しろねこの足跡

しろねこの足跡

つめあと1~3



 文句だらけだ。でも口にはしてない。もう口にするのにも疲れてしまった。体中をだるさが支配している。布団に溶け込むようにくるまれている。
 変なにおいがついた水道水を飲む。トイレに行く。腐りかけた冷蔵庫のイチゴを齧る。発酵した果汁の臭さにうんざりして飲み込んで、またくさい水道水。睡眠薬を飲む。そして布団の鍋に煮込まれる。

 私のやっている生活は、寝逃げというらしい。一日の大半をルーティンワークですごし、寝ることでやり過ごす。誰もやってこない部屋。かかってこない携帯電話。

 こんな私だが、一応は社会人である。働いている。毎日きちんと仕事はしている。

 私の仕事は、管理人。亡くなった両親が残した、古アパートの管理人。そして、そのぼろアパートの草ぼうぼうの庭に集まってくるネコたちの世話人。あ、あとこんなわけでペット歓迎のうちのアパートの住人が旅行や帰省したときの世話もしている。
 だから、一応働いている。収入もあるので、食うには困らない。

 そんな生活を、もうどのくらいしているのだろうか。自分のことなのに、うすぼんやりとしている。

私の職場のぼろアパートは、「あさひ荘」という。ちなみに私の名前は、朝灯(あさひ)である。安直すぎる。

 あさひ荘は、全部で12室ある。でも今は、3部屋しか入っていない。正確に言うと、出て行ったあと、募集をしていない。最後のひとりが出て行ったら、廃業しようと思っている。廃業した後のことは、まだ考えていない。きっと結構先のことだと思うからだ。

 3人の住人は、全く関連性のない人種だ。3号室の戦争でご主人を亡くした72歳のユウさん。
6号室の音大生の元野さん。
10号室のリオさん。リオさんは絵をかいたり、写真を撮ったりしてご飯を食べているみたいだ。
ちょっと聞くと収入の危うい人たちばかりだが、不思議と家賃を滞納したことのある人は、一人もいない。
ごみだしも間違えたことはない。

だからといって、よくあるほのぼのしたコミュニケーションはない。3人ともお互いに挨拶もしない。まるで自分しかこのアパートにいないかのように振舞っている。

 うちのアパートは、楽器もペットもなんでもありなので、わりと変わったヒトが住み着きやすい。が、彼らはその中で最後まで残った筋金入りの変人だ、と思う。

 でもいいのだ。私の唯一の条件である、庭にくるネコたちと仲良くしてくれることを守ってもらっているので。
 人間と仲良くできなくても、動物とうまくやっていけるのだから、まぁ大丈夫だろうという私の私見によるものだ。

私は、夕方まで布団にくるまっている。日が落ちるころに、ようやくぐらぐらする頭をさすりながら買い物にでる。

あまり体が動かないユウさんのために、二人分の晩御飯をつくって届けている。でも一緒には食べない。ユウさんの心はいつだって亡くなったご主人と会話している。
のこったご飯とホームセンターで買った安いカリカリのエサをまぜて、庭のネコの餌場にそっと置く。

 おびえるようにそろそろとやってくる猫の気配を感じながらも、私は無視をして砂場の掃除をする。昔は私が、遊んでいた砂場だ。でもいまは、ネコのトイレだ。もう砂場で遊ぶ予定はないからいいけど。

 いつも最初にやってくるのは、白黒のハチワレ模様で尻尾はすらりと真っ黒なネコ。通称ハチ。こいつはきっと本宅を持っている。なんせ小奇麗で人懐っこい。

 ハチに続いてやってくるのが小柄なキジコ。雉シマで喉元だけ三角ナフキンのように白いところがかわいい。こいつの母親がうすしま。けっこうのっそりとしている。

 猫たちが、はぐはぐとご飯を食べているのを見ながら私もベランダで、ユウさんに届けたあと、同じものを食べる。
次の日に、上等な果物がドアにぶら下がっていることもある。ユウさんはお金持ちなのか、貧乏なのか、呆けているのか、まともなのかよくわからない。
1階はユウさんと私しか住んでいないから、まあ、こんなだらしない生活サイクルでやっていけるのだろう。
 2階の男性諸君はどう思っているが知らないが。

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: