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平昌五輪の女子シングルの女王は、個人的にはメドヴェージェワ選手だと思っていることはすでに書いたし、今のその考えに変わりはない。同じことやってるだけなのに、五輪が近づくにつれ演技・構成点がどんどん爆上げされていく選手がいるのは、バンクーバー五輪に端を発する「流れ」なので、それについてはもう今さら触れないが、けがをする前は「敵なしの絶対女王」だったメドヴェージェワ選手のジャンプの技術に対して、実はかねてからMizumizuにはどうしても気になる点が2つあった。まず1つはルッツのエッジ。シニアに上がってきた当時からメドヴェージェワ選手のルッツのエッジは非常に疑わしく見えた。にもかかわらず、判定は一貫して彼女に甘かった。明らかなwrong edgeとまでは言えないかもしれないが、といって明確にしっかりアウトサイトにのっているとも言いきれない。ちなみに五輪前のヨーロッパ選手権では!(アテンション)がついたが、減点はなく、やや加点が抑制されたかな、ぐらいの採点。もう1つは連続ジャンプの「間のび」。これはソチでのロシア代表シングル女子にも見られたが、最初のジャンプを終えて次のジャンプにいくまで、ひざを曲げ、腕を振るようにしてかなり「構え」てから跳ぶ。簡単に言うとポンポーンと跳ぶ感じがないのだ。後者については今のルールでは、他の高品質要素があれば減点の対象にならないようで、その傾向はソチから一貫しているから別にメドヴェージェワ選手だけに甘いという話ではないが、前者のルッツはどうにもスッキリしない。もしメドヴェージェワ選手がルッツが得意なら、ショートにも入れるはずだし、フリーにも2度入れるだろう。アクセルジャンプについで基礎点の高いジャンプなのだから。ザギトワ選手はショートに1回、フリーに2回ルッツを入れ、さらにフリップもフリーに2回入れている。で、オリンピックのフリー。メドヴェージェワ選手のルッツのエッジはどうか…と目を光らせるつもりでもちろん録画もしたのだが、OH! NO! カメラが彼女のルッツのときに突然上方に切り替わり、よく見えなかった!しかし、その視点からだと、やはり若干インサイド気味に見えたのだ。画面では黄色の「審査(レビュー)」の印がついた。回転不足はないジャンプだから、当然これはエッジの判定のためのレビューだ。が、やはりというか、ルッツに!もEも入らず、そのまま加点ジャンプとなった。だから、メドヴェージェワ選手の平昌五輪でのルッツは、あまり信頼がおけるとはいえない技術審判団にとってはちゃんとしたルッツだったのだろう。五輪技術審判団に認められるルッツ(しかも加点も2以上でモリモリ)が跳べるんだったら、なんでショートに入れないのだ? なんでフリーで2回跳ばないのだ? ひるがえってザギトワ選手は、ルッツをショート1回、フリーに2回入れて、Mizumizuの記憶では、シニアに入ってエッジに疑問符がついたことはない。フリーにはルッツの次に基礎点の高いフリップも2度入れている。これは、マジで「最強」のジャンプ構成だ。後半に入れる凄さと、反面後半がジャンプばかりになるバランスの悪さばかりが言われているが、ザギトワ選手の「エッジに不安がない」強さはもっとクローズアップされていい。これまでずっと続いてきた五輪女王の条件。それは2回目につける3回転を回転不足なく回れること、そして3ルッツをエッジの不安なく跳べることだとMizumizuは書いた。そして、今回もなぜか、そうなったのだ。これは単なる偶然かもしれない。たとえば五輪が去年開催だったら、メドヴェージェワ選手に対抗できる選手はいなかった。ルッツが1回でも、手をあげて跳べるとか、映画の物語の主人公になりきれる表現力だとかがクローズアップされて、彼女のルッツのエッジが微妙であることは、忘れ去られたかもしれない。だが、1点、2点を争うガチンコ勝負になったとき、モノを言ってくるのは欠点のない技術力。今回女王になったザギトワ選手に揺るぎないルッツがあったことは、メディアで誰も指摘しないからこそ、Mizumizuが書いておきたい。男子シングルにもやはり、隠された王者の条件があったと思う。それはトリプルアクセルの強さ。4回転が勝負を決めると言われ、実際にそう見えるが、羽生選手は2つ目の4回転トゥループを連続ジャンプにできなかった。単独ジャンプが2回になると基礎点が削られるから、これは見た目以上に大きな失点になる。ところが、その直後に3A+1Lo+3Sを決めてしまう。これができたからこそ、66年ぶりの快挙もあった。エキシビションで回転を遅らせたアクセルジャンプを見せ、そのあとすぐ3回転アクセルを見せていたが、あれぞ羽生選手の真骨頂だ。五輪王者にふさわしい資質を備えながらシングル個人の金メダルのなかったランビエール選手やパトリック・チャン選手と羽生選手の違いを1つ挙げるとすれば、やはりMizumizuにとってはこのトリプルアクセルの技術力の差になる。メディアでは、後半にジャンプをかためることの是非や男子の4回転の話ばかりになっている。時代は流れ、技術は進み、3回転ルッツやトリプルアクセルが女王や王者を決めた時代は過去のものになるかもしれない。だが、今は少なくとも、やはりこの原則は生きている。
2018.02.25
平昌五輪フィギュアスケート女子シングルが終わった。Mizumizuが指摘したソチ後にますます女子シングルで強まった、「少女潮流」を象徴するような女王が誕生した。年齢的にも、ギリギリで出場が認められた15歳。絶対女王と目されていたメドヴェージェワが故障すると、すぐさまその座を脅かす存在として台頭してきた、勢いも実力もある選手。男子シングルで日本人選手がワンツーを取ったとき、「これでロシアのワンツーも決まったな」と薄々感じた人も多かったと思う。ザギトワは素晴らしい選手だが、表現面では、例えばバレエ風のポーズなどは、決めが不十分なまま次のモーションへいってしまう「粗さ」がある。技術的にはジャンプが決まれば凄いが、失敗すると見事に転倒になってしまうこともあり、ここまで急激に評価を伸ばすとは、正直思っていなかった。シーズン初めのロンバルディアトロフィーではフリーの演技・構成点が67.52点(技術点では79.65)で、日本の樋口選手のほうが高い評価だったのだ。ところがところが、オリンピックの演技・構成点は75.03点(技術点は81.62点)。技術点は高いが、演技・構成点はまだまだの若手… だったはずが、ワンシーズンでこんなにも盛られ…いや高評価になった。どーにでもなる演技・構成点の正体が、ますます明らかになった感がある。とはいえ、スポーツ競技としてみると、団体戦の時のような意味不明の厳しい回転不足判定もなく、1位・2位を争う選手に対する演技・構成点での露骨な点差付けもなく、金メダルを争う選手たちに対しては、非常に公平だったと思う。というか、ジャッジにとってもどっちでもよかったのだろう。点差もわずかでどちらが勝ってもおかしくない。