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ホスピスの話をもう少しお付き合いください、お願いします11/29金曜日、夜中に電話がなかったことにホッとしていつものように8時頃ホスピスに到着するように出かけました。水曜日に先生からもう残された時間が少ない事を聞かされていました。部屋に入ると中の雰囲気が違っていました。夜中に痰を吸引したそうで、吸引機が壁に取り付けてありました。「伯母ちゃん、おはよう♪」と声をかけても無反応です。でもね、ちゃんと伯母ちゃんは聞こえているのです。「目を開けて」って言うと一度だけ目を開けてくれました。「わかる、○○子だよ」と言うと私には伯母ちゃんがうなづいたように見えました。先生の診察時、「○○さん、良かったね、今日も姪御さんがいらっしゃったよ」と言うと伯母の目から涙が・・・「きっと伯母さんは姪御さんに"ありがとう”って言ってるんだよ」と聞かされて、涙が止まりませんでした。夕方、先生が土日曜日とお休みなのでとご挨拶に来てくれました。もう月曜日をここで迎えることができない、と言う事です。そして夜勤の担当の看護師さんが両親の担当だった看護師さんと一緒に挨拶に来てくれました。そう、ホスピスはその日に担当する看護師さんがご挨拶にいらっしゃいます。私は伯母の横に椅子を持ってきて、伯母の体を布団の上からさすっていました。どれほどの時間そうしていたでしょう。両親の担当の看護師さんの顔を見た途端 大泣きです。私は、本当は父のようにちゃんと伯母ちゃんのお世話をしなくてはならなかったのに、去年ここのホスピスで父を看取って、まだ時間が浅く、とても毎日通える心境になかったのです。皆さんに甘えて、ホスピスに2日連続来れなかった事がありました。それが辛くて。。。悔やまれて。。。みんなは精一杯の事をしてあげたと思うから、そんな事を考えないで、って言ってくれますが、はやり悔やまれます。夜になって、私が泊まる布団一式をお部屋に届けてくださいました。部屋には電気ポットがあるので、何杯コーヒーを飲んだかわかりません。夜中までは1時間おきに巡回してくれていました。夜中24時を過ぎた時に、脈が100から60に急に下がり看護師さんの巡回が毎時00分と30分になりました。2時の巡回の時、脈の数に変化はありませんでした。なのに、急に伯母のうめき声が聞こえなくなった。※苦しくて声が出ているのではなくて、無意識に出る声だそうです。ナースコールを鳴らし、看護師さんが確認。当直の先生を呼んでもらいました。2:45 確認です。眠るように旅立った伯母です。私は悲しんでいられません。伯母に頼まれていた献体の手続きをしなくてはならなかったのです。すぐ名大の連絡先に電話をして、献体登録番号の確認、アイバンクの登録は希望か?などとやり取りが続きます。3時から看護師さんと二人で伯母の旅立ちの装いをはじめました。ホスピスでは1時間半くらいかけて綺麗にしてくれます。まずは私と看護師さんでシャンプーをして、ドライヤーで乾かし、体拭き、帰る時の服に着替え、顔の産毛を剃ってお化粧です。お化粧も、化粧水・乳液・美容液・ファンデーション、私に眉とアイシャドーをと言われましたが、看護師さんにお任せしました。二人で頬紅と口紅の色を選んで、塗ってもらいました。今にも「○○ちゃん」って声を掛けられそうなお顔です。看護師さんから書類をもらい、記入をして私は部屋の中の荷物をまとめて車に運びました。まだ5時、みんなに連絡するには早いな~と思いつつ親戚にはメールで知らせました。みんなから即効返信がありました。お寺に電話をして、葬儀屋さんの手配。葬儀屋さんは両親の時と同じ会社、担当者も同じです。9時にホスピスにお迎えに来てもらうようにお願いをしました。9時までが伯母ちゃんと二人で過ごす最後の時間です。看護師さんから「少し休んだ?」