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パンの話が続きますが、「ロバのパン」ってのも思い出しました。舗装もされてない京都の道を、ロバがワゴンを曳いてやって来る。ワゴンのケースにはパンがいっぱい並んでいる。ロバのパン屋だ。「ロバのおじさんチンカラリン、チンカラリンとーやってくる~♪」そんな歌が遠くから歌が流れてきて、それを聞くと子供たちが家から駆け出してくる。私は買ってもらえないので遠くから眺めていました。昭和30年代のお話。ロバのパン屋http://www.youtube.com/watch?v=3Ck5JKVaGRMロバに曳かせた二輪馬車(リヤカー)でパンを売るという商法を最初に始めたのは、札幌のパン屋さんだそうです。京都ではビタミンパンという蒸しパン屋さんが、ロバが曳く四輪馬車で移動販売を始めました。のちにチェーン店形式で全国に広めたとか。だから会社の正式名称は今も「ビタミンパン連鎖店本部」だそうです。ロバと称したが体力がないため、実際は小型のポニー馬だったとか。その頃、他の地方でも同業者が幾つか出て来たようです。このロバのパン屋を浅草で見かけた人が「パン売りのロバさん」という歌を作り、1955年(昭和30年)にSP盤で発売。これを知ったビタミンパンの社長が何百枚も発注し、翌年、全国の連鎖店の馬車に蓄音器を備え、この唄を流しながら営業して人気となったとのこと。ビタミン社は東京では営業してなかったので、浅草で見かけたのは他社のパン屋だったようです。なので「いろんなパンがあります」という事実と反した歌詞がちょいとご愛嬌。しかし昭和30年代後半になると、自動車の増加、道の舗装化などの事情でロバ(馬)が道を歩きづらくなり、自動車による販売に変わったそうです。この話題を思いついたのは、先月「ロバのパン」と書かれた販売車を京都の錦市場近くで見かけたからです。まだ続いてたのかと感慨にふけりました。あれから60年、時代の変遷で蒸しパンの人気も下がり、全国の規模は縮小しましたが、今も京都に本社があり、がんばって営業を続けているそうです。蒸しパンは好みではありませんが、今度一つ、試食してみますか。ロバのおじさんチンカラリン。ロバのパン屋がやってくるhttp://www.youtube.com/watch?v=rpWYn3zT9sIよろしいなあ、いつまでもこんな風景、残っていて欲しいですね。<おまけ>京都の「ロバのパン屋」(社長と山さん)TVでの取材http://www.youtube.com/watch?v=3w_H7HhzJdg
2014/07/16
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1960年代の中頃、高校か浪人だった頃かな、自転車や友人のバイクで岡崎や宝が池まで遠出するといつも腹が減る。すると必ずどこかに黄色いライトバンが停まっていて、いい匂いを漂わせています。大名堂のホットドックです。これは関西の年配の人にしかわからない話でしょうが...。車はたぶんスバル・サンバーで、車の中にオーブンを備えていて、安物のウインナーとキャベツのカレー炒めをはさんだものを、アツアツに焼いてくれて、辛子やケチャップをかけて食べるんです。特に寒い秋、冬には最高に旨かった。あの頃、ほんとにどこに行っても大名堂の車ばっかりで、人気も上々なのになぜ他の業者がやらないのかと不思議に思ってました。最近になって友人から、あれは柳川組がバックにいて、他の業者を蹴散らしていたんだと聞かされました。私には初耳の話でしたが、彼は昔から知っていたとのこと。車には柳川組の代紋が貼られていたとか。またどこかで、あれは刑務所を出所した人の受け皿だったという話も入って来ましたが、ネットではその裏付けは取れませんでした。そうか、もしそうだとすると、と私の妄想が暴走し、「木枯らしの吹く夕暮れの街灯の下、 社会復帰を目指す男が狭い車内で黙々とホットドックを焼く、 目で追い求めるのは無言で去って行った妻... 」なんていう山田洋次の映画みたいな一シーンが浮かんできて、甘酸っぱいケチャップの味の記憶にどこか哀愁がまじります。 今もネットには大名堂のホットドックを懐かしむ人達のコメントが散見されますが、残念ながら大名堂についての詳しい記述は見当たりませんでした。しかしそっくりな色や形の車の写真がありました。名前は違うが確かにこんな感じでした。懐かしい!もりのぼたもちさんという方のブログですが、「風月堂」という屋号で琵琶湖方面で営業されているようです。もりのぼたもち/ホットドッグの風月堂~営業中でした(販売車の写真は上記のブログからお借りしました。)TVの「ケンミンSHOW」でも滋賀県名物としてこの「欧風 風月堂」のホットドック車が紹介されたそうです。今度どこかで見かけたら、この懐かしのジャンクフードに再チャレンジしてみたいものです。追記:ネットで大名堂の写真を探したけれどこれも全然出てこない。 考えてみればあの頃、カラー写真はかなりの貴重品だったし、 モノクロ写真でもホットドック屋台なんか写そうとなんて思わ なかったので、ほとんど資料は残ってないんでしょうね。
