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ポールオースターを読んでいます。 『リバイアサン』 『ムーン・パレス』 『偶然の音楽』 個人的には『ムーン・パレス』がオススメです。 なんとなく村上春樹の小説を読んでいるかのよう。 一文なしになってセントラルパークでホームレスをする主人公を、 なぜだかうらやましいと思う自分がいる。 それにしても言葉の選び方がすばらしい。 最近の、誰でも作家気取りの風潮を腹立たしく思っていた今日この頃、 久しぶりにちゃんとした小説を読んだ気がします。
2008.07.20
年末年始にNicaraguaを旅行してきました。3年前に住んでいた場所です。言ってみれば『里帰り』みたいなもんです。きっと私がいた頃と比べて、いろいろと変わっているんだろうな、と思っていたけど、、あまり変わってなかった。「昔のまま」そこが良かった。まるで、過去にタイムスリップしているような日々でした。「白くなったねー!」会う人みんなに言われました。日本は冬だからね。
2008.01.27
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スペイン料理屋で昼食をとっていたら、なんだか聞いたことのある曲が流れていた。小沢健二の「ラブリー」懐かしい。しかし歌っている人がちがう。あきらかに女の人の声。最近多いですよね、昔の曲のカバーって。その後の曲も同じ人が歌っているカバー曲だった。聴いた曲すべて良かったので、CD屋で探してみよう、と思ったら歌っている人の名前がわからない。勝手に「UA」だろう・・と思って探してみても見つからない。で、結局インターネットで調べてわかりました。Soma/Essence of life“smile”(発売日:2007年07月25日)発売されて結構たってるのね。。でも良いです。選曲がステキです。
2007.12.06
「実はあの人とあの人って仲悪いんだって。」今日そんな話を聞いた。えー、はた目からはとっても仲良さそうなのに。気付かなかったのは私だけ?でもなんで仲悪いのに、仲良さそうなフリすんだろ?周りの雰囲気を悪くするからか?人の好き嫌いは誰だってあるし。嫌いな人が悪いわけではないし、好きな人が良い人とは限らない。でもなぁ・・嫌いな人と仲良さそうに見せる必要はないと思うんだけどなぁ・・
2007.11.23
会社はいって1年がたった。明日も仕事。なんでこんなに忙しいんだろう?無職だったつけが一気にまわってきた感じ。お気軽にバイトしてた頃がなつかしい。。仕事を始める前の1年と始めた後の1年。時間の流れが違う。考え方が変わった(戻った?)。感覚が変わった。昔許せなかったことが、どうでも良くなってきた。昔なんとも思わなかったことが、最近になって腹がたってきた。以前はよく空を見上げてたのに、最近PCのモニターしか見てない。そして、、できることとできないことを考えるようになってきた。「それは現実が見えてきたってことですよ。」と、年下の同僚の子に言われる。現実ねぇ。。現実なんて本当にあるのかねぇ?マトリックスみたいに、皆が現実だと思っているだけなんじゃないの?そんなことを反論しようかと思ったけれど、めんどくさくなって、「そうかもね。」と答えてしまう。それでも、現実が見えてないときの自分の方が好きだったりするんだよなぁ。
2007.11.16
今日からまた日記をつけようと思います。別に深い意味はないですが。記憶ってなぜ消えるんでしょう?忘れたいことはなぜか覚えてるのに、忘れたくないことはいつの間にか消えてなくなってしまう。形にして残すことはできないもんかな?写真に気持ちは写らないし。やっぱり文章かな。。そんなことを思い、日記を書きたくなりました。さていつまで続くやら。今日は遅いので、このへんで。
2007.11.15
ふるさとは遠きにありて思ふものそしてかなしくうたふもの帰るところにあるまじや 室生犀星友人から戴いた名言集にあった言葉です。聞いたことはありましたが、誰の詩かは知りませんでした。先日、帰郷してきました。東京から広島に帰ってきたときに一番最初に思うのが、山が近い、ということです。実家は四方を山に囲まれた場所にあるので、どこを見渡しても山があります。子供の頃はそれが当たり前だったのに、今になってみると不思議なもので、「あれ、広島ってこんなに景色良かったっけ?」と感動してしまう自分がいます。久しぶりに親戚や、近所のおばさん達に会いました。当たり前だけど、皆、歳をとって老けていました。痩せこけた人もいたし、まん丸く太った人もいました。それでも、話をすれば十数年前と何も変わってない。恐いおじちゃんは、恐いままだったし、優しいおばちゃんは相変わらず優しいままでした。一人のおばちゃんが、私を見るなり、「あんた、なんかオーラが出とるわー!」と言ってました。『オーラ』ってそんな大袈裟な、、ケンシロウじゃないんだから・・と心の中で思いつつも、ちょっぴりうれしかった。私は、人にオーラを感じさせるような人間ではないのに、そのおばちゃんは、「あんたの体からほんまに何か出とるんよ! 私には見えるんじゃけぇ。きっと何かあるんよ・・」と、しきりに口にします。とりあえず、人から言われた良いことは信じる。悪いことは信じない。だから信じます。私、オーラが出てるみたいです。
2007.05.21
20km地点までは順調だったのに、折り返し地点あたりから右ひざが痛くなってきた。それにお腹も減ってきた。持参した3つのウィダーインゼリーはすでに尽きてしまった。道端で地元の方々が配ってくれるバナナを食べる。「甘い!!」バナナってこんなに美味しかったっけ??疲れているからか、バナナがとても美味しく感じる。バナナの味が忘れられずに、次の給水所までがんばってみる。5km先の給水所でもやっぱりバナナが置いてある。「甘い!!」やっぱり美味しい。ありがとう。応援してくれる地元の方々。もうちょっとがんばろう!30km地点。右ひざの痛みがつらくて走れなくなる。とりあえず歩く。歩みを止めてしまうと多分あきらめてしまいそう。救援車が横を通るたびに「リタイヤしてしまおうか?」の誘惑。そんなことを思いながらも、歩く。35km地点。心はまだまだ大丈夫なのに、体が走ることを拒否してる。「がんばってー!」の声援が痛い。悔しくて帽子を目深にかぶる。とにかく歩く。時間内にゴールできないかもしれない。(制限時間は6時間)それでもいいからゴールしたい。大会が終わっても歩道を歩いてゴール地点まで行こう。そんな風に思いながら歩く。いつのまにか40km地点。『あと2km』の表示。「今から走ればなんとか間に合うよー!」そんな声援が聞こえた。「くそー!」と思いながら走りはじめる。右ひざは相変わらず痛い。走るたびに激痛。骨が折れてしまうんじゃないだろうか・・でも、やっぱり時間内にゴールしたい!そのうちスタート地点だったグラウンドが見えてきた。「やった!、ゴールだ!!」と思った瞬間、花火が鳴った。「がんばれー!」と応援していた人々も、「あっ、終わっちゃった・・」といった表情で私を見つめる。それでも走り続ける。今止まってしまうと、もう歩くこともできないだろう。そう思って走り続ける。グラウンドに入っていくと、ゴール近くの時計はまだ止まっていなかった。時間は5時間50分すぎを表示している。まだ終わってなかった・・間に合いそうだ・・そしてゴール!!「やった!!完走したぁ!!」時間は、5時間57分。ぎりぎり。ブービー賞を狙おうかと一瞬思ったけど、そんな余裕もなかった。友達のY君は、「すごいじゃん! ゴールした後にまだカップラーメンが作れる時間が残ってるなんて!」と微妙な褒め方をしてくれた。足痛いけど、満足感いっぱい。今度はちゃんと練習してフルで走れる状態にしてから再チャレンジしよう。
2007.05.18
走ってきました。フルマラソン!長かった。。とにかく長かった。。「誰が42.195kmって決めたんじゃー!!」後半はずっとそんな事を思いながら走って(歩いて?)ました。スタート地点。それぞれ自己タイムによってスタートする位置が異なります。速い人はもちろん先頭、遅くなるにしたがってスタート位置が後方になります。フルマラソン初参加の私はとりあえず「5時間台で走れる人」の集団の中に。いよいよスタート。でも、スタートの音がなってもなかなか進まない。そのうち歩く程度のスピードで前が進み始め、5分後、やっと『スタート』と書かれた看板が・・。はやる気持ちを抑えるためブツブツとつぶやく。(・・あせるな、あせるな。『亀の歩み、亀の歩み』だ・・)ここ何ヶ月かの練習中、右ひざに激痛が走ることがしばしばだった私の対策方法。『歩くよりも速く、走るよりも遅く』そう、それが『亀の歩み』(勝手に命名)!とにかく右ひざが痛み始めたら、ほとんど走れなくなる。それよりは、とにかくひざに負荷をかけないように走る(歩く!)今回の目標はとにかく『完走すること』です。タイムなんて気にしない。とにかく走りきる。無理して走れなくなってリタイヤするよりは、ゆっくりでも確実に長く走れる方法を選んだわけです。周りにどんどん抜かれていく。自分のスピードが周りの人達に比べて遅すぎる。そんな焦りを感じたときは心の中で唱える。(・・亀の歩み・・亀の歩み・・亀の歩み・・あ、いつの間にか声出てる!周りの人、ブツブツ言ってゴメンナサイ。さぞかし気持ち悪かったでしょう。。そんなわけで20Km地点までは、なんとかがんばれたわけですが・・長いので続く。。
2007.04.27
・・生きるって本当にムズカシイ・・別に人生に行き詰っている訳でもなく、ショックな出来事があった訳でもないのに、ふとそんな風に思った。だからといって「死にたい・・」なんてことはこれっぽっちも思わないけれど、それでも、生きていくのは本当に大変なことなんだなぁ、と思うようになった。昔、友人に、「生きることって意外と簡単やなぁ」みたいな事を軽口で話したことがある。その時はその友人から、「それは、自分がただ簡単な道を選んでいるからそう思うのであって、そう思わない人もたくさんいるよ。」と言われ、自分の失言に気付いた。きっと今、あの時の言葉に復讐されているんだ。毎日をだらだら生きる。ガムシャラに上を目指して生きる。周りを見まわして「自分は平均くらいかな」と安心しながら生きる。社会との関わりを断って自分だけの世界で生きる。多くの選択肢の中から、いろんな生き方を選べる。楽な方を選ぶのも、苦しい方を選ぶのも、自分のさじ加減ひとつ。ここ3ヶ月、けっこう働いた。土日出勤して、終電まで働いて、グチグチ文句をいいながらも、よく働いた。それでも、「自分の力を100%出し切ったか?」って聞かれると、・・80%くらいなんだよなぁ。。やっぱりどこかに妥協がある。『明日死んでもいいように、今日を生きる』そう考えると、昔の武士はすごいよ。そして、戦中戦後を生きた方々。今私が生きていられるのは、過去の人々のおかげです。一日の中で、本気の一瞬をどれだけ出せるか。やっぱり、生きることはそんなに簡単じゃない。
2007.04.10
友人の東京マラソン完走に触発され、マラソンにチャレンジしてみることにしました。4月に行われる霞ヶ浦マラソンにネットで申し込み。『42.195km』という文字に、申し込みボタンを押すのを一瞬ためらうものの、「ええーい!」と掛け声とともにクリック。42.195キロなんて未知の領域だ・・走りきれるだろうか??不安です。。でももう申し込んでしまった。お金も払ってしまった。走るっきゃない!というわけで最近、近所の土手を走っています。最初の日、1キロ地点で足が止まる。それでも歩いて、走って、を繰り返し目標の5キロ完走。2日目、最初の日よりも体が軽い。2.5キロ地点の折り返しが前回よりも近く感じました。でもやっぱり途中で歩いてしまいました。3日目、5キロ歩かず完走。やったー!!でもフルマラソンまではまだまだ距離がある・・4月まであと1ヶ月ちょい。意外と時間がないぞ。ってことで、明日は10キロに挑戦します。
2007.03.03
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久しぶりに水平線を見た。場所は北九州の空港。空港から市街へ向かうバスの中。180度とは言わないまでも視界120度くらいは何もない水平線が広がっていた。太陽の光が波間に反射してキラキラしている。写真に撮るのもなんだかもったいない。もし僕に絵心があったなら、この風景を絵にしているだろうな。そういえば、先日、国立近代美術館に見に行った『都路華香』の絵の雰囲気だ・・行く前はまったく興味がなく、タダ券があったから行ってみただけだったが、それでも都路華香の屏風絵や下図に圧倒された。都路華香も、きっとこんな海を見て、2次元の紙の中に描いてみたい、と思ったのだろう。最近、出張で飛行機に乗る機会が多い。昔は飛行機に乗るのがワクワクして楽しみだったのだけれど、最近はどうも苦手になってきた。なんか、恐い。窓側の席は特に恐い。離陸の瞬間なんて、本当におっかない。だから最近は通路側を取るようにしている。初めて飛行機に乗ったとき、非常に感動したものだった。豆粒のように小さくなっていく車や建物を見て、「人間って、なんてちっぽけなんだろう・・」と、そのとき悩んでいたことがとても下らないことに思えたのを覚えている。なんで飛行機に乗るのが恐くなったのか・・最近「LOST」を見たからなのか?毎回いいところで終わる。謎が気になって、次々と見てしまう。いつの間にか、シーズン1すべて見終えていた。。それでも結局、謎は謎のままだった。この話、多分結末を考えてないな・・
2007.03.03
「女性専用車両にご理解とご協力をお願いいたします。」毎朝不機嫌になるアナウンス。ご協力はするが、ご理解はできん!!大嫌いです、女性専用車両。駅の構内には女性専用車両のアンケート結果がこれ見よがしに張ってある。大多数の人が賛成してんだとか。でも私は大反対。女性専用車両なんてやってる鉄道会社の電車にははっきりいって乗りたくない。自転車通勤を考えてる今日この頃です。「あなたは痴漢にあったことがないからそんなことがいえるのよ。」そんな風に言われました。だけどね、、物事はすべて進化する方向を向いていないといけないとおもうのです。痴漢対策であれ、サービスであれ、なんであれ。でも「女性専用車両」って進化したサービスとはとうてい思えない。知恵も思想も何も感じられない、その場しのぎの解決法としか思えない。満員電車。となりのおっさんの汗の臭いや、女性のキツイ香水の臭い。たしかに不快。でもしょーがないじゃん!!「臭い!」と思ってるあんたも他人からしてみたら臭いかもしんないじゃん!世の中には嫌な人、合わない人、いっぱいいます。それでも一緒に生きていかなくてはいけない。有限のものをみんなで共有していかなきゃいけない。それを「痴漢がなくすため、男と女を分けましょう。」って!そんなん誰でも考え付くがな!!しかもどうせなら、全車両、男性用女性用と分けてしまえばいいのに、なぜかそこまではしない。(問題だから?)結局「女性専用車両」に思想なんてないんだ。コミコミの満員車両から、スカスカの女性車両を眺めての苛立ちをブログに書いてみました。あーすっきり。
2007.01.31

年末の帰省。いつもなら新幹線を使うところだけど今回は夜行寝台列車で帰ることにしました。乗車したのは「サンライズゆめ号」という臨時寝台列車。なんでも東京→広島間はこの時期にしか運行していないんだとか。席のランクが何段階かあって、一番安いチケットだとオープンなベッドだけのタイプで、新幹線より少し安くなる程度。せっかく乗るのだから、ということでワンランク上の個室のチケットを購入。以前、寝台列車に乗ったのはかなーり昔のこと。たしか小学校の修学旅行だったっけか?その時はベッドだけの席だったので、個室タイプの席は今回初めて。さて、どんな部屋なんだろう・・?金額的に新幹線よりも高い席なんだから、と映画に出てくるようなヨーロッパの豪華寝台列車を想像してみる。豪華なビュッフェ車両やバーなんかが付いてるんだろうなぁ・・乗客はきっとどこかの令嬢や金持ち老夫婦なんかなんだろうなぁ・・そんでもって途中で殺人事件とか起こっちゃうんだろうなぁ・・と、訳のわからない妄想を楽しみながら東京駅に向かうと、、、来ました!! サンライズゆめ号。意外と地味だ。。車内はこんな感じ。期待していた部屋は・・・せまっ!!個室とはいえ、人一人眠れるくらいのスペースだけ。まぁ寝台車両ってこんなもんでしょうかね。カプセルホテルのちょっとグレードアップした感じ。部屋は暗証番号式のロックがかかるようになっているので車内をうろうろするときも安心です。あと、ラジオと簡易机がついてました。豪華ビュッフェ車両なるものはなく、車内販売もなし。殺人事件など起こりようもなく、ただひたすら寝るだけか・・。それでも、ごろり横になって好きな音楽を聴いたり、窓の外の流れる夜景を見ながら考え事をしたりと、なかなか心地よい旅でした。機会があったらまた乗ってみたいもんです。
2007.01.06
あーなんか心やすまらないなぁ・・仕事するたびに問題が起こって、その問題を解決するために仕事をして、一段落してやっと本来の仕事だ、と思って机に向かうと新たなトラブルの電話がかかってくる。なんだかなぁ・・ベルトコンベアにのって「仕事」が常に運ばれてきていて、ほったらかしにしておくと、それがどんどん溜まって山積みになっていって、一つ一つ片付けているうちに一日が終わる。そんな感じ。(配達のバイトの時とさほど変わんないぞ!?)だいぶ眉間にしわがよってきた。なにより悲しいのは、感性が失われていってること。忙しさの中でやりたかったことが何一つできてないこと。いろんなものを後回しにしてる。一生懸命働いてやっと普通の一社会人として見てもらえるなんて。働いてない頃のことを考えるとなんだか皮肉な感じ。「がんばるのが当たり前」の社会に生きるって大変なことだねぇ・・(あくまで他人事)よし、がんばらないでどこまでいけるか、がんばってみよう!
2006.12.16
電車の中刷り広告で最近気になるのが日能研のこんな問題http://www.nichinoken.co.jp/sikakumaru/mondai/f_mondai_01.html『狩人(かりうど)と犬』狩人が犬を見て、次々に食べ物を投げてやりました。すると犬はその人に言いました。「あっちへ行ってください。あまり親切にしてくださると、かえって私はこわくなります。」人に色々ものをくれる人は、下心があるに決まっているのです。(河野与一翻訳『イソップのお話』<岩波書店>による)※設問の都合上、本文の表記を改めたところがあります。問 「狩人と犬」を分析します。次の質問について考えて答えなさい。1)狩人は犬に近づこうとしましたか。「近づこうとした」「近づこうとしなかった」のどちらかを書きなさい。また、そのように考えられる理由を、本文中の言葉を使って説明しなさい。2)犬はどうして「あまり親切にしてくださる」と、かえってこわくなると感じるのですか。3)狩人は犬に対してどのような下心を持っていると考えられますか。狩人の下心の内容を書きなさい。---------------------------------------なんだかなぁ・・入試でこの問題を出すセンスを疑ってしまうんだよなぁ・・「下心があるに決まっているのです」って、そんな決め付けられても。。狩人は単なる気まぐれで餌をやってるだけかもしれない。昔飼っていた犬のことを思い出しているのかもしれない。本当に犬と仲良くなりたくてやっているのかもしれない(それもまぁ下心か。)でも模範解答をみると「犬を捕まえたかったから」。わざわざ「狩人」となっているところからしてこの答えが妥当だろうけどさ~。でもネガティブな問題だよなぁ。教育者が出す問題じゃないよなぁ。イソップという人はもともと奴隷だったらしく、主人に面白い話をして受けをよくするために、こういった話を作っていたんだとか。だからなのか、イソップ童話の中の教訓には、保守的で、禁欲的なところがあって、夢やロマンよりも、堅実で安全で、危険なものには近づかない、『触らぬ神にタタリなし』的な奴隷根性をちらちらと感じてしまう。その後ろ向きさ加減がどうも気に入らない。「夢や希望を追いかけるよりも、公務員になって安定した一生を!」そんなことを童話の中で語られてもねぇ。回答させられる子供もなんだかかわいそうだなぁと思ってしまうんだよなぁ。私だったらこの問題に模範解答してくる生徒を選びたくないよ。教育者って本当に何を考えてるんだろう??