個人的にはメドヴェージェワの演技のほうが女王にふさわしいと思ったが、若いザギトワの勢いが勝った。これもオリンピックではよくある話だ。そして、ロシアの「女王製造システム」の凄さ。バンクーバー後にソチに向けて始まった女子シングル選手の強化が、ここにきてゆるぎないものになった感がある。この4年の間に、何人のロシア人女王が入れ替わっただろう。彼女たちはまるで女王製造マシンのベルトコンベヤーにのって出てくるかのよう。ルールを完全に攻略し、どうやったら高い得点が得られるか、緻密な計算のもとに徹底的に強化された、精密機械のような選手たちだ。次々にシステムから運ばれて出てくる選手で、平昌のタイミングにぴったり合ったのが、たまたまザギトワ選手だった…という印象。これはロシアのバレリーナ育成プログラムに、ある程度似ているかもしれない。才能のある選手を徹底的に選別し、厳しいトレーニングで完璧に育て上げる。フィギュアスケートでは、ジャンプがカギで、ロシアの女子選手はジャンプのピークが非常に早い(若い)という欠点がある。だが、表現力の面でも早熟で、若いころから大人顔負けの演技をする。手足が細く長いから非常に見栄えもする。ザギトワ選手はすぐ跳べなくなるだろう。ソチで輝いたロシア人女子選手、その後女王の座についたロシア人選手があっという間にいなくなったように。ジャンプ重視の採点を続ければ、高難度ジャンプを跳ぶ若い選手は出てくるだろうが、女子の選手生命はますます短くなってしまう。今でさえ、あまりにも短いのに。スポーツとしての側面を追求すれば、当然そうなる。だが、これからは?男子シングルで中国人の演技審判が露骨な身びいきをしたとかで、ジャッジのボロもだいぶあからさまになってきた。今回だって、回転不足の取り方が団体戦と個人戦でまるで違う。そろそろまたガラガラポンにする時かもしれない。しかし、試合そのものは素晴らしく、メダルの3人はみな驚異的なパフォーマンスだった。日本人選手もソチのときのような「自分史上ワースト」な出来ではなく、2人とも出色の出来だった。それだけでも大きな収穫だ。女子でコストナー選手がメダル争いに絡んだというも素晴らしい。しかも、ルッツを跳んでガチンコ勝負に来た!!フィギュアスケートは終わったが、羽生選手が66年ぶりの連覇という偉業を達成し、ロシアも女子ワンツーで強さを見せつけ、パトリック・チャンもついに団体戦で金メダルを手にした。長く苦難の時を過ごしたアメリカの長洲未来選手も団体戦でメダル。報われなかった選手も多いが、報われた選手も多かった。その意味では団体戦の意義も大きかったなと思う。
2018.02.23
平昌五輪の男子フィギュアシングルの表彰式に現れた、眼光鋭いロシア人のISU副会長の姿にお気づきだっただろうか?彼こそ、アレクザンドル・ラケルニク氏。「ほんの少しの回転不足が、その下のジャンプを回りすぎて着氷したときと同じ点になる」なんていう、前代未聞のルール運用がされた、暗黒のバンクーバー五輪。その直後にはやくも、「ソチでは4回転を跳ばずには勝てない(I don’t think somebody can win without a quad)」と「予告」した人物だ。詳しくはMizumizuのこの記事を参照↓https://plaza.rakuten.co.jp/mizumizu4329/diary/201408080000/バンクーバー五輪のフィギュアシングルのルールは史上最悪だった。そしてロシアの成績も散々だった。ロシア人にとっては煮え湯を飲まされた五輪だったが、それで引っ込まないのがロシアだ。そこから採点の流れを変え、自国開催のオリンピックで、見事にフィギュア王国ロシア復活に導いた立役者の一人がラケルニク氏だといえる。2016年にカナダ人ISU副会長のドレ氏が亡くなり、アレクザンドル・ラケルニク氏が副会長に選出された。彼の権限はより高まったのだ。そして、ラケルニク氏は、平昌後の大きなルール改正にもすでに言及している。彼によれば、現在のショートプログラムとフリープログラムは似すぎている。これを変えて、芸術面を重視して評価するプログラムと技術面を重視して評価するプログラムとに分け、できるなら「総合」も加えてメダルの数を増やしたいのだという。面白いかな、と思う。どのみち今のジャッジは、「スーパーのレジ係」。できるだけお上の意向に沿って…もとい、客観的な基準に沿って、「レジ打ち」すれば、それなりに競技としては成り立つだろうし、今回の五輪の男子シングルの日本選手ワンツーに対する熱狂とそれがもたらすであろう経済効果を見れば、フィギュアスケートの未来は、案外明るい。ラケルニク氏は、フィギュアスケートの人気を取り戻したいと言う。日本では人気があるが、それはスター選手がいるからだ。今の日本がむしろ例外で、ヨーロッパでも北米でも、フィギュアのかつての人気は地に落ちている。もし今のままジャンプ重視のルールが続けば、スポーツ競技としては非常に勝敗が分かりやすいが、選手はどんどん若くなり、その結果フィギュアの最大の魅力である、氷上の舞踏芸術としての側面が薄れ、人々がお金を払ってみようという競技でなくなってしまう。暗黒のバンクーバーのルールをきっぱりと否定し、ルールを改正し、ソチへの流れ、やや拡大解釈すれば「羽生結弦の時代」を作ったともいえるラケルニク氏。もちろん食わせ物のロシア人が自国選手に不利になるような改正はしないだろうし、それがこれからの日本人選手にとって吉と出るか凶と出るかは未知数だが、彼の仕掛ける次の大きなルール改正、Mizumizuは案外楽しみにしている。
2018.02.20
4年前のソチで、羽生選手が金メダルを取ったとき、タラソワは、「(今回の五輪男子シングルでは)率直に言って誰もチャンピオンにふわさしくない。あれほど転ぶ五輪王者は見たことがない」と感想を述べた。アメリカのメディアは、「男子選手が、右へ左へよろめいた夜、なんとか勝ち残ったのは羽生だった」と評した。当時のタラソワが羽生選手の金メダルに否定的なコメントをしたといって、「ルールを知らないのか」などとトンチンカンな叩き方をした、自称・元フィギュアスケーターもいたが、笑止千万だ。タラソワは、あのプルシェンコとの壮絶な試合を制して金メダルをとったヤグディンのコーチだ。彼女には明確な五輪王者の「ビジョン」がある。自らの理念に率直な感想を述べただけ。Mizumizuは、あのとき、「4年後に羽生選手が五輪王者にふわさしい(と彼女が認める)演技をすれば、必ず賞賛する」と思い、そう書いた。そして、4年後、そうなった。https://www.nikkansports.com/olympic/pyeongchang2018/figureskate/news/201802170000732.html国営ロシア通信は「日本の神。フィギュアスケーター羽生が金」と報道。かつて浅田真央さんを指導したタチアナ・タラソワ氏はロシアのテレビ生中継で解説し、羽生選手がジャンプの着地で転倒せずに持ちこたえるたびに「立て」と声を送り、演技を終えると「1位だ。美しい」と称賛した。