2014/07/13
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私は酒飲みではないが、晩飯の前に日本酒を飲む。母も少しいけるので二人で2-3杯。毎日だと結構減りが早い。なので銘柄なんぞより値段。料理酒まで落とすのは気分的によくないので、1000円前後のものを買い込む。しかしこれがけっこう旨い。私は芝エビもなんとかビーフも見分ける程の味覚は持ち合わせないので、自分が旨く感じればそれで十分。品質やブランドにこだわるのは金持ちのお遊びと割り切っています。だから酒も、生協やスーパーの特価棚に置いてあるので十分。1000円程度でも大吟醸とか生絞りがあり、それが本当かどうかはどうでもよく、そんな気分にさせてくれる味ならいいじゃないですか。最近では、伏見の京姫酒造の山田錦大吟醸匠「京都伏見」とか滋賀の御代栄の「しぼったそのまま一番酒」などは香ばしさと口に含んだ時のまったり感などで気に入ってます。ただこれらは1000円を少々超えます。先日友人から佐々木酒蔵の酒をもらいました。最近話題になっている京都の酒蔵だそうですが、「聚楽第」は地味な味で、どちらかと言えば香りも舌触りもなくてあれっと思うと口内にじんわりと染み渡るというタイプでした。そういえば新潟の銘酒、越乃寒梅だったか、八海山だったか覚えてないが、あんまりにも水っぽくて驚いたことがあります。酒飲みがじっくり飲むには淡麗な味がいいでしょうね。ちなみに私は甘口系を好む。世の中は辛口全盛なので、中口でさえ見つけるのに苦労する。ガブガブ飲むのでなく、食前のリキュールっぽい感覚で飲むので、まったりした口当たりが食を進めてくれるんですね。つまりは厚化粧のお姉さんと素顔エリート美人の違いみたいなものか?まあ、下戸の私としては香水プンプンのオネエちゃんで十分て、とこですか?でも、下町にも結構素直でいい娘もいるんですがねえ、って何の話だっけ?それと、猪口。昔、酒の景品で付いてきたなめらかな形のガラスの猪口。気に入って愛用してましたが、洗っている時に手が滑って一個割ったしまった。探したが街では見かけないので、芦屋の100円ショップで見つけたガラスカットの猪口を使い始めました。100円の猪口で1000円の酒を飲む。これで十分幸せ。それにしても、日本酒を飲む人が減っているという。なぜだろうね?旨いのに。
2013/12/29
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先日のもんじゃ焼店以外にも、アナゴ1匹丸ごと使ったデカ握りの寿司屋が大阪の香里園にありました。一楽という店で、煙草の箱の大きさのハマチをのどに詰めて死にそうになりました。寿司の暴力やー!と騒ぎながら、通いました。デカけりゃいいってもんじゃないですが、なんか食べる醍醐味みたいなのを感じたりして。さて、これも昔の話ですが、一度京都の先斗町で飲みたいなんて身分不相応な夢を持っていた若い頃、先輩と一発奮起して出かけました。どこも高そうな店ばかりですが、「かんざし揚げ」という小さな店が手の届きそうな値段を出してました。注文して出てきたのが、櫛の先に1センチ程の塊が。なるほど、かんざしには見えて洒落ているが、口に入れても中身が何かがわからない。食べながら「これは、肉かなあ?イカかなあ?」「これは何かの野菜だ」などという始末。たぶん史上最少の串揚げだったと思います。そのくせ、お代はけっこうなお支払いになりました。そういえばもっと贅沢をしたのを思い出しました。祇園の一力の裏手あたりにも由緒あるお店があるのですが、そのあたりを友人と通りかかると、炉端焼きの看板のある民家風のお店が。ちょっと一杯いくかと木戸をくぐって魚の形の木卓を叩くと奥からお婆さんが出てきて奥の座敷に案内してくれる。そこはまさに炉を囲んだ大きなカウンターになっていて、おじいさんが色々な具材を焼いている、周りには沢山の古民具が。とてもいい雰囲気ではあるが和紙に書かれたお品書きには「田楽 二 ー 」「干魚 三 ー 」などと書かれてある。数字の右のーは筆でぴゅーと線が引かれているので、あ2-300円なんだと安心。出てきた量も値段相応のささやかさ。「ステーキ 六 ー 」も注文し、そこそこ飲んでお勘定の段になって凍りつきました。3万なにがし。ぴゅーは00でなく000でした。二人の有り金をはたいてやっと払いました。給料が20万円程だったころのお話です。ああ、祇園は恐ろしい。でかい寿司ネタの大きさは、この方のブログの写真を見てください。このお店、30年を超えるがまだ繁盛しているようです。IKUTAMAさんの「よんごひんごna日記」をご紹介します。よんごひんごna日記 <2010/05/09分>
