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私は応用クラスに関しては、彼らを鍛えるため、授業を「復習型」から「予習型」に変えた。普通だったら、たとえば英語で不定詞をやるときは、名詞的用法・副詞的用法・形容詞的用法と、きちんと授業で単元の説明を丁寧にしてから、授業中に演習させて宿題を出す。当然宿題は、塾でやった内容の復習だけになる。習ってないことは出ない私はやり方を大胆に変えた。いきなり「不定詞」なんて全く知らない生徒に「来週、不定詞のテストをやるから、テキストで勉強して来て下さい。P84からP98。自学自習!」と宣告した。「不定詞」という言葉の意味すら知らない生徒は、誰の助けも借りず不定詞を一から自学自習しなければならない。草創期の四谷大塚が理想とした予習中心の学習法だ。四谷大塚のテキストは今でも名前が「予習シリーズ」である。1週間、中2生に、不定詞を「予習」してもらう。そして、テストは英作文。「切手を集めることは僕の趣味だ」「私は先生になりたい」「トムはその知らせを聞いて喜んだ」「僕はテニスをするため、公園に行った」「何か冷たい飲み物をください」という、「This is不定詞」みたいな、不定詞の匂いがプンプンする不定詞の典型的な問題を出した。これらの問題は、不定詞を知っていると反射的に即答できるeasyなものだが、不定詞を知らないと手も足も出ない。しかも不定詞という単元は難しく、自学自習で理解できる子はなかなかいない。また講師の側から見ても教えるのが難しい単元だ。逆に言えば講師の腕の見せ所である。
2006/01/31
十数年前、新幹線「のぞみ」号が誕生したとき、停車駅は少なく、まさに颯爽たる超特急という感じがした。名古屋と京都にすら停車しないで、東京から新大阪までノンストップで運転する「のぞみ」もあった。名古屋の人が、「なんで名古屋をとばすんだ!」と、大いに文句を言ったのを記憶している。ところがいまや、「のぞみ」は福山にも停車する。「のぞみ」は当初、福山には停車しなかった。しかし地元の人間の嘆願が実り、「のぞみ」の2本に1本は、福山にも停車するようになった。誕生当時は200万都市の名古屋を通過し、いまでは人口40万人の福山に停車する。確かに「のぞみ」は福山に停車するようになって便利になったが、「のぞみ」の格やステイタスが落ちたような気がするのは錯覚だろうか?そのうち新尾道とか厚狭とか三河安城とか、乗降客の少ない小さな駅にも「のぞみ」は停車してしまうのか?さて、塾のクラス編成に話を転じると、ある程度の規模の塾では、応用クラスと基礎クラスという具合に、学力別にクラスが分かれている。規模が大きい教室では、クラスの数は必然的に多くなる。私が昔勤めていた大手塾には、中1・中2は2つ、中3は3つのクラスがあった。教室長のクラス管理はずさんで、なんと中2は応用クラスが28人、基礎クラスが5人という、バランスが悪い形になっていた。このいびつなクラス人数比は、教室長が上のクラスだと子供と親が喜ぶから、どんどん基礎クラスの子や新入生を応用クラスに上げた結果生じたものだ。教室長の悪しき温情のせいである。あるお母さんは、「確かにうちの子の学力は基礎クラスですけど、上のクラスで刺激を与えたいんです。応用クラスは○○君や、××君とか、勉強ができる子もいますし、そんな勉強する環境の中で、子供を鍛えたいんです」と教室長を泣き落とした。またあるお父さんは、講習会のあと入塾するかどうか決める時に、「応用クラスじゃないと塾に入らない」とソフトに教室長を脅したという。講習会の継続率を上げることは社員の至上課題なので、教室長は学力には目をつぶり、脅しに屈したのだろう。そんなこんなで、応用クラスが基礎クラスの6倍の人数になった。応用クラスの「インフレ」現象である。まるで落語界の真打ちみたいだ。人数が多く、しかも学力差が激しい応用クラスは、授業が非常にやりにくかった。これでは学校と同じだ。塾に通う必要はない。塾というものは本来、kamiesu先生のおっしゃるとおり、子供同士が、「教室の教育力」を発揮して、刺激を与え合うのが本来の姿だ。応用クラスは、できる子同士が切磋琢磨する、凛とした学問の場でなければならない。また応用クラスには、ある種の「ステイタス」が必要だ。応用クラスは、仰ぎ見られる存在でなければならない。基礎クラスの子は応用クラス目指して頑張り、応用クラスの子は基礎クラスに落ちないよう学力を維持しなければならぬ。こんな人数だけ多く、刺激のないクラスでは、クラス分けの意味は全くない。塾に通う必要は全くない。停車駅が多い「のぞみ」は「のぞみ」ではない。人数ばかりが異常に多い応用クラスが、応用クラスじゃないのと同じように。私は応用クラスの担任になった。若くて意気盛んだった26歳の私は、中2改革断行を志した。私は応用クラス28人のうち、半分の14人くらいを基礎クラスに落とす計画を立てた。クラスを上げるのはたやすい。親も喜ぶし子供も鼻が高い。しかしクラスを下げるのは痛みを伴う。親も子もショックが強く、抵抗も大きい。クラスを下げたら退塾をほのめかす親もいる。塾側も生徒のクラスを落とすのは嫌だ。でも私は汚れ役を買って出ることにした。まず応用クラスの子で、基礎クラスの子を馬鹿にして、からかう男の子がいた。彼は成績は悪いが、親の「情実」で応用クラスにいたのだが、よく基礎クラスの子に向かって「おまえらバカクラスじゃ」と、憎々しげに言い放っているらしい。事実関係を確認した上で、私は即刻その子を基礎クラスに落とした。学力が伴わないのに応用クラスにいるのも疑問だが、その上基礎クラスの子に歪んだ優越感を見せつけるのは間違っていると思った。断じて許せない。親の抵抗はものすごく、面談の席で最後には親と私の怒鳴り合いになったが、それを横で見ていた子が、「俺は基礎クラスでいい」と言ったので、最終的に彼は基礎クラスに変更になった。これで応用クラス27人、基礎クラス6人。その後、私は応用クラスに対して厳しく接した。物凄い量の宿題を出し、勉強量をこなせない子には容赦しなかった。よく昔の体育会系のクラブで、新入部員が100人いて、根性を試すためにグラウンド50周させて、残った者を部員に残す、というやり方があったが、私もそれを踏襲した。「猛勉強についてこれない子は去れ!」 という具合に・・・
2006/01/30
机間巡視中、子供の質問を受ける。教えようと、子供のシャープペンを手に取る。勉強が苦手な子ほど、書きにくいシャープペンを使っている。安っぽくて、芯がポキポキ折れる。すぐに壊れそうなシャープペン。特にひどいのは、鎖がついたシャープペンだ。鎖の先にはキティちゃんあたりのマスコットがついている。時には小さなぬいぐるみが鎖の先で踊っていることもある。鎖がシャープペン本体に絡み、マスコットが指に当たって、書きにくいことこの上ない。これじゃあ、シャープペンじゃなくて、アクセサリーだよ。こんなシャープペンで長時間勉強できるのか。気が散ってできないはずだ。書きにくいシャープペンは、ふだんの不勉強の証である。「弘法筆を選ばず」と言うが、少しはましな筆記用具を使ってほしい。逆にできる子は決まって書きやすいシャープペンを使っている。製図用シャープペンを使用している子に、成績の悪い子はまずいない。
2006/01/29