そのうえ、なんと「出まち」まで! http://www.sankei.com/west/news/180217/wst1802170042-n1.html羽生結弦連覇 ロシアの大御所・タラソワさんが祝福のハグ 真央元コーチ「彼の演技を見ることができて幸せ」平昌冬季五輪フィギュアスケート男子で17日、大会2連覇を果たした羽生結弦(23)=ANA=を待っていたのは、ロシアの大御所タチアナ・タラソワさんだった。 ミックスゾーンでのテレビインタビューを終えた後、その場から立ち去ろうとする羽生をタラソワが“出待ち”。羽生はタラソワさんが立っているのを見つけると、笑顔で駆け寄って抱擁を交わした。 タラソワさんは羽生のほっぺにキスをして、金メダルを祝福。2人は数秒間見つめ合って、一言二言、言葉を交わした。タラソワさんは目に涙を浮かべているように見え、その光景は日本でもTV中継された。 タラソワさんは、昨年現役を引退したバンクーバー五輪銀メダルの浅田真央さんのコーチ。選手とコーチの関係が終わった後も、「私は真央のファン。真央と歩んだことは私の誇り」と公言して、浅田さんの活躍を応援してきた。 昨年4月に浅田さんが現役引退を表明した際も、産経新聞のインタビューに「真央は素晴らしい女性。これからの彼女の人生の成功を心から祈っています」と言葉を贈った。タラソワさんは素晴らしい演技をする羽生のことを高く評価しており、羽生はタラソワさんから贈られた「ノッテ・ステラータ(星降る夜)」を滑り、優美なスピンなどを披露したこともある。昨年10月のグランプリシリーズロシア杯の際に、タラソワさんは現地の中継番組の解説役を務め、羽生が今回の平昌大会でも披露したフリーの完璧な演技を見せると、「「ブラボー、ブラボー。彼の演技を目の前で見ることは幸せ」と解説。「この日本的な音楽のプログラムは羽生に新たな力を加えることを私は確信している」とも語っていた。(引用、ここまで)タラソワの心の広さは、さすが一流人だ。彼女は復活したプルシェンコが見事な演技を見せたときも、興奮した様子で、わざわざ「出まち」して祝福していた。かつてのヤグディン陣営とプルシェンコ陣営の「不仲」は有名で、ヤグディンが「ロシア国内大会で自分が勝てないのは、コーチのミーシンの(政治力の)せい」とまで発言していた。かつて自分の教え子のライバル、しかもそのライバルが最も欲しかった金メダルの夢を阻んだのは自分とその教え子。にもかかわらず、素晴らしい演技をすれば自ら出向いて惜しみなく賞賛する。タラソワのフィギュアへの情熱は、まだまだ「老いて」はいないようだ。選手としてではなく、優れた指導者、振付師、そしてビジョンを持った、ロシアの誇る偉大な存在。彼女からの手ばなしの賞賛もまた、羽生選手が自ら獲得したおおいなる名誉だ。
2018.02.18
平昌五輪フィギュアスケート男子シングルが終わった。非常にスリリングでエキサイティングだった。日本にとっては想定した中で最高のシナリオが現実のものになり、関係者全員が感無量だと思う。五輪シングルでのワンツーフィニッシュ。祝・祝・祝・祝・祝といくつ並べても足りない快挙。金・銀メダリストの2人は、長らく白人の「芸術性」に「ジャンプという誰にでも分かる技術力」で対抗しようとしてきた日本人選手が、「芸術性」でも世界トップに君臨できる才能を持っていることを改めて証明した。羽生選手を讃えるアメリカのメディアが、その卓越したジャンプではなく、まずは「優雅さ」を一番に挙げたのが象徴的だ。羽生選手にとっても、宇野選手にとっても、フリーは彼ら史上最高の出来ではなかったが、それでも勝てた。五輪では、その時代に最も高難度なジャンプを跳ぶ選手は大きな失敗をするというジンクスがある。また、「ベテラン」選手は成熟度で勝負しようとするが、これまた肝心のジャンプでどこかで失敗する。そういう傾向を踏まえたうえで、日本は五輪に向けて最高の「流れ」を作ることができた。ネイサン・チェン選手は今大会最も難度の高い4回転ジャンプをマスターした選手で、今季の勢いは素晴らしく、五輪の優勝候補にも挙げられるようになったが、団体戦での悪いイメージをひきずったまま、個人戦のショートでジャンプを全部失敗するという信じられないミス。同じく高い4回転ルッツを今季になって公式戦で決め始め、決まればとんでもない高得点を得るはずだったコリヤダ選手も連続ジャンプを入れられないミス。パトリック・チャン選手は、ショートでジャンプの難度を落として減点を防ごうとしたが、今の男子フィギュアの「流れ」では卓越した滑りの技術だけでは点は出ない。そして、フリー。チェン選手がソチの浅田選手の再来のような素晴らしい巻き返しを見せたが、ショートの点が悪すぎた。ベテランのフェルナンデス選手は、4回転サルコウがカギだったが、見事に2つ目のサルコウが2回転に抜けた。これさえ跳んでいれば、金だったかもしれない。だが、もっとも起こりやすいところでミスが起こる。今だから言うが、Mizumizuは「フリーのフェルナンデス選手は4回転サルコウを1つ失敗するだろうな」と思っていた。これは直感というよりも、もはや1つのセオリーだ。羽生選手も4回転トゥループを1つ連続ジャンプにできなかったというミスがあった。これは目立ちにくいが、基礎点が削られて7割になってしまうので、見た目以上に減点が多いミスだ。最後のルッツも上がり切れず着氷が乱れたが、コケないところがさすが。「今回の五輪に勝つのに4回転ルッツは必要ない。次の五輪では必要かもしれないが」とはプルシェンコの「予言」。そのとおりになった。人間は機械ではない、進歩は急速に見えても、案外ゆっくりなのだ。異次元の高さと幅をもつ若い4回転ルッツジャンパーたちは、ショートとフリーのうちのどこかで大きな失敗をして、メダルを手にできなかった。羽生選手の登場以来、急激に進歩しているように見える男子シングルの技術だが、一番の緊張を強いられる五輪を制したのは、4年前に確実に跳ぶことのできなかった4回転サルコウをマスターしてゆるぎないものにした羽生選手自身。トリプルアクセルの断トツの強さと、とっくに確実に跳べていた4回転トゥループにプラスされたのは、たった1つの、その上の評価のジャンプだ。この「確実な進歩」が、実は王者にもっともふさわしい資質なのかもしれない。羽生選手が4年かけて、跳べるようになった高難度ジャンプは4回転サルコウ以外にもある。だが、不確実性の高い高難度ジャンプにかけるのではなく、ミスをできるかぎり未然に防ぐ構成で頂点に立った。そうやってその時代の頂点に立つのは、すべてのエレメンツに欠点のない選手なのだ。フリーの点数だけ見れば、チェン選手のほうが上。だが、今のフィギュアはショートとフリーの両方の点で決まる。ショートは減点が苛烈で、連続ジャンプにできなかったら、もうほぼそこでメダルはなくなるという、ある意味で非常に理不尽なもの。羽生選手の、ここ一番にかける集中力は鬼気迫るものがあったし、その個人的な才能はもちろん素晴らしいの一言だが、そこまでの「流れ」を作り、もっていった周囲の力も、また素晴らしい。日本フィギュア史上、最も輝かしく、喜ばしい日。ただ、ただ、祝!!
