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今年はありがとうございました。 思えば昨年の年末は、新年を迎えるのがすごく嫌だった。 どうせまた同じ一年、バタバタと子供のことで追われるだけで、 自分自身は何も変わらず過ごすだけなんだと、悲しい気持ちになっていた。 昨年の彼は言ってくれた。 「今年はアリスが家に来たでしょう。 それは昨年の今頃は考えてもいなかったことだよね。 きっと来年も何か変わることがあるかもしれないよ」 彼に励まされるなんて・・・!! ってお互いそのときは笑っていたけど、その言葉はうれしかったなあ♪ まさか今年、こんな結論を出せるなんて、 きっとそう言った本人でさえびっくりしていることでしょう。 思えば毎年新しい出会いが確実にある。 今まで顔見知りでも、急に大切な存在になってしまった友達も出来た。 来年はどんな出会いがあるかなあ・・・ 楽しみでもあります。 そういえば楽天でブログを書き出したのは今年だった。そして出逢った人たち・・・感謝 感激 感動です♪どうか皆様良いお年をお迎えください。 そして来年もどうぞよろしくお願いします(^^)
2005.12.31
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江原さんの「天国からの手紙」を観たけど、中には故人が成仏していないパターンもかなりあった。そのような人たちは、たまたま番組で取り上げたから、江原さんの手によって成仏出来る方向性に持っていけたけど、他にさまよっている故人はどうなっちゃうのかなあって思った。うちの旦那は大丈夫なのかなあ?なんか心配になっちゃった。突然の死だったし、本人は当然死ぬなんて思ってなかったわけだから・・・番組の中で、延命措置のことが出てきた。その家族(と言っても1人)は、延命措置をもう続けなかった。私も同じ体験をし、当時同じように、措置を続けるかの判断をさせられた。(今思えば、義理の親も居たのに、相談もせず判断したなあ)「これ以上続けていても、肉体はどんどん衰えていくし、元のようになることはありません。本人はものすごく苦しいんですよ・・・」という先生の言葉。肉体が衰えていくのは、数時間の間にも理解出来ていたから、「もう やめて」という気持ちが私は強かった。だから即座に、「もういいです」と答えたのだった。それから葬儀の手配が進められ、深夜。子供たちは壁に向かって大泣きした。最初にハニー。かなり長いこと泣いた。どうしたのかとオロオロした。ハニーが泣き止んで、安心したあと、同じように、今度は壁に向かってセバが泣き出した。あれは旦那が来ていたんだろう。私のところへは、朝方、夢の中にリアルに現れた。「口が渇いちゃったよ」と旦那は言い、口が楽になったようで、口をモゴモゴ動かしながら、旦那は笑っていた。「大変だったねえ」と普通に会話していた。そのときは何事もない日常の一部分のような二人だった。上の会話は、人工呼吸器がはめられていたときのことを物語っている。口があまりに固定され、唇がカラカラに渇いてしまっていたので、私は気になって、人工呼吸器を付けている間、病院でリップを塗ってあげていたんだ。自分が気になっていたから、そんな会話をさせたのかなあなんて後で漠然と思ったりしたものだ。思い出すものだなあ。あれから7年。何か言いたいことはないかなあ?私自身何事もなく、幸せに暮らせていたのだから、見守ってくれているんだろうとは思う。江原さんの番組の中で、故人は「忘れないでいてほしい」ということをよく訴えていることがわかった。もちろん忘れませんよ(^^)忘れたくたって忘れるものじゃないものね。年末、丁度今の生活から来年切り替えるのに、きっかけとして丁度よかったと思う。旦那と彼は前世で友達だったようだから、これからも彼の亡き奥様共々、こちらの様子を見守っていてくださいね。・・・と同時に天国で幸せに暮らしてね。
2005.12.30
