ふたつの頭はともに柴犬だった。
胴体が2倍ほどに伸び、その柴犬はダックスフントになった。
西ドイツも懐かしい響き。
私が住んでいた頃も東西分裂していた頃で
デュッセルドルフ日本人学校に通っていた。
古橋はようやくこの特別番組の真の狙いに気が付く。
箇条書きが現れ、やがて消えていった。
アディ覚書はこれで全部ではありません。
吉里吉里国でもNHK(実際はKHK?)受信料不払い運動を起こしている。
ドイツのハインリッヒ・ハイネ。
最初の2行で古橋はドイツ語の成長に魅せられる。
吉里吉里人たちは日本政府に「お騒がせしました。」と詫びるつもりはない。
日本円から吉里吉里イェンに紙幣交換していなかった古橋は
ソーセージを買うのに、万引きに頼るしかなかった。
するとそこへ少年警官イサム安部が。
亡くなった井上ひさしさんの警句がある。「世の中には二種類の人間がいる。書物なしに生きることのできる奴(やつ)と、そうではない奴だ」。もう一つ。「世の中には二種類の人間がいる。書物を読む奴と、眺める奴だ」(「本の枕草紙」)。
万巻の書を読む本の虫は、十数万冊の蔵書に埋もれて暮らしていた。
人はみんな行きつけの店をもっている。行きつけの飲み屋や食堂があれば喫茶店もある。わが家とわが社の間に、ほっと心の休まるところがあるから、人は何とか生きていける。行きつけの飲み屋をもつように行きつけの本屋をもつのがいい、と井上さんは勧めた。
「紙とインクのにおいに迎えられながら、主人と店員に黙礼してまず雑誌売り場に立つときの気分は、バーの止まり木に腰をおろしたとたん名入りボトルが出てくるときの小感動に匹敵する」。そんな気分にさせてくれる街の小さな本屋が消えていくのは寂しい
吉里吉里人 第27章 2011.11.05 コメント(24)
吉里吉里人 第26章 2011.11.03 コメント(23)
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