2012/03/12
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10年程前の話ですが、会社のみんなでもんじゃ焼きに行こうという話で出かけたらえらく遠い、日暮里の谷中銀座近辺。通りから外れた一角。ひなびたお店、というより普通の家みたい。こんなところでもんじゃかと、ちょっとがっかりしたのですが...。コースを注文して食べ物が出始めて驚きました。まずは「カツオのたたき」。 次に目を疑う肉の塊。厚さ5~6センチのリブロース。厚すぎて火が通らないのではと心配するまでもなく、マスターがにんにくをかけて焼いてくれます。こちらは10名程でしたが、私はこれだけでもう腹がいっぱいに。次にもんじゃかと思ったら、鉄板にキャベツの千切りがひかれ、でっかいメンチカツが。小食の私はもう降参。そのあとでやっともんじゃ。これがまた山盛り!鉄板全体に盛り上げても余るので、2度に分けて焼く程です。冷や汗をかきながら頂きましたが、もんじゃの味は覚えていません。この「大木や」は今も繁盛しており、テレビでも何度も取材されてる有名店のようです。最近も2度も見たので思い出しました。胃袋の丈夫な人達には天国でしょうね。当時の携帯カメラで撮ったのでちっちゃな写真ですが、箸の大きさと比べてください。
2012/03/09
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朝から雪かきで腰が痛くなりました。庭先のトラの置きものも寒そう。先日発掘された酒類の中にサントリー・ローヤルがありました。懐かしいボトルです。ローヤルは最近あまり見ないけどまだ現役のようです。ラベルを見ると抹茶色のSRなので、1980年中期から1995年の間で製造されたと推定されます。ということは17年以上前か。ネットでは20年以上前のローヤルがオールド・ボトルとしてプレミアついて売られてました。昔に作られた酒は大変味わいがよく、マニア垂涎の的なんて書れてましたがホントでしょうか?こいつもちゃんと保管されていればねえ。そういえばローヤルのCM、良かったですね。サントリーウイスキーのCMは名作揃いでした。私のお気に入りはガウディ編、マーク・ゴールデンバーグの不思議なサウンド。マーラー、オーソン・ウエルズなどもありましたね。寒いけど水割りが欲しくなりました。サントリーローヤルCM 80年代
2012/02/29
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ふと思い出してキッチンの床下収納の中を覗いてみたら、なんとレミーマルタン、シーバスリーガル、ワイン、紹興酒、リキュールが続々と出て来ました。ほとんどがお土産や贈答品。大事に大事に収めて、すっかり忘れてしまってました。10年程前にキッチンの床にビニールカーぺを敷いたのでそれっきり封印されてしまったのです。しかしこの中には、以前の社宅時代にもらったものもあるハズなので15年以上は経っているものもありそう。床下とはいえ、夏は30度、冬は0度を10年以上繰り返しているので、一体どんなことになってるのやら。一緒に出てきた肉の缶詰は膨らんで破裂寸前。何かのお祝いでもらったらしいワイン詰め合わせの箱を開けると赤とロゼのセット?いや、ラベルを見ると白ワインとある。透明のワインが茶色く変色しています。コルクを抜くと、まったりしたかすかな香りがする。恐る恐るなめてみるとちょっと酸っぱいがワインらしい味とは言えない。残念だが2本とも流しの排水口へ。他のワインには藻のようなオリがいっぱい漂っている。紹興酒は内側に茶色い色が付着していて振っても取れない。そのほかの酒は見かけは変わらないがどうなっているのやら?分からなくなって、そのまま戻して蓋を閉めました。ネットで調べると、未開封の酒は暗冷所での保存ならいつまでも飲めるとありましたが、うちの場合は温度変化が激しい。味の低下は仕方ないとしても、人体になんらかの影響があるなら困る。しかしもったいない。誰か詳しい人おられましたら教えてください。あ~あ、さっさと飲めばよかった。
2012/02/28
