Rainbow Seeker 

その2


usagi


その2


妻、娘と3人で朝食を取りに下へ行ってみると、もう満席でどこか空かぬ

ものかとかなり広い食堂を見渡していると、後ろのロビーに内宮さんがいる

のに気付いた。朝の挨拶をし、「いっぱいですがすぐに空きますよ。今日は

どちらへ?」「パンダを見にヴァンセンヌの森にある動物園へ連れて行こう

と思っているんですよ」「そうですか」と会話した・まもなくテーブルが空

き席に着いた。まもなくマダムが来てテーブルを片付け「キャフェオーレ、

テー、ショコラ?」と訊ねた。妻と私はカフェオーレで娘はショコラ、つま

りココアでいい(本当は彼女はお茶が一番好きなのだが)というので、「ド

ゥキャフェオーレ・エ・アン・ショコラ、スィルブプレ、マダム」と答え

た。ほどなくクロワッサンやマルパンそれにジャムとバターとともにベヴァ

レッジが運ばれた。「ヴォワラ」(さあどうぞ)「メルシー」の会話の後、

朝食を食べ始めた。途中で「キャフェ、ショコラ?」と言って欲しい人には

足してくれる。おいしい朝食をたっぷり食べた後、とりあえず懐かしのカル

チェラタン界隈を散策し、それから動物園へ行こうということになった。



 ホテルから最も近いメトロは地図を見るとライン3のEUROPEなので

そちらへ向かって、あの独特のブルーがかった色合いの街並みを見ながら歩

く。街角付近に向かい合って2軒の八百屋があったので歩いている側の店で

オレンジとリンゴを数個買って、斜め掛けしている私のカバンの中に入れ

た。1個いくらではなく秤で量って100グラムいくらで計算して値段を決める

のである。交差点付近で街並みの写真を撮る。サンラザール駅方面に向かっ

て歩いていると雨が少し降り出してきた。娘に用意してきた黄色いレインコ

ートを着せ傘をカバンから取り出す。少し寒い。

 たくさんの線路が下の方に見えるかなり広い新たな交差点に来たが、なか

なかメトロの入り口が見つからないので、ここは手堅くはっきり分かる次の

駅のサンラザール駅まで歩くことにした。途中、大きな扉が開いている建物

の中に入ってみる。天井がたいへん高くて奥にさらに別の扉が3つ、4つあ

った。事務所になっているらしい。又十字路に出てきた。右に曲がると左側

にちょっとした公園風の広場が見える。デリカテッセンの前で足を止め中を

覗く。あの懐かしい、若干癖のある太目のサラミソーセージとフランスパン

(バゲット)を買う。再び通りに出る。ウェディングドレスの飾ってあるウィ

ンドウ等を見ながら少し下り気味の石畳を歩くとサンラザール駅に出た。



 Mのマークを降りていくと、私はそこにエチケットとして後に来る人のこ

とを考えねばならないブランブランする扉と、あの独特の匂いを有するパリ

のメトロを発見した。ますますパリに溶け込んでいく。円形の空間があり、

切符売り場とともに靴下を売っている店があり、そこで足が少し寒いという

ので妻が厚手のストッキングを買った。切符売り場で「アン・カルネ、シル

ヴプレ」と例の決まり文句を言って黄色い切符を少しお得な10枚セットで購

入する。セーブル・バビロンヌへ行くつもりだ。そのためには内宮さんに貰

ったル・メトロの地図が示すところのライン12のマリー・ディシー行きに

乗ること。DIRECTION MARIE DISSYと書かれた文字板

に従ってかなり長いトンネルを歩いていく。タイル張りの側面にはきちっと

定められた場所にだけ大き目の広告が並んでいる。天井はクリームっぽい色

で、路面は黒っぽい色だ。



 まもなくホームに出る。開けるときは手動のドアを開け電車に乗り込む。

(ただし閉まる時は自動である)ところで、パリでは日本よりもはるかに長

い時間、相手の顔をじっと見る。それも真顔で。(最もにこにこ笑みを浮か

べて見られるとこれも気持ち悪いが)今回は5歳の東洋の子供がいるのでなお

さらである。お互いさまだが、どこの国の人だろうかとか、きっと親子に違

いあるまいとか、色々好奇心が旺盛に働くものだ。それがまた結構面白い。

