強 情 な 雛「あれ、今度は虫をくわえてきたぞ!」
夫の言葉に、鳥籠の上にきた母鳥をよく見ると、蜘蛛らしきものを
くわえていました。チーちゃんとダイちゃんは、真上に大きく口をあけ、
青葡萄のとき以上に羽をふるわせています。
蜘蛛は、母鳥の細いくちばしとともに、やすやすと金網の中に入りました。
やれやれ、ちびさんたちはこれでやっと餌にありつける、今度こそ
だいじょうぶと思いました。
ところが、雛たちときたら、やっぱり餌に向かってジャンプもしなければ、
背伸びもしません。ただ口を思い切り大きくあけているだけなのです。
母鳥のほうも蜘蛛をくちばしから放してまっすぐ落下させれば、
雛の大きくあけた口に難なく入るのに、いつまでたってもくわえたままです。
夫はみかねて、母鳥が飛び去ったすきをねらって、止まり木を
すばやく上にずらしてやろうとしました。
が、鳥籠の中に手を入れようとしたとたん、どこからともなくサッと
母鳥が舞い戻り、狂ったように鳴きだしました。そして、夫の頭上を
せわしく飛び回り、威嚇しはじめたのです。実際に夫の髪の毛が、
母鳥の爪に少しひっぱらればらつきました。
あの細いくちばしで、眼球でも狙われたらたいへんです。結局彼は
目的を果たせないまま、ふたたびカーテンの陰に身を隠したのでした。気がつけば、あたりは暮れはじめています。
母鳥のやってくるのがだんだん間遠になり、ついにはピタリと来なく
なってしまいました。
わが子たちのことをあきらめてしまったのだろうか。
あれほどまでにわが子を奪い返そうと必死だった母鳥が...。
もしかしたら、疲れが限界に達してしまったのかもしれない。
もう一羽の雛を誘導しようとしていた父鳥のほうも、そのあとまったく
姿を見せませんでした。母鳥の絶叫が、そして親鳥同士の励ましあう声が、いつまでも幻聴
となって耳から離れません。
ピッタリ寄り添ったチーとダイの胸の産毛が夕風に優しくふるえています。
いったいどうしたら、この子たちを無事親に返してやることができるのだろうか?
なんとも切なくなってくるのでした。夫が、ためしにもう一度、白樺の巣にチーちゃんとダイちゃんを戻して
みました。しかし、どちらもすぐ出てきてしまい、ヒヤヒヤハラハラ
させられるばかりで、とても目が離せません。
「仕方がない。やっぱり飛べるようなるまで、うちでこのまま面倒を
見ることにしよう」
夫のこの決断に異存はありませでした。小さな縫いぐるみのように
愛らしい雛たちを見ていると、面倒なことになるという思いよりも、
たとえ一時でもそばで世話ができてうれしいという思いのほうが強いのでした。いまは建て替えましたが、当時、狭い中庭をはさんで、木造の古い
離れがありました。鳥籠をそこに運び、二羽を部屋に出してやりました。
どちらも飛ぶどころか、固まったままです。わざと少し離れた場所に
おいても、すぐ互いににじり寄ってピッタリと寄り添ってしまいます。まったくの別世界につれてこられて、どんなに心細いことだろう。親鳥はどこからか網戸越しに、この様子をみているのだろうか。
問題は餌でした。私たちが与えるものは、絶対に口にしないのです。
鳥籠の中のデラウェアもすり餌も元のままでした。
「そうだ、蜘蛛なら食べるかもしれない。それがだめなら、口をこじ開けて、
ジュースでも流し込むよりほかないね」
夫はいいながら、フィルムの透明な空ケースを持って庭におりていきました。
そしてじきに戻ってくると。雛たちの目の前で、ケースをふってみせました。
「ほら、これを食べなきゃ、もうしらないぞ」
ケースには、コガネグモばかりが数匹、もぞもぞ動いていました。
蜘蛛には気の毒だが、雛たちにはご馳走のはず。
夫は指先につまんだ蜘蛛を、彼らの目の前ででふって見せました。
しかし、チーもダイもまったく反応しません。かたくなに口を閉じたままなのです。
「おそろしく強情だ!」
あきれながらも、夫は何とか相手に口をあけさせようと必死でした。
私も試みてみました。
「ほら、アーンしなさい。あんたたちの好物なんでしょ。はやく、アーンして」
雛たちはゴクリともしません。スポイトでオレンジジュースをやろうとしましたが、
それさえもまったく受け付けようとしないのでした。
口では乱暴なことをいってみても、黄色くてか細い雛たちのくちばしを
こじ開けるなんてことは、夫にも私にもできません。万策尽きて、
私たちはただただ途方にくれるばかりでした。ところが、なんとなんと、ごく身近なところに思いがけない救いの神が
いたのです。
このときは、大きさの違いはまだわずかでした
口は誓い合ったようにどちらもかたくなに閉じたままです
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つれりんさん