おじん0523のヒロ散歩

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2019.01.14
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カテゴリ: 東海道53次
​​『ozin0523さんのブログ』にアクセス、ありがとうございます。

このブログは『わたしの旅行:国内&海外』
  ①日々の出来事
  ②ヒロ散歩
  ③国内旅行
  ④海外旅行      等
を中心とした備忘録を兼ねた、今年二年目になる毎日のブログです。
感想等を書き込んでいただける方は、写真下の『コメントを書く』から気楽に、
ご感想、ご意見、ご質問等を書き込み頂ければ幸いです。



箱根越えの「追込坂」から甘酒茶屋へ向かう。

11/28(水) 12:57
追込坂(オイコミザカ)
「新編相模国風土記稿」のふりがな(万葉がな)をみると、フッコミ坂といったのかも
しれません。甘酒茶屋までのゆるい坂道の名ですと


追込坂の石碑


親鸞上人と笈ノ平(オイノタイラ)
東国の教化を終えての帰路、四人の弟子と上人が険しい箱根路を登ってこの地に来た
とき、上人は弟子の性信房と蓮位坊に向かい「師弟打ちつれて上洛した後は、たれが
東国の門徒を導くのか心配であるから、御房がこれから立ち戻って教化してもらいた
い」と頼み、師弟の悲しい別れをした場所と伝えられている





畑宿、元箱根の道標


旧街道は、県道732号線から登る


13:00
左は、県道732号線


この辺りは「箱根二子山の風衝低木植物群落」

群落がみられ、神奈川県指定天然記念物に指定されている


13:02
旧街道休憩所
箱根旧街道の面影を偲んで訪れる人々や広く一般の方のための休憩所である。
茅葺屋根の内部は、土間や囲炉裏が設けられている。無料ですので、ご自由にお休み
くださいと


無料 休けい所内部


当時の光景が描かれ


江戸時代の家具類が展示


大名がのる駕籠


葵の紋の長持


囲炉裏


県道732号線の「甘酒茶屋」バス停


13:05
甘酒茶屋へ到着
ここまで三枚橋から24,100歩、所要時間4時間15分


箱根山峠甘酒茶屋の画と、大正時代の甘酒茶屋


参覲交代諸大名休息処


甘酒茶屋
甘酒を出す茶屋は箱根八里の間に十三軒ほどあったが、この場所は間の宿の畑宿と
箱根宿との中間に位置し、四軒の甘酒茶屋が並び立場としてにぎわった。現在は
江戸時代から300年続く甘酒茶屋が一軒のみ残る


赤穂浪士の一人、神崎与五郎の詫状文伝説を伝えるこの茶屋は、畑宿と箱根宿の
ちょうど中ほどにあり、旅人が一休みするには、適当な場所であった。当時この
茶屋は箱根八里間で十三軒あり、甘酒を求める旅人でにぎわった


薄暗い店内に入り


甘酒を飲むことに


甘酒(400円)


甘酒、力餅、ところてん、みそおでん等を販売


13:25
甘酒を飲みながら休憩して関所へ向かう


13:28
旧街道の石畳を登る


13:32
甘酒茶屋から下りと思ったがまだ石畳を登る





13:35
於王坂の石碑


於王坂 登り2町(2×109m≒218m)


13:37
右は県道732号線、甘酒茶屋から400m/10分地点


箱根旧街道(新設歩道)、県道を横切る、元箱根まで1200米


最後の坂、箱根旧街道へ


13:37
史跡 箱根旧街道石碑
文久2年(1862)に改修工事をした石畳が、この地点から元箱根に至る約1.0kmに現存
している


江戸幕府は元和4年(1618)十六夜日記でも知られる旧来の湯本から・・・・・芦ノ湯
を経て、元箱根に至る湯坂道(現ハイキングコース)を廃し、湯本の三枚橋から須雲川
に沿い畑宿を通り二子山の南側を経て、元箱根に至る古い山路をひろげ世に箱根の
八里越えと伝えられる街道を作った


白水坂 


この街道は、寛永12年(1635)参勤交代の制度ができての、一層交通が
盛んとなり、そのありさまは、詩歌、物語等にも多く歌われた


13:41
延宝8年(1680)幕府の手により、はじめてこの街道に石が敷かれたが、この石畳の道
は現在も所々に存し、国の史跡に指定されている。現在残っている石畳は、文久3年
(1863)2月、孝明天皇の妹、和宮内親王が十四代将軍徳川家茂のもとに降嫁されるに
あたり、幕府が時の代官に命じ文久2年(1862)に改修工事を完成させたものと


平均約3.6mの道幅の中央に約1.8m幅に石が敷きつめられていた


13:47
途中「箱根の森展望広場」


13:49
箱根の森案内図


芦ノ湖が見えるかと登ったが見れず


13:50
登ってきた道を見下ろす


石だたみについて
江戸時代の初め、それまで尾根伝いを通っていた湯坂路に替わり、須雲川に沿った
谷間の道が東海道として整備された。整備した当初は箱根に群生するハコネダケと
いう細竹を毎年敷き詰めていた。しかし、大変な費用と労力がかかることから、
延宝8年(1680)石を敷いた石だたみの道になった


13:55
ようやく平らになる


13:56
下り坂になる


大きな石碑に「箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川」


14:00
二子山について
二子山は、駒ヶ岳、神山、台ヶ岳などとともに中央火口丘の一つで箱根の火山活動の
うち一番最後にできたもの。頂上付近にはハコネコメツツジと呼ばれる富士火山帯特
有のツツジ類を始めサンショウバラやコイワザクラ、ヒメイワカガミなどが育成して
いて自然状態がよく残されている。現在は、保護のため入山は禁止されている


山の合間から芦ノ湖方面


駒ヶ岳


14:04
旧東海道
この付近は江戸時代の東海道が鎌倉時代の東海道にかわると考えられている。
鎌倉時代の東海道は湯坂路と呼ばれ、それまで箱根を避けて通っていた足柄道に替わ
り整備された道で、この付近から箱根峠を経て三島方面と、鷹ノ巣山、湯坂山を経て
湯本、小田原方面へと続いていた


箱根旧街道を芦ノ湖方面へ下り、元箱根まで十五分


14:05
最後の急な石畳を下る


14:06
芦ノ湖が見えてきた



                                ​ 箱根越へ-4​

                                箱根越へ続く​​





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最終更新日  2019.01.14 06:00:15
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