ではなく、王のいるところにいる。』それから、俺をきらきらと星のような目で見つめる。『う~ん。だったら、総理官邸?いや、ホワイトハウスかな?いやいや国連が・・・。と、とにかく、俺には関係ないから。』俺はじわりと背中に汗をかいていた。なんだか嫌な予感がする。そして、俺の予感って言うのはめったに外れないのだ。『おとうさま。あなたがこの星の王なのよ。』
April 5, 2006
オトウサマ?『きっ!貴様という奴は~っ!実は隠し子がいたのかっ!』ニキビ男・・・石田が岸本に再び、押さえ込まれながらわめいた。俺が幼稚園の頃の子供かよ。まてよ。そういえば・・・うさぎの耳みたいに髪を結った、可愛い女の子と、いつも同じ布団で仲良くお昼寝していた記憶が・・・。『お前たちは、何者だ?』岸本の声が、ピシッとその場に響いた。 いや・・・だから俺の子じゃねえの?俺は、そのときかなり混乱していたらしい。なんといっても、もう少しで、花の命を散らすところだったのだ。『お前たちは、お父様の敵?』双子の青い目が、きらりと冷たく光って、岸本たちを捕らえた。辺りがパシパシと鳴った。空気が放電している。双子は空中で、真向かいに立ち、胸の辺りで互いの両手のひらをあわせている。そこからぽおと金色の光が生まれた。『危ないっ!』俺は本能的に、岸本と石田を突き飛ばし、自分もコンクリートの上を転がった。 バーーーンッ!!まるで大きな雷が、目の前に落ちたみたいだった。間一髪。俺の髪の先をちりりと焼いて、そこには直径1メートルぐらいの、焼け焦げた跡があった。俺は、耳がしびれたようになった。岸本の口が、パクパクと動いているのが解るが、何も聞こえない。双子は、再び両手のひらを合わせ、二人を攻撃しようとしていた。『やめろ~ッ!』俺は叫んだ。双子の手の中から、さっきより大きな光が生まれる。その光がはじける寸前、俺の喉から声にならぬ咆哮が溢れ出た。 うおおおおおおおぉ~~~ッ!!俺という殻を突き破るようにして、何か大きなものが溢れようとしていた。今までに感じたこともない何か。体中が熱くて熱くて、くらくらとめまいのするような快感を従うもの。 ダメだ。俺は遠い意識の中で思った。これを解き放っちゃいけない。俺は、その甘美な力に抗った。 ダメだ、ダメだ、ダメだ・・・。俺という存在を侵食するその力。なぜか俺は、わけもわからずそれを、ただ必死に押しとどめていた。髪の一本、一本がゆっくりと立ち上がっていく。血が逆流し俺の中で渦巻く。そして・・・。まるでふっと、掻き消えるように、それは唐突に俺から去っていく。 助かった。暗闇に沈みながら俺は思った。(『そうだ、それでいい。おやすみ。僕の眠り姫。』)どこかで、懐かしい声が聞こえた。
April 4, 2006
箱根旅行に行ってきました。会員制リゾートの体験宿泊。どんなところかと思ったら、こじんまりとした宿泊所でペンション風?もとは、とある会社の保養所だったそうな。ワンコOKの畳の部屋には、両親と妹とフクちゃん(実家の犬)、弟の家族(弟と義妹、赤ちゃん、ポメラニアン)大所帯です。人数の関係で、私と娘は別部屋。二人部屋のベッドルームで、なぜか部屋の広さは、こちらのほうが広くみえる。(?)部屋も少々リッチ目。(リビングセット・マッサージチェアつき)やっぱり、ワンコ連れってネックになるのかな?でも、だからといって畳の部屋が、みすぼらしいとか、不潔ということはないですよ。ごく普通のお部屋です。寝るとき以外は、私も娘も畳部屋に入り浸ってました(^_^)部屋風呂はなしでしたが、大風呂は温泉でした。少し熱めだけど、サラサラしたお湯で気持ちいい。風呂上りにマッサージ機を皆で使い放題~。(あんまり気持ちよくてやりすぎた・・・揉み返しが痛い・・・。)でも説明を聞いたら、やはり初会金だの維持費が高い(>_
April 3, 2006
昼休み俺は、購買での熾烈な戦いの末、手に入れた焼きそばパンを抱えて、屋上へと続く階段を上がっていった。建付けの悪い戸をがたがたと開けて、大きく深呼吸する。空が青かった。寝不足の頭がくらくらする。早く飯を食って、昼寝でもしよう。俺は給水タンクのはしごをよじ登ろうとした。その上が俺の秘密の昼寝場所だ。けれども、俺がまだはしごに足をかけないうちに、タンクの陰からMサイズのピザのようなニキビ面が顔を出した。『よお。怖気づいたかと思ったぜ。』ニキビ男は、ニヤニヤと笑いながら、指で自分のあごのニキビのひとつをつぶした。うええ。俺は思いっきり顔をしかめた。飯を食べる前に見たい光景じゃない。『誰?なんか用?』俺が聞くと、ニキビ男はニヤニヤ笑いをやめた。『ふざけんじゃねえ!てめえ。ちょっとばかり可愛い顔してるからって、いい気になるなよ!』『可愛いとはなんだよ!』『可愛いだろっ!』『男に可愛いって言うな!』『可愛い奴に可愛いって言ってなにが悪い!』俺たちががふーふー髪を逆立てていると、タンクの裏からまたしても現れた奴がいた。二年の岸本だ。『おい・・・話がずれてんぞ。』岸本はあきれたようにニキビ男を小突く。学ランを、まるでマントのように肩にかけ羽織っている、180はありそうな背の高い姿は、ちょっぴり俺のコンプレックスを刺激してくれる。『と、とにかくだな!お前が純真な婦女子をたぶらかしているのを、俺は許せんのだ。』ニキビ男は、小突かれた頭をニキビをつぶした手で揉んだ。俺は、アクネ菌が頭に回らないのかなと、他人事ながら思わず心配してしまった。『腐女子?』『婦・女・子!うら若いご婦人だ~っ!』ウ~ム。発音も同じなのに、なぜ俺の思考が読めるのだろう?もしやコヤツは、どこぞの星から来たエスパー?星座はピザ・・・なんちゃって・・・。『早い話が、お前に、藤原あかりから手を引けってことだ。』岸本が、さくっと話を進めてくれた。え?え?なんだそれ?『常に複数の女と付き合っているようなお前に、あかりさんはふさわしくない!』ニキビ男が、顔中を沸騰させて怒鳴った。『えっと・・・もしかして、なんか勘違いしてる?』『え~い!往生際が悪いぞ!その可愛い顔を、整形してやる~っ!』ニキビ面が俺に迫った。うぎゃ~っ!アップは許して・・・。思わず顔の前で腕を交差して、目を閉じた俺。けれども、何時までたっても何の衝撃も訪れない。こそっと目を開けてみると、岸本に学ランの襟元を、猫の子の様に吊るし上げられたニキビ男の姿があった。『な、なんだよお。俺に加勢してくれるんじゃなかったのか?』『誰がそんなこと言った?お前が面倒を起こさないように付いてきただけだ。』どうやら少なくとも岸本は、俺を無理やり整形しようとかは考えていないらしい。岸本は、俺を見て眉間に皺を寄せた。年には不相応なほど、苦みばしってかっこいい。『お前。こいつからの手紙、見なかったのか?』手紙?言われてみれば・・・。『もしかして、ピンクのキテイちゃんの封筒?!』『・・・・・・・そうだ。』岸本が、顔に苦渋を浮かべて肯定した。『違う!』ニキビ男が、じたばたともがきながら叫んだ。『あれはキテイちゃんじゃない!シナモンちゃんだ!』『若芽が萌えいで、猫が発情するこの季節。皆様いかがお過ごしでしょうか?心ときめく出会いを得て、俺、いえ、僕は惑い、惑わされてカーニバル。だが、貴様がどんな卑怯な手段を使おうとも、彼女は俺が守ってみせる。明日という字は、明るい日と書くのだ。俺は日のいずるところの天使だ。そうだ愛のキューピッドだ。光あれ!』俺はスラスラと暗誦して見せた。『そうだ!ちゃんと読んでんじゃないか。さっきはとぼけやがって。』ようやく地面に降ろされたニキビ男は、自分の首筋を撫でている。だから・・・アクネ菌が・・・いや、そこはもう手遅れか・・・。『そこまでしか読んでいない。それ以上読むと、洗脳されちゃいそうで怖かったから。』俺が変な宗教の勧誘かと思ったと言うと、岸本は、黙って重々しく頷いた。眉間の皺がもう一本増えた。無性にアイロンをかけたくなる皺だ。『石田は、藤本あかりの件で、お前と話がしたいと、今日、この時間、この場所を指定してたんだ。』はは・・・偶然って怖いな~。『俺と藤本は、ただの友達だよ。』『なっ!?お前。あかりさんの心をもてあそんだのかっ!?』もう一度、俺に跳びかかろうとしたニキビ男の襟元を、ぐいっと岸本が引いた。『きゅうん。』ニキビが潰れた。『少なくとも、お前にその気はないんだな?』『おう!』『解った。邪魔して悪かったな。』『へっ?』岸本はそのまま、ニキビ男を引きずって立ち去ろうとした。あ~あ。昼寝する時間はなさそうだ。『お前。顔はいいが、軟派野郎にも見えないし。なんで、女とばかりいつもつるんでいるんだ?』なんだよ。まだ話し終わってなかったの?『男は嫌いだから。』なるほど。と岸本は頷いた。『あんたこそなんで?こんなことに関わるの?』友情だなんて聞いたら、まじ吐いちゃいそう。『こいつは、俺の従兄弟なんだ。』俺は二人を見比べてみた。岸本って、和製ジョニー・デップみたいな顔をしてるよな。そしてピザ男の顔を、もう一度まじまじと見てみる。俺は遺伝子の神秘さに触れた気がした。『それから、どうやら気が付いてないようだけど、石田はお前と同じクラスだぞ。』入学して1週間。クラスの女の子の顔は覚えたが、男の顔なんざ一人も覚えちゃいない。ニキビ男は石田というらしい。『俺は二年の岸本。』『あんたのことは知ってる。』『ふ~ん。光栄だな。』『女の子たちから、噂を聞いていたから。』誰ともつるまないで、いつでも一人でいる奴。そのくせ、妙に存在感があって、教師にも生徒にも一目置かれている。成績はトップクラス。喧嘩もどうやらめちゃくちゃ強いらしい。不良グループのレッドスネークが解散したのは、岸本が絡んでると言う噂もささやかれていた。『あがりざんはわだざないぞお~~~っ!!』そのとき潰れた叫びを上げて、ニキビ男・・・石田が俺に跳びかかってきた。とっさに伸ばした岸本の手も届かない。石田は、盲目的に俺に突っ込んできた。俺の体が宙に浮いた。俺は巴投げの要領で、大きく投げ飛ばされていた。ああ・・・空が青いな。俺はそのとき本当に眠かったんだ。俺の背中に、鉄の棒の感触が触れた。そのままくるりとひっくり返って、俺は再び宙にいた。まるでスローモーションのように、何か叫びながら、俺に向かって腕を伸ばしている岸本が見える。あ・・・落ちる。そう思ったとたん、悲鳴のような音が耳元でした。空を切る俺の落下音だ。そして俺はベルバラに。『ベルバラ?』澄んだ子供の声が聞こえた。『なんだか翻訳機の調子が変じゃない?』もう一人、少し生意気そうな子供の声。俺は自分の足元を見た。ここは地面じゃない。空中だ。しかも少しずつ浮上しているではないか。俺はふよふよと漂いながら、屋上に戻った。『ウウ・・・幽霊になるってこういうことか。』『やだなあ。死んでもらったら困るよ。』石田でも、岸本でもない子供の声。俺は、恐る恐る、その声が聞こえてきた方。つまり上の方を仰ぎ見た。空中に、二人の子供がいた。金色の巻き毛と、空よりも青い瞳。年の頃は、12歳くらいか?まるで鏡に映したようにそっくりの子供たちだ。『天使が迎えに来たのか?』銀なら5枚。金なら一枚のはずだ。『『初めまして、お父様。』』天使たちは、声をそろえて歌うように言った。続くお久しぶりです。6日ぶりの更新です。出だしを書いただけで、ドロンと雲隠れしてたしましま。どうもお待たせしてしまいごめんなさいえっ?!誰も待っていない?(ガ~ン!)実は・・・実は・・・ついにやっちゃったのですよ。とある新人文学賞に、小説送っちゃいました。お前・・・この前、公募用の小説、挫折したって言ってなかったかって?そうなんです(T_T)。手動シュレッダーの手回しの感触が今でも・・・。それでなにを送ったかって?なんと怖いもの知らずにも、このブログで公開した小説を送っちゃったんです。だいぶ手直ししましたけどね。手直しと、校正で、この数日は嵐のようでした。でも、でも、やっと出来ましたよ!そして、気持ちがくじけないうちにと、速攻ポストに投函しちゃいました。ああ~どうしよう?うわ~なんだか発狂しそうです。なんか、すごい馬鹿なことしてしまったのかも。
March 31, 2006
二年前の夢を見た。俺はあいつの肩を掴み、どうにかして振り向かせようとしていた。『なんでだよ!』俺の口調には怒りと哀願と、信じられぬ思いが溢れていた。『なんで、お前がこんなことするんだよ!』あいつは、俺の指を一本一本、肩から引き剥がす。そのとき触れた指は冷たかった。その指が一瞬、離れる寸前の俺の指を、握り締めたかのように思えたとき、ドンという衝撃が俺の体に伝わり、俺の体はよろよろと、屋上のフェンスに受け止められた。仰ぎ見たあいつの顔は逆光になっていて、その表情までは俺には読めない。だけど、その口から漏れた声は、ひどく冷めた声だった。『俺は、お前を・・・。』『ガッツだ!起きろっ!!ガッツだ!起きろっ!!』けたたましいベルの音と、調子はずれな甲高い機械音声。俺は、いきなり岸壁から突き落とされたかのようなショックを覚え、布団の波を掻き分ける様にして、目覚まし時計に腕を伸ばした。『OK牧場~。』うるさく喚きたてる声がやんでも、俺の頭はがんがんとなっていた。ぼんやりと起き上がって、がしがしと頭を掻く。『よしよし、起きたわね~。』隣の部屋から、断りもなく姉の瑞希が入ってきて、上機嫌でにんまりと俺に笑いかけた。『ねえちゃん。この目覚まし心臓に悪すぎ。それにこのデザイン・・・。』俺は目覚ましを見て、朝からげんなりとした気分になる。丸っこい黒いボディは、大きなサル顔のデザインだ。『あら可愛いじゃない。それにそれは、ねぼすけの由紀のために、一番ベルの音が大きなのを選んできたのよ。』お姉様からの愛のこもった誕生日プレゼント。感謝しなさいよ~といいながら、瑞希はドアの向こうへ消えていった。どうせなら、可愛い女の子の声で、『お・き・て』なんていってもらいたい、お年頃の俺は、昨日16歳の誕生日を迎えたばかりだ。俺はのろのろと、ズボンをはきながら、夢の残滓を払い落とすようにぶるぶると顔を振った。セーターに頭を突っ込み、腹の下まで引き下げると、『よっしゃっ!』と、顔を両手のひらでぴしゃりと叩いた。いつもより早くバス停に着いた俺に、同級生の相沢美樹が驚いたように目を見開いた。『ユキ。どうしたの?早いじゃん。』『おっは。』俺はがっくりとしながら、右手だけを上げてみせた。相沢は、しきりと空を見上げて見せるので、ん?と俺もつられて空を眺める。太陽が黄色い。あ~寝不足だ。『雨が降るんじゃないわよねえ。』『あのなぁ。いつもよりちょっとばかり早く家を出たくらいで、そこまで言うか?』『ちょっとばかりねえ・・・。』くふふ・・・と相沢は、鳩のような笑い声を立てた。学校に着いてからも、みな同じような反応を示しやがる。校門のところで、遅刻者をチェックしている生徒指導の武田は、俺を見て、四角い顔がひしゃげるような表情をした。俺に説教かまさないと、一日が始まった気がしないのだろう。とにかく、その日はそんな風に始まったのだ。今考えるとやっぱり、おかしなことが起こる前触れだったのかもしれない。*今日はフュギュアで頭がいっぱい。村主~中野~恩田~がんばれ!おかげで小説アップはここまで・・・まだ何にも始まっていない(>_
March 25, 2006
部屋の中に男が一人。辺りには酒瓶が転がっている。いずれも安酒だ。立てかけられたイーゼルに、何も描かれていないキャンバスが、埃をかぶって薄く変色したまま置かれてある。部屋の隅にはいくつものキャンバスが、こちらは完成品なのか、さまざまな色が形も成さず、殴りつけるように塗りたくられている。部屋の中には、酒の匂いと油絵の具の匂い。それから、男の発する苦いような体臭が立ち込めている。その中で男は、パレットナイフをテレピンオイルで磨いている。ナイフは本来の目的に沿わないほど、砥石で何度も鋭利に砥がれ、ギラギラと鈍い光を放っている。やがて男は、ナイフの油をボロ布で念入りに拭き、満足そうにその輝きに見入った。男の舌が蛇のように長く突き出され、ナイフの刃をそっと舐め上げた。たっぷりとした涎に混じって、薄桃色になった液体が床に落ちる。わずかに残っていた油が、虹色の膜を広げる。男は、部屋にひとつだけある窓を開けた。寒々とした夜の空気が、澱んだ部屋の空気を押しやっていく。男は足を投げ出して床に座り込み、窓に半ば体を乗り出すようにして怒鳴った。『俺は死ぬぞー!!』どこかで犬が遠吠えをあげた。『死ぬぞ!死んでやるぞ!!』男の部屋がある古びたアパートの下階で、うるさい!!という怒鳴り声が返った。火がついたような赤ん坊の泣き声が沸き起こった。男は、窓の桟に腕を投げ出すようにして、パレットナイフを押し当てた。ぷつりと皮膚が切れ、じわじわと血が染み出してくる。ナイフを握ったほうの手がぶるぶると震えた。力が抜け、ナイフが畳のうえに落ちる。男は、短く呻きながらナイフを拾い上げ、限界まで目を剥き出しにしながら、もう一度手首に押し当てた。震えをとめようと、ナイフの柄を掴んだ腕に歯を立てる。目を閉じたかったが、どうしても閉じることが出来ない。そのままグイと腕を引いた。とたんに、今度は先ほどより多くの血が、パタパタと畳の上に小さな点をいくつも作った。だが出血死するほどの量ではない。男は血の溢れる自分の手首に唇をよせ、ちゅうちゅうと音を立てて吸い込んだ。しょっぱくさび臭い味が、痰を含んだように粘りながら口中に広がった。『まずい・・・。』血は甘く芳しいものではないのか?それとも、それは選ばれた者だけの血なのか?手首の血は、つるつると腕を伝わっていく。それがこそばゆくて、男はぐいとガラス窓に腕を押し付け、血をぬぐった。血の色が夜の町を透かしている。面白くなって、男はその色を窓一面に広げた。押し付け、血を絞り出すようにして、窓を染めていく。月明かりが赤く染まって、男の顔を照らした。そしてそのとき、悪魔がやってきたのだった。赤く染まった窓は、鏡のように男の顔を映した。鏡の中の男は、にやにやと笑った。男そっくりの厭らしさで。『お前の魂と引き換えに、望みをひとつだけ叶えよう。』鏡の中の悪魔は言った。『金か?女か?権力か?』金か・・・欲しいかと聞かれれば欲しいな。生活保護で暮らす身には、楽しみと言えば、せいぜい安酒を飲むくらいだ。それでもうるさいケースワーカーが、病院に行ってアル中の治療を受けろとか、いちいち偉そうに講釈をたれる。女・・・女なんざうんざりだ。馬鹿で、すぐ見かけに惑わされる奴ら。あいつらに俺のなにが解るって言うんだ?権力が欲しいな。世の中の権力者どもがみんな失墜して、俺みたいな社会のダニと言われている人間が、権力を握ったら面白いと思わないか?『では、総理大臣になるのはどうだ?』総理大臣?そんなのはつまらない。どうせなるなら独裁者だな。そういえば、ヒトラーも売れない画家だった。人を狂気に煽り立てる才能はあっても、絵を描く才能はなかったというわけだ。『俺は・・・俺は画家としての才能が欲しい。』悪魔との取引は済んだ。男の魂に、どれくらいの価値があったのかは知らないが。男は今日も、安酒を飲みながら、部屋で絵を描き続けている。相変わらず絵は少しも売れない。だが男は知っている。自分には才能があることを。それが果たして、自分の命あるうちに認められるかは解らないが。次々に仕上がっていく膨大な量の絵。それはいずれも、男の血によって描かれていた。あの日、悪魔はガラスの向こうから、ぐいと男の血のにじむ腕を掴み、その傷口に黄色く長い爪をねじ込んだ。『お前の流す血の中に、絵の才能を与えよう。』ぽとりと落ちた血は、常よりもどす黒い色をしていた。男がキャンバスに血を垂らすと、血はまるで意思を持つがごとく、自在に流れ複雑に模様を描きながら、その白布を染めていく。やがて、干からびたようになった男が、力尽き倒れたあとで、血に染まったキャンバスがいくつも部屋に残された。ぬらぬらと黒光りする絵。近隣から異臭があると苦情が起こり、ようやく男の遺体が発見される。男の部屋から発見された、たくさんの血塗られた絵の数々は、その話題性と共に有名になった。オークションにかけられ、高値でやり取りされ、海を越えて国外へも渡った。贋作も作られたし、ポストカードや画集、ポスターにも使われた。そのいずれからも、悪魔があの厭らしい笑いを浮かべながら現れた。魂を失った男は悪魔になって、自分の絵の中に住み着いたのだった。今日のお話は、ちょっと暗いです。次回は、明るくハチャメチャなライトノベル・ファンタジーを書く予定です。
March 22, 2006
学校図書の入れ替えをやりました。時々手伝いに行っているの。新しい本にビニールカバーや、番号シールをつける。これって、今だに全部手作業。番号シールに、本の種類によって分類記号を記入。それから整理番号。ビニールカバーは、まるで大きな両面テープみたい。本のサイズより、大きくとって、カッターで、綺麗に切っていく。真ん中に本を置いて、接着面をはがして、定規で本にずりずりっと押し付けるようにしながら貼っていく。本の背表紙はトンとテーブルに押し付けて。反対の面も同じように。本の角のカバーは、125度位の切込みを入れて。中へぐいと押し込んで、折りたたんでいく。背表紙から飛び出たビニールは切り取って完成。こうやって書くと、たいしたことないけど、結構よれちゃったり、ビニールと本の間に空気が入り込んじゃったり。何十冊もの本いじっているうちに、指先は、すっかり脂分を吸い取られてかさかさ。いつの間にかあちこち紙で切ってしまってひりひり。慣れないうちは、なかなか上手にいかないのでした。新しい本の中には、私自身が選んだ本もあって、ちょっと念入りにカバーをかけたりして(^_^)『予算が余ったから、適当に本を選んできて。』なんて言われたときは、ちょっとびっくりしたけど(汗)え?えっ?!買ってこいって、そこら辺の本屋で買ってきていいの?適当にって?推薦図書とかでないの?好きな本でいいからって~~~っ?!指定されたのは、絵本であることだけ。そういうわけで、私の趣味と独断にみちた何冊かが、本棚の隅に加わることになったのでした。最近の学校の図書室を覗いて見たことがありますか?気が付いたのは、ライトノベルといわれる本が多くなったこと。それから妙に資料関連が多い。資料関連は、ゆとり教育の一環とされる総合的調べ学習のため。図書館の本の40パーセントを占める膨大な量でした。そして、ライトノベル。『面白いですよ~。』と言われ、読んでみたけど、いわゆるエンターティメントな少年少女小説?昔。氷室冴子さんの『クララ白書』とか、新井素子さんの『星に行く船』とか、菊池秀行さんの『エイリアンシリーズ』夢枕獏さんの『幻獣少年キマイラ』なんて夢中で読んだものだけどそんな感じかな。冒険とか、ファンタジーとか、恋愛とか。なんだか、ロールプレイングゲームになりそうなストーリーも多い。これが、大人が読んでも結構面白い。『ブギーポップ』『キノの旅』『今日からマ王』じっくり読ませる文学でないけど、さらさら~っと読めちゃうし、飽きさせないというかテンポが良い。バッグに一冊忍ばせて、会社帰りなんかに読むと、ストレス解消するかも。そして無謀にもしましまは思ったのでした。『・・・チャレンジしてみようかな?』えっ?なにを?と、お思いでしょう。つまりは・・・。『ライトノベルを書いてみようかな。』なんて思ったわけです。若い感性が、かな~り枯渇しているおばちゃんの私には辛いかな?まあ。これも勉強と言うことで。いろんな分野の小説を書きたいのが、しましまですので。どうか、腹を括って(?)お付き合いください。明日はショート小説をアップ予定。そのあとは、しましま風ライトノベル(?)をご賞味あれ。
March 21, 2006
昨日はイチゴ狩りに行ってきました。『清水の次郎長』で有名な、静岡県清水港です。朝、6時半に家を出て、車で行くことなんと8時間。高速は朝からめちゃくちゃ混んでいました。11時ぐらいには、イチゴ狩りをして、そのあと海岸をフクちゃん(実家のわんこ)と散歩。美味しい名物料理でも食べて・・・最後にゆっくり温泉に入ってから帰宅。これが予定でした。ところが、ぜんぜん車が動かない。『すみません。道が混んでまして、そちらにつくのが1時過ぎになってしまいそうです。』『大丈夫ですよ。お気をつけていらっしゃってください。』 予約しておいたいちご農園に電話。けれどもお昼を回り、1時を過ぎても、未だ車は動かないまま。『たびたびすみません。あの・・・3時くらいになりそうなんですが・・・。』『大丈夫ですよ。お持ちしております。』『あの・・・なん時までやってらっしゃるんでしょうか?』『日暮れ時までやっていますから、ご心配しなくてもいいですよ。』『本当にすみません。』おまけに、朝のうちは良いお天気でしたが、目的地に向かうにつれて、だんだんと雲が多くなり、とうとう土砂降りになってしまいました。それでも、イチゴ狩りをあきらめない、食いしんぼファミリー(主人は留守なので、私と桃、私の両親、妹、そしてフクちゃん)その根性に負けたのか、ようやく動き出した車の列。気が付けば、雨も少し収まってきたような・・・。3時近くになって、ようやく海が見えてきました。この辺の海岸沿いは、その名も『いちご・ロード』常なら、イチゴ娘たちが、ビニールで出来た大きなイチゴを振りながら、道行く車を、自分たちの農園へといざないます。けれども、今日は雨のせいか、イチゴなお嬢さんたちの姿はない・・・。『あっ!あそこにいるよ!』娘の言葉に、目を眇めて雨のすかしてみれば、なんだか妙にスタイルの良いイチゴ娘が・・・。よく見たら、マネキンじゃないですか!しかも、いかにもデパートの売り場においてありそうなマネキン。こんなのイチゴ娘じゃないやいっ!しばらく行くと、ネットで予約しておいた農園に到着。にこやかなおばさんたちと、可愛い柴の看板犬プーちゃんが迎えてくれました。プーちゃんとフクちゃんは、お鼻で挨拶。フクちゃんは知らん振り。プーちゃんが大きかったから、実はちょっぴり怖かったのかな?プーちゃんは体は大きくても、大人しくて人懐っこい、可愛いわんこだったんですが。小降りの雨の中、いちごハウスへ。この辺は石垣いちご。人一人通れるほどの細長いハウスの中、片側は人が通れる通路になっていて、もう片側には、1メートルほどの高さの石垣。この石垣に、大きくて、ルビーのように真っ赤で、あま~いイチゴが、鈴なりになっているのです。皆さんは、いちごを直接もいで食べたことがありますか?スーパーのいちごより、ずっとずうっと甘いんですよ。農園の方に、練乳をいただきましたが、そんなものは必要ないくらいです。口に入れた瞬間。思わず、『わッ!甘~い!』今回のいちごの品種は、酸味の少ない『あきひめ』大きいものになると、手のひらの横幅ほどまで成長しています。そのでっかいイチゴをぱくりぱくり。私はなんと!50個も食べちゃいました。桃は、私よりもっと多く、55個。このおなかに、どうやって入るのでしょうね?さすがに苦しいです。ベルトを緩めても、いちごのげっぷが出ます。フクちゃんは、練乳をぺろぺろ舐めてご満悦。のど元までいちごを詰め込んで、それでもしっかりと、お土産に手作りのいちごジャムも買って、さてこれからどうしよう。もうすぐ日暮れ時。それから、車で二時間。とろろ汁で有名なお店で食事をしました。えっ?さっき、あれほど食べたばかりなのにって?いちごは消化が良いんですよ~。たっぷり食べても、苦しくなるのはほんの一時です。だから、おなかの丈夫な方は、安心してたくさん食べてください。さすがに暗くなってきました。これから、どこかへ行くのは無理そう。車に戻って家路へと急ぎます。帰ってきたのは真夜中。しっかり帰りも渋滞でした。
March 19, 2006
ある朝起きると、夫が巨大な毛虫になっていた。ベッドの中、隣に寝そべっているその虫を見て、私は途方にくれた。『あなた?あなたなの?』虫は、赤く悲しげな目で私を見た。私は、虫の体にそっと手を触れた。少しごわつく黒い毛は、夫の毛深い体毛を思わせた。その下には、ひんやりと滑らかな肌。はちきれんばかりに、むっちりとよく太っている。『こんなに冷たくなって。』思わず涙がこぼれた。節に手を滑らすと、夫はくすぐったいのか、うねうねと体を動かした。その日から、私は毛虫の夫と暮らすことになった。夫は3年前、リストラにあってからというもの、自宅で一日中、寝転んでテレビを見て過ごしていた。たまに外出する先は、決まってパチンコか風俗だ。夫が帰らぬ長い夜。どれほど悶々と過ごしたことか。だが毛虫になった夫は、もはやなじみの女の元へも通えない。4歳になる娘は、毛虫になった父親に、最初はひどくおびえた。だが、もはや人間であったときのように、いきなり怒鳴られもせず、わけもなく殴られることもないのだと知ると、子供らしい残酷な好奇心にかられるようになった。箒の先などで、虫の体を突付き、苦しげにくるんと体を丸める様を、きゃっきゃっと笑って眺めていた。私が叱ると不満そうにしていたが、やがてその遊びにも飽き、そして、毛虫の発する青臭い悪臭を嫌って、そばに近寄るのも嫌がるようになった。私は毎朝、夫の新しい部屋となった、元の夫婦の寝室を掃除する。モップとバケツをぶら下げて、部屋のドアを開けると、夫はベッドの上から、時には、何本もの後ろの足で体を支えながら、天井からぶら下がって私を迎える。私は夫の剛毛を少し撫でてやり、掃除に取り掛かる。床や壁、天井にまで、夫が這い回った粘液の跡がある。モップでべちゃぬちゃとそれをぬぐってゆく。掃除が終わると、新鮮な野菜を盛ったかごを部屋に運び込む。今朝は、レタスが半ダースに、にんじんが1キロほどだ。毛虫がしゃくしゃくと、野菜を咀嚼する音を聞きながら、時々私は考える。本当に、これが夫なのだろうか?もしや夫は、この虫に食べられてしまっているのではないか?私がそう考えると、毛虫はそれがまるで解ったかのように、悲しげな目で私を見つめるのだ。夫の様子が変わったのは、それから一月もたった頃だった。いつものように、掃除に訪れた私を迎えたのは、巨大な繭だった。夫の姿はない。日の光を嫌う夫のために、部屋はいつも窓が締め切りで薄暗い。私は電灯のスイッチを入れた。繭は、光を浴びてきらきらと雪のように白く輝いた。薄く透けて、中にいる黒い毛虫の姿が見えた。虫は、ひっきりなしに口から白い糸を吐き出している。私が繭を押すと、それは固く、こんこんと音を立てた。夫はちらりと私を見たが、かまわず繭作りを続けている。私の目の前で、あっという間に夫の姿は見えなくなっていった。私が夫に出来ることは、もはや、そのままそっとしておくことだけだった。娘に、パパの部屋には行かないようにと言い聞かせたが、娘はすっかり興味を失っていて、どのみち近寄りそうもなかった。父親としての存在は、人間だった頃から、もともと娘の中にはなかった。私は娘を保育所に預け働きに出た。夫が働かなくなってからというもの、私が稼ぎにでていたが、夫の看護のためしばらく職場を休んでいたのだ。久しぶりに出た職場ではみなが優しかった。『ご主人の病気、もう大丈夫なの?』私は夫の変身については触れず、ただ難病に罹っているとしか伝えていない。『ええ・・・今はだいぶ落ち着いてますので。』夫を医者に見せようとは考えたこともなかった。あのような姿に変わってしまっては、夫は患者としてではなく、研究材料として扱われるだろうと思ったからだ。日々は穏やかに過ぎて行った。私は時折、繭に頬を寄せ耳を当てて、中の様子を探ろうとする。コトリとも音はしない。夫は中でどうなっているのだろう?生きているのだろうか?繭を割ってみたい衝動に駆られたが、それが夫にとって良いことなのか、悪いことなのかもわからない。私はじっと待つしかなかった。そして春が訪れた。日差しが温かく、汗ばむような陽気になった日の午後。突然、繭は割れた。その中から現れたのは、もはや毛虫の姿ではなかった。体中に黒い産毛を生やした、巨大な蛾になった夫がいた。夫が、狭い部屋をばたばたと跳びまわると、黒い煤のような燐粉が舞った。やがて蛾は、羽を広げたままカーテンにとまった。その太い胴体に触れると、どくどくと心音が感じられた。『あなた。生きていたのね。』蛾の分厚い羽が、ゆっくりと閉じてまた開いた。また前と同じ日々が繰り返される。私はそう思った。毛虫の夫が、蛾になっただけだ。だが日中はおとなしくしていた夫は、日が陰るにつれ落ち着かなくなった。夜になると、ばたばたと部屋中を飛び回り、その羽を壁や天井にぶつけ傷ついていた。舞い落ちる燐粉で、電気をつけていても、部屋が薄暗く感じられた。『外へ出たいのね。』もう、夫はどこへも行かない。そう思っていたのに。けれども、結局私は、窓を開けた。夫と暮らすことに、もはや疲れ果ててもいたのだ。夫は、ばたばたと、夜の中へ飛び出していった。その黒い姿は、闇にまぎれてすぐに消えてしまった。娘と別れをさせなかった。ぼんやりと思った。いや、娘はとっくの昔に、父親との別れをしていたのだけど。そして、私も、あれを本当に夫として愛していたのだろうか?夫が行ってしまってから、私と娘の生活は楽になった。夫が残していった繭の残骸は、品質の高いシルクの糸の塊だった。従来のシルクにはない、美しい輝きと強靭さ、軽さ、温かさ。その出所を詮索する人はいたが、私には答えようがなかった。一財産を手に入れ、私たちは隣町に引っ越した。そこで新しい家を買い、娘は小学校へ入学した。見違えるように明るくなった娘は、毎日のように友達を家に連れてくる。私は、手作りのお菓子を焼いて、子供たちを笑顔で迎えた。夫のことは、もはや夢のようだった。どこかで元気に暮らしていてくれればいいと、そう願っていた。そして、もう二度と会わないことを。ところが秋も深まったある日。夫は再び、私たちの前に姿を現した。ドンドンと窓をたたく音に、外を見ると、巨大な黒い蛾がばたばたと飛んでいる。一瞬、そのままカーテンを閉めたい欲求にかられるが、『あなた。』私は結局窓を開けた。夫はうれしそうに、部屋に入ると、大きく羽を広げたまま部屋の壁にとまる。私は複雑な気分になった。その次の日。夫は、部屋の床の上で、ぴくりとも動かなかった。触れると、かさりと羽が落ちた。夫は巨大な蛾の姿のまま、息絶えていた。そして、部屋中いたるところ。床にも、壁にも、天井にも。何千、何万という卵が産み付けてあった。*蛾のなかには、雌雄同体の種族がいます。このお話は、カフカの『変身』が元ネタです。
March 17, 2006
