
《ク リスチャンになろう Day 6》
神様との交わりの回復を
阻むもの
神様は全能なるお方です。聖書が証する神様は、唯一で、聖く、完全であり、正しく、完璧なお方です。その神様の御前に立つとき、あなたは一つの事実を突きつけられます。その事実とは、あなたが小さく、弱く、罪深い、不完全な存在だ、という事実です。
完全な神様は、そのあなたの救いのために完全であり完璧な救いのご計画を立てられ、実行されました。その救いとは、イエス・キリストの十字架、という驚くべき方法です。
約2000年前に、イエス・キリストが成し遂げてくださった三つの出来事があります。
出来事1.キリストは人の姿として生まれました。
出来事2.キリストは十字架で命を捧げてくださいました。
出来事3.キリストは三日目に復活をしてくださいました。
これらの全ては、すでに完了した神の完全な御業ですから、二度目も三度目もありません。主イエスは、最初で最後のたった一回だけの救いの計画を完成させて下さったのです。ですから主は十字架の上で 「すべてが成し遂げられ、完了した」(ヨハネ19:30)
と、宣言されたのです。
神様の完璧な救いの、 その目的は、あなたとの破壊された交わりを回復するため
でした。
しかしながら、その交わりの回復を阻むものはすべて、人間の側にこそ原因があります。そのことを聖書はこのように言っています。
主の手が短くて救えないのではない。主の耳が鈍くて聞こえないのでもない。むしろお前たちの悪が、神とお前たちとの間を隔て、 お前たちの罪が神の御顔を隠させ
、お前たちに耳を傾けられるのを妨げているのだ。(イザヤ59:1-2)
では具体的に、私たち人間が抱えているどのような問題が、神様との交わりを妨害しているのでしょうか。
妨害1.「わたしは、神様のことを良く知っている」というおごり高ぶり。
多くの人たちは、神様について十分に知ったつもりになり、それ以上のことを学ぼうとしない態度が、神様との交わりを阻んでいます。
「
ああ聖書ね。読んだこともあるし、神様についてはよく知っているよ
」
「
聖書って結構いいこと書いているよね。でも生活にあてはめるにはチョット無理があるんじゃないの
」
「
小さい頃は日曜学校によく行ってたし、親もクリスチャンでよく聞かされていたから、聖書に関してはかなり詳しいよ
」
「
キリストが罪を背負って十字架で死んで復活してたんでしょ。知ってる、知ってる。そこさえ押さえておけば十分でしょ
」
「
洗礼(バプテスマ)もずいぶん昔に受けたし、もう立派なクリスチャンなんだから、あとは余生を自由気ままに生きるだけよ
」
などなど・・・。
しかし、どれだけ聖書の知識が豊富で、救いの教義について詳しかったとしても、それだけでは神様との交わりを真実に持つことはできません。なぜならば、 交わりの本来の意味は「共に生きる」こと
だからです。あなたの生涯を通して、礼拝と祈りを捧げ、神の家族との交わりや奉仕をし、御言葉を学びつつ伝道をしていくこと、すべてが神様との交わりを深めていくにはどうしても欠かせないのです。
そういう訳で、 「我々は皆、知識を持っている」
というだけでは十分ではありません。それどころか、 「知識は人を高ぶらせる」(1コリント8:1)
と聖書は戒めているので す。
自分は何か知っていると思う人がいたら、その人は、 知らねばならぬことをまだ知らない
のです。(1コリント8:2)
さらには、聖書の知識が豊富なことだけでは救われません。キリストの十字架と罪のあがないの教義を知識として知っているだけでは、それは救いとはなんら関係のないことです。なぜなら、 「行いによっては誰も救われない」(エフェソ2:8)
と聖書が教えているように、救いとは信仰によってのみ与えられるからです(エフェソ2:8)。 信仰とは何か。分かりやすく言えば、あなたと神様との信頼関係
です。
ある人が自慢げに「わたしはマライヤ・キャリーをよく知っている」と、言いました。確かにその人は、マライヤのアルバムをすべて持っており、コンサートがあるたびに全米を旅して周り、あげくの果てにはマライヤ・キャリーにそっくりな髪型や服装をしてなりきったりするほどの、熱の入れようです。しかし、どれだけ「 知っている
」と自慢しても、マライヤキャリーは彼女のことを知りません。友達でも親戚でもなく、会って話しすらしたことがないのに、本当の意味で知っているとは到底言い難いのです。
同様に、あなたが少々の聖書の歴史的知識や、物語や、教義に詳しかったとしても、それが本当の意味で「神様を知っている」ことにはなりません。神様が何を考え、何が好きで、何が嫌いで、あなたのことをどれだけ愛し、どれほど気にかけてくださっているか、少しずつ理解しながらお互いの信頼関係を築くためには、それなりの忍耐と時間がかかるはずなのです。
より深い神様との信頼関係を築くためには、聖書をひたすら読み続けなければなりません。なぜなら、 「聖書はわたしについて証(あか)しをするものだ。」(ヨハネ5:29)
と、主イエス自らが言っている通り、聖書を通して以外に神であられるイエス・キリストについて知ることはできないのです。
聖書は、聖霊の導きによって書かれた生ける神の言葉です(2テモテ3:16)
。そして。あなたが魂と心を傾けるならば、溢れるほど豊かに主は語りかけてくださるのです。そして、 神様はいつもあなたを「恵みで満たしたい」「祝福の実を結ばせてあげたい」と心から願い待ち望んでいます
。ですから、あなたは生涯を通して、毎日、毎分毎秒、あらゆる手段を用いて、神様との交わりは続くのです。
例え、かつて洗礼(バプテスマ)を受けたことがある人でも、それでクリスチャンとして完成したかといえば、そうではありません。 救いは完成していますが、クリスチャンに完成は無い
のです。人としてこの地上で完全に歩まれたのは主イエスただお一人だけです。 クリスチャンは生涯、工事中
であり、 キリストの似姿に変えられ続けるのです(1ヨハネ3:2)
。ですから、この地上においてあなたが天国に帰るそのときまで続き、天国に行った後も続く永遠の交わりなのです。
バックナンバー: DAY1「100%のクリスチャンとは」
/ DAY2「唯一の特権」
/ DAY3「神様の喜びファースト」
/ DAY4「人生に立ち阻む問題」
DAY5「罪が引き起こす問題」