と聞かれましたが、伯母ちゃんと過ごせるのは限られた時間だったのでとても休んでいられないです。いっぱいお話をしました。9時に葬儀屋さんからお迎えの車が到着し、ホスピスの職員、外来診察中だった院長も駆けつけてくださり最後のお別れとなりました。私は自分の車があったので、両親の時同様、お寺まで後ろからついて行くことにしました。パパさんもお寺に駆けつけてくれて葬儀の打ち合わせです。今回はマックスと大ポンを獣医さんに預けなかったのでパパさんがワンズのお世話です。父と同じようにしてください、ってお願いをしたら伯母さんは90歳を過ぎて大往生、女性なので女性飾りにしましょう、って事になりました。菊の花も丸い菊、カトレアを使い、とても可愛らしい祭壇になりました。富山と三重からも親戚が到着して、祭壇を見た途端、素敵な祭壇にしてもらって。。。とその言葉が私にとって何よりの言葉でした。滞りなく、お通夜・葬儀が終わりました。葬儀屋さんも女性のお手伝いの方も皆、両親の時にお世話になった方々です。皆さんが5年の間に3回も葬儀を出されてこういうことはあまりないですよ、って。。。ご住職さんも「もう葬儀はこれっきりにしたいね」ってちょっと立て続けにあって、私も夢中でしたがもうこれっきりにしたいです。来年の話をすると鬼さんが笑いますが、来年は、母の七回忌、父の三回忌、伯母の一周忌の法要となります。長くなってしまいましたが、最後までお付き合いいただきましてありがとうございました。
2008.11.30
つくづく、付き添いの難しさを感じました。今日のお昼の付き添い食です。カレーライス、茹でキャベツなどのサラダ、みつ豆でしたよ。昨日の朝、ホスピスに向かっていたら先生から電話がありました。伯母の部屋に行き、ただ事ではない!と瞬間で思いました。先生のお話を聞いて、先生に親戚に電話をした方が・・・って言われママ、パニック!!頭の中が真っ白になった。でもでも、ママがそばに居たらみるみる状態が良くなってる~~先生も朝の状態と違うので驚いていました。伯母が自分で「先生の出番はございません」って。。。そしてウトウトしていても私の事ばかり気遣っています。昨夜は家に帰ってきて、急変したら電話をもらうことにしました。今朝はパパさんも車で出勤、いざと言うときにすぐ駆けつけれるからです。ママも泊まりの用意をして出かけました。途中でホスピスから電話がはいりませんように、と祈りつつ運転していました。病室に入ったら、伯母は深い眠り中。でも少しだけ意識が戻ります。「○○ちゃん、来てくれたの?」って凄い、私だってわかるんだ。次に意識が戻った時の言葉が、「もう大丈夫だから帰りなさい」って。。。今日は付き添い食も頼んだし、ボランティアさんが出してくれる3時のおやつを食べて帰ると言ったら、ウンウンとうなずいてまた深い眠りに。。。でも昨日より話す回数が減りました。伯母は夢を見ているようで、ブツブツ独り言布団を叩いてみたり、病気と戦っているんだな~と感じ取れます。先生も伯母さんは強い方ですね、って言ってくれます。本当に、こんな状態になっても私のことを気遣ってくれる。申し訳ない気持ちでいっぱいです。もう残された時間はわずかです。痛そうな顔をしないのがホッとします。今日も「もう帰って」と言うので先生と相談して帰ってきました。今週は仕事を休み伯母に付き添っています。伯母には気遣いをさせない程度で引き上げています。気配で私だってわかるのもビックリです。今回はホスピスの皆さんも私の事を心配してくれます。帰りには「気をつけて帰ってくださいね」って先生も言ってくれます。皆さんに甘えっぱなしです。明日もパパさんを見送りホスピスに行きます。どうか、今夜ホスピスから電話がありませんように。。。
2008.11.27