時間が経つとあまり気にならなくなる。国際化の第一歩だ。メトロの列車の

中ではこんな場面に出くわすこともある。即ち、一人がギターを弾き、必ず

帽子を被っている相棒が曲が終わるとその帽子を脱いでコインを求めて回る

場面のことだ。入れる、入れないはもちろんこっちの自由である。パリなら

ではの素晴らしい光景である。



 しばらくするとセーブル・バビロンヌに着いた。この駅に下車するのは初

めてだ。地上に出たが、一体どこに立っているのかよく分からないので、道

路掃除をしている若い男性にサンジェルマン教会はどこら辺にあるのか聞い

てみたが、彼の指差す方向がかえって私の頭を混乱させた。ご存知のように

パリの道は各広場を中心に放射状に広がり、非常に複雑にそれぞれの道が交

わっている。奈良、京都といった長安式の碁盤の目のような道とは大いに異

なる。だから最短距離の近道で行くとすぐそこにある教会もひとつ間違うと

三角形の2辺を通るようなことになって、二倍近く歩かなければならないこ

とになるのである。彼はラスパイユ通りを経て途中で折れて、サンジェルマ

ン通りに入る手堅い道順を教えてくれたのだろう。



 地図を見て少し考えているうちに現在地が分ってきた。彼のアドヴァイス

には従わずにセーブル通りをレンヌ通りの方へ向かって歩くという最短パタ

ーンをとることにした。シャント・リーブルという絵本専門の本屋さんがセ

ーブル通りに面してある筈だからである。前もって調べていた通り、ちゃん

と開いていた。折りたたみ式の絵本やフランスで大人気のババールの絵はが

き等、ほんとうに様々な絵本が揃っていてお土産にももってこいである。妻

と娘が店内でどれにしようかと迷っている間に、私は先ほどのメトロの近く

にあった大きな(確かフランス銀行だったと思うが)銀行でトラベラーズ・

チェックを現金に替えて貰いに行った。



 入り口はすぐには開かず、中のガードマンが私が何者かをチェックしてか

らロックを外した。軽く笑みを浮かべていたが彼は私に対して別に何も言わ

なかった。典型的な東洋人の旅行者と判断したらしい。あのプロゴルファー

の青木が世界マッチプレーで優勝した1978年に経験した私の初めてのヨ

ーロッパ旅行で得た大きな学習の一つは、銀行、駅などの窓口においては男

性を選ぶべきだということである。特にパリの場合に言えることなのだが、

銀行にしろ駅にしろ窓口の係員が女性の場合が多い。最初何も知らないで男

の本能から無意識に女性の方のカウンターにできた列によく並んだものだっ

た。やっと次が私の番だという時に、彼女は隣の女性と何だかんだとゆっく

りと落ち着きはらって、今夜のデートのことらしく、シネマがどうとかこう

とか、自分の髪を気にしながら話し続けるのである。かなり我慢してから

「マドモアゼル ションジュ シィルブプレ」と言っても「ウィ ダッコ

ー!」(はい、わかりました)と言葉だけで一向に業務に取りかかる様子が

見えないのにはほとほと参った。



 しかし何度か同じ失敗を繰り返してから私は男性カウンターに行くように

なった。そして日本と同様のその仕事の敏速さに感嘆し、「これだ!」と思

った。それ以来、ドアを開けるやいなや意識的に男性の窓口を素早く見つ

け、そこにいくら長い列ができていようと迷わず固い決意を持ってその後ろ

に並ぶことにしたのである。これもお国柄があって、例えばスペインのマド

リッドでは駅も銀行もほとんど男性が仕切っていて仕事も速い。まず女性の

窓口にあたることはない。そういう意味ではパリは雇用における男女平等が

ずいぶん進んでたいへんリベラルな都市であると言えよう。そのことを理解

したとしても、やはり私は男性のいる窓口に向かうのである。これは女性に

対する差別意識の現われではなく、ただ仕事は速い方が私の生活リズムに合

うから、又その方が気分が良いからに過ぎない。そりゃすべての女性が遅い

わけではなかろうが、私の狭い経験で恐縮だがそういう場合が圧倒的に多

い。もっとも、私のこのような考え方自体が実に日本的で、そんなに急いで

