小説 こにゃん日記

小説 こにゃん日記

不条理なメルヘン



ある朝起きたら、私の耳が、猫耳になっていた。
ミルクみたいに真っ白なぽわぽわの猫耳だ。
みんなに馬鹿にされたらどうしよう。
何か悪い病気なのかな?
引っ張ってみた。
『痛たたたた・・・。』
『ふゆみ。早く用意しなさい!』
お母さんの声がする。
私は仕方がなく、髪を結って耳を隠すと、
『もうおきたわ!』と、朝ご飯を食べに行った。

ある朝起きたら、俺の尻に尻尾が生えていた。
先っちょに黒いブチのある白い長い尻尾だ。
みんなに笑われたらどうしよう。
何か悪い病気なのかな?
引っ張ってみる。
『痛てててて・・・。』
『あきお。早く起きなさい!』
母さんの声がする。
俺は仕方がなく、尻尾をズボンに隠すと、
『もうおきたよ!』と、顔を洗いにいった。

ある朝起きたら、私の背中に羽が生えていた。
透き通った薄紫の、小さなこうもりみたいな翼だ。
ちょっと素敵かもしれない。
一生懸命パタパタすると、足がほんの少しだけ、じゅうたんから浮き上がった。
『はるえ。まだなの?』
ママの声がする。
私は、羽がしわにならないように、そうっとブラウスを羽織ってボタンを止める。
『今行く!』と、足取り軽く階段を降りた。

中学校へ通う道で、ふゆみとあきおは、いつものごとく会った。
『『はあぁ。』』
ふたりは顔を見合すと、いつもの挨拶でなく、ため息で挨拶を交わした。
『元気ないな。』
『あんたこそ。』
そこへルンルンとはるえがやってくる。
『おっはーっ!』
明暗くっきり。それはもうはっきりと。
『なになに?ふたりとも暗いじゃん?
さては、あきおってば、ふゆみに告ってふられたとか?』
『冗談!』
あきおは、飛び上がるようにして否定した。
ふゆみはちょっぴり複雑だ。
そりゃ、あきおはただの友達。
自分の理想の彼氏とはいいがたい。
だけどそんなに、力いっぱい否定しなくってもいいんじゃない?
あきおの奴、はるえにもしかして、もしかしたらラブなのかしら?

『あのさぁ。』
はるえは、うふふと含み笑いをする。
『なんだぁ?きもいなぁ。』
あきおの言いっぷりに、ちょっぴりふゆみの気分は上昇する。
そうだ、あきおはこういう無神経な奴なのだ。
『今朝さぁ。生えてきちゃったのよ。』
はるえの言葉に、ふゆみとあきおはぎょっとする。
『『な、何が・・・?』』
互いにハモった声にもぎょっとする。
もしかして、もしかしたら、あれかしら?(あれか?)
『どうしようかなぁ。言っちゃおうかなぁ。でも恥ずかしいしぃ~。』
はるえはくねくねと含み笑いをもらす。
え~い!はっきり言わんか!
これで『歯』が・・・なんて抜かしたら、本気で怒るど!
ふゆみとあきおは、ごくりと喉を鳴らす。
『う~ん。昼休みに屋上に来てよ。』
はるえはそう言うと、明るく校舎のほうへかけていった。
いつの間に学校についていたんだろう。
ふゆみとあきおは、おあずけを食った犬の心境で教室に向った。

昼休みになると、ふゆみは、はるえを引っ張って屋上に行った。
もちろんあきおも一緒だ。
『まだ食べ終わってな~い。』
『いつまで給食、お代わりする気よ。』
『だって育ち盛りだも~ん。』
『太るわよ。デブよ。それでもいいの?』
はるえは、ふとまじめな顔になった。
『そうね~とくに今は体重増やしたくないかも。ダイエットしようかな?』
『女って顔を合わすと、食い物の話とダイエットの話な。むなしーぜ。』
後ろでぼそぼそとあきおが言う。
『『なんか言った?』』
『何でも~。』
緊迫感がまるでない。