三島由紀夫81歳、太宰治96歳、円谷幸吉65歳、伊丹十三72歳、山口二矢62歳、高野悦子57歳、田宮二郎70歳、沖雅也53歳、hide41歳、中川一郎80歳、新井将敬58歳・・・自殺した有名人が、もしいま、生きていた場合の年齢である。面白く格好良く生きるため45歳で死んだ三島由紀夫。81歳の三島由紀夫は、いったいどんな老人になっているのだろうか?相変わらず三島の創作欲は旺盛で、筆記用具をペンからワープロソフトに変え、HDを満タンにする勢いで文字を連ね、小説や戯曲を書きまくっているに違いない。もし2chで作品が批判されたら、気位の高い三島由紀夫は2chへ実名で乗り込み、批判する人間の文章に直接リベンジしているのだろうか。創作よりも現実を選んだ三島由紀夫。空理空論より行動を重んじた三島由紀夫が、死を選んだのは必然的な選択か。さて、岡田有希子が、もし生きていたら38歳。1986年4月8日、岡田有希子は18歳でビルの屋上から飛び降り自殺した。岡田有希子の死はショックだった。岡田有希子より一学年下の私は、高校3年生になったばかり。同世代の死に慣れていない私は、いろんなことを思った。死の影など全く感じない、現役のアイドルの死は唐突だった。たとえばいま、松浦亜矢が自殺したら、同世代の若者はどんな気がするだろうか?ただ、岡田有希子と私の立場は、同世代といえども隔絶していた。かたや華やかな世界のアイドル。岡田有希子は自殺する前の最新曲「くちびるnet work」で初のオリコン1位を取り、松田聖子や中森明菜の人気に少し翳が見えるのを横目に、菊池桃子と争いながらトップアイドルの途を歩んでいた。業界関係の大人にチヤホヤされ、同世代に祝福された、輝かしい存在。かたや勉強の道に疲れ、試験の点数如きで一喜一憂する自分がみすぼらしくて、映画監督という雲をつかむような夢を描き、巨大な妄想の重さに耐え、現実の靴の下で踏みしだかれる予感に惧れを抱き怯える高校3年生。18歳の若者が、同世代で成功を収めた若者に対して、複雑な感情を抱かないはずがない。アイドル・高校野球のヒーロー・オリンピック選手。こいつらはいつか落ちぶれる。落ちぶれろ。成功者の不幸は蜜の味だ。岡田有希子が自殺した時、正直、私は彼女が身近になったと思った。華やかなアイドルと、冴えない男子高校生が、死という共通の接点があることを知り、そんな当たり前の事実が、私を軽く狂喜させた。彼女は栄光の屋上から、現実の地平へと降りた。死を祝福する気持ちは毛頭ないが、彼女が自分の懐へ降りてきたような感じがした。でも、何で俺が死ななくて、彼女が死ななければならないのか?何で俺が生きていて、彼女はこの世にいないのか?そういえば岡田有希子の自殺死体が、翌日のスポーツ新聞に掲載された。彼女の飛び散った脳味噌はピンク色、桜の色だった。綺麗な色だった。本居宣長以来の、散る桜の美学、夭折の美学を感じさせるピンク色だった。しかし彼女の脳味噌は、しばらくすると雨降り後の水溜りで、花見客の泥靴に踏まれ、黒ずみ汚れ散乱した桜の花びらのようになった。
2006/01/28
今日の社会歴史の補習。一問一答のプリントをやった。問題「アメリカ大統領ウィルソンは、第一次世界大戦後、( )自決を提唱した。」答えは「民族」である。民族自決とは難しく言うと、各民族が自らの意志で、政治組織・政治運命を決定し、他民族や他国家の干渉を認めないとする集団的権利のことをいう。君主制国家や帝国内で抑圧、搾取されてきた少数民族を救うための運動として盛り上げられた。要するに民族自決とは、大きな国は小さな国・弱い民族をいじめるな。弱小な民族が独立しようとしても、干渉せず好きなようにさせなさい、ということだ。この考え方は世界中の弱小国家・弱小民族に力を与え、ガンジーのインド独立や、中国の五・四運動、朝鮮の三・一独立運動に大きな影響を与えた。さてさて、これをある中学生は「集団」と書いた。「アメリカ大統領ウィルソンは、第一次世界大戦後、集団自決を提唱した。」なんと残酷な大統領か! お前は沖縄戦か!
2006/01/27
うちの塾の中3に、堀部君(仮名)という天然ボケの面白い子がいる。通称「ほりべえ」授業中は「ぼーっ」と虚ろな目をして、私の話を聞いている。口は半開きで、いかにもよだれが垂れてきそうだ。彼は雰囲気が面白い。「吉本に行け」と言われる典型的なタイプの子だが、漫才をして話術で笑わせる方では決してなく、吉本新喜劇で舞台に立つだけで笑いを取るタイプだ。「笑わせる」のではなく、「笑われる」タイプの芸人になれる。彼が芸人になったら、1年限定だけども、有名芸人になるチャンスはある。3年前のテツ&トモ、2年前のギター侍波田陽区、そして昨年のレイザーラモンHGと、毎年一発屋芸人が出ている。彼がお笑いの道に進んだら、10年後に堀部君は彼らの後継者になっているに違いない。ただ堀部君は話術がなくキャラ勝負なので、2年以上は絶対に人気は長続きしない。だから私は安全策として、「笑点」の大喜利レギュラーの後釜に彼を据えたらいいんじゃないかと考えている。芸名は「笑福亭ほりべえ」にして、現在のレギュラーメンバーの後継者の座布団にすわるのだ。いったん「笑点」のメンバーになってしまえば、死ぬまでその座を確保されたも同然だ。「笑点」のメンバーは終身雇用制の典型だ。円楽師匠もこん平師匠も出なくなったし、歌丸師匠も小遊三師匠もそんなに長くはないだろう。メンバーの高年齢化は激しい。だから5~10年後にはメンバーが必然的に一新される。そこへ、「笑福亭ほりべえ」こと堀部君を据えるのだ。彼は顔も面白い。イースター島のモアイ像にも似ているし、道端でたたずむ赤いよだれ掛けを首に巻いた地蔵にもそっくり。そんな顔なのに、彼のアバターを見せてもらったら、これが凄い。ジャニーズ「青春アミーゴ」の山下智久みたいなのだ。私は現物とアバターのあまりの格差に、腹の筋肉がよじれるくらい笑った。死ぬかと思った。また、堀部君は日本全国に、女の子のメル友が何人かいるという。もちろんメル友の女の子は、堀部君のルックスをアバター通りのイケメンと勘違いしている。堀部君を山下智久みたいなルックスだと思っている。堀部君の顔の現物は見たことがない。ばれたらどうするのだろうか?さて入試2ヶ月前、社会の入試問題の授業で、遺産相続の分野の復習をしていた。配偶者は遺産をどれくらいの割合でもらえるか、という箇所。堀部君は社会が苦手。堀部君は授業中、口を半開きにして、私の話に関心なさそうに「ぼーっ」としていた。口の中に蜂が飛び込んで、舌をブスリと刺してくれればいいのに。刺激を与えるため、私は彼に「配偶者とは何だ? 説明してみろ」と質問しようとした。たぶん彼は配偶者の意味を知らないだろう。しかし、こんなありきたりの発問では面白くない。私はイタズラ心をおこして、こう堀部君に聞いた。「堀部、お前、配偶者いるか?」堀部君はいきなり当てられて、口を閉じた。でも、彼は私の想像通り、「配偶者」の言葉の意味を知らないらしく、答えず黙ってニコニコしている。他の生徒達もクスクス笑っている。「堀部、イエスかノーぐらいは言えるだろ?」堀部君は、しばらく考えたあと、私の期待通りに、「イエス」と答えた。
2006/01/27
センター試験が終わった。自己採点の結果も出て、受験生は志望校の選択に頭を悩ましていることだろう。センター試験の点数で、受験生は自分の学力の全国レベルを、否応なく点数で突きつけられる。逃げ場がない。結果が思わしくなく、悩んでいる受験生もいるだろう。センターの結果が悪いと、胃が錐でブスブス突き刺され、胃壁から血が滴るようなダメージを受け、精神的な圧迫感から不眠症にかかり、睡眠薬の助けを借りたくなる。革命パルチザン時代の毛沢東は、激しい権力闘争のストレスと、いつ逮捕処刑されるかわからない恐怖で、不眠症にかかり眠れぬ夜を送っていたのだが、睡眠薬を服用してから熟睡できるようになったという。毛沢東はのちに、睡眠薬を発明した人はマルクスと同じぐらい尊敬すると語ったらしい。試験の結果が悪いと、毛沢東と同じような精神状態に陥る。センターの結果が悪いと、自分が思っていたほど、自分は大した存在ではないことに気づく。自己評価の高さに点数が冷や水を浴びせる。センター試験の点数は、「自分の身の程を知れ」という残酷なメッセージに他ならぬ。センターを受験した若者は、同世代の若者が学歴社会から脱落するのを横目に、勉強すれば何かいいことがあると信じて、勉強を続けてきた。子供のときから「夢」を持ち勉強を続けてきた。しかしその結果が思わしくないとき、夢は潰える。18歳で初めて、学歴社会からの脱落感を味わう。いや、脱落感という大げさなものではなく、自分の存在がカースト的社会序列の棚に、そっと静かにファイリングされるような気分になる。勉強から脱落した同級生達が、かつて味わった無力感を、同級生達より少し年齢を経た頃に知る、ということだ。友人は勝者、自分は敗者。敗者はまるで、春の雪解け時に公園のど真ん中に放置され人目に晒された、溶けて黒ずんだ雪だるまになった気になる。センターの点数は、「行きたい大学」から「行ける大学」への志望校変更を余儀なくし、また将来の職業も「なりたい職業」から「なれる職業」へ強引に変える。