題名
「名は残らずとも、技術は未来へ残る」 ~田村誠一郎技師と曽根嘉年技師から学ぶ「教育を残す」という生き方~
私は最近、一冊の本との出会いをきっかけに、改めて先人たちの偉大さを考えるようになりました。
『三菱海軍戦闘機設計の真実―曽根嘉年技師の秘蔵レポート』という本です。
この本を読み進める中で、私の心に浮かんできた人物がいます。
それは、亡き父の叔父にあたる 田村誠一郎技師 です。
田村技師も、三菱航空機で零式艦上戦闘機、いわゆる「零戦」の開発に携わった技術者の一人と伝えられています。公開されている資料は多くありませんが、日本の航空技術を支えた設計チームの一員として、ものづくりに情熱を注いだことは間違いありません。
一方、本書の主人公である 曽根嘉年技師 は、九六式艦上戦闘機から零戦、そして烈風まで、日本海軍を代表する戦闘機の設計に携わった技術者です。
一般には「零戦を設計したのは堀越二郎」という印象が強いかもしれません。
もちろん、それは間違いではありません。
しかし、一機の飛行機は一人では完成しません。
構造を考える人、強度を計算する人、空気の流れを解析する人、生産方法を考える人、試験飛行の結果を設計へ反映する人。
数え切れないほど多くの技術者たちが知恵を出し合い、初めて一機の飛行機が空へ飛び立つのです。
私は、この姿を見て、自分たちの商売とよく似ていると感じました。
お客様の前に立つ販売スタッフだけが商売をしているのではありません。
商品を企画する人。
仕入れを担当する人。
経理を支える人。
掃除をする人。
配送する人。
そして、お客様。
すべての人の力が重なって、一つの「おもてなし」が完成します。
まさに、 伎芸(ぎげい)型おもてなし商売道 が目指している姿そのものです。
さらに私が感銘を受けたのは、曽根技師が終戦後も設計資料や技術メモを大切に保管していたことです。
戦後、多くの資料が失われる中で、曽根技師が残した記録によって、当時の技術者たちが何を考え、何に悩み、どのような判断をしたのかが、今になって分かるようになりました。
これは単に資料を残したという話ではありません。
私は、「教育を残した」のだと思います。
技術は時代とともに進歩します。
しかし、「なぜ、その判断をしたのか」という思考は、何十年経っても学び続けることができます。
だからこそ、曽根技師が残した資料には、未来の技術者を育てる力があります。
私は、創業者である父・羽富正三から「 教育を残せ 」という教えを受けました。
財産は時代とともに形を変えます。
建物も設備も、いつかは古くなります。
しかし、人を育てる知恵は、何十年経っても価値が色あせません。
だから私は、自分が四十年以上かけて実践してきた商売の知恵を、『伎芸(ぎげい)型おもてなし商売道』として一冊の本にまとめました。
これは自分のためではありません。
未来の商人や経営者、地域で頑張る若い世代へ、小さな灯を渡したいという願いからです。
田村誠一郎技師も、曽根嘉年技師も、決して自分だけが目立とうとした方ではなかったでしょう。
しかし、その技術と志は、今なお多くの人に影響を与えています。
華やかな表舞台に立つ人もいれば、舞台裏で支える人もいます。
私は、そのどちらも同じくらい尊い仕事だと思います。
商売も、地域づくりも、教育も、一人では成し遂げられません。
人と人が支え合い、知恵を受け継ぎ、次の世代へ手渡していく。
その積み重ねが、百年後の日本をつくるのではないでしょうか。
私はこれからも、田村誠一郎技師や曽根嘉年技師のように、「自分が何を残すか」ではなく、「次の世代に何を伝えられるか」を大切に歩んでいきたいと思います。
名は残らなくてもいい。
人が育ち、知恵が受け継がれるなら、それこそが本当の財産であり、「教育を残す」ということなのだと、私は信じています。
いかがでしょうか?
参考になれば幸いです。
#羽富 都史彰
#ロコレディ