2006.12.08
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最近読んだ本をつらつらと書きます。『手紙』東野圭吾泣きました。喫茶店で泣きながら読みました。そして、久しぶりに家族の声が聞きたくなりました。『下山事件』森達也終戦まもなく起きた初代国鉄総裁の怪死事件を追ったものです。JFK暗殺事件並みの話だけど、日本ではあまり話題に上らない。世の中って怖い。。『博士の愛した数式』小川洋子『ビューティフルマインド』とか『グッドウィルハンティング』など天才数学者の話はどれも面白いです。やっぱり私は理系の頭なのでしょうか。『スタンド・バイ・ミー』スティーブン・キング古本屋で思わず買ってしまいました。映画も最高に良いけど、活字もいい。文中で作者が何度も繰りかえす言葉「なににもまして重要なことは、なににもまして口に出して言いにくいもの」この気持ち、とてもよく分かります。『三四郎』夏目漱石「熊本より東京はひろい。東京より日本はひろい。日本よりも頭の中のほうがひろいでしょう。」これ、三四郎の中の言葉だったんだ。知らなかった。坊ちゃんしか読んだことなかったけど、夏目漱石、面白い。お札ではよく目にしていたのに、本は意外と読んでなかった。反省。学生の頃にこれ読んでも何も感じなかったかもなぁ。この歳になってこの本に出合えたことがとてもうれしく思います。
2006.12.05
「最近、詩は書いてないの?」よく聞かれる。詩というか、日記というか、なんというか、よく分からない変な文章を書いていた。単なる言葉遊びだったかもしれないし、感情を表す一種の表現だったのかもしれない。とにかく、後から見返してこっ恥ずかしくなるようなそんな文章。たしかに最近書かなくなった。いや、書かなくなったのではなくて、書けなくなったのだ。仕事に慣れるにつれ、左脳は少しずつ研ぎ澄まされ、その分右脳は怠けはじめる。心の中を言葉に置き換えるたびに、もとの感情から少しずついろいろなものが削り取られていく。出来上がった文章に目を通して「なんじゃ、こりゃ?」と絶望し、次の瞬間、クシャクシャに丸めてゴミ箱に放り投げる。これまでの海外生活で得たものはいったい何なのだろう?少なくともその経験は会社で業務をする上でまるっきり必要ない。僕が目にしたものや、感じたこと、心が震えた瞬間。そんなものは過去のもので、そのうち忘れていくだけなんだろうか?いやいや、そんなこたーない。心の中のモヤモヤや割り切れないもの。なんとかして残しておきたい。USBメモリにでもコピーしておければいいのだけれど、残念ながら僕の頭にはそんな差込口はついてない。だから代わりに詩を書く。目に見えないものを目に見える形にしてみよう。
2006.11.26
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BEATLES 『LOVE』久々にCDを定価で買いました。昔からビートルズが好きで、とりあえずアルバムはすべて買っているのだけど、アンソロジーあたりからなんか怪しくなってきた。なんか未発表音源やら新曲やらを小出しに出してくる感じがどうも「そろそろお金なくなってきたから、またアルバムでも出しとこうか?」みたいなノリに感じてしまうんだよな、これが。(appleはリンゴマーク訴訟に負けたんだっけ?)なんせジョンレノンもジョージハリスンも死んでしまっているし。。それよりなによりビートルズは僕が生まれる前に解散してたってのに何を今更・・と思ってしまうのも無理はない。それでもファンとしては一応買っておかなければ、と思ってしまう。週刊誌の記事で叩かれているのを見て、あまり期待はしていなかったんだけど、・・意外といいじゃん!!さすがにオリジナルアルバムにはかなわないけど、それでも思ってたよりはいいかな。このアルバム、ビートルズのいろいろな曲を重ね合わせて新たな作品にアレンジしたもので、「あの曲とこの曲を合体させたらこんな曲ができました!」そんな、ホクトとミナミみたいな感じのアルバムです。聴くならオリジナルのアルバムを聴いた方がいいんだけれど、たまにはこういうのも面白いかな。ご飯にマヨネーズをかけて食べると意外とおいしかった。。そんな感じです。純粋なビートルズとは別物の作品だと思えばまぁ許されるんじゃないでしょうか。どんなにがんばったってビートルズの曲はもう作れないんだしね。
2006.11.24
Hello worldプログラミングをはじめるときに一番最初に書く練習プログラムってたいていこの“hello world”を画面に表示する、ってやつです。今、仕事でPerlとPHPを扱っています。ちなみにPerlで書くとこんな感じ。print "Hello world\n";出力する内容は別に“aaa”だろうと“テスト”だろうと何だっていいはずなのにどの参考書にもだいたいこれが一番最初の練習として載っています。最初に出力する内容が“Hello world”って、なんかいい。センスを感じます。プログラミングのイメージからして、もっと無機質な、面白みのない言葉かと思いきや、『こんにちわ、世界』って!! 素敵。これからこのプログラミング言語を使って、いろいろな事ができるようになって、そして世界が広がっていくんだ・・そんな感じ。素敵です。(本日2回目)今日、私の弟に子供が生まれました。つまり私の姪。そして私は名実ともに「おじさん」になってしまいました。でも決して「おっさん」ではないハズだ、うん。あくまで「おじさん」です。いや、もっとかわいらしく「おじちゃん」かな?うーん、「おいちゃん」でもいいな、寅さん風に。まぁどっちでもいいか、呼び方は・・でも、うれしいっす。自分の子じゃないのになんかうれしい。話を聞いたとき、今日一日がHappyになった気分。すごいぜ、赤ちゃん!!生まれてすぐに周りの人を幸せにするなんて!!名前もまだ決まってないってのに。立派な名前をもって肩書きも社会的地位もあるおっさんなんかより数段すごい!!そして、、ようこそ、世界へ!生まれたての赤ちゃんも“hello world”って感じてんのかな?
2006.11.22
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『バタフライ・エフェクト』「メキシコの蝶の羽ばたきが、テキサスの竜巻を発生させる」カオス理論とは「ちょっとした出来事が連鎖的に大きな影響をひき起こす」という物理学の考え方です。(「風が吹けば桶屋が儲かる」みたいなところでしょうか。)古典物理学の世界では「未来を予測する」ということが大きなテーマだったそうです。すべての物質が自然法則に従うならば、未来を予知することが可能です。「初速50m/sで投げたボールが10秒後にどこに存在するか?」人間の脳の動きや感情も数値化され公式化されれば、10秒後のボールの位置を予知するように、明日の行動さえも予知することができる。だって人間もボールと同じように原子の集まりに違いはないんだから。「明日は晴れる」とか「来年は景気が良くなる」だとか、そんな風にすべてが計算に基いて求められる、ってことは、つまり・・・ビックバンが起こって宇宙が誕生してから、今現在に至るまでのすべての出来事は自然法則に従った『必然』であり、そして、これから起こる未来の出来事も自然法則によってすべて決まっている、ということになってしまいます。生命の誕生も、恐竜が絶滅したのも、人類の歴史も、そして、私がこうしてパソコンに向かっていることも、すべてが決まっていたことなんだ、と。しかーし、そんな中、登場したのがこの「カオス理論」。観測の際に生じる少しの誤差が、いろいろな作用を及ぼし、最終的には大きな影響となって、観測者は正しい結果を知ることができない。つまり未来を予知することはできない、ということらしいです。(専門家じゃないのでよく分かりません。あしからず)この映画、タイムトリップ物です。でもタイムマシンとかは出てこない。ある日主人公は、過去の自分の日記を読むことで、その場面までタイムスリップする能力を手に入れます。現在の状況を変えるため、過去に戻ってその原因となった出来事をやり直そうとします。そして現在に戻った時、状況は変わって、ハッピーになるかと思いきや・・・これがうまくいかない。この辺がバタフライ・エフェクトなもんで、主人公が過去で行った小さな行為が、結果的に未来に大きな影響を与えてしまい、主人公の望んだ未来にはどうしてもならないのです。何度も過去へ戻ってやり直すんだけど、どんどん不幸になっていく、というお話。同じタイムトリップものだと『バック・トゥ・ザ・フューチャー』や『ターミネーター』がありますが、これとはまるっきり逆な展開です。そういえば、ドラえもんも、のび太に活を入れるために未来からやって来たんだっけ。ドラえもんのタイムトリップの考え方はなかなか面白くて、「過去の小さな行動は未来には大きく影響しない」というものでした。過去に戻って何かすることで未来への影響を心配したのび太君に、「大阪から東京へ行くのに、新幹線を使おうが飛行機に乗ろうが目的地は変わらないように、過去に戻って何かしても、結局は同じ未来に行き着く」というような説明がされてました。上記の決定論的な考え方なのかな?ちなみに映画の感想ですが、かなり面白かったです!ぜひオススメ。