センターで得点が取れない受験生は医者や弁護士にはなれぬ。知識がない医者は患者を殺すし、無能な弁護士は依頼人を不幸にする。職業とは自分が決めるのではない。90%他人が決めるものだ。センター試験の点数は、自分の力に対する若者の過信を諌める。さて、今後どうするか?結果が悪ければ私立大学がある。私立は親に負担をかけると嘆いている受験生は、自分で稼ぐようになったら300倍親孝行すればいい。正月・盆・GWは必ず実家に帰り孫の姿を見せ、時々思い出したように温泉旅行や海外旅行に連れて行ってやればいい。どうしても国立がよくて、妥協したくなければ、あと1年待てばいい。センター試験は確かに一発勝負。だが1年後がある。2年後がある。浪人を厭ってはならぬ。予備校行く金がなければ宅浪すればいい。本屋には素晴しい参考書があふれている。センター試験が一発勝負といえども、スポーツの世界にはもっと激しい一発勝負がある。たとえばオリンピックの陸上100m走競技。決勝は4年に1回、しかも10秒弱で勝負が決まる。4年待ってたった10秒。転んでしまったらあと4年待たなければならない。チャンスなんか腐るほどある。センターなど人生の第3次選考ぐらいにすぎない。その後歳を経るにつれ、第4次選考・第5次選考と、選考が待ち続けている。37歳の私は今、第23次選考ぐらいだろうか。とにかく、センター試験は最終選考ではない。人生の重大な岐路ではあるが、決して最終選考ではない。
2006/01/26
私の塾は、目の前に中学校がある。学校から塾まで徒歩2分もかからない。そんな絶好の地理的環境を生かして、塾の正式な授業のない日には、学校帰りの中3をつかまえて補習を実施する。火・木・土が授業の日とすると、月・水・金に補習をやるのだ。名づけて「放課後学習」という。中3は夏で部活を引退するので、3時か4時に早く学校が終わる。その後家には帰らず、直接制服のまま塾に来てもらう。要するに、今まで部活をやっていた時間を、ちゃっかり塾に頂戴するわけだ。放課後学習でやるのは主に数学のプリント。ときおり理科の湿度や電流をやる以外、基本的に数学しかやらない。正式な授業の日が私の講義を聴く日なら、放課後学習は自力でプリントを解く時間なのである。やるプリントは全員が同じ場合もあれば、学力に応じて違うプリントを配る場合もある。ケースバイケースだ。で、プリントが済んだ子から、家に帰ってもらう。終わらなければ帰れない。学校が終わった子から、三々五々中3が塾にやって来る。来た子から順にプリントを配布する。プリントを生徒にやらせている間、私は風呂屋の番台みたいに黒板の前に座っている。で、プリントを一通り済ませた子から、私が答え合わせをする。公文の方式によく似ているが、もちろん単純な計算問題は少なく、図形・関数・文章題と多岐にわたっており、しかも難しい。計算問題100問という場合もあれば、難問3問というケースもある。薄いアメリカンコーヒーをガバガバ飲ませる日もあれば、苦いエスプレッソを少量我慢して飲んでもらう日もある、ということだ。プリントが終わった子から家に帰る方式にすれば、私が納得するまで、とことん粘り強く教えられる利点がある。一斉授業だと、理解してない中途半端なまま子供を家に帰らせ、歯がゆい思いをすることが多いが、この方式だとそんなイライラは解消される。理解が浅い子ならば、午後8時ぐらいまで4~5時間プリントと格闘しているし、逆にあっさり15分で「帰っていいよ」と帰宅の権利を得る子もいる。生徒が質問に来た時のヒントの出し具合も、子供によって変える。数学ができる子は冷たく突き放し、苦手な子は少し過保護気味にするのが鉄則であるが、これもケースバイケースである。この放課後学習のプリント方式で、私の塾の数学の成績は飛躍的に伸びた。授業形式は子供に学力差があるので、すべての子が自分のレベルに合った授業を受けられるわけではない。また、授業形式は講師がいくら優秀でも、ボーっとした集中力が切れた瞬間が発生しやすい。しかしプリント方式では、子供は常にプリントと格闘していなければならない。プリント学習は相撲にたとえれば、他の力士が稽古しているのをノンビリ土俵の外で眺める時間はなく、稽古時間は常に土俵に上がり、誰かと体をぶつけていなければならない勉強法なのだ。疲労度は高いが、密度の高い濃い勉強ができる。力がつく。授業ではオーソドックスな形式を取り、逆に放課後学習ではプリントを自力で解かせる。2つの形式を併用して、子供の数学力の向上にいまのところ成功している。
2006/01/25
(まず、きすけさんに私信です。情意を尽くしたレス、ありがとうございました。ご子息の合格、太宰府の神様に祈っておきました。)日本で一番ファッションナブルな街原宿へ行った。修学旅行の高校生で賑わう竹下通りを抜け、表参道駅の方へ足を進めると、一転してハイソな世界が広がる。DiorやLouis Vuittonの路面店を回る。Dior Hommeには、BEATLESのSgt Papperでボールが着ているのと同じような服があった。地雷だ。あんな服誰が着るのか。そのあと、裏原宿のドメスティックブランドの、小さなブティックも見て回った。痩せたら服の選択肢も広がり、今まで無縁だった世界に飛び込める。それにしても、この界隈を闊歩している若者の格好良さには恐れ入る。私は秋葉原で買い物をしたあと、原宿に来た。秋葉原の若者と、裏原宿の若者のファッションセンスの違いは凄い。秋葉原と原宿は別の国のようだ。秋葉原の若者のセンスは中国の田舎町みたいだし、原宿はロンドンみたいだ。オタクに走る若者、オシャレに金を使う若者、価値観の違いは大きい。 ところで、ある裏原宿のブティックに入ると、中の様子がおかしい。服なんか全く置いてなくて、白いモダンな室内では、若い女性が数人、鏡に向かって髪を切られている。ここは美容院だったのだ!間違った!ドリカムの吉田美和に似た受付のお姉さんは、私の姿を見て、「いらっ・・・」と言ったあと、戸惑い言葉を濁した。私は清原みたいな短い丸坊主頭である。切る髪がない。美容院に行ってもすることがない。お姉さんが私のツルツル頭を見て、「こいつ何しに来たのか?」と絶句したのも無理はない。私は逃げた。しかし、何てややこしい店なんだ。この界隈の小洒落た店は、建物の意匠デザインが似ているので、ブティックか美容院かレストランか判別できない。エステや観葉植物の店も紛れ込んでいる。店の雰囲気が似ている上に、この界隈の店は決まって看板が小さく、その小さな看板の上にこれまた小さく店の名前がローマ字でゴニョゴニョ書かれている。美容院なら美容院とはっきり書けよ!「山野愛子美容室」みたいに。サロン・ドなんとか、ちゅう名前はやめてほしい。やはりオレには秋葉原が似合っているのかなあ。
2006/01/24
昔、私が大学生だった時、四日市に住む叔父が私の家に遊びに来た。そのとき叔父は私に「ちょっと財布見せてみろ」と言った。私はみすぼらしい財布を叔父に差し出した。私の財布は確かダイエーで千円で買った黒財布で、千円札が数枚と小銭、郵便貯金と銀行のカード、あとはレシートの切れ端とか、ホコリとか、歌舞伎町でもらったのぞき部屋のチラシとか詰まっていた。叔父の財布は高そうだった。ヴィトンかグッチか、それともワニ革だったのか、当時の私はブランド物や財布の素材に無頓着だったので具体的にはわからないのだが、とにかく高額そうな財布だった。叔父は自分の高そうな財布から壱万円札を一枚取出すと、私の財布に入れてくれた。そして「これで何か買いなさい」と言った。私は叔父を格好いいと思った。こんな大人になりたいと思った。そしていつか、自分を慕ってくれる有望な若者に対して、同じことをしてやりたいと思った。ところで職種によって、年配の男が若者にお金を渡す時の台詞は違う。たとえば相撲の親方なら弟子に「メシいっばい食って、肉つけて強くなれや」と言って金を渡すだろう。弟子は「ごっちゃんです」ともらう。ミュージシャンなら「CD買いなさい」、ファッション業界なら「これで服買えよ」とでも言うのだろう。塾の経営者なら若いスタッフに「本買いな」と小遣いをあげる。派閥のボスの大政治家なら、引き出しからピン札の札束を風呂敷に入れて若手議員に差し出すだろうし、ヤクザだったら舎弟の若い衆に、「べっびんなおなご抱けや」と十万円ぐらいポーンと渡すのだろう。私も若者にお金を渡してもサマになるような貫禄と甲斐性を早くつけたい。
