PR
Keyword Search
Calendar
保険の異端児・オサメさんComments
小中学校のころに見た高校野球の記憶は鮮明だ。知人から、記憶するものを間違ったのではないか、と言われたこともあるくらいである(笑)。
さて、前回のブログで、1974年、鹿児島実が定岡投手を擁してベスト4に進出したことに触れたが、この年、鹿児島県には、もう一人好投手がいた。鹿児島商の堂園投手である。この年のドラフトで、定岡投手は巨人に1位指名を受けるが、堂園投手も広島から1位指名を受けた。鹿児島の高校球児が同時に2人、ドラフト1位指名を受けるのは、この時が最初で最後ではなかろうかと思う。今回は、当時の鹿児島商の思い出である。
鹿児島商は、県内3強として鹿児島県の高校野球のリーダであったことは、以前にも述べた。ユニフォームは、胸に"KASHO"。甲子園では、1986年68回夏にベスト4(同年、国体では優勝)に進出したのが、記憶に新しいところであるが(新しいつもりが早や21年前だ)、私の記憶の中では、好投手、堂園投手を擁したころの鹿児島商の印象が強い。当時、教諭の小鷹監督が率いていた。
好投手堂園を擁した鹿児島商は、甲子園では戦力的にはダークホース的存在であったと思う。まず登場したのが、1年生の夏、1972年の54回大会である。この時は、県大会の決勝戦が鹿児島商工(現、樟南)戦だったと記憶しているが、これが大変な死闘だった。得点の入ったイニング数の記憶には自信がないが、延長に入って3点先取した鹿児島商を鹿児島商工が追いつくという試合には、父親と2人で興奮して見ていたのを、幼な心ながら覚えている。それは、こんな試合だった(県内では鹿商、鹿商工と呼ぶ)。
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 計 | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
|
鹿商
|
0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | 0 | 1 | 4 |
|
鹿商工
|
0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | 0 | 0 | 3 |
その死闘を勝ち抜いて出場した甲子園で、鹿児島商は、初戦で、九州の強豪、大分の津久見と対戦する。投手戦となり、1点リードで最終回を迎えたが、その裏、逆転サヨナラを許した。どういう形だったのかは覚えていない。
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 計 | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
|
鹿児島商
|
0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 2 |
|
津久見
|
1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 3 |
その津久見は、その後、苫小牧工、明星、天理、柳井を撃破して、夏の大会,初優勝を飾る。ちなみに九州で春夏、両方で優勝しているのは、津久見だけである。その津久見も、甲子園に出なくなって久しい。最後に出たのは、のちにヤクルトに進んだ川崎がエースとして出場した1988年だ。
そして、次に堂園投手が甲子園に登場するのは、3年の春、1974年の第46回選抜大会となる。この大会、関東の三羽ガラスと呼ばれた、土屋(のち中日)を擁する銚子商、工藤(のち阪神)を擁する土浦日大、永川(のちヤクルト)を擁する前年優勝校の横浜、といった強豪、30回目の古豪平安(山根投手)、そして11人部隊の池田イレブン、と話題の多い大会だった。そして、鹿児島商は初戦で兵庫の報徳学園と対戦した。
報徳学園は、住吉、東(あずま)の右、左の2投手の継投で勝ち上がってきた投手力のチームだった。試合は、投手戦となるが、鹿児島商が2点を先取。しかし、"逆転の報徳"が、中盤逆転し、1点のビハインドとなる。鹿児島商も粘り、8回に追いついた(犠牲フライだったか?)。しかし、9回に1点勝ち越しを許し、惜敗した。
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 計 | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
|
報徳学園
|
0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | 0 | 0 | 1 | 4 |
|
鹿児島商
|
0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 3 |
勝利した報徳学園は、この後、土浦日大、銚子商、平安、池田と撃破し、選抜初優勝を果たすのである。堂園投手を擁する鹿児島商は、2大会続けて、その大会の優勝校と互角に渡り合い、最後、1点差で逆転負けした。
そして、最後の3年の夏、県大会決勝で定岡擁する鹿児島実と投手戦の末、エラーをキッカケに自滅、0対2で敗れたのである。とうとう、堂園投手に悲願の甲子園1勝は叶わなかった。勝つところを見たかった。
その後、堂園投手は、広島カープに入団したが、残念ながら1軍のマウンドでその勇姿を見ることはなかった。私の記憶の中では、堂園投手は最後まで悲運のエースだった。
第91回夏の甲子園(3) 日本文理の快進撃… 2009.08.26 コメント(2)
第91回夏の甲子園(2) 復活の夏。高知… 2009.08.25 コメント(2)
第91回夏の甲子園(1) 祝中京優勝、古豪… 2009.08.24 コメント(2)