2006.11.19
最近スペイン語教室に通っている。今日、そこの先生が、「日本人はシャイであまり話そうとしない」ということを話していた。「日本では、おしゃべりな人というのは、あまり良いこととされてなくて『不言実行』だとか『つべこべ言わない』事を良しとする文化だが、ラテンは違う。話すことが食べることであり、話すことが生きることである。そして、日本では黙っていることが災いを避ける手段となるが、ラテンではまったく逆で、話さない人というのは、自分の意思を表明できない弱い人間だと思われ、他人からたかられたり、だまされたりする目標となってしまうので、逆に危険だ。」と、そんなことを話していた。(これは、どっちが良いとか悪いとかそういった話ではなくて、文化の違いとして。)私も最近同じことを考えていた。たしかに日本的価値観からすると、ぺらぺらしゃべる人はなんだか軽薄で薄っぺらく感じる。そして、寡黙だけれど仕事ができるような人はカッコいい。私も正直そんな人になりたい、と思っていた。でも、最近コンピュータの仕事を始めて、しばしば違和感を感じる。特にコンピュータの仕事というのは、人と話す代わりにコンピュータと話している。『人と話すこと』が仕事をしていないことと取られる傾向が強いように思う。「口ばかり動かしてないで、手を動かせ!」と。(私のまわりにはそんな人こと言う人いないけどね。)話すことには意味がある最近特にそんな風に思う。話す内容よりも、『話す』という行為そのものに意味がある、と。それがたとえくだらない会話であったとしても、分かりきった意味のない質問であったとしても。顔と顔を向き合わせて、相手の目を見て、自分の考えを語る。相手が何を考えて話そうとしているのか、雰囲気や、口調や、顔の表情から読み取る。支離滅裂であろうと、感情論であろうと、オチがうまくなかろうと、恥ずかしかろうと。人と人がコミュニケーションを取る事によって、非生産的だけど、目に見えない『何か』は生み出されてるんじゃなかろうか?「そんなの人に聞かなくてもグーグルで調べれば分かるじゃん。」そう、確かに分かるんだよね、グーグルで調べれば。でも、あえて聞く。仕事じゃましてゴメンね、と思いつつ、あえて。。ゴメンね、周りの人達。でもこれからも聞くから。。ちなみに私は今年、細木数子の言う『大殺界』らしい。口が災いをもたらすんだとか・・。ま、信じてないけど。
2006.11.13
引っ越して2ヶ月、私の家にはテレビがありません。家にあると絶対見てしまうだろうと思い、買うのを我慢しています。別に見たい番組はないけれど、世間の情報が入ってこない事が少し怖い。北朝鮮の核実験、かなり後で知りました。プロ野球の日本シリーズ、当日に対戦カードを知りました。さて、今世間を騒がせてる話題は何なのだろう?履修問題?、いじめ問題?、芸能人の離婚問題?うーん、分からん。そして、ちょっと前まではインターネットも接続できてなかったので、家にいると本当に暇でした。びっくりするくらい家には何もないので・・(部屋で目に付くものといえば、ベッドとステレオと冷蔵庫くらい、、トホホ。。)出来ることといったら瞑想するくらいでしょうか。そこで、近くの本屋にいって暇つぶしになるものを物色。そして目に留まったのが・・『ムー』副題には『総力特集 墜落UFOには日本人が搭乗していた!!』なに~、そうだったのか~!! これは買わなければっ!!で、買っちゃいました、ウン十年ぶりに。久しぶりだぁ・・昔は本当に信じてたんだよなぁ・・ネッシーも、宇宙人も、ノストラダムスも。1999年、恐怖の大王がやってこなかった時から、そして、ネス湖のネッシーが悪戯だったと判明した時から、きっと売り上げは激減したに違いない。それでもなお、UFOや超常現象、UMAやらオーパーツの話題をやっているのを見ると、なんだかもう、怪しさを通り越して、爽快な気分さえしてきます。(さすがにノストラダムスの話題はもう載ってないみたい。怪しげな開運ペンダントやら水晶の広告は相変わらずだけど・・)ただ、論調が昔と比べてトーンダウンしたような気がしました。昔は、UFOの話題も、ノストラダムスの話題も、「驕り高ぶった現代社会への警告なのか!?」的な結論でまとめられる事が多くてそれを読むたびに小学生の私は「慎ましく生きよう・・」と戒められてたものですが、今回の特集なんかを読むと、「実はUFOの正体は○○で、搭乗していたのも人間だった」というような、現実的で、ありえそうな結論に結びつけようとしているように感じました。これも時代の流れなのか・・。『ムー』なりに世の中の論調と少しずつ折り合いをつけていってるのだろうか?と、ちょっと寂しく感じた秋の夜長でした。
2006.11.07
Shakiraの『Hips Don't Lie』という曲のプロモーションビデオを見てから「いつの日かベリーダンスを生で見たい!」と思っていました。Shakiraの映像はこの辺から・・で、行ってきました。ベリーダンスの見れるバーとやらに。場所は渋谷にある「Pink Cow」というお店。なかなかおしゃれなお店で、その上外国人が多い。ベリーダンスということで男性客ばかりかと思いきや、なぜか女性客の方が多い。不思議です。で、当のベリーダンスの方はというと、、、女性のダンサーの方が一人ずつステージで踊っては交代して、という形のショーで、全部で5人くらいの踊りを見ました。いろんな技をする人。腰の動きが尋常でない人。あまり上手そうではないけど楽しそうに踊っている人。一人一人の踊りに個性があってなかなか面白い。曲の途中で客席までやって来て、男性客の目の前で踊ってくれるサービス?があって、もちろん私の目の前でも踊ってくれたのですが、これがホント目のやり場に困る。。外国人の男性は目の前で踊られても無表情な顔で見ているのに、日本人男性は照れながら恥ずかしそうにしているところに文化の違いを感じました。やっぱり私は日本男児。そして最後にはダンサー全員がステージに上がり、興奮した客達もステージ上で踊り始め、なぜか私も踊るはめになり、腰をくねくねしてました。ダンサーに一緒に踊るように誘われ、恥ずかしがって断っていた女性がステージに上がったとたん、ダンサー以上の腰の動きだったときにはビックリ。(あなた、踊る気満々だったんじゃん・・)と心の中でツッコミ入れときましたが。もー、みんなで腰くねくね。異様な光景です。「踊る阿呆に、見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損々・・」って感じでしょうか。いや~、大興奮な一日でした!
2006.11.01
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『オールド・ボーイ』オールド・ボーイ公式HPしくじった。。こんな良い映画を見逃していたなんて・・ここ1年見た映画の中で最高でした。同時に「スーパーサイズミー」という映画をみて、これをブログに書こうかと思ってたんだけど、こっちに完全にやられました。ストーリー展開も、俳優も、音楽も、映像も、すべてがよかった。タランティーノが絶賛するわけだ。まえまえから韓国映画は複線の張り方がうまいなぁと思っていたけど、やっぱりこの映画も素晴らしい。何気ないセリフやシーンにも意味があって、最後の方は多少やりすぎかなぁと思ったけど(その辺も韓国映画らしい)それでも納得できる内容でした。なんか『JSA』を見た後と同じ感覚だ、と思って解説を見てみるとなんと同じ監督だったのね。すごいなぁこの監督。そしてハリウッド、またリメイクすんのか・・どう考えてもこのオリジナルより良いものが作れるとは思えないんだけど・・良い海外の映画があるとすぐにリメイク。どうやら米国人、字幕読むのが嫌いみたい。あと、主人公の恋人役の女優、かわいいです。東京ラブストーリーの鈴木保奈美に似てると思ったのは私だけ?
2006.10.28
とある公園の池でアメンボをみかけた。アメンボを見るなんて何年ぶりだろう・・まじまじと見たのは、小学校のプール以来じゃないだろうか・・最近見なくなったなぁ・・環境汚染でアメンボも住みにくい世の中になったのかなぁ・・なんて、つい環境問題に結び付けたくなる。でもでも、、、ちょっと待てよ。。。本当はアメンボはいつでもココにいたんじゃないか・・・昔と変わらず、ずっとここで生き続けていたんじゃないだろうか・・・ただ自分がそれを見ようとしなかっただけ。・・・明日の仕事も忙しいし、やらなきゃならない事はいろいろとあるし、アメンボを見たからってどうなるもんでもないし・・・無意識に心の中でそんな言い訳をして、アメンボに目をやる余裕がなかっただけなんじゃないだろうか?なぜかその時、そんな風に思った。子供の頃アメンボを見て「不思議だ」と感じた感覚。「何故水の上に浮いているんだろう?」そんな「不思議」に気がつかなくなったのは、いつ頃からだろう?自由に使えるお金もなくて、自力で動ける行動範囲は学区内だけの、そんな狭い世界の中にいても、「世の中分からないことだらけで、世界は途方もなく広いんだろうなぁ・・・」と感じていた小学生の頃。大人になるにつれて行動範囲は学区内から市内、県外へ変わり、東京、そして海外になった。交通手段も、自転車が原付になり、車になり、新幹線、飛行機に変わっていった。移動できる範囲は広くなったものの、好奇心の密度はさほど変わってない。(いや、もしかしたら減ってる!?)論理的に考えることで、見なくてもすむようになったモノ。直接感じる必要もなく、ただ情報として知っていればすむモノ。インターネットやテレビに感じるこの皮膚感覚のなさ。そんな世界にどっぷり浸かってると、たまにはアメンボでもジックリ見たくなるんだよな、これが。
2006.09.29
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新しいスニーカーを買った。ニューバランス。うん、履き心地抜群!ニューバランス・・いいとは聞いていたけど、デザインのあの「N」マークがどうも気に入らなくて、なかなか手を出す気にならなかった。一つ前にはいていたpumaのスニーカーは、本当にボロボロになるまで履き続けた。買ったときは金色っぽい色だったのに、いつからか「う○こ色?」と言われるようになってしまった。このpumaのスニーカーにはとても思い入れがあって、どうしても新しいのに履き替える気にならず、結局穴が空くまで履くことになった。このpumaのスニーカーでコスタリカの山奥の町に行った時の話。1泊2日の予定で自然公園を歩きまわる予定のため他の荷物は首都に置いて、最低限の身軽な格好で向かった。そんな山の中で信じられないくらいの土砂降りに合う。靴の中まで水に浸かるような状態。なんとかホテルまで戻ったものの、換えの靴も、靴下ももってない。安ホテルで、洗濯もできないようなところだったため、仕方なくそのまま乾かしておいた。山中で気温が低くほとんど乾くことなく、翌日は裸足のまま濡れ濡れのスニーカーを履いて首都までもどった。首都の滞在場所に戻って、靴を脱いだ時・・信じられないほどの異臭が!!なんだ、この臭いは!?まるでドブの様な臭い・・やがてその臭いは自分の足から発しているものだと分かった。雨水とスニーカーと足の臭いがうまくミックスされて、とんでもない臭いを発しているじゃん!!そのときのショックといったら・・今まで、自分は無臭だ!と思っていたのに・・。いくら念入りに洗ってもなかなか臭いが取れず、消臭スプレーさえ効かないわで、当分の間、この足の臭いに悩まされた。そして、人前で靴を脱げない体になってしまった。「いやいや、もしかしたら皆誤解してると思うけれども、この臭いは僕の足から生み出されたものではなくて、コスタリカの雨水の臭いが僕の足に移ってきた結果であって、本当の僕は無臭なんだよー!」と心の中で何度叫んだことか。。やがて気温の下降とともに、悪臭は和らいでいき、日本に帰るころには、ほとんど気にならなくなっていた。それでも雨の日にこのスニーカーに雨水が染み込んでくると、あの時の臭いが甦る。その時は「まずいな・・」とは思うもの、なんだか懐かしい気分になる。それでも履き続けたpumaのスニーカー。長い間、どうもありがとう。そして、このニューバランスも履き潰すぞ。
2006.09.17
久しぶりに行った秋葉原になんだか感動!!以前何度か来たことはあったけど、それはもう3年も前のこと。駅周辺の開発で街並みはかなり変わっていた。新しいビルが建ち並び、道路も広く奇麗になっている。おしゃれな街並みに、「ここがあの秋葉原?」と思いながら歩いていると、、、前方にメイド発見!!生メイドだぁぁぁ!!・・初めて見た・・。「うわー、本当にいるんだー」とチョット感動。。しかもそのメイドさん、道行く人に「よろしくお願いしまーす!」とお店のチラシを配っている。なんだかビラ配りするその姿がいかにもメイドの仕事っぽい。あぁ、この人(メイドの格好してるだけじゃなくて)本当にお店に仕えるメイドなんだなぁ・・と妙に納得してしまった。そして、とあるデパート。表から見えるフロア案内には恥ずかしげもなく『4F アダルトDVD・ゲームコーナー』とかいてある。街を歩けば、ガチャガチャだけが並べられているお店があったり、露天で怪しげなコピーCD?を売っていたり、『真っ暗闇でも見える赤外線スコープ』なるものが売られていたり(何に使うの??)、やっぱり普通の街とは違う新鮮な驚きがある。そして思ったこと。そうか、アキバは開き直ってるんだ!!普通なら路地裏で目立たないように売っていそうなモノを堂々と見せてくれる。コソコソと隠れてうしろめたい事をするよりも、潔いカッコよさがある。一歩このエリアに踏み込めば、周りの視線を気にすることなく自分の好きなものを好きと言える安心感。それがたとえアダルトであれ、同人誌であれ、メイドであれ・・この感じ、なんとなーく海外の国の雰囲気に似てる。だから外国の方にも人気なのかもねぇ、アキハバラ。
2006.09.17
就職がやっと決まりました。無職期間、1年と4ヶ月。長っ。。バイトや学校行ったりしてたので、何もしなかった期間は実質8ヶ月くらいだけど、それでも長かった。。面接に落ちるたびに、「あぁ、自分は世の中から必要とされてないんじゃないだろうか・・」「もしかしたらこのまま一生就職できないんじゃないか・・」なんて頭をよぎる。貯金もみるみる減っていき、財布の紐は固くなる。外出するのも、人に合うのも億劫になってくる。気分も沈みがちになり、どんどんと悪循環に陥っている自分。このデフレスパイラルを抜け出さなくては・・と思うものの、なかなかうまくいかない。この期間中、たくさんの本を読みました。その中でも最も感銘を受けた言葉は、『選べ。そして全力をつくせ。』たくさんの選択肢にあふれている日本。こんな幸せなことはない。「選択肢が多すぎて選べない」なんて贅沢な悩み。「今の仕事は自分に合っていないのではないだろうか?」「本当はもっと自分に合った仕事があるんじゃないか?」そして「自分探しの旅」に出てしまう。でも、本当の自分なんて、きっと見つからないんだろうな。フランスの実存主義者サルトルの言葉の中に『人生は選択の連続』というのがあります。「コーヒーを選ぶか、紅茶を選ぶか?」そんな日常の小さな選択から、人生の岐路に立つ大きな選択まで、人生の中には、いつの瞬間でも常に自分の前に選択が迫ってくる。そして、そのどちらかを選んでも、次の瞬間にはまた別の選択が待っている。これが死ぬまで繰り返されるのが人生。「あっちを選べばよかった」と後悔しても、選択しなかった人生なんて考えるだけ無駄。そんなの想像の中にしか存在しないし、別の選択肢の方だって思わぬ落とし穴が待ってるかもしれない。結局は、何かを自分の意思で「選ぶ事」そしてその選んだ道で「ベストを尽くす事」それ以外ないのだ、と考えるようになりました。そして選んだからには「責任」がある。ウーン・・これから忙しくなりそうです。
2006.09.03
新しいことを初めても3日坊主で終わってしまう私。そこで、今日のウンチク。『何事も21日間(3週間)毎日続けると習慣になる』んだそうです。ここで言う『習慣』って『それをやらないとなんだか気持ちが悪い』という意味に取りました。歯磨きとか、お風呂とか、朝起きたら顔を洗うとか。そんな、意識していなくてもやってしまう事。ということで、とりあえず3週間続けてみます。『腹筋・背筋・腕立て伏せ!』(ただ今一週間経過中)夏に向けて・・・って、3週間後『夏』は確実に終わってる!!まぁ、いいや。ようは、3週間後『腹筋背筋腕立て伏せ』が『歯磨き』や『洗顔』並みになっているかどうかです。「どうも上腕二頭筋が調子悪いと思ったら、今日、腕立てするの忘れてたよ~」みたいなセリフが出てくるようになってれば理想的。ちなみに『コーヒーを飲まない』は完全に習慣となりました。
2006.08.22
家族で墓参りに行ってきた。うちは、お墓が広島市内至る所に散らばっているので全部回るのに一日がかりとなってしまう。その中の一つのお墓が私の卒業した高校の裏山にある。久々の高校。「懐かしいじゃろ?」と親に言われ「全然。」とあまのじゃくに答えるものの、校舎や自転車置き場、体育館を見ていると、やっぱり当時の事を思い出す。「『綾瀬はるか』の出身校なんじゃろ?」と弟が聞いてきた。「らしいね。」とは言っても、年代もまるで違うし、最近の芸能事情もよく知らないのでイマイチ顔もはっきり分からない。「『アンガールズ』の山根もココ出身らしいで。」へー、それは初耳だ。でも、本当か??すると父親が「○○の辺が実家らしいけぇ、そうかもしれんの~」と一言。なんでも、うちの父親の行きつけの床屋が、山根さんのお父さんの行きつけでもあるらしく、床屋のおじさんからそういう話を聞いていたそうだ。床屋曰く、「親父さんから『息子が東京出て、何しよるか分からせんよ』ゆうて聞いとったんじゃけど、そうこうしとるうちに、いつの間にかテレビに出とったわ~。」しかもアンガールズは私より2つ年下なので、もしかしたら同じ時期に学校に通ってた可能性もある。なんだか急に、あの『アンガールズ』に親近感が沸いてしまった。ジャンガジャンガジャンガジャンガー♪でも合ってみたいのは、どっちかというと『綾瀬はるか』だよなぁ。。
2006.08.13
今、コーヒー断ちをしています。理由は『健康のため』。ニューヨークでなぜか毎週のように腹痛になっていました。こりゃイカンな、と思い、とりあえず胃腸に悪いものはやめる事にしました。それから3ヶ月、たしかにお腹の調子はすこぶる良い。これなら120歳まで生きられるかも。もうひとつ、今やめたいもの。それは『テレビを見ること』テレビから流される情報。PTAのお母さんじゃないけど、悪影響を受けるものが多い。それは暴力的なシーンとか、お笑いのボケやツッコミとか青少年に悪影響を与える、といわれているような事ではなくて。感動させよう、というのがミエミエのドラマやドキュメンタリー番組。面白くもないのにスタッフの笑い声が入るバラエティ番組。政治家や企業、社会の悪口を言っているだけの報道番組。そしてそれを告発する自分達こそが正義だ、と思ってるであろうコメンテーターと呼ばれる人達。テレビは見る側がどうしても受身になってしまう。チャンネル数は少ないし、ほとんどの局が同じ意見を言ってるし。マスコミは「公正な報道」と言うけれど、どうみても作り手の意思がジワジワと刷り込まれていってる気がしてしまう。といいつつ、やっぱり見てしまう意思の弱い私。そして、そんな中でも、面白い番組もあったりします。今日NHKでやっていた秋山仁先生の教育番組。(タイトル忘れた)『九去法』という数学のテクニックの紹介をしていました。たとえば、13985を9で割った時の余りの求め方。普通の求め方だと9で割り算をしていくだけですが、この九去法では、各桁ごとに足し算していきます。(この場合は1+3+9+8+5となります。)その際、9や、足して9になる桁は無視する。(13985の場合は9、1、8)そして残ったものを足して9で割ったものが答えとなります。(3+5=8ってことで答えは8。同じような方法で3で割った時の答えも導けます。)なぜ、そうなるのかをちゃんと理論的に分かり易く説明してくれる。「なるほど~!」と目からウロコでした。すごいなぁ・・秋山仁。こんな先生だったら数学の授業も楽しいだろうなぁ。
2006.08.02
友達との待ち合わせで、時間が3時間ほど空いてしまった。漫画喫茶にでも行って時間を潰そうか、と思って街をフラフラ歩いていると、激安チケット屋を発見。『ゲド戦記』の前売りチケットが1200円。これなら漫画喫茶の3時間パック並だ。という訳で、『ゲド戦記』見てきました。平日の夕方だし、ガラガラかなぁと思ったら、結構並んでる。そうか、学生はもう夏休みなんだ。。周りを見渡すと、カップルや学生グループ、親子連れがたくさん来ている。意外にも一人で来ている女性も結構いる。(・・なんだよ、言ってくれれば一緒に行くのに・・)と心の中でつぶやく私ももちろん一人。さて、ジブリ作品。『紅の豚』、『もののけ姫』、『千と千尋の神隠し』結構、劇場で見ているんだよねぇ・・しかも『千と千尋の・・』は、時期はずれだったためか、なんと映画館内でお客が私1人!!席を3つ独占して寝転びながら見ました。そんな、贅沢なのに無性に寂しい一人映画館を思い出しました。で、『ゲド戦記』ですが、内容はイマイチでした。残念ながら。「死があって生がある、闇があって光がある・・云々」テーマは深そうなのに、説明不足な部分が多く、説教くさい。それでいてエンターティメントにも徹せず、終始中途半端な感じ。絵も、色が荒く、線が少ない。テレビアニメを見ているようでした。(もしかしたら宮崎駿監督と差別化するため、わざと色が荒くて線の少ない画像にしたのかもしれません。)星二つ!!ってトコかな。☆☆
2006.07.31
夜中の1時くらい、お腹がすいたのでコンビニに行く。いつもどうり、カチカチの小豆バーを買っての帰り道、人通りが少ない歩道に人が倒れているのを発見した。ギョっとなって恐る恐る近づいてみると、お祭りのハッピをきて酔っ払って寝ている人だった。このままほったらかして行こうか、と思ったけれど、翌朝の新聞で「凍え死んで発見!」なんてなると後味が悪い。(今の季節、それはないね。)家族の方も心配してるだろう。声をかけてみる。「おっちゃん、おっちゃん!」「・・・ん・・・」おっ、目を覚ました。「おっちゃん、こんなところに寝とったら風邪ひくで。」そして、目を覚まして最初の一言。「・・んん・・う、うるさいっ・・」(ムカッ!)「大丈夫かいな? 家はどこ?」「・・家はココ・・」「はぁ?、ここ道路やで?」「うるさいなぁ・・ココいうとるやろぉ・・ブツブツ」「ちゃんと帰れる? 大丈夫か?」「大丈夫やいうとるやろ!・・それに家はココや!・・ブツブツ・・」それからはっきり意識を取り戻したようで、フラフラと起き上がった。立ち上がると意外にしっかりした足取りで反対方向に歩き始めた。どうやら酔いは醒めているようだ。「もー知らんで!!」これ以上、逆切れされるのは嫌なので、なんだか複雑な気分のまま、家に帰った。『寝た子を起こす』とはこの事なのか。余計な事するんじゃなかった、と思いつつ、いやいや、明日の朝刊の心配をしなくてよくなったのだ・・と、自分を慰めつつ小豆バーを食べる。せっかく買った小豆バーは、カチカチじゃなくなっていた。
2006.07.30
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新しいノートPCを買うのは諦め、デスクトップを(いずれ)買うことを決意。しかし、今からデスクトップを買うまでの間も何かとPCは必要だろうと思いそこで今のVAIOにもう少しがんばってもらうことにした。ハードディスクは物理的な故障なので、復旧の余地はないとみて新しいのを買って交換することに。買ったのはこれ↓(初めて楽天でモノ買いました。)容量が今まで20Gだったので倍の40Gにしてみる。注文して次の日には届いていた。早いね、ネット販売。さて交換作業。過去、何回かハードディスクの交換をしたことあったけど、何度やってもノートPCを開けるのは緊張する。電源ボタンとスピーカのついている上部パネルをはずし、キーボードをスライドさせると、ハードディスクが見える。固定してあるネジを内部に落とさないように気をつけながらはずして、新しいHDDに交換。とりあえず元の状態に戻して、リカバリーCDからOS(WindowsMe)をインストール。↓その後、XPにアップグレード。↓アプリケーションのインストール、各種設定、インターネットへの接続、↓Windowsアップデート、ウィルスソフト、スパイウェアなどなど。全部終わるまで所要時間半日。とりあえず今のところ問題なく動いている。HDDへのアクセス音が前より静かになったような気がする。Windowsも以前より早くなったような気もする。(気のせい?)というわけで、まだまだ現役。あと3年はイケルかな。
2006.07.25

ハードディスクが壊れて真っ先に向かったのがヤマダ電機。新しいPCを物色する。実はずっと前から欲しかったノートPCがあった。VAIOのタイプTというやつだ。『小さい』『軽い』『薄い』デザインも好きだし、その上バッテリーも長持ちらしい。今までPCを持ち運ぶ機会が多く、その度今のPCの『重さ』『でかさ』に苦労してきた。しかもバッテリがイカれてるらしく、電源がないと使えない。スターバックスに持ち込んだ時も、まず探すのはコンセントが近くにあるかどうかだった。いいなぁ・・欲しいなぁ・・これだったら何処に行くにも持っていけるよなぁ・・でも20万以上する。半額以下でデスクトップが買えてしまう。そして、フェリカポートやら指紋認証やらの不必要な機能の数々。使う人には便利な機能だろうけど、私には必要ないなぁ。お店の人に「この機能いらないんではずしてもらえますか?」と尋ねたところ「うちではできません。」とのこと。(ソニーのHPから注文すると、好きなようにカスタマイズできるんだけどね。)で、同じサイズの他のメーカーのも物色しているとき、ふと思った。たしかにこのサイズなら何処に行くにも持っていける・・しかし・・・・何処に行くにも持っていくだろうか??・・持ち運んでまでパソコンを使うだろうか??・・スタバでネットをやったりするだろうか??たしかに今までそういった環境におかれることが多かった。自分自身がPCと共にいろんな場所を移動してきた。しかし、これからはどうだろう??就職を考え、日本でちゃんと基盤を作ろうと考えている今。移動から定住へ。そんな僕にはノートPCからデスクトップPCなのかもしれない。
2006.07.07
半年ぶりに日本に帰国しました。何かギャップみたいなものを感じるかと思いきや、ぜんぜんそんな事はなく、いたって普通。ニューヨークも東京も広島もさして変わんない。さて、これから就職活動再開。そう思って、パソコンで職務履歴書なるものを書いていたら、急に画面が真っ暗に。あれっ、と思った瞬間、例のブルー画面が!!そしてその後勝手に再起動をはじめる。画面にVAIOの文字が表示され、Windwosのロゴが現れるのかと思いきやまたまたブルー画面。そして再起動。再起動→VAIOのロゴ→ブルー画面→再起動→・・・の無限ループに。仕方なく主導で電源OFF→ONしてみるものの、やっぱり同じ状況。ハードディスクが壊れてしまったようです。いろいろ復旧策を試みてみたのですが、どうやら物理的な故障みたい。で、以前はこういった場面では、慌てたり、腹が立ったり、ディスクの中身を心配したり、バックアップとっておくんだった!!と後悔したりしていた私。でも今回、ある意味悟ってしまったのか、何の未練も感傷もなくて、・・そりゃパソコンもいつかは壊れるわなぁ・・惜しくもなんともない。もう『無』の境地。『モノに執着するなかれ』です。このときの私、きっと後光が指してたことでしょう。だって私のVAIOはもう5年モノ。もういいじゃないか。十分働いたじゃないか。私だって5年続けて働いたことないっていうのに。。で、真っ先に頭に思い浮かんだのが、『新しいパソコン買っちゃおうかなぁ・・』でした。と、そんな事をいろいろ考えているうちに、大切なことを思い出す。そういえばハードディスクの中には英文レジュメ(履歴書)が入っているんだった。・・・うん、あれだけは取り戻したい。というわけで、まだまだ執着心は捨てられず、英文履歴書を取り戻す作業が始まるのだった。つづく・・かな?