どこへ行くとフランス人に言われそうだが。



 で、話を戻して、私はオープンになっているカウンターの中に素早く男性

のクラークを探したが、残念ながらそこには女性がいるだけだった。嫌な予

感がした。つまり、途方もなく長く待たされるという予感だ。それは見事に

的中した。私の手元にキャッシュが届くまでに約30分かかった。しかも私

の前には誰も客がいなくて、さらに私の後から来た3,4人の客の方が仕事

の内容にもよるのだろうが、早く用をすましていったのである。しかしなが

ら、手数料は非常にリーズナブルだった。銀行を出てシャント・リーブルに

戻ると、買うべき絵本はほぼ決められていたが、最後選定にさらに10分位

費やした後レジ向かった。料金を払い通りに出た。



 靴屋、鞄屋あるいはブティックをウィンドゥショッピングしながらレンヌ

通りに出る。メトロ サンシュルピスの近くのアクセサリー店で妻へのプレ

ゼントとして銀のブレスレットを1170フラン位で買った。それは像、ひと

で、船の舵取、やしの木や鳩をあしらった代物で、気に入っているらしく今

でもよく出かける時に付けている。サンジェルマン・デ・プレ教会へは後日

訪れることにし、リュクサンブール庭園へ向かうい。途中サン・シュルピス

聖堂前のベンチに座り、先ほど買ったパンにサラミを挟み食べることにし

た。「これや。この香辛料の強いサラミの味、これがヨーロッパの味や。懐

かしい。美味しいな」と私が言っていると、俄かに鳩が集まってきた。見る

見るうちに数が増し、特に妻と娘の所にパンを狙って急接近し、ついには妻

の肩の上に止まるという始末だ。ずいぶん人に慣れている鳩たちだ。これは

面白いと思って写真を撮った。娘もパンを食べるのを忘れ、鳩に対して、可

愛さよりもむしろ恐怖を感じ、「こわい、こわい」と言って興奮気味だっ

た。



 今、ブルーガイドブックが手元にある。それによれば「この聖堂を中心に

17,18世紀の館を含め古い家並みが多く、情緒豊かな小路が縦横に走っ

ていて、宗教画、十字架、宗教関係の書籍などを扱う店が多い」となってい

るが、そういえば、サン・シュルピス聖堂に着くまでに教会で使われるの

か、一般家庭で使われるのか知らないが、祭壇の飾り物を扱っている店があ

った。馬小屋で生まれたイエスさんの人形等である。それらを見ながら発せ

られる娘の素朴な質問にいろいろ言葉を並べながら苦心して説明していたの

で覚えている。また鳩の襲撃を逃れて古風で感じの良い路を歩いていると本

屋さんが確かにあった。ポストカードを買おうと思って立ち寄ったのでよく

覚えている。「なるほど」と、また新しいパリの顔を発見して何だか嬉し

い。さりげなく歩いている路地やふと出会う街角は様々な時代、人々を見て

きている。革命に倒れた人々や「天井桟敷の人々」に出てくるような恋人

達...。始めからすべてを知って歩くよりも後でガイドブック等で知って、そ

の歴史的意味や価値を認識する方が感銘深いのはきっと何か自分自身との間

だけの密やかな運命的な出会いを感じるからだろう。



 パリの街並みの象徴とも言える広告塔付近で犬を連れた婦人とすれ違って

まもなく、ついにわが心のリュクサンブール庭園に入る。リュクサンブール

宮から見ると右側にあたるいくつかの門の一つから入ることになる。裏の方

から入るって感じだ。門をくぐってすぐに綺麗な芝生に丸く囲まれてヴェル

レーヌの像があった。芝生の周りにはあの鉄製の椅子がいくつか置かれてい

た。濃い緑色に塗ってあって周りの森に合わせてある。宮殿に向かって歩く

と整然と並ぶたくさんのマロニエの木が目に入る。黒っぽい幹に楕円形のよ

うな形をした葉をたくさんつけていて、その下はさぞかし涼しいだろうなぁ

と思わせるのが僕の知っているマロニエだ。しかし、今はすでに葉を落とし

始めている木も多い。マロニエの枯葉を踏みながら歩く。今日は10月1

日。日本よりも一か月近く季節の移り変わりが早い気がする。


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