マックスと大ポンに癒されつつ日々を過ごしています。この写真を撮っている瞬間がとっても癒される~~何があってもこの二匹の顔を見たら、疲れも嫌なことも吹っ飛びますよ伯母のことではいつも日記を読んでいただきましてありがとうございます。日に日に、伯母の体が小さくなっています。今は体内にある水分で生命を維持していると先生から説明がありました。看護師さんから「先生からお話があるそうです」と。。。私はこの場面を何度も経験してきました。なので、話の内容も推測がつきます。談話室で先生と看護師さんからお話を伺いました。私はこの日、自分の思いをお話してしまいました。父が亡くなって一年ちょっと、家族会に参加をして数ヶ月しか経っていません。母から父の時は時間があり、私自身の気持ちも揺らぐことなく父の看病にも無我夢中でした。でも、今回はまだ時間が浅く、私自身がどうしても駄目なのです。毎日行けない!!本当に辛いです!と想いをぶちまけてしまいました。こんなことを言うはずじゃなかったのに。。。でも伯母が入院していて、現実を回避できません。なので自分の気持ちは除外して私は私なりにできることをするだけです。先生も看護師さんも痛いほど私の気持ちがわかります、と今回は皆さんに甘えてしまい、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいなのです。幸いに痛みを訴えることはないので私も一安心です。三連休、裏の戸は施錠がしてあり正面玄関から入ることになりました。私は正面玄関から入るのがとっても辛いのです。両親を最後に見送ってくれた部屋が一階にあり、二階の病室フロアーにエレベーターであがれば右手には両親が入院していた部屋が目に入ります。私は右手方向を見ずに、伯母の病室へ向かいました。伯母は私が行くと喜んだ顔をしてくれます。私はその顔をいつまでも見られますようにと、願う日々です。覚悟はしています。24時間携帯で連絡が受けれるようにしています。でもね、まだ私の脳裏には「お父さんの脈が弱ってきています。来る事はできますか?」の電話の会話がよぎるのです。嫌だ~嫌だ~~またこのフレーズの言葉を聞きたくない!!延命治療を断った伯母です。なので、点滴もしていません。むくんでいた水分も使っている状態なのでむくみがなくなりました。もうベッドから起き上がることもできなくなってしまいました。先生のお話では一日でも伯母らしく穏やかに過ごすのに皮下注射で24時間コントロールするモルヒネを使う時期も遠くないようです。点滴類を拒んでいる伯母なので、この皮下注射を受け入れるのか?と心配です。現実を見つめて、とにかく自分が倒れないようにしなくては!!気を張り詰める日々です。 日記を書き終えた矢先でしたが、今、ホスピスから電話があって伯母が痛みを訴えていて皮下注射24時間持続で入れるモルヒネを今から使用するそうです。伯母も承諾したそうです。
2008.11.25
パパさんが出勤して、ママが大慌てで仕事に行く準備をしている間のマックスと大ポンです。こんな様子を見ていると仕事に行きたくない~~って心境になりますよさてさて、大ぽんは布団を両手で握り締めてますよね?!実はこの画像の前は。。。こんな感じでした掛け布団をチューチュー吸ってるのよパパさんの布団だけど、大ポンのチューチュー布団になりつつあります大ポン:そろそろママが仕事に行くみたいだよ~とでも話しているのでしょうかさぁ、仕事に行かなくちゃ 伯母の事ではいつもコメントをいただきましてありがとうございます。ここ数日の様子を聞いてください。貼り薬を増やし、ステロイドを注射から飲み薬に変更しここ数日はとても穏やかに過ごしています。さて、ホスピスではボランティアで第一・第三火曜日には資生堂サロンから美容師さんがいらっしゃってカット・シャンプー・毛染めをしてくれるそうです。私は伯母のシャンプーとカットを事前に予約をしていました。すごく可愛くカットをしてもらって、「とってもいい経験をしたわ♪」と喜んでいました。誰かにそのことを話したかったのでしょうね。三重の伯母に電話をして、一時間近く話をしていたそうです。