上生的幻想

上生的幻想

2008/11/14
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テーマ: ★お菓子★(2996)

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 アクセスの便からたいてい京都大丸かJR京都伊勢丹で上生を購入する我が家では、あまり食べる機会のない、長久堂(今回は、四条高島屋の地下で購入)。


 さて、この上生を見て、「口切」とすぐに思える人は、少なくとも、すこしばかり茶の湯ウイルスに感染している可能性があるのでなにかと気をつけた方がよいかも知れない。
 では、どうして、これが「口切」? なんて、もちろん彼らは初めから思ったりはしない。
 という前に、そもそもこれは何? と非感染者は健全な疑問を抱くだろう。

 十一月に、この姿なりで、「口切」とくれば、これはもちろん茶壺(大茶壺)と、彼らは了解する。
 この中に、春に摘んだ茶葉を入れて保存してある。壺の口は桐の蓋をして和紙が張って封印してあるのだが、その口を切るのが、十一月。
 茶の湯では「口切りの茶事」といって、床(とこ)に茶壺を飾り、拝見などのあと、茶壺の口を切ってその茶葉を石臼でひいて新茶を楽しむ、という象徴的な茶事がある(床に飾る壺は空の時もある)。その年に摘んだ新茶を使うことから、十一月は、彼らにとっては新年であるなどとまで言われることもある。
(もっとも、今時は、新茶が出るのは茶摘みが終わればすぐに出ている。福寿園の「抹茶工房」((挽きたて抹茶、というだけあって、店頭で挽いたのをそのまま袋詰め。京都大丸の食品売り場では、機械挽きだが、石臼で挽いているのを見ることができる))も、5、6月頃風味があきらかに変わる)。

 もちろん、実際の「口切りの茶事」にこの上生はくどいので、というかこういう上生は使われないと思うので、もっと気軽に、というより、とくに非感染者がこの上生を目の前にして、「ああ、むかしは今が新茶の季節だったんだ、新茶を楽しむ口切りなんてことが行われてたんだな~」などと、奇しくも時期が重なるボージョレ・ヌーヴォーを楽しむように、思いをはせて楽しんでみるのがいいだろう(ワインと一緒で、農産物であるお茶も、年によって結構風味が異なる)。

 まあ、「口切りの茶事」っていうのは、ボージョレ・ヌーヴォーと同じで、今年の収穫に感謝し新物を味わい楽しむお祭り、の利休的形式・表現と思えばいいかもしれない(といいつつ、実はボージョレだけでなく、ワインに限っても他の地域にも似たようなお祭りはいろいろある。なのに、なぜ、もともとはたかがフランスの片田舎のお祭りが日本にまでも、というと、エンペラー・デュブッフ型という強烈な感染力を持つボージョレ・インフルエンザに日本もまんまと巻き込まれたのだ)。

 とはいっても、このミニチュア茶壺。
 ミント色が、ポップでキュート。

 また、あまりにもリアルになりすぎても、上生として品もないし、面白みもなくなってしまう。
 そのあたりのセンスと工夫が面白い。


 種は、黒漉餡。

 餡、こなしとも、口当たりはなめらか。もちろん、どちらもやわらかさは調和していた。
 控えめで、ふっくらとした、澄んだ甘み。
 上品な風味で、鶴屋吉信や俵屋吉富のような今時っぽさも感じないが、古めかしさや古びた感じもしない。
 長久という名前のように、ゆったりとした時間の流れのなかで、自然に落ち着くところに落ち着いた、といった風情の、穏やかな風味。
 口に含むと、どこからともなく、封印をとかれたばかりの新茶の香りが漂ってきた。


 それにしても、長久堂さん、ミニチュアが好きなのかな?
 この茶壺のようなミニチュア菓子が持ち味なのだろうか?
 まあ、ある意味上生ってどんなものでも抽象的なミニチュアともいえなくはないけど、ここのは、ほんとにミニチュア。
 しかも、道具のミニチュア。
2008年 菓匠会でも、ミニチュアだった^^  さすがに、菓匠会のミニチュアは、リアルさが祟った?(dannanのウケはよくなかった)





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Last updated  2008/11/14 07:18:45 PM
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