しろねこの足跡

しろねこの足跡

つめあと4~6



 「ハチはいっつもきれいだねー。本宅でお風呂にでもはいっているのかなぁ」
「そうかもしれません。妙に人懐っこいですし。どうせ我が家は愛人宅ですよ。」

 リオさんはちょっと笑った。
「朝灯さんの拗ね方は、なんだか面白いですね。」

 その後も順次やって来るネコたちの写真をひとしきり撮って、2階に戻っていった。

 戻り際にリオさんが一言。
「うまいからいいんだけど、元野さんに日曜の朝から陰惨な曲はやめてくれないかっていってもらえません?日曜くらいさわやかに目覚めたいんですけど。」
「はぁ・・・わかりました。じゃあ明るめのさわやかな曲でお願いしますって言っておきます。」

 リオさんの顔に諦めの色が滲んだ。
「やっぱり朝灯さんの感覚って、僕には理解できないかも・・・」
 だって、音は禁止できないしさ・・・

 それに元野さんのヴァイオリンの音色って結構好きだし。さすが音大生だけあって、聞き応えがある。
リオさんは知らないかもしれないけど、ネコたちだって、元野さんの音色に三角の耳をぴくぴくさせて、聞き入っていることだってあるんだから。

 キジコはそのなかでも、結構ヴァイオリンは好きみたい。母親のうすしまに帰るよって促されてもごねていることもあるくらい。
 ネコって意外と人間の言葉とかわかっているのかなー。

私の世界は狭い。でもいちおうご近所付き合いはしている
。商店街の不動産屋の岡部さん。惣菜やの国丘さん。八百屋の佐藤さん。魚屋の奥村さん。
ホームセンターは大きいから除外。
みんな私が子供の頃から知っている。両親が死んだ後も、同じように付き合ってくれる。

 だから、私はこの地を後にすることができない。誰か引っ張り出してくれるような人がいないと。

 ネコは、それぞれの縄張りをもっているらしい。都心に住むネコは、田舎に住むネコより縄張りがせまいらしい。ネコの世界も土地がなくて困っているようだ。

ぼんやりと氷をはった麦茶を、縁側で足をぶらつかせて飲んでいると、灰色のシマネコが庭に入ってきた。見たことない。
尻尾だけふさふさとやけにご立派だ。首輪はしていない。

 「やんごとない所の血でもはいっているのかなー。」
 「そんな言葉、よく出てきますね。朝灯さんっていったいいくつなんですか?」

 ヴァイオリンケースを肩に軽々とかけた元野さんが、大学から帰ってきたところだった。
 「・・・。どうでもいいですけど、リオさんが日曜日の朝は、さわやかな曲にしてくださいとのことです。」

 元野さんは、ちょっと眉毛をあげた。
 「あの人のいんちき暗室も、薬品くさいって言っておいてくださいよ。」
 「・・・。ガキ・・・。」

 グレシマ(勝手に命名)はその間も、くりくりの目をこちらに向けて、ご立派な尻尾をぴーんと立てている。
うーん、またご飯代が増えるかも・・・

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