まきこんのこの頃
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母が入院すると昨日夕方電話があったので、朝一で埼玉に向かった。静岡から埼玉だとかなり遠い。経費節約のために東名バスと電車を使ったのだけど(最終的にこれが、一番安いし、うちからだと早くなる)片道3時間近くかかる。私自身、ちょっと風邪気味ということもあって、しんどかったけど、向こうには母の身内はいないから、お医者さんの話なども、最終的には私が聞かなくてはならなくなるから、行くことにした。 考えたら、父が入院したときも、そうだった。私がお医者さんの話を聞いた。私は嫁にいっても、親が死ぬまで家とは縁が切れないんだな。亡くなってもお墓の世話なども、私がやらなくてはならないから、同じか。男兄弟がいたら、また違ったんだろうけどね。 病院にいってみて、思ったより母が元気だったので、ほっとした。過労から、顔面神経麻痺になって、緊急入院になったようだ。お医者さんに呼ばれて、「とりあえず1週間くらい、点滴して様子をみたいので、入院させてください。検査も、もう少ししますので」という話があった。まあ、特に命には別状なかったので、よかったけど、介護などなったら、子供もまだ小さいし、遠方なので、どうしようかと考えた。 母は気丈だ。自分で入院準備をして、お金のしたくもして、会社や私たち身内にも電話して、入院したらしい。父の時は、私が家から運んで病院に連れて行って、救急車に乗せてもらって、その後のことも全部やらなくてはならなかったから。 母は、自分でも「命の洗濯よ、別に誰もいなくても平気」なんていってたけど、内心は心ぼそいんだろうなと感じた。ただ、救いなのは、埼玉で仕事をしていたので、回りに沢山友達がいるということ。今回入院に際しても友達が、付き添ってくれていたようだし。親も亡くなっているし、兄弟もバラバラで付き合いのない母にとっては、友達が一番の心の支えなのかもしれない。だから、ここから離れられなかったのかもしれない。遠くの親戚より近くの友達なんだろうな。 「来月から半年、仕事があるからこんなにのんびりできないから、よかったよ」と私がいったら「仕事がんばるように」と言っていた。ともあれ、仕事に入る前の入院でよかった。明日は妹に言ってもらう話になっているので、私は帰ることにした。女姉妹がいて、よかった。でも妹も姑の介護をしているので、頼ることはできない。ほんと、何かあったときは、男の人は役にたたないね。 帰ったらだんなが、剣道に出かけるところだった。身内が入院しているんだから、剣道どころじゃないだろうに。食事だけは、お弁当を買ってきてくれていたけど、子供の宿題などは全然やらしていない。(食べ物だけは、用意するところが彼らしい^^;)私が帰ってきて、やると思っていたようだ。「どうせ、たいしたことないんだろう」と一言だけ。たいしたことなくったって、入院したら、誰だって心配するのに。私が入院しても、そーいう言い方するんだろうなと思うと、体は大切にしなくちゃならないと感じた。
2002.06.25
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