屋上に通じる重い鉄の扉を開けると、そこには先客がいた。
目のやたら細い色白の男の子だ。
上履きの色から同じ学年だとわかる。
『ああ。良かった。そちらからいらしてくれたんですね。』
男の子はそういいながら、ふゆみのそばによると、さっと髪に手を入れた。
さらさらと、シャンプーの宣伝に出てきそうな、自慢の髪が解けると、ふゆみの頭にちょこんと猫耳がふたつ現れた。
『ああ~ッ!?』
『なんだそれ?マニアっぽいな~。お前ってそういう趣味だったわけ?』
あきおの素っ頓狂な声に、ふゆみは思わず、みぞおちにこぶしを突っ込んだ。
『ぐふっ!!』
前かがみになり、尻を突き出した形になったあきおのズボンを、さっと謎の男の子がずり下ろす。
『『『きゃ~~~ッ!!』』』
何もあきおまでキャーっと言うこともあるまいに。
いや、被害者だからこれでいいのか?
『あんた。なにそれ?』
ふゆみがご丁寧に、あきおのトランクスからはみ出て、ゆらゆら揺れている尻尾を、指差しながら聞いてみた。
『かっわゆ~い!』
なぜかハート目で、はるえが感嘆する。

謎の男の子は、じりじりとはるえに迫った。
『あっと、ちょっとまっててね。』
はるえはいきなり、ブラウスのボタンを、プチンプチンとはずしだした。
必死になってズボンを、ズリあげようとしていたあきおの手が止まる。
ふゆみはあわてて、はるえの前に手を広げて立ち。
『回れ~右。』と号令をかけた。
『大丈夫、大丈夫。』
はるえは、ぱっとブラウスを広げると、襟ぐりの大きく開いた白いタンクトップ姿になった。
『お~っ!眼福。眼福。』
あきおが両手を合わせて拝むまねをする。
せっかく途中まで、引き上げたズボンは、また足首まで直行だ。
なぜか謎の男の子まで同じポーズをする。
『こっちよ。』
はるえは髪を掻き揚げると、くるりと背中を向けた。
しわもなく、綺麗にぴんと張った小さなこうもり羽を広げてみせる。
『小悪魔風か~。これもなかなか乙なもので・・・。』
『馬鹿言ってんじゃないわよ!』
ふゆみはあきおに向って、シャドウ・ボクシングのまねをして見せた。

『ああよかった。昨日皆さんの夢の狭間に落としちゃって、どうしようかと思っていたんです。』
謎の男の子は、無造作に翼を引っ張った。
ぺろリと、まるでシールでもはがすかのように、簡単に翼は取れた。
『ああ~っ。まだぜんぜん使ってないのにぃ~。ダイエットして空を飛ぼうと思っていたのにぃ~。』
少しは、そんなものが生えて、どうしようとか悩めよ。
思わずふゆみとあきおは、心の中で突っ込んでみる。
男の子は猫耳と尻尾も、それぞれすぽんと簡単に取ってしまった。
『それでは皆さんご迷惑おかけしました。』
男の子はぺこりと頭を下げると、そのままくるっと空中で回転する。
そこにいたのはミルクみたいに真っ白で、長い尻尾の先にだけ、ちょこんと黒いブチのあるごくごく普通の猫だ。
普通でなかったのは、その背中に、透き通った紫色の、こうもりみたいな羽が生えているところだった。
猫はパタパタと翼を鳴らすと、そのまま軽やかに、前足と後ろ足で泳ぐように空に飛び上がった。
ふわふわ屋上から、夏の晴れ渡った空の上に、猫は浮き上がっていく。
それがだんだん小さくなって、いつの間にか湧き上がっていた入道雲に、飲み込まれるように消えていくまで、三人は、ぽかんと口を開けて見送っていた。

『それでいったいなんだったわけ?』
あきおのなんだか疲れたような声。
『さあね。』
ふゆみもさっぱりわけがわからない。
『ふたりとも鈍いわねぇ。これはメルヘンよ。メルヘンなのよ。』
はるえの嬉しそうな興奮した声。
『だから、俺は説明を求めたい!』
『あら。』
ふゆみはちょっと意地悪く言ってみる。
『メルヘンに説明を求めたって無駄でしょ。ケ・セラ・セラ。』
『なんだよそれ?』
『なるようになるってことよ。』
あきおはこぶしを握って、空に吼えた。
『くそう!俺は勉強するぞ!早く大人になってやる!
こんな不条理なのは、がまんできない!』
どうでもいいけど、早くズボンをあげてくれないかなぁ。と思いつつふゆみは考えた。
こういう、大人と子供の中間って言うのも悪くないんじゃない?



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