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京都の実家での母との二人暮らしで一番の厄介ごとは食事。汁もの程度なら母にまかせてもいいが、ちょっと心配なので後ろでウロウロ。だからほとんどが煮物や焼き物を買って来てチンするだけ。そうなるといつも同じようなおかずになる。そこでこれを導入。HANDSで見つけたシリコンを応用した調理器具Rekue(ル喰え)。シリコンは熱に強いので、ガラスの代わりに使った照明器具を試作した事もあります。しかし料理に使えるとは気がつかなかった。モヤシ、ニンジン、椎茸をしいてその上に鶏肉を並べ、塩と胡椒してバターの切れ端を2-3個。これで5分ほどチンするとホッカホカの蒸し料理が完成。ニンジンは事前に単独でチンしておいたほうがよかったけれど、これに味をしめて、玉ねぎとシャケ&マヨネーズとか、白菜とサワラとか、いろいろ試しましたが、どれもグー。食べすぎで苦しかったね。鍋とかフライパンも洗わないでいいしね。ありがたいモノが出てきました。
2010/12/17
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世界には様々なランチBOXがあるようですが、米の飯とおかずをきれいにレイアウトした「弁当」っていうのは、幕の内以来の日本独自の文化のようですね。しかし手作り弁当の世界ではもっと飛んでました。これはもうアートだ。まいりました。creative-japanese-lunch-box-art
2009/07/09
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食器もいいが、その中身の食物の話もたまにはいいですね。私はグルメではないので、とりあえず腹が膨れればいいのですが、何か変わったものを見ると食べてみたくなるクセがあります。昨年の話になりますが「池袋のトマト風味の炒め物」を食べてきました。新宿から代々木に至る道の、サザンテラスの南、小田急線が横切るところにひっそりと羊料理を食べさせてくれるお店があります。細い階段を上がった店なので、看板のメニューを見過ごすとわからない。新宿に勤めていた頃に見つけました。「Bistro ひつじや」は世界の羊の家庭料理を専門にするレストランで、コックさんも店員もみんな外国の人。久しぶりの昼飯時に通りかかったので、木のドアを押して薄暗い店内に入ると愛想のいい黒人の兄ちゃんが「イラッシャイマセー」と迎えてくれました。小柄だけれど黒人タレントのボビーみたいなのんびりした口調。席に着くと渡されたのはごわごわした手触りのメニュー。これは羊の皮?スペアリブとかシシカバブとか、あと、わけわからん品がそれぞれセットで千円前後のお手頃価格。「羊の胃袋のトマト風味炒め物セット」に興味を持ったので、さっきの兄ちゃんを呼ぶ。「あの、これね」「ハイ、イッケブクロのイタメモノネ。」「は?あ、いや胃袋の...。」「ハイ、イッケブクロウ。」「あ。い、いぶくろね。」OK!と頷きながら彼はカウンターに戻り。「イッケブクロ、イッチョー!」そんなもの炒められるか。店内は近所のサラリーマンや美容学校の生徒たちでほぼ満員。タイルやレンガのインテリア、がたついたテーブル、インド更紗や唐辛子が天井からぶら下がる。不思議な異国情緒が漂い、20年近い歴史を物語ってくれます。いい気分です。しばらくして出てきたのはイカリングのような感触の料理。味はいいが、なんとも噛み切れない。しかしパンは旨い。歯の悪い私は四苦八苦してその輪ゴムのような料理を平らげ、口直しに野菜で作ったチコリコーヒーをたしなんで、満腹して清算。さっきの兄ちゃんに「い、ぶ、く、ろ。ごちそうさま。」「Oh!イッケブクロネ」「あのなー!(怒)」 ま、いっか。おもろい店でした。Bistro ひつじやHP
2009/05/26
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久しぶりに大阪に行って梅田地下街を歩きました。みんな歩くのが早い。しかも方向はバラバラ。ぶつかりそうになるのを避けながらなんとか流れに乗る。と、ぎっしり並んだお店のひとつにデカデカと「呼吸」という文字が躍る。よく見ると「呼吸チョコ」と読める。健康食品かと何度か目を凝らしても「呼吸チョコ」。なんじゃこれはと立ち止まると後の人がぶつかる。「すんまへん」と謝りながら人の流れを縫ってお店へ近づく。お店は「マルシゲ」。大阪の半世紀近い老舗のお菓子屋です。このチョコは1年前からヒットしているようです。知らなかった。「北新地」はあっさりした甘さにティラミス風のチーズの香り。「祇園」は抹茶がかかっている。どちらも噛むとアーモンドがカリっとして小気味いい。それにしても凄いネーミングです。ムードもへったくれもない。でも それが意外性というか、面白いというか、一度聞いたら忘れない。呼吸をしているくらいに新鮮という意味だとか。それをそのまま使うなんてインパクトがありますね。まいりました。さすが大阪。なんて、そんなものに浮かれている場合ですか。今日で会社を定年。花束をもらって家に帰ってもまだ実感が湧かないんですよ。
2009/02/13
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