ラルフ・シューマッハは3年間をトヨタで過ごしている。兄ミハエル・シューマッハがフェラーリを改革したようなチャンスは存在したはずである。それを無為に過ごしてきて、トヨタ流を批判しても意味がない。問題はマシンの戦闘力のなさに尽きる。それを立て直すのは技術の高度化しかない。技術部門に独裁者がいたとしても、それが技術の進化に結びつくわけではない。むしろ、独走するガスコインとその他のエンジニアの対立が激化して、身動きできなかったというのが事実になる。トヨタのような合議制のシステムを持っていると、権力をかざす独裁者とは話が合わない。ガスコインと契約してみて、それを痛感させられたのだろう。 トヨタがトヨタ流であるのは当然になる。どこのチームにも企業風土は存在する。フェラーリがイタリア流から離れられないのと同じである。トヨタがマクラーレン流やウィリアムズ流に染まろうとしても、無駄というしかない。企業体質や思考法を論じてみても、そこから技術力が向上するわけではない。細部に至るまで緻密に設計するというトヨタ方式が、技術の遅れを生じる原因になるとは考えにくい。技術の進化が遅い理由は、エンジニアの開発能力が生かされていない状況にある。他を驚かすような画期的なアイデアがどうして生まれてこないかを考えないと始まらない。
トヨタ流が変えられないとすれば、それを生かした技術開発を進めるしかない。会議、会議で決定が遅れ、いつも間に合わないとすれば、会議のシステムを変える必要がある。斬新なアイデアが見捨てられているとすれば、それを救済する方法を考える必要がある。予選タイムだけを見ると差は縮まってきても、レース本番になるとあっという間に脱落していく。3年間共に戦ってきて、ラルフ・シューマッハにトヨタが理解できなかったとすれば、向いていなかったというしかない。テスト・ドライバーに日本人を登用することで開発システムに変化が起きるだろうか。トヨタ首脳が深刻であることは理解しても、トヨタ本社に対策は打てない。F1チーム内で解決するしかない。このこんがらがった糸とを解きほぐすには、何をすればよいのだろうか。