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「迷説幸福論・50」 「光の項・4」幸は心に関係する。外にある物質でなく、内の心。ならば恍は光の種類の中で、幸に一番近い。誰が恍を観つけたのか知らないが、凄ぇな・・・うっとり。微か。穏やか。やわらか。幸は、眩い光じゃない。はっきりの明るさ、でもない。しっかりの正しさ、でもない。幸は、そっと、ある、らしいぞ。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2026/08/04
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「迷説幸福論・49」 「光の項・3」恍は心の光。心は物質的な輝きとは違う。奥深く、味わいがある光だ。単純に明るい意識じゃないぞ。心の光の表現。例えば、気抜け。例えば、うっとり。例えば、かすか。常識のイメージと違うだろう。心の光は、淑やかなのだ。そっと、かすかに、光るモノだ。心の世界は、それが至上の光なのだよ。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2026/08/03
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「迷説幸福論・48」 「光の項・2」洸は水の光。湧いて出てくる水の輝き。勇ましい、強いという意味もある。海のように、広く深いという意味もある。晃は日の光。一番、光として正当・・・だから、あきらか、という意味もある。ちなみに、光は音と表現する場合もある。つまり、日の音が晃となる。胱という字もあるが・・・これは月の光・・・じゃないぞ。肉月だから、臓器を表すのだ。膀胱は、月の光じゃないのだ・・・。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2026/08/02
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「迷説幸福論・47」 「光の項・1」光は種類がある。光、洸、晃、恍、昴。光は、元は火の輝き。太陽も火の輝きだ。自ら、光る、輝く。他を、照らす。勢いがある。美しさがある。そういう意味もある。明るいから、昼間、という意味もある。陰陽の陽だ。陰は夜、闇。大きい、広い、という意味もある。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2026/08/01
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「迷説幸福論・46」 「興の項・10」個の自立と興。螺旋状に進む。自立があり、興となる。興により、気づき(自立)が起こる。この世の仕組みだ。個と社会の関係だ。個の自覚と他との共栄。お互いが、それで楽になる。社会が個を滅す。個が社会を荒らす。その先は。共倒れの滅亡。今の日本は、何処に向かう?(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2026/07/31
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「迷説幸福論・45」 「興の項・9」氣を合わせ、力を合わせる。それには個の確立が必要なのだ。個の自立があってこそ、他と協力できる。足りないから力を合わせるのではない。個性ある個を自覚するから興になる。それが出来なければ、興とはならない。どちらかが一方的に寄生する。あるいは、両方で寄生する。欠陥品はお互い様だ。人間の段階で欠陥品以外は存在しない。そんなこたぁ、どうでもいい。欠陥品を自覚した上で、興するのだ。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)「ある気功師は想中・2032」 「迷説幸福論・45」 「興の項・9」氣を合わせ、力を合わせる。それには個の確立が必要なのだ。個の自立があってこそ、他と協力できる。足りないから力を合わせるのではない。個性ある個を自覚するから興になる。それが出来なければ、興とはならない。どちらかが一方的に寄生する。あるいは、両方で寄生する。欠陥品はお互い様だ。人間の段階で欠陥品以外は存在しない。そんなこたぁ、どうでもいい。欠陥品を自覚した上で、興するのだ。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2026/07/30
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「迷説幸福論・44」 「興の項・8」一緒に力を合わせる。表面の力だけ合わせても和にならない。興にもならない。1+1=2になるだけだ。興する。それは「氣」を合わせる。「氣と氣」が合うと何かが生まれる。2にならないのだ。数字以外になる事もある。絵になる、形になる、未来になる。興の可能性は、予測不能だ。だから、興は面白い。面白いところに、幸はいる。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2026/07/29
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「迷説幸福論・43」 「興の項・7」和の国・・・。日本の真髄は和・・・。真髄が何か知らないが、和は得意だった。そして、和の意味と価値は大きい。他と和する。すると、問題が解決する。新たなる、何かが生まれる。生命力が増える。日本は和によって、繁栄できた。それは結果を求めたからではない。和する事に意味と価値があったのだ。興は和の一部分だ。だから、日本は力を合わせるのも得意だった。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2026/07/28