2006/01/23
格好いい塾経営者になるためには、セックスアピールが必要だ。セックスアピールなんて、少々大胆でわかりにくい言葉だけども、政治家でいえば●セックスアピールがある政治家・・・小泉純一郎・石原慎太郎・昔の細川護煕・不破哲三●ふつう・・・安倍晋三・福田康夫・麻生太郎・谷垣禎一・菅直人・田中康夫・鳩山由紀夫・加藤紘一・民主党の岡田&前原●ない・・・亀井静香・小沢一郎・渡辺喜美・森喜朗・山崎拓・古賀誠・野中広務・鈴木宗男・額賀福志郎●決定的にない・・・共産党の志位・民主党の横路●ナルシスト・・・橋本龍太郎●ガキ・・・石破茂・杉村太蔵概して左翼政党の政治家にはセックスアピールが乏しい(歴代の社会党委員長を見よ)また田中角栄と小沢一郎の格の違いは、そのままセックスアピールの有無の差だ。角栄には男の色気、艶がある。私は自分で言うのもなんだが、セックスアピールがない。だから今、大減量に励んでいる。全盛期に112kgあり、1年前に98kgだった体重は 、今では84kgだ。デブの人間は必ずしも、やせて格好良くなるわけではない。減量に成功して、自分では「やせて格好良くなった」と自画自賛しても、他人の目から見たら「しぼんで貧相になった」としか見えないこともある。だからといって、太ったままでいるのは敗北だ。で、ある程度減量に成功すると、自然にお金の使い道は、食べ物からファッションに移る。私は中学高校と、ファッションに全く興味がなかった。当時自分がどんな服を着、どんな靴を履き、どんなカバンを持っていたか、全く意識がない。思い出せない。放置しておけばあまりにみすぼらしい格好をするので、親が見兼ねて買ってくれた。大学生・社会人になってからも、まあファッションなんて普通にしていればいいやと考えていた。でも、今は違う。今まで見向きもしなかった「メンズノンノ」や「LEON」を愛読するようになったし、東京へ行けば新宿の「伊勢丹メンズ舘」や、裏原宿のストリート系古着屋で、一日服を眺めて過ごす。「モテピタおやじ」を目指してアルマーニやゼニアのスーツに手を出したり、ドルガバのド派手なペンキまみれのクラッシュデニムを履いてみたり、ヤンキースの帽子を被ってブカブカのB系でキメてみたり、クロムハーツのシルバーアクセに凝ったり、試行錯誤を繰り返す。ファッションの面白さに、37歳にしてようやく目覚めた。たしかに今の私は、絵に描いたような「脱オタ」だろう。でも生徒達は、私が毎日のように服を変え、奇抜にイメチェンを繰り返すのに驚き、また喜んでくれている。明日は東京に遠征し、「ナンバーナイン」や「ミハラヤスヒロ」で買い物するつもりだ。キムタクが履いていたナンバーナインのブーツが欲しい。あればいいんだけど。
2006/01/21
試験が近いので、お節介だが試験当日の注意をあれこれ言う。●もちろん、腕時計は絶対忘れるな。時計がない学校が稀にある。時間配分はテストの命。国語や数学の試験中は体感時間が短い。1時間が15分くらいに感じる。気づいたらあと3分しかなかったという悲劇を起こさぬように。●飲み物は必需品。教室が暑すぎて、のどが異常に渇くことがある。水筒を持参するか、カバンの中に生茶か伊右衛門のペットボトルを入れておこう。●試験教室は、寒すぎて困るケースより、暖房が効きすぎ暑すぎて困るケースのほうが多い。特にふだん中学校の寒い教室に慣れている子は、ビニールハウスみたいに暑い教室の温度に戸惑う。暑いと汗が流れ出て、酸欠状態になって脳が働かなくなる。そんな時は、倖田來未になったつもりで、遠慮せず薄着になろう。●鉛筆は20本。消しゴムは5個持っていこう。消しゴムを1個しか持って行かないで、もし試験中に落としてコロコロ転がってどこかに消えてしまったら、心理的パニックに陥る。だから何個落としてもいいように、消しゴムはたくさん持っていこう。●シャープペンを使用する場合は、必ず7本くらいは持っていこう。筆記用具がシャープペン1本というのは、あまりにもリスキー。ぶち壊れたシャープペンの解体修理をやっている間に、試験時間は刻々と過ぎてゆく。下手するとシャープペンが死んで、シャープペンの細い芯を親指と人差し指でつまんで文字を書かなければならない、悲惨かつ滑稽な事態になる。●「試験前は睡眠をたっぷり取ろう!」とアドバイスする先生方は多い。確かにごもっとも。しかし前日に緊張と興奮で、気持ちが昂ぶって眠れないこともある。そんな時にはテレビを見よう。本を読もうマンガを読もう。そのうち眠くなる。1時間でもいいから寝よう。でも、もし眠れなかったら徹夜してもいい。「一睡もできなかったら、ベストを発揮できないんじゃないか」などと心配することはない。試験中の緊張感は睡魔を蹴散らす。試験が終わったあと、冬眠中の熊のようにぐっすり眠ればいい。●国語は古文からやれ。現代文は後回しにしろ!(・∀・)本番の試験、受験生は無意識のうちに完璧主義になりがち。現代文で完璧な答えを書こうとするあまり、時間を取られ、制限時間50分のうち、40分ぐらい現代文に取られてしまう。絶対、古文からすべし。(私は毎年このことを言ってるのだが、ドラゴン桜にも書いてあった)●数学の大問には(1)(2)(3)・・・とあって、順番に難しくなっている。(1)は他愛のない簡単な問題が多い。だから(1)は必ず取れ。必ず得点をGETせよ。あと、難しい問題があったらスパッと飛ばすべし。シケインみたいな難しい問題に足をとられて、そのあとに登場する簡単な問題に時間が取れないという、愚かなことはするな。難問はイチローが悪球を見逃すときのように、涼しい顔でスルーせよ。時間が余った時に再度チャレンジしよう。●朝食は絶対に摂ること。ふだん朝飯を食わなくても、何か胃の中に収めよう。バナナ1本とミルクでもいい。身体にガソリンを補給しておくこと。●「風説の流布」には要注意。試験中は他の学校の奴等の言動が気になるものだ。「オレ試験できんかった。最後の1問だけ間違えた。満点無理じゃ。合格できんかもしれん。」といった自慢とか「今年の数学簡単じゃあ。合格最低点9割くらいかな」というウソくさい情報には惑わされるな。周囲の言葉はすべて無視! マイペースでいけ。●受験票忘れたらパニックにならず、1回深呼吸してから、直ちに事務所に行け。必ず再発行してくれる。受験できないということはない。大丈夫です。●休憩時間、トイレには必ず行くこと。便意尿意は突然来襲する。出なくても義務的に行っておくこと。●受験後には意外と、「受験番号を書き忘れたかもしれない」と心配になる。試験官はその場で答案をチェックしているものだから、もし書き忘れたらその場で指摘される。だから安心せよ。無意識のうちに受験番号は書いているはずだ。ただ、答案用紙を配られた時、意識して受験番号を書こう。「受験番号よし!」と小声でつぶやこう。●試験官は鬼でも敵でもない。受験生の味方である。試験官の先生は、受験生が心地よく試験を受けられるよう、気を配っているものだ。だから試験中身体がだるかったり、頭痛腹痛がしたり、トイレに行きたかったりしたら、素直に思い切って相談してみよう、きっと何とかしてくれる。「試験官性善説」を信じるべし。では、健闘を祈る。
2006/01/21
明日は私立高校の受験。私は塾の先生だから、訓示らしきものをしなければならない。 ちょっとウソついて驚かせてやろうか。 「明日君たちが受けるJ高校の倍率は、何と25.8倍です。」 「合格最低点は、500点満点で、470点ぐらいを予想してます」 受験生たちは私の言葉を素直に信じて顔面蒼白。倍率も合格最低点も異常に高い。教室の雰囲気が重くなる。 で、タイミングを見計らって、 「ウソに決まっとるじゃろ、そんなに倍率高いわけなかろうが」 受験生たちはホッとして大爆笑。 とにかく、試験前には様々な情報が飛び交う。 特に公立高校の入試制度は毎年変わるので、受験生を不安に陥れる突飛な噂が立ちやすい。 情報に惑わされず、淡々と肅然と、勉強を進めなければならない。 いま流行りの言葉を使うならば、「風説の流布」に受験生は惑わされてはならないのだ。
2006/01/20