夜、三重の伯母さんから電話があり、「姉ちゃんから電話があって、とっても張りのある声をしていたけど無理してない??」って。。。ここ数日、症状も悪さをしていないので、本当にいい状態よ~とママは三重の伯母さんに話しました。水曜日、伯母に三重の伯母さんが長時間電話をしていて大丈夫?って言っていたことを伝えました。家にいる時よりリラックスしてて、ついつい長話をしちゃったのよ~って。。。火曜の夜は電話デーだったようです。何人かのお友達にも電話をしたんだって。何よりです。さてさて、昨日の昼食は私がホスピスで付き添い食を頼んでいて、伯母に食事を見せてあげました。ここで食べるのは申し訳ないと思ったのですが美味しく食べている姿を見ていたいって、部屋で食べることにしました。昼食後、居る間に洗濯をしようと思い全部着替えをして、伯母:「こんなことをさせて申し訳ないわ」って連発なの。ママ:「私が洗濯をするんじゃなくて、洗濯機がするからそんな事言わないで~~」一時間半で乾燥も終わり、フカフカで戻ってきた洗濯物を見て、「早いわね~~」と一言。伯母はずーっと二層式を利用していて、全自動を知らず、ましてや乾燥機があることもつい最近知ったのです。「日が沈む前に帰りなさい」って言われ伯母に裏出入り口まで見送ってもらい家路に着きました。ホスピスから家に到着してしばらくしたら着信番号が伯母の病室の電話番号なの。どうしたのかな??って思ったら「車で信号待ちをしてて、停車している間に助手席のドアをあけてかばんを盗むらしいわよ、気をつけなさい」って電話がありました。いつも心配してくれてありがたいですホスピスでは、主治医の先生は患者さんとトコトン話しをします。伯母の手をさすりつつお話をしたり、時には頭をなでなでして伯母に言わせると、まるで子供扱いよ!!と言っている表情がとても嬉しそうなの。家族に対しても不安がないか?何か質問がないか?いつでも対応してくれます。ここ数日の先生の言葉は「お薬が効いてて痛みもないから僕の出番はないですね」って。何よりの言葉です。穏やかに、苦痛もなく日々を送れることに伯母はいつも感謝をしています。
2008.11.20
今日は午前中にママはリハビリに行きお昼頃ホスピスに到着しました。ナースセンターに担当の看護師さんがいらっしゃったので「こんにちは!!」と挨拶薬などの変更などの説明を聞きました。痛みがあるとの事で、貼り薬が倍量になりました。そして今までは鎮痛の座薬でしたが、今日からはモルヒネ類の座薬が使われるようになりました。伯母の部屋に行き、ご挨拶さて今日はボランティア犬のナイト君が来る日です。そして絵手紙の日!早速ナイト君に会いに行きました。ナイト君、こんにちはクンクンにおいを嗅いでいますよ~マックスと大ポンのにおいがするからねナイト君の飼い主さんがお部屋に連れてっていいよ~って私が連れてっていいの?フセをしていたナイト君、お仕事ですか?と言わんばかりに立ち上がりました。背中にはちゃんと名札がついてますよ~ナイト、GO!!と言うとまるで何回も来たかのように病室に向かいます。初めてなのに、ナイト君わかるの??鼻でクイッとドアを開けるナイト君、伯母のベッドの横に行き「僕、ナイトだよ、ヨロシク」って言っているかのようでした。伯母の顔を舐めて、伯母さんもとっても嬉しそうしばらくお部屋に居てもらったの。月曜日の午後からは絵手紙教室が開かれます。ボランティアさんといろいろお話をしながら横でスヤスヤ寝ているナイト君を書く事に。。。月曜日のボランティアさんの皆さんが5年前の母の事、昨年の父の事を覚えててくださっていて私はとっても嬉しかったです。苗字が珍しいから覚えてるって。。。5年前、デージーちゃんと言うボランティア犬が母の病室に来てくれました。昨年、父の時はボランティア犬は不在でした。そう、デージーちゃんも亡くなっていたからです。次の候補がナイト君。いろいろな審査を通過して、見事ボランティア犬になりました。