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年末年始の楽しみは、テレビ。 WOWOWに入りたくなるのも毎年この頃だなあ。 結局入ってないんだけど、最近はまってるのはスピリチュアルの江原啓之さんです。 今日の夜中の再放送に始まり、昼の番組、明日も昼と夜と、かなりの番組数!嬉しい~♪ ビデオセットも何度も確認してるんだ。 もちろん、番組HPにメールだってしちゃう。 電話もしたけど、やっぱりつながらなかったなあ。 思えば昨年の今頃はパク・ヨンハにはまり、 その前は・・・ 忘れた。 いつでも何かに夢中になってるかも。 ところで今日、そのパク・ヨンハがテレビに出るので一応ビデオセット。 やはりあの笑顔はいつ見てもかわいいと思う♪ ただ申し訳ないけど、今は以前よりかなり熱気が冷めてしまったわ・・・(;´▽`A`` 次にお楽しみなのは、お正月明けの「古畑」 推理モノは元来好きではないんだけど、これだけは特別。 もー 今からワクワク((o(゜▽゜○)(○゜▽゜)o))ドキドキ それだけで、お正月が待ちどおしくなっちゃう♪
2005.12.29
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旦那さんの必要性を感じました。(今ようやく)年末の忙しいとき、子供は外に行きたい、私は家の中のことをやりたい、年賀状もやりたい、そんなとき・・・分担できるんだあ!!それに贈答品の買出し・・・やはりこれは、旦那がいればありがたい。こいつら二人連れては辛い。一緒に行くにしても、買いにいくにしてもいれば助かる。旦那より、サポート的な女性の方が助かるかもしれないが・・・(;´▽`A``親もその辺りはまったくノータッチなのでいつも掃除は後回し。掃除だってやるとなれば、家具を動かしてもらえたりするんだよなあ。または子供を連れ出してもらうことも出来る。それと年末年始。彼とは電話でカウントダウンと乾杯♪(*^^)o∀*∀o(^^*)うん♪をするんだけど、やはり一緒に初詣したい。今まで必要性を感じないとか書いてて、都合よすぎですかね?うーん・・・でも旦那がいたときでも、実際それだけのサポートをしてもらった覚えがないんだよなあ・・・外に行くなら「一緒に行こう」だったし(;´▽`A``一緒にいるときは掃除もしなかったし。(一緒にまったりしたかったの。)大体、年末もギリギリまで仕事だったからずっと居なかったもんなあ。年賀状は手書きだったし。初詣くらいかな。案外旦那さんいたってそんなもんなんだろうと思うなあ。それでも精神的な支えって部分で違うんだよなあ。今は彼に感謝☆
2005.12.28
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昨日友人宅に遊びに行った。そのとき改めて、「ずっと旦那さんがいないで1人でやってるんだもんねえ。すごいねえ。」と言われた。しかしふと思った。旦那の役割って???忘れてしまった(;´▽`A``確か春に彼が我が家にきたとき、私が何か他のことをしているときに、子供がDVDを見たがったんだけど、うまく動かなくて呼んだのね。それを「どれどれ」とみてくれた彼。さすが本職。機械音痴なのも含めて、私はそんなとき、「お父さんってこういうものなんだよなあー・・・」ってしみじみ感じたわけだけど、それ以降、そんなに感じてないかも・・・出かけるときにサポートしてくれる女友達がずっと居たというのもあるけどね。元々旦那は家のことをやる人ではなかったし・・・子供のうれしいこと 悲しいことは確かに話したし、考えたけど・・・・学校見学に一緒に行って、今後のことを一緒に考えられた喜びっていうのは先日思った。んー 1人で居すぎたかな?気が付いたらずっと1人で子育てしていたような気もするし、もしかしたら彼がいるのも当たり前になっていて、精神的な面ではしっかり支えてもらえていたんだろうし。だから「旦那がいない・・困った・・・」ってことは最初は確かにあったんだけど、今では忘れてしまったかもしれない。今も、一緒になるっていっても、本当の子供ではないから、余計に遠慮もあって、なかなかいきなり「とうちゃん かあちゃん」にはなれないのは覚悟の上。大体、本当の親子と比べるのがおかしいんだよなあ。うちはうち。そんな親子像でいいんだろうな。
2005.12.27