受験の季節だ。塾は毎日が修羅場である。塾講師がこの季節、100%歓喜に包まれるということは、まずあり得ない。全員第一志望に合格すれば話は別だが、誰もが第一志望に合格するわけではない。誰かが落ちる。塾生が、受験する学校すべてに合格すれば100%の満足感が得られるのだが、私の力不足もあって、毎年そういうわけにはいかない。部活の顧問の先生なら、チームが全国制覇すれば100%の、全身の血液が沸騰するような興奮を味わえるだろう。しかし塾講師は29人合格しても、1人が不合格だったら喜べないのだ。1人の不合格で、残りの29人の合格を素直に喜べないし、喜んではならない。結局毎年、受験期には後悔と、後味の悪さを覚えることになる。ああ、野球部やサッカー部の監督になりてえ!スポーツだったらチーム全員一丸で戦い、全員で喜べるのに。勉強は個人競技だ。結果は個人個人のもの。塾講師に爽快感はない。
2006/01/19
新中1の英語の授業。たいていの中学校ではアルファベットから始まる。中1の4月時点で、もうすでに子供の英語の学力は大きな差がある。上は帰国子女から、下はローマ字すら書けない子まで、また上はnativeとjokeを交わせる子から、下はアルファベットが書けない冗談にならない子まで、レベルはさまざまだ。学校の先生は、授業がとてもやりにくいだろう。ところで、一番手に負えないのは、小学校で中途半端に英語をかじった子だ。中学校行ったら英語が始まるので親が心配になって、小学校5年生あたりから、心配だからちょっと英語でも習わせておこうかと英語教室に通い始める子が、一番タチが悪い。小学校で英語教室に通った子が、中1の終わりごろから成績が奈落の底に落ち、ピンチに陥るケースが意外と多いのだ。小学校で英語をやっていた子は、中1の1学期くらいまでは、中学校の英語の授業は異常に退屈だ。小学校時代に習った、簡単な内容しか授業でやらないからである。当然アルファベットは熟知しているから、アルファベットの授業は硬筆習字みたいに退屈だ。単語も100個ぐらいは頭にストックしているので、努力しなくてもテストでいい点を取れる。1学期の中間テストでは当然100点を取る。そんな環境で、子供は英語をなめてしまう。何の苦労も努力もしなくても、英語はできると錯覚する。しかし、英語をなめている子を横目に、履修内容はどんどん難しくなっていく。知識のストックが空になっても、なまじ「英語は得意」という過剰な意識があるので、危機を感じないまま過ぎていく。whoとwhoseの使い分けができなくても、過去形の不規則変化の暗記が疎かになっても、現在進行形を習い始めるてbe動詞と一般動詞がグチャグチャになっても、自分の陥った罠には気づかない。気づいたときには、英語の成績は壊滅状態になっている。学校の定期試験の得点の推移は、1学期中間 100点1学期期末 95点2学期中間 82点2学期期末 64点3学期学年末 47点という具合に、見る見るうちに下がる。親はせっかく英語を小学校のうちから早取り学習して、子供にアドバンテージを与えようと英語教室や英会話教室に通わせたのに、そんな気持ちが徒になってしまうケースのいかに多いことか。逆に、中1になったばかりの時点で、小学校時代英語を習っていない中学受験組は、英語で結構苦しむ。dogをbogと書いたり、motherをmatherと平気で書いたりして、小6までは華麗に算数の難問を解いていた姿はどうしたのかと思うほど、笑っちゃうくらい英語に戸惑う。ところが彼らは、中学受験で勉強のノウハウを知悉しているから、すぐに英語の勉強のコツをつかむ。3~4ヶ月も経てば、小学校で英語を習っていた子を、ウサギとカメのようにあっさり抜き去る。教訓。小学校で英語を始めても、英語が得意になるとは限らない。小学校から英語をやるのなら、中途半端にはやるな。中学校へ行っても英語教室には通い続けるのがいい。さらにもう1つ。中学受験は幼いうちに勉強のやり方とか姿勢を子供に叩き込む、絶好の機会である。中学受験の経験は、どんな仕事にも学問にも、将来応用が利く。
2006/01/18
三者面談では時々、母親が子供も私も差し置いて、独演会を始めることが多い。お母さんはここぞとばかり、子供に猛説教する。われわれ塾講師は、塾の日常で子供に「ああしなさい、こうしなさい」と、結構遠慮なしに言っているわけで、三者面談で改めて言うことは、そんなにあるわけでもない。ところがお母さんは違う。反抗期の子供は、親が説教しようとすると、言葉を真正面から受け取らず聞き流し、ウナギのように身をくねらせ、自分の部屋に閉じこもってしまう。そんなわけでお母さんは子供に言いたいことを、心の中にいっぱいかかえている。ぶちまけられずにストレスが溜まっている。いつこの恨み、子供にぶちまけたろか。そんな時、お母さんからすれば「待ってました!」の三者懇談だ。日常のストレスの、絶好のぶちまけどころ。そして、嬉しいことにお母さんから見れば、三者懇談は獲物が真横にいる。しかも獲物たる子供は家の生意気な姿とは違って、怖い私の前でしおらしくなっている。しかも逃げようと思っても逃げられない。とにかくお母さんには最高の状況だ。ここぞとばかり、お母さんのワンマン説教が続く。「あなたはH高で楽しようと思っているかもしれないけど、K高にすればいいのに。進学実績がぜんぜん違うじゃない。もっと自己評価を上げてみたら?」「やればできるのにどうしてやらないの。勉強のやり方を教えてもらいなさい。お母さんの職場ではね、やっぱり学歴のある人が偉いのよ。あなたにもそうなってもらいたいの」お母さんの独演会に、子供は硬直し、私は呆然とする。子供はいつもはウナギみたいに聞き流している母親の説教を、今日だけはまるでダーツの針をブスブス投げ込まれるダーツ板のように、真正面から聞かざるを得ない。思春期・反抗期の子供を持つお母さんが、いかに日常生活で子供に言いたいことが言えないかが、三者面談の独演会の口撃でわかる。
2006/01/18
イオンショッピングセンターはでかい。要塞のようだ。普通のショッピングセンターの敷地面積の3倍はある。たとえば倉敷のイオンは端から端まで歩いて10分はかかる。建物の中に無料モノレールでも作る必要がありそうなくらいデカイ。店内の様子はスーパーの雑然とした感じと、六本木ヒルズのような高級感が程よくミックスされていて落ち着ける。テナントも「タワーレコード」とか「トイザらス」とか大手のテナントが入っている。もちろんスタバもある。イオンショッピングセンターは全国展開していて、地方都市の郊外に威容を誇示している。3ヶ月前たまたま高知に行った時に、バスでイオンに行ってみたら巨大なので驚いた。あんなに大きなショッピングセンターができたら、駅前のデパートとか商店街が寂れ廃れるのも無理はない。現に倉敷はイオンのせいで駅前の三越が撤退を決めた。高知は城下町だが、今や街の中心は高知城ではなく、イオンショッピングセンターである。盛岡や秋田や岡崎や新居浜あたりも「イオン城下町」になっている。バブルは終わったのに、イオンショッピングセンターにはバブルの匂いがプンプンする。イオンを見ているとそごうを思い出す。そごうは潰れてしまったが、イオンショッピングセンターの運命は今後いったいどうなるのだろうか。「週刊ダイヤモンド」ではイオンの特集をやっていたが、イオンは売り上げ面積あたりの売り上げが、イトーヨーカドーの半分らしい。ただ私はそごうやイオンのバブリーな無用な巨大さが好きだ。イオンには是非とも頑張ってほしい。ところで、イオンではあちこちの店で福袋を売っていた。価格平均は5000円くらいだろうか。私は洋服にはあまり興味がないので、衣料品関係の福袋は買わない。レコード屋とか本屋の福袋があったら面白いと思うけど、絶対それは無理だろう。CDや本の福袋は、自分がもうすでに持っているモノが入っている可能性が高いし、またCDや本は個人の嗜好が違うので、福袋を開けて自分の満足するモノが入っている可能性は低い。たとえば、ハードロックが好きな人がCDの福袋を買って、中に「熱唱 天童よしみ 乱舞」とか「Rag Fair ラブラブなカップル フリフリでチュー」なんてCDが入っていたらやり場のない怒りに駆られる。また、セカチューしか読んだことのない高校生が本屋で福袋を買うと「トロツキー全集」や「ウェルナー錯体と有機金属錯体」なんて難解な本が入っていたら嫌がらせ以外の何者でもない。さて、福袋といえば思い出すことがある。私が個人塾を開いた一番最初の年、元旦の朝から正月特訓をした。昼過ぎになると勉強にも飽きて、近くのスーパーに遊びに行った。そのスーパーにあるベスト電器の中には1000円の福袋が置いてあり、子供にそそのかされ、正月の勢いで福袋を買うことになった。福袋の中には、VHSビデオ生テープ4巻セットが入っていた。1000円でテープ4本は高いと思ったが、まあそんなもんだろうとテープの裏を見たら紙が貼ってあって、そこには「店内の全商品半額券」と書いてあった。店員さんに聞くと、店にある品物が元旦に限り全品半額だという。「半額券は私だけしか使っちゃいけないんですか?」と尋ねると、一緒に来ている生徒全員半額OKだという。ついでに「制限価格はありますか?」と聞くと、100万円ぐらいまでなら大丈夫だという。ラッキー! 電気製品が半額!それからは大変だった。私と一緒にベスト電器に言った生徒は7~8人だったが、彼等はみな公衆電話に飛びついて家に電話し、お年玉をベスト電器まで持ってきてくれと頼んでいた。お父さんお母さんが続々ベスト電器に到着し、生徒たちはラジカセとかウォークマンとか、真面目な子は関数電卓とか、思い思いのものを買っていた。1月1日は日本中の小学生・中学生が1年中で一番お金を持っている日である。そんな日の電器屋の半額セールは、まことにラッキーだった。私も当然買いまくった。年末にいただいた月謝を銀行に預けていなくて、財布の中に札束が結構入っていたので、衛星放送チューナーがついたソニーのテレビと、ビクターのミニコンポを買った。ソニーのテレビは確か14万円が7万円、ミニコンポは6万円が3万円、とにかく超お買い得である。私の家のテレビは壊れていて映りが非常に悪く、カラーテレビのくせに白黒で、しかも砂の嵐みたいな画面で、見ていると視力がどんどん落ちていくようだった。ところが当時私にはテレビを買う金銭的な余裕が無く、購入は遥か先のこととあきらめていたのだった。また音楽を聴く機械も学生時代に買った、安物の壊れかけたCDラジカセしかなく、いつか買い換えようと思っていたのだ。そのCDラジカセは1940年代のSP時代の録音も、現在のデジタル録音も同じようなAMラジオ的音質に聞こえるひどいものだった。現金数千万をトランクに持ち歩き、問屋から商品を買いたたいていた宮地社長の城南電気で、確か1万5000円くらいで買ったものだ。そんなところへ降って来た半額権の思わぬ幸運。できたての私の塾も上手く行きそうな感じがした。まさに福袋だった。
2006/01/17
ごうまじまじ先生のブログ、「松江塾の下剋上」がすごく面白い。みかみ先生のブログで紹介されて以来、中毒のように見ている。禁断症状すら出るくらいに。で、今回取り上げたいのは、「意外と重要です・・・」の日記。これを読んで、私は反省しなければならぬ、と思った。私は、ごうまじまじ先生とは正反対の行為を取る。私はデリカシーがないので、思春期の子が見た目を気にして、髪形や服装を変えて格好をつけてくると、すかさず茶化す。からかう。「こいつ、色気づいてるな」と凝ったファッションで塾に現れると、私の大毒舌大会がはじまる。また、その格好のつけ方が空振りに終わったり、おかしな方向に走ったら(つまりダサかったら)、私の悪口毒舌はさらに冴え渡る。たとえば、女の子が前髪を2cm切り過ぎたりすると「お前、ちびまる子カットにしたんか?」と ♪おそるポンポコリン と歌い始めるし、太った男の子がAPEのTシャツやクラッシュデニムで決めてくると「おまえ体型が西郷隆盛なんだから、浴衣着て来い。お前は和服が似合う」と攻める。また、中2・中3くらいの男の子が流行の鳥の巣みたいな頭をしてくると「なんじゃそりゃ。そのボサボサの頭。バリカンで掃除したろか。」なんて言われる。男の子が部活の関係とかで坊主にした時、坊主隠しで恥ずかしいのか、野球帽やフードを頭にかぶって塾に現れる。そんな時、私はすかさず野球帽やフードをスパッと取って坊主頭を丸出しにしてやり、「おお、お前ハゲにしたんか。よう似合うのう」と、刈りたてのハゲ頭をクリクリなでられる。すると、彼らは何とも困ったような、照れくさそうな表情をする。その子たちは、その日の授業を最悪の気分で受けるのかもしれない。気をつけよう。
2006/01/16

(食事中の人と、下品な話が嫌いな人は見ないでください)理科の授業の話。単元は火山のところ。火山は溶岩のねばりけ、つまり固さによって、噴火の様子や火山の形が違う。たとえば・・・1.ねばりけが強い溶岩ねばりけが強い、つまり固体の溶岩だと、火山は釣り鐘を伏せたような、灰色のもっこりした形になる。(溶岩ドームという)雲仙普賢岳・有珠山・昭和新山なんかがこれ2.ねばりけが中程度ある時にはマグマが火山灰・火山礫みたいに固体になったり、またある時にはトロトロの液体溶岩を流し出したり、マグマの形が一定しない。そのために、固体と液体のマグマが交互に積み重なり、山裾の広い、円錐状の火山になる。(成層火山)富士山や桜島が典型3.ねばりけが弱い溶岩ねばりけが弱いと、火口から周囲へ流れて広がり、楯を伏せたような形になる。溶岩は火口から静かに流れるだけで、爆発的には噴火しない。(楯状火山)三宅島・三原山など要するに、溶岩が固いほど山はモッコリして、柔らかいほどペタッとなるわけだ。で、佐賀県の公立高校の理科の問題に、こんなのがあった(一部改変)次の写真は、火山の噴火のようすで、高温の溶岩が噴出し、流れているのがわかる。(写真は、赤い溶岩が、プシュプシュと噴水のように飛び散り、流れ出しているものである。こんな感じ)文中の( 1 )( 2 )に適する語句を書きなさい。マグマのねばりけが( 1 )ので、このような溶岩が積み重なると、傾斜が( 2 )な形の火山が形成されると考えられる。答えは、1が「弱い」、2が「ゆるやか」である。で、この問題を解説しても、イマイチ納得してくれない子がいた。で私は、問題文をこう書き換えた。次の写真は、ウンコの噴出のようすで、ビチビチの下痢便が噴出し、流れているのがわかる。(写真は、茶色のビチビチ下痢ウンコが、プシュプシュと噴水のように飛び散り、流れ出しているものである。写真は都合により省略)文中の( 1 )( 2 )に適する語句を書きなさい。ウンコのねばりけが( 1 )ので、このようなウンコが積み重なると、傾斜が( 2 )な形のウンコ山が形成されると考えられる。固い溶岩は便秘、柔らかい溶岩は下痢。便秘ウンコは固く真直ぐ上に伸びて釣り鐘状の火山を作り、下痢ウンコはペロペロと周囲に流れ出て楯状の火山を作る。この説明だと、一発で理解してもらえた。「わかりやすい」と褒めてもらえた。
2006/01/15
センター試験に対しては、言いたいことが多すぎる。私の教え子を含めて、たくさんの受験生たちがセンターを目標にして必死に頑張っているので、あまり高みの見物的に非難はしたくないのだが・・・中学校や小学校では、「ゆとり」だの個性の尊重だの、学習指導要綱がダッチロールの如くコロコロ変化するが、センター試験が小中高の最終的なゴール、教科学習の集大成だという現状は、いまのところ微動だにしない。ゴールだけが「ピシッ」と決まっているのに、文部科学省がそこに至るまでの過程を朝令暮改でいじくることは、多くの人に不信感を与えている。それにしても、日本の教育の最終的な評価基準がセンター試験の点数だという事実、いかがなものだろうか?小学校・中学校・高等学校の学力評価はあまりにもわかりづらい。業者テストが排除されている限り、高校3年生になるまで学生の勉強面での評価は、学校ごとの極めて狭い範囲だけで行われる。それに結果が公表されたりされなかったりで、自分の学力の数値評価が知らされないケースも多い。おまけに絶対評価と相対評価、2つの評価基準が並立している。また評価は各教師の主観によって決定されることがしばしばある。母数が大きい予備校の模試でも受験しない限り、自分の学力が全国でどのくらいの位置にあるのかわからない。またどこの予備校の模試の判定が一番信憑性を持っているのか、このあたりの判断も受験生を迷わす。