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http://www.youtube.com/watch?v=dCUqqPD7Occ&feature=player_embeddedUAと高木さんからのやさしいメッセージが届いています。現地より思うことは、一人一人の意識をもっと深めないとこのまま終わってしまうかもしれないな、ということ。一般の人は原発の問題を`福島の問題‘としか受け取っていません。恐ろしい日々のニュースを見つつも、`まあ大変だね‘`困ったねえ。‘とお茶をすすりながらのんびり過ごしています。`ここは大丈夫でしょ。‘ありとあらゆる情報が彷徨い続ける中、一時的に避難した人・引越しを考えている家族と現地に残ったものとの間に大きな亀裂が入りました。亀裂は原発なんて大丈夫なのに、と考えている人たちが作り上げているようです。今はそれよりも重大な問題を抱えているはずです。お互いにお互いのみを守りお互いの安静を祈れる世の中にしたい。原発の事故は福島県の問題ではありません。宮城を含め関東もかなりの放射能問題があるはずです。その地に残るものとしてもっと気をつけて子供を守らなくてはいけないと強く信じます。何も考えなければ毎日毎日は平和に進みます。余震も続く中、本当に必要なのは何か考える`一生に一度‘の時期だと思っています。原発の話をすると煙たがられる。避難した人はこの村に住まなくてもいいですといわれた。放射能チェックなんてしないでくれ。ここにいる資格は無いといわれた。福島ではない、ここは宮城だ、とののしられた。勝手に逃げて、と身内に怒鳴られた。これが今の東北の現状です。今感情的にならないで、世界の、日本の水のために・子供のために・大地のために頑張れる東北を願います。もっと多くの人々と今の現実を話し合える時が来ますように。
2011年04月25日
昨夜嫁ぎ先のお婆さんが帰らぬ人となりました.肺炎でした.雨が続きます.死について考えてしまいます.隣の家では瓦屋根の修理に励んでいる大工さんの姿給食センターが復旧するまで給食のない小学生は午後の暇をつぶしています徐々に起動してゆく東北の人々今までの生活を続けている人生活が一変した人の間に狭間が出来てきました栃木の友人は岡山に福島の友人は和歌山にそんな中あいに祭2011を実行することを心に決めました.今だからこそ場所を変えてでもやろうと.どうぞ皆さんお祈りください..
2011年04月23日
母乳からヨウ素131検出ニュースが報道されました.驚かないけれども.こんなニュースが毎日報道されるのに依然として普通に生活している親達の方に暫し驚きます.といっても自分も同じようなものです.どこまで気をつければ良いのか.3歳半の娘が1ヶ月あまりの避難中あまりのストレスで半狂乱になりました.しまいには吐いたりして.子供のためを思って遠方へ避難していたのに結局子供に辛い思いをさせてしまいました.精神と肉体は繋がっています.このままでは病気になってしまうな.と宮城仙台の実家に戻ってきました.10分でもとの顔に戻った娘.安堵感は人を休ませるみたいです.気をつけて生活しようと思っても7人を賄っている大家族の食事の水をどうしようというのでしょうか.スーパーにいってもやはり大半は福島や宮城県,岩手県産の食物ばかり.乳製品に関してはほぼここら辺のものばかり.今まで地産地消とがんばっていましたからね.これからは土もいじれないのでしょうか.自分の出来ることをしてゆくしかない.つくづく思う今日なのであります.
2011年04月22日
3月12日に販売するはずだっためらんぢのアボカド石鹸とマルセイユ石鹸にリップたち。おうちでみんなの帰りを待っていました。それを取りに行ったよ。仙台市大和町にあるFTCふぼうえんさんに置いてもらっています。数に限りがあるのでお早めに。わが子のような石鹸たち。こうやって前に進んで行こうと思っている今日であります。日々の不安や問題はたくさんだけどわが子を抱きしめれば希望でいっぱいになります。
2011年04月21日
13人のグランドマザー未来を変えてゆくのは一人には出来ません.皆が皆それぞれの道を切り開いてゆきますように.http://www.veoh.com/watch/v15915434QRQaKMkQ良い映画でした.
