小説 こにゃん日記

小説 こにゃん日記

昼下がりの悪魔




黒い蜀台に灯った明かりがゆらゆらと揺れ、女の影を壁に長く引き伸ばす。
床に描かれているのは、魔方陣だ。

 京子の奴・・・!

亜由美の脳裏には、煌くダイヤのネックレスと、イヤリングを身につけ、嫣然と笑っていた京子の姿が思い浮かんだ。

部屋の中には香が焚かれ、眠気を誘うような低い呪文が延々と呟かれる。

やがて魔方陣の中から、ゆらりと立ちあらわれた姿。

『奥さまこんにちは。』

そこには灰色のスーツを身につけた、いかにも営業マン風なにこやかな青年が現れた。
少し違っていたのは、その耳がやけにとんがっている事と、スーツのズボンから黒い革紐の様な尻尾が生えていることくらいだ。

『いつもお美しくて・・・。』

青年が言い始めると、亜由美はいらいらとそれを遮った。

『挨拶なんていいわ。今日はなんかお勧めはないの?』

青年はにこやかな表情を崩さないまま、ぶら下げていたスーツケースから、白い粉の入ったガラスの瓶を取り出した。

『これなんかいかがでしょうか?
絶対証拠の残らない毒薬です。』

亜由美は、つまらなそうにそれを手のひらで転がした。

『ふうん。』

青年は、興味なさそうな亜由美を見ると、あわてて他のものも取り出した。

『のろいの人形です。
これに好きな相手の髪の毛を入れて、心臓を釘で打てば、相手の心はあなたのもの。』

『なんだか古臭いわねえ。』

青年の笑顔が張り付いたようになった。
次から次へと品物を出しても、亜由美は首を縦に振らない。

 仕方がない・・・。

青年はしぶしぶと、スーツケースの奥から、コードの付いた白い四角い箱を取り出した。

『それはなあに?』

とたんに亜由美の瞳が、獲物を見つけた肉食獣のようにキラキラと輝きだす。

『これは、万能野菜切りです。』

青年の口上のテンポがあがる。

『大根でも、にんじんでも、玉ねぎでも、ジャガイモでも、
あっという間に、半月切り、短冊切り、いちょう切りに拍子切り、何でも出来ちゃう!
奥さん!奥さん!奥さん!見て!見て!見て!
ほら、置くだけ、置くだけで、あっという間!
さらにこの商品のすごいところ!
なんと飾り切りまで出来ちゃうところ!』

亜由美の目は、軽やかに実演してみせる、青年の爪の長い指先に釘づけだ。

『今ならなんと!同じものがもう一台。』

亜由美は、魅入られたようにふらふらと身を乗り出した。


『毎度ありがとうございます。』

うって変わって、上品な口調に戻った青年は、慇懃に腰を折った。
今月も青年の売り上げはトップに間違いない。

それにしても・・・今日売れたものは、安っぽい作りのダイヤのネックレスとイヤリングのセット。布団圧縮袋に万能包丁に野菜切り機。
いや・・・これは今日だけでない。

何でこんなくだらないものを欲しがるんだろう?

もっとも、最近は、まっとうな悪魔らしい商売はし難くなった。
永遠の美しさだの、大金だの、権力をあげようと言うと、みな胡散臭がる。
与えたところで、美しさや権力は、手に入れたとたん、自分のもともとだとか才能だとか言い出す。
金を与えれば、まってましたとばかり税務署がやって来て、脱税だと騒ぐ。

商売の代価も替わってしまった。
最近の悪魔は『魂』にはめったに手をつけない。
よほどの上物なら別だが・・・。
取引物は人間の『欲望』だ。
魂は一度取ってしまえば終わりだが、人間の欲望なら、同じ人間から何度でも取れる。
商品のリピーターになってもらえるのだ。


そのころ亜由美は、さっそく京子に電話で自慢話をしていた。






© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: