のぽねこミステリ館

のぽねこミステリ館

PR

Profile

のぽねこ

のぽねこ

Calendar

2007.10.02
XML
  • ヨーロッパの色彩.jpg


( Michel Pastoureau, Dictionnaire des Couleurs de Notre Temps , Christine Bonneton Editeur, 1992 )
~パピルス、1995年~


 中世ヨーロッパの紋章、色彩や動植物の研究で知られるミシェル・パストゥローの邦訳書です。原題を忠実に訳せば、『現代色彩辞典』(原著は未見)となります。
 本書には、全部で76の項目がありますが、それらはおおまかに以下の5つのカテゴリーに大別できるでしょう。
1)特定の色について…青、赤、緑など
2)色の認識について…彩度、色彩テスト、好き嫌いなど
3)身近な事物…お金、シーツ、トイレットペーパー、水、本など
4)人間の活動・状態…スポーツ、政治、酩酊など
5)動物…雄牛、カメレオン、豚など

 以下、本書の性格、興味深い指摘、面白い描写、著者について、の四つについてつらつらと書いていきたいと思います。

(1)本書の性格


 本書の「はじめに」で、氏は、色彩の歴史と人類学に関する研究の集大成の完成に先駆けて、一休みする時間が欲しかった、と記しています。そのため、科学的分析というよりも、「経験にもとづいた観察、個人的印象、ある種の気分」で内容を書いている場合も多いと言っています。
 また、事典形式をとることで、読者も前から順番に読むことにこだわらず、気になる項目を拾い読みしても良い、ということで、本書は、氏の著作の中でも、比較的軽い読み物といえるでしょう。
 …といって、氏が長年続けてきた研究の成果も散りばめられていて、まったく雰囲気ばかりで書かれているわけではありません。雰囲気や気分で書いている部分ははっきり分かるので(灰色が好きだとかピンクが嫌いだとか)、そういう部分を楽しみつつ、氏の研究成果を興味深く読む、という風に私は読みました。

(2)興味深い指摘

 なにぶん、事典形式ですので、興味深い指摘は多いのですが、ここでは特に面白かった部分を書くとしましょう。
 まず、「衣服」の項目から。ここで、いわゆる衣服の色の流行はデザイナーらが何年も前から準備していることを指摘した上で、衣服の「色に関しては、(中略)一般の人々が口を差しはさむ余地はまずないのである」。これは日本でもいえることですよね。私はまったく衣服の流行に関心などないのですが、いわゆる「流行」という概念と、衣服の「流行」は、ちょっと違う概念なのではと考えています。要は、数年前に決定され、ある年に大量に出回るもののことで、消費者がなにかを流行させているわけではない、ということ…ですよね(ちょっと不安になりましたが…)。
 さらに続けて、自分が気に入った形やサイズの衣服では、本当に自分が好きな色がなかったりして、消費者は「気に入らなさ加減がもっとも小さい色を採るわけだ」といいます。そろそろ雰囲気が入ってきていますが、「私たちの社会を研究する未来の歴史家にはこのことを思い起こしてほしい。本当は私たちの趣味や好みではなかったものを私たちのものだったとしないようにしてもらいたい!」としめくくっているところは、面白くもあり、まったく同感でした。
 なお、色を<消去法>で選ぶことについては、「車」の項目でも言われています。

 「食品」の項目では、青い食品はほとんどないと言われています。たしかに…。実は、本書の感想は以前にも書いたことがあり、そちらの記事には「青い食べ物」に関してなど、いくつかのTBをいただいているので、リンクもはっておきます。以前の記事は こちら (ずいぶん文体も変わってきました)。

 順番が前後しますが、「色の名称」の項目でも、興味深い事例が紹介されています。まずパストゥロー氏は、「社会生活のなかでは、名付けられた色は知覚された色よりもずっと重要な役割を果たしているように見受けられる」と指摘します。その上で、パリで一番大きな画材店の油絵の具売り場主任の証言を紹介しています。そこでは、、名前をつけていない、ただ色だけが並んでいる色見本を見せて、お客に絵の具を選んでもらうそうです。そして、選んでもらった色の名前をお客に教えると、それはいらないと言うことが珍しくないのだとか。「店員が告げる色名の喚起力があまりにも強いため、それが色見本にある種々の色調に対するお客の知覚を変えてしまうためである」。 …なるほど。


 五輪の旗は、1920年のアントワープ大会ではじめて翻ったそうです。5つの色は五大陸を表しますが、次のように対応しています。
黒…アフリカ
黄色…アジア
赤…アメリカ
青…ヨーロッパ(西欧文明、キリスト教徒の象徴)


(3)面白い描写

 なんといっても、「スポーツ」の項目です。ここでは主にサッカーが取り上げられるのですが、プロサッカーなど、テレビでも取り上げられるような試合はショーとしての性格をもつことを指摘した上で、最後は、アマチュアの試合、<日曜日>の試合について語ります。
「(前略)当然、無報酬だ。普通の服を着たままのこともよくある。(…)華やかな色はない。しかし歓びがある。見せびらかしはない。ただプレーしているだけだ。本当にプレーしている。何にとらわれることもない、攻撃一点張りの、本物のサッカーだ。途方もなく点が入る。天気は悪く、寒い。もうすぐ雨になるだろう」
 …これが「事典」の文章か、と思うような、雰囲気で突っ走った文章ですが、しかし、なんだかこうじわじわと、味わい深いものがありました。ぐっときます。

 「色彩テスト」は嫌いなようで、それほど単純ではないテストについては、次のようなことを書いています。
「より精密で、したがってより<科学的>(出ました! 呪文のような言葉が!)な解釈ができますよという様相をもたせるために…(以下略)」。これは訳者の手腕にもよると思うのですが、ミシェル・パストゥロー氏の皮肉な言い回しは楽しいですね。

(4)著者について

 ミシェル・パストゥロー氏については、いずれ歴史家紹介という形ででも記事を書きたいと思っているのですが、本書の訳者あとがきでは、訳者が氏のお宅に訪れたときの様子を語ってくれていて、とても興味深いです。
 氏は、肥満型の方のようで、部屋には豚の置物が多いのだそうです。豚は、熊と並んで、氏のお気に入りの動物ですね。
 夫人はミレイユ・パストゥローさんといって、学士院図書館の館長になられたそうです(1994年時点でのことですから、現在のことは私には分からないのですが…)。
 また、氏は、本書の「はじめに」で、色彩の歴史と人類学に関する研究の集大成についての構想を語っていますが、 1994年に訳者の方が聞いた限りでは、まず赤について書き、以下、青、白、黒等々、各色で一冊ずつ書いていくことになるだろうと言っています。実際には、出版社の意向により、最初に書かれたのは青についての一冊ということになるのですが(邦訳『青の歴史』の記事は こちら )。
 なお、ミシェル・パストゥロー氏の父親は、シュールレアリストのアンリ・パストゥローで、氏は、自身の文体の詩的な側面について、父の影響を認めています。

ーーー

 以前紹介した『王を殺した豚 王が愛した象』(記事は こちら )と同じくらい、読み物として楽しい一冊です。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2015.02.15 13:10:50
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x

Keyword Search

▼キーワード検索

Comments

のぽねこ @ シモンさんへ コメントありがとうございます。 久々の再…
シモン@ Re:石田かおり『化粧せずには生きられない人間の歴史』(12/23) 年の瀬に、興味深い新書のご紹介有難うご…
のぽねこ @ corpusさんへ ご丁寧にコメントありがとうございました…

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: