アルボムッレ・スマナサーラ氏は、スリランカ仏教界長老。
朝青龍の本名ドルゴスレンギ・ダグワドルジも言いにくかったが、この名前も口頭で誰かに伝える自信が無い。
カタカナではこうだが実際はどんな発音になるのだろう。
全然知識の無いまま、スリランカ仏教という言葉に魅かれて著書を手にした。
仏教には北伝仏教と南伝仏教とがあり、スリランカを初めビルマやタイなどの東南アジアの仏教は南伝仏教だ。
そして、日本に伝わったのは、最澄や空海によって中国径由で伝わった北伝仏教で、別名「大乗仏教」とも呼ばれ、一般大衆にも仏陀の教えを広めようとする宗派というくくりになる。
日本仏教は、経典をベースにしてはいても、中国を径由する中でアレンジが加えられ、宗派の解釈もあり、原型から離れてしまっているのではないかという危惧を常々持っていた。
仏教のエッセンスはむしろ、出家した僧を対象とする南伝仏教に残されているのではないか。
と思っているところに、めぐり会った。
氏の著書は、講演の口述筆記なのか、語り調でかかれて、口調は柔らかいのだが、かなりはっきりと主張している。
僕が初めに氏の著書を読んだのは『怒らないこと』
怒ることの愚かさを縷々述べている。
抜粋させていただくと、だいたいこのようなことに。
「怒り」というのは、ひとつの精神的な病気です。
何でもおもしろくないと思ってしまう人、それは、怒るあなたが悪いのです。
「怒り」の悪循環にはまることほど、恐ろしいことはありません。
怒りの自己発火現象です。
怒ると、こころが病気になって、次には脳が病気になり、体が病気になります。
怒りたくなったときには、瞬時に「怒らないようにがんばっている自分」をほめてあげてください。
あるいは「怒り」の逆の思考、他人に対する思いやり,やさしさで「怒り」を相殺するのです。
僕も以前このコラムで「人はなぜ怒るのか」を載せたことがある。
http://plaza.rakuten.co.jp/sontiti/diary/200801240000/
怒りは自律神経のバランスを崩すということと、対処法で「感謝」をすればいいと書いた。
なんと通じるものがあるではないかと感激した。
僕って、ちょっと解ってた。
また、氏の教えに「いつくしみの瞑想」というのがある。
これも実に心に響くので写させていただく。
今からすぐに幸せになれる瞑想法。
声に出して、あるいは心の中で唱えれば、こころは静かに穏やかになり、人生が幸せに転じます。
「いつくしみの瞑想」
私が幸せでありますように
私の悩み苦しみがなくなりますように
私の願いごとがかなえられますように
私に悟りの光があらわれますように
私の親しい人々が幸せでありますように
私の親しい人々の悩み苦しみがなくなりますように
私の親しい人々の願いごとがかなえられますように
私の親しい人々に悟りの光があらわれますように
生きとし生けるものが幸せでありますように
生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように
生きとし生けるものの願いごとがかなえられますように
生きとし生けるものに悟りの光があらわれますように
私の嫌いな人々も幸せでありますように
私の嫌いな人々の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々の願いごとがかなえられますように
私の嫌いな人々にも悟りの光があらわれますように
私を嫌っている人々も幸せでありますように
私を嫌っている人々の悩み苦しみがなくなりますように
私を嫌っている人々の願いごとがかなえられますように
私を嫌っている人々にも悟りの光があらわれますように
生きとし生けるものが幸せでありますように
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