読んだ!観た!聴いた!
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戦争映画なんて、お金を払ってまで見たのは初めてだと思います。だって、好きじゃないから。人がたくさん殺されるシーンを見るのはイヤ。特にベトナム戦争の映画は、絶対見たく無い。で、長渕剛が好きではない。なのに、見ちゃった。夫に連行されたんですが(爆)結果的には、見て良かったです。2時間半くらいの長い映画ですが、客席を動く人はあまりいませんでした。隣に、若いギャル(?)2人組がいて、始まる前に携帯鳴らしちゃったりして、「おいおい。。。」と思ってたんだけど、終わったらふたりともグズグズでした。「えーちゃんの歌、良かったね。」と言ってたのには笑えましたが。太平洋戦争から60年経つのに、なんだ、人間って同じ事繰り返してるんだな、愚かだな、というのがまず心に浮かびました。日本は、その後戦争をしてはいないけれど、アメリカは何度も何度も同じ様なことをしているんだ。日本に何度も空襲をしたように、イラクでも、ベトナムでも、朝鮮半島でも。市民の住んでいるところに、どうして平気で爆撃できるんだろう?相手が襲い掛かってくるのであれば、それを防ぐためとも言えるけれど、逃げまどう一般人に銃を向けるって、普通の神経でできるとは思えない。広島、長崎に落とした原爆のことだって、「戦争を終わらせるためには必要な選択だった」と今でも言うのだろうか。なぜ日本人はもっと怒らないんだろう?中国や韓国が、日本に対して怒りをあらわにすることがあるように、もっと怒っても良いはず。済んだことは水に流すという、日本人の美しい習慣のせい?水に流すことと、理解しあうことは全く別もの。きっと、あの戦争中にアジア諸国で日本軍が行った残虐きわまりない行為も、自分達では「水に流して」いるのだろう。やられたことも水に流し、やったことも水に流すのか?このへんの精神性とかについては、今読んでる養老孟司さんの本とかぶる部分があるので、また読み終わったら書くことにします。沖縄へ向かう大和の中で、自分たちが死んだあとに何が残るのか、何か意味があるのか、ということで仲間うちで激しい喧嘩になるシーンがあります。そこで長島一茂演じる上官が、幕末の薩摩、長州が外国に負けた戦のことを語ります。その結果、薩長は攘夷から倒幕へと転じて行ったことを。「負けて始めて自覚することがある。今はそのために命を投げ出すのだ。」と言います。(大体そんな感じ。)でも、そんな切羽詰まった状況になるまえに、もっと冷静な政治判断を下せなかったのか?と思ってしまいます。結局、日本も同じ事を繰り返してしまったということなのか。この物語の語り手は仲代達矢演じる大和から生還した人です。大和と共に海に消えていった仲間たちに申し訳なく思いながら生きてきた人。そういう人は、戦後の日本に何人もいたのではないでしょうか?ラストシーンで、この老人に変わって船の舵を取るのが、15歳の少年。神尾老人(仲代)が大和に乗った時と同じ年齢です。反町隆史のセリフで「生き残るものがいなければ、死んでいく命に意味がなくなるじゃないか」というようなものがあります。死んで行くしかない、けれど若いものたちには少しでも生き残ってほしい。そして、未来へつないで行って欲しいという、切実な思い。そんな悲しい命のリレーをして、今の日本があるんだなあ、なんて思ったら泣けてきました。余談ですが。老人と一緒に船に乗った少年は、あの池松壮亮くん。『新選組!!』で市村鉄之助を演じていた彼です。『新選組!!』では、土方から託されて命をつなぎ、『大和』では祖父(じゃないのかな?)から託されると。全く関係のないところで作られた2つの作品が妙にリンクしているのが、何か意味があるように思います。戦争のことから目を背けている人にも、是非見て欲しい作品です。大和が最後の攻撃にあって沈んでいくまでのシーンは、かなり悲惨で、私もちょっと目を背けてしまうところもありましたが、目を逸らしてはいけない事実なんじゃないかと思います。それと、小泉さんが靖国神社に参拝するのも、けっして悪いことではないのでは?とちょっと思ってしまいました。その意味をもっとハッキリ主張しないから、誤解を招くんだけどね。
2006年01月08日
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