こんばんは~(^O^)/休暇をとって、元気を出したしましまです。また明日から小説書き再開です。公募もまたがんばりたいと思います。思えば、たった一度の失敗で、へこんじゃうなんて、だらしなさすぎですよね。何度も、何度もチャレンジして、とにかく出来るまでがんばるしかない。ブログで書いたものは公募できないのか?何人かの方から、そう助言されました。そこで、出版社に問い合わせたのですよ~(恥ずかしながら・・・。)そうしたら、意外とOKなものですね(*^^)vいくつかの制約はありますが、概ねブログに載せたものでも、応募できることが判明しました。今後は、公募する予定の小説も、どんどんブログ上で書いていくつもりです。なぜなら・・・今までにも、ここで皆さんの感想を知ることで、成長できた小説がいくつもあるからです。これからも、皆さんの励ましの言葉を支えにして、いつか満足のいく小説が書けるようにがんばります。また、「ここがおかしいんじゃないか?」「解りにくい。」「面白くない。」などの耳に痛い評価も、どんどん率直にしてください。よろしくお願いいたします。
March 16, 2006
公募小説で躓いて以来、ちょっと疲れ気味。少し小説書きは忘れて、休日には、読書をしたり、映画を見に行ったり、英気を養おうと思います。15日まで、ブログ更新はお休みです。皆さんのブログは、ちょこちょこ覗きに行きたいと思っています。
March 9, 2006
そのとたん、吹き荒れていた吹雪はやみ、すべての者たちは深く深くお辞儀した。啓太は、目をこすらずにはいられなかった。王女様の小さな顔も、銀の冠を載せ真珠を編みこんだ髪も、雪のレースからのぞく華奢な腕も、とても青白く透き通って見えたからだ。まるでガラスの人形みたいだ。啓太は思った。王女様は黙ったまま従者に促され、一段高いところにある台座の上に人形のように座らされた。それから上品に、自分の顔を扇で隠すようにしたが、啓太はその瞬間、王女の頬を一滴の水滴が転がり落ちるのを見た。『今夜は冬の最後の日です。みな存分に楽しんでください。』扇の陰から、鈴を震わすような声が響いた。『冬の最後?』啓太がつぶやくと、そのとき隣に居たセイウチが、ご馳走を詰め込んで、でっぷり太った腹をさすりながら言った。『なんだ。お客人は、今日が冬じまいのパーティーだって知らなかったんですかな?』セイウチは、雪ウサギが銀の皿に持ってきた、砂糖衣が厚くかかったケーキを受け取り、啓太にも勧めながら説明してくれた。『朝日がさせば、もはや雪の国は存在しないでしょう。』啓太は驚いた。『みんな消えちゃうの?』『そうですとも。』セイウチは、砂糖でべたべたする前肢を丁寧になめながら、なんでもないことのように言った。『もう冬も終わりです。今度は春が収めることになります。』『そんな・・・。』『金平糖を乗せたミントのシャーベットはないかな?』セイウチは雪ウサギに聞いていた。『こんな素敵な国が無くなっちゃうなんて!』『いやいや・・・春も悪くないもんですよ。』セイウチは満足そうに、シャーベットをすくいながら、啓太に笑いかけた。『一度でいいから桜餅を食べてみたいもんですな。』『でも、この国が無くなったら、みんなはどこへ行くの?』セイウチは、さあと肩をすくめて見せた。『王女様が悲しそうなのはそのせいなの?』啓太が尋ねると、セイウチはシッ!と、声を潜めた。『王女様が悲しそうなのは、王様が行方不明だからですよ。』セイウチは、空になったカップを雪ウサギに渡し、胸に前肢を当ててひげを振るわせた。『王女様は王様と、結婚するはずだったんです。今夜お戻りにならなければ、王女様は別の方と結婚しなければならないんです。ほら、王女様の隣にずうずうしく居座っている男。あれは冬将軍ですよ。王女と結婚して、自分が王になるつもりなんです。』啓太が見ると、真っ白なひげを蓄えた男が、うやうやしく王女の手をとっていた。『でも、おじいさんじゃないか!』『決まりです。春に国を渡すためには、冬の王が春の王に王冠を差し出さねばなりません。最後の日までに王様が帰還なされなければ、新しき王を立てる他ないのです。』啓太が見つめていると、意を決したように王女が立ち上がった。その顔は青ざめた氷のようだった。『私は、新しい王を定めねばなりません。よって・・・。』王女がある名前を告げようとした瞬間。 パーラパッパーーッ!!高らかなラッパの音が鳴り響いた。扉が大きく開かれ、そこには、ひげだるまが胸をそらし誇らしげに立っていた。『王様のご帰還です!!』ドアの向こうからよろよろと何かが現れた。ひげだるまはうやうやしく、それにお辞儀をしてみせる。啓太はあっけにとられた。ちょうど啓太の背丈ほどの半分泥になった雪だるま。それは啓太の作った雪だるまだった。啓太ばかりじゃなく、広間に居た者たちもみな驚いたようだった。ざわざわとさざめきが走る。その中でキンキンとした冷たい笑い声が響いた。『王だと?その泥だるまが?!』冬将軍の声だった。『はっはっは。親衛隊長殿も冗談が過ぎますな。』そのとたん、辺りもくすくす笑いや、悪い冗談だと小さくののしる声が溢れた。『ピエロでも呼んでのですかな?それにしても王宮にはふさわしいと思えない汚い奴だ。』冬将軍は、その次には、そのものを連れ出せといったに違いない。けれどもその前に、台座から転がるようにして王女様が駆け出した。そして、しっかりとその泥だるまにしがみついたのだった。『王様!私の王様!』王女様の涙が、泥だるまにふりかかると、たちまち泥だるまは溶け出した。王女様はあわてて身を引こうとしたが、今度は泥だるまがしっかりと王女さまを抱いて離さなかった。泥だるまは、もはや王女の涙がなくとも、自ら溶け出しているようだった。『は、早く、王女を救い出すのだ!』冬将軍の金切り声が響いた。だが、誰もその場を一歩も動こうとはしなかった。泥だるまの中から、光り輝く人の姿が見る見るうちに現れたからだ。くるくるとカールした銀色の巻き毛が現れた。その下から明るい緑の瞳。大きな笑みを浮かべた口。しっかりとした顎の下には、泥だるまの時の何倍もの大きさのたくましい体が現れた。王様は、あっけに取られている臣下たちに向かって告げた。『これより。私と王女との結婚式を始める。』辺りにはたちまち歓声が巻き起こった。王様は周りを見渡し、そして啓太に気がついた。『礼を言う。そなたのおかげで国に戻れた。』王様はにこにこと啓太を差し招いた。おずおずと啓太がそばによった。『私は、地上で力を失った。だが、そなたが私の体を集め、ひとつにしてくれたおかげで力が戻り、国に帰ることが出来たのだ。』『けれども・・・。』啓太は尋ねずにはいられなかった。『どうして地上に落ちたの?どうして力を失ったの?』王様はゆったりと笑った。『なに、地上に降りるのは我らが定め。雪になって降り積もり、融け、やがて水蒸気となって空に帰る。』だが、と王様は続けた。『最近は国に戻れぬものも多いのだよ。地上の空気も土も汚れすぎ、我らの力を奪ってしまう。穢れを纏ったまま正気を失い、災害を起こすか、汚れた雨となって生き物の命を削るか。』一瞬愁いを帯びた王様の顔が、にわかに輝いた。『だが、幸いにも私は力を取り戻し。そして・・・。』王様は王女のばら色に染まった頬にやさしく接吻した。『王女が、あの泥だるまを私だと見抜くことによって、私は元の姿を取り戻すことが出来たのだ。』『もしかして・・・僕をこの国に招待してくれたのは王様だったんだね!』啓太が小さく叫ぶと、王様はうれしそうに目を躍らせた。『雪の国に、来たがっておっただろう?』雪の国に鐘の音が鳴り響いた。レースを纏ったばら色の王女様と、銀色の王様がバルコニーの扉を開いた。氷の城の上に、まるでカーテンのように七色のオーロラが輝き、星星がきらきらと二人を祝福した。 ちいさき星 おおきな星 まわれまわれ 春の喜びを 夏の勇猛を 秋の思慮深さを 冬の気高さを 星がめぐり 季節が巡る 空と大地よ 人よ獣よ 雨が雪に 雪が水に 天と地をつなぐ 陽よ風よ大地よ 命を育てよ 星を育てよ『ダンスだ!音楽を!』ひげだるまが合図をすると、足がむずむずするような音楽が始まった。オーケストラの中で、氷柱をリズムを取って叩いてるのは、あの生意気な小さな雪だるまだった。『踊ってくれない?』黄色い巻き毛の女の子が、啓太の前でスカートのすそを持ち上げ、ちょこんとお辞儀した。啓太は困って、自分の足を見下ろした。『でも僕、踊れないよ。』『その子の手を取って、スケート靴に任せればいいんだよ。』いきなり、白テンの毛皮がしゃべったので、啓太は驚いた。『びっくりした。ずっとしゃべらないから、君のこと忘れてたよ。』『ひどいな。地球流に、おとなしくしてたってのに!』白テンはプンプンと、毛を逆立てた。『ごめん。ごめん。君のおかげで暖かくしてられたよ。』それから啓太は、白テンに教えられたとおり女の子の手を取った。啓太のスケート靴は、とたんに嬉々としてくるくると氷の床の上に円を描いた。白テンも喜んでくるくると尻尾を振り回して調子をとった。周りでは誰も彼もが踊っていた。白雪姫も、雪男も、雪女も。くるみ割り人形も、雪の妖精たちも。トドやアザラシ、ペンギンに白熊。白ふくろうに、狐に、ウサギ。敵も味方もみな手を取り合って。王様と王女様が、啓太の傍らを優雅に滑って行った。冬将軍が雪の女王の手を取って、熱心にささやいていた。『あなたの様な美しい貴婦人にお会いできるとは・・・。』雪の女王もまんざらでもなさそうな笑みを浮かべていた。子供たちも輪になって、広間中を滑っていた。『こんな素敵な国が、今日でおしまいだなんて・・・。』啓太は急に物悲しくなった。『また会えるから。』啓太の手を女の子がきゅっと握り締めた。『春が来て、夏が来て、秋が来て、また冬が来るから。』女の子の瞳がきらきらと瞬いていた。『雪が融けて消え去ったように見えても。水になって大地を流れ、また空に帰るから。』啓太は、不思議な気分になった。5歳の子ではなく、大人の人と話しているような、そしてなんだかずっと昔から、女の子のことを知っているような気がした。それから、自分たちがまだ、名前も教えあっていないことに気がついた。『私はポラリスよ。』女の子はまるで、啓太の考えが解ったかのようだった。『僕は・・・。』啓太が口を開きかけたとたん、大きな歓声が沸き起こった。『ウエディングケーキだ!!』素晴らしいケーキだった。まるで家みたいに大きくて、全部アイスクリームで出来ていた。周りの人々がワッとケーキに群がった。女の子が危うく押しつぶされそうになって、啓太は慌てて女の子を自分の後ろにかばう。そのとき、太ったセイウチがドンと啓太にぶつかった。啓太は氷の上を滑って、バルコニーまで跳ね飛ばされた。女の子が何かを叫んでいる。啓太はそのままバルコニーの手すりを超え、星星の中に飛び出して行った。啓太はぎゅっと目をつぶった。バルコニーからまっさかさまに落ちていく自分が脳裏に浮かんだ。高い高い星にも届きそうなお城のバルコニーだ。下はふかふかの雪か?それとも固い氷だろうか?啓太は息を止め、その衝撃を待ち構えた。けれども、何時までたっても何も起こらない。それどころか、落ちていく感覚もない。なんだか暖かいふわふわした物が、体をくるんでいるような気がする。白テンかな?啓太はそろそろと瞳を明けた。それから、ぱっと飛び起きた。啓太がいるのはベッドの中だった。地球の啓太の家の啓太の部屋の啓太のベッドの上だ。『夢・・・?』啓太は何回もまぶたをこすってみた。部屋の中はまだ薄暗い。啓太は、はだしでベッドを降りて、窓のカーテンを開けてみた。うす蒼く明けかけた空に月が白く浮かんでいた。その右上にきらきらとひときわ輝くひとつの星が見えた。北極星だ。『また会えたね。』女の子の声が聞こえた。星がきらりと、まるでウインクでもしているように瞬いた。
March 2, 2006
今日というか・・・今日を含めて最近の出来事なのですが、どうも最近、小説書きが不調です。話の中に自分が入って行けない。上っ面だけの文章になりがちです。いえ・・・ブログの小説のほうではなく、今年の冬までに公募してみようかと思って、原稿用紙に書き綴っている小説のほうなんですけど・・・。肩に力が入りすぎているのでしょうか?変な照れに振り回されちゃってるからでしょうか?(こんなこと書いたら、選考委員の方々に笑われないかなとか)ブログオンリーだったときは、 下手でもいいじゃないか。 身内が見るわけじゃないし、 今書きたいことを、自分が書けることを、 ただ好きで書くだけ・・・。そういう感じで、のびのび書けてました。でも、公募用に書いてる作品は、書くのを楽しめていないです(T_T)おまけにそれに引きずられているのか、ブログ上の小説まで、なんだか萎縮してきたように思えます。やはり、公募にチャレンジというのは、まだ未熟すぎたのかと思います。とりあえず、この3ヶ月で書き溜めた原稿用紙80枚。今、半泣きでシュレッダーにかけました。いっぺんに切れないから数枚ずつ・・・。もうしばらく初心に戻ってブログに専念し、皆さんに鍛えてもらおうと思います。スノーテールは明日アップです。そのあとは、ショート小説を幾つかアップ予定です。
March 1, 2006
『親衛隊長殿!ご命令のとおりこの者を連れてきました!』雪だるまは、ピシッとひげの雪だるまに敬礼して見せた。ひげだるまはにこにこと、赤い手袋の手で啓太の手をしっかりと握った。『あなたが、僕を招待してくれたんですか?』啓太がそう尋ねたと同時に、大きなラッパの音があたりに鳴り響いた。『え?なんですと?ショーはまだ始まってはおりませんよ。』ひげだるまは、城の塔の中へと啓太を導いていった。その塔の中は空洞になっていて、長い氷の階段が、塔の内部をぐるりと取り巻いていた。手すりから下を見下ろすと、ほんのりと白い光に照らされたガラス細工のような階段が、幾重にも幾重にも重なって、また上を見上げれば、そこにも透明な階段が透けていて、今自分が階段を降りているところなのか、上がっていくところなのかだんだん解らなくなくなりそうだった。つるつるに磨かれた階段で、啓太がスケート靴で立ちすくんでいるのを見て、ひげだるまはふむと頷きひげをなでた。『その靴では、こちらのほうが早そうですな。』ひげだるまは、啓太の両脇に腕を差込み持ち上げて、階段の手すりの上にそのまま啓太を下ろした。わずかに両足を並べられるほどの幅しかない手すりの上だ。啓太は、あっと悲鳴を上げたその悲鳴を後ろに残し、矢のようなスピードで啓太の体が運ばれていく。啓太の履いたスケート靴は、唸りを上げて、くるくると階段を滑り降りていった。啓太は恐怖のあまり目を見開いたまま、口は叫んだ形のままだ。スケート靴は、階段の下まで一気に駆け抜けると、そこから別の棟の階段を、スピードも落とさず今度は上がり始めた。啓太の目が、驚きにますます大きく見開かれた。ぐんぐんと上がり続けて、今度は急カーブ。スケート靴は、ぴょんと跳びあがり、軽やかにターンして広い廊下に下りた。廊下の端にある蓮の花びらを二枚並べたような白い雪の扉が、啓太が進むにつれてゆっくりと開いていく。そこは、眩しい光で溢れた空間だった。『お飲み物はいかがですか?』手で目を覆った啓太の足元から声がする。指の隙間から見下ろしてみると、そこには白兎が一匹、銀のお盆をちょこんと前足に乗せ後ろ足で立っていた。『きらきらするのがお好みですが?爆発するほうがよろしいですか?』白兎は、鼻をひくひくと動かしながら、お盆に載せたグラスを啓太に差し出した。啓太の喉はカラカラだった。啓太は、しゃがれた声できらきらするのを頼んだ。受け取ったグラスの中身は水みたいに透明で、プチプチと小さく泡になってはじけていた。よく見ると、泡は、はじけるたびにきらきらと輝いている。恐る恐る口に含んで、啓太は思わずほっとした。『なぁんだ。サイダーそっくりだ。』目が慣れたのか、それとも光が弱まったのか、啓太はようやくあたりの様子を見ることが出来た。そこは城の大広間のようだった。高い高い天井は、丸いドームのようになっていて、一番高いところに向かって徐々に透けている。そこから青い星が大きく輝いて見えた。広間の床は、やはり半透明の氷で出来ていてつるつるだ。『おおっと。失礼。』太ったトドが、危うく啓太を押しつぶしそうになって謝った。『ええと・・・君は?』トドは目が悪いらしく、丸いメガネの奥の目をしょぼしょぼと細めた。啓太は自分が、ひげだるまを置いてきてしまったことに気が付いた。『その・・・案内してくれた人とはぐれてしまって。』啓太が言うと、トドはああと頷いた。『それなら、ほれそこじゃろう?』トドが指差す方向には、氷の城の中だと言うのに、赤々と燃え上がる暖炉があった。その暖炉を囲むようにして、子供たちの姿が見える。啓太はその中に、城の前で会った女の子の姿を見つけた。暖炉に近づいて見ると、女の子が気が付いて、すぐさま啓太を手招いた。女の子は、ニコニコと啓太の手をとった。『ちょうどドロッセルマイヤーさんの手品が始まったばかりよ。』暖炉の前に黒マントの男の人がいた。二人は並んでその前に座った。黒マントの男の人は、帽子やマントから次々とお菓子や人形を取り出して見せた。お菓子は子供たちに振舞われ、啓太の手の中も、キャンデーやネズミの形のクッキーでたちまち一杯になった。人形たちは、まるで生きているかのようにぴょんぴょん跳ね回り、くるくる踊りまわった。『すごいや。』