小説 こにゃん日記

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なわとび




瞬君は縄跳びが上手だ。
前とび、後ろとび、交差とび、走りとび、長飛び、何でも出来る。
地面をけって、軽く飛び上がる間に、ひゅんひゅんと唸り回転する縄の中にいると、なんだか自分だけ違う世界にいるようだ。

体育の時間、瞬君は、みんなの前で縄跳びをすることになった。
先生が、みんなにお手本を見せるようにと、瞬君に言ったのだ。

  ひゅううんひゅううんひゅううううううん

飛び上がっている間に、縄は瞬君の足と地面の間をくるくると、二度も通って回る。
瞬君は何度も何度も、二重跳びを繰り返した。
まるで鳥にでもなったみたい。
縄は瞬君の翼だ。

『すごいね瞬ちゃん!』

『かっこいいぞォ!』

『瞬君は、縄跳びチャンピオンだね。』



ところが、ある日、瞬君の学校に転校生がやって来た。

『おおぞら羽です。縄跳びが得意です。』

羽君は、その言葉のどおり、とても縄跳びが上手だった。
二重跳びだけでなく、みんなの前で、三重跳びまでやって見せたのだ。
これにはすっかり、先生も、みんなも感心してしまった。

『羽君は、学校一の縄跳びチャンピオンだね。』

瞬君は悔しくてたまらない。
毎日、毎日、こっそりと縄跳びの特訓をした。
何度も転んで、膝小僧をすりむいた。
かさぶたが出来ては、その上からまた血を流した。
そしてついに四重跳びが出来るようになったのだ。

瞬君の足元で、縄跳びがものすごいスピードで廻る。
とても目のよい先生が、どうにか四重跳びだと確認した。
たちまち町中の話題になった。
瞬君はとても満足だった。

ところが、羽君もやはり縄跳びチャンピオンになりたいのだ。
瞬君に負けないくらい練習に練習を重ねて、とうとう五重跳びができるようになった。

瞬君が回す縄の速さはすごくて、とても目では追いきれない。
特別な測定器を使って、正式に記録に残された。

『天才縄跳び少年現れる。』

たちまちテレビ局がやってきて、羽君の縄跳び姿を全国に流した。



それでも瞬君は諦めなかった、羽君も負けていなかった。
ふたりの縄を回すスピードは速すぎて、もはや、誰の目にも回っている回数どころか、縄すら見えなくなった。
ただふたりが、鳥のように腕を軽く曲げて広げ、何度もジャンプしているようにしか見えない。
とうとう機械ですら、測定できなくなってしまったとき、突然ふたりは、みんなの前から消えてしまった。



目をぎゅっとつぶって、ひたすら縄をまわしていた瞬君と羽君の足が地面に降り立った。

『『やった!とうとう九重跳びが、できるようになったぞ!』』

ふたりは同時に宣言すると、すてんとその場にしりもちをついた。

『また、引き分けかあ。』

『今度こそ負けないぞ!』

ところが、なんだかあたりの様子が変だ。
ふたりを見守っていた大勢の人や、テレビ局のカメラはどこへ行ったのだろう?
国技場にいたはずなのに、うっそうと茂る木々、固い地面、しだに似た大きな葉っぱ、まるでジャングルだ。
瞬君は、呆然とあたりを見渡した。

『ここはどこだろう?』

羽君を振り返ると、なんだか難しい顔をしていた。

『瞬君。もしかしたらここは・・・。』

羽君が何か言いかけたとき、木々の間からにゅっと、木の幹よりもずっと長くて太い首が現れた。
首の先には、車ほどの大きさの細長い顔。

『怪獣だあ!』

瞬君はしりもちをついた姿勢から、ばね仕掛けの人形みたいにぴょんと飛び上がった。
そのまま駆け出して逃げようとした。
ところが羽君は、そんな瞬君の片足を掴んだ。

『あいたっ!』

瞬君は前につんのめって、そのまま鼻から地面に激突した。
ガンという衝撃と、あまりの痛さに、鼻が無くなってしまったのかと思った。

『しっ!静かに!』

瞬君の目の前に、大きな太い柱が立った。

 ズシン!

『あいつは草食性のはずだから、じっとおとなしくしていれば、大丈夫のはずだよ。』

 ズシン!ズシン!ズシン!

耳元で聞こえる羽君の声。
その言葉の通り、怪獣は瞬君が、伏せている地面が揺れるほどの地響きを立てながら、悠々とその場を立ち去っていった。

『大丈夫?』

瞬君の鼻に温かく湿ったものが押し当てられた。

『すりむいてる。』

羽君が、瞬君の鼻の頭をぺろりと舐めた。

『わっ!』

瞬君が叫んだとたん、たらりと唇に鉄の味が触れた。

『あ、鼻血が出ちゃった!』

羽君の声に、瞬君はあわてて、鼻を押さえた。
ぬるぬるとした赤いもの。

『あ・・・。』

瞬君はくらりと世界が廻った気がした。



何か、やわらかくっていい匂いのするものが、顔に押し当てられている。
瞬君が我にかえってみると、横たわった自分に覆いかぶさるようにして、羽君が心配そうに見ていた。

『大丈夫?』

起き上がった瞬君の顔から、ふわりと落ちたのはハンカチだ。
鼻をこすってみたが、もう鼻血は止まってるみたいだ。

『ここはどこ?さっきの怪獣は?』

夢かと思ったけど、あたりの様子は、さっきと何も変わっていない。

『どうやらここは過去の世界みたいだよ。さっきのは怪獣じゃなくって恐竜だよ。』

『ええっ!』

でもそういえば、当たりの様子といい、先ほどの怪獣といい、まるでここはジェラシックパークだ。

『僕は、恐竜の本が好きでよく読んでいたんだ。さっきのはブラキオサウルスだと思うよ。』

『でもどうして?どうして僕らは過去に来ちゃったんだよ。』

瞬君は困ったように羽君を見つめた。
羽君だって困ってしまった。

『あっ!!』

瞬君は思わず、大声を上げて、羽君をあわてさせた。

『しっ!静かに、また恐竜が出てくるかもしれない。』

『羽君!縄跳びだよ!』

瞬君はかまわず声を上げた。

『もしかしたら、僕たちがすごいスピードで縄跳びをしてたからじゃない?
縄跳びタイムマシーンだ!!』

『そんな馬鹿な!』

でもどう考えても、二人には、他の理由が思いつかなかった。

『ね。後ろ跳びしてみたらどうかなあ?』

しばらく黙って考えていた瞬君が、思い切ったように、俯いている羽君を覗き込んだ。

『僕たち前周りで、九重跳びしたら、過去に飛ばされた。
だから後ろ跳びで九重跳びができたら、元の世界に戻れるかも。』



それからふたりは、再び縄跳びの練習を始めた。
後ろ回りは、前回りよりずっとずっと難しい。
でもふたりはへこたれない。

『僕たちは縄跳びチャンピオンだ!時間だって飛び越えてみせるさ!』






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