ナイト君に会いたかったぁー私は月曜日に来たいな~といつも思っていていつか月曜日に遊びに来ます、とよく看護師さんに話をしていたの。ホスピスはいつまでも患者さんの家族のフォローをしてくれていて私は時々ホスピスに行って看護師さん達と話しをしていました。でも伯母が入院して、ナイト君に会うことになるとは。。。ボランティアさんも私の体の事を気遣ってくれて本当にありがたい事です。来週はナイト君は都合が悪くホスピスに来れないそうです次回は12/1の月曜日です。複雑な思いです。伯母はナイト君に会えてとても嬉しそうでした。何度も「ナイト、ナイト」って呼んでいましたよ。穏やかな日。。。「痛みが出れば、すぐ対応してくれて本当にありがたいわ」と言っていました。伯母が痛みがなく過ごしたい!と言っていた願いがここではすぐ叶います。伯母の部屋からの景色。。。私は今回正面玄関から病室に行く事ができません。正面玄関から入れば、母・父の病室だったドアが見えるからです。なので違う出入り口を利用しています。木々もすっかり冬の装いです。一日でも長く、そして穏やかな日々が過ごせますように。。。
2008.11.17
三重から伯母の妹がお見舞いに来てくれました。伯母さん一人では心配なので、いとこと一緒にです。とても楽しみにしていました。先日、富山から伯父さん・叔母さん達が来た時はベッドから体を起こして話ができましたが、この日は寝たままお話をしました。でも、帰る時は玄関まで見送ってくれていつまでも私達に手を振っていましたよ。現在の伯母は点滴をしていません。おやつの時にカキ氷を少し食べてお茶を少し飲む日々です。普通なら栄養点滴を少しでもしてもらったら??と思われますよね。私も伯母を見ていて日に日に弱っていく様子がとても辛いです。でもね、伯母が決めた事なのです。病院では24時間点滴をされていて点滴のルートが気になり夜も熟睡できなかったそうです。ホスピスに来て、点滴を断り夜も熟睡できると言ってました。朝、ステロイドの皮下注射をしてもらって痛み止めの貼り薬(デュロテップパッチ)と鎮痛剤(ロキソニン)で今は痛みもなく過ごしています。水曜日にはお隣に患者さんがいらしたのに土曜日に行ったらその部屋は誰も居ませんでした。気持ちが張り裂けそうでした。いつかは来るその日、でも一日でも先にしてほしい。。。夜、伯母さんから電話がありました。「明日は日曜日だから家の事をしなさい」って。。。私は伯母の前では元気に振舞っていたのですが体力・気持ちの限界に伯母は見抜いていたようです。ママ「今度は月曜日に行くね」伯母「月曜日も来なくていいよ!」ママ「絵手紙教室もあるし、ボランティア犬に会いたいから行くよ」伯母「それならいらっしゃい」こんな会話をして、明日の日曜日は自分の時間ができそうです。※ボランティア犬毎週月曜日は盲導犬OBのラブラドールがホスピスに来ます。母の時はデイジーちゃんと言う可愛いラブが患者さんや付き添いの方のお相手をしていて私も心和む時間を過ごさせていただきました。父の時は、犬のボランティアはいませんでした。そろそろデビューするよ!とは聞いていたのですが、会うことが出来なかったのです。その時お話に伺っていたラブラドールに月曜日会うことが出来ます。楽しみ~~
2008.11.15
今日は富山から伯母の弟と妹が見舞いに来てくれます。私もETC通勤割引を利用して、ホスピスに向かいました。我が家からホスピスまで、ほとんど高速を利用します。通勤割引の半額は大きいですよね。病室に着くと、伯母はウトウトしていました。まだ8時だからね~~声をかけたらびっくりしてましたよ。「昨日はよく寝れた??」「今までぐっすり寝たわ」この言葉を聞いて、ホスピスに来て良かったと思いました。病室だけど、病室でない雰囲気、とてもリラックスできたようです。伯母は身支度をして、富山からの到着を楽しみにしています。お化粧もしたのよ。先生もいらっしゃって、予定通り点滴は今日からなしになりました。