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クリスマス。。。我が家の場合、まずハニーが早い時期からサンタさんにお手紙を書き出した。色つきの絵まで入って(^^)。 確かにお預かり。( ̄ー ̄)その後何度か希望のプレゼントが変わり、「変更は一回きりだとサンタさんは言ってたよ」などの会話が繰り返される。その後はハニーが悪いことをするたびに、「サンタさんに報告のメールするよ。」「いやあ~。・゜゜・o(iДi)o・゜゜・。」など、かなりサンタさんには私自身お世話になりました。そんな会話ばかりになるとこちらも飽きてきて、だんだんと単語のみ。それも選択制。私「1、サンタさん 2、メール・・・」それだけでもハニーは、( ̄□ ̄;)ギョッとした顔。私「3、返事を待つ」ハ「返事を待つはいやぁ~。・゜゜・o(iДi)o・゜゜・。うぇぇん 」私「4、結果が出る」ハ「結果が出るもいやぁ~。・゜゜・o(iДi)o・゜゜・。うぇぇん 」ハニー大騒ぎの巻でした。そしてようやく昨日。朝から「サンタさん来るかなあ ワクワク((o(゜▽゜○)(○゜▽゜)o))ドキドキ」と落ち着かないハニー。夜になって、「早く寝ないとサンタさん来ないよ」と言うがなかなか寝ない。理由は「サンタさん来るの、怖い・・・。」私、笑ってしまった。サンタさんは泥棒と違うんだよ。確かに夜中に知らないおじさんが枕元に入ってきたら怖いねえー。おちおち寝てなんかいられないよね。ハ「私、今日は寝ないで待つ」「寝ないと来ないんだよ」そんなことが何度か繰り返されて、ふとハニーがつぶやく。「これからサンタさん来るなら、この家大掃除しなくちゃ」・・・う・・・痛いとこついてきたな。確かに人が来るなら掃除を始めてなきゃ変だわ。(;´▽`A``そしてその後すぐ寝てくれたんだけど、いつのまにか、早々に寝たセバが起きてるではないかー!!もー・・・ この家はどうなってるんだいっ!誰だいっ!クリスマスのサンタさん制度を作ったのは!セバはクリスマスの意味もはっきり言ってわからないし、プレゼントを置いて寝ちゃおうかと思ったけど、破かれる危険性があるので、やはり無理。「早く寝ろー」と、3時まで粘ったが、とうとう私もバテた。6時に目覚ましかけて、セッティングするか・・・ひとまずおやすみなさい・・・朝、目覚ましが鳴る。こっそり枕元に置いておこうと思ったら、ハニーが既に起きてるぅぅ!!・・・(|| ゚Д゚)ガーン!!ハ「サンタさんを待つ」まだ言ってる。もう寝ないよなあ・・・私は昨日とりあえず玄関にプレゼントを置いておいた。「ハニーがサンタさん怖いっていうから、玄関に置いてもらったよ。見てきてごらん」◎ハニーちゃんへ サンタ◎セバちゃんへ サンタと、それぞれ書いておいた。思いっきり私の字じゃんか・・・(;´▽`A``ハニーのはじけそうに喜ぶ声!こんなにうれしいもんなんだねえ。こんなに簡単に信じちゃうって、本当に子供は純粋だなあ。私もうれしいぞよ。ネットで取り寄せたので、しっかり明細書が入っていたんだけど、そんなもの見ちゃいない。(包む時間もなかったので、下手に開封するよりはと、本当にそのまま渡したサンタさん・・・)22日発売のゲームボーイのソフトでした。販売店もクリスマスに合わせるように、がんばって送ってくれたわ。セバは少し古いアニメのビデオ。ネットで探すも、中古しかなかったんだけど、もうそれでいいです。ストーリーが長いので、なかなか「これ」と言った気に入った場面が探せないでいるみたい。これからかな?ところで・・・私自身のクリスマスはですねえ。前にもチラッと書いたけど、乾杯♪(*^^)o∀*∀o(^^*)うん♪のみ。それでも「さっき乾杯するために買ってきたんだ」という彼の言葉だけでうれしかった。「プレゼントの言葉ちょうだい」というと、「愛してる」と言ってくれました(*/∇\*)キャ「でも昨日も一昨日も言った気がするが・・・」と彼。「じゃあ、今日は特別な言葉をちょうだい」というと、「◎○△□▼×」と言ってくれた。(〃∇〃) てれっ☆(〃∇〃) てれっ☆二人ともSなので、相手に「してもらう」より、相手に「してあげたい」方だね・・・なんて会話してたりして。案外お節介なくらい、私は何かしてあげちゃうような気がする。今も、あちらに行って、「私は彼に何をしてあげられるんだろう」って、そっちの心配をしてる。だけど来年のクリスマスはどうなることやら・・・彼はいつも弟夫婦と実家とでクリスマスをしてるそうだよ。「一緒にくれば」って言ってくれたけど、「いいよー(嫌って方ね)」と言ってしまった。クリスマスから嫁のように働かされるのはごめんだ。年末年始もそうするみたいだけど、夜な夜なこっそり出てきてくださいな。