啓太が感心していると、突然背後からピシッと鞭の唸る音が聞こえた。ビクッとして振り返ると、巨大な赤いさそりが、大きな毒の針の付いた尻尾を振り上げていた。 ピシッ!鞭が床をたたいた。すると、巨大なさそりは、氷の床の上を体を丸めてころころと転がりだした。 ピシッピシッ! もう一度鞭が鳴ると、今度は鋏を氷に突き立てて逆立ちをする。まっすぐにあがった毒針が、鞭の音にあわせてゆれ始めた。辺りから大きな拍手が巻き起こる。鞭を鳴らしていた大男は、優雅にお辞儀して見せた。それから巨大なさそりと、嬉しそうにしっかりと抱き合った。『あれはオリオンと蠍だ。』顔も体も真っ白な毛むくじゃらで、人とも白いゴリラともつかぬ人物が、傍らの雪ひょうとぺちゃくちゃとおしゃべりをしていた。『りんごのパイはいかが?』黒い髪と赤い唇をした綺麗な女の人が、啓太に言った。『お母様のりんごパイは最高よ!』女の人のドレスの影から、わらわらと七人の小人が現れて、周りの客たちにパイを配り始めた。啓太はりんごパイを貰うと、巻き毛の女の子と半分こにして食べた。とろりとして、さくさくとして、ほっぺたが落ちるかと思うくらい美味しいパイだった。『魔女のりんごよ。』パイをほおばりながら、女の子は啓太にささやいた。『白雪姫だ!』啓太はパイを取り落としそうになった。『大変だ。毒入りのりんごだよ!』『いいえ。』銀色の長いコートを着た背の高い女の人が、いつの間にか啓太のそばに居た。『大丈夫。今日はお祝いの日ですもの。』それから、コートで包むようにしていた男の子の顔をハンカチで丁寧に拭いた。『カイ。口の周りをこんなにパイだらけにして。ゼルダに嫌われちゃいますよ。』生意気そうな顔をした男の子は女の人に向かい、『ゼルダが僕を嫌うものか!それに今夜は特別なパーティーだよ!』といって、おどけるように啓太に眉毛を上げて見せた。『見てみて!雪の妖精たちのダンスだよ。』広間の中央に、ちらちらと雪が降り始めた。よく見ると、それは白い羽を生やした小さな小さな子供たちで、空中をふわふわと軽やかに舞って見せているのだった。びゅうと空気が唸った。まん丸に太った男の人が、口をすぼめ、ものすごい勢いで妖精たちを吹き飛ばしたのだ。『北風だ!』妖精たちの踊りは激しくなり、まるで広間中に猛吹雪が起こったようになった。 プップッププォー!!時を告げる雄鶏のように高らかなラッパが鳴り響いた。真っ白で何も見えなかった視界が、ぱっと開けたように明るくなった。ドアの前に、霞のような雪のドレスに、ほっそりとした輝く姿を包んだ美しい少女がいた。『王女様のおなりです。』ひげだるまの声が響き渡った。
February 25, 2006
トリノオリンピック。女子フィギュアスケート・フリーの演技終了しました。見事!金メダルを獲得した荒川静香さんの演技。もう涙、涙でした。海外のマスメディアに、クールビューティーと評される荒川さん。失礼な話ですが、今まで、『ん?そんなにすごい美人かな?普通だよね。』って思ってました。でもこのトリノに出場した荒川さんは、滑り出す以前から、なんというか、一人だけスポットライトを浴びているような。体の内から光り輝いているような。そんな美しさに包まれていました。人間のオーラって、本当に目で見れるものなんだと、初めて感じた瞬間でした。目鼻立ち、顔立ち、そんな小さなことじゃない。あのときの荒川さんだったら、たとえ100人の中にまぎれていても、ぱっと見分けがつくんじゃないかと思うような。そんな特別な存在に思えました。人間の精神力って、なんて力強く美しいんでしょうね。そんな荒川選手をより引き立てた衣装の数々。あれは、荒川選手のお母さんが、手作りしたものだと聞いてびっくりしました。目の覚めるような紅白の衣装も、荒川選手のラッキーカラーだという青い衣装も。裁縫が苦手だというお母さんが、指先にタコや傷をつけながら、徹夜で荒川選手の衣装を縫い、スパンコールを1000個も縫い付け作ったものなのです。他の選手の有名デザイナーやブランド製の衣装の数々も美しかったですが、あれほど本人自身に似合っていたのは、他に類を見なかったと思います。やはり娘の似合うものを一番良く知っていて、氷上で舞う姿をいつも見守っていたお母さんの愛情が成せたものだったんですね。また、荒川選手の多額のレッスン代や留学費用。それを支えるためにパートをしてがんばったそうです。日本中が夢見た『金メダル』それを獲得できた荒川選手のあの黄金の精神力は、実はこんな深い愛情に支えられていたんですね。素晴らしい完璧な演技は、コーエン選手、スルツカヤ選手も、けっして負けていませんでした。またメダルにかける気迫も甲乙つけがたかったでしょう。ほんのわずかな差。あのものすごいプレッシャーの中、ミスをしないでいるのは至難の業。その勝敗を分けたのは運だったのかもしれません。でもその運をぐいと力強く引き寄せたもの。それが荒川選手にはあると思いました。そして村主選手。けっして派手な選手ではありませんが、その繊細で芸術的な演技は、メダルを取れなかったとはいえ、トリノを見たすべての人の心に残ったと思います。今後もファンの一人として、彼女の活躍を追っかけまわしたいです(笑)安藤選手もまた。初めてのオリンピックで、あれだけ果敢に挑戦できた彼女の根性に、大きな拍手を送りたいです。4年後。もっともっと大きくなってもう一度、オリンピックの銀盤に花開いてほしいです。明日はエキシビジョン。世界の頂点に立った選手たちが、自由に演技をして見せてくれます。ある意味、本番より見所かも。ショートやフリーでは、短い時間に、どうしても入れなくてはならない規定が多すぎます。その為、点数に入らない演技は、泣く泣く削ったりもしたでしょう。でも、エキシビジョンなら、その選手の個性が、心ゆくまで楽しめます。さてさて、どんな夢を見せてくれるでしょうか?フィギュアで一杯だったしましまの日々も、ようやく明日には正常に戻りそう。小説のアップは、明日予定です。トリノの夢覚めやらぬうちに、最終回まで持っていきたいです。
February 24, 2006
トリノオリンピック女子フィギュア・ショートプログラム終わりましたね。荒川選手、素晴らしかったです。目が覚めるような赤と、銀虹色のスパンコールを散らした白のコスチューム。荒川選手の長身にばっちり決まっていました。ダイナミックで華麗なジャンプ。両手を離したY字バランスもきちんと3秒キープ。なんといっても、この方の演技の一つ一つには、ものすごい気迫がバシバシ伝わってきます。見ててぞわ~っと鳥肌立ちました。まさしく時期女王の風格ばっちり。金を狙っていける選手です。安藤選手。三回転&三回転が決まらずお手つき。フェンスにもタッチするというミスはありました。実はこの時点で、私はあきらめたんですね。美姫ちゃんは、精神力が弱い。最初にミスすると、その後動揺が残り、思った演技が出来ない。それが今まで、彼女に抱いていた感想だったので・・・。ところがどうでしょう!今回、美姫ちゃん成長しましたよ!びくびくウサギちゃんが、華麗な白鳥になったようです。失敗の後、萎縮するどころか、まるで何かを吹っ切ったように、のびのびと明るい演技を見せてくれました。これは・・・やれる!やれますよ。彼女はまだまだ若いし、ベテランの先輩二人が付いてるんです。失敗してもいい、ぜひ4回転を披露してほしいと思いました。衣装は、う~ん・・・黒の衣装はあまり好みではなかったです。フリーのエメラルドグリーンの衣装に期待します。村主選手。私、一番この方の演技が好きなんです。全日本選手権で、この方の演技見て一目ぼれしました。氷の上を降りると、小柄だし、ごく普通の容姿なのに、氷の上で演技してると、全身からにじみ出る美しさというのでしょうか?差し伸べた指先から零れ落ちるような優美さ。しなやかに伸びる体からにじみ出る情感。ステップを踏む足先から溢れる情熱。スケートとはスポーツである前に芸術なんだと思った瞬間でした。そして・・・いよいよオリンピック。ところがですね・・・。ノーミスの素晴らしい演技なのですけど。そして確かに情熱的な演技なんですけど。いまいちあの感動が伝わらなかったです。緊張し過ぎたのかな?ショートだと規定がありすぎたから?もっともっと、彼女は観るものを引き込む力があると思います。フリーでは、きっとまた惚れ直させてくれるでしょう。スルツカヤ選手は、やってくれましたね。今まで猫をかぶってたのか~っ!と言いたくなるくらい。技の切れがこの前までとぜんぜん違うじゃないですか。ジャンプした後でちょっとふらつくかな?と思ったシーンあったんですが、な、なんと!女王様ってば。とっさに軽いステップ入れちゃうんですもの。普通、ふらつきそうになったら、がんばって軸足で踏ん張るとか、わずかに腕を伸ばしてバランスとるとかでしょう?コンマ何秒の判断で、くず得れそうになったバランスを、ステップでつなげちゃうんなんて・・・超人ですよ。規定の点数がそれでどう変わるのかはともかく。あれを入れたことによって、流れも変えず。私みたいな素人には、それこそ解説がなければ、ふらついたなんて見破ることも出来ないです。さすが女王様です。コーエン選手。可愛かったです。この選手、解説でも言ってましたが、それこそ世界一といってもおかしくない実力の持ち主なんです。でも、この子も安藤選手と一緒で精神力が弱い。ガラスのハートと評されてる選手。ここ一番の大試合では、必ずといっていいほど大コケ。だから今回のオリンピックは、どうなんだろうと思ったんですが。まさしく『氷の妖精』でしたね。軽やかでスピード感溢れるジャンプと、若々しく伸び伸びした演技は、浅田真央ちゃんを思い起こしました。見事に今回一位につけました。ショートが終わって、 1位 サーシャ・コーエン(アメリカ) 2位 イリーナ・スルツカヤ(ロシア) 3位 荒川静香(日本) 4位 村主章枝(日本) 8位 安藤美姫(日本)でした。特に1位~3位の得点は、接近していてほとんど差はないです。技術的には、ほぼ同程度と思います。後は精神力の問題かな?それとどれほど、観客を魅了できるかでしょう。世界を相手にしてのオリンピックに出れるだけでも、甲乙つけがたい素晴らしい選手たちです。フリーの演技。今からわくわくします。
February 22, 2006
花粉症が本格的に始まりました(>_
February 20, 2006
そこは広大な雪の大地だった。淡く銀の粉を振り掛けた白い白い雪原。泡立てた生クリームのような森。鏡のように輝く湖。そして氷の城が、キラキラと光をはじいて、まるで雲の上に浮かぶように、その白い大地の上にこの上なく優美にそびえ立っている。幾筋もの運河のように、町は城を中心にして、その深い雪の大地の下に築かれていたのだ。『みんな雪の下に住んでいるの?』啓太は櫂をまわしながら雪だるまにたずねた。ひゅるひゅると冷たい風が耳元を過ぎる。『もっと櫂を寝かせて漕いで。もうこれ以上高度を上げなくていいよ。』雪だるまはそう注意しながら、ぽつんと置かれた小さな小さな白い帽子ようなものを指差した。『ほら、あそこ。たいていの国民は下の町に住んでいるけど、雪の上に住んでるやつらもいる。』よく見ると、それは雪や氷で出来た小さな小屋だった。『かまくらか、エスキモーの家みたいだ。』啓太は少し寄り道をして、その小さな小屋を訪ねてみたかったが、雪だるまがもっと急ぐようにとせかすので、前以上に力を込めてぐんぐんと櫂を漕ぐしかなかった。それにパーティーがあるという、綺麗な氷のお城にも早く行ってみたかった。『僕を招待してくれたのって誰なの?』啓太が尋ねると、雪だるまは驚いたようにぴょんと振り返った。『なんだ知らないのか?』それからう~んと困ったように考え込んだ。『わたしも命令を受けただけだから。』『その命令をしたのって誰なの?』『親衛隊長殿だ。』『親衛隊って?』『王様の護衛をする偉い偉い役職だ。わたしも普段その任についている。』啓太は胸がわくわくした。『だったら・・・もしかして、僕をこの国に招待したのって王様かな?』雪だるまは啓太をじろじろと眺め、それからこほんとちょっと咳払いをした。『そのお・・・お前・・・いや、あなた様は王様のお知り合いで?』啓太がぶんぶんと首を振ると、雪だるまはあからさまにほっとしたようだった。『地球の子供ごときが、偉大なるスノーランドの国王陛下のお知り合いのはずはないな。それに・・・王様は今・・・。』『王様がどうかしたの?』雪だるまはくるくる回り、不機嫌そうに啓太に怒鳴った。『おしゃべりばかりで、漕ぐスピードが落ちてるじゃないか!』ボートがぐらりと空気を揺らした。啓太は櫂を取り直すと今度は黙って、だんだんと大きくなっていく城へと向かって漕いでいった。啓太を乗せたボートは、時折不安定に揺れながらも、冷たい空気を掻き分けるようにして、前へ前へと進んでゆく。ボートの後ろに、いつの間にか鴨の群れが続いていた。オオハクチョウが二羽、ボートに並ぶように左右の横について言った。『向かって一番右の塔に降りてください。』広げた翼の羽先のような塔の先端で、旗のようなものを振っている人物が見えた。気がつくとあたりは、鳥たちや、薄い羽のようなものをつけた生き物や、さまざまな空を飛ぶ乗り物で一杯だった。雪のように白い天馬に引かれた豪華な金の馬車が、すぐ脇をものすごいスピードで通り過ぎ、啓太のボートは小さな氷混じりの冷たいしぶきを浴びた。『わっ!』啓太は、あわてて櫂を引いた。啓太のボートよりずっと大きなボートが、たくさんの小さな子供たちを乗せていた。『みんなお行儀よくするんだぞ!』白熊が一匹、わいわい騒ぐ子供たちに向かって声を張り上げていた。ボートに乗った子供のうち、黄色い巻き毛をした5歳くらいの女の子が、啓太に気がつき何かを投げてよこした。手のひらに収まるくらいの包みが、ぱふんと啓太のひざに落ちた。『なんだろ?』啓太は櫂を漕ぐ手を止めて、その包みを持ち上げてみた。白っぽい紙の袋を探ると、中から出てきたのはレモン色に透き通るドロップだった。啓太が顔を上げると、女の子はにっこりと手を振っていた。他の子供たちも啓太に気がついて、口笛を吹いて見せたり、帽子を振り回して合図をしたりした。『ありがとう!』啓太も手を振ったとたん、子供たちを乗せたボートはぐんと曲がって高度を下げた。どうやら啓太とは違う塔の上に降りるらしい。あの子達にまた会えるといいな。啓太もまた、雪だるまの指示のとおり高度を下げながら、ひざの上に小さなぬくもりを感じていた。きらめく塔がせり上がるように啓太の目の前にある。他の塔の上は、もうたくさんの訪問客で一杯だが、その塔に降りるのはどうやら啓太のボートだけのようだった。ボートがぼすんと塔の上の雪だまりに突っ込むと、いかつい黒ひげを生やした大きな雪だるまが啓太を迎えた。『ようこそスノーランドへ。ようこそホワイトスノー城へ。』大きな雪だるまは深々と頭を下げお辞儀をした。木炭で出来た黒ひげが、わずかにその胸にめり込んでいた。続く更新が滞りがちで申しわけありません先週も雪の災害のニュースを見ました。このような状況で、ファンタジー小説とはいえ、雪の国の話を書くことに、罪悪感を覚えたりしましたが・・・。自然の厳しさ、恐ろしさ。その上でなお、自然の偉大さ。また、子供のころの憧れ。そんなものを表現したい、そんな気持ちで綴っていきます。どうかもう雪の災害が起きませんように。自然が人に優しくありますように。願いを込めて・・・。
February 19, 2006
