小説 こにゃん日記

小説 こにゃん日記

旅立ちの曲



丘を越えていこう。
丘を越えて、
はるか遠く、
知らない世界に旅に出よう。

退屈な毎日に別れを告げ、
退屈な人々に背中を向けて、
どこかここではない場所へ。
どこかここではない世界へ。
僕は誰にもいわず旅に出る。

そこにはきっと、
素晴らしいものがあるから。
僕が僕のままでいられる場所。
不安もなく、惰性もなく、悲しみもない。
そんな世界に旅に出よう。

古ぼけたリュックに、
いろんなものを詰め込んで。
本当は空っぽのまま行きたいけど、
僕にはどうしても捨てきれぬ、
澱のように積もった苦しさ。
そんなものをリュックに詰めて、
僕はどこか遠く、
すべてをあとにして行ってしまうのだ。

僕は一歩一歩丘を登る。
丘は緩やかに僕を苦しめる。
でも一歩一歩。
僕はけっして逃げ出すんじゃないぞ。
だからこの胸苦しさは、
感傷なんかでありえない。
そうさありえないとも。

丘のてっぺんで、
僕は息を吐く。
すべてのものを吐き出すように。
そうして新しい空気を吸い込むために。

振り向くと、
小さな村。
つまらないほど小さな村。
そして丘の反対側は、
まだ知らぬ世界。
広大に広がる世界。
僕はぶるりと身を震わせる。

どこかで口笛が聞こえる。
晴れやかな高らかなひばりの声のような。

『こんにちは。』
僕の前には一人の男がいた。
僕と同じ瞳の色の男。
『丘の向こうに行くのかい?』
その人は僕に語りかける。
僕は黙って頷いた。
『行っておいで、
行って世界を見てくるがいい。』
その人は口笛を吹きながら、
村のほうへと丘を降りていく。

『まってください。』
僕は衝動のまま男を引き止める。
『あなたは世界へいったんでしょう?
素晴らしい世界へ。
大きな世界へ。
なのになぜ戻ってくるんです?』

『行っておいで、
行っておいで、
たくさんの世界へ。』
その人はもう一度いった。
『でも、いつかは君も悟るだろう。
どこにいても自分は自分なのだと。
退屈でつまらない人々にも、
一人一人、
心の中に輝いているものがあることを。
だけど今は、
広い世界へ行っておいで。』

口笛はどんどん小さくなっていく。
明るく華やかな曲。
それなのに、どこか哀愁を帯びている曲。
僕はふと、その曲名を思い出していた。




*これは詩形式の短い小説です。
主人公が聞いた曲はどんな曲だったのでしょう?
あなたの心に浮かんだ曲だと思ってください(^^)

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