2005.12.25
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「吉岡秀隆さんと内田有紀さんが離婚」だなんて、びっくり!そして「北の国から」が好きな私としては、ちょっとショック!↓ニュース有紀ちゃんかわいそう・・・でも吉岡君だって辛いところだよね・・・男が出世するとどうしてもそうなっちゃうのかな・・・有紀ちゃんは暖かい家庭に憧れていたんだよね?それじゃあ、ますます考えるとこだよなあ。
2005.12.21
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お風呂上り、久しぶりにビールをぐぴっ!子供もまだ起きていたので、普段なら飲まないんだけど、なんだか今日は衝動的に・・・実は私は、とーーーーってもアルコールが弱いんです。ほんの一口で良い気分になる。よく『安上がりな人』と言われます(;´▽`A``だから今回ももちろん、二番目くらいに小さいサイズのビール缶の中は半分以上残ってる。もったいなくって・・・だから余計空けられなくて飲めないままで・・・その後、いつのまにか寝ちゃいました。ガーガーッ!!今はなんだか眠いのか、何なのかよくわかりません・・再度お風呂に入ろうかな。
2005.12.19
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あれ?書いたつもりが反映されてない・・・最後のキーを押してなかったのかな?(;´▽`A``大した内容でもなかったので、いいんです。ようやく子供のプレゼントを注文したわ。ネットは便利だねえ。今日の朝まで、二倍セールということで楽天で探したんだけど、一つどうしても見つからず、アマゾンにて。ハニーは、22日発売のゲームボーイのソフトがほしいんだって。あーあー、当日もらえるかなあ?急いで発送よろしくですわ。だけど玄関に配達されてしまうと、今年のサンタさんはちょっと違うってことになりますけど・・・。セバは、ビデオにしてしまった。成長が毎年ほぼかわらないので、二歳児用くらいの知育玩具は大抵持っているし・・・大掃除用にビデオがあったほうがこちらも都合がいい・・・なにやら宣伝にやたら気になるものがあるようなので、そちらにしました。ところが古いビデオらしく、新作がない。ユーズドでもいっか。以前ユーズドで本を頼んだが、発送してくれないことがあって、メールをしても無視されて、それ以降怖くて止めていたんだけど・・・今回は平気かな?届きますように。ちなみに彼とのプレゼントは今年は無し。先週の学校見学の際、二人ともかなりお金使っちゃったからなあ・・・電話で乾杯♪(*^^)o∀*∀o(^^*)うん♪だけします。その代わり、引越ししたときに、記念に何か用意しようかって話していたの。そのときこそ、一番お金かかるだろうから、実用的なストーブなんぞ・・・なんて話も出てましたが(;´▽`A``さてさて、今週はもう冬休み。どうなることやらでありますが・・・
2005.12.19
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今回携帯を見学した学校に落としてきてしまったの~それで結局教頭先生に送ってもらって(;´▽`A``、さっき手元に届きました。面倒なヤツが転校してくるなあ~と思っていることでしょう。早速報告のために彼にメール。即座に「ハートいっぱい」のメールを返信してくれました。パソコンだといつ見るかわからないし、ちょっとしたことなら最近は携帯だから、なんだかうれしかったなあ。昨日も多分仕事からは深夜の帰宅だったと思うの。そんなとき「帰ったよ~」の一本のメールが昨日はなかったから寂しかった。近くに行くと言っても、結局気に入った学校は彼のところから車で30分くらいかかるところ。もっと彼の近所を探していたんだけど、どうにも女の子が居なかったり、先生の手が足りなかったりで却下。もしかしてほどほどの距離がいいのかなあ?「行くよ~」と連絡があってから片付ける時間があるというのもいいかも♪それでも、彼の知らない地域で、只1人学校のママたちに揉まれるのかなーと思うと、涙がちょちょぎれちゃう気分でもあるんだなあ←古!