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「迷説幸福論・42」 「興の項・6」力を合わせる。1+1だ。結果はどうでもいい。2でも5でも1.2でもいいのだ。結果ばかり求める風潮がある。ツマラン風潮だ。そんな事ぁ、どうでもいいのだ。合わせるところに、何かが生まれる。それが、合わせる意味だ。結果は、常に変わるものだ。意味も価値も無い。そんな事も判らなくなったのかなぁ。日本人は、退化しているんだなぁ・・・。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2026/07/27
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「迷説幸福論・41」 「興の項・5」生命の為に世界がある。この世(肉体界)とあの世(精神界)がある。どちらも生命の為の舞台だ。そして、我々は、この世にいる。あの世の事は、一時棚上げだぜ。この世は、個と社会で成り立っている。全ての個が何らかの繋がりに加わる。個だけでは、存在できない世界だ。多分・・・あの世は、個だけで存在できるだろう。個が基本なのは、当たり前だ。個の集まりと、個の支え合いが社会だ。この世での生命は、個と社会で活性する。生命の活性が幸となる。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2026/07/26
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「迷説幸福論・40」 「興の項・4」興するには、他と会わなくてはならない。そして、心に感じる何かが生まれる。個のまま閉じこもっていては興にならない。それでは、心に感じる何かは生まれない。個の世界はとても大切だ。自分が自分に向き合う世界だ。自が回復する時間だ。だが、個の世界だけでは生命は萎む。他と出会う。出会うだけでは足りない。一緒に、力を合わせる。すると、個の世界では気づけない何かが生まれる。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2026/07/25
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「迷説幸福論・39」 「興の項・3」興によって創られた社会。社会によって個にもたらす苦と喜。興が幸の一面ならば・・・苦と喜も幸に内蔵される。興は共同力。そして、心に感じる作用。誰かと、あるいは、何かと興する。すると、新たな何かが出来る。一人では出来ない何かが起きる。それは、同時に、個の心にも起きる。興の意味は深い。知が「心に感じる」意味ならば・・・知行一致という言葉が当てはまる。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2026/07/24
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「迷説幸福論・38」 「興の項・2」社会は個の幸に関与する。個の苦にも関与する。個だけでは変化が出来ないからだ。他との摩擦や刺激があって、個が変わる。社会が幸をもたらすわけじゃない。幸は自分で観つける(気づく)ものだ。だが、関与はする。大きく関与する。興という共同力。それは社会を創る。多分・・・苦と喜を比較したら・・・喜の方が多いし大きいのだろう。だから、社会は続いている。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2026/07/23
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「迷説幸福論・37」 「興の項・1」興(こう・きょう)。力を合わせて何かを興(おこ)す。同時に協力する。そして、心に感じる、という意味もある。生物は個で存在する。そして、お互い協力して生きている。存在は個だが、個では生きられない。それぞれが影響し合っている。ただ影響しているだけじゃない。協力する事で、新たな出来事が始まる。個と個が協力する。個の集まりが協力する。社会という世界が始まる。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2026/07/22
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「迷説幸福論・36」 「行の項・9」努力精進推進派は異論があるだろう。行は精進の為の行いである、と。そんなこたぁ、無ぇ。精進は趣味だぜ。行は行だけだ。立派になる為に存在しているんじゃない。魂を磨く為に生まれたわけじゃない。生命を謳歌し、様々を体験する。そして、やわらげば、上出来。目指すとすれば、幸。正しさでもなく、聖でもない。純でもなく、頂点でもない。優しさ、やわらかさ、嬉しさだ。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2026/07/21
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「迷説幸福論・35」 「行の項・8」楽なはずの行が苦行になる。自分を素直に観るのを忘れる。理想の自分を追いかける。そりゃ、無理も出てくるさ。精進だ、努力だ、聖なる行だ。誤魔化す言い訳はある。誤魔化すのは他を気にするからだ。自分の内を観るのに、誤魔化す必要はない。行は幸への歩き方の一つ。ならば楽に歩こうぜ。自分を観るのに、力はいらない。肩の力は抜かなきゃ、瞳は開かない。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2026/07/20
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「迷説幸福論・34」 「行の項・7」全ては行(ぎょう)になる。日常生活全てだ。行は自分の内を観る行いだ。だが、精進や努力じゃない。自然の行いだ。楽になる為の行だ。苦行であったら本末転倒。楽とは自由になる事だ。心身行が柔らかくなる事だ。自分を観る、なんて難しくない。慣れてないだけだ。自分だぜ。そんな大した内容じゃない。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2026/07/19