2018.02.17
2枠しかない女子シングルの五輪切符は、全日本が始まるまではほとんど注目されていなかった坂本選手のものになった。この選考結果は極めて合理的だったと思う。有力候補だった樋口選手はまたもサルコウがダブルに。フリーだけなら5位という成績だ。台落ちした選手を選ぶならよほどの実績が過去になければ難しいが、そもそも女子が2枠になってしまったのは、昨季のワールドで樋口選手自身が予想外の不出来だったことが最大の理由だ。今季は安定した点数を出してきたが、肝心のファイナルで失速。全日本でのダブルアクセルのパンクと3サルコウの失敗。この「失敗の印象」があまりに強い。ルッツのエッジにやや不安のある坂本選手に対し、ルッツはきれいなアウトエッジにのって跳ぶことができ、3ルッツ+3トゥループをフリーで2つ入れるという「離れ業」をやってのけることのできる樋口選手だが、今回の2つ目のトゥループで回転不足を取られ(取るほど足りてないジャンプには見えなかったが)、またもこの強みを生かせなかった。三原選手はフリーだけなら3位だが、今季はどうも体調不良が多いのか、昨季のような力強さが感じられない。ジャンプも昨季のような安定感がない。一方、坂本選手は、大事な全日本で絶好調。ショートのジャンプの高さ・幅・流れには度肝を抜かれた。この圧倒的なジャンプの「質」の高さを連盟は選んだのだと思う。マイムだという表現部分は、ほとんどお休みしてるぐらいにしか見えないし、全体的にどうにも荒削りだが、宮原選手にはないジャンプの質を持ち、シーズン後半にきて上り調子で、若々しい勢いを感じさせる。メディアは、「明暗を分けた坂本・樋口」というような切り口で報じているところが多いが、Mizumizuから見ると、明暗を分けたのは坂本・樋口ではなく、むしろ坂本・本田だったのではないかと思っている。というのは、シーズン初めのUSインターナショナルクラシック。メディアが「まりんまりん」病にかかったのは、この大会で本田選手が優勝したからなのだ。そして、この試合、もはやほとんどの人が憶えていないようだが坂本選手も出ていた。http://www.usfigureskating.org/leaderboard/results/2017/26189/results.html点数は上のリザルトが示すように、相当悪い(汗)。これではオリンピック候補選手として挙げられないのは当然、逆に本田選手は整った成績で十分に今シーズンの飛躍が期待できるものだった。いちいちメディアが「まりんまりん」と他の選手を差し置いて注目するものだから、すっかり反感を買い、「もともと5~6番手の選手だろ」「最初から五輪の芽なんてなかったじゃん」というようなコメントがネット上に投稿されるハメになってしまったが、坂本選手のポジションに本田選手が来る可能性は十分にあったのだ。実際に本田選手の演技を見て、非常にエレガントで天性の優美さを備えた選手だと思った。ジャンプをおりたときの姿勢もきれいで、アゴから上半身にかけて流れるような美しさがある。フリップ・ルッツのエッジにも問題がない(これは大きなアドバンテージだ)。ダブルアクセルに3トゥループをつける連続ジャンプをフリーで2回やって2回ともおりている。1つは回転不足判定だが、そもそも今回のフリーは、有力選手のセカンドの3トゥループは1人1つノルマのように刺した感じ(苦笑)。判定が大きく順位に影響しないよう配慮したんですか? まったく。演技の密度から言えば、宮原選手がすぐあとに滑ったので、返ってこの2人の「積み上げてきた練習量の差」をまざまざと感じてしまったのだが、やはり多くのスポンサーがつくだけあってポテンシャルは大きい。坂本選手や樋口選手のような爆発力のあるジャンプは跳べないが、そのかわりさりげなく、力を入れてないのに難度の高いジャンプを跳んでしまう能力がある。坂本選手が全日本で素晴らしい演技をしたために、日本中が「坂本、坂本」になっているが、悪いほうに流れれば、ジャンプを連鎖的に失敗して、USインターナショナルクラシックのような点数になってしまうリスクもある選手なのだ。1つの試合、ミスるかうまくいくかのほんのちょっとの違い、それで世の中の見る目ががらりと変わってくる。本田選手には残酷な結果となったが、これが実力といえば、実力なのだ。そして、坂本選手の「勢い」が本当の実力になるかどうかもまた、坂本選手本人次第。今回輝くことができなかったとはいえ、やはり本田選手には他の選手にはない華がある。そして、ジュニアの紀平選手もまた素晴らしい。まだ体が軽いというアドバンテージがあるとはいえ、トリプルアクセルを完璧に回り切っておりてきた。平昌の次のオリンピックでは、また日本女子は3枠に。その展望も明るく開けた全日本になったと思う。
2017.12.25
2017年全日本女子フィギュアタイトル。名実ともに女王に最もふさわしい選手が、それにふさわしい演技をし、彼女の競技人生の中で最も輝いた日になった。宮原知子は、模範的な演技者だ。何度やっても同じ演技ができるのではないか――この「安定感」はかつてのクリスティ・ヤマグチを彷彿させる。「新時代のミスパーフェクト」というキャッチコピーはミシェル・クワンから拝借したものだろうが、宮原選手の繊細で上品な表現力は、中国系のクワンよりも、日系のヤマグチに通じるものが多い。ヤマグチも「スーパーヒューマン」と呼ばれ、その真摯な人柄で広い尊敬を得ていた。けがのために今季は出遅れ、ショートでも2位。全日本女王の座を何年も維持してきた実力者とはいえ、今の女子フィギュアの「流れ」を見ると、若手にあっという間にその座を奪われる。安藤・浅田時代と比べると世界的な成績では粒が小さくなったとはいえ、日本女子シングルは層が厚い。マスコミは「まりんまりん」と今季は成績も出てない選手の「覚醒」を勝手に囃し立てて待っている。宮原選手にとって優位な状況とはとても言えない。むしろ逆境に近い。そうした凄まじい重圧の中、フリーの演技スタート。嬉しかったのは会場の拍手が宮原選手に対してひときわ大きかったことだ。