それに比べて、点数で学力を輪切りにするセンター試験という評価基準の、いかにわかりやすいことか。全国で数十万人もの学生が受験するし、母数も大きい。わかりやす過ぎて怖いぐらいだ。センター試験で、自分の学力が18歳にして生まれて始めて、国家に数値化されて認定される。国が全国規模で行う、最初にして1回限り(浪人生を除いて)の学力評価である。甲子園は人生で5回チャンスがあるが、センター試験はたった1回しかない。否が応でもセンター試験の神秘性と権威は高まる。スッパリ点数化されたわかり易い評価。しかも受験回数は1回限り。小中高時代の曖昧模糊な建前だらけの評価は、センター試験によって一挙に本音の評価へと変わる。この「わかりやすさ」が曲者だ。しかし・・・文部官僚がセンター試験改廃の最終的な決定権を握っている以上、センター試験は絶対無くならないだろう。センター試験は官僚支配を正当化する道具なのだ、とも言える。700点以上の得点をゲットして、東大に合格した人間が官僚になる。官僚は大衆を見下し、逆に500点しか取れないものは、750点の官僚に羨望・劣等感・嫉妬など入り混じった複雑な感情を抱く。少し話は逸れるが、大抵の人間は政治家に対して、劣等感なんぞ抱いていない。なぜなら二世議員が多い昨今、多くの国民は、国会議員と自分を隔てているのは血縁だけだと思っているからだ。「多くの国会議員は、父親や祖父が国会議員だったから今の地位にある。」「彼らは能力的に優れている人間ではない。」「あいつらは元来、世間知らずのぼんぼんだ。」そして本来なら尊敬されるべき、父祖に政治家をもたない叩き上げの国会議員達にしても、国民は彼らが裸一貫から国会議員まで上り詰めるには、人品骨格よりも、悪事に手を染める図太さのほうが必要だとわかっているので、叩き上げ議員の大部分は、二世議員よりタチが悪いこと気がついている。ところが官僚は、センター試験で一度は同じ土俵に上がって、数値で自分が負けている人間たちである。確かに官僚には複雑な感情は抱いているが、かつてセンター試験という国家が大々的に実施した「公平な」テストで敵わなかった相手である。そんなわけで政治家支配よりも、官僚支配のほうが公平なのではないかという意識を、「一般大衆」はどこかで持っている。一種の「負け犬根性」が、学歴社会の勝者である官僚支配を正当化する。センター試験はすべての同年代の学生が、機会均等に正当に実施されたテストなので、逃げ場がないのだ。官僚の側も、自分たちが日本の大学受験生の大多数が受験する「正当で公平な」試験の勝者であることをたっぷり意識しているから、自分たちの特権を安心して享受することができる。センター試験がある限り、大学の縦割り評価は改善の兆しを見せず、志望大学を専攻や教授の研究内容で決めるという、何度も何度も何度も何度も語られてきた理想は叶うことはない。
2006/01/14
僕が開成中学に合格したのは、1981年、ちょうど今から四半世紀前、25年前のことである。当時の公立中学校は荒れていて、不良はみんな「なめ猫」みたいな格好をしていた。だからおとなしい内向的な小学生の僕は、「公立中学へは行きたくないな」と思っていた。小5の冬だったか、うちに広島の中学受験塾から、入塾テストのDMが来た。僕はどうしてだか理由はわからないが、その入塾テストを受けることになった。僕の街から広島までは、新幹線で40分。在来線で1時間20分かかる。同じ県内でも広島はなかなか行ける町ではない。たぶん僕が入塾テストを受けたのは、おそらく広島へ遊びに行って、親に切手か、超合金か、鉄道模型を買ってもらうのが目的だったのだろう。テストを受けて、2日後くらいに電話があった。僕は4教科400点満点で、360点だったらしい。広島校の入塾テスト史上最高点だといわれた。そういうわけで、広島の塾に、日曜日週1回だけ通うことになった。行きは新幹線で、帰りは在来線で帰った。受験した中学は開成と広島学院とラ・サール。全部合格した。僕の第一志望はラ・サールだった。鹿児島という街は僕には魅力的で、西郷や大久保みたいに薩摩を起点に世の中へ打って出ようと、子供心に考えていた。桜島は男の子の野心をかき立てる火山だ。開成は記念受験のつもりだったが、合格した。謙遜でもなんでもなく、合格するとは思わなかった。まさか合格するとは思わなかったし、合格しても行く気はなかったので、過去問は前日に、店内がカレーくさい新宿の紀伊国屋書店で入手し(声の教育社のオレンジ色のやつ)、宿泊先の京王プラザホテルの部屋で解いた。過去問を前日にやって御三家に合格するなんて、今考えると牧歌的な時代だった。僕はラ・サールに行きたかったが、父親が開成を薦め、紆余曲折ののち開成中学へ通うようになった。僕がなぜ開成に合格したのか。それは記憶力が良かったからだと思う。15歳くらいまで、僕は電話番号を一度聞いたら覚えたし、メモという物を必要としなかった。友人がある日僕に電話番号を教えてくれた。僕はメモも取らず「わかったよ」と言った。友人は「ちゃんとメモしてくれよ」と少し怒っていた。僕は「ちゃんと記憶したから大丈夫だよ」と答えた。それくらい僕の記憶力は良かった。また、日本の県名・県庁所在地名は、幼稚園の年中組の時には完全に漢字で書けたし、世界の国名も小学校1年生のときには全部言えた。親戚のおじさんおばさん達と冠婚葬祭の折に会うと、幼い僕にクイズを出した。「栃木県の県庁所在地はどこ?」「インドの首都は?」僕は生意気に、スラスラと答えた。親戚の人たちは「賢い子だね」と言ってくれた。あと僕は好奇心が強かった。疑問点があると答えを知りたくてしょうがなかった。とにかく、わからないことがあると大人に質問し、本で調べた。一休さんに出てくる「どちて坊や」みたいな子供だった、と思う。僕は社会が大好きだったので、百科事典の地理・日本歴史・政治経済の分冊は、小学校低学年の頃から装丁が剥がれ手垢がつくまで、貪るように読んだ。物理とか化学は、難しそうなので全く手をつけなかったけど。(今日の文章、自慢っぽく見えたらお許しください。いつか今日の100倍、自分の情けないところ、駄目なところも書きますのでね・・・・)
2006/01/13
最近、個人塾の先生のブログを見ていると、いかに塾をビジネスとして成功させるか、という視点のものが多い。多店舗展開して塾を巨大化させるのは、「男の夢」なのかもしれない。さて、この業界で一瞬の間に巨大化した教育機関といえば、やはり公文式だろう。37歳の私が小学生の時、公文は瞬く間に全国展開し、日本全国津々浦々に公文の教室ができた。公文式こそが、われわれ塾業界人の「アメリカンドリーム」の一例である。私は1978年、小4のとき公文に通い始めた。この頃私の友人たちがたくさん、公文に通い始めるようになった。私が通った公文の教室は歯医者の奥さんがやっていた。1回プリントを溜めて(100枚くらい)、それが先生に見つかってしまい叱られた痛い記憶があるが、それを除いては小6まで楽しく通っていた。最近では、公文は計算力だけを伸ばし、数学の応用力はつかないという批判が多いが、私が小学生の頃は、公文の評価は絶対的だった。だって、公文に行ってた友達は、みんな計算が速くなったんだもの。勉強があまり冴えなかったやつが、突然計算が速くなっている。勉強ができる人間に変身している。「どうして速いの?」と聞くと、「公文に行っているから」と答える。公文に通っている子が、猛烈なスピードと正確さで計算プリントを解く。まさにそれは「公文マジック」だった。やはり、計算力がぐいぐい伸びる姿を目の当たりにすると、「自分も公文に行きたい」と思うようになる。公文の凄いところは、計算力の伸びが誰の目にも一目瞭然でわかり、周りの子供に対して、体感的に公文の凄みを体感させるところである。公文のプリントで鍛えた、曲芸師のような圧倒的な計算力で、同級生を威圧する。子供に体感的に凄みをわからせるという点では、公文式はスポーツと良く似ている。校舎の窓を割るような、どでかいホームランをかっ飛ばす同級生の凄みは、子供にはわかりやすい。公文の計算力の凄みはそれに似ている。計算力は子供にもわかりやすいスポーツ的な凄みである。親の側からしても、計算力というものは目に見えて上達するので、公文は費用効果が高いと感じるだろう。