2005.12.13
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ただいまです~いろんなことがありました。学校も結局当初の予定より1校多く見てきたよ。それでもなかなか「これ」といったところが決まらず、教育委員会と相談。なんとなく目星は付きました。スキー場へ行ったり、スケートをしたり、雪の中ドライブがてらショッピングしたり・・・子供たちもとても楽しかったようです。写真はスキー場で、なんとマイナス5度で吹雪いてました。ひぇーっ!!夜二人で抜け出して、彼の行きつけのバーへも初めて行きました。ママがとても喜んでくれたの。彼とバーのママは仲良しで、私の話なども以前打ち明けたんだって。ママったって、私と一つしか違わないんだもの。「こっちに来ても誰も友達がいないから是非友達になって何かのときには、彼女の力になって欲しい」って彼はママに話してくれていたんだって。(T-T) ウルウル学校のママだけではなく、そういうまったく違うつながりの友達っていいよね。それがとっても気さくな感じの良い人で、私も一目で気に入っちゃった。もう、1人でフラ~っとお店に行けそうな感じ。(いいかもー そういうのー ̄ー ̄)ノ彡ぶんぶん)なんだかね・・・帰りの東京行きの飛行機に乗っても、いつもと違うの~今までは、「あーあー、彼と当分会えないなあ」とかそういう感じだったんだけど、今回は、「ちょっくら東京に帰省してくるわ」っていう感覚というかね(^^)見事に向こうがもう生活の場みたいな、雪がない東京が不思議というか・・・なぜに私は今東京にいるのですか?というような・・・なんだか変な感じ・・・タクシーの運ちゃんにしても、先生にしても、なんだかとっても人間的で、すごーく気に入っちゃった。それは北海道に初めて行ったときにも感じたことなんだけどね。とりあえず2月に体験入学に来て欲しいとの話でした。そのとき物件を探して、その後はいよいよ引越しだなー。
2005.12.11
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今夜、子供たちを連れて、彼のところへ行ってきます。どうやら校長先生まで時間を作ってくださるようです。良い先生だとよいのですが・・・ではでは・・・「まぐまぐBooksアワード」なるものにエントリーされています。よかったら、投票くださればうれしいです。↓ ↓ ↓ ↓http://books.mag2.com/dynamic/m/0000042268/index.html
2005.12.08
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発行したまぐまぐの内容です。はねる=セバとして読んでください。================================今日は「はねるの誕生日特集」と題して、 はねる関連の当時の思い出を振り返ってみたいと思います。 はねるは3872gのやや大きい赤ちゃんでした。 リボンは4000gあったので、それに比べたら小柄かしら? 私は冬のある日、スノボに行ったことがあります。 初めてのスノボは腹筋の連続で、私はもどしてしまいました。 人はそれを「妊娠」と呼びました。 まさか・・ 本当に妊娠だったとは・・・ その後本当のつわりの時期になったとき、はねるは切迫流産の危機に! なんとか山を越し、一週間の入院で帰宅となります。 リボンのときもそうでしたが、私はとにかくつわりがひどく、 日に30回はもどしてしまう人だったので、入院は定番のようなものでした。 しかし、当時1歳のリボンがいるゆえ、最初の妊娠のときほど入院することも出来ず、なんとか過ごします。 リボンは歩くのが遅く、はねるの入ったおなかはリボンを乗せるのに丁度よかったとも言えます(;´▽`A`` そしていよいよ臨月。 ところが予定日がきても何の兆候もありません。 当時病院で、同じ予定日だった人と知り合いましたが、 彼女は見事予定日に産んで帰宅してしまいました。 なんということでしょう。 その後二週間が経ちました。 その日は丁度診察日でもありました。 いよいよ出してもらうつもりで、前日勝手に荷造りをしていました。 すると、朝の4時ごろ、陣痛が来たのです。 9時の診察時間開始のとき、陣痛は5分感覚になっていました。 それから分娩待機室に直行し、生まれたのは夕方の4時ごろ。 リボンは陣痛がきてから丸二日以上かかったので、 なんて早いんでしょう! 私の部屋は6人部屋だったのですが、 同じ日に男の子を出産した人がいました。 その人にはもう1人、リボンと同じ歳のお兄ちゃんがいます。 二人とも同じ学年ということで、大変仲良くさせていただきました。 ところが後にそのお兄ちゃんも自閉症と診断されるのです。 