ひたすら本を読む少年の小説コミュニティ

2006.01.06
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カテゴリ: 春夏秋冬



男は窓の向こう側でそう言った。

ハルと男が出会ったのは待ち合わせ時間を十五分も過ぎてからの事だった。

「大きい車は動かしづらい。ましてや暫くハンドルを握ってないんだ。」

男はハルの隣に入ってきた。

「いや、別に意見として言ったんじゃない。君の性格を考慮した上での僕の見解とは全く違った結果だったからね。タバコ吸ってもいいかい?」

「かまわないよ。」

とハルは言った。

男は窓を開け、ライターでタバコに火をつけた。

「マイルドセブン?」

「マイルドセブン」

男は溢れ出すように煙を口から吐いた。

そしてタバコを口にくわえたまま、ぼんやりと過ぎていく街の風景を見ていた。

二、三年前に区が沿道に桜の木を植え付けた。

道路も沿道も綺麗に舗装していた。

そのため、近くの公園は花見の名所として知られるようになり、毎年大きな賑わいを見せている。

「今年も華やかだな。」

「季節が変わったくらいであんなに大騒ぎしなくてもいいのに。」

「彼らにとってはそれほどのことなんだろう。」

「なるほど。」





「うまいパスタが食べたい。」

男の要望に応えて、ハルはこの街一番のイタリア料理店に連れて行った。

通常より値段は幾分高めだったが、それに充分対応した味と量だった。

量は一,五人分ある。

席はいつもほとんど満席状態で、客の話し声がBGMになっていた。

ハルたちは三種類のパスタと二種類のリゾット、グラスワイン、それと野菜たっぷりサラダを注文した。

その際、量のことについて指摘されたが二人にとってなんら意味の無い質問だった。

「しかしこういう店に来て君は大丈夫なのか。」

とハルは言った。

「君は有名人がわざわざ賑やかな店に来ると思うかい?」

「確かに。」

ウェイターが彼のグラスにワインを注ぎ、彼は軽くグラスを回し、香りを試し、味を試し、静かにうなずいた。

そして二人のグラスにワインが注がれた。

「有名人と言うのはね、あらゆる偏見の上に確立する存在なんだよ。それは人に知られた時点で仕方のないことなんだ。しかし誰がどんなことを思ったところで僕自身は生まれた頃から全く変わっていない。僕だってうまいパスタを食べたい時には美味いパスタがあるイタリア料理を食べに行くんだよ。誰だってそうだろ?」

ハルはうなずいた。

「渋谷に行きたかったら渋谷に行くし、新宿に行きたかったら新宿に行く。女が欲しかったら歌舞伎町に行くし、男が欲しかったら二丁目に行くんだよ。僕達は一般の人と生活スタイルは全く変わったところはない。時々高級車や高級マンションとやらに住んでるやつらがワイドショーに出ているだろ。あれは事務所が脱税隠しを経費と偽って成金芸能人に与えているだけ。会社はなんでも経費で買ってくれる。むしろ金を使って欲しいとさえ思ってる。不動産は簡単に値が下がらないからね。僕らはそれに応じて、応じられた物を買うんだ。僕の名義だって実際は会社の金だからね。」

そこで彼は一口ワインを飲み、口を潤した。

「随分長い文を話してしまった。」

男は気付いてしまったというように言った。

「べつにかまわないよ。話を聞くのはなれてる。」

とハルは言った。

「要するに僕が本来言いたかったことは、ここは僕がおごるよ、ということだけなんだ。」

彼は人の良さそうな笑顔をしてハルに言った。

「自分の食事代くらい自分で出せるよ。」

男は運ばれてきた野菜たっぷりサラダをフォークとスプーンを巧みに使い、適量に二つの皿に盛った。

「別に僕の金ではない。経費は使った方が得になる。」

と男は言った。

「どちらでもかまわない。君が満足するならね。それより料理を食べよう。汚い金の話は後でゆっくりと首を絞めるように話そう。」

とハルは言った。

「すごい表現だ。」

ハルは自分でもそう思った。




ハルたちは全ての注文した料理をとても美味そうにたいらげ、それは見るものにとっても、とても満足できる食べ方だった。

「貴方達ほどお召しになる方はそうはいませんよ。」

とウェイターは皿を下げる際、にっこりとそう言った。

店の料理は彼を想像以上に満足させたらしく、ウェイターにたっぷりとチップを払った。

そして次にシェフを呼び出して、如何に素晴らしい料理だったかをしつこいくらい賛美した後、そのシェフにもたっぷりとチップを払った。

「これは僕の金。」

と彼はハルに言った。















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Last updated  2006.01.06 12:15:33コメント(0) | コメントを書く
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