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雨上がりに植込みの手入れをしていた相棒が変わった姿の虫がうじゃうじゃいると驚きの声。見に行くとアリッサムの葉っぱの上に文字通りうじゃうじゃいるのは下の写真の虫。最初は孵化直後のテントウムシだろうと考え、あとで調べようと記録したのが下の写真である。アリッサムの上にだけいるのはたまたまここに卵が産み付けられたのか、あるいはアリッサムに特異的な虫なのかと考えた。大きさは5ミリ位で生れたてと思しきやや小型で黄色っぽいものからくろっぽい大人まで混じっている。その形がテントウムシと言うよりはカメムシに近いので検索してみると「ナガメ」と言うカメムシの一種であることが分かった。あまり個体への攻撃を加えなかったためか、あのカメムシ特有のガス弾はこうむらなかった。むしろ手を近づけると腕に乗ったり飛び去ったりしていった。中には周りを気にせず仲睦まじくデイト中のカップルもいる。実はこのアリッサムの株は数日前から葉っぱに白い斑点ができだして勢いがなくなっていた。 調べてみると葉っぱの根元から葉脈の液を吸うのだそうで、そのあと葉っぱに白い斑点ができると記載されている。これでやっとこれまで知らなかった虫の名前とアリッサムの白い斑点の原因を突き止めることが出来た。ただ動きが激しくてピントが合う前に動いてしまうのでどれもピンボケ写真は残念。ナガメとほとんど同じ生体でやや小型の「ヒメナガメ」と言う虫がいるそうだ。ネットでは外見からほとんど区別がつかないと記されているが、多数の画像を比べてみると肩の斑点の数が違っている。ナガメは2個の黒い紋を持つがヒメハガメは6個の黒点を持っている。これらの模様はどう考えても戦国武将の鎧に見える。これに似た鎧を備えた例として上杉謙信や他の武将の鎧が見つかった。ちなみに「ナガメ」の名は菜の花にたかるカメムシから来たそうである。日本人得意の短縮名らしい。また水中昆虫の「タガメ」があるがこれは「田んぼのカメムシ」に由来するそうだ。今回初めて知ったナガメであるが岐阜大学や虫撮る人々など多くのホームページに感動的な孵化の写真がある。
2017.07.29
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ホテル・葛城北の丸 今回孫娘のピアノ演奏会へ行ってきたが、ボーナスを手にした直後で息子にも幾分 余裕が有ったのか宿泊は”葛城・北の丸”に招待してくれた。この宿が有名になったのは日韓ワールドカップの時”侍ジャパン”がここを根城にして活躍した時である。ここは往時の平地城をモデルにしてヤマハが設営した擬似城郭ホテルである。さしずめヨーロッパの”古城ホテル”の日本バージョンであろうか。下の写真のように濠に囲まれた大手門を入ると一本の大楠を中心に訓練・儀式広場を挟んで本丸・二の丸を摸した造りである。 車からから下りて大手門にかかると昔の灯台のような常夜灯が有り、葛の葉の紋章が描かれた提灯が下がっているが番兵が居るわけでも無く難なく入城できる。 門から場内を眺めると大楠の向こうに北の丸が見える。実は孫達の7・5・3の時と今年の正月にここでわが一族の食事会をしたことがあるが宿泊するのは今回が初めてである。。 葛城・北の丸とは称しているが実際にここに城が有ったわけではなく葛の茂るこの丘に雪国から古材を集めて江戸時代以前の平地城風の建物群を再現しているのだ。当然家紋は葛の葉3枚となる。 同じ3枚の植物の葉を配してもこの様に下向きにすると優しさがにじみ出る、上向きにすると一寸猛々しくなり安息の場所には相応しくなくなる。 ツツジ園、プール・池を配した芝生広場の周りに幾つかの棟(殿)が散らばっているが、各棟は渡り廊下で繋がっている。廊下と言い本殿と言い昔の造りであるから天井などは張られておらず、”ちょうな” で削った不規則な形の梁が露出している。 渡り廊下の外には南天、梅、百日紅などを配した小さな庭園もあるが、昔の殿様は奥へ渡るのも結構寒い思いをしたのだろうと偲ばれる。 さすがに宿泊棟には天井が張られていて部屋の中の設えは一流のシティーホテルのそれで廊下も暖房されている。そう云う意味では現代の客は昔の殿様以上の扱いである。 ただここはあくまで「殿中である」編み足袋・スリッパは与えられるものの靴は玄関で脱ぎ置いている。部屋の前は庇・藤棚下の板張りから直接芝生庭園に続いている。 さすがに棚には葛では荒荒らしすぎるのか藤棚になっている。 勿論部屋には立派なバスルームがあるがやはり寒い渡り廊下を通って大風呂に行く人が多かった。 2階から見ると立派な甍の続きで城郭を思わせる造りである。 話題も情景もガラッと変わるが部屋から食事処へ渡るにはどうしても2階ホールを通らなければならない。ここではがらりと21世紀にスリップする。前にも記したがここはトルシエ率いる”侍ジャパン” が籠城した場所である。