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ルネッサンス期のイタリア、ヴェロナの町。二大名門として知られるモンタギュー家とキャピュレット家は、血で血を洗う争いを繰り返してきた。ある日、舞踏会で出会い、一目で魅かれあったロミオとジュリエットは、互いの素性を知って嘆き合う―――。 これほど有名な戯曲を、映画も舞台も、まともに触れたことがありませんでした。惹かれずにきて、それでも、知らず知らずシェークスピアには触れることが多いです。『真夏の夜の夢』『から騒ぎ』『蜘蛛巣城』、大好きな『ウエスト・サイド物語』も。思い出せないだけで、他にもたくさんあるのでしょう。原作をモチーフにしたものは好きだけれど、そのまま映画化された有名な「マクベス」「リア王」「オセロ」といった作品は、未だ惹かれず未見。戯曲と映画、おかしなこだわりを持ってしまうからでしょうか。 舞台劇ゆえ、映画になっても、台詞は芝居がかったもの。詩的な言葉が次々と登場します。ルネッサンス期のイタリア。衣装から暮らしから演技から、すべてが整然と整い、可憐で重みがあります。色んな意味での中世の汚れというものも、ちゃんと表現されていました。ふたりの悲恋には、非の打ち所がありません。世間での評判もとてもよく、幾度も映画化された中で、こちらが一番高評価なようです。純粋に感動できる良作。まだ十代だった主演ふたりの熱演も見所です。ジュリエット役のオリヴィア・ハッセーは、何処かで名前を聞いたと思ったら以前観た『復活の日』。後に布施明の奥さんになった方でした。(離婚したけれど)素晴らしい作品であることを重々承知しながら・・・それでもやっぱり、私個人としては戯曲そのままの本編は苦手。芝居がかった演技、戯曲だから当然といえば当然ですが、心からは楽しめません。三谷幸喜作品を心底楽しめないのも、その辺にわけがあるのでしょう。反面、舞台劇を最高にいい映画に演出した『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』は大好きです。舞台でいくら成功している作品でも、俳優でも、題材でも、映画という土俵では映画らしくあってほしい――そう願ってしまいます。 監督 フランコ・ゼフィレッリ 原作 ウィリアム・シェイクスピア 脚本 フランコ・ゼフィレッリ フランコ・ブルサーティ 撮影 パスクァリーノ・デ・サンティス 音楽 ニーノ・ロータ 出演 オリヴィア・ハッセー レナード・ホワイティング マイケル・ヨーク ミロ・オーシャ ブルース・ロビンソン ジョン・マケナリー (カラー/138分/イギリス・イタリア合作/ROMEO AND JULIET)
2008.03.31
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耽美主義というものが、私は好きなんだと思います。とても好みな作品でした。映画を観てから、面白いと原作を読みたくなることが多いですが、こちらもそうなりそうです。原作を読みたい気持ちにさせるかどうかも、映画の良し悪しを計るひとつの尺度となっています。 昭和13年の春。旧家の長女・鶴子(岸)と次女・幸子(佐久間)は、まだ未婚の妹たち雪子(吉永)妙子(古手川)の縁談に気を揉んでいた。おとなしい三女・雪子は皆の勧めで次々と見合いをするが、本人の気が進まず一向にまとまらない。一方、奔放な妙子は恋人が急逝し酒浸りになるのだった・・・。 耽美で甘美。この高鳴る気持ちは、現代文学には起こらないものだし、映画自体の風格や品も、とても貴重なもののように感じます。2時間強と長いけれど、濃厚で、とにかく美しい女性たち。四季折々、日本の美の原風景があり、言葉や着物、身のこなしの美しさは、目を見張るばかりでした。上流階級の苦労、女である苦労、婿たちの苦悩・・・ともすれば滑稽に見える決まりきった生活でも、そこに生き生きとした血と涙を感じれば、いとおしく微笑ましい。義理の妹である三女・雪子を、密かに恋しく思い、嫁がせたくない次女の夫・貞之助(石坂)。そして長女の夫さえ、密かに同じ気持ちでいる件が好きでした。夫婦といえども、姉妹といえども、暗黙のうちに個人的な感情が存在しているのは普遍的。誰が主人公であるというわけではなく、姉妹それぞれに思うところがあり、その個性を見事に描いていきます。その上にさらに、義理の兄たちにも及ぶ、個性と心理描写が素晴らしい。 終盤、四女の奔放な恋が落ち着き、雪子の縁談もやっとまとまり、本家(長女一家)は東京への栄転が決まります。お別れの日は爽やかで、清々しくてちょっと切ない。雪子の結婚に、純粋に男泣きする石坂浩二を観て、初めていい男だと思いました。手を抜いたところの感じられない、完成した見事な作品でした。脚本もとてもよかった。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 監督 市川崑 原作 谷崎潤一郎 『細雪』 脚本 日高真也 市川崑 撮影 長谷川清 音楽 大川新之助 渡辺俊幸 出演 岸恵子 佐久間良子 吉永小百合 古手川祐子 伊丹十三 石坂浩二 岸部一徳 (カラー/140分)
2008.03.29
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ジャームッシュの世界はクールで大好きです。『ダウン・バイ・ロー』『コーヒー&シガレッツ』などから、ずっと一緒のジャームッシュ組?の面々、ロベルト・ベニーニやトム・ウェイツ(主題歌)が最高にカッコイイ!タクシーを媒体にして、出会い別れていく人々の姿を、ロサンゼルス、ニューヨーク、パリ、ローマ、ヘルシンキの5つの街を舞台にして描きます。(サブタイトルはつかない)どの作品にもピンとくる、心に触れる何かがありました。騒々しい一連の出来事が終わったあとには、一抹の寂寥感。それは哀愁でも虚無感でもない、白々と明けていく夜を惜しむような、名残惜しさでした。『ロサンゼルス』 若いタクシードライバー(ライダー)と、その客(ローランズ)のひと時の会話。素人対象にスカウトの仕事をしている乗客が、飾らない個性を持った運転手に惹かれていく―――。偶然出会ったふたりが、何気なく交わす会話が素敵です。若さ溢れる一番脂が乗っていた頃のノニーを、抜群の存在感で見つめるジーナの落ち着いた演技は絶妙でした。さりげないタクシーでの出会いには、ふたりの人生までが透けてみえる。こんな小さなすれ違いから生まれる物語が、地球上には無数にあるのでしょう。『ニューヨーク』 東ドイツから移民してきたタクシー運転手のヘルムートは、まともに運転できず片言の英語しか話せない男。みかねたお客のヨーヨー(エスポジート)は、自らハンドルを握りブルックリンへとタクシーを走らせるのでした―――。偶然道端で出会ったヨーヨーの義妹アンジェラ(ペレス)を交え、超毒舌な会話がタクシーを飛びかいます。楽しげにそれを見つめているヘルムートは、国では道化師だったという。兄妹がどんなに毒づき喧嘩しても、みんな中身は善良。大都市にやってきたヘルムートにとって、なにもかもが新鮮で、この街が身近に感じるのでした。やがて、ヨーヨーの家に着き、別れを告げて、再び車を走らせるヘルムート。ほんの少しだけ運転も英語も上手くなった彼の目に映るのは、鮮やかで新鮮だった景色の真実の色。荒んだ道に、救急車のサイレンが鳴り響き、諍いが耐えない街角が広がっている・・・。ヘルムート役には、名優アーミン・ミューラー・スタールが好演しています。『パリ』 コートジヴォアール人運転手、イザーク(バンコレ)のタクシーは、盲目の若い女(ダル)を乗せる。白目を剥いた見えない目で、化粧し、道を当て、運転手の出身まで当ててしまうお客に、イザークは深い興味を覚えるのでした。ロワーズ河岸までの短いドライブの間に、根掘り葉掘り盲人への疑問を投げかける彼。不快そうに答える女。色も恋人も映画もすべて、肌全身で感じて理解する。そんな信じがたい感覚は、見えている我々の目よりずっと確かなものかもしれない・・・・。