2006.07.04
CISCOのルーターやらスイッチやらを勉強しています。その際、実際にルーターを何台も買ってきて設定したりなんてとてもできないのでPC上で仮想にネットワークを設計したり、ルーターの設定を行ったりできるシュミレーションソフトを使っています。異なるOSを勉強する際も、Microsoftの『Virtual PC』というのを使っていました。Windows上で他のOSを起動できるソフトです。うちの学校では、生徒にPCの設定をいじらせないようにするため、これを使っています。仮想上のOSの中なので、いくら設定を変えようが、変なソフトをインストールしようが、本体のOSには影響しない。しかもLinuxもXPもServerも1台のPC上で動かせる。なんでもビスタからはこの機能が標準で組み込まれるとか。と、まぁ便利なバーチャルPCなんだけど、この「バーチャル」って言葉にひっかかる。OS上で起動しているOSを『バーチャル』という前に、そもそもOSそのものがバーチャルなんじゃないかと思うわけですよ。壁紙に表示されるている草原も青空も、ゴミがたまってる見えるゴミ箱アイコンも、本物っぽく安っぽく見える電卓なんかも。お前こそ『バーチャル』じゃないか!!と。
2006.06.20
暑い暑い暑い!!ニューヨーク、、なんでこんなに暑いんだ!!ちょっと前までジャケットを着てたってのに。部屋では、扇風機がフル回転してます。でもよく考えたら、もう6月も中旬。『夏』はもうそこまで来てるって事か。渡米する前は、宅配便のバイトで雪と格闘し「お願いだから今日は降らないで!!」と祈ってたのはもう6ヶ月以上前の話なんだ。NYにやってきて、日本の友達に「意外と寒くないよ!」なんてメールを送った次の日から始まった極寒の日々。『寒い』を通り越して『痛い』だった。あれからもう半年。帰国まで2週間を切った。月日が経つのは早いものだ。
2006.06.19
ヤンキーズを見てきた。久しぶりの球場での野球観戦。きれいに刈られた芝生に感激!!試合前の国歌斉唱に感激!!スタジアムが意外に小さくて、選手との距離が近いことに感激!!と、試合も始まっていないのに感激しっぱなし。(でも松井はケガのため欠場。。残念!!)ビールを飲みながら、ホットドッグを食べながら、目で選手たちを追う。そして感じたこと。球場で観戦する野球と、テレビで見る野球、まるっきり別ものだ。投手が投げた球が、バッターの前を横切って、キャッチャーが捕球する。時々バッターが振ったバットに当たって外野にフラフラと飛んでいくボール。その球をレフトがうまくキャッチして、観客が拍手する。一連の流れの中、目線がカメラの様にスイッチすることもなく、解説者の声が流れるわけでもなく、途中でCMに切り替わることもない。こうして直に選手を見ることで親近感が沸く。TVで見るスーパースターも、実は人間なんだなぁ、と実感する。で、こういった『リアリティ』って大切だなぁ、とあらためて思った。テレビやインターネットがあれば、いくらでも情報が手に入る。でも、そこで得たものって単なる情報であって、知識ではない。いくらインターネットに時間を費やしても、実際の経験や感覚が伴わなければ、それは単なる「物知りな人」でしかないのかもな、と。
2006.05.30
昔からスターバックスが嫌いだった。もう5年ほど前だったか、初めてスタバに行った時のこと。なんだかこじゃれた店内。そして、なんだかおしゃれな店員達は、笑顔もなく、どことなく横柄で、「私はそこら辺の安いコーヒーショップとは違うのよ」的な雰囲気をかもしだしている。「コーヒーを小(スモールサイズ)で。」と注文すると、「トールサイズですね?」と確認してくる。トール??『tall』って『高い』って意味だよねぇ・・『小』は、どっちかっていうと『低い』方だよなぁ・・と思って、私「いや、小で。」と食い下がる。店員「トールサイズですね。」私「だから小で。」店員「トールでよろしいですね?」私「いや、だから小だって!!」店員「こちらではトールサイズが一番小さいカップですが・・・」(先に言えっ!!・・っていうか、分かってて繰り返してただろう!!)私「・・・」店員「・・・」私「・・・じゃ、じゃあ、トールサイズで・・・」店員「トールサイズのコーヒーがおひとつですね、ありがとうございまぁ~す。」『小』で押し通せなかった自分。何だか負けた気がした。そして、ちょっとムカついた。何がトールだ!!何がキャラメルマキアートだ!!変にアメリカナイズドしやがってー!!そしてそれ以来、スタバが嫌いになった。そんなハイソなスタバより、庶民的なドトールの方が好きだった。で、ニューヨーク。もちろんドトールはない。
2006.05.29
「思い出し笑い」があるように、その逆の「思い出し怒り」もある。最近の「思い出し怒り」。去年ある企業の面接を受けたときのこと。面接官がこんな質問をしてきた。「あなたにとって仕事とは何ですか?」ちょうどその時は、2年間の海外生活から帰国して、これからの進路というものをいろいろと模索していた時期だった。環境の違いに戸惑っていた時期でもあり、『働く』という事に関してもそのまますんなりとどこかの企業に就職して、以前と同じような仕事をする、という事に多少の抵抗と疑問があった。何をしよう?・・何ができるだろう?・・何のために働くのだろう??そんな想いからか、「実は、私にも『働く』という事がどういうことなのか、よく分からないんです・・」と、正直に答えた。すると、その面接官は、ため息をついてこんな事を言った。「ACAPOLさん、あなた、そんなんじゃダメだよ。あなたと同じ年齢の人達は既に自分の進んでいく方向を決めて、着実にそれに向かって進んでいるんだよ。そんな中で、あなたが今から就職して、その人達の年収に追いつくには普通の人以上の努力が必要だよ。それなのにまだそんな事を言ってるの?レースに例えると、他の人はもう第2コーナーを曲がって第3コーナーに差し掛かっているというのに、君はまだスタートラインにも立ってないんだよ。そんなんで、そこから追いついて、追い抜かすことができると思ってるの??」・・・そんなこと、全然考えてもみなかった!!というより、そうゆう考えが思い浮かばなかった。同じ歳の人達の年収!?まったく気にしたことがなかった。他人と収入を比較して、追いついたり、追い越したり!?自分がそんなレースの真っ只中にいる、という感覚なんて、さらさらなかった。面接でこういうことを言われた、というよりも、自分と、この面接官との考え方のギャップにショックを受けた。皮肉でもなんでもなく、自分はこういう社会には適応できないのではないだろうか・・と考え込んでしまった。あれから一年。最近は、早く仕事がしたくてたまらない。あの時と今と『仕事』に対する考え方も変わってきた。それでも面接官と同じ考えには到らなかった。今でも忘れられない。そして、何故だか無性に腹が立つ。多分このセリフ、一生忘れないだろう。
2006.05.27
自分は物欲が少ない方だと思っていた。こちらで使うお金は、学費、交通費、月々の部屋代、食費くらいで、それ以外で特に物を買ったりしない。外出用の服は日本から持ってきた3着のみでこっちにきてから1着も買っていない。靴も2年前から履き続けているPUMAのスニーカーで元の色が何色だったか分からないくらい汚れている上に穴が空いているため雨の日は水が入ってくる。時計もドンキで買った安物の中古だし、PCも5年くらい前のVAIO。テレビもラジオもすべてスティ先のものだし、CDもDVDも買わない。ここ3年ほどお金を使う生活をしていなかったので、そういう生活に慣れてしまっていたのだと思っていた。それでもマンハッタンをぶらぶらしていると嫌でもいろんな物が目に入ってくる。時計、靴、ノートPC、デジカメ、ステレオ、ギター、etc・・・欲しいものばかりだ・・・なくなった、と思っていた物欲がふつふつと沸いてくる。生活必需品でもないのに買ってしまいたい衝動に駆られる。もし今手元に100万円あったとしたらこれらの物、買っているだろうか?想像してみる。・・・・・・・・・まちがいなく買ってる!!「必要ない」と分かっていても絶対買ってる。そうか!!僕は物欲が無いんじゃなくて、お金が無いだけだったんだ!!
2006.05.14
小学校で英語教育を取り入れるかどうかの問題について、日系フリーペーパーの記事より。要約すると、『中学から大学まで10年間英語教育を受けても英語が話せないのに小学校の2年間を加えたってどうなるものでもない。英語のできない原因は別のところにある。言葉というのはいくら仕組みや言い回しを学んでも、肝心なのは「言いたいこと」「語りたいこと」があるかどうか。器を買っても、中に入れる料理がなければ観賞用のただの飾りでしかない。自分なりの意見を持つこと、その意見を人前で表明すること、少数意見を邪険にしないこと、他者への批判や反対はその意見を咀嚼し尊重した上で行うこと、コミュニケーションのその4つの基本はたしかに日本の教育現場でも奨励されている。しかしその実現に具体的に努力するよりむしろ、「他人と違わないこと」「むやみに私見を主張しないこと」「公共の場では黙っていること」のほうがうまい生き方だと、多くの子供たちが思っているのではないか?日の丸・君が代問題でもなんでも教育現場でどんどん「NO」ということさえできない状況が拡大している。ではいったい何を話せばよいのか?子供たちにだって、話すことではなく「話さない」ことが奨励されている。』日本の外国語教育は、もともと江戸末期・明治に先進国の技術を取り入れる事を目的としていたので、相手とコミュニケーションをとることよりも、むしろ海外の文献を理解することができる能力を重視した教育になったのだそうです。たしかに中学・高校の英語の時間に「自分の意見を英語で発表する」なんてした記憶はない。教科書を読んで訳すか、質問に決められた正解を答えるだけの授業だった。コミュニケーションのとり方に決められた正解などないのに、それをテストして採点しなければならなくなったところに問題があるのではないか?というより、学校で習う「英語」と、コミュニケーションをとるための「英語」とはまったく別物と割り切ってしまうほうが楽なのかも。。思い返してみると「習った英語で外国人と話をしよう」などと考えることなどなく「テストで良い点を取るために」英語を勉強していた自分だった。(まぁそれでもかなり役にたってる気はするんだけどね。未だうまく話せてないけれども。。)この記事と同じ様に感じたのが、最近Yahooニュースで知った『新庄の襟付きユニホーム』事件。新庄選手自身がコメントしている『ファンを楽しませる』よりも『青少年に悪影響』ですか。。うがってみると、ただ単に自分のコントロール下に置きたいだけなんじゃないの?新庄も、そして青少年達も・・と思ってしまう。皆と違う事、目立つ事は駄目。そして変化する事を良しとしない。少数の意見を尊重せずに大多数の意見が正しいんだ、と押し付ける人達。そりゃブラウン監督もベース投げるわけだ!(それは別件ですかね。)ちなみに来週、大リーグ見に行きます!!