会場にまで来て演技を見ようというファンは目が高い。そして、演技開始の最初の滑り、最初のポーズから、「やはり宮原は違う」と思わせる技術の高さ、芸術性の高さ、つまりはその裏にある、長年の積み重ねた練習量の豊富さを見せつけられた印象だった。とにかく滑りがイイ。ストロークがきれいに伸びて、ブレードが氷に張り付くようにまったくブレない。だからポーズもピシッと決まり、美しい。スピードの緩急もメリハリがついて見える。すべてを支えているのは基礎的な滑りのうまさ。あっという間にループを跳び、ほれぼれするような伸びやかな軌道を描いてルッツへ…。今回はたまたま公式練習の様子をテレビでやってくれていて、宮原選手の曲かけ練習を見ることができた。そのときは最後のダブルアクセルに3トゥループをつけてきれいに降りていたので、本番でも最初のルッツの連続は2回転の3連続にするかな、と思っていた(本当はこっちを試してもらいたかった)が、ここは予定通り渾身の3ルッツ+3トゥループ。その後もジャンプを次々決めて、ジャンプだけでなく、すべての要素に神経の行き届いた演技をしてのフィニッシュ。これまでの競技人生の中で最も力強く、宮原選手の強さをあらゆる人に見せつける圧巻の演技だった。他の選手も高難度のジャンプを組み入れ、表現にもそれぞれ力を入れているのだが、宮原は他の選手より一段上にいる、と思わせる出来だった。彼女を見ていると、「様式美を個性に高める」日本独特の芸術表現の追求を思い起こさせる。それがたとえば踊りでも、様式を徹底的にたたき込む。その段階では個性だとかなんだとかは、ない。教えられた様式を体でおぼえさせ、それを極めるところまで練習・練習・練習だ。すると、その様式美はいつの間にか、その人だけにしかできない「味」を発散し始める。様式だから、同じことは誰でもなぞることはできる。だが、それを人々の目を奪う芸術に域にまで高められる人は稀有だ。その稀有な存在に宮原選手はなったのだと思う。ケガがなかったら、ここまでは来なかったかもしれない。去年までの宮原選手とは確かに、どこかが違うのだ。それは1つ1つのポーズの決まり方、1つ1つの身のこなし。1つ1つの動作のつなぎ。とても細かい部分の積み重ねだ。コーチも舌を巻く忍耐強さ。それは今の日本人の若者が失いつつある、伝統的な日本人の「知性」そのものかもしれない。今回の大きな一発勝負に「勝った」ことは、宮原選手の今後の人生にも、大きなプラスの影響をもたらすだろう。で。オリンピックに向けてはやはり、3ルッツ+3トゥループだ。宮原選手の3ルッツ+3トゥループの今季の認定(つまり回転不足を取られずに基礎点をすべて獲得する状態)の確率は…NHKショート 3Lz(<)+2T フリー 3Lz+3T(<)スケートアメリカショート 3Lz+3T (ただしGoEが-2がずらり) フリー 3Lz+3Tファイナルショート 3Lz+3T フリー3Lz(<)+3T(<)全日本ショート 3Lz+3T(<) フリー フリー3Lz(<)+3T (<)がアンダーローテーション判定。8回ルッツからの連続ジャンプを跳んで、両方とも認定されたのは3回。しかもスケートアメリカのショートは「お情け認定」に近く、着氷で大きく乱れたのでGoEは-2ばかりで、これでは認定されても意味がない点数。もっと率直に言うと、見ていてヒヤヒヤ感がなかったのは、「宮原史上最高の出来」だったスケートアメリカのフリーの1回きり。しかも、ルッツとトゥループが日替わりのようにアンダーローテーション。どっちかだけが問題というのなら、まだマシだが、どっちも取られるというのは、3ルッツ+3トゥループの連続ジャンプは未完成の選手、と今季の判定からは言えてしまう。汗汗汗汗最も大事な3回転+3回転の連続ジャンプの認定確率がここまで悪い選手が、オリンピックの台にのれるというイメージは、残念ながら非常に描きにくい。じゃ、他の選手は? と言えば、ショートでは素晴らしいの一言だった坂本選手の3フリップ+3トゥループも、フリーの冒頭では2つ目の3トゥループが(<)。樋口選手のフリーの2つ目の3ルッツ+3トゥループの3トゥループも(<)。判定が甘くなれば取ってもらえるかもしれない。だが厳しく見られたらアウト。ハッキリ言って、誰が出ても、確実に3+3の認定ジャンプを跳べる選手は日本女子にはいないのだ。これが「激戦」日本女子フィギュアの現実だ。全体的にレベルが高く、粒ぞろいと言えばキレイだが、悪く言えばどんぐりの背比べ。そんな中でオリンピックの台のりを期待するとすれば、やはり宮原選手。もちろん本番では何が起こるか分からないから、ロシア女子が次々失敗し、カナダ女子が次々すってんころりんし、アメリカ女子が回転不足を連発し、ダメ押しでコストナー選手が3+3を跳べずに3+2になりシングルジャンプを連発し、そんな中で奇跡的に日本女子2人が今まで全然やったことないけど、ジャンプをショート・フリーとも全部認定成功させる、なんてこともあるかもしれない。しかし、ただでさえ反日感情の強い韓国で、そんな神風は吹かないだろう。だとしたら、宮原選手に頑張って、「宮原史上最高の3+3」をオリンピックで跳んでもらわなければならない。それもショートで。やってくださいよ~~。すべてがかかるこの最初のジャンプ。宮原選手の心身の強さを思えば、この大勝負だって十分に勝算はある。そのあとのフリーは、ダブルアクセル+3トゥループを2つにするという手も依然として残されていると思う。ただ、2つ目のダブルアクセルが一番最後というのがね…。公式練習を見ても、技術的には問題なく跳べるが、体力的にどうか。疲れが出てしまうと回り切れない。オリンピックまではまだ時間がある。幸い他のエレメンツはすでに非常にレベルが高いから手直ししなければいけない部分はほとんど見当たらない。セカンドにつける3トゥループの確率。日本のスペシャリスト、総動員で宮原選手にとってどの組み合わせが認定確率が高いのか検証・アドバイスをお願いしますよ。表彰台の宮原選手の表情は、自分自身への自信で力強く輝いていた。あの晴れやかな笑顔をオリンピックでも見たい。頑張れ、チーム日本!