先生が、「元気が出る注射だけ毎朝チクッとさせてくださいね」と。。。伯母は点滴がなくなったことをとても嬉しそうでした。お昼におもゆを食べれそうだからと、汁とおもゆを頼みました。東海北陸道が開通して、所要時間も短縮され早い時間に到着です。病室に案内をして、話が盛り上がりました。私達は近くに食べに行く事にして、出かける事に。。。今日は私にとって伯父や叔母にいろいろ相談をしなくてはならない事がありました。そう、両親のことなら自分で決めてやれば良いのですが伯母なので、そういう訳にもいきません。伯母もその事を察していて、「外で食べていらっしゃい!」と。。。お天気も良かったのでみんなブラブラと歩いて行きお昼を食べて近くにある愛知牧場でジェラードを食べようって事になったの。でもでも、水曜定休すごいショック牧場内の違う建物に行ったら夕張メロンとバニラミックスのソフトクリームがあったの。伯父さん夫婦と叔母さんと運転主のいとことソフトクリームを食べつつ、私は相談したいことを話しはじめました。そう、伯母の葬儀の際の喪主の事です。私がすべて準備などをするから喪主の名前だけ伯父さんにしてほしい!!と頼みました。でも伯父さんは「○○子が今まで何かと伯母さんのお世話をして、伯母さんも○○子にしてほしいと思っていると思うよ、だから○○子がやればいいんだよ」って。。。そこにいたみんなが賛同し、私が喪主をすることになりました。看病も私、喪主も私、荷が重過ぎる~~いろいろ話をして病室に戻ると、伯母が首を長くして待っていました。午後からはホールでミニコンサートがあります。みんなで行こうと言う事になり、座席の用意をしてもらいました。この時に三時のおやつ付きなんだよ~~伯母さんはメロンのカキ氷を頼み、私達はコーヒーを頼みました。リクエストを演奏してくれてみんなで歌います。月の砂漠が流れた時には私の目から涙があふれ出てきました。父ともミニコンサートを聞きに来て、父がリクエストした曲で父が演奏に合わせて歌った曲でした。みんなが歌っていたけど、私の耳には父が歌っていた声が聞こえきました。富山へ帰る時間となり、私は駐車場まで見送りにいきました。「これから頼むね」と。。。重圧からか?涙があふれ出て止まらなかったです。私は「うん」とうなづくのがやっとでした。見送って、部屋に戻る途中で師長さんに会いました。またまた涙が出てきて。。。今回、伯母の部屋の事ではいろいろご配慮をしていただいた感じがしました。と言うのは、両親が入っていた部屋の並びではない部屋を用意してくれたからです。察するに、同じ景色が見えては私が辛いでしょうから部屋から見える景色が違うようにと、配慮してくださったようです。皆さんが去年の今年なので私の事をとても心配してくださいます。とてもありがたい事です。私は看病も、喪主も私となり重圧がのしかかったように倒れそうになりました。皆さんがここ数日は大丈夫だから自分を休めてって言ってくれて木・金曜日はホスピスには行きません。帰り道、高速を運転して帰るのが怖いくらいフラフラな状態でした。土曜日は三重の伯母さんといとこが見舞いに来てくれます。ちょっと不便な場所なので、私が地下鉄の駅まで迎えに行くことにしました。朝、伯母の家に寄って頼まれた物を持ってホスピスに向かいます。伯母が少しでも楽しく過ごせるようにサポート頑張ります。また日記にお付き合いください。ヨロシクお願いします。
2008.11.12