なんという縁でしょう。 今では養護学校へ元気に通っているそうです。 その後の入院生活は大変楽しいものでした。 今は違うそうですが、当時は母子別々の病室だったので、 おっぱいをあげに行く時間になると、長い廊下をよろよろと皆で歩きます。 特に大部屋は一番奥だったのでかなりの距離をぐるりと歩かなければなりませんでした。 一日に5回ほど授乳時間がありました。 はねるはやはり男の子。 吸う力が違いました。 ところが私はリボンのときもそうだったのですが、 おっぱいがあまり出なかったのです。 それでもはねるを抱っこする時間は何よりも幸せでした。 何かのときに、生まれたばかりの赤ちゃんを抱いて、集合することがありました。 みんな早々に着席をしていたようですが、 私ははねるとの二人の世界にどっぷり浸かってしまい、 みんなが座る脇で、1人はねるを抱いて 「おー よちよち・・・ かわいいねえ☆」 とやっていたのでした。 皆の視線にハタと気づく私。 とてもはずかしかったのを覚えています(;´▽`A`` そのとき看護婦さんに、「初めてのお子さんですか?」と聞かれ、 「いいえ。」と答えたのもよく覚えています。(;´▽`A`` このどっぷり二人の世界に浸かるとき、 既にはねると私はファーストキスを済ませていました。 そういう仲だったのです。 それには理由がありました。 私はリボンのファーストキスは、リボンの愛する人のために大事に取っておこうと考えていました。 だから抱っこをしても絶対キスなんてしなかった。 ところがそれを旦那に話した瞬間、 旦那はリボンのファーストキスを奪ってしまったのです! あの速さはなんでしょう! ギャーギャー言う私・・・ 自分だったらいやだあ!! しかし旦那はその後もあっというまに、 セカンドキスも、サードキスも奪ってしまったのでした。(ノ_-;)ハア… そこで次が男の子だったら私が最初に・・・ なんて思ったんですね~ ふふふ。やりました。 しかしこの子たち・・・ 既に何人かの異性とキスを済ませています。 なんということでしょう!! その中には書くと問題になりそうな人まで・・・ それは私の心の中に永遠に眠らせることにしましょう。 えと・・・ あ、はねるのことでした。 知る人は知っているのですが、 はねるは実は1つ前の前世で一度私のおなかに宿った子です。 (前世療法の体験による) そのとき事故に遭い流産した子なんです。 そのときは健常児として生まれてくる予定でした。 ところがはねるの考えで、再度このような障害を持って、 生まれてきたのでした。 それは私にこのことで沢山のことを学ばせてくれようとしたからでした。 そして今日、はねるは9歳になりました。 1歳で父を亡くし、彼なりに大変な人生を送っています。 でもがんばっているなあと本当に思います。 話が出来ず、周りとコミュニケーションが取れず、 理解能力だってかなり低いのですから、 普通の生活自体、ものすごいストレスだと思うのです。 今日驚いたことがありました。 アイスの箱を例のごとく破こうとしたのですが、 中に入っているアイスを、きちんと冷凍庫に保存してから始めたのです! リボンと「w( ̄△ ̄;)wおおっ!」でありました。 その後の無残な箱と部屋は、ここでは触れないことにしましょう Σ(T▽T;) ぐわわぁぁ~ん! あまりのかわいさに、私はさっき、 はねるのほっぺをさすったのです。 それを真似するはねる。 これまた「w( ̄△ ̄;)wおおっ!」でありました。 「おかあさんといっしょ」のビデオで「デ、ポン」というのがあったのですが、 私が両指を立てて首をかくかくさせながら、「デ、ポン♪」と言うと、 それに合せて首をかくかくさせるようになりました。 その様子がかわいくって、リボンとキャーキャー言っています。 我が家のマスコットですね♪ 多分知的レベルは現在2才くらいになっていればいいなあというくらいです。 (運動能力はもう少し上のようです) 今が一番かわいい盛りです。 今後どうなるかはわかりませんが、 今はこれでいいと思っています。 彼自身を全面的に受け入れる。 出来たことに対して称賛し、感謝する。 相手を変えるのではなく、自分が変わることで相手が変わる。。 無理に相手を変えようとしない。云々・・・ これは「新 良妻賢母のすすめ」に書いてあった、 家庭円満の秘訣で、 旦那さんに接する方法です。(;´▽`A`` 思えばはねるには自然とそうしてきたんだなあと気づきました。 これじゃあマザコンになるのも無理はないですね。。。 もちろん世の男性も。。。 新・良妻賢母のすすめ―愛としあわせを約束する26章ヘレン アンデリン, Helen Andelin, 岡 喜代子 / コスモトゥーワン(1998/11)どういう結論でしょう。 以上はねるの記録でした。 ================================「まぐまぐBooksアワード」なるものにエントリーされています。よかったら、投票くださればうれしいです。↓ ↓ ↓ ↓http://books.mag2.com/dynamic/m/0000042268/index.html
