翔(はばた)く女性を応援する会社を目指します

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2026.08.08
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「我が人生、皆我師」――中学時代の恩師が教えてくれたこととは??


私の人生を振り返ると、「あの先生との出会いがなかったら、今の私はいない」と思える方が何人もいます。

その中でも、中学二年生の時に赴任してこられた岩田先生との出会いは、私の人生を大きく変えました。

私は野球部に所属していましたが、父は剣道家。

武道を教える
厳しい父親でした。



もし岩田先生が
赴任されていなかったら、父はきっと
「野球部を辞めて


間違い無く
言う父親です。

実弟は
中学までは
野球部。

高校の時には
無理やり
剣道部へ。

剣道部やるための
高校。

高校先は

決めた。



当時の私は、
父に逆らえる性格では
ありませんでした。

「はい。」





しかし、
岩田先生が赴任してきました。


父は
岩田先生を信頼し、
そのまま野球部に所属することを認めてくれました。

今思えば、それは私の人生の大きな分岐点でした。

岩田先生の指導は、決して怒鳴る指導ではありません。

「どうしてそうなったのか。」

「どうすればもっと良くなるのか。」

自分で考え、自分で気づくことを大切にする先生でした。

私は、この「気づかせる教育」の大切さを、先生の姿から自然と学んだのです。

もう一人、忘れられない恩師がいます。

社会科の石井先生です。

ある日、先生が私に問いかけました。

「おい、トシ坊。豊臣秀吉はどんな武将だったと思う?」

私は一生懸命考え、

「立身出世した人です。」

と答えました。

すると先生は、

「まだあるだろう。」

と、さらに考えさせます。

どれだけ考えても答えが浮かびません。

困り果てた私は、とっさにひらめいて、

「先生、豊臣秀吉は私のような人です。」

と答えました。

教室中が大笑いになり、とても恥ずかしい思いをしました。

しかし、今振り返ると、あの一言には、どこか自分らしさが表れていたようにも感じます。

秀吉は、多くの人の力を借りながら、人をまとめ、大きな仕事を成し遂げた人物です。

私自身も、後になって地域活動や商売を続ける中で、「人と人をつなぐ役割」が自分の強みなのだと気づきました。

石井先生は、答えを教える先生ではありませんでした。

問いを投げかけ、自分自身で考えさせてくれる先生でした。

だからこそ、その学びは五十年以上経った今でも心に残っています。

私はよく、「我が人生、皆我師」という言葉を口にします。

恩師だけではありません。

お店に来てくださる子どもたちからも学びます。

孫たちからも学びます。

お客様からも、スタッフからも、地域の皆様からも、毎日のように気づきをいただいています。

年齢や立場は関係ありません。

学ぼうとする心さえあれば、目の前にいるすべての人が先生になります。

私は、伎芸(ぎげい)型おもてなし商売道とは、技術だけを磨くことではないと思っています。

人との出会いを大切にし、相手から学び、自分自身も成長し続けること。

その積み重ねが、やがてお客様へのおもてなしとなり、地域への貢献となり、次の世代へ受け継がれる「教育を残す」という創業者の教えにもつながっていくのだと感じています。

私にとって人生とは、学校を卒業して終わるものではありません。

人生そのものが学びの場であり、「我が人生、皆我師」の心を忘れず、これからも一人ひとりとのご縁を大切に歩んでいきたいと思います。

いかがでしょうか?
参考になれば幸いです。

羽富 都史彰





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最終更新日  2026.08.08 07:33:27
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