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著者・編者 | ほしおさなえ=著 |
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出版情報 | ポプラ社 |
出版年月 | 2016年6月発行 |
飯田橋にある印刷博物館を訪れた際、コラボ企画として展示されていた小説。川越にある昔ながらの活版印刷所「三日月堂」に出入りするお客さんの心模様を描く中編4 本――ふわっとした物語なのだが、文字、インキ、珈琲、外字‥‥技術者としての私がこだわってきた事項がサラリと盛り込まれているオタク本なのである。
世界は森――川越の街の片隅に佇む三日月堂は、店主が亡くなり、しばらく空き家となってきた。孫娘の弓子が戻り、営業を再開する。再開のきっかけとなったのは、三日月堂のオリジナル・レターセット。発注したハルさんが、亡くなったご主人と息子の名前に込めた想いとは――。私たち夫婦が子どもの名前を付けた時のことを思い出し、年甲斐にもなく、心がジンとなった。印刷会社で仕事したのも、ホームページで技術情報を書いているのも、私が「文字」にこだわりがあったから。
八月のコースター――伯父から珈琲店「桐一葉」を受け継いだ岡野。紙マッチの代わりにショップカードを作ろうと、三日月堂を訪れる。
弓子の台詞「インキです。インクじゃなくて、印刷業界では、インキ、っていうんですよ」を読んで、思わずニヤリ。そう、印刷会社で仕事をしていたときは「インキ」だった。CMYK の 4色に特色を加えた 5色の世界。
珈琲店というのも懐かしい。チェーン店のマシンが淹れる均質のものではなく、店ごとに味が違った。そして、アイスコーヒーのコースター。私は煙草をやらないので紙マッチとは縁がなかったが、このコースターを集めていたこともあったっけ。
星たちの栞――鈴懸学園の学園祭で、文芸部は三日月堂の弓子を呼び、活版印刷のワークショップを催すことになった。『銀河鉄道の夜』でジョバンニが印刷屋で働いている話題が出る。1985 年のアニメ映画を思い出した。ますむらひろしの絵で、ネコのジョバンニが活字を拾っているシーンが記憶に残る。文芸部員の一人が家庭の悩みを抱えているが、これがジョバンニに重なる。
ひとつだけの活字――弓子と雪乃は銀座にある活字店を訪れる。本文用の活字の大きさは 5 号という日本独自の単位で、フォントサイズの 10.5 ポイントに相当する。だから WORD の本文標準は 10.5 ポイントなのである。そして、フリガナをルビと呼ぶのは、7 号(約 5.5 ポイント)をそう呼んだから。HTML のタグ ruby に受け継がれている。
活字には重さがある。無い文字は、その場で職人が彫って作ったというが、フォントも似たようなものだ。まだ JIS第2 水準までしかなかった時代、人名・地名に足りない字は、デザイナが PostScript 外字を作った。そして、私たちプログラマは、それを表示用ビットマップに変換し、外字コードを割り当てたものである。
雪乃と友明は、1 セットしかない平仮名の活字を組み合わせて結婚式の招待状の文面を練る。「八月のコースタ」では俳句が取り上げられたが、こうした制約があるからこそ、逆に、私たち日本人は 1 つ 1 つの文字を大切にし、時間をかけて文章を組み立ててきたのではないか。そして、「組版」という独特の印刷文化を築き上げたのである。
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