2005.12.07
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今日、療育で一緒だったママから電話がきた。彼女には先日、私がそのような人生を選択したことを打ち明けたばかり。北海道で旦那を亡くし、東京に戻ってきて、すぐに入所した療育施設で私の2ヶ月くらい後に入ってきたのが出会いだった。お子さんは、うちのセバと同じ学年で自閉症だったから、ますます仲良くなった。その後卒園まで本当に仲良くさせてもらって、今でも年に何度かランチをする仲になっている。彼女は私よりかなり年上で、姉御肌。何かと私の世話も焼いてくれて、年賀状ではいつも暖かいメッセージをくれるのが印象的。しかし彼女の中では、どうやら私のイメージがかなり硬く出来上がっており、電話で話をするたびに、「それ誰の話?」という感じらしい(;´▽`A``彼女の中の私のイメージは、未だに、おっとり、ゆったり、まったり、のんびり・・・になっているようなのだ(;´▽`A``ところが、実際は、短気でせっかち、1人でどんどん行動しては、言いたいこと言っているプライドの高い私なわけで・・・(;´▽`A``(;´▽`A``私も人によってかなり自分が違うからなあ・・・だんだんと彼女に対して地が出てきているのかも。(出さないほうがいいような地ですが)何しろ最近まで彼女には敬語を使っていたから・・・。そして今まで話してなかったのか、私が療育施設に来る前の細かい経緯(どこに住んでいたかなど)を今回初めて聞いたような反応だった。「あのときの○ちゃん(私)は、いつもニコニコしていて、そんなことがあった後だなんて全然感じなかったわ・・・○ちゃんは本当は強いのね」それでもこうしてやってこれたのはその当時の先生のおかげもあるし、このように、明るいキャラの彼女や、周りの人のおかげなのだ。そしてふとその言葉で思い出したのだが、確かに私は、当初、「子供がいるから大丈夫。子供が私を支えてくれる みんなありがとう」そう考えて、プラス思考で乗り切ろうとしていたかもしれない。だから毎日の療育通いを休むことが自分の中で許せなかった。「子供のためにがんばる」それが私だった。そしてそんな私の様子を見抜いたのは彼だった・・・彼とメールをするようになったのは、亡くなって11ヶ月くらいだったかな。それはやはり縁のある数字の日だった。→このことについてはいずれ書きます。元々は同じ死別のMLのチャットがきっかけだった。多分、その後電話するようになってから言われたんだと思うが、私がすごく無理をしてるように感じたって・・・確かに私は不思議なことに、旦那が亡くなった瞬間から、すごく「死」を認めているようなとこがあり、目が覚めて「あれ?旦那は??」みたいなことは一度もなかった。すぐに死を受け入れて、それを踏まえたうえで、私が今出来ること、やらねばならないことにすぐ矛先を変えた。旦那の死を嘆くことより、今後というより、「今やらねばならないこと」をすごく意識していた。確かに亡くなってすぐは東京に戻ってからの生活環境を整えなければならなかったから、落ち込んでる時間もなかったことは確かだ。・・・と同時に、旦那のことを考えないようにしていたのかもしれない。彼は言った。「○○は無理してる」その一言は悔しかった。自分の弱い部分を見透かされてるような、知らずに作っていた自分自身の囲いが崩れていくようななんとも言えない複雑な気持ちになり、それを認めるのが怖かった・・・・と同時に、この人には嘘は付けない・・・と思った。だからといって、すぐに甘え、弱さを見せることが出来る私ではなかった。悔しくて、そんな自分を認めたくなくて、相変わらずのプラス思考で乗り切ろうとしていたのだった。正直、私はそれしか方法を知らなかったのかもしれない。それでも無口な彼は私の話をよく聞いてくれて、優しく包み込むようなことをさりげなく言ってくれるので、私はだんだんと心がほぐれていった。そして、遅ればせながら、旦那のことで泣けるようになったのだった。多分それまで実際何かのたびに泣いていたとは思うんだけど、だからといって、気分が落ちてしまうことはそんなになかったような気がする。・・・というか、落ちないように落ちないように今思えばしていたのかもしれない。それが、どうだろう。いきなりドドドーーーン・・・と落ちて落ちて落ちて、泣いて泣いて泣いて・・の日々がやってきたのだ。いつもいつも泣いていた。