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2007.11.13
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(Roger Chartier et Gulielmo Cavallo dir., Histoire de la Lecture dans le Monde Occidental , Seuil, Paris, 1997)
~大修館書店、2000年~

 18世紀を中心として、読書の歴史、社会史などの研究を精力的に進めているロジェ・シャルティエと、ギリシャ語古文書学専攻のグリエルモ・カヴァッロの編による、読書史の通史です。編者の二人を含め、12人の執筆者による12の論考と、両編者による序論の、計13章で構成されています。
 本書の目次は以下の通りです。

ーーー
序章(ロジェ・シャルティエ/グリエルモ・カヴァッロ)
第1章 アルカイック期と古典期のギリシャ―黙読の発明(ジェスペル・スヴェンブロ)

第3章 テクストの読解、筆写、解釈―中世前期における修道院の習慣(マルカム・パークス)
第4章 スコラ学時代の読書形式(ジャクリーヌ・アメス)
第5章 中世後期の読書(ポール・サンガー)
第6章 ユダヤ人社会の読書―西ヨーロッパ世界における(ロバート・ボンフィル)
第7章 人文主義者が読む(アンソニー・グラフトン)
第8章 宗教改革と読書(ジャン=フランソワ・ジルモン)
第9章 読書と反宗教改革(ドミニック・ジュリア)
第10章 読書と「民衆的」読者―ルネッサンスから古典主義時代まで(ロジェ・シャルティエ)
第11章 十八世紀末に読書革命は起こったか(ラインハルト・ヴィットマン)
第12章 十九世紀の新たな読者たち―女性、子供、労働者(マーティン・ライオンズ)
第13章 読書のための読書―読書の未来(アルマンド・ペトルッチ)


参考文献
原注
索引
ーーー

 以下、月村先生による訳者後書きを参考に、本書の意義を紹介し、特に前半の諸章の流れを簡単に整理した上で、所感を書きたいと思います。

(1)本書の性格


 本書はもともと、パリのスーユSeuil社から出版されました。もともと、オリジナル原稿は仏語だけでなく、英語、ドイツ語、イタリア語で書かれていて、それらを仏語訳した上での出版だったようです。その後、本書はイタリア語訳版、英語訳版も出版されましたが、それぞれの版によって、著者たちは書き直しをしているというのですね。というんで、この日本語訳版も、どれか一つの版を参考にしたのではなく、スーユ社からの要請で、オリジナル原稿から訳をおこしたそうです。
 上でも書きましたように、読書の歴史はロジェ・シャルティエら近世・近代史の研究者らが中心になって進めていましたが、次第にその方法が古い時代にも適用されるようになったとか。本書は、こうした通史としての「書物史」の最初の一冊である― と月村先生は指摘します。
 それは、本書の成立が複雑な過程をもっていることからもうかがえます。「『読書史』の通史に、それだけ執筆適任者の数がすくなく、ヨーロッパ中の専門家を掻き集めなくてはならなかった」ともいえるわけですね。
 私自身は、中世史を専門に勉強しているので、多少は書体の歴史などについての論文も読んでいますが、こうした通史の形で他の時代についても知見が得られるのは、なかなか貴重な体験でした。

(2)読書の歴史の流れ―簡単な整理―

 古代ギリシャでは、音読が主流でした。というのも、テクストが「連続記法」で書かれていたため、音声に出して意味を読み取る必要があったのです。たとえば、これは英語ですが、nicetomeetyoumynameistaro. nice to meet you, my name is Taroという区切りは、声に出さないとわかりにくいですね。
 一方、「読む」ことは、自分の声を書かれたもののために役立てることでもあります。読めない人に聴かせることもありますし。こうして、読み手あるいは読み手の声の「道具」としての性格が浮かび上がり、当時は奴隷が読むことを委ねられたということも指摘されます。
 黙読もなくはないですが、後述するように、奇異な行動としてとられたようです。
 さて、ローマ時代には、3世紀頃までは本の主な形は巻子本の形でした。軸のところを片手にもち、まきとりながら読むのですね。やはり音読が行われましたが(黙読もあります)、声を出して読むということは、運動の一つとして考えられたそうです。
 3-4世紀頃から、徐々に冊子本が登場します。紙(羊皮紙)の両面を使えることもあり、従来の巻子本よりも経済的です。やがて分厚い冊子本も登場しますが、薄いと片手で持てるので、読みながら書き込みをする習慣も生まれてきます。
 中世になると、西方世界では古代との分裂がはっきりして、読書の空間は教会や修道院、宮廷などに限定されてきます。聖職者は、集団で読書をしていました。なので、あんまり大声で読むことはせず、囁くような声で読むようになったといいます。また、単語間を離す分かち書きを採用したり、句読点をうったり、冒頭の文字を強調することにより、テクストがぱっとみて分かりやすくなり、次第に読み方も音読から黙読へと移行していきます。
 一方、写本を作成(筆写)するときは、読み上げられたテクストを筆写することで、同一部分を複数筆写することができました。作品を作るときも、口述が主流だったようですが、次第に、著者が自分自身で書くようになります。筆写の方法も、ある作品をいくつかの分冊に分け、その分冊を筆写することで、効率的に写本を作成するという新しい方式に変わっていきます。
 そして、15世紀、グーテンベルクによる活版印刷の発明で、ついに印刷がはじまります。宗教改革者は、どんどんパンフレットを刷り、カトリックを批判する主張を広め、勢力を拡大していきます。しかし一方で、ルターなどは、どんどん本が印刷されることに批判的な態度をとり、良い本を繰り返し読むべき、あるいは、「生きている本」すなわち説教師を増やす方が良い、と主張するようになります。
 一方、人文主義者たちは、スコラ学時代の読書を批判し、古典古代の著作も読むようになります。といって、それはそう単純に言えることではないよというのが、第7章で論じられます。
 16世紀には、「民衆的」市場が開拓されていきます。いままでにあった本を、民衆向けに作ったりするわけですね。
 18世紀には、女性や、使用人も読書するようになり、商業目的の貸本屋(貸出図書館)や、会員制の読書クラブなども誕生します。 第12章は、19世紀の、女性、子ども、労働者という人々の読書のあり方を論じます。労働者については、図書館司書などは、彼らの読書を統制しようとするのですが、彼らはそれに対抗し、もっぱら娯楽書を読みます。娯楽的読書からノン・フィクションの読書へと読者を導くことが司書の役割だ、なんていう人もいたようですが…。
 そして、現代。従来の「カノン(標準的作品・代表的作家)」への批判が起こり、優劣による価格の差異もないものだから、本を選ぶ指標もなくなっている。こうして、読者たちの読書行動は予測不能となり、本を出す(売る)側も、読書の予想される嗜好に基づいた合理的な生産計画をたてにくくなっている、といった、「読書の危機、出版の危機」が指摘されます。

(3)感想

 本書は、注も含めて630頁ほどで、読み応えがあります。
 上にも書きましたが、読書の歴史の通史は、なかなか有意義でした。それぞれの章の注から、どんどん専門の研究にあたっていくこともできます。
 さて、特に面白かったギリシャ時代についてのエピソードを紹介します。
 アリストファネスの喜劇『騎士』の一節を紹介する部分を引用します。

 酌をするニキアスに対して、デモステネスは「読んでみたい、神託の書版を持ってきてくれ」と言う。「神託は何と」と問うニキアスに、読む行為に熱中しているデモステネスは、「もう一杯酒を」と答える。「本当に、『もう一杯酒を』と神託が命じているのか」とニキアスはまた問いかける[…]この誤解から生じるドタバタが延々と展開された後で、ようやくデモステネスは、「神託にはパフラゴンがどうやって破滅に至るか述べられている」と言う。

ここでは、頭の中で読む習慣をもつ(しかも、読みながら同時に酌を命じることもできる)読み手の存在と、読み手が言うことを、読み上げられた内容と誤解するような聞き手の存在が示されています。

   *

 どの章も、具体的な事例を紹介していて、専門とは違う時代についても興味深く読みました。





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Last updated  2008.07.12 18:06:40
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のぽねこ @ シモンさんへ コメントありがとうございます。 久々の再…
シモン@ Re:石田かおり『化粧せずには生きられない人間の歴史』(12/23) 年の瀬に、興味深い新書のご紹介有難うご…
のぽねこ @ corpusさんへ ご丁寧にコメントありがとうございました…

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