輝きの欠片

第二部




皐月はなんだか無性に淋しかった。


そんな夜が時々ある。


彼女は、携帯を手に取ると、


さみしぃの・・・


というメールを複数宛に送った。


逢いたいね


何かあった?


そんなありきたりの言葉ではだめ


今はそんな言葉は求めていないの


つまらないメールばっかり・・・


皐月が携帯をベッドにほうり投げた瞬間、


また、メールがなった。




いますぐ皐月を抱きたい




誠一からのメールだった。


皐月はほほ笑みを浮かべ、


『私がそういう気分って何でわかったの?』


と返信した。


『お前はいつだって誰かに欲してほしいんだろ。

皐月のことは自分のことよりよくわかる。

どうしてほしいかも』


『嘘ばっかり』


『嘘じゃないさ』


メールとほぼ同時に、ドアフォンがなった。


皐月がそおっと扉を開けると、


そこには携帯を片手に、笑顔を浮かべた誠一が立っていた。


「嘘じゃなかっただろ?」


「やだ・・・なんで・・・?どうしたの?」


皐月が震える声で問いかける。


「皐月を抱き締めたくなったから、きたんだけど」


そういうと彼は、


泣き笑いの表情を浮かべ立ちすくむ彼女を抱き締め、


優しく髪を撫でた。


そしてその紅い唇に、そっとにキスをした。


「ありがと・・・きてくれて・・・」


皐月が彼の腕をぎゅっとつかんでいった。


「皐月は普段わがままいわないからな」


誠一はそういって笑うと


「こんなときくらい、一緒にいてやりたいよ」


と、彼女をそっと抱きしめた。


「優しくされたら、好きになっちゃうじゃない」


皐月が弱弱しく言う。


「望むところだね」


「もう・・・」


皐月は呆れたように呟き、


彼にしがみついた。




<尚>


彼女のことがよくわからないんです


と彼は途方にくれたようにいった。


「最初は彼女も乗り気だったように思えたし、

させてくれたから彼女になってくれたのかと思ったんですよね・・・」


尚はそういうとため息をつきコーヒーを一口飲んだ。


「でも、なんだかすごく・・・心が遠いんです

何を聞いても曖昧にはぐらかされてしまうし・・・」            

尚がそういって再びため息をついた。




相談がある




そういって、彼女と仲のいい


総務の先輩社員のケイコを呼び出したのだ。


彼女はため息をつくと、


「だからあの子長続きしないのよね。きっと」


と静かにいった。


「男は一旦あの子を手に入れたと思って、

有頂天になる。

そのうち、いつまでたっても淡泊なその態度に、

焦りを感じる。

そしてあの子を追い詰める・・・

追い詰めて、

最後は勝手にあきらめて別れを言う。

あの子のスタンスをかえるのは、

正直いって難しいと思う・・・」


そういうと、ケイコは彼を見つめた。


「何か知ってるんですか・・・?」


尚がすがるような目でケイコに問い掛けた。


「ごめん。知ってるけど、言えない

川島君が本物かどうか見極めるまで。

過去を知らないと愛せないなら、

今あきらめたほうがいいよ。

傷が浅いうちに・・・」


彼女はそういって、彼を見据えた。


「あの娘はね、強いんじゃない・・・

弱いから、自分を守るのに必死なの。

君が追い詰めたら、

傷つくのを嫌って余計距離をおくよ。

結果一番つらいのは自分なのに、

平気な顔で君を手放す。

・・・よく考えなさい」


ケイコはそういって立ち上がった。


「あの娘はね、

他の娘よりも繊細でむずかしい・・・。

だから、みんなひかれては

疲れて離れていく・・・。

君が

本物だといいけれど」


ケイコはそれだけいうと、彼を一人残し


立ち去った。


後には、氷の溶けた水のグラスと


途方に暮れた彼だけ・・・。


どのくらい愛せるか

試されてるのかな・・・?

愛してるって・・・

いったらまずいのか?


彼はぼんやりとそんなことを考えながら


目を閉じた。


突然、メールがなった。


・・・皐月からだった。




<皐月>


「皐月・・・?おい・・・?!」


喫茶店の店長・・・怜人がカウンターの中から出てきて、


皐月の右手をぐっとつかんだ。


「・・・なによ・・・?」


「なによって、お前・・・」


彼が苦笑して、テーブルと皐月を交互に見やる。


「ミルク・・・テーブルにかけてどうするよ・・・?」


「あ・・・ごめ・・・」


皐月がやっと我に返ったようにテーブルを見、


焦ったように立ち上がった。


それを押し返し、


「いいって・・・お~い、実來!」


と彼が呼ぶと、カウンターのいすにちょこんと腰掛けていた、


ショートカットの、まだ若いはにかんだ笑顔の女の子が


布巾を持って駆けつけてきた。


「どうしたんですか、皐月さん?」


テーブルを拭きながら、驚いたように声をかける。


皐月は力なく、アハハ、と笑いながら


「なんでもないのよぉ・・・ごめんね」


といった。


「もしかして・・・恋ですか?!」


「恋!・・・恋・・・恋かぁ・・・」


皐月が脱力したようにため息をつく。


「恋なのか?!」


怜人が驚いたように聞き返す。


「・・・恋じゃないわよ・・・恋なんてしないもん・・・」


皐月が力なく答える。


「恋って、するもんじゃないですよ」


実來が諭すように言う。


「落ちるものです」


「・・・実來ちゃん、前から思ってたんだけど・・・」


皐月がストローの包みを指で弄びながら、


彼女を見上げた。


「はい?」


「若いのに言うことがイチイチ含蓄あるよね・・・」


皐月はふうっともう一度大きくため息をつき、


「恋愛、いやなの・・・自分だけが愛してる気がするから」


といった。


「私もです」


実來が妙にキッパリという。


「うん・・・実來ちゃんも尽くしそうだよね・・・」


「はい」


実來が苦笑しながら聞く。


「皐月さんは、愛するのと愛されるのどっちがいいんですか?」


皐月はしばらく考えてから、


「やっぱり・・・愛されたいな・・・」


と静かに答えた。


「おぼれるほど、愛されたい・・・」


「私もです」


実來が間髪いれずにいうと、横から聞いていた怜人が


「俺は愛したいけどな」


と静かに言った。


「人を愛するのって、難しいですよ?」


実來が言う。


「全てを受け入れるわけだから」


皐月が目を閉じていった。


「・・・そんなおおきな愛なら、ほしいね・・・」


「全てかぁ・・・」


怜人が考えながらいう。


「つうか、それ、当たり前じゃ?」


皐月と実來はそれを聞くとお互いに目を合わせ、いった。


「そんなことない!」


「・・・怖・・・」


怜人は怯えたように二人を交互に見ると。


「お、俺、よくわかんないや」


といってカウンターの中にはいっていった。


「そんなふうに、なんでも許してくれる人、いないよね・・・?」


皐月が言うと、実來が頷いた。


「いないですよ・・・」


「そうだよね・・・」


「怜人は」


「純粋だから」


二人はそういうと、顔を見合わせてふふっと笑った。




<皐月と尚>


『今、なにしてる・・・?』


皐月からのメールだった。


尚はしばし考え込むと、


『喫茶店でお茶のんでるよ』


とだけ、返信した。


『ふぅん・・・暇?』


『暇だよ?』


『・・・どこか行かない?』


『どこかって?笑』


『飲みにとか・・・ドコでもいいけど・・・』


今日は疲れてるし・・・


と返信しかけて、尚は指を止めた。


疲れてるといえば、皐月はわかった、と笑いながらいうだろう。


でも、


メールでは


気にしないで


といいながら、


皐月はきっと、深く傷つくのだろうと尚は思った。


いつもそうだったから。


彼の見守っていた彼女は。


平気


といいながら、


ふと顔を見ると泣きそうな顔をしていることがよくあった。


そんな彼女の頼りないところに惚れたのかも・・・


尚はぼんやりとそんなことを考えた。


断っても、彼女は何も言わない。


ただそっと、自分から離れていくのだろう。


そんな不器用な彼女がもどかしかった。


『そっちへ行ったら駄目?』


尚はそう返信した。


『いいよ。時間かかる?』


『いや、30分くらいかな?』


『じゃぁ、まってる。

さくら色のお風呂に入って』


『どうせなら、一緒に入りたい』


『めずらしいね?(笑

いいよ。じゃぁ、はいらないでまってるね』


どうしても、彼女をすぐに抱きしめたかった。


彼女が妙に愛おしかった。





ドアフォンが鳴った。


皐月がそおっとドアを開けると、


尚が息を切らして、照れたような笑みを浮かべて立っていた。


「・・・はいって・・・・」


はにかんだ笑顔で皐月が促すと、


尚は後手でドアを閉め、


その場で皐月をぎゅっと抱きすくめた。


ふわっと、尚の愛用の香水が香り、皐月を包み込む。


その優しい香りに、皐月は思わず目を閉じ、


尚に体を預けた。


「・・・何かあった?」


「なんで?」


皐月が不思議そうに問い返す。


「どこかいこうなんて、始めていわれた気がする」


「そお・・・?」


皐月は小首をかしげ、


「意識してなかったな・・・」


といった。


「ごめんね?急に」


「いや。僕が皐月にあいたかったから」


まっすぐ彼女の目を見ていう尚に、皐月は思わず視線をそらせた。


「・・・ありがと・・・」


「皐月は僕が断ったら、他の男呼ぶからね・・・」


尚がそういって、淋しそうに微笑む。


「そんなこと・・・」


「あるよ・・・」


尚は皐月の言葉をさえぎるようにして、


「皐月、淋しがりだもんな・・・」


と続けた。


「・・・否定できないけど・・・」


皐月が曖昧に微笑む。


「時々ね・・・スゴク淋しくなっちゃうの・・・」


そういって彼女はベッドに腰を下ろした。


綺麗にメイクされたベッドが、かすかに揺れる。


「誰かに抱きしめてほしくなるのよ・・・」


「誰でもいいの?」


尚が立ったまま、少し語気を荒くして聞き返す。


皐月が困ったように尚を見上げる。


「誰でも、ではないケド・・・私を欲してる人なら・・・」


「皐月は本当にそれでいいの?」


彼が、問い詰める用に言葉を継ぐ。


「・・・だって・・・不安なんだもの・・・」


皐月がベッドカバーの端を握り締め、


かすれた声で、小さくつぶやいた。


「・・・何が?」


尚が彼女の隣にゆっくりと腰を下ろす。


「・・・一人になるのが」


「一人じゃないじゃない・・・こんなに愛してるのに」


尚がそういってため息をついた。


「何が不満?」


その視線に、皐月はいたたまれない気持ちになった。


「・・・そういわれると困るんだけど・・・」


彼女は泣き笑いのような顔で尚を見つめ、いった。


「もう・・・いいよ・・・ごめんね・・・帰っていいから・・・」


彼女の瞳から、涙がひとしずく、零れ落ちた。


皐月がはっとしたように、尚からあわてて顔をそらす。


「・・・どうして泣くの・・・?」


尚が焦ったようにききかえし、皐月をそっと抱きしめた。


彼女が抗うように、身をよじり顔を背ける。


「上手く説明できない・・・わかってもらえない・・・


もう、いい・・・」


「ごめん・・・」


皐月が困ったように彼を見上げ、いう。


「・・・なんで尚が謝るの?」


「泣かせたから」


尚が皐月を優しく自分の腕の中に包み込んだ。


「・・・怒ってるのかと思った・・・」


皐月が彼の肩に頭を預ける。


「怒ってないよ・・・困ってる・・・」


「・・・なんで?」


「皐月のこと、どんどんわからなくなる・・・」


尚がそういって、そっと皐月の額にキスをした。


「・・・私も自分がわからないの・・・」


彼女が尚の首に腕を絡め、その胸に顔をうずめながらいった。


「怖いの・・・どうしようもないのよ・・・」


「僕、よくわからないけど・・・」


尚が彼女の髪をそっと撫でながら言った。


「それってさ・・・体で慰められるものじゃないと思うよ」


「・・・わかってるよ・・・」


「今日は抱かない」


尚がそういって、皐月を抱きしめた。


「そのかわりずっと隣で皐月のことを抱きしめてる」


「尚・・・」


「皐月の寝顔見ながら、ね・・・」


「うん・・・」


皐月は頷くと、尚を見つめいった。


「でも・・・」


「うん?」


「その前に一緒にお風呂はいろ?」


皐月がそういって、尚の手をとった。


三部へ続く

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