小説 こにゃん日記

小説 こにゃん日記

雨の日曜日




  ケコケコケコ コワッフコワッフ 

どこから入り込んだのだろう。
しっとりと濡れた庭から、カエルの声が聞こえてくる。
日曜日の午後、朝から降り出した雨は止む気配がない。

『あ~あ。こんなに雨が降ってばかりじゃ、僕だって泣きたくなるよ。』

たつやは、ごろんと横になったまま、漫画雑誌を顔からどけて、窓から見える空を睨んだ。
雨でサッカーの試合は流れてしまった。

『お兄ちゃんてば。カエルさんは雨が好きなんだもん。あれは笑ってるんだよ。』

せっせと、ぬいぐるみたちに、ご飯を食べさせながらさちこは言う。

『ばーか。カエルが笑うかよぉ。』

『笑うよぅ。あのね。窓に小さいカエルさんがいて『いい雨かげんですね』って、さっちが言ったら、ケロケロって笑ったんだよ。』

さちこは嬉しそうだ。

『ちぇっ!』

たつやはちっとも面白くない。

パチン パチンという小気味いい音が聞こえてくる。
背中を向けて床に新聞紙を広げているお父さん。

『ねぇ。お父さん。カエルって笑わないよねぇ。』

お父さんは、ああとか、うんとか、生返事を返す。
新聞を読みながら、爪を切っているのだ。

『そうだな。カエルが鳴いてるな。』

とたんにさちこの顔がぷうっとふくれた。
たつやは得意げに言う。

『ほらやっぱり泣いてるって。』

『違うもん!違うもん!カエルさん喜んでいるんだもん!』

さちこが大声で言ったとたん、お父さんは、

『あうちっ!深爪しすぎた。』と、片方のつま先をあげた。

ぽたりと赤い血が垂れて、新聞紙の上に落ちた。
それを見て、さちこは泣き出した。
台所からひょいと顔を覗かせたお母さんは、あららと言いながら、お父さんにテッシュの箱を投げ渡す。

ナイスキャッチ!

お父さんは軽く受け止めると、ポンポンと深爪した足の指をテッシュで押さえた。

『ほら、さちこ、もう大丈夫だ。』

お父さんが声をかけたので、さちこは恐る恐るお父さんのつま先を見る。
赤くなっているが、血は既に止まっていた。

『痛くない?』

さちこは、ほっぺたに涙の粒をつけたまま聞いた。

『そうだな。さちこが、ばんそこう貼ってくれたら痛くなくなるな。』

救急箱から、ばんそこうを持ってきたお母さんが、さちこに、はいと手渡した。
さちこは痛くないように、そうっとお父さんのつま先にそれを貼り付ける。

『痛くないですかぁ。痛くても泣かないでくださいね。』

いつもぬいぐるみたちに、包帯やばんそこうをし慣れている幸子の手つきは、思ったよりもずっと上手だ。

『あのなさちこ、泣いてると鳴いてるってのは違う。』

お父さんは言うが、さちこはますますわからなくなる。

『『ないてる』と『ないてる』がどうして違うの?』

『あのなぁ。カエルが鳴いてるって言うのは、さちこやたつやが泣くのとは違うんだ。
う~ん。そうだなあ。
ありゃカエルの言葉みたいなもんだ。
嬉しいから鳴くし、悲しいから鳴くし、もしかしたら兄妹ゲンカしてるのかもしれないな。』

『ふうん。』

さちこはわかったような、わからないような顔をした。

『あ~ぁ。』

たつやはゴロゴロと畳の上を転がった。
とたんにたつやのおなかが、グウゥ!と大きく鳴った。

『あっ!お兄ちゃんのおなかが鳴ったよ。』

『つまらないし、おなか減ったよォ。』

たつやは情けない声をあげた。

『これは、たつやの腹が泣きべそかいてるよな。』

お父さんと幸子は、顔を見合わせてくすくすと笑った。

台所から美味しそうなホットケーキの匂いがしてきた。
もうすぐおやつの時間だ。
いつの間にか、雲の切れ間から、細い光が何本も射しだしていた。



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