今までこらえていた涙がとめどなく溢れ、それをいつも無言で受けてとめてくれたのが彼だった・・・そのようなことがなかったら、私はどこかずっと無理をして生きていたのかもしれない。だから私は彼と話をすると、自然と涙が出てしまうんだ。おそらく心がほっと素に戻れるんだろうなあ。そんな一番深いところを知っている彼だから、ますます離れられないのかもしれない。今では子供のことで疲れてきても彼の電話で泣いてしまう。死別仲間は、当時精神的に、薬を飲んでいる人が沢山いたので、よくそんな話になった。しかし彼は私に「病院へは行くな、俺が何でも聞いてやるから」と言ってくれていた。本当に彼に話せば私は何でも救われた。おかげで彼と付き合っている間は薬を必要とすることはなかった。(性格もあるのでしょう。)一時別れたときには、多少薬を飲んだこともあったが。そんなつながりの今の彼である・・・私は彼がいなかったらダメだったと思う。彼がいたから、こうしていつも元気に過ごせる。彼に助けられたから今がある。本当にありがたいことだ。。。そんなことを今日彼女と話していて思い出した。今日、彼女に言えばよかったなと思ったことがある。。。最近彼女はお父様を亡くしている。元気に振舞っている彼女だから、ちょっと心配なのだ。私のようにならなければいいなと・・・最初に思い切って泣いて欲しいなあって。後で泣くのは溜め込んでいた分、時間がかかるし、落ち込みも更に激しいと思うから・・・人間、感情のままに生きて悪いことは何もないんだから・・・
2005.12.05
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先日ちょっとマリッジブルーみたいになったとき、某サイトの悩み相談に書きこみしてしまったんですねえ。すると何人かが書き込んでくれたんだけど、今回のことに反対意見が殆どでしたね。障害の子がいるママですとのご挨拶をしたもんだから、どうも私の悩みの全てはまず子供のことと取ったみたいで・・・。なかなか文章ってのは難しいもんだ。障害の子のいない両親揃ってる人のコメントなんて、所詮私の気持ちなんてわからないんだろうなあって感じでした。この人たちに、さらにもう1人障害児がいて、向こうにも子供が・・・なんて書いた日には、ますます反対されるんだろうなあ。それでも何人もが書いてくれたことは、確かに第三者から見ればそうも取るんだろうし、さらに覚悟を決めるということでは、とてもありがたかった。ますます「行くぞ!」って気持ちになったわ(^^)もう環境の違いもなにもなるようになれだわ。(それでも彼のところの気温を見ると、一瞬目を疑いますが)私も不安だけど、今回、私たちを受け入れてくれた彼の気持ちも相当な覚悟と決断だったと思うの。それでも「来て欲しい」と言ってくれた彼を信じたい。今まで6年間、離れていても、ずっと私たちのことを支え続けていてくれた彼だからきっと大丈夫♪それに私の表情や心が子供たちに反映するというのなら、これからの笑顔が本物だと思うから。。。その笑顔の中で愛情いっぱいのびのびと子供たちを育てていきたい。これからがスタートのつもりで、子供のこと、環境のことを一つずつ知りつつ徐々に受け入れていけばいい・・・そんな風にお返事しました。するとその中の1人が、「まるで私の気持ちと一緒です。応援していますよー。今度こそ幸せになれるようにがんばりましょう」という内容で再度書きこみしてくれた。その人も遠距離恋愛で障害児持ちのシングルさん。あえて書き込みの件で言わせてもらえれば、「今度こそ」ではなく「今度も」になるかなうふ♪(* ̄ー ̄)vみんなそれぞれあるけど、幸せになりたいためにがんばってるんだなあってとても感じました。がんばっていると言えば、セバも随分いろんなことがわかるようになってきたよ。今日も探しもののために、食器棚の裏やベッドの板をひっくり返して探さねばならないほど、モノを隙間に入れちゃう子なんだけど、昨日パジャマのボタンがはずせるようになったの♪服を脱ぐためなら必死なんだろうな(;´▽`A``(裸族ですから)靴下も最近1人で履けるようになりました♪かかともちゃんとズレずに履けてすごーい!ハニーも病院へ行ってる間、セバを見つつ留守番をしてくれて、風邪気味の私のために、薬を薬局から取ってきてくれた。初めて一人でアリスの散歩も行ってきてくれた。食事も作ってくれた。「薬飲んだら寝てなさいね あまり無理しないでね」なんて言われちゃった。健常児から比べれば出来ることは少ないけど、人間らしく優しい気持ちの子供たちは、十分立派だと思うなあ。これからも成長はゆっくりだけど、それを一つずつ喜びながら見守っていってあげようと思います。
2005.12.03
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