月の海の上を滑っていく。スケート靴は飛ぶようなスピードで、啓太の足をどんどん運んでいった。『まるで魔法みたいだ!』啓太が感嘆の叫びを上げた。その声すら、耳元をびゅんびゅんと過ぎる風に、ちぎられ後方に押し流されていく。『ほら見えてきたよ!』目の前を飛んでいた雪だるまが声を上げた。青く照らされた氷の上に、何かががきらりと光って見えた。だんだんと近づくにつれて、それはキラキラと輝く、透明な塔の先端だということがわかった。『スノーランドの氷のお城だ。』お城は高い塔を中心に、左右に優美に伸びた棟を従え、遠くから見るとまるで、羽を広げ今にも飛び立とうとする白鳥の姿のように見えた。雪だるまと啓太は、まっすぐに城に向かっていった。やがて大きな白い壁が現れ、お城の姿がその向こうへ消えて見えなくなる。雪だるまはスピードを緩め、その壁に沿うようにして飛んでゆく。啓太のスケート靴も、ゆっくりと雪だるまのあとを追っていった。啓太は壁の天辺を仰ぎ見た。壁はとても高く、一番低い星の高さにまで届いている。横幅も、どこまでも伸びているように見えた。指先で城壁に触れると、硬く冷たい感触。それは半透明に凍りついた氷の城壁だった。啓太が滑りながら城壁の向こうを、透かし見ようとしていると声がかけられた。『こっちだよ!』雪だるまが大きな門の前で、立ち止まっている。啓太が近づくと、雪だるまは門の傍の小さな小窓を叩いていた。『はい。お待ちください。』がたがたと小窓が開き、中からぬっと白熊が顔を出した。雪だるまを見ると、白熊は小窓の脇のドアを開けて、ぺこぺこと頭を下げながら急いででてきた。『お帰りなさいませ。』それから啓太を、じろじろと珍しそうに眺めた。『異国の方をお連れですな。』雪だるまは、一枚の薄青いカードを白熊に渡した。『許可はでている。城門を開けてくれ。』白熊はカードを丹念に調べると、大きな口でにっこりと啓太に笑いかけた。『けっこうです。ようこそわが国においでくださいました。』白熊がドアの向こうに戻って、なにか操作をすると、ギシギシと凍りついた音を立て城門が大きく左右に開いていった。『ようこそ。スノーランドへ。』雪だるまが誇らしげに声を上げた。城門の向こうは、大きな通りになっていた。白い道は固い雪が、レンガのように綺麗に敷き詰められたものだ。その上を、一頭立て、もしくは多頭立てのそりが、トナカイや犬に引きずられ軽やかに走っていく。星のように輝く街頭。通りの両側は、10メートルを超えそうな雪の壁で出来ていて、その壁にさまざまなお店のショーウインドウが並び、通りすがりの人々を明るい光で店内へと招ねき入れていた。そっくり返ったペンギンの紳士。道端でギターをかき鳴らすふくろう。スケート靴のまま、よろよろと雪道を進む啓太を、オコジョが二匹、くすくすと指差し通り過ぎていった。『昼間はもっと賑やかなんだけど・・・。』雪だるまが自慢そうに声をかけてきた。『どうだい。けっこう開けた所だろう?』それから、赤や青のセロファンに包まれたお菓子が、山のように積まれているショーウインドウの脇を過ぎ、細い路地に啓太を誘い入っていった。そして、ひとつの扉に下げられた銀の鈴を高く鳴らした。 リン リン リン!待ち構えていたようにぱっとドアが開き、『いらっしゃいませ。』浅黒い肌とピンクの頬をし、ラッコのショールをかけたおばさんが、ドアを開けにこやかに二人を店内に引き入れた。ショールのラッコも眠りながら、もにょもにょと挨拶をしてよこした。『ご注文は?』『ええと・・・。』啓太はぐるりと店内を見回した。店内はとても暖かかった。ストーブが赤々と燃えていて、啓太は、雪で出来ている壁や天井が、溶けてしまわないのを不思議に思った。入ってきた扉の脇には、赤い花の柄のカーテンが下がっている窓。床には、木で出来た大きなテーブルに椅子がいくつも並べられ、ストーブの上には大きな鍋が、くつくつとおいしそうな匂いをさせていた。低いチェストには、浅黒い肌の子供たちと、どこか懐かしいような顔をした白ヒゲのおじいさんとの写真がおかれ、けれども、商品らしいものは何ひとつ見えなかった。『二人乗りのそりを頼むよ。』雪だるまが言うと、おばさんは困ったような顔をした。『あいにく、二人乗りは今日は予約で一杯でして。』『城から招待された特別な客を連れているんだぞ。』雪だるまが強く言うと、おばさんは揉み手をした手に目を落とした。『多頭引きならありますが。』『駄目だ。私は引き綱をもてないし、子供では多頭は扱えない決まりだ。』『そうは言いましても、他のお客さんの分をお渡しするわけにはゆきません。』雪だるまはいらいらと回り始めた。『仕方がない。他の店に行こう。だが、王様に申し上げて、この店の営業許可を取り下げてもらうからな!』おばさんは泣き始めた。『小さな子供が5人もいるんです。仕事を失くしたらどうしたらいいでしょう?どうやって食べさせてやればいいんでしょう?』啓太は我慢が出来なくなった。『ちょっと待ってよ!』不機嫌そうに雪だるまは啓太を見た。『スノーランドでは、小さな子供を飢えさせるような、そんな酷いことを王様がさせるの?!』雪だるまは、ぴたりと回るのを止めた。それから、ふうむと、腕を組み考え込んだ。『わが国に対して、外国で悪い評判がたつようなことがあったら・・・。』『そうだよ!スノーランドは最低の国だって言いふらしてやる!』啓太が必死に言うと、雪だるまはあきらめたように腕を解いた。『解った。さっきの言葉は取り消すよ。』おばさんは、ぺこぺことお辞儀をしながら、啓太に何度も礼を言った。『ありがとうございます。ありがとうございます。』そこへ、とんとんと軽い足音が聞こえ、幼い男の子が一人、眠そうに目をこすりながら階段を下りてきた。『かあちゃん。おしっこ。』おばさんは、あわてて男の子の手を取ると、それからはっとしたように啓太を振り返った。『申し訳ございません。ちょっとお待ちくださいまし。』男の子の用を済ませると、おばさんはニコニコと、頬を輝かせ戻ってきた。『失礼ですが、お客様は、ボートを漕ぐ事がお出来になりますか?』啓太は、ずっと以前に、お父さんと一緒にボートを漕いだことがあった。小さな啓太は、お父さんの股の間に座り込み、ボートの櫂を両手で握らせてもらった。そのときは、啓太の手ごとお父さんが櫂を握りこんでいたが、もう啓太は自分だけでボートを漕ぐ自信があった。啓太が頷くと、おばさんは、二人を店の奥に案内した。ドアを開けると、むっとする動物の匂いが立ち込める。見事な角をしたトナカイたちが、一斉に立ち上がっていた。『仕事かい?』中でも一番立派な角をしたトナカイが進み出ておばさんに聞いた。『いや・・・休んでるところじゃまして悪かったね。』おばさんが首を振ると、トナカイはカツカツと蹄を打ち鳴らした。『クロース殿にはくれぐれもと、おかみさんと子供たちのことを頼まれているんだ。遠慮はいらないよ。』おばさんは、優しくトナカイの背をなでた。『亭主がいれば、お客さんをそりでお送りすることも出来たでしょうが・・・実は年末に腰を痛めまして、今、春の国で療養中なんです。』おばさんはそういいながら、部屋の隅にあるカバーをぱっと取り払った。そこにあったのは、小さな小さな空色のボートだった。灰色に塗られた小さな櫂がふたつ、きちんとボートの中に並べておいてある。『今夜は、お城でパーティーが開かれますし、そりの貸し出しは、どのお店も予約が一杯だと思います。これは、うちの亭主が子供に作ってやったものですが、おもちゃとはいえ、作りもしっかりしていますし、御二方なら十分乗れる大きさです。もしよろしければ使ってやってくださいませんか?』雪だるまは、じろじろとボートを眺め、おばさんにいくらかと尋ねてみた。『これはお優しいご立派なあなた様方に、特別にお貸しするものです。お金はいただけません。』雪だるまは、すっかり機嫌を直したようだった。啓太はおばさんを手伝って、ボートを店の外に押し出した。『さ、早くボートに乗って!』雪だるまは啓太を促した。『だけど、どこにも水がないよ。』辺りには、ボートが浮かべるような川も池もない。それなのに、おばさんも雪だるまと一緒になって、啓太をボートに乗り込ませた。『しっかり、櫂を握って!』雪だるまが声を上げた。啓太はぐっと櫂を握りしめた。『肘を締めて、櫂を立てて!』おばさんも励ますように声をかけた。啓太は肘を締め、櫂をぐっと雪の道に突き立てた。『『そのまま。大きく漕いで!』』ぐっと櫂に力が加わり、ぐらりとボートの先端が揺れた。櫂が大きく回り、もう一度地面に向かったとき。もう櫂の先は雪に突き立てることは出来なかった。ボートはふわりと宙に浮かんでいたのだった。『休まないで!続けて漕ぐ!』雪だるまの声に、啓太はぐんぐんと櫂を漕いだ。『どうか。お気をつけて!』小さくなっていくおばさんに、啓太は大きな声でありがとうと片方の櫂を振ってみせた。とたんに、ぐらぐらとボートが揺れて、あわてて櫂を元に戻す。ボートは高く高く浮かび上がり。とうとう町の上にまで出た。そこは銀色に輝く一面の雪の世界だった。続く
February 12, 2006
『うわぁ!』ぐるぐるぐるぐると、こまのように回りながら、啓太は星星の歌声を聞いた。 ちいさき星 おおきな星 まわれまわれ 春の喜びを 夏の勇猛を 秋の思慮深さを 冬の気高さを 星がめぐり 季節が巡る 空と大地よ 人よ獣よ 歌が最後までゆきつかない内に、啓太の素足がさらさらとした冷たいものに触れた。そのとたん星星の歌が止んで、雪だるまのチリンという声がした。『着きましたよ!』啓太はいつの間にか、しっかりとつぶっていた目を恐る恐る開けてみた。『海?』啓太は、瞬きを繰り返した。確かにそこにあるのは海に見えた。けれどもそれは、啓太の足元の砂地を縁取るように、細かい泡が幾重にも重なって凍りつき、その先は大きくせり出し砕け散る形。緩やかなうねりの形。もっともっと先は、ただただ果てしなく広がる氷原だった。まるで時間が止まったかのように、海はその水平線の彼方まで凍り付いていた。啓太がぽかんと口を開けていると、雪だるまが、『ここが彼の有名な月の海だよ。』と教えてくれた。『月の海って・・・ここは月なの?』啓太は星で一杯の夜空を見上げた。そこには、普段見る月よりもっと大きな星があって、青い光を氷の海の遠くにまで降り注いでいた。『そう。そしてあれが地球だよ。』雪だるまが言った。啓太は驚いて息を止めた。頬を膨らまし口をすぼめ真っ赤になって、うんうんとがんばっている啓太に、のんびりした太い声が掛けられた。『何してるだ?』現れたのは、青い警官の制服のような上着を着込んだアザラシだった。『あんれまあ。めずらしいお客様で。』『へえっくしょん!!』寒さと息苦しさで我慢できず、啓太はおおきなくしゃみをした。アザラシは、フムと長いひげを前肢で押さえた。『これが地球流の挨拶ですかな?』それから、上手に啓太を真似て、へっくしょんとやったあと、満足げにぺちぺちと前肢を打ち鳴らした。『違うよ!これは寒くって・・・。』啓太は、はっと自分の口を押さえた。それから慎重に呼吸をしてみる。冷たくて澄んだ空気が、啓太の肺にどっとあふれた。『あれ?空気がある。』『もちろんですとも!』アザラシが、あきれたといわんばかりの口調で言った。おかしいなと思いながら、啓太は首をすくめぶるぶると激しく震えた。パジャマ一枚では、とてもさえぎれない酷い寒さだ。息を止めて真っ赤になっていた啓太の顔は、肌を切る様な冷たい風に、たちまち冷えて青白くそそけだっていった。氷混じりの砂に埋まった裸足は、指先までかじかんで痺れるように痛い。雪だるまはアザラシに向かって小さな手袋の指を振った。『海を渡る靴と毛皮を一着頼む。』『ほいよ。』アザラシは、砂地をよちよちと移動して、海辺に建っている小さな小屋の中に消えた。そしてすぐに出てくると、啓太にスケート靴と白テンの毛皮を差し出した。凍えきった啓太は、がちがちと歯を鳴らしながら毛皮の上着をまとい、かじかんだ指先で苦労してスケート靴を履いた。とたんにぽかぽかと、体の芯まで暖かくなって、啓太は固まっていた肩の力を、ようやくほっと抜くことが出来た。本当に暖かい上着だった。前はボタンでもファスナーでもなく、毛皮の紐を首の辺りと、腰の辺りで二つに結ぶようになっていた。ふわふわのフードも付いていた。それから、先っぽだけが黒い尻尾も。『ちょっと!もう少し緩く結んでくれない?これじゃあ脚が痺れちゃうよ。』頭の後ろから新しい声が聞こえて、啓太はぱっと振り返ったがそこには誰もいなかった。キュウイ キュウイ と笑っているような鳴き声が聞こえた。『誰?』啓太は、きょろきょろと辺りを見回す。『ここだよ。君が着ているだろ?』驚くことに、毛皮の上着がしゃべっていたのだ。フードの部分は、よくみると、まさしく白テンの顔そのものだった。小さな耳。きょとりとした黒い瞳。少し湿った鼻の頭。ぴんと誇らしげに立ったヒゲ。『・・・なんで上着になってるの?』啓太の言葉に、白テンの目がぴかりと光った。『仕事だよ。地球には毛皮の上着はないのかい?』啓太はあわてて、ぶんぶんと首を振った。『いや・・・そのう・・・地球の毛皮はしゃべったりしないから・・・。』『ふうん。無口な奴らなんだな。』啓太はそれ以上説明するのをやめた。注意深く、前脚と後ろ足を結わえなおすと、白テンの顎を自分の頭の上に乗せた。『準備は出来たかい?じゃあ行くよ。』雪だるまが、啓太の目の高さに浮かび上がりくるくると回った。『どこへ?』『聞いてなかったの?海を渡るんだよ。スノーランドへ行くんだ。』それからしばらくして、凍りついた海の上を、白テンの尻尾をなびかせ滑っていく啓太と、空中を滑って先導していく小さな雪だるまの姿があった。驚くほどの速さで小さくなっていく二人を、青い制服を着たアザラシがぽつんと一匹で見送っていた。続く
February 10, 2006
インフルエンザにやられちゃいました~(>__
February 9, 2006
『くしょん。』自分のくしゃみに驚いて、思わず啓太は目を覚ました。『寒・・・。』はみ出していた肩と腕を、暖かい布団にもぐりこませ、もう一度夢の続きを見ようとする。『啓太。朝よ。おきなさ~い。』とたとたと軽い足取りで、お母さんが階段を上がってきた。窓のカーテンを引く、しゃあっという耳を裂く音。啓太はますますぎゅっと目をつぶる。東向きの窓から刺す朝の陽が、眠たい啓太を毎朝たたき起こすのだ。けれどもその朝は違った。まぶたの裏に感じるのは、痛いほどの強い光ではなく、柔らかなぼんやりとした明かり。今日はお天気が悪いのかな・・・。うとうとしたままの耳に、お母さんの声が飛び込んできた。『だいぶ積もったわね。』とたんに、啓太は跳ね起きた。窓の外を見ると、そこは一面の白。『やったあ!』啓太は躍り上がった。『雪だ!雪が降ってる!』本当に、まるで羽のような白い雪が、ふわりふわりと空を舞っていた。啓太は凍ったガラス窓に、はあっと息を吐きつけ、パジャマの袖で磨き覗き込んだ。見慣れた景色が、いつもとはぜんぜん違ったものに見える。地面はふかふかの白いじゅうたんを引き詰めたよう。立ち並んだ家々は、生クリームを乗せたお菓子だ。電信柱は、大理石の柱になって、薄灰色の空を支えている。『早く着替えて降りていらっしゃい。』夢中になって外を見ていると、お母さんはさっさと台所に降りていった。啓太はマッハのスピードで、パジャマの上から、緑色のセーターに首を突っ込み、ズボンを引っ張りあげた。階段を下りながら、ケンケンするようにして靴下を履いていく。洗面所に入ると、お湯で濡らした片手で顔をこすり、もう片方の手で歯ブラシを口の中に突っ込んだ。『ちゃんと磨きなさいよ。』台所から聞こえるお母さんの声に、もがもごと返事を返しながら、啓太は全ての身支度をたった3分で終えていた。もちろんトイレも込みだ。台所に行くと、お父さんが不機嫌そうな顔でニュースを見ていた。『おはよう。』啓太はお父さんの向かいの椅子に座ると、トーストをぐいぐい口の中に押し込んで、息もつかずミルクで流し込んだ。『今日は早いな。』そそくさとお父さんは立ち上がった。片手をエプロンでぬぐいながら、お母さんがコーヒーのカップを運んできた。『あら。コーヒーいらないの?』『雪で電車がかなり遅れているらしい。もう出るよ。』お父さんは啓太に、勉強がんばれよと声をかけると、いつもはしない手袋をし、マフラーの裾をコートの襟にきっちりとしまいこんで、身を縮めるようにして会社に出かけていった。お父さんを見送ったお母さんは、困ったような顔をしてテレビと窓の外を見比べた。『早く止んでくれないかしら。これじゃあ買い物も大変だわ。』啓太は、目玉焼きの最後のひとかけらを、ちゅるんと吸い込みながら席を立った。『啓太も、もう学校へ出かけるの?』『うん。はやく行って校庭で遊ぶんだ。』子供は元気ね。そう笑いながらお母さんは、家を飛び出そうとする啓太に、厚手のコートを着せ、ふかふかの手袋を手渡した。ぐるぐると顔が半分隠れるくらいマフラーを巻きつけると、行ってらっしゃいと啓太を送り出した。学校へ行く途中で啓太は、しっかりと巻かれた白いマフラーで、ミイラ男のようになっている仲良しの哲に会った。『おっ。』哲は、ぐいっとマフラーを引っ張り下げると、欠けた前歯を見せてにかっと笑った。『早く行って遊ぼうぜ。』そういいながらも二人は、道端の雪溜まりに飛び乗ったり、塀の上の雪を手のひらでかき集めてみたり、ずいぶんゆっくりと歩いていった。ずくっずくっと沈み込むのが面白くて、わざと柔らかく積もった雪の中に、長靴だけ置き去りにしてみたりした。それで、ずいぶん早く家を出たはずなのに、学校に着いたときはすでに、校庭には降る雪に滲むように色とりどりの姿がいくつもあった。啓太も哲も、ランドセルを背負ったまま、その中に飛び込んでゆく。子供の高い笑い声が、雪に吸い込まれてわずかに散った。啓太は思う存分雪を楽しんだ。昼休みには、雪は止んで、代わりに暖かい日差しがさんさんと降り注いだ。雪はギラギラと、ダイヤモンドをちりばめたかのように輝きわたり、溶けた雪の表面は下になった雪の冷たさで再び固く凍りついた。その上を啓太たちは、スケートのように長靴で滑った。びっしょりと濡れた靴下と手袋の先の指は、真っ赤にかじかんでいたが、啓太たちは気にも留めなかった。汗ばむほどの暑さを感じて、コートもマフラーも何時しか丸めて脱ぎ置かれた。学校が終わったら雪だるまを作ろう。飛んできた雪だまを、体をひねってよけながら、カーブをつけて手の中の雪だまを敵に投げつける。もう一度雪だまを作ろうと手を伸ばし、じゃりっと指を立て雪をかき集めた。顔を上げると、水溜りで、はでに尻餅をついた哲が見えた。下校すると、啓太はさっそく庭の雪で、雪だるまを作ろうと思った。けれども暖かな陽気は、すでにあらかたの雪を溶かしてしまっていた。日陰に残った雪をかき集め、啓太はどうにか雪だるまをひとつ作った。それはなんだか泥だるまのようだった。『あ~あ。雪国に住めたらいいのに。』がっかりしている啓太に、お母さんは苦笑した。『なにいってんの。雪国の人は大変よ。雪で家は押しつぶされそうだし、交通は麻痺しちゃうし。』第一寒くてしょうがないわ。そう言いながらお母さんは、濡れそぼった啓太をお風呂場に押し込んだ。『お母さんは、雪だるまとか作りたいって思わないの?』啓太が聞いたけど、お母さんには届かなかったようだ。『なあに?なんか言った?』ひょいと顔だけ覗かせたお母さんに、なんでもないと首を振って湯船に浸かる。痺れるような熱めのお湯が気持ちいい。その晩、啓太はいつもより早めにベッドに入った。散々遊んで疲れていたので、枕に頭をつけるかつけないかのうちに寝入ってしまった。部屋の中は静かだった。布団がゆったりと、波のように上下に揺れている。わずかな寝息がそこから漏れるばかりだ。 チリン!チリン!チリン!鈴の音が部屋に響いた。目覚ましなんてかけたっけ?眠い目をこすりながら啓太は、あたりをきょろきょろと見渡した。するとチリンチリンという音が、だんだん言葉のように思えてきた。『急いで!急いで!始まっちゃうよ!』突然はっきりとした声が聞こえて、啓太は驚いて布団を跳ね飛ばし起き上がった。窓の傍の勉強机の上に、胸に青い星の形のビーズをつけた、手のひらに乗るくらいの小さな雪だるまが、くるくると踊るように回っていたのだ。『へえ。面白いおもちゃだな。』啓太は傍によると、雪だるまの頭をちょいちょいと突いた。『なんだって?おもちゃだって?由緒正しい、スノーフェアリー家のこの僕が?!』とたんに雪だるまはキーキーと叫びだした。啓太は目を丸くして雪だるまを見つめた。『フェアリー?妖精ってこと?』雪だるまは、エッヘンと胸を張った。あんまりそっくり返ったので、頭が転がり落ちそうになったくらいだ。『そうさ、雪女は僕の母上の叔母だし、ハトコにはイエティだって一人いるんだぞ。』雪女に、イエティ?啓太の思っていた妖精とだいぶイメージが違う。『とにかく急いで!早く出かけないと遅刻しちゃう!』『どこに行くの?』ああもう!と、じれったそうに雪だるまは跳ねとんだ。粉になった砂糖のような雪がちらちらと落ちた。『まったくどうなってるんだ?!こっちはちゃんと依頼どおりに来たって言うのに。依頼人が覚えがないなんて!!』 バタン!締めておいたはずの窓が開いて、ごおごおと風が吹き込んできた。依頼はキャンセルなんだねと、雪だるまはくるくると空中に舞い上がった。『待って!!』顔に当たる風に必死で目を凝らしながら、啓太は白い小さな姿に手を伸ばした。伸ばした啓太の指先が、雪だるまの胸元の星に触れた瞬間。啓太の足が宙に浮いた。ごおごおと耳元で吹き荒れる風。それは円を描きながら、啓太の体を捕らえるように巻き上げた。そのまま窓の外へ、そして空に向かって、啓太の体をコマのように回しながら運んでゆく。『スノーランドへ!』雪だるまが叫んだ。啓太の周りで、たくさんの星がぐるぐると回り始めた。続いてしまいました~。中篇ファンタジー小説です。続きのアップは明日予定です。どうぞお付き合い下さいね(^_^)*『雪の国』のファンタジーですがサンタは出てきません。書いているのが2月、しかも立春ですから・・・。
February 4, 2006
*『悲流子 上』の続きです。奈美子はだんだんと、関係者に怒られるのとは、別の意味で怖くなってきた。この薄暗い場所で、自分はたった一人で、裸というまったくの無防備な状態なのだ。戻ろうかしら?奈美子は後ろを振り返った。もう夫は湯から上がり、休憩室でビールでも飲んでいるかもしれない。そのとき、下のほうから、ばしゃんと水音が聞こえた。とたんに、小さく低いが、今まで聞こえなかったのが不思議なほど、がやがやと人のしゃべる声が聞こえてきた。『まるで生き返るような心地だねえ。』くすくすと笑い声。『それにしても、もっと入り口をわかりやすくすりゃいいのに。』『そりゃ。秘湯だから。』奈美子はビクビクしてた自分が可笑しくなった。それから、この施設のオーナーに腹がたった。そうよ。入ってもいいなら、もっと解りやすくしてよ。あんな入り口じゃ誰も気がつかないわ。奈美子はようやく階段の下にたった。そこはぽっかりと開いた、湯だけで満たされた空間だった。黒々とした湯は、腰までの深さで少しぬるりとしている。これが源泉なのだろうか?『おや、若くてずいぶん綺麗な人が来たよ。』『本当だ。』固まるようにして入っていた数人が振り返った。3人の年寄りと、一人年若い女が入っている。『お邪魔します。』なんとなく遠慮がちに肩まで湯に浸かると、3人の老婆は奈美子の傍まで、しぼんだ腕で湯を掻き分けるようにしてやってきた。『ご旅行かい?』老婆の一人が、黒ずんだ歯茎を見せてたずねた。『ええ。皆さんはこの土地の方ですか?』奈美子が問うと、老婆たちは顔を見合わせてくすくすと笑った。『いんや。私らは下の方からだよ。』この温泉のある山村より下の村という意味だろうか?『この肌。若くて生気に満ちてていいねえ。』突然、老婆の一人に腕を取られて、奈美子は思わず悲鳴を上げそうになった。ぶよぶよとした、なんともいえない感触が肌を波立たせる。奈美子はどうにか悲鳴を飲み込んだ。老婆たちは、まるでミイラのように見えた。ぽっかりとくぼんだ眼。内側に引っ張られているような頬。灰ピンク色の頭皮には、ちょぼちょぼと白髪が生え、筋のようになった首から骨ばかりになった肩に続く。唯一脂肪が残っているのは、垂れ下がりしぼみきったふたつの乳房だけだ。曖昧な作り笑いを口に上らせて、皆さんもお若いですよといえず、声を詰まらせた奈美子を見て、老婆たちは揃ってけたけたと笑いだした。やっと離された腕を、気がつかれないように、奈美子は反対の手でそっとさすった。湯の中でも鳥肌が立っているのが解る。一人の老婆の声が掛かる。『若いもんは、若いもん同士。あたしらは、そろそろ出るかえ?』老婆たちが揃って、湯をはねながら立ち上がった。ちりちりと音を立てて電灯の光が弱くなり、明かりがついたり消えたりを繰り返した。ぱちぱちと瞬きを繰り返す間に、また電灯は元の明るさを取り戻し、ぼんやりと湯船を照らしだす。そのわずかな間に、いつの間にか老婆たちの姿は消えていた。奈美子は階段を見上げた。ただ見えるのは湯煙ばかり、後は闇に溶け込んで何も見えない。耳を済ませてみたが、老婆たちの話し声も、足音のひとつも聞こえてこない。どこかほっとした気分で、奈美子は肩の力を抜いた。ぬるぬると温かい湯が体を包み込む。最初は違和感があったが、だんだんとそれが心地よいものに感じてくる。『まるで母親の胎内のようだと思いませんか?』かけられた言葉より、その声に、今度こそ奈美子は悲鳴を上げた。残された若い女と思ったのは、細く白い肩に髪を散らした若い男だったのだ。奈美子はパクパクと声もなく口を開け、湯の中で身を守るように自分の体に腕を回した。『驚かせてしまいましたか?』男は申し訳なさそうに、首をすくめ、それからほんの少し笑って見せた。『そんなにあわてなくても、こんな濃い色の湯の中、まして明かりもこうですからね。大丈夫。見えませんよ。』そうは言われても、奈美子はあまりのショックに言葉も出ない。『困ったな・・・ああ。じゃあ僕は先に出ますので、あなたはゆっくりしていらっしゃい。』男は背を向けて立ち上がろうとした。それに奈美子ははっと我にかえった。『ここって女湯・・・。』男は、背を向けたまま答える。『いえ。ここは混浴ですよ。』『え?でも、この階段の上は確かに。』奈美子は男から視線をはずしながら、あたりを見渡した。階段はひとつしかみえない。どこかに男湯からの入り口があったのだろうか?黒々とした岩壁に、上にあったような戸があるのかもしれない。『ああ・・・あなたは上から来たんですね。』男は納得したような声を出した。『まったく。きちんと入り口に混浴だって注意書きぐらいすべきだ。』じゃあといって、湯から上がる気配を奈美子は思わず引き止めた。『いえ。私が・・・上がりますから。』『いや。僕が出ますよ。あなたはせっかく来たんだし、もう少し浸かってらっしゃい。』優しく子供に言うような声音で言われて、奈美子は取り乱した自分が恥ずかしくなった。落ち着いてみれば、黒々とした湯に沈んだ体は、自分自身ですらほとんど見えはしない。見知らぬ他人に、まるで痴漢扱いするような失礼な態度をとってしまった。『その・・・すみません。つい驚いてしまって、もう落ち着きましたので。』男は小さく声を立てて笑った。『やあよかった。僕も驚きましたよ。』ざぶんと湯をはねる音をさせてから、男のふうというため息が聞こえた。『あなたさえよければ、もう少し僕も浸からせてください。なんせ、すっかり冷たくなってしまってね。』ええどうぞと、奈美子は答えるしかない。ちゃぷんちゃぷんと揺れる湯の音。それに、じりじりという電灯の音しか聞こえなくなった。沈黙に耐えかねて、奈美子は男に声をかけた。『あなたも、先ほどの方たちと同じところからいらしたんですか?』『ああ・・・あの婆さんたち。よく下のほうから来るんですよ。僕は今回初めて連れてこられましてね。』『その・・・ここって子宝の湯で有名なんですよね?』くすくすと笑う声。『なんで、婆さんたちや男の俺が来るって?』奈美子はあわてた。また失礼なことを言ってしまったのだろうか?『母体回帰願望かな?』婆さんたちは知らないけどね。俺は・・・と男は答えた。『ここは、まるで母親の胎内のようだと思いませんか?』最初と同じ問いが奈美子にかけられた。薄暗い岩壁に包まれた空間。ぬるりと体を包み込む温かなお湯。どこか甘い香りのするような湯煙。緊張が湯に溶け出していき、代わりになにか柔らかい快感が体を押し包む。奈美子はわずかに体をくねらせ、ええと声に出して頷いた。『ずっとここにいたくなる。』男は言った。『のぼせちゃいますわ。それに赤ん坊なら生まれてこなくては。』奈美子は、湯煙を思いきり吸い込んだ。頭の芯まで温まっていくようで、ぼんやりと夢見心地になっていく。『あなたなら、いい母親になれそうだな。』男の声もぼんやりと聞こえた。ええ・・・そう。きっといい母親になってみせる。奈美子は黒い湯を抱きしめた。温かな感触がぬらぬらと、毛穴の一つ一つを侵食する。ぞくぞくと粟立つ快感に、奈美子の息が詰まる。『僕はね。ずっといたかった。母親に望まれてないのが解っていたから。だったらずっと、母の温かい胎内の中でそのままでいたかった。だけどね。無理なんだよね。僕は壊され、無理やり引きずり出された。』姉さん・・・と男がささやいた。いつの間にか、目の前にあった顔は、驚くほど奈美子によく似ていた。けれども奈美子は、陶然とした視線を男に当てるばかりだ。細い鼻梁も、ぷっくりとした唇も、大きなアーモンド形の目も同じ。ただひとつ違ったのは。男の瞳は不思議な色をしていた。黒々とした虹彩を、灰色の輪が囲んでいる。『母さんが、胎内にいる姉さんと僕のうち、姉さんだけを選んだとき、僕は恨まなかったよ。そのまま母さんの中で母さんと一緒になりたかった。』生まれてこなくては・・・甘い快感に痺れる意識の中で、もう一度奈美子はつぶやいた。黒々とした湯が、いつの間にか這い上がるように、奈美子の肌を滑って、そのむき出しになった肩を、首を、顔を、つややかな髪の一本一本まで覆っていった。ごぽりと奈美子の喉を湯が下った。黄色い電灯がふっと消えた。奈美子が、休息所になっている畳敷きの大広間に行くと、夫がすでに赤くなった顔をしてビールで粟立つコップをあげて見せた。『ずいぶんゆっくりだったな。いいお湯だったか?』こくりと頷いた奈美子の肩に濡れた髪が散っていた。『まだ、髪が濡れてるじゃないか?風邪引くぞ。』大丈夫だというように、もう一度おとなしく頷いてから、奈美子は夫に言った。『はやく生まれるといいな。』夫はにやりと笑って、それから、奈美子の耳元でささやいた。『それでは奥さん。今夜から子作りに励むとしますか?』奈美子はゆっくりと、自分の腹部を優しくなぜた。『子宝の湯なんだから。』『おいおい。ずいぶん気が早いなあ。』まんざらでもない顔で夫がつぶやく。『可愛い赤ちゃん。のぼせちゃう前に、ちゃんと出て来るのよ。』小さく歌うように声をかけながら、奈美子はゆっくりと自分の腹を撫ぜ続ける。その瞳の虹彩には、黒に灰色の輪がぐるりと囲むようについていた。
January 29, 2006
はだけた胸元の汗を拭いながら、脱衣所の脇に設けられたデッキに出て、冷たい空気に火照った体を晒した。体中から白い湯気が上がる。湯気が上っていく先には、降るような星をちりばめた暗黒。『あっ。』奈美子の喉から声が漏れた。白い星がひとつ。瞬きひとつする間もなく、滑らかに落ちていったのだ。『願い事なんて、とてもする間もないわ。』奈美子は小さくつぶやいた。微笑みながら、無意識に自分の下腹部に手をやった。『星が流れるのは、人が死ぬときだっていうけどね。』すぐ傍らから聞こえた言葉に、奈美子は思わずその美しい眉をしかめた。そこにいたのは、大判のバスタオルを巻きつけた、太った中年の女だった。女は奈美子を見ると、決まり悪げに笑って見せた。『聞こえちゃった?』それからあわてたように言葉を継いだ。『ごめんなさい。もしかしておめでたかしら?』奈美子は表情を緩めた。『いいえ。子供はまだ。』そう。まだこの胎は空っぽだ。でもきっとすぐ。奈美子の頬に笑みが浮かんだ。昨夜は、そろそろ子供を作ろうかと、夫と甘いひと時を過ごした。『じゃあ。ここの温泉に祈願しに来たのかしら?』女の言葉に奈美子は赤くなる。ここの温泉は『子宝の湯』で有名なのだ。『ここも昔は寂れた温泉で、私らのような地元の人間しか来なかったけどね。今じゃあ。ジャグジーだの温泉プールだの、高級エステまである立派なもんになったからねえ。』この辺りが数年前まで寂しい農村だったこと、この温泉に大きな観光事業社が目をつけたこと、温泉中心の大規模なレジャー施設開発。村の賛成派と年寄り中心の反対派の争いが耐えなかったこと。女はぺらぺらとしゃべり続けた。しゃべりを止めたのは、女の口が、くぴゅんとたぷついたくしゃみを漏らしたからだ。『あら冷えちゃったわ。もう一度温まってこよう。』そうそう・・・脱衣所に戻りながら女は言った。『本当に子宝を授かりたいのなら、源泉の湯を浴びたらいいわ。消毒の為か知らないけど、塩素なんざ混ぜてある湯じゃ駄目よ。』え?と聞き返そうと思ったときは、女の姿は白い湯気の立つ脱衣所の人ごみに消えていた。奈美子は自分の肩に手をやった。すっかり冷たくなっている。自分ももう一度温まろうと、奈美子は温泉場のほうへ足を踏み出した。脱衣所をはさみ、南国リゾート風の温泉プールとは逆方向に、和風の温泉施設がある。ジャグジー、寝湯、電気風呂、酒風呂、日替わり薬湯、サウナ、ミストサウナ、水風呂に加え、外には、大露天風呂が広がり、打たせ湯、足湯、岩風呂、ヒノキ風呂までも備えてある。そのまた向こうに洞窟風の温泉があり、それがここの名物である『子宝の湯』だ。けれども『子宝の湯』は、湯が高めの温度で洞窟内が蒸している為か、ここで長湯をするものはいないので、さほど人で混みあうことはなかった。奈美子が入っていったときも、二人若い女が浸かりながらおしゃべりをしていたが、入れ違うように湯を出ていったので、洞窟内にいるのは奈美子一人だけになった。洞窟内は、薄暗い黄色い電灯が、ぽつんと岩肌に吊るしてあるだけだ。ここだけ喧騒も静まって、湯煙に隠れて入っている人の姿も、外からは定かではないだろう。奈美子は、なんとなく楽しくなった。明るく現代的な施設の片隅に残された本当の秘湯。入り口にある小さな石の碑は苔むし、彫りも擦れて何が記されているのかも解らない。だがその傍には、ヒノキの板に黒々と『神代子宝の湯』と書かれてあった。『神代・・・だったら、神様も浸かったってことかしら?』奈美子はくふんと含み笑いを漏らした。半腰で湯の中をそろりと後ずさり、岩肌に背を預けゆったりと手足を伸ばす。黒い岩肌は、湯気でぬらぬらと濡れている。ひんやりとした感触で、痺れるような熱い湯に浸かる体には心地よい。気持ちいい・・・奈美子は目を細めた。久しぶりの休暇、久しぶりのレジャー。久しぶりの温泉。また明日からは、夫婦共働きの忙しい日々が始まる。けれども、春になったら・・・奈美子は思った。このあたりは桃農家が多いそうだ。春には一面ピンク色の桃源郷になる。また、ここに来てもいいな。その頃には・・・。もう一度、平らな腹部をそっとさする。まさか、そんなにすぐに効いたらそれこそ神様の湯よね。奈美子はざぶりと湯から立ち上がった。あまりここにいると、のぼせてしまいそうだ。立ち上がった、奈美子の首筋にすうっと空気が触れた。おや?と奈美子は洞窟内を透かし見た。風は洞窟の外からではない。洞窟の中から確かに流れてきたのだった。洞窟は薄暗いが、さほど深いものではない。空気がさあっと吹き抜けて、そのとき湯煙が一瞬晴れた。洞窟の奥の岩肌が、大きな三日月のように割れている。そこから風が吹いてくるのだ。なんだろう?美奈子は近づいてみた。岩肌に、岩そのものを切り出して作ったような戸があった。少し開いていて、風はそこから吹いてくるのだ。よく見ると、戸に『源泉』と小さなプレートがはめ込んである。『本当に子宝を授かりたいのなら・・・。』脱衣所であった中年女の言葉が蘇る。この奥に、本当の源泉があるのだろうか?戸の隙間から、中を覗いてみた。中は洞窟と同じ。薄暗い黄色の電灯が湯煙を照らしている。戸のすぐ内には、石造りの階段が下の方まで続いているようだ。奈美子はちらりと回りに目を走らせた。『別に、立ち入り禁止とも書いてないし、いいわよね。』引き戸になっている戸は、かなり重かった。『作りが悪いのかしら?』奈美子は、ちょうど自分の体が通るくらいのあたりで、ふうと息を吐きそれ以上開けるのをあきらめた。体を戸の内側にすべり込ませ、奈美子は恐る恐る階段を下っていった。『もし、関係者の人に見咎められたら・・・。立ち入り禁止ってしとかないのが悪いのよ。入り口は開いてたんだし。こっちは客よ。ビクビクすることはないわ。』時折下から風が吹きぬけるが、周りは湯煙で満ちていて心地よく暖かい。階段は思ったよりも、ずっと急でずっと長かった。このわずかな照明では、湯煙と闇に消されて、先の方はほとんど見えない。風が一時的に湯煙を払っても、まだまだ続く階段が見えるだけだった。すみません。10000字超えたので下巻に続きます(^_^;)
January 29, 2006
『オイ話が違うぞ!』低く恫喝する響きで太った男が唸った。『手に入れろといったのは金のはずだ。これはただの銀じゃないか!』『それしか手に入らなかったんだ。』恫喝された痩せた男はおどおどと、無意識に自分のポケットに手をやった。『おい。』にやりと太った男が痩せた男の手を掴んだ。『そのポケットの中を改めさせてもらおうか。』痩せた男はとたんに、じりじりと後ずさりする。『待ちな!』くるりと走って逃げようとした痩せた男の腕を、太い指が捉えねじりあげる。もう片方の手が、痩せた男のポケットの中に突っ込まれた。『や、やめてくれ・・・。』半泣きになりながら、痩せた男が太った男の手に渡ったものを取り返そうともがいた。太った男は、自分の手の中にあるものを見ると満足げにうなずいた。『銀が六っつか・・・金じゃなかったのは残念だが、これさえあれば。』『ま、待ってくれ!そ、それをとられたら俺は・・・。』必死で痩せた男は、太った男の脚にすがりついた。太った男は、こともなげに痩せた男を蹴り飛ばすと、ひとつだけ銀を投げてよこした。『それはお前の取り分だ。』『そ、そんな・・・手に入れたのは俺なのに・・・。』がっくりとうなだれた痩せた男を尻目にして、太った男は意気揚々と口笛を吹きながら郵便局へと向かって行った。この銀で物と交換できる。だがぐずぐずしていれば、強力な追っ手がかかるかもしれない。早く手配を済まさねば・・・。数日後、無事、問題の物は太った男に届けられた。だが、それは太った男の手には入らなかった。『武!また弟のものを勝手に取ったわね!』男の母親が悪鬼の顔で、6歳の息子の手から物を取り上げたのだ。『ごめんなさい~ごめんなさい~。』お尻を叩かれている兄の後ろで、弟が幸福そうにおもちゃの缶詰を手にしていた。*教訓 天使はよいこの味方です。久しぶりにショート小説・・・う~ん。いまいち調子が出ない。頭が長編モードに切り替わったままです。昨日書いてた小説は、無駄に長くなったのでお蔵入り・・・。おまけに昨夜サーバー落ちしてしまいました(泣)
January 27, 2006
今日、本屋さんに行ったら、久しぶりに、私の大好きなコミックが出ていました。須藤真澄さんの『ゆずシリーズ』最新作。『長い長いおさんぽ』です(=^・^=)『ゆず』と言うのは、作者さんが実際に飼われているしま猫。なんとなく、こにゃんのようで、毎回楽しみにしていました。*以下の文は、ほんのちょっとネタバレ含みます。さて今回の『長い長いおさんぽ』は・・・。『ミャウリンガル』って皆さん知ってます?猫の言葉を人間の言葉にする翻訳機。犬語翻訳機もありましたね~。その信憑性はともかく、おもちゃとしては楽しそう。さてさて・・・。作者もさっそく『ゆず』に・・・と思いきや。なんと。生活音や人間の言葉は、猫にはどう聞こえているんだろう?と、それを猫語に翻訳しちゃったんです。 トイレのドアを開ける音→好き好き好き~(猫語) お水を流す音→すりすりさせてよ~(猫語) 猫カリご飯をお皿に盛る音→今夜も絶好調!(猫語)という具合・・・特に笑っちゃったのが、水道の蛇口をひねる音。やかんが沸騰する音も、お湯と一緒に笑いが噴出しちゃいます。さてなんて聞こえたのでしょう?これ以上のネタは内緒♪ ←ミャウリンガル ←こっちはワンコ用(バウリンガル)*【誤解を招くと困るので追加投稿です。『ミャウリンガル』(バウリンガルも)本文中にありますように、あくまで『おもちゃ』として楽しんでください。可愛いペットをわかって上げられるのは、飼い主さんの愛です♪】そんな『ミャウリンガル』ネタ以外にも、猫ダイエットの話や、お留守番の話など、楽しい話が盛りだくさん。いつものように最後まで、笑わせてくれるのかと思ったら・・・。今回は『ゆずとの最後の日々』の話。老境に差し掛かっても、オマヌケで可笑しく、元気一杯だったゆずとの思いがけないお別れ。読みながら本気で泣いちゃいました。こにゃんとのお別れもいつかくるんだなって思ったら・・・。作者も悲しみ呆然としながら、ゆずと最後の『長い長いさんぽ』にでます。『ごめんね』としかいえなかった作者が、最後の最後に『ありがとう』『元気にやっていけそうだよ』と思ったとき・・・どんなことがおこったのでしょう?とにかく、とても笑えて、とても泣けたコミックでした。漫画と小説との違いはあるけど、私もこんな暖かい作品を作りたいな。そうそう・・・小説アップは、明日の予定です。今回は猫話でもなく、ショート小説ですが、皆さんに読んでいただければ、とても嬉しいです。
January 25, 2006
12月19日の日記 で紹介した3分ダイエット。1ヵ月たったので・・・中途報告をしようと思います。結果は・・・? ジャ~ン!体重は・・・1.2キロ増(;_;)う~ん。クリスマスと、お正月を挟んだし・・・仕方がないのだろうか?せめて体重維持したかったよぉ。このダイエットは失敗か?とりあえずサイズも測ってみました。(体脂肪計は持ってないので)ちょっと失礼して、鏡の前で脱ぎ脱ぎ脱ぎ・・・(目に猛毒なのでモザイク) バスト 1・9センチアップ!(なんで?) ウエスト 3センチ減!(おおおっ♪) ヒップ 2・8センチアップ!(アレレ?)ますますよく解らない結果に。あくまで主観(希望?)ですが、全体的に弛みつつあった体のお肉が上がってるような・・・?バストやヒップのお肉も、増えているというより、下がっていたお肉が上がった感じです。特に、なくなりつつあったお尻のポンが復活してるよ~♪二の腕のサイズも、元を測ってなかったのですが、たるたるの部分が少なくなった気がする?でも、まだまだ効果あり!とは言えないですね。これくらいのサイズや体重の違いだったら、もしかしたら他の原因かもしれないし・・・。引き続きがんばって、またご報告します(^_^)でもこれ・・・3分とはいえ辛いです。身内トトでは、しましまが続くのは3ヶ月だそう。悔しいな・・・でも当たってるかも・・・。3ヶ月たっても効果なければやめちゃうだろうし、効果があったら安心してやめちゃいそう(汗)根性の贅肉取るのはなかなか大変です。そうそう・・・筋トレダイエットには、お水をたくさん飲むのが筋肉太りしないコツだそうです。しましまは、ただのお水を、一日1.5リットルは飲んでます。
January 22, 2006
皆様。あけましておめでとうございます~\(^o^)/昨年中は、しましまの小説を読んでくださってありがとうございました。まだ読んだことないよ~という方も、ご訪問ありがとうございます。この機会に、是非是非ご一読くだされば幸いです。今年も長編やショート小説。いろんなものをたくさん書いていきたいです。下手な小説でも、いくつも書いているうちに進歩はあると信じて。そしてしましまは、この新年。ここに宣言しちゃいます。いつか、しましまの書いた小説が、店頭に並ぶようになりたい。つまり・・・プロになりたい。もちろん、しましまの小説が、とてもそんなレベルじゃないことはよく解ってます。でも、まだまだ人生は長いんです。今は無理でも10年後は?20年後は?30年、40年、50年後は?ずうっとずうっと、おばあちゃんになっても、小説というのは死ぬまで書ける。若いときには、若いときにしか書けない小説があるように、平凡な子持ち主婦のしましまにも、今このときにしか書けない小説がある。おばあちゃんになったしましまにも、そのときの小説があるはず。そんな風に思うようになったのも、ブログを通じてですが、自分の作品を人に見てもらうことが出来たから。小心者のしましまには、もしブログというものがなければ、書いた小説も、自分で読んでしまっておくだけ。恥ずかしくて、一生誰にも見せられなかったでしょう。でも、こうしてここで皆さんと出会って、人に読んで貰う喜びを知ることが出来ました。そして、もっともっとたくさんの方に、自分の生み出した小説を、読んでもらいたいと思うようになりました。だから、同じ小説書きを目指す方々、がんばりましょう(^^)vそして、そんな素人小説を読んでくださっている方々、あなた方が、私たちを育ててくださっているんです。応援、感想、批判、これからもよろしくお願いします。ただ、黙って読んでくださるだけでも・・・。今日は、何人の方がいらして読んでくださったと、とてもとても励みになります。今年中に出来れば思い切って、小説を応募してみるというのが第一目標。人に自分の作品を見られるというのは、とてつもなく勇気がいること。鼻で笑われたらどうしよう?このおばちゃん、アホじゃないか?って思われるかも・・・。そんな心配で、今も思わず身もだえしてます。どうか、そんなへっぴり腰のしましまの背中を押してください。こんなんじゃ無理だ。という、正直な感想もお待ちしています。自分自身というものは、なかなか自分じゃわからないものなので・・・。とにかく今自分にできること。それは小説を作ること。新年を迎え、新たな気分でさっそく創作を開始します。これからもどうかお付き合い下さいね
January 5, 2006
とある秋の日、家事も一通り終わって、桃と楽しい食事♪(その日はおでん)さてと、小説書きでもと思ったら、 ピンポーン!宅急便やさんがやってきました。二枚目のクロネコのお兄さんが、ホストのような笑顔で差し出したのは、100本のバラの花束ではなく、何を隠そう楽天で買ったダイエット運動器具でした。そうだよ。これこれ~待ってたよ~ん♪普段、食事も腹八分目だし、栄養にも気をつけてる。中国茶とか飲んで、こっそりサプリも飲んでみた。それなのに『痩せたい。』と言い出してから、かれこれ何年もたっている気がする。(遠い目)もう出産前の体重は夢なのか?!(主人談「詐欺だ。」)それにしても、あとせめて3キロ。どこかの肉屋で引き取ってもらえないものか? そこで、しましまは考えたわけです。『運動だな・・・こりゃ。』早速ウォーキングはじめてみました。最初はよかったの。そんなにピッチを上げたわけじゃないから、散歩気分で楽しめました。そう・・・過酷な猛暑が訪れるまでは・・・。『夏の間は、きっと夏痩せするし、サボってもいいか~。』そう思ってやめちゃいました。そうして、当然ながら、夏痩せはしないのですね。世の中甘くないものです。(しみじみ)涼しい秋が訪れて、さて気分も新たにウォーキング再開。・・・とならないところが、わたくし悲しい人間です。サボる日が歩く日を大幅に超えだし、『秋が来て飽きちゃったのよ~。』と、アンニュイにほざいてみたところで、ダイエットの神様に同情されるわけはない。天高く馬肥ゆる秋も深まり、ぐずぐずするうち、鍋物が美味しい冬が到来しちゃう。冬眠する動物は、秋のうちにせっせと肥えて、あとは寝て過ごせば、スリムな春が待ってるのね。私も冬眠してみたい。そう思って、猫とコタツにもぐりこんでも、しましまの春は、永遠に来ないでしょう。 ちなみに、ムーミンも冬眠するそうです。 春になる頃には、すっかりスリムになるムーミン。 でも、あっという間におなじみの体系になるのは、 あれも一種のリバウンドでしょうか? そんなある日、ふと目にとまった、ひとつのネット広告。『韓国で大ブーム 一日3分のトレーニングで 理想の体形に。二の腕、腹筋、太もも、ヒップが同時に鍛えられます。』確かこんな広告だったと思います。う~ん。たった3分で?韓国で大ブーム?・・・すっごく胡散臭い。そのうち粗大ごみになっちゃうわよ~(笑)そう思いながらも、つい買ってしまったのですね。(別にチェ・ジウになろうと購入したわけではない。)でもね。ちょうどそのとき、しましまは、股関節を痛めてしまったのです。テレビを見ながら、ヨガのポーズのように胡坐を組もうとして、ぐぎっと・・・。面倒だから、医者にもなかなか行かなかったけど、さすがに筋トレはまずいよね。そう思ってせっかくのダイエット運動器具は押入れに、そのままいつの間にか忘れられ・・・。ふと気がつくと、季節も移り変わり、忘年会にクリスマス会にお正月。これから、太る行事が目白押しじゃないですか。でもせっかくのイベント。やっぱり美味しいものは気分よくいただきたい。そういうわけで、しましま。筋肉トレーニングにチャレンジです。梱包をバリバリと上品に剥き、すぐ組み立てちゃいました。説明書を読むと、いろんな運動の仕方があって、どこを引き締めたいかによって違うそう。二の腕・・・プルプルが気になるよね。腹か~。うっ・・・つまめる・・・(;_;)お尻、太もも・・・境目がああああぁ。面倒だし、全部一度にやれるほうがいいよね。そうして、しましまが選んだコースは、一番しんどいものでした。(でも3分)・・・・・・・・・・・・1分後。ひいひいひい・・・(>_
December 19, 2005
今日は久しぶりに美容院に行ってきました(^_^)新装オープンしたお店で、全メニュー50パーセントオフ。これを逃してなるものか~(笑)今回は縮毛矯正とカットです。カラーリングもしてもらいたかったけど、縮毛して、すぐ毛染めすると痛むのよね・・・。最低二週間あけたほうがいいそうです。しましまの毛はねこっ毛で、くるくるあちこち飛び跳ねちゃう髪質。雨の日なんか、どばあっと広がってしまう(T_T)初めて縮毛矯正したときは感動ものでした。どんなトリートメントや、ムースなんかを使っても、すぐに絡まってしまう髪が、さらさらすべすべの憧れのストレートヘアに(^_^)ストレートパーマをかけたこともあるけど、ぜんぜん毛質が違いますね~。天使の輪っかが美しいわぁ♪カットは毛先をそろえたくらいなので、今までとあんまし変わらない。もう少し長く伸ばして、今度はデジタルパーマに挑戦しようと思っているのだ。デジタルパーマって、縮毛矯正と同じ原理で出来ているのだそう。だから、たとえば根元はストレートに、毛先はまるで、カーラーで巻いたような巻き髪に出来ちゃう。しかもお手入れは、ドライヤーで乾かしながら、指でくるんくるんと癖付けするだけでOK。朝忙しいときでも、ぶきっちょさんでも、毎朝綺麗なカールヘアなんて夢みたい・・・。でも施術がけっこう難しいそうなので、お店選びは慎重に。縮毛矯正と一緒ということは、半永久的に(伸びた髪は別として)、そのヘアスタイルが保たれちゃうってことだから。普通のパーマの失敗みたいに、やり直してもらうって、基本的に出来ないの。ひたすら伸びてくるまで、その髪で我慢しなきゃなんない。腕の良い美容院探さなきゃ泣きを見るかも。今日行ったお店、店員の態度も、技術も合格でした。残念なことに、デジタルパーマはやっていないそうだけど・・・。最後にまつ毛もパーマしてもらっちゃっいました。まつ毛パーマは初めてだったけど、綺麗に上がって大満足でした。週末に帰ってくる予定の主人に早く見せたいなぁ(^_^)おおっと。自分磨きもいいけど、そろそろ大掃除も始めなきゃね。
December 13, 2005
今日は、子ども会の役員決めの会議がありました。すごく緊張したよ~(>_
December 2, 2005
小説を書いている途中ですが、眠くて頭が回らなくなってきた~_(_^_)_続きはまた明日です。今日はパートお休みだったから、もっと早く書き始めてたら良かったな。なんだか、だらだら過ごしてしまいました(汗)今日は桃の学校が、一日見学できる日でした。朝の通学時間から帰りの時間まで。自由に事業参観したり、給食やクラブなんかも見学できるんです。親御さんたちは、思い思いに好きな時間に訪れて、そおっと、我が子の様子が見れる日。普通の授業参観の日もあるけど、それよりもっと気軽な感じかな。私も4時間目の国語の授業と、お給食風景を少し覗いて来ました。こらこら・・・こっちをちらちらみながら、自信なさげに、そろそろ~っと、手を挙げるのはやめなさいってば(^^ゞそういう手の挙げ方だと、なぜか指されちゃうんだよ。ほらね・・・(汗)・・・桃の名誉の為暗転。そうそう・・・最近のお給食が、あんまり美味しそうで、お腹が空いてしまいました。さてと、そろそろ帰ろうかな。帰宅した桃と、今日の話をしながら、仲良くホットケーキを作りました。チーズを入れてみたら意外と美味しかったです。二人で食べ過ぎて、夕飯が入らなくなって、お茶漬けにしてしまいました・・・駄目主婦かな?お願い桃。パパには内緒だよ♪ (=^・^=)チーズひときれで内緒にしてあげるにゃ。こにゃんにも口止め?