たとえば、中学卒業して相撲部屋に入門した息子がいるとする。入門前はブヨブヨの水デブの肥満体だった息子が、半年たって実家に帰省したら、筋肉質の力士らしい身体に変身している。身体の成長が目に見えてわかる。ビジュアルが成長を示している。そんな時親は、「相撲部屋でたくましくなったなあ!」と思う。同様にして公文も、2ヶ月3ヶ月継続してプリントをこなしていくうちに、計算力の成長が目に見えてわかる。「公文に行って計算が速くなったなあ、公文に行かせて良かったなあ、お金を払ってよかったなあ」と親は思うだろう。実をいうと、勉強の凄みというものは、子供にはわかりにくいものだ。偏差値が高い子がいても、それは数値の凄みであり、体感的な凄みではない。また、中学受験で灘や東大寺学園に合格した同級生がいても、中学受験に無縁の子には、その偉さは体感的には理解できない。灘や東大寺学園という「名前」には凄みを感じるが、それは大人の世界の、わかりにくい凄みだ。そんな、凄みがわかりにくい、という感覚は、ノーベル賞に似ている。ノーベル賞を受賞した学者に対して、誰もがノーベル賞の権威でその学者が偉い人だということがわかるが、その学者の業績がどれだけ斬新なものかは、大抵の人には理解不可能だ。漠然と凄いとわかるが、凄みの内容は理解できない。いずれにせよ、自分とは無縁だ、オレには無理だ、と思う。逆に公文は、計算というわかりやすい、身近な尺度で凄みを表す。中間子理論でもニュートン算でもない。計算という身近な尺度で凄みを示すから、公文で鍛えた同級生には凄みを感じても、それと同時に「計算なら自分にもできそうだ」と思わせてしまう。だからこそ、私と同世代の子供が公文に飛びついたのだ。そんな公文の廉価版が「百ます計算」ということになるのだろうか。とにかく公文は、計算力の向上というわかりやすい凄みを全国の小学校にアピールし、また誰にでも計算が速くなると思わせる作戦で、ダムの決壊時の水の如き勢いで、全国に教室数を増やしていった。ここで教訓。学校で「あの塾に通っている子すげえ」と思わせるには、合格実績も勿論大事だが、あの塾に通っている子は計算が速くなったとか、日本の県名と県庁所在地を全部言えるとか、目に見えて、しかも誰にでもできそうな凄みを撒き散らすことが大事だ。世界に200ある国の国名・首都名を、塾生が全部暗記している塾が近くにあれば、やはり親は「その塾に子供を通わせたい」と、少しは思うことだろう。受験塾のように、学力を総合的に伸ばすのは複雑で難しい。ところが基礎学力をつけること、たとえば計算力を上げたり、漢字を暗記させたりするのは、システムさえ整っていれば意外と簡単にできるのかもしれない。公文は計算力に特化した学力向上システムを確立し、学力の一部分、しかも一番伸ばすのが簡単な部分だけを、飛躍的に誰の目にもわかるように、「ケレン味」を感じさせるほど伸ばすことで、事業を成功させた。蔭山英男は「百ます計算」で、公立小学校の教員でありながら、多額の印税を得た。基礎学力を上げるアイディアは大衆を動かし、アイディアを広めた組織や個人は巨富を得る。
2006/01/12
塾内で殺人事件を起こした「京進」の社長は、1年間無給で働く、という処分を自ら出した。「甘いぞ! 甘すぎるぞ!」 と私なら思う。どうしたものだろうか?管理が行き届かないほど、多教室展開をした弊害については、また述べる機会があるだろう。さて、12月18日の産経新聞を見ると、こんな記事があった。以下抜粋。全国塾協が採用指針 現職講師も経歴確認 犯罪歴念頭、倫理面の基準強化 京都府宇治市の学習塾「京進宇治神明校」で、小学六年の女児が大学生の塾講師に刺殺された事件を受け、この塾が加盟する業界最大手の団体「全国学習塾協会」(石井正純会長、社団法人)は十八日、都内で臨時理事会を開いた。 理事会では講師の採用時に犯罪歴も念頭に置いた過去の経歴調査を求める指針(倫理綱領)をまとめた。協会では今後の採用だけでなく、現職講師の経歴確認も求めている。十九日に経済産業省に提出する。 指針では、講師採用にあたって「雇用の形態、契約内容にかかわらず教職員の履歴および現状確認を行う」と明記。京都の事件で問題になった犯罪歴などの調査を促したほか、グループ面接方式の採用試験を促すことで採用希望者の本当の姿を引き出すような試験方法を提示し、人格・倫理面の基準を強化する内容を盛り込んだ。採用希望者と現職講師に指針を誓約させることも記述した。 協会には学習塾八百三十社が加盟、五十万人の児童、生徒がこの傘下の塾で学んでいる。 ◇ 塾講師による教室内での女児殺害事件の衝撃の大きさは、発生から九日で指針策定という素早い対応につながり、講師の質向上を目指す動きとなった。実態が不透明な業界での信頼回復へ向けた危機感の表れといえる。 指針は強制力を伴わない欠点があるが、全国学習塾協会では未加盟の全国の塾にも活用を呼びかける。指針に同意した塾をホームページで保護者らに公表することで、安全性を認定する。 今回の事件では逮捕された塾講師が過去の逮捕歴と停学歴を塾側に隠して採用されていたことも判明した。個人情報保護の流れが強まり、「犯歴は学校も警察も教えてくれない。履歴書や面談でうそをつかれたら確認しようがない」(宮城県の進学塾関係者)との問題点もある。「周辺住民に聞くとか可能な範囲でやるしかない」(協会の理事)というのが現状で、経歴調査にはなお困難さがつきまとう。 塾講師は教員と違い免許制がないため、採用基準は業界全体としてはピンからキリまでの状況だ。保護者が塾の役割として最重視するのは学力向上。採用時に性格検査や心理学を導入した適性検査を実施しているところもあるが、人格面のチェックはおろそかにされがちな側面があった。 塾はいまや「準学校」。次世代を担う子供を長時間預かる以上、公的な側面が強く、個々の講師は公務員に準じた倫理が求められる。業界全体が一丸となって取り組むには結局、個々の塾が危機感を共有できるかどうかがカギを握る。正直言って、この記事を読んで強い疑問を持った。憤慨したと言ってもよい。私は個人塾を10年やっているが、同業者とはほとんど付き合わずに、山椒魚のように引きこもって商売しているせいか、「全国学習塾協会」という組織の存在は知らなかった。どうやら大手・中堅塾が加入している団体らしい。経済産業省うんぬんと書いてあるところを見ると、圧力団体の一種なのだろうか?「全国学習塾協会」に参加するには、正会員で入会金30000円、年会費36000円が必要だという。この「全国学習塾協会」のHPを見ると、かの京進も会員として名を連ねている。事件が発生して1ヶ月経過した2006年1月11日現在でも、「全国学習塾協会」の会員名簿には、京進の名がある。今回の不祥事の責任を取って、協会を脱会したという記述は無い。おかしいぞ。まず最初に「全国学習塾協会」がやるべきことは、不祥事を犯した会員の京進に対して、何らかのペナルティを課すことではないのか。塾業界内部で自浄作用を働かせるなら、京進に対して譴責とか退会処分とか、厳しい措置をとる必要があるだろう。そして、京進に厳しい処分を下した上で、「全国学習塾協会」に加盟していない塾に対して、安全性を呼びかけるべきだ。私の塾ももちろん「全国学習塾協会」に加盟はしてはいないが、殺人事件を犯した塾が会員として名を連ね、しかもその塾に対して何のペナルティを課していない団体から、「うちに来れば安全性を保障できるぞ」と呼びかけられても、全く説得力がない。「全国学習塾協会」に賛同した塾は安全、賛同しない塾は危険というのは、間違ってはいないか?私の塾は小さな個人塾だが、生徒の安全には細心の注意を払い、気を配ってきた。今回の「全国学習塾協会」の呼びかけは、非加盟の塾に対して失礼極まりない行為だ。「全国学習塾協会」の行為を政治に喩えてみれば、自民党の議員が収賄で事件を起こし、自民党から逮捕者が出た。逮捕された議員は自民党に籍を置いたままである。そんな、逮捕者を処分できない自民党が零細政党に対して、『自民党に来れば清廉潔白な政治ができるから、自民党に入党しなさい』と言ってるのと同じことである。再考を促したい。
2006/01/11
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