海洋冒険小説の家

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(10)北山の権大納言邸で宴を・・・



 堺の一行は、北山の権大納言の屋敷に少し早めに、戌の上刻(午後7時)前に着いた。屋敷はとにかく広くて、総勢二十二名の馬と人を屋敷内に呑みこんで、まだ余裕があった。公家衆が十数人先に来ているようで、馬が十数頭、厩舎の前の空き地につながれていた。助左衛門たちも馬の手綱を柵につないだ。家人に案内されて大きな板の間の大広間に通された。人数分だけの丸い敷物が敷かれてある。
 書院造りの建物で、三方が開けていて、広々とした空間を作りだしている。庭は正面に築山、左手には瀧があり、よく手入れされた植木が、池を囲むように配されていた。池は月が写るように造られているのだろう。
 堺のような町では、こんな広い空間を贅沢に使える程、町そのものが大きくない。さすがに京の公家の屋敷というものは一味も二味も違う。

 顔見知りの公家衆との挨拶が終わり、それぞれの席に着いた。公家衆はほとんど打毬の関係者で、日頃から親しい間柄なので、座はすぐ賑やかになった。権大納言は姿を現さなかったが、西洞院の中納言が音頭をとって、酒肴を運ばせ、雰囲気を盛り上げた。しばらくして、助左衛門の背中がつつかれ、家人に、
 「あるじが、来てほしいと言っておられます」
 こっそりと耳元で言う。
 助左衛門は六兵衛にめくばせして、広間を抜け出した。広い屋敷の中をあちこち歩いて、茶室に案内された。茶室は四畳半で、床には狩野永徳の山水画がかかっていた。茶人の間では、評価のすでに定まっている牧渓(もっけい)などがもてはやされていたが、風日庵様は自分の眼で作品を選び、良いと思うものを使っていた。これは千宗易も同じで、若い絵師であっても、そこに美を感じれば、しっかりした評価を与えた。
 「よう来てくれた。珍しい客が来られてな、それで向こうに行けなんだ。こなたは因果居士殿と言われてな、安土宗論の判者になられた方じゃ。京では茶の湯の方でも知られたお方でな。洛北に住んでおられたのやが、急に越前に旅立つことになられての、それで挨拶に参られたのじゃ」
 「荒木助左衛門にござる」
 改めて座り直して挨拶した。
 「因果居士です」
 歳のころは四十くらい、有髪の僧で、墨衣を着ていた。髪の毛は背中まであり、美しく波うっている。男の髪でこんなに柔らかで綺麗なのは見たことがない。四十位と思ったが、二十といえば、二十に見え、三十といえば三十に見えるという、若々しい顔をしている。端正で切れ長の眼、色白で、どうみても公家の顔である。柔和な雰囲気が人の心を和ませる。瞳は知性と豊かな知識を宿していたが、哀しみも帯びていた。

 権大納言のたてた茶を、助左衛門は作法通りに飲み干した。因果居士はそれをゆっくり見届けて口を開いた。
 「聞き及びでしょう。安土での宗論のことは?」
 「はい。しかし、風日庵様の書状で知ったくらいで、中身の論議が何かも分かりません」
 因果居士はじっと助左衛門の眼を、なにか推し量るようにみつめていた。蝋燭の光がときどき揺らいで座っている者の影を動かした。彼は、権大納言の方を見た。権大納言は頷いた。それからゆっくり助左衛門の方に視線を移し、静かに話し始めた。
 「先ほど来、風日庵様に話していた所でした。おのれ一人の胸に留めておくには、余りにも大きすぎることゆえ、誰かに打ち明けたいと思い、それで聞いてもろておりました。あの、宗論は、本当は法華の側の勝ちにございました」
                   (続く)



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