森に囲まれたサッカーグランドを持ち、城郭には外部から入りこむことが出来ないこの場所は秘密作戦の訓練場には最適であった。軍団はここに籠城して秘密作戦を立てて秘密裏に特訓をしていたのだ。 今はさらにPGAのメジャー大会も開催される付属のゴルフ場を有しているのでこの通路ホールにはサッカーのワールドカップやゴルフのメジャー大会の記念グッズが展示されている。中田選手やトルシエ監督の必勝連判状が飾られている。 侍たちの懐かしいユニフォームや公式ボールなどもある。 それと並んで変わったランプシェードが展示されていた。地元の作家だろうが土器の形はまちまちで古代から未来に通じるようなデザインが並んでいた。それぞれ私には手が届かない結構な額の値札も添えられていた。
2011.12.22
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十一代桂文治落語会昨日のブログで詳しく記したが、落語の桂文治さんの紋所が下の左で右が私の紋所である。 紋所の因縁で桂文治さんについて調べて見た。落語の桂流は上方の桂(文(三)枝、文珍など)と江戸方桂(文治、歌丸)などであるが、宗家は東西の桂とも桂文治で、現在上方桂の止め名(最高位)は桂分枝(去年までの三枝)、江戸方の止め名は桂文治。そうするとテレビにはあまり出なくとも桂文治は大変な名跡である。桂流宗家の十代文治は日芸協会会長の満期日(2004・1・31)に他界、会長職は桂歌丸が引き継いでいる。その後桂文治の名は途絶えていたが昨年(2012.9・21)弟子の平治が十一代を襲名している。そして歴代桂文治の印が冒頭の「結び柏紋」と言う珍しい紋所なのだ。急いで取って返し駅に戻ると先ほどからの案内幟の所に一人の老人客が来て会場への道を尋ねていた。観蔵院は私の散歩の範囲内なのでご案内しましょうと声をかけて出ようとするとまた一人羽織姿の人が近ずいて会場への道を尋ねた。すると案内の人が「アッ師匠!!」と叫んだ。振り返ると羽織の紋どころは結び三つ柏である。私は「ご案内します」 と言って先に立った。かなり長い道のり(約10分)の道中、付近の農村からの変貌ぶりや道中の桜並木の残り花の話などしながら会場の寺に着いた。この寺は曼陀羅美術館を併設しており、この日の落語会はその美術館広間で行われた。この寺の住職は前の大正大学学長を務められた方で奥さまは仏画研究の大家だそうだ。我が家から徒歩15分の距離なので曼陀羅絵はまたの機会にとあまり観覧しなかったが、臨時客席の横には大巾の美しい曼陀羅絵が掲げられている。落語は美術館の極楽の天女を描いた壁画の前の高座で演じられた。実に熱演で今更ながら生の演技に酔いしれた(笑い転げた)。テレビと違って時間制限が無く、2時間半近くを二つ目の三遊亭昇々さんと二人で演じ切った。青年期の昇々さんはその勢い熱意が十二分に伝わってくる真作落語を披露。文治さんは長い持ち時間を今日の出来事・最近の世相など取り混ぜて2席を披露。その枕話の中で駅から会場まで私と二人で交わした会話の内容が語られたのには恐縮した。二つ目春風亭昇々真打ち十一代桂文治さんは1時間近い第一席と休憩をはさんで11代桂文治もう一席これまた長くて色とりどりの枕話でご機嫌をとり、春の花祭りや会場が寺などことを考えてかお釈迦様の生誕に関する演題をこれ以上ないと思われるような話術で笑わせてくれた。宗家と言えどもまだ壮年エネルギーに満ち溢れた語り口である。大いに元気を吹き込んでくれた。隣席のご婦人は自宅を流され練馬の知人宅に身を寄せていると言う石巻の津波被災者であった。引っ込みがちなので知人に行って来なさいと勧められて初めて来た落語会だそうだ。このご婦人がお腹をゆすって大声で笑っている姿を見て私まで幸せな気分になった。
2013.04.12
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先日近所を散歩していて幼稚園の庭に徹底的に枝打ちされたプラタナスの木を見つけ青空との美しい対比にスマホ写真を撮った。あとで見ると柱頭に装飾があり円柱の中部に少し膨らみがあるギリシャ建築のエンタシスによく似ていると思えた。ギリシャの神殿建築にみられる柱の飾りとしてドーリア、イオニア、コリントの3っの様式がある。ドーリア式が最もシンプルで皿を重ねたような形でイオニア式は渦巻模様を配したやや装飾的なもの、そしてコリント式はアーカンサスの葉をふんだんにあしらった装飾的な彫刻を乗せている。ローマ時代にはイオニア、コリント両様式を合わせ持ったコンポジット式(混合式とかローマ式とも言われる)というのも有るが、幼稚園のプラタナスはコンポジット様式か。アーカンサスは日本語では「葉アザミ」でギリシャ語で棘があることを意味する。葉アザミはギリシャの国花でもあるがwebで見る限り我々がよく見るノアザミとはちょっと違ってむしろ「ハナトラノオ」に似ている。