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「迷説幸福論・33」 「行の項・6」ワシは精進や努力する事を勧めない。精進は悪い事ですか?努力はいけないのですか?・・・だから、勧めないのだ。努力や精進は趣味だ。好き好きだ。しようが、しまいが、勝手なのだ。そこが理解できないみたい。立派な行為だと思い込むみたいだ。する、しないは好き好きでいいのだが、良い行い、立派な行い、と思い込むと弊害がある。努力や精進で得るモノより、弊害の方が大きい。そんな事も解らないで、他人を煽る人達が多い。胡散臭いんだなぁ・・・(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2026/07/18
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「迷説幸福論・32」 「行の項・5」人間の判断は間違いが起こる。間違いは間違い無く起こる。それも、かなり起こる。日常茶飯で起こる。だが、間違っている間は間違いだと思わない。だから正当を主張する。違いがあれば、相手が間違いだと思い込む。自分に正誤や善悪の判断ができていると思い込む。精進する。努力して、精妙に進む。だから、間違いなど更に無いと思い込む。方向に間違いがあるなどとは思わない。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2026/07/17
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「迷説幸福論・31」 「行の項・4」自分に戻る。自分を観る。それを行(ぎょう)ともいう。修める為の行を修行という。だが修行と称する事は多分にアヤシイ。修行を口にする者はアヤシイ人が多い。修行は個人的な内部の行だ。アレコレ他人に指図するようなモノじゃない。また精進と修行を混同する人も多い。しかも、それが正しい道のようにいう。稚拙か詐欺か勘違いか無知だと思う。そんなことは、他に言うべきことじゃない。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2026/07/16
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「迷説幸福論・30」 「行の項・3」幸への道。最初から持っている。最初から付いている。そういう表現もできる。だが、それに気づくまで道を行く。気づいてからも道を行く。青い鳥は、自分の家にいる。だが、一度外に出ないと色の区別が出来ない。色々な色を観て、色は判断できる。そして、気づく。な~んだ、青い色なら家の鳥だぁ~道は、自分の中心につながっている。それは、宇宙の中心でもある。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2026/07/15
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「迷説幸福論・29」 「行の項・2」幸せは、歩いちゃ来ない。だから、歩いて行くんだね。どこかの歌詞だが、本質だろう。幸は行によって、実現できる。受身で幸が舞い降りる。そんなイメージがある。幸をある状態だと思うからだ。幸を静的な状態だと思うからだ。幸は歩いた行により育つのだ。当たり前だが、意外と忘れがち。幸は動的なモノなんだぜ。幸を感じるのは、そこまで歩いたからだ。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2026/07/14
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「迷説幸福論・28」 「行の項・1」行。「こう」とも「ぎょう」ともいう。行く、という意味だ。進む、という意味だ。道に関係する。道は歩いた後に出来る。だが、歩く先にもある。見えないが、方向はある。未来という未知の道。(ダジャレじゃないぞ)未来の道は意思で決まる。導かれて決まる場合もある。いずれにしても、行かなきゃ道はできない。諦めて止まれば、道はそこで途絶える。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2026/07/13
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「迷説幸福論・27」 「交の項・10」淡の交わり。お互いの個を尊重する。お互いの生き方を尊重する。すると、淡という交わりになる。水の如く。淡ではあるが、水の如く。相手の邪魔はしないが、表面の交わりではない。尊重というのは、深い理解があるからだ。理解していても、淡の付き合い。大切だからこそ、淡の交わり。水の如く交わるから、深い。いつまでも、仲間。必要なら、いつでも傍にいる。だが、特に何もしない・・・それが、交淡如水だ。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2026/07/12
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「迷説幸福論・26」 「交の項・9」交わる方法。交わる型がある。良悪はない。それぞれの状態、立場、目的による。ワシ的にオススメの方法はある。理想というほど遠くない。いつでもできるわけでもない。だが、楽なのだ。お互いが楽なのだ。「交淡如水」という。交わりは淡く、水のように。この意味は深い。淡い、に意味がある。水の如く、に意味がある。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2026/07/11
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「迷説幸福論・25」 「交の項・8」他と交わる。他と接触。違いの認識。それらは自由に向かう。ならば縁も同じだ。何故、縁があるか?因果との関係だと思ってしまう。まぁ、それでいいけど・・・因果を過去、現在に絞ってしまう。すると、自由に結びつき難い。因果は未来の為に存在する。すると、自由に関係する事がわかる。縁は、自由になる為のシステムなのだ。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2026/07/10
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「迷説幸福論・24」 「交の項・7」交の意味。交の目的。交の存在理由。交の効能。違いを体験する。その違いを受け入れる。違いが解ける。解けた分だけ広がる。広がりは自由度と比例する。自由は幸の一面。解かす能力は柔らかさ。柔らかさも自由度だ。交は自由に貢献していたのだ。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2026/07/09
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「迷説幸福論・23」 「交の項・6」誰かと出会う。何かと出会う。お互いに影響を受ける。お互いの違いに影響される。人と人の付き合い。人とモノとの付き合い。この世での出会いの理由。相手を理解すること、という概念があった。それは、固定概念だった。相手は理解しきれない。自分も理解しきれない。理解ではなく、解だけなのだ。違いを解かす為の出会いだった。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2026/07/08
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「迷説幸福論・22」 「交の項・5」交わる。個と個だから交わる事ができる。交わる点、あるいは面に違和がある。違和はそれぞれに影響する。それまでの自分(個)と違うモノ。違和を受け入れる。あるいは拒否する。それにより、道の幅が広くなる。相手(他の個)と解けるわけじゃない。だが、違和は解ける。その分、自分が広がる。柔らかくなれる。交はこの世の存在理由の一つなのだ。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2026/07/07
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「迷説幸福論・21」 「交の項・4」心は解け合う事が可能かもしれない。遥か遠く、魂も一つに解け合うかもしれない。だが、肉体は一つになれない。この世の存在理由の一つだ。個が個として体験する「場」だからだ。どんなに愛し合っている二人でも無理なのだ。まぁ、大抵は時間が経てば身をもって知る・・・母体の中の胎児も解け合っているわけじゃない。個が個として生きるから、貴重な世界なのだ。解け合えない。一つになれない。だが、交わる事はできる。それが、縁というヤツだ。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2026/07/06
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「迷説幸福論・20」 「交の項・3」この世に生まれる。特徴は一つの肉体。その肉体の限度までが、この世での生命。最初から最後まで、一つの個なのだ。その個が生涯を過ごす。その個の生涯が道になる。どんな生命体にも独自の道ができる。振り返ると道がある。先(未来)にも道はあるが、見えない。道は独自だが、幾つもの他の道と交わる。方向が同じ道もあるだろう。だが、一つの道にはなれない。接する事もあるだろう。だが、溶け合う事はできない。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2026/07/05
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「迷説幸福論・19」 「交の項・2」この世は物質(肉体)界だ。仏教的には色界という。見える、触れる、聞こえる世界だ。だが、多重世界でもある。見えないモノ。触れられないモノ。聞こえないモノ。それらも、重なっているのだ。交わる、とは、二つ(以上)の世界に触れる。見える(触、聞、香なども)世界だけじゃない。見えない世界だけじゃない。見える世界を通じて、見えない世界にも関係する。つまり、心や魂や霊や過去や未来にも影響する事だ。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2026/07/04
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「迷説幸福論・18」 「交の項・1」交わる。同種が深く接触する事。ただの接触は交わりにならない。ちなみに、異種だと混になる。ワシは混乱も乱交も混交も好きだけどなぁ。生きていると、何かに接触する。何かに縁がある。モノや機会や人や人以外の生物。だが、縁は深浅がある。袖触れ合うだけの縁もある。肌触れ合う縁もある。もっとアレコレ触れ合う縁もある。そして、心に触れる縁もある。魂に触れる縁もある。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2026/07/03
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「迷説幸福論・17」 「康の項・8」虚空蔵菩薩(こくぞうぼさつ)。虚しさ、空しさの本質をあらわす菩薩だ。大宇宙、無限の広さをあらわす言葉だ。むなしいとは、本来そういう意味なのだ。康に意味する、むなしさ。幸の一面や一性質を表している。物質(肉体)界においては、諸行無常でもいい。万物流転でもいい。肉体生命は限りある。だから、むなしい、という意識が大切だ。むなしい、は慈悲に通じる。自他共に、あらゆるモノに、むなしさがある。感じる心は、慈悲となる。慈悲は幸に通じている。康は、五方に通じる大きな道なのだ。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2026/07/02
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「迷説幸福論・16」 「康の項・7」むなしさ、が何故康(幸)なのか。一般的な理解では、マイナス的なイメージだ。だが、仏教用語としてなら理解できる。空しい、虚しいは、大きな道なのだ。通常の、むなしいという感情。それも空や虚の一部だ。大きすぎるモノ。理解の範囲を超えるモノ。それを空しい、虚しいと表現した。幸の一部分。幸の一面。むなしさはツマラナイのではない。大きすぎるのだ。むなしさ、は最初から生命に付いている。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2026/07/01
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「迷説幸福論・15」 「康の項・6」全ての生命に最初から康(幸)がある。生命の内に仕込まれている。それが五方に通じる大きな道。グレちゃん(創造主)は優しい。だが、ただ優しいだけじゃない。同時に仕組まれているモノがある。それが、もう一つの康の意味。むなしい、ってヤツだ。幸の性質の一つか。幸のある面なのか。それとも、表裏の関係なのか。わからないが「むなしさ」も最初から付いている。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2026/06/30
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「迷説幸福論・14」 「康の項・5」五方に通じる大きな道。この表現はいい。幸せの性質や機能を上手く表している。五方を生きるのは、全ての生き物達だ。生き物だけじゃない。全ての存在が五方を生きている。生きているのは、生き物だけじゃないのさ。まぁ、この説明はメンドウだからしないけど。そして、全ての存在に康(幸)はある。最初からある。青い鳥は、最初から家に住んでいるのだ。不幸もあるかもしれないが、無幸はないのだ。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2026/06/29
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「迷説幸福論・13」 「康の項・4」全ての空間って、いわれてもなぁ・・・広すぎて想像がつかない・・・康は見えない世界を表現している。やすらか、とか、たのしいなどだ。ならば、物理的な空間ではないな。物理的な意味でなければ、精神的意味になる。五方(全て)に通じる大きな道だ。ならば道は、生き方とか方向だ。全てに共通する生き方。全てに内蔵されている方向。それこそが、幸せってヤツだろう。どの道からでも通じている。目指している、という表現もできる。何処にいても、幸せに通じている。この世の創造主は、超優しいなぁ。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2026/06/28
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「迷説幸福論・12」 「康の項・3」康は五方に通じる大きな道。何やら、深~い意味がありそう。五方とは、四方プラス一方だ。方は方向、方角を指す空間。地球上では東西南北が四方。宇宙的や精神的なら、上下左右。上下も左右も自分の位置からだ。元々上下も左右もないから、自分を中心とする。その中心が残りの一方とする。東西中南北。上中下中左中右。つまり五方とは、全ての空間を意味する。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2026/06/27
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「迷説幸福論・11」 「康の項・2」とりあえず落ち着くのを小康状態という。良くなりそうだ、という場合も小康状態という。小さくても、安心できそうな「康」だ。吉兆字の一つだろう。そういえば「家康」というオッサンがいたなぁ。家(徳川家)を安心させる為、何でもしたなぁ。犠牲になった方は「康」じゃなかったけど・・・安定の時代(江戸時代)が長かったのは事実だ。たのしい、という意味があるのもいい。幸はたのしい(楽しい・愉しい)が付きモノだ。安心より、愉しいを目指すタイプがいる。ワシもその一人だ。落ち着かなくても愉しければいい。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2026/06/26
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「迷説幸福論・10」 「康の項・1」この字は意味深いぞ。やすらか。たのしい。おおきい。五方に通じる大きな道。そして、むなしい。幸の指標になりそうな意味が多い。まず、やすらか。これは「健康」の康だ。身体は「健やか」に。心は「康らか」に。落ち着いている状態。静かで、楽な状態。安定している状態。やわらかく、温かい状態。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2026/06/25
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「迷説幸福論・9」 「好の項・5」だから、好き同士も別れる。気分で変わるのだ。それが、いい。幸は固定されないところに有るようだ。幸は固定されない自由と共にある。好きは増やせる。固定されないから、増やせる。一夫一婦制じゃないのだ。縛られないから、幸になる。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2026/06/24
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「迷説幸福論・8」 「好の項・4」好きが増えるのはいい。好きは、生きていると、勝手に増えるようだ。嫌いを濃くすると、嫌いも勝手に増える。心は焦点を当てると増え、広がるようにできている。ならば、コツは簡単だ。嫌いを薄めればいい。苦手を薄めればいい。無くそうとは思わなくていい。この世にあるものだもの。好み。何故だかわからないが、いい。何となく、いい。好き、は固定されてない。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2026/06/23
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「迷説幸福論・7」 「好の項・3」嫌いを無くそう。それが正しい生き方だ、なんて思ってない。正しい生き方は・・・苦手な方だ。正誤にこだわると、自他共に不自由になる。ワシは根性が無い。嫌いがあると、克服なんてしない。避ける。すると、その分、自由になれない。だから節操の無い生き方になる。嫌いを克服するのではなく、薄くする。まぁ、いいかぁ。好きを増やす。多分、幸の方向だろう。だが、嫌いも増えたらメンドウだ。好き、嫌いがハッキリしている。そういうのは、結構不便だ。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2026/06/22
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「迷説幸福論・6」 「好の項・2」女を推しはかる。・・・解らない、推測不能・・・女は推測不能の生物なのだ。女は生命とダイレクトに繋がっているからだ。生命は(人間の段階では)推測不能。解らないモノに対する感情。まぁ、性格によるけど・・・そこに嫌いという感情が生まれる。理解できないモノは嫌い。そういう人達は結構多いぜ。ワシは節操の無い方だ。更に節操の無い生き方を目指している。だから嫌いなモノが少ない。好きなモノは多いし増えている。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2026/06/21
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「迷説幸福論・5」「好の項・1」(以降全て、こうのこう、です)好き。女の子が好き。ワシの趣味ではないぞ。漢字をバラすと、女と子になるのだ。(注:ワシはオナゴは敬うし好きだが、女の子はワシ的にはオナゴじゃない。オンナと女の子は差があるのだ)好きという段階。オンナではなく、女(オンナ)の子。未だ成熟していない。軽い段階の惚れ。楽な段階の感情や方向。ついでに嫌いという字も考(こう)する。嫌いは、女を兼ねると書く。この場合の「兼ねる」は「合わせもつ」ではない。推しはかる、という意味だ。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2026/06/20
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「迷説幸福論・4」「はじめに・4」消極的なモノはノリが悪い。同じ方法でも消極的にしなければいい。堂々と努力しない。でも、気まぐれで、時々する。好きな事には根性出す。たまには、頑張る。考える事も、持続しない。考えから空想へ。更に妄想へ。ゆったり夢想へ。脳があるなら、考も愉しもうぜ。コツは「こだわらない」だ。考える、って、愉しみの一つだ。ということで、考も幸。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2026/06/19
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「迷説幸福論・3」「はじめに・3」いろいろな「こう」の文字。それで「幸」の道標にする。まぁ、それが今回の指令だ。(指令だったのかぁ・・・)考える。おっ!これも「こう」だ。だが、何を考えるかが問題だ。ワシは、考える。如何に楽をして愉しく生きられるか。消極的な選択がある。努力しない。根性出さない。頑張らない。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2026/06/18
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「迷説幸福論・2」「はじめに・2」幸に生きたい。だけど、幸ってアイマイすぎる。範囲が広すぎる。個の感覚や考えで違うかも・・・もっと判りやすい「幸」があるだろう。日本語は同音に同意味の文字を用意している。音が同じなら、意味も同じところに根ざす。例えば、神と上と守。火と日と陽。幸も同じ意味や方向の文字があるだろう。もし無くても、デッチ上げればいい。どうせワシは口から出任せで書いている。言葉遊びも人生の愉しみの一つだ。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2026/06/17
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「迷説幸福論・1」「はじめに・1」幸、高、功、効、行、交、好。まだまだあるぞ。香、孝、恋う、康、恒、興、昂。ただ同音の文字ではない。生きる指標になりうる「こう」だ。ワシは青臭い年代ではない。だが、青臭い想いは常にある。想いはあるが、毎日に流される。元々、流されるのは好きなほうかも・・・それでも、ときに青臭い想いに呼び戻される。人生を楽しみに歩くには・・・とか・・・せっかく生きているんだ。漠然と流されるだけっていうのもなぁ・・・(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2026/06/16
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