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著者・編者 | ジェームズ・スロウィッキー=著 |
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出版情報 | KADOKAWA |
出版年月 | 2009年11月発行 |
「みんなの意見」は案外正しい――本書は、集合知の「正しさ」を、さまざまな事例を取り上げて解説する。ここで注意しなければならないのは、集合知が成立する前提条件として、「意見の多様性(それが既知の事実のかなり突拍子もない解釈だとしても、各人が独自の私的情報を多少なりとも持っている)、独立性(他者の考えに左右されない)、分散性(身近な情報に特化し、それを利用できる)、集約性(個々人の判断を集計して集団として一つの判断に集約するメカニズムの存在)」(31 ページ)の 4 つが必要だということだ。
科学、企業、市場は、時にはバブルのような暴走を生じはするものの、おおむね、みんなの意見にしたがって最善手を選択する。
民主主義は、専門家の手に委ねることを求める声が大きくなることはあるけれど、それでも、多様な考えが見られる集団に意思決定を託すことによって、一義的に決められる独善的な正義を排除しようとするのは、集団の知恵であり叡智である。
安っぽい反骨精神や確証に乏しいスクープ記事に惑わされることなく、私たちひとりひとりが、自身で正しいと考えたことを、正しいと感じたときに実行することで、多様性を維持し、社会を正しい方向へ導けるだろう。
スロウィッキーさんは、「適切な状況下では、集団はきわめて優れた知力を発揮するし、それは往々にして集団の中でいちばん優秀な個人の知力よりも優れている」(10 ページ)という。
1986 年のスペースシャトル・チャレンジャー号の爆発事故の直後、サイオコール社の株が暴落した。同社が製造していた固体燃料ブースターが事故原因と確定したのは、事故から半年後のこと。当時は個人のネット取引も無かったし、多様性のある投資家たちが正答に辿り着いた教科書的事例となっている。当時の投資家集団には前述の 4 つの前提条件が揃っていた。
一方で、「暴動や株式バブルを考えてみればすぐわかると思うが、個人の判断を積み重ねることではまったく合理性のない意見がつくられることがある」(17 ページ)と指摘し、「集団が賢くあるために欠かせない多様性と独立性という条件がないと生じる事態を端的に示す」としている。
資金調達先が多様であればあるほど、ものすごく過激で、ありえなさそうなアイディアに賭ける人が出てくる蓋然性は高く、事業が成功する可能性が高まる。
似た者同士の集団だと、それぞれが持ち込む新しい情報がどんどん減ってしまい、お互いから学べることが少なくなる。組織に新しいメンバーを入れることは、その人に経験も能力も欠けていても、より優れた集団を生み出す力になるという。専門家は集合知より正しいか――スロウィッキーさんは、「専門知識とは『驚くほど狭隘』」(58 ページ)と指摘し、「専門家はまた、自分の見解がどれくらい正しいか推し測るのが、驚くほど下手だ。彼らも素人と同じように自分の正しさを過大評価する傾向にあることがわかっている」(60 ページ)と厳しい。
本書に何度も登場する心理学者ミルグラムの有名な実験で、閉鎖的な状況では集団は権威者の指示に従うことが確認された。権力者や専門家の意見に左右されるような状況では、いくら集団が大きかろうとも集合知は形成されない。SNS でも留意しておきたい。
スロウィッキーさんは、「多様性には、集団に新しい視点を加えるだけでなく、集団のメンバーが自分の本当の考えを言いやすくするメリットもある」(67 ページ)と指摘する。一方で、均質な集団は多様な集団よりもまとまりが強く、メンバーの集団への依存度が増し、外部の意見から隔絶されてしまう。その結果、集団の意見は正しいに違いないと思い込むようになるとも指摘する。スロウィッキーさんは、「独立性は合理性や中立性とは違う」(70 ページ)という点を強調する。どんなに偏っていて非合理的でも、その意見が独立していれば集団は愚かにならないという。みんなの意見が正しくなる鍵は、人々に周りの意見に耳を貸さないよう説得できるかにある。
次に、Linux を例に、分散性を考える。Windows はマイクロソフトという会社が集中開発している OS だが、Linux はソースコードを開示して多くの技術者が開発に参加している。スロウィッキーさんは、「利己的で、独立した人々が同じ課題に対し分散したアプローチを採ると、トップダウン式のアプローチよりも集合的なソリューションが優れている確率が高い」(99 ページ)としている。分散性がすばらしいのは、独立性と専門性を奨励する一方で、人々が自らの活動を調整し、難しい課題を解決する余地も与えてくれる点にある。逆に分散性が抱える決定的な問題は、システムの一部が発見した貴重な情報が、必ずしもシステム全体に伝わらない点にある。貴重な情報がまったく伝わらず、有効に活用されない危険性がある。
選択肢が一見無限にあるようでも、人々はお互いの違いを調整し、ある比率に意見が収斂する。これを「シェリングポイント(暗黙の調整)」と呼ぶ。シェリングポイントの存在は、中央権力からの指示はもちろん、お互いの意思疎通すらなくても、人々が集合的なメリットのある結論に到達できる可能性を示している。また、人々が生きている日常世界、個人が体感しているリアリティは驚くほど似通っていて、それゆえに調整が成功しやすいと考えられる。
第2部では、さまざまな事例を通じて、集合知が成果を収める場合と、そうでない場合についてケーススタディしてゆく。
まず「渋滞」について――高速道路では、ドライバーという群集がいくら賢くても、渋滞は避けられない。これはドライバーの多様性に起因する。多様性が調整の問題を解決しにくくしているのだ。
次に「科学」について――ロウィッキーさんは、「一般人の想像の中では、科学というのは孤独な天才が 1 人で研究をしている世界だが、今日の科学的研究はいろいろな意味できわめて集合的な営み」(205 ページ)と断ったうえで、科学者は論文発表などを通じて情報共有することで、あらたな問題を解決していっているという。しかし、「ほとんどの科学論文は誰にも読まれず、ごくごく少数の論文だけが多くの人に読まれる」(218 ページ)ため、課題解決に失敗することも多い。
「企業」はどうだろうか――「市場が調整機能を充分に果たせれば、世界中のヒトやモノの動きを調整する大きな企業の存在意義はなくなる」(249 ページ)。しかし現実には、企業は必要である。フリードリッヒ・ハイエクは暗黙知経験からしか生まれない知識が市場の効率性に必要不可欠だと喝破した。暗黙知は組織の効率性にも同じくらい必要不可欠だ。成功が絶対に保証されている意思決定システムなどない。そして、不確実な未来を考えるとき、経営陣みんなの意見のほうがいちばん賢い経営者個人の判断を打ち負かす。ロウィッキーさんは「市場」の分析も行う――「株式市場の成功は、株価の上昇によって測られるのではない。適正な株価であるかどうかで測られる」(281 ページ)と前置きした上で、市場の失敗であるバブルの発生と崩壊を考察する。バブルの発生も崩壊もみんなの意見が間違った事例としては典型的だ。バブルの場合、集団を賢くする条件である自立性、多様性、独自の判断がすべてなくなる。それは、暴徒の行動と非常に似ているという。つまり、群集心理を生み出すまでいかなくても、情報量の多さは必ずしもよい結果に結びつかないのだ。
最後に「民主主義」について考える――政治的判断が「正しい」か「誤っている」か判断する基準がないため、結果を論じるのは難しい。民主主義が機能不全に陥っている証拠が見つかると、必ず少数のエリートからなる専門家集団が意思決定をするほうがよい、という主張が出てくる。しかし、専門家全員が一つのソリューションに同意することはないのだ。訳者あとがきで、小高尚子さんは「私たちが現実の政治で見る民主主義は完璧とは程遠い仕組みではあるけれど、多様な考えが見られる集団に意思決定を託すことによって、一義的に決められる独善的な“正義”を排除しようとするのは、やはり集団の知恵、叡智なんだと思う」(324 ページ)と記している。
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