November 24, 2005
こんばんは。久しぶりのしましまです。なんか緊張するなぁ~(#^.^#)パソコン修理ようやく完了しました。本体というより、キーボードが壊れちゃったんですけどね。だから、皆さんのブログを覗いたりは出来たんです。もし、まったく出来ないとなるとキツイ。これって、立派なネット中毒?でも、もう離れられないの・・・。そろそろ買い替えを考えたほうがいいのかしら?パソコンの寿命ってどれくらいかな。更新を休んでいる間に、しましま一家と、私の両親と妹とフクちゃん(チワワ)で、河口湖へ旅行に行ってきました。初めて、コテージに泊まっちゃった。ワンコと泊まれるお宿です。(秘密にしときたいけど、内緒で教えちゃおう・・・『河口湖カントリーコテージban』)こにゃん君は、またまたお留守番。車も旅行も嫌いだもんね・・・。コテージは二階建て、ロフト付きの広さ。ペット可の所って、不衛生な所とか、臭気がするとこがあるって聞いたけど、ここは小奇麗で、とても良いところでした。それに、コテージの中にもお風呂があるけど、別棟に、露天温泉があって、500円で入れるんです。しか~し!ここの脱衣所はご注意を。ドアのそばの場所は、ドアが開くたび、廊下から丸見えになります(>_
November 19, 2005
パソコン修理中につき、ブログ更新が止まっています(;_;)
November 8, 2005
赤茶の縞柄をしたメス猫が一匹。窓からそっと、体を乗り出すと、心配げに辺りをうかがう。暖かな小春日和。窓の外は、洋風の平たい屋根が鈍く光っている。それを30メートルほどいくと、その下には、斜めにガレージのトタン屋根が付いている。そこから塀に飛び移ると隣の庭に出れる。隣の庭には、大きな犬がいつも離されているが、日がな一日日向ぼっこをしている老犬は、狩に興味があるようには思えない。メス猫は、いつもより少し鈍い動作で、屋根の上を慎重に進んだ。よく見ると、口元が小さく動いている。まだ生後間もない、子猫を咥えているのだ。メス猫は、トタン屋根の上に降り立つと、母屋の壁の際に子猫を置いて、もう一度来た道を引き返した。二度目にそこに現れたメス猫は、もう一匹の子猫をそこにそっと置いた。ようやく目の開いたばかりの子猫たちは、寄り添うようにしてぶるぶると震えた。メス猫はまた、窓のほうへと平たい屋根を渡っていく。メス猫に咥えられるのは一匹ずつ。一匹を隠れ家に運んで、戻ってくるのは時間がかかりすぎる。その間、残して置く子供が心配だ。少しずつ、少しずつ、家を離れるしかない。気が付かれない内に、早く我が子を移してしまわねば。メス猫が産んだ子猫は、全部で五匹だった。メス猫の飼い主は、子猫の貰い手を探して回った。ようやく二匹の里親が見つかったが、他の子猫を引き取ろうとする人間は現れなかった。この界隈は猫が多すぎるのだ。庭に糞尿をし、飼っている鳥を狙い、ごみを荒らす。奔放に増えた野良猫の害が、近所の住民の怒りをかっていた。『保健所に連れて行くか。』『保健所は後味が悪い・・・どこかに捨てて来たほうが・・・。』飼い主たちの言葉の正確な意味は解らなかったけど、その口調や様子で、メス猫の母親としての勘は、我が子の危機を察知した。実際、これから冬を迎えようというのに、小さな子猫が保護者もなしに、野良で生き抜く可能性は限りなく低い。保健所に引き取られれば、なおさらだ。子供たちを守らねば。母猫は、子猫をどこか人間に見つからないところに、隠して育てる決心をした。メス猫は最後の一匹を迎えに来て、その子猫の様子に思わず微笑んだ。心配のため、凍りついたような顔をしていたメス猫が、とたんに母猫らしくなる。そこにいるのは、驚くほどメス猫によく似た、赤茶の縞の入ったオスの子猫だ。敷いてあった、擦り切れたタオルに、夢中で鼻を擦り付けている。タオルに染み付いた、母猫の匂いに、おっぱいを捜しているのだろう。他の兄弟より、少し小さなその子猫は、まだ目も開かぬままで、必死になって生きようとしているのだ。『行きましょう。ぼうや。』メス猫は、縞柄の子猫に向かって、顔を下げ口に咥えようとした。その視界の隅を、黒いものがさっと通り過ぎた。メス猫は、はっと窓に向かって走る。カラスだ!ここいらで増えたのは、野良猫だけではない。カラスもまた増えた。増えたカラスは、ごみをあさり、蛙やねずみなどの小動物を捕獲して生きていた。生まれたばかりの、小さなねずみのようなサイズの子猫は、カラスには手ごろな獲物にしか見えない。メス猫は稲妻のような速さで、置いてきた子猫たちの所へ走った。子供たち!!平屋根の下から、カラスが、ばたばたと羽を打ち鳴らす音が聞こえた。メス猫は踊るように空中を切り、カラスの上に飛び掛る。 アギャーッ!ガオゥ!ゥルルルル~ッ!!すさまじい鳴き声と、うなり声に、家人が異変に気が付いた。下から、『コラーッ!!』と怒鳴りつけると、ばさばさと黒い羽が舞い落ち、そしてシンと静まった。『何だ?カラスが何を騒いでたんだ?』はしごを掛け、覗いてみると、血だらけになって倒れている飼い猫の姿。そばには、すでに事切れている子猫が一匹。もう一匹は、さらわれたのか、すでに食べられてしまった後だったのか、姿は見えない。ただでさえ、産後の肥立ちもあまりよくなかったのに、カラスにつけられた傷は深かった。飼い主は、メス猫をすぐ病院に連れて行ったが、『もう助かるまい。』と言われ、どうせなら家で死なせてやろうと連れ帰った。再び自分のそばに戻ってきた母猫に、残された縞柄の子猫は夢中でしがみついた。何も解らないまま、無心に、自分の乳を探す子猫を見て、メス猫は思った。『もし、自分が死んだら、ご主人様は、自分の代わりにこの子を、飼ってくれないだろうか?』ああ・・・どうか、神様。自分の体から、小さな小さなぬくもりが、引き離されていく。その子を捨てないで!どうか殺さないで!『その子には、その子には手を出さないで!』私にたった一つ残された光。どうか、どうか、幸せに生きて。
November 1, 2005
あれから3日もたっていた。おいらは、ようやく傷も直って、ご飯も自分で、もりもり食べられるようになった。足に巻いていた包帯もはずしてもらえた。おいらはそれが邪魔で、何度か齧ってはずしちゃったんだ。そうしたら、おいらを診てくれたお医者さんが、おいらの顔の周りにぐるりと、固い板みたいなのを巻いたんだ。おいらが傷を舐めないようにって。さつきが、おいらを抱いて、鏡を見せてくれた。おいらまるでラッパみたい。しましまの猫ラッパだよ。おいらプオーって鳴るかわりに、なうぅ~って文句言ったけどね。さつきってば笑っただけ。それでね。キジ猫大将も、おまけにトラ猫まで、まるで、くしゃみをこらえてるみたいな、変てこな顔をするんだ。笑いたいのを我慢しているんだよ。みんな、みんな、ひどいと思わない?トラ猫は、大将が言ったとおり、あのあとすぐ、おいらに会いに来てくれた。トラ猫の血は止まっていたけど、かたっぽの耳の後ろが、ちょっぴり禿げて赤黒いかさぶたに覆われていて、おいら悲しかった。トラ猫の綺麗な毛皮。でも、もう大丈夫だから、こんなのすぐ元通りになるわと、おいらに笑って見せてくれた。黄色猫と灰色猫はどうなったんだろう?おいらが聞いたら、大将猫は渋い顔をした。『もう手出しはさせない。』大将はそれしか言わなかったけど、その言葉がひどくきっぱりとしていたので、おいらは大将を信じた。『大将が助けてくれたの?』おいらの言葉に、大将は笑って片目をつぶった。『トラ公を助けたのはお前だろう?なかなかいい戦いぶりだったな。』『そうよこにゃん。もしあの時二匹で向かってこられたら・・・こにゃんが、あいつを足止めしてくれたおかげよ。』トラ猫がおいらを、キラキラとした瞳で見ている。それは優しい瞳だったけど、今まで、小さな赤ちゃんを見るみたいに見てくれたあの目とは違う。本気で、トラ猫がおいらのことを、すごいって褒めてくれている。おいらにはそれが解った。たぶん。やっぱり、灰色猫たちをやっつけて、おいらとトラ猫を助けたのは大将だろう。だけど、おいらだって、ちゃんと役に立ったんだ。おいらすごく幸せな気分だった。おいらが大将の家で、うとうと寝ながら過ごしている間に、大将とトラ猫は、おいらのママ猫探しをしてくれていた。おいらには何も言わなかったけど。おいらそれを知らなくって、だからちょっぴり拗ねていた。トラ猫は、それっきり、ろくに会いに来てくれないし、来てもすぐにいなくなっちゃう。大将ときたら、自分の家なのに、ぜんぜん帰ってこないんだ。ご飯の時間にだってだよ。大将の家の人たちは、慣れているみたいで、『仕方がないわねえ。』なんて、落ち着いたものだ。おいらのお家のママも、仕方がないって思っているかな?そうだったらいいな。おいらなんだか心配になって、美味しいカリカリを3粒も残しちゃったよ。おいらこうしちゃいられないんだ。おいらはこっそり、大将の家を抜け出すことにした。おいらのいる部屋は、明るい畳の部屋で、縁側に面している。でも格子戸が、いつもしっかり閉められているんだ。トラ猫や大将は、うまく戸の隙間に爪を差し込んで、いとも簡単にあけちゃうけど、おいらにも出来るかな?おいらは肉球から爪を出して、しげしげと眺めてみた。おいらの爪。いつもママに切られちゃうけど、でも本当だったらもう少し伸びていたはずだ。戦ったとき、塀をよじ登ろうとしたためか、おいらの爪はいくつも、根元からぽきっと折れていた。無事だったのは右足の小指の爪と、左の親指の爪が半分。おいらはゆっくりと、歯でしごくようにして爪を磨いた。戸の隙間に差し入れる。おいらは力を入れて、戸を開こうとした。カタカタと少しゆれたけど、どうしてもあかない。おいらは鼻の頭にしわを寄せ、戸に斜めにしがみついて唸っていた。カラリ・・・開いたっ!おいらは弾みで、しがみついていた戸から、コロンと転がり落ちた。『何やってんだ?』そこにたっていたのは、キジ猫大将だった。おいらは、しゅたっと立ち上がった。ほらね。おいら元気になったでしょ?『大将。おいらを大将のおうちに連れてきてありがとう。お世話になりました。』おいらちゃんと挨拶したんだ。大将は、おいらをしげしげと見た。『元気になったみたいだな。・・・そうだな。もう帰ったほうがいいな。』あまり勝手に抜け出すなよ。と言われて、おいらなんだかおかしかった。だって、大将の方が、お家を好き放題抜け出してるみたいだもん。『あのね。大将に頼みがあるんだ。』おいらは上目遣いで大将を見た。大将が、何だ?と言うようにぱたりと尻尾を振った。『トラ猫さんに、おいらがちゃんと無事に、お家に帰ったって言ってくれない?』おいらの言葉に大将の目がすっと細まった。『おいらまだお家には帰んない。でも、もう、トラ猫さんに迷惑かけたくないんだ。』おいらはしっかりと、大将の目を見ていった。喧嘩を売っているんじゃないよ。でも、絶対これだけは譲れないって気持ちだったんだ。『母親探しか?』大将は、おいらの目をはずさずに静かに尋ねた。トラ猫が話したんだ・・・おいらはこくんと頷いた。『この3日間、俺の縄張り中の猫が探し回ったよ、もちろんトラ公もだ。』おいらの耳がぴくんとたった。大将が言った。『これだけ探しまくって、こんな怪我までして・・・なぁ。こにゃん。お前は確かに捨て猫だったみたいだが、今はちゃんとした家族がいる・・・だから、もういいじゃないか。』もういい?もういいってどういうこと?あきらめろって?そうか・・・この町にもママはいないんだ。だったら、おいらのすることは決まってる。『ちゃんとトラ猫さんに伝えてね。』おいらは、開いた戸の隙間を抜けて、縁側に出た。お日様が目に痛い。ぴょんと庭に降り立った。大丈夫、よろけない。おいら一人でもがんばれる。この町にママがいないんなら、別の町を探せばいいんだ。『待てっ!』大将が声を張り上げた。おいらは、振り向いてぺこりと頭を下げる。ありがとう大将。でも、おいらあきらめない。ママを探すんだ。『待て、こにゃん。』おいらはもう振り向かなかった。『お前の母猫は見つかったよ。』おいらの背中に、その言葉が、降り注ぐ光のように訪れた。
October 29, 2005
今日は炊飯釜が壊れてしまいました。お夕飯を作ろうとしたら、半生状態に・・・。あれ?スイッチでも押し間違えたかしらと思って、もう一度炊きなおし・・・またまた半生。おかゆ状なのに、芯があって固い。それで、電気やさんに行くことに。買って半年も経っていないのになあ。おまけに二度目の修理です。電気製品って、当たりはずれがありますよね。でも、電気釜は初めてだぁ。修理は無料でしてくれるって言うし、代わりの炊飯器も貸してくれましたが・・・。次に壊れたら無料保障中でも、新しいのを買ったほうがいいのかしら?電気屋さんに行って帰りが遅くなったので、桃と夕飯を外食してきました。パパには内緒(^^♪別に怒られないけどね・・・なんとなく。『俺も一緒に行きたかったよぉ。』って拗ねそうなんだもん。職場の同僚や、上司と外食するのと、家族と外食するのでは違うと主人は言うの。まぁ・・・気持ちは解るけど・・・。行った場所は、電気やさんの傍にあった回転寿司屋です。味は・・・う~んって感じだけど、桃はうれしそうでした。ハンバーグ寿司、エビフライ寿司もあるし、ケーキとかジュースとかも流れてくるから。私は回転寿司屋さんでも、普通のおすしがメインのところのほうが好きだけど、子供はこういうところ好きだよね。たまには親子で、楽しく外食もいいなあ。でも、今度はパパも一緒にね。さてさて、ご飯も食べて、お風呂も入って、これから小説書きをします。出来たらすぐに載せますので、良かったら、ぜひ読んでくださいね。
October 29, 2005
温かいミルクの匂い。フライパンで,ジューって溶かしたバターの匂い。おいらはくんと鼻を鳴らした。朝ごはんの匂いだ。おいらは、ぼんやりと目を開けた。格子の形に,光が差し込んでくる。小さな埃が、きらきらと舞っている。おいらの瞳は、ゆっくりと、そのきらきらを追いかけた。きらきらは、覆いかぶさるように、おいらを覗き込んだ、黒いものに降り積もった。『気が付いたか?』おいらは、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。そこにいたのは、逆光を浴びたキジ猫大将だった。あれ?何で大将が、おいらの家にいるの?おいらは、びっくりして飛び起きようとした。そうしたら、あれ?おいらうまく立てないや。おいらは、ひっくり返りそうになって、ふらりと前足を折った。おいらの前足には、なんだか白いものがぐるぐると巻いてある。(キジ猫大将さん!)叫んだつもりだったけど、ニーという情けない声が,かすかに漏れただけだった。『鳴かなくてもいい。もう大丈夫だ。』大将の言葉に、おいらはいっぺんに、みんな思い出した。襲ってきた黄色猫と灰色猫のこと、トラ猫のこと。おいらは、頭をぐるりと回して、トラ猫の姿を探した。どこにもいない。(トラ猫は、トラ猫さんはどこへ行ったの?)おいらのか細い声に、大将は目を細めた。『トラ公は無事だ。少し怪我はしたが、たいしたことはない。心配するな。』大将の言葉に、おいらは昨夜見た赤い血を思い出した。やっぱりトラ猫は怪我をしたんだ。おいらが守らなきゃ。おいらはもう一度、ふらふらと立ち上がった。『おい。待て。』大将が、おいらの首根っこを押さえようとする。離して!離して!おいら行かなきゃ!おいらがジタジタしていると、パタパタと足音が近づいて来た。スラリと部屋を閉め切っていた格子の戸が開かれた。『ちびっ!やめなさいっ!』女の子の声が聞こえた。誰?桃・・・?おいらはふわりと、抱き上げられていた。長い髪がさらさらと、おいらをくすぐった。『ちびっ!いじめちゃ駄目でしょ!』あんまり大きな声がしたので、おいらは思わず耳を伏せた。腕の隙間から見下ろすと、キジ猫大将まで耳を伏せている。『よしよし、怖かったねえ。もう大丈夫でチュよ~。』おいらを抱き上げたのは、桃より大きい女の子だった。女の子は、おいらの鼻の頭に、本当にチュってしたので、おいらむずむずくしょんってなった。『さつきぃ。早くしなさ~い!遅刻するわよぉ!』大人の女の人の声が聞こえてきたけど、あれはママじゃない。おいらは、初めて、ここがおいらの家じゃないことに気が付いた。『ちぃちゃん?いいこと。喧嘩は駄目だよ!』女の子は、メッと大将をにらむと、静かにおいらを、ふかふかの座布団の上に下ろしてくれた。それから、今度は大将を抱き上げると、おいらにしたみたいに、鼻の頭にチュっとしてから、『いってきま~す。』と、パタパタと去っていった。ちび?ちぃちゃん???ここはどこ?おいらは、なんだか頭がぐるぐるした。『ア~。ここは、俺の家だ。』大将が、なんだか別のほうを向いて言った。それから大将は、ぼーっとしているおいらに、辛抱強く説明してくれた。トラ猫は、怪我はしたけど、無事であること。大将の家に来ることを、トラ猫が嫌がったので、おいらだけ連れてきたこと。大将の家の人が、おいらの傷を手当てしてくれたこと。トラ猫は、近所の神社の床下で休んでいること。『お前が目を覚ましたからな、これからトラ公を連れてきてやる。』大将はそういって、こそばゆそうに、鼻を掻いた。もしかして、大将がおいらたちを助けてくれたのかな?でも、でも・・・トラ猫と大将は、敵同士だったんじゃないの?おいらが気が付いたとき、大将の姿はもうなかった。おいら夢を見てたんじゃないよね?おいらはいつの間にか、知らない女の人のまあるいひざの上に抱かれていて、何か口の中に細いものが差し込まれていた。おいら嫌々って、首を振ろうとしたら、甘くてあったかいものが流れてきた。あ・・・ミルクだ。おいらは夢中になって、ぴちゃぴちゃと舐めた。『よしよし・・・もう大丈夫だね。』おいらはぽんぽんと、あかんぼみたいに、あやされてもう一度目を閉じた。ママはどうしているかな?ママ猫探しに夢中になって、おいら人間のママのこと忘れていた。おいらが、おうちを抜け出しちゃったこと、もうばれてるよね。心配してるかなあ。つぶったまぶたの裏に、ママの姿が浮かんだ。それから、ママが、トラ猫になって、終いには、しましまのメス猫になったりした。きらきらちらちら光が降っていた。
October 28, 2005
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