ベンチャーゲノムがゆく
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沖縄エリアで発の台湾輸出を実現-伊藤園の橋川敦さん --------------------------------------------------------------------------------【私はコレで社長賞】 店頭に山ほど並ぶ飲料水のシェア獲得競争は熾烈。限られたパイの中で、いかにシェアを広げるか、どのメーカーも躍起となっている。そんな中、伊藤園広域流通営業本部2部第3課課長の橋川敦さん(40)は、沖縄エリアで初の台湾への輸出事業を実現させ、売上を一気に伸ばしただけでなく、昨年は大手スーパーの売上伸長率を2割以上にした。競合他社を振り切ってのその快挙で、今年5月に社長賞を受賞。「伊藤園が店頭で一番じゃなきゃ。いつもそう思っています」(2004.08.05掲載)●攻めまくる 中途採用で沖縄伊藤園(伊藤園の子会社)に入社した橋川さんは、持ち前の明るい語り口調で、取引先担当者のハートをつかんでいく。それだけではない。取引先から「在庫がない!」といわれれば、自ら物流倉庫に出向き、大型トラックを運転して商品を届ける。このようなクイックレスポンスによって、確実に信用を積み上げた。「できるの?と聞かれたら、実現に攻めの方法を考えれば、できないことはありません」 沖縄では、短編ドラマを販促用に制作するという初の試みや、一人で沖縄全土の各チェーンごとに販促物などの提案を行い、売上に結びつけた。●気合と根性 その手腕を見込まれた橋川さんは、2001年9月に、上司から台湾向けの初の輸出の仕事を任された。台湾の商談相手は銀行畑を歩んできた人物。言葉の全く通じない橋川さんは、商談はボディーアクションで攻めたが、書類の数字チェックはそうはいかない。「正月休みを返上して、財務の勉強をした。適当に済ませれば、相手はプロですから見透かされてしまう。徹底的に数字を追っていったら、専門用語の英語の書類も理解できるようになりました。気合と根性です」 こうして次第に輸出量を増やしていく。「よく『会社がこういうから』という人がいます。が、『会社さん』が何かをしたりいってくれるのではないでしょ。だから、自分で考えて行動する。『お~いお茶 濃い味』のように、中身の濃い仕事をし続けたいですね」------------------------------賞金額は内証。飲み会で使った。4回の転職を経て90年に沖縄伊藤園に入社。自販機ルート営業から量販店本部担当後、01年5月に伊藤園グループ初の新設部署「企画課」の担当に。03年5月に伊藤園へ転籍。大手スーパーの担当になり現在に至る。馬力のある仕事の原動力は休日の家族とのだんらん。--------------------------------------------------------------------------------2004.08.12 in 固定リンク | トラックバック (0) 2004.08.05 昨年、カクテルの頂点に立った京王プラザホテル・石部和明さん --------------------------------------------------------------------------------【私はコレで社長賞】 仕事を極めるのは難しい。それを身をもって体験したのが、京王プラザホテル宴会飲料部ポールスターキャプテンバーテンダーの石部和明さん(27)。2年間の谷底を経て、昨年10月、「2003 サントリー ザ・カクテル・コンペティション」で応募総数2025作品の頂点「カクテル オブ ザ イヤー」を獲得。その功績により、同年11月に京王プラザホテルの社長賞を受賞した。(2004.07.29掲載)●掘り下げも 石部さんは入社以来、徹底的にカクテル作りの研究を重ねてきた。その甲斐あって、若いながらも、2000年の同コンペティションで上位20位以内に選ばれる。「あのころは、自信満々で楽しくて…。その時点で、頂点を極められるのではないかとうぬぼれていました」 カクテル作りに自信を持っていた石部さんは、翌年の優勝に向けて研究を始めた。通勤途中のポスターを見て、彩りや味わいでアイデアが浮かんだときにはノートにメモ。空いた時間にはカクテル作りの練習と、根を詰めて取り組んだ。「当時は頭の中が、カクテルでいっぱい。興味を持ったことは深く掘り下げるタイプなんです」 だが、今度こそはの思いは届かない。2001年もトップを極められず、翌年もダメ。テクニックは十分だったのに、総合で順位を落とした。●先輩の教え 「京王プラザホテルには、歴代優勝を重ねているすごい先輩方がたくさんいます。だからこそ、私たちの世代で、『昔はよかったね』といわれるようになるのは避けたい。なんとしても優勝したかったのです」 2年連続で優勝を逃した石部さんに、重いプレッシャーがのしかかる。努力を重ねても結果が出ない状況で、2003年には応募を辞退しようかと思うほど、落ち込んでいたという。そんなとき、先輩たちが、「2年で挫折なんて思うな」「まだ若いじゃないか」と後押しをしてくれた。「先輩方の“ガンバレ”という支えによって、気持ちを切り替えることができたのです。優勝のカクテルではなく、おいしくて遊び心のあるものを作ろうと」 現在、石部さんは後輩を育てることに力を注いでいる。これも先達の知恵の継承だ。 社長賞賞金額は内証。「カクテル オブ ザ イヤー」で得たヨーロッパ研修旅行のとき、お世話になった人への土産代として使用。同僚との草野球チームやスポーツジムで汗を流すのが気分転換。また、スポーツ選手のモチベーションの高め方も、参考にしているという。カクテルの世界大会に出るのが夢。
2004.08.28
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