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事情があって、一日200円生活がスタートした。お金って不思議なもので、あるときはなくなったらどうしようといろいろ心配してしまうけど、本当になくなってしまうと、これだけでいかにして最大限の満足を得られるかを考えられるようになる。まさか、自分がこんな暮らしをするとは夢にも思っていなかった。実際始まってみると、案外楽しめていることに気づいた。今までだったら、食べたいな~とか飲みたいな~とか思ったらすぐに手に入るし、買ってみて気に入らなければ、放置することもできた。てゆーか、今の社会ではそれが普通なんだろうなー。それが、できなくなると、ちょっとしたことが叶えられるだけで、めちゃめちゃラッキー!と半端じゃなく喜べる。先日も、「はー、牛乳が飲みたい・・・でもそれだけのお金があったら卵が買えるし」と思っていたところ、思いがけず、主人が自分のお金で買ってきてくれた。ケンカ中?のことだっただけに、本当に涙がでるほどうれしくて、主人の優しさを実感した。こんな感じだから、なんてゆーか、今まで気づかなかった人の心の奥底にあるやさしさや寂しさをぐっと身近に感じて、ちょっとしたことに感動できるし、その人の心の苦しさを思って泣けてきたりする。よく世間では落ちきるところまで落ちたら人のことがよく見えると言われるけど、こういうことだったのか、と心から納得。やっぱり何事も、本からの知識で想像していただけではわからないんだよね~・・・。てことも、今初めて実感している。主人て本当に必死に頑張ってくれてるんだなー、えらいよなー、ってのも、こっちが必死じゃなきゃ、心底わかってあげられたかどうか、あやしいもんだ。夫婦が力をあわせる、ってこういうことをいうんだなあ、とすっごい重みをもってしみじみと思う。本気で、私たち夫婦が正念場にきていることを実感。これまでは、なんてゆーか、お互いに遠慮して、表面的には仲良く、ケンカもろくにせずとおってくることができた。だけど、こうやってギリギリの状態になると、子供の希望も叶えてやれないわけで(むしろそれでいいんだと思ってるんだけどね)、今までくさいものにはフタ、という感じでお互いに言いたいことを適当に胸のうちにしまっておけたのがそうもいかなくなり、真正面からぶつかることになる。私はこれまで、相手が誰でも本気になるということはなかった。いつも真剣に向き合う場面を避け、逃げてばかりいた。主人もおそらく同じだとおもう。自分の気持ちを理解してくれない相手に、一生懸命伝える努力なんてしてこなかった。だってめんどくさいし、スパッと相手をあきらめて、さっさとわかってくれる相手のところに行った方がラクちんだものね。これが愛情ってもんなんだ、というのを身も心も余分なものを掃除していくにつれ、目からうろこが落ちるように感じるようになってきた。自分はちっとも成長できないどころか、いやな部分をどんどん相手の前でさらけだしてしまい、がっかりするときも多い。でも確実に、何かが変わっている。見える世界が変わってきている。主人が私に背を向けたり、ふてくされたりしても、その奥にある苦しさを思うと、むしろ申し訳ない気持ちになったりして。子供がいろいろ欲しがってぐずったときにも、「ウチにはそんなお金はありません!」と言うんじゃなく、「パパも今、苦しいところを頑張ってくれてるんだから、トウキもがんばろうね」と言えたりとかね。いやもうほんと、お金がなくなったらどんなに不自由で毎日ストレスフルになるのかしら、と思っていたけど、こんなに楽しくてうれしいなんて正直びっくり。トウキもいつも楽しそうに笑ってるし、なんといっても、夫ががんばってると思うと家事にも気合いが入るというもの。掃除なんていままでろくにしたことなかったけど、ここまできちゃうと、今あるものを大切にしようって気になる。モノに対していとおしい感情がわく自分が信じられない。貧乏万歳だ。
2004年06月24日