2017.12.24
平昌五輪での日本女子シングルのエースは宮原で確定的――こう断じた理由は、宮原選手の手堅い演技構成点だ。今季出遅れたとは言え、演技構成点を見るとスケートアメリカがショート= 33.95点で1位、フリー= 71.08点で1位。グランプリファイナルがショート=35.22点で3位、フリー=71.88点で3位と日本女子の中では抜群に安定した高評価を得ている。あとはジャンプ。高さは出ないが、ジャンプにも安定感があり、宮原選手の体の強さが良く伝わってくる。スケートアメリカのフリーでの連続ジャンプは素晴らしく、特に3ルッツ+3トゥループは「宮原史上最高」ではないかという出来だった。後半の2アクセル+3トゥループも、3トゥループの軸の細さと回転の速さは瞠目もの。加点はせいぜい「1」で、「2」がちょっとだけで、もっと加点がついてもいい出来ではないかと思ったが、宮原選手はどうしてもジャンプに高さが出ないので、この渋い評価も仕方ないのかなとも思う。だが、ファイナルのフリーでは、3ルッツ+3トゥループも次の単独のフリップも回転不足判定。スロー再生を見ると、以前のような明らかなグリ降りではなかったと思うのだが、軸が傾いたまま着氷してしまっている。今季の日本女子はこのパターンで回転不足を取られることが多い気がする。ギリギリ回っているようにも見えるが、ちょっとだけ足りないと言えば、足りない。だが、本当はファイナルのフリーだけではないのだ。回転不足判定はされなかったがヒヤヒヤもののジャンプというのが、宮原選手はどうしても多い。特に3ルッツ+3トゥループ。回転不足判定されなかったのはラッキー、というようなギリギリの着氷がどうしても目立つ。ショートでは3ルッツ+3トゥループを跳ばざるをえないが、フリーではやはり2アクセル+3トゥループを2つに戻したほうが、確率としてはいいのではないかな、と思う。2アクセル+3トゥループでも、2つのうち1つは3トゥループで回転不足を取られるかもしれない。だが、どちらが回り切れる確率が高いかと言えば、やはり2アクセル+3トゥループではないだろうか。全日本では、フリーで3ルッツ+3トゥループをはずし、2アクセル+3トゥループを2つ試してみると良いかもしれない。
2017.12.12
五輪直前になってくるとやたらとシビアに欠点を突かれ、点数が伸びなくなるパターンのフィギュアスケート女子シングル。今回もそのパターンに陥ってきたように見える。いくらシーズン初めのイベント試合(ジャパンオープン)で高得点を出しても、いざシーズンが始まるとわずかな回転不足を厳密に取られてファイナルに進めなかった三原選手。B級国際試合では全米女王も寄せ付けない点数をいきなり叩き出し、人寄せパンダのように持ち上げられても、いざ本格的なシーズンが始まり、よりグレードの高い試合になると、回転不足判定が増え思ったような点数が出ない本田選手。そんななか、グランプリシリーズでコンスタントな成績を出し、五輪候補の一番手と見られていた樋口選手への期待は高かった。しかし、ファイナルが終わってみると、樋口選手につきまとうマイナスのイメージ「ここ一番の大事な試合で、凡ミスをする」が、またも裏付けられる結果になってしまった。樋口選手の強みは、なんといってもトリプルルッツ+トリプルトゥループをフリーで二度決められるジャンプ能力。セカンドジャンプのトゥループはやや回転に難があることもあるが、総じて質は高く、決まればジャッジは1点以上の加点をつけてくる(つけない意固地なジャッジもいるが)。そして、今回ファイナルのフリーを見て知ったのだが、連続ジャンプのリカバリー能力も非常に高い。ルッツに3Tをつけられなかったら、ダブルアクセルにつけてきて回り切った。着氷乱れでGOEはマイナスだったが、回り切っていたから基礎点は入る。このジャンプ能力は大きなアドバンテージなのだが、今回は3サルコウがダブルになってしまった。その失敗そのものよりも、ミスったときに起こる心理的問題の処理がうまくいっていない気が、見ていて、する。3サルコウがダブルになってしまったとき、明らかに樋口選手は自分自身に落胆し、それが演技にはっきり出てしまった。そして次の「勝負ジャンプ」での連鎖的な失敗。悪いときの樋口選手のパターンで、しかも、それが大事な試合で起こる。この「縁起の悪さ」というものは、案外ずっとつきまとうものなのだ。名選手なのにオリンピックになると必ず失敗する人がいる。逆に4年に1度しかないオリンピックになると、これまでにないようなパフォーマンスを見せる選手もいる。体を使ってやるスポーツでは、そういう体調の波とのめぐり合わせも多い。樋口選手はこの悪いパターンから脱出しなければいけない。インタビューを聞くと、自分自身が自覚しているようで、今のところ「気にしている」ことが良い方向に行かず、悪い方向に行っているようだ。ファイナルの結果が良ければ、五輪切符をほぼ手にできていただけに、こうなるとファイナルに出た「疲労」と結果が思わしくなかった「精神的ショック」が、すぐにやってくる全日本に悪影響を及ぼすパターンに半ばはまってしまっている。だが、冷静に考えてみよう。プロトコルを見ても回転不足判定はない。スピン、ステップともにレベルは取れている。素晴らしいではないか。あとはジャンプ。1つ変えたほうがよいと思う部分があるとすれば、それはフリップだ。樋口選手はショートにフリップを入れているが、ここにイチャモンの「!」がつくことが多い。毎回「!」がつくわけではないが、かなり高確率でアテンションを取られる。ならば、宮原選手のようにショートはフリップではなく、ループに変えてはどうだろう。樋口選手はループが苦手ではない。跳べば失敗も少なく加点もつく。この強みを生かさない手はないと思うのだが。ルッツを2つとも3トゥループにするのも、今回の失敗を見ると負担が大きいようにも思う。2つのルッツのうち1つは、3トゥループではなく2回転の連続をつける。そして、連続ジャンプにつける3トゥループはダブルアクセルにつけることにする。連続ジャンプは単純な足し算だから、3トゥループをルッツの後につけようがダブルアクセルのあとにつけようが、最終的には同じこと。今回リカバリーでダブルアクセルのあとに3トゥループをつけて回り切っている能力を見ると、3ルッツ+3トゥループ2つよりも、1つは2A+3トゥループにしたほうが確実ではないかという気がするのだが、どうか。今回のフリーの点数が伸び悩んだ原因の1つは3連続にしたフリップにも「!」がついてしまい、加点がつかなかったこと。3ルッツがダブルになってしまったので、こういうリカバリーしかなかったが、そもそも3ルッツ+3トゥループを2回という「離れ業」の心理的負担が、3ルッツの失敗を誘発しているようにも思うのだ。次の全日本まで時間がなく、樋口選手には不利な状況になってしまったが、もともとジャンプの能力は高い。自分の強みを信じて頑張ってほしい。逆に三原選手、本田選手にはチャンスが広がった。樋口、三原、本田の3選手を中国大会に出場させたのは、この3人が同じ試合でどういう評価を受けるか見たかったためだろうと思う。その際のポイントはショートプログラムの演技構成点だ。これを見ると、樋口(32.85)、三原(32.24)、本田(31.89)で大差ない。特に樋口選手と三原選手はほぼ同評価。これがフリーになると演技構成点は、樋口(67.89)、三原(64.72)、本田 (64.58)。樋口選手がちょっとだけ抜けて、三原・本田選手はほぼ「横並び」の手抜き採点。