ベアトリス・ダルがいかにも妖しく美しく、これぞパリという一話が見事でした。『ローマ』 いつでもマシンガントークな敬愛するベニーニ。こちらでもその役どころは変わりませんでした。この人を、キライな人は徹底的に苦手だろうと改めて感じながら・・・楽しみました。運転手ジーノ(ベニーニ)は、神父(ボナチェッリ)を乗せたのをいいことに、勝手に懺悔を始めます。破廉恥な過去の懺悔に、心臓の弱い神父は息が詰まり、ついには息絶えてしまうのですベニーニの話し振りに、まったく厭らしさがないのは救い。ただただ滑稽で、いい加減お喋りやめなよ!と、突っ込みたくなること請け合いな、彼らしい短編になっています。『ヘルシンキ』 雪の街で運転手ミカ(ペロンパー)は、酔いつぶれた男アキと、同僚の労働者2人を乗せます。酔ったアキの不運な1日をさもありなんと語って聞かせる2人に、ミカは自分の体験を語り始めるのでした・・・。未熟児で生まれた我が子の悲しい物語に、労働者たちは涙を流しながら耳を傾けます。人の不運なんて、見た目ではわからない。そっと胸の支えを吐き出すように、淡々と語るミカがしんみりと最後を飾ります。白々と明けていく空、新しい朝が来た希望とともに、名残惜しさを引きずりながら夜は終わるのでした。トム・ウェイツの歌が作品にドンピシャリ。最高に個性的な歌、CDが欲しくなる・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・監督・製作・脚本 ジム・ジャームッシュ 撮影 フレデリック・エルムズ 編集 ジェイ・ラビノウィッツ 音楽 トム・ウェイツ 出演 ウィノナ・ライダー ジーナ・ローランズ ベアトリス・ダル ロベルト・ベニーニ アーミン・ミューラー=スタール ロージー・ペレス ジャンカルロ・エスポジート マッティ・ペロンパー イザック・ド・バンコレ (カラー/128分/アメリカ製作/NIGHT ON EARTH)
2008.03.28
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ピエル・パオロ・パゾリーニによる、ボッカッチョ(ボッカチオ)『十日物語・人曲』の映画化。デカメロンとは、ギリシャ語の10日に由来しているそうです。サドの『ソドムの市』に続いて、こちらのパゾリーニもキツイものがありました。俗悪、非情、醜悪・・・気分が悪くなる反応も、狙ってのことだろうと思うと悔しいけれど、やはり不快になります。権力主義への批判を描いたソドムも、時が経っても変わらない人間の愚かさを描いた本作も、裏にある比喩は理解できますが、あえてこの表現方法をとることに賛同する気持ちにはなりません。気に入らない人はきっと多くて倦厭されたりもするのでしょうが、コアなファンには深く語られるのが、このパゾリーニという人なのでしょう。 現代のナポリに移して描かれる、小さな8つのエピソード。狂言回しの画家ジョットー役は監督自らが演じています。性をテーマにしているので性描写は当然のように多いです。俗悪な世界を繰り広げていくなかで、時にすごく純粋な愛が見えるのだけれど、それさえ倒錯した愛。欠如したモラルは、夫婦にも親子にも、俗社会を飛び越えて、修道院にも教会にも及びます。俗悪さというものはけしてキライではありません。汚い映像だって。ただしそこに限りなくピュアなものや、ユーモアがあるのなら。こちらのユーモアはそうとうブラックで、一番の体現者は、画家を演じた監督自身であったりします。コミカルな動きや個性、全体がもしこんな風であったなら、もっと近寄りやすかったかもしれない。夫の留守に浮気を重ねる妻、罪深い若者が死に際におこなう涙ながらの懺悔、遺体から装飾品を盗む者たち、姦淫の罪をこぞって犯す修道女・・・短編集ともいえる幾つもの物語が、途切れることなく繋がっていきます。最後のエピソードでは、亡くなって死後の世界へ足を踏み入れた男が、友人の夢枕に立ちあの世の様子を報告します。天使とマリア様のいる神聖な世界を見、罪は裁かれるけれど、自らが重ねた姦淫の罪は一切裁かれなかった!そう驚きの報告をするのでした。神も罪もありはしない。畏れるものはなにもない。そう知った友人の男は早速姦淫の罪を犯しに出かけてしまう・・・・。滑稽です。ラストで修道院の壁画を完成させた画家はつぶやきます。夢のほうが現実的なのに、どうして画家は描くのか、と。それでもなぜ人は生きるのか――。そんな問いのようにも、聞こえてきました。監督・脚本・出演 ピエル・パオロ・パゾリーニ 製作 アルベルト・グリマルディ 原作 ジョヴァンニ・ボッカチオ 撮影 トニーノ・デリ・コリ 音楽 エンニオ・モリコーネ 出演 フランコ・チッティ ニネット・ダヴォリ アンジェラ・ルーチェ エリザベッタ・ダヴォリ シルヴァーナ・マンガーノ (カラー/108分/イタリア製作/IL DECAMERONE)
2008.03.26
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ひょんなことがキッカケで手に取る詩集。あるドラマに登場して気にかかり、けれどさほど意味はなかったかと結局は思う。ドラマに登場させたのもひょんなことからだったかもしれません。30歳の若さでこの世を去った詩人。数篇くらいは心に響く詩があったけれど、大半はしっくりとこないのでした。解説に書かれた、「キリスト教の精神をモラルとした理想主義者」の一文になるほど。汚れも大切な私には合わないのかもしれない。結核を患っていたそうで、死を意識し始めた頃のものはすこし身近に感じます。理想主義者で酒癖悪いというちょっととんちんかんな人だったのでしょうか。潔癖でストレートにすぎる詩が多くあります。「あまりに生のままむき出しでぎこちなく、精進の気迫ばかり激しくて、表現として通じがたい」こちらも解説の一文より。たしかにそう。けど心に響く人がいるからこそ文壇に名が残っていて今でも書店に並んでいる。その良さがわからない自分の未熟を思ったり。「ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん」「汚れつちまつた悲しみに・・・」この二つが一番有名かもしれない。マントを来た西洋人風な出で立ちは恰好良い、写真の彼はどれも神経質そうに見える。
2008.03.24
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感動作の風体であるこちら、フィリップ・ノイス監督だとは思いませんでした。『硝子の塔』『パトリオット・ゲーム』などいい印象のない作品の監督。祖国を題材にしているとはいえ、感動的な実話を金儲けのダシにつかったのではと勘ぐりたくもなります。1931年、西オーストラリアのジガロング。当時、白人と原住民アボリジニとの間の混血児が増加しつつあることを危惧したオーストラリア政府は、混血児を強制的に居住区に隔離する政策を行っていました。ある日、14歳のモリーを筆頭に、8歳の妹デイジーと10歳の従姉妹グレーシーの三人は、保護局の職員に捉えられ居住区へ移送されてしまうのです―――。後に、母の体験を綴ったモリーの娘ドリス・ピルキングトンの小説を基にした実話。居住区を抜け出し、90日間かけて2400キロを歩きとおした姉妹の知恵と頑張りを描きます。 追うのは政策の指揮をとるネビル(ブラナー)たち、逃げる少女。否応なくはらはらさせられる展開は、あざといともいえます。この構図は、わずかでも娯楽映画のノリ。捜索を任されているアボリジニの追跡者と、同じように原住民の知恵を教え込まれて育った賢いモリー。生きる知恵をフル活用して、逃げ、追いする二者の姿は、サスペンスの様相。それが安っぽくならず、腹立たしくもならず、すんなり感動できたのは、ひとえにクリストファー・ドイルのカメラのおかげ。雄大なオーストラリアの自然を背景に、自然と生きる人間の荘厳な姿が、しっかり収められていたと思います。オーストラリアは美しい。砂漠は厳しく、生活は原始のままでも、生きる人々の美しさは、白人のエゴを際立たせます。そのエゴによって苦難を強いられ、2400キロをひたすらに歩き続けた、アボジリジニの少女から、生きるうえで大切な知識とか知恵とか精神の強さを教えられました。勉強は多少できなくても、この生き抜く力だけは絶対に身につけて持って欲しいと、我が子には願うばかり。フィリップ・ノイス監督の、珍しい小品佳作作品といえるのではないでしょうか。監督 フィリップ・ノイス 原作 ドリス・ピルキングトン 脚本 クリスティーン・オルセン 撮影 クリストファー・ドイル 音楽 ピーター・ガブリエル 出演 エヴァーリン・サンピ ローラ・モナガン ティアナ・サンズベリー ケネス・ブラナー デヴィッド・ガルピリル ジェイソン・クラーク (カラー/94分/オーストラリア製作/RABBIT-PROOF FENCE)
2008.03.24
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本日が最終日だった、吉村作治のエジプト展を観てきました。最後の週末は案の定すごい人出で、じっくり心ゆくまで・・とはいきませんでしたが、それなりに面白かったです。全国を巡回してきたはずなので、ご覧になられた方も多いかもしれませんね。早稲田大学古代エジプト調査隊40年を記念して開かれた催しで、展示は250点あまり。今回の一番の注目は、なんといっても青いミイラマスク。ダハシュールで2005年に発掘されたセヌウの棺とミイラマスクは、暗い一室でひと際、異彩を放っていました。 棺は彩色されていてウジャトの眼という、棺の中の人が外を見るための眼が描かれています。ゾクッとするような存在感ある木箱。中のマスクは色彩の青がとても綺麗で、3800年を経ているとは信じがたい良い状態に見えました。 ツタンカーメン王の指輪 アンケセナーメン王妃の指輪この二点の他なら、ツタンカーメンとアンケセナーメンの指輪が感慨深い。実際に指にはめていたと、想像するだけで浪漫です。展示物の最後には「第2の太陽の船」引揚げ・復元プロジェクトへの応援募金箱が。後ろから来たご夫婦の会話―――「こういうところが日本よね」大きな募金箱には千円札がいっぱい。いいものを見せてもらって、寛大になってるところを、皆さん入れていくのでしょう。その通りだなと苦笑しながら、プロジェクトは応援したいので、私も百円玉一枚チャリンと募金して、会場を後にしました。5000年の時の流れは、わかりにくい。たとえば100年なら、その時の重みは想像で間に合うけれど、5000年はあまりに遠い。力強くて、原始のデザインは普遍。古さをあまり感じない。まだ現役で、たゆとう生命の息吹を放っているようで。石も木もテラコッタも、きっと未来永劫この地球が滅ぶまで、残るのではないかと思われた。
2008.03.23
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たまらなく私好みな、ドラキュラものパロディでした。小ネタにニヤケが止まらず、まるで絵本の中にいるような画面いっぱいに拡がる映像・美術は最高にシュール!子どもOKな作品でありながら、全体にはなまめかしい色気があります。何でも揃った、性悪なメルヘンとでもいいましょうか。ポランスキー監督の過去の事件については、わからないのでなにも言えませんが、映像作家としての才能は、こんなに若い頃からすでに確立していたんですね~。変質的な部分が、性格上あったとしてもおかしくはない、そう感じた映画ですが、そこが魅力的。紙一重ですね。初めてポランスキーを観たのは『記憶の扉』で、役者としてでした。すでに中年となった彼は、役者としても素晴らしくて、改めて経歴をみると男優の仕事でも色々活躍しています。作品はどれも一度観てみたいと思わせるようなものばかり。少しずつ手にとっていこう。アブロンシウス教授を演じたジャック・マッゴーランが最高です! 彼の仕草、彼の表情、どこまでも期待通りで、そこに助手のアルフレッドをポランスキー自身が熱演しているという面白さ!背は低いけれど、けして悪い顔ではない彼が、若く魅力に映ります。濃く汚く猥雑でも、コメディの路線はけして崩さない展開が見事。時に早送りしてみたり、VFXを駆使したりしながら、ここにしかない吸血鬼ものを完成させていました。 (あらすじ)アブロンシウス教授は助手アルフレッドを連れ、吸血鬼退治の旅の途中、トランシルバニアの片田舎の宿に一泊する。宿の娘サラに一目ぼれしたアルフレッドが、入浴する彼女を見ようとかぎ穴から目を凝らした途端、吸血鬼が彼女をさらわれていった!後を追って二人は吸血鬼クロロックスの城に向かうが・・・・。にんにくや十字架など、抑えるところは抑えて、あとは自由な脚色がなにより楽しい。当主クロロックス伯の息子はホモで、好かれたアルフレッドが執拗に追いかけられるとか・・・。いざ吸血鬼の城へ、スキーで向かうとか・・・。(笑)新雪を滑降する二人の可笑しさ。発想や着眼がなにより面白い。そもそも、あのお城は本当に実存していたのか、それさえわからなくなってしまいました。 たしかに建っているようなのに、背景に広がる雄大な峰々があまりに絵画チックで不思議。この一作に限っては、ポランスキーワールドにすっかり虜にされました。ちなみに、DVDのタイトルは『ロマン・ポランスキーの吸血鬼』となっています。監督 ロマン・ポランスキー 製作 ジネ・グトワスキー 脚本 ジェラール・ブラッシュ ロマン・ポランスキー 撮影 ダグラス・スローカム 音楽 クリストファー・コメダ 出演 ロマン・ポランスキー ジャック・マッゴーラン シャロン・テート アルフィー・バス ファーディ・メイン イアン・カリエ (カラー/108分/THE FEARLESS VAMPIRE KILLERS OR: PARDON ME, BUT YOUR TEETH ARE IN MY NECK)
2008.03.21
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もう幾度目かになる、敬愛する丸美作品を読み返してみる。1977年に刊行されて、一度絶版になった後、一昨年復刊が決まった。今は著作全18冊中(原作マンガ含む)16冊が手元に届いていて、残すところ最後の2冊が復刊されるのを待つのみとなっている。(丸美さんについてはFreepage Listにて~)私がこの数年間手にとってきた本は、少なからず丸美さんの影響を受けてチョイスされたものが多い。それほど影響を受けた人なのだ。この本と私は同い歳。出逢って、一緒に10年以上も年を重ねてきたいま、これまで感じたことのなかった感覚が湧いてきて、今回の再読は驚いてしまった。そういえば先日『雪の断章』を読んだときも、そうだっけ。丸美さんがこの本を出版したのは27歳の頃。その見識の広さと、深い心理追求と、魅力的な文体の虜になって、一心に作品世界に憧れていた。おおまかに孤児シリーズと、この館シリーズがあって、私はどちらかといえば孤児派なので、読み込んだのはそちらが多いし愛着もそちらに多くわく。けれどシリーズ内の『夢館』は大好き。孤児シリーズが恋愛なら、館シリーズはミステリー。自分が30代になって、作品にみていた憧れの気持ちが、大きく変わっていることにびっくりする。すべてがしっくり、なされるがままに受身だったけど、気づいたら主人公たちが自分よりずっと年下になっていて(同い年くらいの気持ちだったのに!)、しかも当時の丸美さんより、自分が歳をとっていることに気づいてしまうと、複雑な心境だ。高校生の頃から憧れてた、普遍と信じてきた世界が、今では妙にリアルに感じとれる。作品に酔うばかりで、丸美さんの気持ちまで考えることのなかった、幼すぎる自分の精神年齢に今頃気づいて恥ずかしくなる。それに気づけたみたいに、私はこれから、少しずつでも成長していくんだろう。いや、成長していかなければ。精神の豊かさと、確固としてある作品世界から、もっと色々拾い集めて、素敵なねェさんになりたいなと思った。そんなこんなで、マルミストさんのHPをうろうろしていて見つけた記事に、こんなことが書いてあった。先日、直木賞に選ばれた桜庭一樹の『私の男』。この本も、じつは『雪の断章』の影響を受けているというのだ。現代作家にとっても大きなインパクトだったんだなと思うと、嬉しくなった。5月のG・W明けには、札幌の紀伊国屋書店で、丸美さんの原稿などを展示する展示会が催されるそうだ。これは朗報!是非、いかなくては。 (あらすじ) 財産家のおばが住まう崖の館を訪れた涼子といとこたち。ここで二年前、おばの愛娘・千波は命を落とした。着いた当日から、絵の消失、密室間の人間移動など、館では奇怪な事件が続発する。家族同然の人たちの中に犯人が?千波の死も同じ人間がもたらしたのか?雪に閉ざされた館で各々推理をめぐらせるが、ついに悪意の手は新たな犠牲者に伸びる―――。
2008.03.19
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ベルギーの新鋭リーフェン・デブローワーによる、ほろ苦くも心温まるヒューマン・コメディ。知的障害を持つ次女ポーリーヌは四姉妹。ずっと彼女を世話してきた長女マルタが急逝し、ポーリーヌは三女ポーレットか四女セシールの間に引き取られることになるのですが・・・。はじめマルタが住んでいるのは、代々暮らしてきた古風な民家。室内は茶色で揃えられ、真面目な長女がきっちりと世話をこなし、滞りなく日々が流れていました。そんな単調な生活をするポーリーヌの憧れは、妹ポーレットのお店。大好きな花の模様の包み紙、鮮やかな色の布地や雑貨が並ぶその店へ、買い物に行く度、寄り道して叱られます。赤やピンクで揃えられた花柄な妹の暮らしぶりは、花をこよなく愛するポーリーヌには夢のようなのでした。ある日突然、長女が倒れ世を去り、ひとりになってしまうポーリーヌ。彼女は当然、ポーレットの店で暮らしたいと言いますが、趣味のオペラもお店も忙しい彼女には、姉の世話は負担でしかありません。それは末の妹も同じ。都会へ出てフランス人の恋人がいる四女セシールも、何かと理由をつけて世話を渋るのです。“姉妹のどちらかが手厚く世話をしなければ、ふたりに遺産は遺さない”マルタの遺した遺言が功を奏してか、遺産欲しさにとはいえ、ポーリーヌと一緒に暮らし始めるポーレット。しかし、それは微笑ましくも苦労の連続。30年も続けたオペラの本番を台無しにされて、彼女の怒りはピーク! いきなり四女セシールのもとへやってきて姉を置いていくのです。結局ここでも、障害者の彼女を疎ましがるセシールの恋人に邪魔にされて、居場所はありません。ついにポーリーヌは思い立ち、お金と住所が書かれた紙を握りしめ、タクシーに飛び乗り、ポーレットの店へと帰っていくのでしたが・・・・。 純粋無垢な姉を愛しながらも、人生が台無しになると感じている姉妹は実に正直です。あとはもう遺産を放棄して施設に容れるしか方法はない。チラシや包装紙のお花を切って貼った宝物のスクラップブックだけを、大事そうに抱えて、周りの人間の都合で幾つもの場所を点々とするポーリーヌは、文句も言わず、変化に身を任せながら、できれば花に囲まれたポーレットのお店で、大好きなオペラを聴きながら暮らしたい・・・そう願っているだけ。知的障害のある人は周囲を温めて、なにかを与えて生きている。それは以前観た『家の鍵』でも感じたことでした。田舎で暮らしても、都会で暮らしても孤独はあって、それを癒せるのは限りなく純粋なものであること。ポーレットにとって、それがポーリーヌだと気づいたように、与えては得られるいい関係が、ラストになっても、これから将来きちんと紡がれていくかはわかりません。でも、ポーレットのような率直で自分を飾らない人は、少なくても表面だけで同情している四女セシールより、ずっと姉のかけがえない長所を大切にできるのだろうと思います。けっこう辛辣、笑いは少し。各姉妹の家や部屋が、その心を反映するかのように、象徴的にきっちりとわかれているのが面白い。茶色一色の落ち着き、華やかなピンク、温度のないモノトーン。ポーリーヌの心にはいつも音楽が流れていて、それはオープニングからの花のワルツ♪のように、まるで穢れないファンタジーの世界に永遠にいる状態なのかもしれません。だから彼女にとってポーレットの店や花畑はどこより居心地のいい場所だったのでしょう。皆が幸せになるために、夢の国を失ってしまったとしても、それが現実。おとぎの国では生きていかれないし、そういう現実にいるからこそ、ポーリーヌの純粋無垢さが救いにもなる。短尺で、初監督作品ながら、なかなか見事にまとめられていたと思います。ありがちな設定で、ラストは唐突で尻つぼみに感じられても、小品ゆえのよさがありました。四姉妹を演じた女優さんは、共に出演作はほとんどないようですが、とても好演していました!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・監督 リーフェン・デブローワー 製作 ドミニク・ヤンヌ 製作総指揮 ジャック・ブーン 脚本 リーフェン・デブローワー ジャック・ブーン 撮影 ミシェル・ファン・ラール 音楽 フレデリック・ドゥヴレーズ 出演 ドラ・ファン・デル・フルーン アン・ペーテルセン ローズマリー・ベルグマンス ジュリアンヌ・デ・ブロイン イドヴィグ・ステファーヌ (カラー/78分/ベルギー/PAULINE AND PAULETTE)
2008.03.18
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1930年製作。マレーネ・ディートリッヒは『情婦』の印象が未だに強いですが、名女優であることを実感する名作。みなぎる強さと、儚げに微笑む口元。張り詰めた気持ちを解いたとたんに、崩れ落ちる気丈さ。そして美しい。 幾つもの恋をしてきた、外人部隊の色事師トムと酒場の歌手アミーは、モロッコで出会いひと目で恋に落ちる。しかし、浮気心を知ったトムの情婦が、彼を暗殺しようとして失敗。この一件でトムはサハラの前線に送られることとなるのだが・・・。 愛する人に出会っても、別れを重ねてきた二人は臆病で、深入りすることができません。最後の最後に逃げ出してしまう。命がけで戦地へ向かうトムは、彼女にさよならを告げるしかなく、失意のアミーはフランスの富豪ベシス氏の求婚を承諾してしまうのです。このさよならの仕方が洒落ていますね~。アミーの楽屋の鏡に口紅で「気が変わった。元気で」そう残して立ち去るのです。後の映画にも脈々と受け継がれる‘鏡&口紅’。これはこの作品が始まりでしょうか。年代を考えるとそうかもしれませんね。この台詞、Changed mindは、後半アミーの台詞にも繋がっていくのが粋です。バーで再会し、トムが「あの富豪と結婚するのか」と聞くと、アミーは答えます。「I don't change my mind」傷つけられた言葉でかえす、ささやかなあてつけ。ふたりはまた素直になれず別れを選んでしまうのです。ラスト、この愛こそ失いたくない本物だと気づいたアミーが、意を決して選ぶ道は、砂漠のように壮大な恋慕と、浪漫でいっぱい。兵隊たちの後を追いかける現地の女に混じって、ヒールを脱ぎ捨て、砂漠の中を追いかけていく気丈な後姿!最高に格好いい女の後姿がありました。 モロッコということもあり、全体がエキゾチックなムード。音楽もそう、恋もそう。その中で、一級の美男美女が繰り広げる恋愛模様はとても好みで、好きな一本となりました。アドルフ・マンジュー演じる、アミーにほれ込んだ富豪の台詞も印象的。「願いは愛する人の幸せ」 こんなキザで無償の愛を与える大富豪に愛されて、アミーは幸せですね~。冒頭で歌声を披露する妖艶なマレーネ・ディートリッヒも見所。男たちを一瞬で虜にする美しさです。男装して煙草を燻らし、次には大胆な脚線美を披露しています。歌があまりうまくないのはご愛嬌。 監督 ジョセフ・フォン・スタンバーグ 原作 ベノ・ヴィグニー 脚本 ジュールス・ファースマン 撮影 リー・ガームス 出演 ゲイリー・クーパー アドルフ・マンジュー マレーネ・ディートリッヒ ウルリッヒ・ハウプト (モノクロ/92分/MOROCCO)
2008.03.16
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父性の強い、男気溢れる名作が多い黒澤監督。そんな巨匠にも、初期の頃には、女性を描いた作品が数本あるようです。本作が黒澤映画で一番だ、という方がいるのは、父性・母性の好みがそれぞれにあるからだとしたら、興味深くて面白いですね~。 第二次世界大戦最中、学徒動員により勤労奉仕に従事する女子挺身隊の姿を描いたヒューマン・ドラマ。撮影も戦時中に行われています。たとえばこれを溝口健二が撮ったら、もっと好きだったかもしれない・・・そんなことを思いました。それは監督ニ作品目で、黒澤節がまだみられないからではなく、女性たちが期待ほど魅力的でなかったからかもしれません。生産目標達成を目指して、必死に作業を続ける女学生たち。実家を離れて共同生活をしながら、休みなく作業に没頭しています。しかし、徐々に疲労困憊していくなかで、ミスが増え、体を壊す仲間も出始めるのです。団結は次第に緩んでいき、目標は遠のいていくのですが・・・。苦労のなかに希望を見出していく、清々しい女性たちの頑張りが胸を打つ小品です。 物語の中心となるのは二人の女性。女子工員たちを支える母親代わりの頼れる寮母(入江)と、女子組長として、ひとり奮闘する渡辺ツル(矢口)。寮母の優しく頼りがいのある人となりが素晴らしい。そして、ひたむきなツルは、強い意志を持った凛とした美しさがありました。翌年、ツル役の矢口陽子は、黒澤監督と結婚しています。戦時中に撮影されたこともあって、ひたすらに国に尽くす姿は、今でこそなにか疑問を呈しているようにも感じました。ムリをしてムリをして、それでも皆と共に国のために働きたいと願う女たち。余暇のバレーボールや、鼓笛隊練習で見せる生き生きとした女性らしい面々に、つかの間の開放を見ます。こんなふうに、身を粉にして働いていた時代があったのでしょう。それがどんなに昔でも、身につまされる思いがするものです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 監督・脚本 黒澤明 製作 宇佐美仁 撮影 小原譲治 音楽 鈴木静一 出演 志村喬 清川荘司 菅井一郎 入江たか子 矢口陽子 谷間小百合 (モノクロ/85分)
2008.03.15
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市川崑監督の『若い人』が良くて原作を手に取る。 石坂洋次郎作品ははじめて。『三田文学』に昭和8年から12年まで連載されていた長編。 (あらすじ) ミッション・スクールの教師・間崎と、複雑な家庭環境から屈折した態度をとる女生徒・江波恵子、間崎に好意を持つ女教師・橋本の、複雑な三角関係を描く。 橋本スミ子が左傾運動をしているあたりに時代を感じるだけで、あとは現代にも通用する、私的偏愛ジャンル。 著者が実際に教師だったこともあって、背景描写が実にリアル。時に、アブナイと感じるほど成熟した思考を覗かせたり、暴露したり、心理表現の妙にはまり込む。 飄々と生きてきたはずの間崎が、自らも知りえなかった内面と向き合っていく様は痛々しい。 良くも悪くもインテリな間崎が、男としての卑しい欲望に気づくとき、堕ちていくとき、どんなふうに壊れていくのか手に取るようにわかって、瑞々しく描いたその筆に唸るばかり。 零れ落ちる未熟さの種から芽を出すのは悲痛な思い。きっかけは、たった一人の女生徒だった。いつしか、巣食った弱さに負けていく人間らしさがいとおしい。 間崎に思いを寄せながらも素直になれない才気溢れる橋本スミ子の痛み。心病んだ率直でいて捻くれた江波恵子の痛み。みんなに魅力があり、どの苦しみもわかるから、三人ともに感情移入してしまう。 巧みな比喩表現で綴られた文章が痺れるほど良くて、何度か声に出して読み返してみるくらい好きだった。 市川崑監督の映画化では、多少ストーリーが変わっている以外、原作にかなり忠実な雰囲気となっている。映画では堅苦しくて嫌なイメージの橋本先生が、原作ではずっと素敵な人で、間崎先生と幸せになったらしい原作のラストが嬉しかった。 江波が苦しみから救われないのが、なんとも悲しい虚無感を残すけど。 野島伸司脚本でドラマになった『高校教師』は、この本の影響を受けてるような気がする。野島さんはきっとこれを読んでいる。 裸婦の絵とか、恵子のささやかな悪戯とか、複雑な家庭環境とか、ほかにもこれはと思うところが幾つか。 ものすごく好きなドラマの原点を見た気がして、なんだか勝手に嬉しい。
2008.03.13
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ゴンドリー監督は『エターナル・サンシャイン』がとても良かったです。独自の精神世界を描き、臨機応変で風変わりなところは変わりません。『エターナル~』よりも遥かに自由に突き抜けてしまったような、奇想天外な物語は、今回脚本を自らが担当したせいか、より内的世界に没頭してしまったよう。見ているこちらは多少置いてけぼりにされながら・・・(笑) (あらすじ) 恋に不器用な冴えない青年ステファン(ベルナル)が、越してきた隣人の美女ステファニー(ゲンズブール)に恋をする。夢の中で恋愛を成就させ、次第に夢と現実を混同させていく様を描いたファンタジー・ラブコメディ。 幼い頃から、現実と夢の区別がつかなくなってしまう子だった、主人公のステファン。一緒に暮らしていた父親がガンで死んで、メキシコから母親のいるパリにやってきます。母親が大家をする子どもの頃暮らしたアパルトマンに住みつき、与えられたカレンダー会社でのつまらない仕事をこなすステファン。でもイラストレーターになる夢は抱き続けています。そんなある日、隣の部屋に越してきた美女ステファニーと偶然知り合い恋に落ちるのですが・・・。咄嗟に隣人であることを何故か隠してしまい、嘘を土台にしたおかしな恋が始まるのです。意気地なしで夢見がちで、自我に埋没しているステファンは、はっきりいってあまり素敵ではありません。きっと彼は監督自身を投影した青年で、ここに作り上げられたすべては、ゴンドリー監督の脳みそと心の中。奇想天外でユニークで、独創性の塊である本作は、監督の自己満足だと言われても、きっと「その通りです」と笑って答えられてしまいそうな、それほど楽しんで作り上げたひとつのアートだと思います。 戸惑うのは観客ばかりじゃなく、恋されるステファニーも同じこと。ものを造りだすことが大好きな二人が、いつしか一緒に作品を作り、アートの世界で戯れ、発明品のタイムマシンで一秒だけ時をずらすことができるようになっても、一緒の時を共有するには、ステファンは夢見がち過ぎて、現実には難しい・・・・どちらも悪くないのに、喧嘩になってしまいます。自分の殻から抜け出することができない限り、心は重なり合っていても、一つのサヤに収まることはできないのです。夢のなか、願ったとおりの恋の展開を楽しむステファンは、いつまでも子ども。昔のままの部屋に暮らし、小さなベッドで眠り、辛い現実を受け入れることがうまくできません。セックスに興味がないのも、その表れ。夢は一種の理想や充足、夢から覚めて現実を認めない限り、彼はずっと真の大人にはなれないのでしょう。ただ、恋する人との別れがあるばかり―――面白いのは、ステファンが、それでも仕方ないと思っているところ。どんなに辛くたって、いまを捨てるつもりはない。迷いのない突き抜けたアイデンティティがあって好印象です。もしかしたら、監督の大人になりたくない願望も、すこしは描かれているのかなと思ったりしました。とにかく手作りのものに溢れています。まるで絵本『ミッケ!』の世界。私がいつかしたい、ものに溢れた暮らしは、ステファニーの部屋そのもの。素敵な部屋です。人形劇、アニメーション、着ぐるみ、ダンボールアートなどなど、ありとあらゆる工作チックな魅力な世界に溺れて、とても楽しい。内容よりも、ビジュアルが楽しめた作品でした。出演作はほとんど知らないのにシャルロット・ゲンズブールが懐かしい。歳を感じるけれど、エキセントリックな主人公に負けない包容力で、取り留めない作品を包み込んでいます。 監督・脚本 ミシェル・ゴンドリー 製作 ジョルジュ・ベルマン 撮影 ジャン=ルイ・ボンポワン 音楽 ジャン=ミシェル・ベルナール 出演 ガエル・ガルシア・ベルナル シャルロット・ゲンズブール ミュウ=ミュウ アラン・シャバ エマ・ドゥ・コーヌ (カラー/105分/フランス/LA SCIENCE DES REVES)
2008.03.12
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フランスで人気の女流作家が、自身の『レオン警視』シリーズを自ら映画化したサスペンス・コメディ。ベルギーの首都ブリュッセルで、美大生ばかりを狙った連続殺人事件が発生する。さっそく捜査を開始するレオン警視(ブラン)。やがて彼は“突然死”という名のちょっと奇妙なビストロへと辿り着く。そこには、おかまのイルマ、毒舌のローズ、悪趣味なコックのジェジェなど、なんとも風変わりな連中ばかりが集っていた。彼らは事件について、ある秘密を共有していた。そんな中、イルマの生き別れになっていた実の娘が、父と対面するためやって来ることに・・・。 陽気な音楽、ダークな事件。カラフルでキュートな小物に溢れた映像は、観ていてとても楽しい。ビストロ“突然死”に集う、愛すべき奇人たちの個性もさることながら、殺人事件を捜査するレオン警視が、かなりいい味を出しています。演じているのはミシェル・ブラン。『仕立て屋の恋』が強烈だったブラン氏、映画で観るのは久しぶりでしたが、相変わらずなんともいえない魅力を放った風貌です。レオン警視の同居しているママは、懸賞応募マニア。息子を愛し、当選して集めた可笑しな雑貨に囲まれて暮らすのが生きがい。レオンの相棒、ボルネオ刑事(ブロッシュ)は、触ったものがなんでも壊れてしまう!こんな変わった面々で、ゆるゆると事件を解決していくサスペンス。タイトルから『コックと泥棒、その妻と愛人』を思い出しましたが、そこまでのダークさも、切れのよさもありません。その代わり、女性らしいほんわかとした映像美が魅力。テクニカルコーディネーターとして、ジャン・ピエール・ジュネが加わっていて、センスも抜群です。原作者がメガフォンを取り、思い描く世界はそのまま映像にできたのでしょう。軽やかで自由なタッチが観ていて心地いい作品でした。 レオンとおかまのイルマ 警察まで息子に会いに来るレオンのママ(右)ビストロの上階に建つホテルで、宿主をしているのが、おかまのイルマ。連続殺人事件が起こる中、彼はまだ男だった頃に生まれた、生き別れの一人娘マリー(アンヌ・ロット)がやってくることになって、事件どころではありません。父親が女として生きていることを、話すべきか、隠すべきか、決心がつかないのでした。双方の出来事が平行して物語は進んでいきます。マリーが犯人にさらわれ、幾人目かの犠牲者になるのか・・?! というところで、話は一本に繋がっていきます。捜査もゆるいし、伏線はないし、サスペンスといっても名ばかりです。これはもう、滑稽でユーモラスで鮮やかな、映像を観て楽しむのが一番という作品。それが苦手な方には向かないし、観ているだけで幸せになれる方もいるでしょう。濃いグリーンを基調としたレオン警視の部屋、愛犬のために趣味の編み物をしているブラン氏の姿がとても面白い原作・監督・脚本 ナディーヌ・モンフィス 製作 ジャック・ワニシュ 撮影 リュック・ドリオン 音楽 ベナバール 主演 ミシェル・ブラン ディディエ・ブルドン ジョジアーヌ・バラスコ ドミニク・ラヴァナン オリヴィエ・ブロッシュ (カラー/97分/フランス・ベルギー・ルクセンブルグ合作/MADAME EDOUARD)
2008.03.10
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日曜、予報どおりのポカポカ陽気。まだ三月上旬なのに、10℃になるそうだし、冬の間ずっと行きたくて行けなかった動物園へ、地下鉄に乗って出かけてきました。車でしか行ったことのなかった円山動物園への道、手帳に地図を写して出発。駅に降り立ってから、15分ほど歩きます。午前中に美容室へ行った小さな家人を連れて。円山公園を横切り、鳥居をくぐって、木々の中を進む道。解けた雪が大きな水溜りになり、小川のように流れる道を、気持ちよく歩きました。そうしたら見えてきた、動物園の正門。すっかり旭山動物園におされて、寂れるばかりだったけど、良いところ取り入れて真似してずいぶん見所が増えていました。工事中の箇所も多く、これから春に向けて、もっと復活していきそうです。イベントも色々と催されていました。鷹匠の資格を持つ飼育員さんが、鷹狩の様子を小規模で見せてくれました。大勢の見物人が集まるなか、その頭上を、幾度も飛立っては旋廻して降りてくる姿は、珍しくて面白かったです。鷹を腕に止まらせる体験を、中学生以上なら誰でも体験できるとあって、たくさんの人が順を待っていました。いつかニシキヘビをクビに掛けて喜んでいた小学生の家人は、小さくてできないと知りガッカリした様子。その、鷹狩を見学した野外ステージを下に見ながら、坂を登っていくと、遠くに街が少しだけ見下ろせました。丘を下りながら見逃した動物を見て、茶屋で一服、珈琲飲んで、それから帰路につきました。円山動物園といえば烏が有名。いつ行っても、ものすごくいっぱいいます。今回も、一羽がひと啼きして飛びたては、こぞって飛立ち、まるでヒッチコックの『鳥』鳥嫌いな方には我慢ならないZooかもしれません。あとはこの烏対策を・・どうにかなるといいのですが。とても楽しい日でした
2008.03.09
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ここ数年、映画館に目ざめた母が、久しぶりに劇場で観たと言っていたのが『デスノート』でした(笑)なぜなの?久しぶりに劇場へ行くのにそのチョイスは・・・。けれどもとにかく、彼女は出かけて行ったそうで、期待できない感じのスピンオフ映画『L change the WorLd』まで、最近は観てきたそうです。感想を話してくれるのは嬉しくて、しかしなかなか観た映画が重ならない今。たまには母に合わせて観てみようとレンタルしてきました。前編・後編に完全分かれているシリーズもの、思いがけず4時間強で、まいりました 死神リュークが落とした“デスノート”を拾い、野放しになっている凶悪犯を次々と粛清していく天才大学生、夜神月(藤原)。巷では救世主“キラ”の出現と噂し始める。一方、一連の“キラ事件”を捜査するため、インターポールから送り込まれた天才L(松山)がキラを追いつめていく。やがて“逮捕に協力する”と称して、自ら捜査本部に乗り込んでくる月。そんな中、第二のデスノートを、キラを崇拝するアイドル弥海砂(戸田)が手に入れ、自ら第ニのキラとなり行動を開始するのだった・・・。 もとは少年ジャンプの漫画で、作家は正体を明かしていないとか。どう考えても、構成が見事なので、熟練した作家であろうと囁かれているようです。ビジュアル映画であることはともかく、繰り広げられる頭脳ゲームは面白いので、人気なわけです。アニメーションで描かれた死神の存在からして娯楽映画なのですが、良いところを挙げるならば、天才を演じた両名、藤原竜也と松山ケンイチの競演が見所。DEATH NOTEのルールは都合よくできていて、ホラーっぽいイメージもありましたが、怖がるようなところは一切ない、紛れもないサスペンスです。キラこと月(らいと)は、鹿賀丈史演じる、警察庁刑事局長・夜神総一郎の息子。身内に犯人がいることがわかり、みんな疑心暗鬼のまま、突如捜査員に加わった、犯人・月とともに捜査は進んでいきます。正義のために法律を学び、警視総監になるのが夢だったはずの月は、正義が行われていない現実を知って黙ってはいられず憤怒していた矢先にDEATH NOTEを拾うのでした。その効果を偶然知ってしまった月は、犯罪者に対する制裁を次々と始めるのです。まったく独りよがりな制裁を、自らが救世主であるかのように・・・。天才の月に立ち向かうのは、部屋から出ることなく延々甘いもの食べ、猫背で、目の下に隈を作ったL(エル)。彼の正体が明かされ、ついに月VSLの頭脳戦が幕を開けるのですが・・・。Lを演じた松山ケンイチ君が、実は好きなので、レンタルに漕ぎつけたのであったりもします。原作の絵にそっくりですね。松山くんの魅力あればこその4時間強。若い男の子に興味はないと思っていたのに、彼だけはべつ。「男たちの大和/YAMATO」を劇場で観た時から気になる、期待している役者さんです。とにかく漫画原作らしい、伸びやかで緻密で、フィクションらしい作品。きっとマニアがいて、映像にもオタクが喜びそうな嗜好が入り込んでいます。そこが一番いけてない。アイドルを演じた戸田恵梨香を監禁するシーンなんて、なんであんな破けた白スカートを穿かせているのか・・・とても真面目に、正義を論じたくなるような作品ではありませんでした。漫画といえども、面白くて深い作品はいっぱいあるのでしょう。漫画が原作となっている映画やドラマが、近頃増えています。読むのは手塚治虫くらいで、他に知らない私は、きっとたくさん損をしているような気がします。いいものが色々あるのだろうな~。もう5年以上も前になるけれど、知人に薦められて読んだ『MONSTER』は最近の私的大ヒットでした。TVアニメになったようで、レンタル店に並んでいますがそちらは未見。こんな風な濃いい物語が、漫画の世界にはいっぱいあるんだろうなと、ふと『ブラック・ジャック』を読み返してみながら、しみじみ感じた鑑賞後です。 監督 金子修介 原作 大場つぐみ『DEATH NOTE』 脚本 大石哲也 撮影 高瀬比呂志 音楽 川井憲次 出演 藤原竜也 松山ケンイチ 瀬戸朝香 戸田恵梨香 鹿賀丈史 藤村俊二 (カラー/126分・140分)
2008.03.08
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レスター少年や、メロディを演じたトレイシー・ハイドの当時の人気は、爆発的なものだったと聞きます。今もなお、瑞々しい感性に溢れていて、どこをとっても眩しくてくすぐったい名作。ザ・ビー・ジーズの楽曲に乗せて描かれる映像は、ビデオクリップのようでした。 典型的な中流家庭のダニエルと、貧しいながらもヤンチャなトムは大の仲良し。2人はいつもつるんで遊んでいた。そんなある日、バレエの練習をしている美しい少女メロディに、ダニエルは夢中になってしまう・・・。 小学生の恋は淡く、どこまでも純粋で、ただずっと一緒にいたいと願うだけ。永遠を信じている彼らの穢れなさといったら・・・軽く衝撃を受けました。少年少女向けに見えて、じつは大人がみるべき映画でした。貧困を嘲る富裕層、格式ばった教師たち、日々の生活にくたびれる大人・・・。子どもは未来に希望を持てずに、大人になることを心のどこかで拒んでいます。親をみ、教師をみても、目指したい憧れがなくて、夢さえ持てません。今が一番いい時だということを、よく知っている。将来への不安を抱えた、大人になりかけの未熟な年頃だとしても、彼らにはわかっています。「大人は、いろいろわかりすぎるから、大変なんだ」ということ。わからないままでいい、こんな大人になるくらいなら―――そういう反発の気持ちを込めてつきつけた「ぼくたち結婚します」という台詞が、あまりにもピュアでたまりませんでした。 大人たちをやっつける爽快さ以上に、シチュエーションの妙に胸撃ちぬかれる気分。墓地での初デートも、少年グループの爆弾作りも、縦笛とチェロの即興合奏も、なにもかもが瑞々しい。郊外へちょっと歩けば、緑溢れる。のび放題の雑草が生えた空き地、鉄橋の下での悪ふざけ、荒れた墓地に集う子供たち・・・。彼らの伸びやかな日々を見ていると、イギリスという国柄の魅力と、過去を想って、ノスタルジー気分いっぱいになります。イギリス映画特有の上品さが、漂よっている。11歳のふたりの恋は、バックに流れていた歌の歌詞のように、5月で終わってしまうのかもしれません。いつかは、なりたくなかった大人に、なってしまうのかもしれません。それでも、この時期にしかないものが120パーセント詰まった、青春のアルバムそのものだから、かけがえない。幾つになっても観返せば確実に、胸の奥に広がる懐かしい情景を見せてくれる、そんな作品でした。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・監督 ワリス・フセイン 脚本 アラン・パーカー 撮影 ピーター・サシツキー 音楽 ザ・ビー・ジーズ 出演 マーク・レスター ジャック・ワイルド トレイシー・ハイド (カラー/106分/イギリス/MELODY)
2008.03.07
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春の日差しを感じる日。ちらちら舞う雪のなか、雪解けのすすむ道を歩くと心地がよかったです。木曜日はレディースデイ。予定もないし、はりきって劇場へと足を向けました。この映画は、お世話になっているchappie the gogo!さんがずっと以前に紹介されていて、その日記がステキな内容で、公開になったら是非観にいきたいと思っていました。そして観ながら思い出したのは、こちらもお世話になっているヤスカイさんが以前アップされていた日記。深い印象を残す、東京大空襲についての日記を思い出しました。 第二次大戦中、無差別爆撃を実行したB29搭乗の米兵を、略式裁判で処刑し、戦後その罪を問われB級戦犯として裁かれた東海軍司令官・岡田資中将。部下を守り、自らの誇りを懸けて挑んだ法廷での闘いと、それを見守る家族との絆を描く。 B級戦犯として法廷に立ち、正義を貫き通して処刑された岡田資の半生。反戦を訴えるだけでなく、戦争を媒体にして、生きること死ぬことを考えさせる、落ち着いた良作でした。監督は「雨あがる」が素晴らしかった小泉堯史。監督作「阿弥陀堂だより」にもあった、いかにして生き、いかにして死ぬかというテーマを、本作からも感じます。日本人の美徳、死生観、仏教の教え――どれも監督の思想を色濃く反映しているのではないでしょうか。裁かれるのは、爆撃されパラシュートで不時着したB29の兵士たちを、略式裁判で死刑に処した岡田中将の罪。アメリカ兵への斬首は、罪か否か。GHQの元で開かれる裁判は、有罪しかありえない様相を呈しますが、はたしてアメリカ軍の空爆は国際法に反していなかったか・・・?そう問う時、弁明できない大きな罪が姿を見せ始めるのですが・・・。部下たちの信頼を一身に受けて、中将ひとりが罪を被る形で、判決が言い渡される後半。それから亡くなるまでの1年4ヶ月は、短時間ながら、見事に描かれていました。部下たちに、償いと正義を貫くこと、座禅を組み経を読みながら、悔いのない日々を送ることを、教え続けた岡田中将。ほんとうの意味で罪を償うということは、こういうことなのでしょう。信念に偽りない生き方をすれば、死を受け入れることは、難しいことではない。彼のような悔いのない死を迎えることは難しいけど、でも生き様を観て学ぶことならできます。遺される妻に認めた遺言には、涙が出てとまりませんでした。情のある生き方が素晴らしかった。愚かな争いは後を絶たないけれど、日本はあれから戦争をしていません。戒めとして新しい世代が、こういう映画に触れていくことは、とても意義のあることだと信じたいです。映画の力はそういうところにもあるはずです。岡田中将を演じた藤田まことは好演でした。キャスティングは成功しています。静かに見守り尽くす妻を演じた富司純子も、台詞のない名演が光ります。エンドロールを観るまで気がつきませんでしたが、聞きやすく落ち着いたナレーションを務めたのは竹野内豊。検察官役のフレッド・マックィーンはスティーブ・マックイーンの息子さんだそうです。久しぶりに満足いく、邦画の戦争映画でした。小泉堯史監督は、古き良き日本映画の匂い残る作品を、撮ることができる数少ない方ではないでしょうか。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 監督 小泉堯史 原作 大岡昇平 『ながい旅』 脚本 小泉堯史 ロジャー・パルヴァース 編集 阿賀英登 音楽 加古隆 ナレーション 竹野内豊 出演 藤田まこと ロバート・レッサー フレッド・マックィーン リチャード・ニール 田中好子 富司純子 蒼井優 加藤隆之 (カラー/110分/日本製作)
2008.03.06
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朝鮮戦争の野戦病院に、人手不足から二人の医師が補充された。ところがこの医師たち、軍規を無視して、女性将校をからかったり、ゴルフに夢中になったりやりたい放題で・・・。戦争を風刺した超ブラックコメディの佳作。 珍しい、朝鮮戦争を舞台にした作品。半島を舞台にした、とびきりシュールな戦争映画です。この頃、終戦から5年経った日本は復興が進んでいたのでしょう。時折ラジオから流れるは日本の歌謡曲。延々可笑しなムードに包まれて暴走する、野戦病院の面々―――。朝鮮戦争の知識はありませんが、きっとこの戦争でなくても良かったのでしょう。いかなる戦争にも共通した、不条理の上に成り立つ狂気をシニカルに描きます。愚かで憎めない人間の性。馬鹿げた毎日。血みどろの患者と日々格闘していれば、誰だって緊張のほぐれる時間が必要です。物資の不足に、家族との別離、フラストレーションをいっぱいに抱えた彼らが、行き過ぎの暴走を始めても、批判よりは苦笑して見守りたい気持ち。女性をからかうシーンだけは、今の時代、多少問題あるでしょうが、製作年を考慮に入れれば受け流せます。当然、数少ない女が男たちの標的になるとしても、女性も同じように男を求めている描きかたなのは、さっぱり後腐れがありません。かなり強引な、めでたしめでたし映画だとしても。主人公の医者3人を演じたのは、ドナルド・サザーランド、エリオット・グールド、トム・スケリット。それぞれに癖のある名演でした。なかでもホークアイ役を演じたサザーランドは光っています。どんなにだらしなく悪ふざけが過ぎても、医者としてそれなりにきちんとやっている三人は、ちゃらんぽらん故に数倍好印象で、そんなところも巧いと感じます。一日たりとも、ここに居たいとは思わないけれど!実際の戦場とはかけ離れているであろう設定も、コメディであるからこそ許容できます。スピーカーから流れる業務連絡は、逐一ふざけた風刺がこめられていて面白い。信心深い同僚の医者が、ホモである件も面白かった!死にたいと言って“最後の晩餐”ごっこを始めるなんて、戦場でおいおい・・と思いつつ、とことんブラックなユーモアがすべてをプラスに変えて、一方的に映画は終わっていくのです。呆気にとられつつ、最後までムードに押され騙され、酷い箇所も許せてしまいました。後半のアメフトシーンは長すぎるほどでしたが、国で一番に愛されるスポーツを盛り込みたかったのでしょうか。ちょっと長すぎでした。死ぬまでに観たい映画1001本に選ばれています。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 監督 ロバート・アルトマン 製作 インゴー・プレミンジャー レオン・エリクセン 脚本 リング・ランドナー・JR. 原作 リチャード・フッカー 撮影 ハロルド・E・スタイン 音楽 ジョニー・マンデル 出演 ドナルド・サザーランド エリオット・グールド サリー・ケラーマン ロバート・デュバル フレッド・ウィリアムソン トム・スケリット (カラー/116分/アメリカ製作/MASH)
2008.03.05
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(あらすじ) 母になり、沢山子どもを産むのが夢だったアビバは、12歳になった頃、両親の友人の息子ジュダと関係を持ち妊娠する。それを知った両親はショックを受け、いやがるアビバをむりやり病院に連れて行き中絶手術させるが、母になる夢を諦めきれないアビバは、ついに家を出るのだった―――。 なんて映画だろう。悪質と例えた人の気持ちが、わかりました。監督と相性が悪いのでしょうか。12歳で妊娠、中絶、家出したアビバを、8人の女の子が演じています。人種も年齢も体系も違うアビバは、外見は変われども、物語ではたったひとりの女の子で、幸せを求めてささやかな旅をします。彼女が思う幸せは、子どもを産み母親になること。幸せになれる裏づけなど、なにひとつないのに、ひたすら求めています。彼女の母だって、アビバが産まれて母親になったけれど、決して幸せそうじゃない。だというのに求めているのは、なぜだろう。それは、監督がいうには、絶対的な安らぎが得られる居場所を持つことに他ならないから、だそうだ。でも私はそういう考え、虫唾が走るほどイヤだから、この作品を好意的に観ることはできません。 アビバと母親(バーキン) アビバが恋した中年男、彼も病んでいる考えもなくセックスして妊娠した12歳のアビバ。産みたいとはいっても、希望ばかりで、現実を受け止めたりはできません。結局、両親の説得で、名医による中絶手術が行われますが、オペ中、まだ薄い子宮の膜に傷がつき出血多量で子宮を摘出されてしまうのです。二度と子どもを産めなくなった12歳の少女は、家出して、さまよった挙句に、障害児たちを養子にしている“サンシャイン・ホーム”に辿り着きます。 “サンシャイン・ホーム”へ。右が幾人目かが演じるアビバ登場する人物ほとんどの人々が、体になんらかの特徴を持っていました。肥満体の人物が多く、障害を持った子どもたちや、脇の俳優たちさえ何処か異質さがあります。ソロンズ監督自身も、一風変わった人物のようですが、コンプレックスを作品にぶつけているようで、見た目で判断する私たちの嫌な部分を、わざと刺激してきます。嫌悪感を抱く自分に嫌悪する。それは『フリークス』を思い出させるけれど、肉体的な特徴を有利に利用した抉るような快作とは全く違った、いやらしさを感じてしまいました。人物名でつけられたサブタイトルは、これでもかと言うほど乙女チック。物語りも御伽噺の風体です。現実とは思えない12歳の夢と行動と恋と出会いには似合っているけれど、かといって、御伽噺だからありだと、この作品を肯定してしまうのはイヤでした。言動は酷く醜くく、中身のないことばかり。中絶反対派の監督で、その一点が言いたいだけなのかと、一瞬思う。実際は、悲しすぎるほど頼りない、少女の純粋な願いを描いているのでしょうけれど。“サンシャイン・ホーム”であった、個性溢れる面々との出会いは、幼いなりにも彼女を成長させたでしょうか。夢のような“サンシャイン・ホーム”での日々が、プラスになもならない、殺人を起こすだけの代物なら、悪質な映画といわれても仕方ないと思います。そして、最後にいたっても変わらずセックスに辿りつくアビバと友人ジュダに、ただただ虚しく悲しくなるのでした。原題の『PALINDROMES』は回文という意だそうです。前から読んでも後ろから読んでも同じ言葉。終わらず続いていく、変わらない愚かな行為、そんなニュアンスがあるのでしょうか。監督・脚本 トッド・ソロンズ 製作 デリッック・ツェン マイク・S・ライアン 音楽 ネイサン・ラーソン 出演 エレン・バーキン スティーヴン・アドリー=ギアギス リチャード・メイサー ジェニファー・ジェイソン・リー (カラー/100分/アメリカ製作/PALINDROMES)
2008.03.04
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