2006.05.08

2年前から探していた、歌っている歌手の名前も、タイトルも分からなかった曲がようやく判明した。その曲は、黒人女性3人組が、きわどい衣装でセクシーに踊りながら歌う。曲自体は以前からよく耳にしていたが、映像を見たのは2年前、同僚が職場のPC上でインターネットからダウンロードしたMTVか何かのミュージックビデオ。その映像がとにかくカッコよくて、もう一度見たいとずっと思っていた。同僚に「歌っているのは誰?」と聞いたら、よく聞いたことのある名前。「あぁ、これがあの有名な○○かー!」とその時は思ったものの、いつの間にか誰だったか忘れてしまっていた。で、私は勝手に『デスティニーズ・チャイルド』だとばっかり思っていて、ルームメイトが持っているデスチャのDVDの中から探してみても見つからない。(ちなみにそのDVDを見て『デスティニーズ・チャイルド』好きになりました。R&Bはあまり好きじゃないんだけれど、映像で見る彼女達はカッコいいっ!!)記憶している歌詞の一部分でネット検索してみる。同じ様に(あの曲のタイトル知りたいんだけど、歌っている人がわかんない・・)という人達の掲示板を発見し、ようやくタイトルが判明。で、結局探していたのは、映画『ムーラン・ルージュ』のテーマ曲となっている『レディ・マーマレイド』という曲だった。歌っているのは、クリスティーナ・アギレラ、リル・キム、マイア、ピンクの4人。デスティニーズ・チャイルドどころか、3人組でもなければ黒人グループでもない。。自分の記憶力のなさにガックリ。映像は・・やっぱりカッコいい。いやいや、これが本当の『エロかっこいい』だ!!ちなみにクリスティーナ・アギレラよりも、マイアという女の子の方が、声も踊りも好きです。
2006.05.07
落ちる夢を見た。しかも2回続けて。最初の夢は、なぜか高い崖を目標にマラソンしている自分。ゴールに着くと、先に待っていた友達にふざけて崖下に落とされそうになる・・という夢。そして2回目の夢。家の屋根を修理をしている時に、バランスを崩してしまい落ちそうになる。周りににある物をつかもうとするものの、何をつかんでも手ごたえがなく最終的には屋根全体までも崩れ始め、いっしょに落ちてしまう・・というところで目が覚めた。とても気になったので、心理学を専攻していた友達に夢診断してもらうと、、「フロイトってあんまり詳しくないんだよね・・」と言いつつおもむろにインターネットエクスプローラを立ち上げ、グーグルサーチ。キーワード:『落ちる』『夢』(・・それって俺でもできるじゃん・・)で、結果。友達「うーん、たぶん、自分が変わってしまうことを恐れている、とかじゃない?」あ、なんか、当たってる・・恐るべし夢診断。ちなみに、昔、ピッコロ大魔王に殺される夢を見た。その時の友達の夢診断。「漫画の見すぎなんじゃない?」・・ある意味、当たってる。
2006.05.04
こちらに留学している学生の方はたいていルームシェアをしている。家族で住むような大きめアパートを複数人でシェア(共有)しながらの共同生活。お風呂やトイレ、台所などを共有して、部屋は個別にすることで、高い家賃を安く抑えられる。かくゆう私もハーレム近くのアパートで、日本人女性2人の方と共同生活しています。・・・という話を英語の先生に話したところ、 "Oh! You live in Harlem in Harlem!!"(文字通りハーレムに住んでいる訳ね)と一言。(・・うまいこと言うなぁ。。)いえいえ、そんなハーレムの王様みたいな生活してません。なんせ今のこの部屋、とっても狭い。今まで進学や転勤などで住む場所は10回ほど変わったけど、そんな歴代の「自分の部屋」とくらべても、ぶっちぎりダントツの狭さ。悲しいことに、両方の腕をおもいっきり広げると反対側の壁にタッチできてしまう。たぶんこの部屋はもともと押し入れかなんかだったんだろう。そういえば子供の頃『ドラえもん』にあこがれて押入れで寝たことがあった。夜中になって私がベッドにいないのがバレて、家中大騒ぎになり、出るに出られず、押入れの中でオロオロしていたことを思い出した。『ドラえもん』には夢があるけど、現実に押入れ並みの部屋に寝るのはあまり夢がない。初めて部屋を見せてもらったとき、ルームメイトが女性ということでいろいろ気を使ってしまうかなぁ、と迷ったものの、昼間はずっと外で勉強するし、夜は帰って寝るだけだし、部屋は狭いけど、なにより無線LAN環境でインターネット使い放題。ということで、ここに決めたのが3ヶ月前。この界隈はスパニッシュ系の住人が多いようで、店の看板も、聞こえてくる音楽も、道行く人の話し声もほとんどスペイン語。ルームメイトによると、周りがスパニッシュなので、日本人の女の子は怖がってこの部屋を借りてくれる人があまりいないのだそうだ。スペイン語が聞こえてくるのは、私にとってはとても心地いいんだけど。
2006.04.29
友達からとても素敵な詩を教えてもらいました。"Yesterday is history. Tomorrow is mystery. Today is a gift. That’s why it’s called the present."エキサイト翻訳では、こんな感じ。『昨日は歴史です。 明日はなぞです。 今日は贈り物です。 それはそれがプレゼントと呼ばれる理由です。』・・うん、まぁOK。“贈り物”(present)と、“現在”(present)が、ひっかけてあるわけです。それよりも、この詩の内容のほうに惹かれました。東京で働いていた時、毎日の満員電車の中で、「あぁ、明日のこの時間もきっとこの電車に乗っているんだろうな・・」なんて思いながら通勤していました。そして、実際そのとおり、次の日もまた次の日も、その電車に乗っている自分。決められた未来に少し安心し、そして退屈を感じていました。次の日いきなり仕事をやめて、世界中を放浪の旅に出ることだって自由だったはずなのに、明日もまた同じ毎日がやってくるものだと勝手に思い込んでいました。その時想像していた『未来の私』と今の自分。ありえないぐらいに違ってる。過去の私が想像しえないほど違う場所にいる。未来というのは本当に何が起こるかわからない。良い事があるかもしれないし、悪い事かもしれない。まさに"mistery"なもの。だからこそ、「今」が大切なんだと思います。誰からの贈り物かは分からないけれど、この与えられた今の一瞬一瞬を真剣に生きよう!!そんな風に思いました。
2006.04.14
仕事上毎日いろんな人の履歴書(レジュメ)を見ていますが米国の履歴書の書き方はなかなか面白い。日本のように定型のフォーマットがあるわけではないので書き方は個人個人自由です。面白いな、と思ったのは、自分の履歴書なのに3人称で書くところ。例えば、私(ACAPOL)のレジュメの場合だと、『彼の名はACAPOL。彼は10年間○○分野の職種に携わり数多くのプロジェクトに関わってきた・・』みたいな書き方をします。(全員が全員そう書くわけではないです。研究者などのレジュメに多いそうです。)なんか、かっこいい!!まさに自分をプロデュースしている感じがします。そして自分自身を他者の目線で書いてあるところがとても新鮮に感じます。職歴も日本では過去から現在に向かって記入していきますが、こちらの場合、たいてい現在からさかのぼって書いていきます。現在の内容が一番最初に書いてあるので、最近までどのような職場にいて、どんな事をやっていたのかが、パッと見て分かりやすい。雇用上の差別になるので、性別や年齢も記入してないし(大学卒業の年や名前から推測することはできますが。)、顔写真なんかもありません。日本の履歴書とくらべて、余計な情報がない分、シンプルで、合理的で、平等な感じを受けます。以前は履歴書を書く側でしたが、今や履歴書を選ぶ側になってしまいました。そうなってみて分かること。ヘッドハンターは一日に何百ものレジュメに目を通しています。ひとつのレジュメに目を通す時間なんてホンの数秒だったりします。その数秒で良い人材かそうでないかを判断するわけです。英語の得意でない私ですら1通目を通すのに30秒程度。ほとんどは飛ばし読みです。勤務していた会社名やポジション、大学名、保有資格くらいで判断してしまう。でも一番重要なのは、ぱっと見、読みやすいかどうか、です。レジュメを見るコツとして、初日に教えてもらった事。「相手が読みやすいように、そして、相手に自分をうまく伝えよう、と考えながら書いている人と、そうでない人。そうやって第3者の目線に立って物事を考えられる人は、仕事もデキル人だよ。」たしかに長い文章でだらだら書いてあると、それだけで読む気を失くします。紙にかかれた文章や資格だけで人を判断するのは良くない。でも、だからといって全員と面接するわけにもいかない。だから最初の判断基準となってしまうのは仕方ないことです。ある意味、とてもフェアなルールだと思います。(見た目も、肌の色も、性別も関係ないんだからね。・・あ、でもグリーンカードや米国市民権を持っているかどうか、で差別してるか。。)
2006.04.12

前から疑問に思ってたんです。なぜPCの画面って横長なんだろう?って。ウェブページはたいてい縦に長くできてます。(横に長いと読みにくいからね・・)現実の世界をみても、ノートや本はたいてい縦長。紙に何か書くときもたいてい縦書きじゃないですか?これは人間工学的に矛盾してるのではないかと思うわけですよ。そこでこんな事してみました。わーい!! 縦置きPC完成です!!PivotProというソフトの体験版をインストールしてみました。画面を90度回転させる事ができます。縦長に画像を伸ばすだけかと思ったら、ちゃんと解像度はそのままで広くなった分も表示されてました。すごいっ!かっこいいっ!!NY風にいうと、クールだ!!!これだと本を読む感じでネットを見れちゃう。しかもマウスもちゃんと対応してるし、スクロールもあんまりしなくてすみます。プログラムリストにたくさんソフトがインストールされてても一行で表示です。なんだか新しいパソコン買った気分になりました。こっちではスターバックスにPC持ち込んでネットをやっている人を結構見かけますが、この縦置きPCでネットなんか見てた日にはもう人気者間違いなしです。まぁ唯一の弱点はキーボードが打ちにくくなってしまう事かな。。
2006.04.06
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