これが女子採点のパターンだ。つまりショートで選手は「仕分け」される。メダル候補から落ちると、同国にメダル圏内の1番手の選手がいた場合、2番手選手のフリーの演技構成点は伸びない。今回のファイナルでメダルを獲得したソツコワ選手はフリーの技術点で稼いだのであって、演技構成点は68.69で、この点数だけ見ると5位だ。中国大会の採点を見ると、「樋口を出しても、三原を出しても、どっちでも同じ」。あとはジャンプの出来次第といったところだ。今回のファイナルを見ると、「樋口よりも三原のほうが確実かもしれない」という印象を、連盟の幹部はもったかもしれない。本田選手は後れを取っているといえばそうだが、シニア1年目で過去の実績がないから、むしろ「1年目にしては良い評価をもらっている」というところではないだろうか。ロシアの、バレエの素養をばっちり身につけ、まだ体が軽くジャンプも跳べる、手足の長い美少女たちと比べてもあまり意味はないだろう。三原選手はイベント試合とはいえ、今シーズンフリーで147.83という点を、まがりなりにも出しているし、昨季の四大陸女王だ。本田選手は華もあり、タレント性は折り紙つき。演技構成点を安定して高くもらっている宮原選手の五輪出場は、かなり決定的。全日本で回転不足を連発するようなことにならなければ、平昌の日本の女子エースは宮原、というのは揺るがないだろう。
2017.12.10
ジャパンオープンが終わった。日本人女子シングル選手にはまずまずの点が出たが、オリンピックシーズンに期待を抱かせて、グランプリシリーズの視聴率を上げる目的もある興行試合だということは、含んでおいたほうがいいだろう。心配なのはアメリカ女子選手。ちょっと前まで平昌五輪は、グレーシー・ゴールドを待っている大会になりそうな雰囲気がむんむんだった。そもそもフィギュアシングルの試合時間が、アメリカのテレビ局に都合の良い時間帯に組まれたことからして、ソチで惜しくも4位だったゴールドの飛躍に期待した感があった。また、今年の3月に公開された平昌五輪記念コインのモデルが、どう見てもゴールドだった件。ニュースソースはこちら:http://www.sankei.com/premium/news/170328/prm1703280004-n1.html韓国メディアによると、直径3.3センチのコインにはしゃがんだ状態でスピンするシットスピンと、片足を上げたまま滑走するスパイラルをする女子選手が描かれている。表面右下でスパイラルする選手が論争の的になった。衣装から表情、手の形まで米国のグレイシー・ゴールド(21)を模写していると指摘されたのだ。平昌五輪でゴールドがメダルをとれば、ゴールドそっくりの姿が刻まれたコインの価値も当然ハネ上がる…ハズだったハズ。だが、ゴールドは昨シーズンから自爆コースに入ってしまった。ジャンプの不調、コーチ変更。ささやかれる父親にまつわるスキャンダルの影に加え、五輪シーズンに入っての急激な体形変化。五輪本番に向けてこれから体重を落とすことはできるかもしれないが、それでは体力も落ちてしまう。今回のジャパンオープンもゴールドが出場予定だったのが、キャンセルになった。往年のハリウッド女優を思わせるような華やかな「白人」のスター選手は、アメリカが待ちわびた逸材だった。だが、ゴールドの「失速」は、4年に1度しかない大会での、それでなくても選手生命の短い女子シングル選手が、そこにピークを合わせることの難しさを見せつけた。対照的に不調の時期を乗り越えてきた長洲未来選手は、非常に良い状態だ。トリプルアクセルも、USインターナショナルクラシックでは認定されるところまで持ってきているし、今回のジャパンオープンでは、USインターナショナルクラシックで取られたアンダーローテーションジャンプをかなり修正してきているところは、見事。浅田選手に似て、ややジャンプが回転不足になりやすい長洲選手だが、そこを意識して「回転不足を取られないジャンプ」を跳ぼうとしている努力が素晴らしい。心配なのが、昨シーズンに全米女王に輝き、ワールドでも4位の成績をおさめたカレン・チェン選手の回転不足の多さ。高く上がって加点を狙いにいっても、回り切れずにグリ降りになってしまえば元も子もない。USインターナショナルクラシック、ジャパンオープンとも、判定は厳しく、チェン選手のジャンプはアンダーローテーション判定のオンパレードだ。いかにもフリップを跳んでいるように見せて、よくよくエッジを見るとアウトにのっているフリップも、修正しなければ認定は難しい。世界のトップに急速にのぼってきたチェン選手の持つ欠点は、そのままかつての日本女子が苦しんできた欠点に見える。逆に今、日本代表を争っている若い日本女子選手は、そうした先輩の姿を見てきているので、回転不足やエッジには非常に気を付けている。日本人の技術審判も非常にシビアに回転不足を判定している(それがルール上、本当に正しいかどうかは別として)。アメリカは逆なのだ。全米選手権を見ると、その判定の甘さに唖然としたことが何度もある。明らかに回転不足、それもダウングレード相当になるような転倒ジャンプを認定したり、あやしいエッジやグリ降りジャンプも、そのまま認定したり。全米選手権と世界選手権での判定の甘い辛いの差が、そのままワグナー選手の成績の上下につながっていることもこのブログで指摘した。今シーズンまた全米選手権で同じような甘い判定をすれば、チェン選手は平昌オリンピックで、ソチのワグナー選手の二の舞になる。期待のグレーシー・ゴールド選手の自爆で、アメリカは女子シングルをカナダに譲って自国は男子シングル押しにシフトしたのかもしれない。「北米」はある意味で1つだから、今度の五輪では、北米女子のメダル枠は、カナダのシングル女子に、という流れになりそうだ。カナダ女子シングルには、オズモンド選手のようにジャンプの質も良く、表現力もある選手がいる。オズモンド選手は出来に波がある。特にフリーでの派手なコケが多いが、それさえなければワールド銀メダルもまぐれではない実力はある。エレガントな大人の雰囲気は抜群だから、現在無敵のメドヴェージェワに表現力で対抗できる数少ない選手だ。五輪の一発勝負でコケずに滑り切れば、間違いなくメダル圏内に入ってくるし、金だって夢ではない。ロシア、カナダ、日本。平昌オリンピックの女子シングルのメダルは、今のところこの3国で分け合う公算が高い。日本の課題は、選手のピークを平昌オリンピックに持っていくこと。ソチでは明らかにこれに失敗した。五輪前に大騒ぎして選手を疲弊させ、肝心の夢舞台では「今季最悪のパフォーマンス」になる――ソチでの悪夢を繰り返してほしくない。注:記事で触れた2試合のプロトコルは以下。http://www.usfigureskating.org/leaderboard/results/2017/26189/CAT004SEG008.htmlhttp://www.jsfresults.com/InterNational/2017-2018/japanopen/data0205.pdf
2017.10.11