2011年04月19日
枝野官房長官,その地域には現地民が生きていてその15キロ近辺には避難区域でもない場所で生きています.直ちに健康被害はないのですか? 友人のことを思うと胸が痛みます.http://blogs.yahoo.co.jp/nb_ichii/32471518.html枝野さんの家族はシンガポールにいるという話があるそうです.笑うしかないのでしょうか.もっと切実に真を貫いて欲しいと思います.
2011年04月19日
昨日パンゲアでUTAとして唄わせて貰いました.YUKKI有り難う.この場を作ってくれたパンゲアのくにくんも園子さんも有り難う.13人のグランドマザー観賞後今回の震災,原発問題について座談会を行いました.色々な状況に置かれた人たちが様々な意見を持って生きています.とても興味深く涙腺が緩い私は何度も何度も涙を流してしまいました.テレビや新聞に普段関心のない私ですが震災後,見ています.携帯の毎日のニュースの欄に今日の世論調査が載っていました.原発は続けていくしかない,が59%,反対が41%となっていました.何の世論調査なのでしょうか? 意見ある若者,子供を持つ母親,そして福島から批難している県民,又その他でも今回の災害で被害を受けた住民もその,ヨロン,入っているのでしょうか? もしそうであれば私はかなり残念です.でもなぜか平等な世論調査ではないと認識しています.これほどのひどい人害があっても日本はこのままなのですか?昨夜座談会後,一人の暖かい女性に声をかけられました.`関東の人は直ぐさま避難したのに(原発爆発より)東北の人は随分のんびりしていると感じるね.本当に逃げていいのは東北人なのにね.もっと声を上げていいのは東北人なのにね.`と言われました.真ですね.自主避難,計画的避難,又避難区域のすぐ外にある避難区域ではない場所にいる子供を持つ親はびくびくして,顔をこわばらせ生きています.生きるしかないのです.避難するかしないか,究極の選択なのです.`どうすれば良いの?``どうせなら爆発でもして避難しろと言ってもらった方が良いわ!`って本気でいっています.歴史上最大かもしれない災害,人害が起きています.一人一人が本当に見直していかないと.世界が変わりません.よね.
2011年04月18日
オーガニックナイトvol.11「FOR THE NEXT 7 GENERATIONS」上映会&震災のお話&座談会&キャンドルライブhttp://pangaea-sendai.com/pickup_new/?p=801飛び入りで唄わせて貰います。この機会をありがとう。YUKKIと一緒にやらせてもらいます。UTAウタとシンプルに名前も考えました。自分が唄う時の活動名です。よろしくお願いいたします。震災後初めて宮城に入ります。言葉が出ません。どう表現したらいいのかわかりませんが、とにかく唄えることに感謝。
2011年04月14日
皆さん3.11より25日がたちました。一人一人のご健康と心の安らぎを願うばかりです。12日翌日の原発水素爆弾より避難して3週間。山形新潟を経て、関西の知り合いのところへお世話になっていました。3歳の娘と7ヶ月の息子には辛い思いをさせているのかもしれません。が、30キロ避難圏外とはいえ外国基準の80キロ避難圏を考慮しますと50キロにあたりに家を借りているものとしましては簡単に子供たちを戻すわけにはいきません。とても厳しい選択肢です。東北で今を生きている人達が力をくれます。今私に何が出来るのですか? このフレーズを地球の一人ひとりが抱えている気がします。自分がしたいこと、出来ることをしていくときなのでしょうね。原発の怒りがどうか収まってくれますよう。国や東電の方たちが素直に問題を受け止めすべてを教えてくれる日が来ますよう。東北の皆様、武田邦彦さんのブログは非常に参考になります。http://takedanet.com/ご閲覧ください。この3週間私たち家族を受け入れてくださった方々に心より感謝を申し上げます。このご恩は忘れません。ありがとうございます。
2011年04月05日
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