また日記にお付き合いください仕事もせず、日記更新中です11/11 無事にホスピスに転院いたしました。9時には日赤を出発しなくてはならず、私はパパさんの出勤を見送ってから6時40分に自宅を出発しました。病室に行ったら伯母には自分の身支度を任せて、私は荷物をまとめて車まで2往復、伯母は車椅子で駐車場まで移動です。病院からホスピスまでの移動時間は30分ですホスピスに無事に到着しました。今年の初め、家族会に参加したばかりなのに。。。伯母はホスピスの入り口から病室まで杖をついて自分の足で歩いていきました。二階のナースセンターに行って皆さんに挨拶をして師長さんに病室まで案内をしていただきました。担当の看護師さんが病室を準備しててくれて、伯母は吐き気もなく無事にホスピスの病室に入りました。もう三回目知りすぎているくらいです。早速伯母が過ごしやすいように部屋の模様替えをしました。しばらく休憩をしていたらボランティアさんが美味しいお茶をお部屋まで届けてくれました。伯母が「甘い緑茶だったので高級なお茶だね」と。。。水分を口から取らなかった伯母がお茶を飲んだのよ。少しして主治医になるO先生と担当の看護師さんがお部屋にいらっしゃいました。ここからの流れも三回目だわ。。。O先生:「今日から僕が担当させていただきます○○です。」看護師:「担当の看護師の○○です。」O先生「○○さん、いろいろお話を聞かせてくださいね」 O先生「ここはホスピスと言うところです。ご存知ですか?」伯母「わかっています、去年弟がお世話になりましたから。。。十分にわかっています」O先生「では○○さん、ご自分のご病気を前の病院からどのようにお話を聞きましたか?」などと質問がいろいろ繰り返されます。去年の父の時の光景がダブります。最後の質問で。。。O先生「ホスピスで何を望まれますか?」伯母「痛みだけなくしてほしいです、そして少し体調が良ければ 午後の催し物に参加したいです」と。。。ここからはこれからホスピスでする事を話し合います。点滴をなくしてほしいとお願いした伯母です。先生は、今日から点滴をなしにするのは可能ですが、いきなり点滴がなくなると不安ではないですか?なので今日は200mlだけ入れましょうね。初日は200mlを数時間で入れることになりました。痛みのコントロールはモルヒネの貼り薬でコントロールされています。これはこのまま続行になりました。伯母にはしばらく部屋でゆっくりしてもらい、私だけ先生に呼ばれ面談です。伯母の残された時間をどうサポートするか?まず、点滴をなくしてほしいと言う希望は翌日から可能でした。そして少し元気に過ごせるようにと、ステロイドを使うことになりました。痛みのコントロールは貼り薬で対応できているので、このまま続行し様子見となりました。さて、ここからが聞きたくない話です。伯母の癌はしこり化していて、腸も閉塞している可能性があります。お腹の中が破裂すると致命傷です。両親の時に体験していない事を先生にお願いしました。伯母はとてもしっかりしています。なので、これからの治療方針などは伯母と先生と話し合って決めて私には事後報告で良いです!とお願いしました。事後報告これは私にとって初めての事なのです。両親の時は治療をする前に家族に相談がありました。事後報告でも良いと思うほど、伯母がしっかり自分の事を主張できるからそうした次第です。先生も伯母との話し合いでよくわかったので次回腹水を抜くタイミングも伯母さんから言われると思いますのでそれまで様子を見ることにします、と。。。部屋には専用番号の電話を用意してもらえます。なのでお家で過ごしているのと同じように過ごすことができます。早速、無事にホスピスに着いたことを三重の伯母さんに電話をしょう!!と私が電話をかけて伯母に子機を渡しました。「○ちゃん、ホスピスに着いたわよ~本当にいい所で私も安心したわ~、貴方も体を大事にして過ごすのよ」って。本当にいい所よ~って、聞いた相手は複雑な心境になりそうですよね。ホスピスを知っているから、こういう言葉も出てくるんだな~と思いました。翌日は富山から弟・妹が見舞いに来てくれます。伯母に「また明日来るね」って言って帰ることにしました。ホスピスに入ってホッとした表情の伯母を見て私も安心しました。ホスピス二日目に続く
2008.11.11
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