今の日本でのフィギュアスケート人気の盛り上がりを見ると、ふと80年代のアイドル全盛期の時代の雰囲気を思い出すことがある。今の「集団アイドル」と違い、当時のアイドルは「一人で」「生の歌で」勝負をしていた。彼/彼女らは10代の若さでデビューし、数年かけて「成長」し、ファンは「大人っぽくなったね」「歌うまくなったね」とその成長を見守っていた。今は歌謡界からはこうしたアイドルが消えてしまったが、氷上では10代の若さで世界へと駆け上がていくスケーターにアイドル的な人気が集まっている。若い選手の成長を見守るファンの視線も、かつてのアイドルのファンのよう。フィギュアスケート界に咲いた最大の華ともいえる浅田真央が引退し、その翌シーズンに満を持して本田真凜がシニアデビューをするというのは、山口百恵引退後に松田聖子が登場した、くらいに運命的な流れを感じさせる。その運命に、本田真凜は見事に応えようとしているようだ。オリンピックシーズンに、先日ソルトレークシティーで行われた、USインターナショナルクラシックで長洲未来、カレン・チェンというアメリカの実力選手を破って優勝したというのは、周囲の期待以上の滑り出しではないだろうか。映像はYou Tubeでしか見られなかったが、技術的にも、表現の面でも、まさに「スターとなることを義務付けられた選手」という印象だった。前回の全日本では浅田真央がいたから、その圧倒的なオーラの前では期待したほどの輝きは見いだせなかったのだが、浅田真央がいない今、やはり「これからの日本で、競技選手という範疇を超えた人気を獲得していくのは彼女しかいないだろう」と確信させられた。宮原知子、三原舞依…素晴らしい女子スケーターはもちろん他にもたくさんいる。だが、競技ではなく、ショーで客を集められるかとなると、また話は別だ。本田真凜には滑りやしぐさに下品ではない色気があり、人々が夢を投影したくなる華がある。浅田真央とはまた違ったファン層を獲得していくだろう。夏限定の新たなエキシビション映像という『パイレーツ・オブ・カリビアン/最後の海賊』をYou Tubeで見たが、メイク・衣装・照明・カメラワーク・映像の編集、すべてが一流のクリエイターによるもので、とてもジュニア上がりの一人の女の子に対する扱いではない。https://www.youtube.com/watch?v=yYX5Q6U6C7kすでに彼女はタレントであり、周囲もそう扱っている。そして、本人もきちんとそれを自覚して、タレント然と振る舞い、微笑んでいる。職業的なアイドルと変わらないプロ意識。「私はアスリートだから」に逃げ込まない、こうした態度は、今の時代に必要不可欠だ。スケートの技術を見ても、今の採点制度に非常にマッチした強さを持っている。際立つのはルッツとフリップのエッジの使い分け。カレン・チェンの「一見フリップだが、よくよくエッジを見ると外側にのってしまっている」ロングエッジを見てしまうと、本田真凜のきれいなフリップの質の良さが目立った。ルッツのエッジは疑いようもなくアウトエッジ。浅田真央がルッツのエッジに現役時代ずっと悩まされてきたことを思うと、これだけしっかりアウトにのってルッツを跳べる強みは際立っている。そして、3回転ジャンプの回転不足の少なさ。今回のUSインターナショナルクラシックでは、フリーのダブルアクセル+トリプルトゥループのトゥループだけがやや「どうかな?」と思えたが、他はきっちり回りきっていて、見ていて気持ちがいい。回転不足を取られ過ぎの長洲未来、カレン・チェンと比べると、一般的には目立たないかもしれないが、今のルールでこの差は大きいと思う。スケート自体もフリーの後半は失速したが、前半は非常に伸びがあり、氷に張り付いたような滑りだった。これも今のルールでは高く評価されるポイントだ。そして、持って生まれた「華」。見ていてうっとりさせてくれる、ちょっとしたしぐさや表現。これは理屈では説明できない、だが「人気」として必ず可視化できる不思議なエレメントだ。逆にオリンピックに向けて心配なのが、アメリカ女子。これについてはまた次回。
2017.09.18
オリンピック二連覇を狙う羽生結弦選手のフリーのプログラムが発表になった。「和」の要素を採り入れて評判のよかった『SEIMEI』。ショートはショパンのバラード第1番なので、曲だけに関して言えば、ショート、フリーとも「昔の名前で出ています」の、新鮮味のないものに。同じ曲でもジャンプの構成は違うし、振り付けも変えてくるだろうから、それはそれで楽しみではあるが、羽生陣営としては、過去高得点をたたき出し、芸術性でも高い評価を受けた2作品をもってくることで、ジャッジに演技・構成点を下げさせないというのも狙いとしてあるように思う。つまり、非常に勝負にこだわった選曲だな、と。他の選手を見ても、選曲に新鮮味のないプログラムが多い。日本期待の新星、本田真凛のフリーは、トリノの女王の曲で、バンクーバーの女王の振付師。特に振り付けはキム・ヨナ選手のプログラムに似すぎている。女王の系譜を継がせるという意味では力が入っているが、本田真凛という唯一無二の個性がどこにいるのか分からない。すでに唯一無二の個性を発揮しているのは宇野昌磨選手だが、選曲そのものは、ヴィヴァルディとプッチーニの、フィギュアではよく聞く曲。順位調節の一環としか思えない演技・構成点の不可解なアップダウンは、全体として選手の選曲や振り付けを保守的にしている。ジャッジの「愛」(苦笑)は、急に誰に行くか分からない。特にオリンピックシーズンには。だから、新しい冒険をするよりも、馴染みのある曲で、名の通った振付師で。実績のある選手なら、すでに評価を得たプログラムで。高橋大輔選手や小塚崇彦選手の時代にはあった、「こういう曲があるんだ!」とプログラムを見て知る新鮮な驚きとその楽しみが、日本の有力選手の中から失われつつある。氷上の舞踏芸術としてフィギュアを捉えれば、これは残念な流れだが、今の採点の傾向を考えると、勝負に勝つためには、「誰も見たことのないような、まったく新しいプログラム」に常にこだわるのは、あまり意味がないということだろう。どのみち、採点システムはオリンピック後に大きく変わるだろう。その意味でも、世界最高得点など、もう意味はないのだが(もともと、基礎点やルールが変わってる時点で、史上最高得点など意味のない数字だったが)、それでも、視聴者の興味を引くため、テレビ局が「出るか? 最高得点!」で盛り上げに来ることは見えている。ヤレヤレ、付き合う選手もファンも大変だ。「6点満点時代」にあった、「6」点が出た時の観客の熱狂と興奮を、世界最高得点で蘇らせようとしているのかもしれない。しかし、あのころとは決定的に違ってしまったものがある。それはジャッジの眼に対する人々の信頼だ。どのジャッジがどの国のどの選手に何点出したか明確に分かる時代は、ジャッジがあからさまに直接のライバル国の選手の点を低くつけたりしても、人々はそれを「不正」だとは思わなかったのだ。今ほどはフィギュアにマネーが絡まなかった、という背景もあるかもしれない。不正防止のために作られたシステムだが、その理想とは裏腹に、ジャッジへの信頼は地に落ちた感がある。インターネット時代になって、玉石混淆とはいえ様々な情報にアクセスできるから、人々が「大本営発表」をそのまま信じてくれなくなっているというのもあるだろう。個人的にはバンクーバー時代に比べれば、今のほうがずっと採点はマトモに、つまりあのころよりは「より公平」に、なっていると思っている。その理由は何度も書いた。だが、そう思わない人もいるかもしれない。どちらにしろ、この世の中には誰もが納得できる「公平」などないと思ったほうが現実的だろう。その中でどう戦い、それをどう評価するか。それは選手個人とファン個人に委ねたいと思う。
2017.08.10
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