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閑話休題。昨日、ずいぶん昔に買った小さなガーネットを袋から出して指でつまんでたらなんか、どっくんどっくん、という感じのものをはじめて感じる自分を発見。今まではそんな事、鈍感だし感じなかったのだが…いろんな石を試してみようっと。
Aug 12, 2008
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昔私は、人の目を気にしていた。それは今以上に。今でもましにはなったほうだ。今回はそれを言語化してみよう。人の目を自分の目として受け入れていた期間、それは無意識にそうなってしまっていた。何がそうさせていたのか、それはずいぶん後になって知った事だが、その時にはわからず、私は得体の知れないものと毎日「闘っていた」。正確には無意識なので「闘っている」という自覚も無いのだが。私はある目的を持った集団の中に、半ば仕事のようにして関わっていた。それは、お金をもらえるわけでもなく、持ち出し仕事だったが、私はそれなりにその中で自分が成長している「つもりだった」。いや、実際あの頃の事を思い出すと、それはそれはそれまでと違って、自分が興味があることへ私なりに全身全霊をかけて飛び込んでいたし、私が尊敬する人たちもいたので、そこにいられるのが楽しかった。そこにいて、その人たちの役に立つ事で自分という存在が認められている気がして、うれしかった。でもそれは罠でもあった。その頃、不思議なほど周囲に対して怒りは無かった。いや、無かったわけではない、半ば意識して、その怒りを封じ込めていた。怒れば関係を壊してしまうのではないか、とどこかで思っていたのだろうし、もう一つは、他人に期待する事をやめていたせいもあるだろう。集団でいるせいなのかよく分からないが、自分から変わらないと何も変わらないのに、とにかく何にでも不平不満を言っている人は周りにいた。私がいつも思うのは、不平不満を言わずにやればいいのに、であり、事実、私から見れば、その人たちは本当に言い方は悪いが「口だけ番長」だった。言うだけでなかなか動かない人たちに対する怒りは徐々に私の中を蝕んでいた。その自覚は無かったので、その時はまったく気がつかなかった。でも今思えば、無意識に気がついていたからこそ、うんざりしていて、別の人間関係に私は「逃げ込もう」としていたのかもしれない。この件とはまったく別の人間関係上の問題で、私はある日突然、袋小路にたどり着いた。そこは実質私にとっては「最後の砦」みたいなものだったが、あるときから歯車が狂い始めた。それなりに立て直せるように自分ができる事をしていたつもりだったが、それはまったく相手に届く事も無かった。私が弱かったせいもある。ためにならない事をしていたことも、後でいやというほどわかった。最後のほうはもはや何をしているのか分からなくなっていた。もうだめだ、限界だ。今までのやり方じゃ限界だ。苦しい、しんどい。何のために生きてるのかわかんない。その後、病気になり、それまで関わっていた物事ができなくなった。できなくなった、のは、病気のおかげだったが、その病気になる事で、私は本当は「したくない」ことがたくさんあることに気がついた。病気がきっかけで、それまで関わってきた運営から離れたとき、他の関わってきた人たちは内部分裂を起こし、もろくも内側から壊れ始めた。長年関わってきたメンバーと、新しく入ってきたメンバーがうまくかみ合わなくなったのだ。その時私は、初めて自分がその集団の中で、仕事上は中心的な存在にいつの間にかなっていた事に気がついた。でもそれは私が望んでいたものではなかったし、私は、運営している物事にもっと楽しみながらコミットしたいと思っていたのに、いつの間にか、他の人の分まで「義務」だけを背負っている状態になっていた事に気がついた。私はそこでのいろんな人との関わりを大事に思ってきたので、そうして分裂が起きはじめた時、それは悲しかった。それは目的のために気持ちを共有しているのだと思っていたから、たぶん私のほうはそう思い込んでいたからこそ、身を切られるよりも辛く、キツイ体験だった。でも、それを食い止めようとも思っていない自分もいた。それが彼らの本心なのだし、もうこういう方向へ進んでしまった以上、元には戻らない。私の前では何とかしなくてはいけないという風に振舞っていた人も、ひとたび私がいなくなると、自分がいかに楽しいところだけを受け持つかということに必死で、本当に必要な事に対して、意見調整をしたり、動いたりということはしなくなっていた。私はそれまでは戻りたいと思っていた人間関係の中に、戻ろうとは思わなくなっていった。同時に、自分が長い間「耐えすぎた」こともわかっていた。「依存しすぎた」ことも次第に分かり始めていた。そして、いつの間にか自分のすべき役割という仮面が、顔からはがれなくなってしまっていたことに気がついた。病気の前と後、そうなってしまった過程を知る唯一の人間からは、当時、たとえを使ってこういわれた。「en_Qちゃんは、エヴァンゲリオンに乗って降りられなくなった、碇シンジ君みたいなもんやね」後になって、エヴァを見て、それはつくづくよくできたたとえだと思ったが、要するに私は運営している目的と一体化しすぎていて(シンクロ率100%)、自分だけが降りようと思っても降りられない状態になっている、状況があなたをそこに居させようとしている(望むと望まないとに関わらず)、ということなのだ。その後、付け加えてその子は言った。「あなたは私から見れば、ものすごい人だった。何でもやれてその中心に居て、いろんな人を動かしているように見えていた。でもそれが違う事がわかった。今回こうして壊れていっているのはあなただけが悪いわけではない。周囲もあなたがいれば絶対に大丈夫、と勝手に思っていたわけだから。あなたは今自分が本当にしたい事だけをしたほうがいい。自分が降りてしまう事に罪悪感を感じなくていい。後始末は動ける人間でやるから」そういう風に私を何度も諭してくれた。しかしそれは自分が無力である事を認めることに等しかったし、今までやってきた事が目の前で崩れていくのを何もせずに見ていなくてはならないということだったので、本当に苦しかった。でもこれがなければ、今の自分はなかっただろう。(続く たぶん)
Aug 12, 2008
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ちょっと用事で市内の普段行くところとは違うショッピングモールへ。いろいろと検討をした後、それじゃ寄り道しますかと館内をめぐってみました。私が何よりも好きなのは本屋さん。最近は昔に比べて本を買わなくなりました。もっとペースが速いときには1ヶ月で5冊ぐらいは趣味の本その他(雑誌ではない)を買っていましたが、最近は置き場所にも困るし、以前興味のあった分野は最近は立ち読み程度の好奇心に変わって、同居人にも「昔に比べて本を買わなくなったね」と言われるほど、本を買わなくなりました。でも昨日は久々に平積みしている本の中に、おととしぐらいからテーマ的に掘り下げている分野の本を発見。買ったのは昨日。でもさっき読了してしまいました…。もう少しゆっくり読めばいいのに…といつも自分に思います。もう少し楽しめる時間を長く持ちたかったなあ。トホホ。
Aug 11, 2008
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Part1同居人と先日近くのショッピングモールへ買い物に行きました。一軒目はセールをしていた服屋さん。2人分の服を購入する事に。大きなお金しか持ち合わせていなかったので、私が代金を出して、立て替えておきました。次にまた別の場所で、服と、食料品を買いました。その時は同居人が立て替えてくれました。「後で精算しようねー」と言って差額を多く払ったほうが少なく払ったほうからもらう事になっていましたが、計算してびっくり。1円たりともプラスもマイナスも無く、計算したわけでもないのに、私が払った金額と同居人が払った金額が同じ、でした。何度も電卓を叩いてみましたが、まったく同じ金額でびっくり。Part2私は派遣会社に仕事を紹介してもらって働いています。派遣元の会社が休みになる前にと言う事で、先日、派遣会社の営業さんと面談がありました。仕事の様子とか、まあいろんなことを話しましたが、その途中で話が少し脱線しました。営業「ところで、en_Qさんって、実家に帰られるんですか?」私 「いや、帰りませんけど…」営業「ちなみにご実家ってどこでしたっけ」私 「関西です」営業「その割には関西弁がでませんね」私 「ええ、大阪なんですけどね」営業「大阪のどの辺ですか」私 「○○って言って…(詳細を語る)」営業さんが驚いた顔。営業「そうだったんですか!私は亡くなった祖母が○○の△△に住んでまして、○○のことはよく知ってますよ」私 「ええー!!マジですか???私は○○の××がいちばん近い駅ですよ!」営業「××の駅前、すっかり変わってしまいましたよねーーー」私 「そうそう!!!」営業「大学も、○○の□□大学なんですよ」私 「はいはい、あそこですねーー、うわーなつかしーー」なんとこの営業さんとは付き合いが1年以上あるのですが、こういう話はしたことがありませんでした。まさか関西を離れてこんなところで故郷の話をすることになるとは!!!そんな共通点があるとは露ほども知らず!!!その後、絶対昔の地元の事を知っている人しか盛り上がれない話で数分ほど盛り上がってしまいました。私にとっては、故郷の話で盛り上がると、途端にものすごく親近感が沸く、という初めての体験でした。でも、まさか、こんな巡り会わせとは…。1週間で2度も、なかなかありえないシンクロでした。
Aug 10, 2008
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久々にマンガギアが入ってしまって、数日前にもコミックレンタルを立て続けにしてしまった…のです。その中でもいちばん面白かったのはよしながふみさんの「大奥」。コミック本第1巻だけ立ち読みさせてくれる本屋さんが近所にあったのですが(今は廃業)そこで立ち読みして、「これは(私にとって)絶対面白い…」という感触があってしばらくは忘れていました。でも、そうです、コミックレンタルにて続きを発見。知らない方のために解説すると、よしながふみさんの「大奥」の設定の非常にユニークなところは徳川歴代将軍が、「女性」そして大奥で将軍様のためにはべっているのが「男性」という男女逆転の設定なのです。しかもそうなった理由と言うのが、病気です。江戸の治世の折に若い男性が主に死んでしまう「赤面(あかづら)疱瘡」という病気が流行、「男性」が激減してしまった徳川時代、ということになっているのです。その流行り病のせいで全人口のうちの半分近くだった「男性」が激減、極端に男性は大事にされ、または子種を売りに出すような有様。各藩の藩主の後取りも、商家の跡継ぎも、そして農家の働き手からはては魚売りや飛脚まで「女性」が多くなり、男性も居ないわけではありませんが、特に若い男性はごく少ない時代になっているのです。でも将軍が女性である、と言っても、すべてフィクションではなく、第1巻で出てくる「徳川八代将軍吉宗」は史実の通りに書かれているそうで、例えば、史実では幕府の財政を圧迫する「大奥」のリストラのために、器量の良い女性から50人を先に「大奥」からリストラしたという有名な話があります。これは理由としては、器量があれば嫁にとってくれる人もあるが、そこまでではない女性はなかなか貰い手がつかないからといった、ものすごーく「今ある現実を受け入れた判断」をされたことが理由なんだそうですが、よしながふみさんの美男子ぞろいの「大奥」でも、同じ裁定を下す場面があります。詳しく書くとネタばれになるので書きませんが、そこには「女将軍吉宗」の、男性とはまた違った「漢(おとこ)気」を感じるのです。そしてそうした「女将軍吉宗」を描く事で、吉宗の「漢(おとこ)気」もまた感じるという…不思議な味わいです。ここだけ書いてしまうと、少し堅苦しい歴史物なのかなと思ってしまうかもしれませんが、ところどころにウィットに富んだ話もありますし、色恋も多少は絡んできますし、将軍とはいえ女性なのねえと感じさせるお話もあります。私はこの作者の方は本当にいい意味で「賢い」のだと思います。「賢い」というのは、人間が生きていくうえでどうしてもどこかで付きまとってくる、本質的な濁りや、痛みを「引き受けて」、その上でそれをどのように折り合いをつけ、またより良くするために何が必要かを取捨選択するということだと私自身はとらえているのですが、この物語の中には、そんなシビアな痛みをもがいたり苦しんだりしながら、引き受けて前に進んでいく人がきちんと描かれています。そして、この物語の根本設定である、「女徳川将軍」たちも実はそのようにして、「現状を引き受けざるをえない事情」から誕生し、そして形は違えど「日本」というものを守らんとしながらも「徳川幕府をどう延命させていくのか(それがいいのか悪いのかはまた別として)」「戦いの無い治世を行うにはどのようにすればよいのか」を考えているのです。フィクションですが本当に良くできています。で、こういう物語のプロットを思いつく時点で、すごいなあと感じるわけでして。これまでは第2巻を読んでいませんでしたので今出ている3巻までを何度も読み返して、ため息をついています。早く続きが読みたいです。
Aug 9, 2008
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昨日、あまりにもあんまりな、干物になりそうな暑さだったので、午前中に色々と用事を済ませようということになった。で、出かける前、同居人が「コミックレンタルを見に行きたい」というので、最近近所のレンタル店で始まった「コミックレンタル」に行く事に。同居人は私が以前はまった「あずみ」というマンガを食べ物やさんで読んではまってしまって、続きが読みたかったのです。気持ちはわかる、私もそこの食べものやさんで「あずみ」にはまって、続きをめったに行かないマンガ喫茶まで読みにいったこともありますから。一気に読んで、主人公あずみの置かれた運命の過酷さに、マンガなのに何か凄くゆすぶられるものがあり、泣いてしまいました。まあ、しょうがない、付き合うか、と思っていってみたら、読んだ事も無いのに、本の背表紙が「読んで、読んで」と言っているような本が。1巻だけぱらっとめくって、最初の1話を読んだら、ああーこれは読んでみたい♪となり、つい借りてきてしまいました。その本の名は「金魚屋古書店」。この物語は、マンガ古本屋の話なのですが、マンガの中にマンガが登場する、という構成になっていて、物語全体が、いろんな人によってかかれて来たマンガというものにささげられたものになっています。そして古本を、本を、マンガを愛する人たちへの愛情も感じられまして、なんっつーか、久しぶりに「いいマンガ読ませてもらってるな」と思えるマンガでした。特に知っていて借りたわけではないのですが、これはヒットでした。
Aug 4, 2008
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仕事を終えて、地元の駅まで帰ってきた。車の後ろに積んである折りたたみ式の自転車を下ろして、同居人よりも先にきこきこと自転車をこいで家に帰る途中。いつもはわたらない信号を先に渡ってのんびり自転車をこいでいると、道端に財布が落ちているのを発見。手にとってみると、お金は入っているし、免許書やらなにやらすべて大事なものが入れられている。どうも誰かが財布を落としたらしい。早速交番に行こうと思ったのだけれど、こういう時ってとっさに交番が思いつかないものだ。結局民家に掲げてあった「不審者を見つけたら通報します」という看板に書いてあった、地元の警察署に連絡をした。今財布を拾ったのだけれど、最寄の交番がよく分からないと告げて、自分の今居る場所を説明。そうしたら、駅前にありますよ、と案内された。ああ、そっか、いっつも前を通らないから忘れていた。結局家とは逆方向の交番へ行く事になった。着いてみると先客が居て、盗難車が見つかったので取りに来たらしい。私はその人たちの次で、私が「財布を拾ったんですよ」と言っている間にもう一組、私の後に携帯電話を落としたという人たちが来た。自分が昔公衆電話で電話しているときにうっかり置き忘れた財布を後になって探しにいったけどなかったときのことを思い出しつつ、交番で手続きを取った。私の届出を対応している間に、自転車を取られたという人がまた交番に来た。いつもこんなにたてつづけに人が来るもんなのかな?この交番は…?と思いながら、若い警察官が一生懸命汗をぬぐいながら書類を書きおわるのを待った。若い警察官が財布の中身を確かめて、一つ一つのものの詳細を紙に書き留めていく。落とし主は結構いろんなカードを持っていたので大変そうだった。その間結構時間がかかったので、途中で若い警察官が、「○○さん、対応お願いします」と奥に声をかけていた。先輩らしき警察官が奥から出てきて、私の後に来ていた携帯電話を落とした人に対応。さらにその後に来た盗難届けを出しに来た親子も先輩がさばいていた。若手警察官が書類を一通り書き終えてから、先輩が「おい、お前こっちの書類使わんとまずいだろ」とミスを指摘。で、また書き直しているうちに、来てからすっかり30分は経ってしまった。でも、その間に来ていたお客さん?と警察官のいろんなやり取りを観察していると、結構面白かった。ようやく手続きが終わった頃に同居人も帰ってきたので、一緒に車に乗って帰ることになった。早く持ち主のところへ財布が返りますように。※追伸先ほど22時前に持ち主さんから無事に電話がありまして、お礼の言葉を頂戴しました。早速警察に足を運ばれたようでよかった!電話でお礼に何かさせてください、と言われましたが、丁重にお断りさせていただきました。うれしそうな声でお電話いただいたことが何よりです♪よかった (^~^)
Aug 4, 2008
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eshasさんとこのキリ番ゲット!でいただきました、えりくしるとキリプレ。どんな願いをこめようかと悩んだんですが、悩みすぎてわかんなくなりまして、しばらく前に正直にそれをお伝えしました。結局おまかせになり、すみません、と。で、のんびり待っていたので、なんと今日郵便受けに入っていてびっくりしました。ありがとうございます。m(_ _)m メッセージは、「人の流れを作ることがポイント」それから「物事をスムーズに滞らせないように」サポートしてくださるエネルギーが入っているとのこと。「人の流れ」を作っている自分、というのはあんまり想像できず(実はそこは、数年前から意識してあえて避けていた部分なので)「おお、そこに来ましたか!」という感覚です。エネルギーに関しては、いちいちストップして考え込みがちなわたくしめにちょうどよさげな感じです。ほんっとうに、大事に使わせていただきます。
Aug 3, 2008
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