しろねこの足跡

しろねこの足跡

つめあと7~9


 このあさひ荘の住人の関係は、すこしだけネコの社会と似ているかもしれない。

 ハチは一番の古株だ。といっても、昔からいるのは、きっとハチの親戚連中だったのだろう。
子供の頃からハチの柄のネコを、ずっと見かけている。もちろんよく見ると、しっぽがカギになっているヤツや、片足しか白ソックス模様のないヤツもいた。
でも決まって、顔はきれいなハチワレだった。彼らは、ずっとノラだった。手足は薄汚れていた。

きっとハチだけが、生来の懐っこい性格と幼い頃に見初められた?おかげで、本宅持ちになっているのかもしれない。

 ネコも、ヒトも時間をかさねて今の自分になってきているんだ。

私の時は、両親が死んだときに留まったのかもしれない。
特別に仲のいい家族ではなかった。
むしろもめていたかもしれない。家賃収入で生計を立てる我が家には、父に時間がありすぎた。

人間は、ネコのようにもてあました時間を毛づくろいに費やしたり、パトロールを強化したり、届かない獲物を狙ってみることでは満足できない。
 ネコだって、それでは満足しない。だから次の行動の作戦を練りつつ眠る。ひたすら眠る。一匹で。

 人間も眠る。でも欲張りな人間は、一人で眠らない。
 父は欲張りだった。

 何度か、見知らぬ女性が悪態をつきにやってきた。その時きまっては母は吐き棄てた。
「このドロボーネコ!」

 ここのネコたちは、ユウさんの愛情を盗んでいく。気温が穏やかな日は、ユウさんも縁側に出て、日向ぼっこをする。どこから嗅ぎつけたのか、ハチがつるりとユウさんのそばで丸まる。うまいようにユウさんのリウマチの関節があったまるようだ。キジコはまだ縁側にあがれない。

 私は両親に正しく愛されていたと思う。きちんと食えるだけの財産を残してくれたし、あとで因縁つけてくるような面倒もなかった。

 でもなにかが抜けている感じがする。
 これが愛情だ、と五感で感じる何かがするっと抜けている気がする。その抜け落ちた何かを探しているうちに、私はここから抜け出せなくなっていた。その糧のようなものがないと、ここから立ち上がって前に進んでいく手筈が整わない、という感じ。

私はやっぱり布団にくるまったまま、日が落ちるのをやりすごす。朝灯なんて名前を付けられているくせに、朝日は大嫌いだ。

夕陽を見る方が好きだ。
 きょうもようやく、やり過ごすことが出来た。小さな安堵と共にようやく起き上がって、冷蔵庫を開けに行く。

 雨の日は憂鬱だ。買い物がいつもの倍つらい。
靴がぬれるのも気に食わない。靴下までぬれたら、いても立ってもいられない。そんなときの買い物は必ず忘れ物をする。
 きょうは、果物を忘れた。調子の悪い日は果物しか受け付けないから、絶対常備しなくてはならない。重い腰を上げて、靴下と靴を履き替えて、何の気なしに、庭を振り返った。

 降りしきる雨の中、ユウさんが呆然と庭に立っていた。ずぶぬれだ。いつもきっちりとまとめられた銀髪が雨水を含んで肩にたれている。

「ユウさん!ユウさん!」
 あわてて、部屋を横切り、縁側から庭に出た。靴をはいたまま部屋を歩いてしまった。

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