いずれにしても切れ込みの深い葉っぱでコリント式の飾りは形と言い複雑な模様と言い我が国の火炎土器に似ている気がする。アテネのアクロポリスにはドーリア式のパルテノン神殿とイオニア式のエレクティオンがある。 パルテノン神殿 エレクティオンまたあの大英博物館本館はは見事な破風飾りを持ったイオニア様式と言える。 大英博物館のファサードとイオニア式柱頭パルテノンの屋根部分は破壊されており、破風飾りはElgin伯に持ち去られて"Elgin Marble"として大英博物館に収容されている。私が最初の訪れたとき(1967)には床に何げなく並べられていたが再訪した時(1984)には立派な展示室に収められていた。1970年代ギリシャの返還要求にたいしてBritish Museumでこそこの文化遺産は完全な形で保存されてきたし、これからもそうだとして返還を拒否したのでこうする必要があったのだろう。話を元に戻すと、何と言ってもコリント式が一番装飾的でローマのパンテオンが代表的である。パンテオンとコリント式柱頭我が国の建築物も明治大正期の洋館は装飾的であったが近年の再開発に際して保存機運が高まり、新しい建物の一部に旧館の面影を残す工夫がなされている。そのおかげで丸の内界隈には現在でもギリシャ式エンタシスが見られるところがある。丸の内界隈の建築を紹介しているブログ ”i’sTravel Diary"の写真を拝借して東京駅周辺にある3様のエンタシスを備えた建築を紹介する。日本工業倶楽部のドーリア式ファサード農林中央金庫とイオニア式柱頭飾り明治生命館とコリント式柱頭飾り少々大げさかもしれないが一本のプラタナスから思いついて調べた結果を記録した。余談であるが日産の高級車シーマのエンブレムもアーカンサスだそうだ。
2019.03.21
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前ブログに記したように「ミッドタウン日比谷」の1-6階はショップ・レストランなどの商業施設7-35階はビジネス・オフィス空間である。6階のパークガーデンデ眼下の風景を楽しんだ後食事をしようと思ったがさすがに連休の谷間でどこも長い列である。下の写真にあるように6階の庭から見ると7,8階の上にも植木しきものが見えるのでガードマンに聞くと9階にスカイガーデンと言う庭があり、そこへは一般の人も行けると言う。「ここから上はビジネスエリアです」と言う掲示がありその掲示板に隠れてエレベータのボタンがあった。教えられた通り9階どまりのエレベータを降りると、人気のない全面ガラスのスカイラウンジと称するスペースに出た。下を見ると6階のパークガーデンや日比谷公園が眼下に見え3階分上に来ると景色も大分違っている。日比谷公園は6階のパークガーデンから見ると緑が重なり合ってうっそうとした森に見えたが9階から見ると芝生広場や公会堂辺りまで公園の全体が俯瞰できる。前回のブログにのせた法曹会館や桜田門もここからだとはっきりとわかる。ここまで登ると文科省などがある虎ノ門一帯が見え、六本木ヒルズと同じ構造の虎ノ門ヒルズの屋根がよく見える。さらに地上250メートルの東京タワーのトップデッキから上が見えてくる。虎ノ門ヒルズはこの界隈で一番高いビルで地上52階高さ247m、ここに特記したのは実は我がマンションの部屋から望見できるからである。残念ながら東京タワーは新宿のビルにさえぎられて見えない。さて9階のスカイガーデンは文字通りところどころにベンチを配した狭い通路の両側は森をイメージした植栽である。まだ開園したばかりなのでうっそうとしたとは言えないが何年かすれば森になるだろう。ところどころで勤め人が森林浴をしながらランチを楽しんでいる。9階のエレベーターを降りたところのドアに「ここからは一般客はご遠慮くださいと」と掲示があり、吹き抜け天井の高いホールに受付のデスクがある。さすがにここから先には進まなかったが植栽の間を進んでゆくと大きなホールがあり、”Deli &Cafe"とある。恐る恐る「一般客でも食べられますか」と尋ねると、「もちろんです」との答え、広々として立派なカフェテリアである。「本来は7-35階のオフィスで働く人のためのものですが一般の方も大歓迎です、ただここまでたどり着くお客様はごく稀です」との答えだった。考えてみればビジネスにも客人は必ず伴うので食堂は共通のはずだ。そんなわけで9階のガーデンやカフェテリアは一般に公開されているということらしい。そうはいっても一般客に殺到されては困るのでパンフレットにも一切触れられておらず、知る人だけにどうぞと言う事らしい。こんな裏話を記すと迷惑をかけるかもしれないが私のブログを読む人などごく限られて人である。東京のセンター・オブ・センターでの森林浴も悪くない。
2018.05.05
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