☆★☆季節の風☆Kazeのミステリ街道☆

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連載12回目・エピローグ・診察室

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--- ◇Kazeのミステリ街道 ---------------------


---------------------------------- 2006年6月22日号 ------


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◇『夜桜の証言』
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◇連載12回目・エピローグ・診察室

「奴を取り押さえるとき、ものすごい力で抵抗されて、捜査員も刑事も手こずったよ。
ケガした者もいたしね」
 被害者の葬儀が終わった5月最初の夜、宮蔵と美雪は深海クリニックの中にいた。
「畑田校長は、柔道の国体選手ですもんね」
 美雪は言った。
「警官たちだって全員、剣道柔道、レスリングとやってきているが…
畑田ひとり取り押さえるのに、阿部は肩を脱臼してしまった。
…逃げる方は必死、だからじゅうぶんに警官を配置してはいたんだが」
 宮蔵は、額の青あざに手を当てながら言った。
「そのうえ、まだ完全に落ちたわけじゃない。…いちど桜の木の下で
自白しておきながら、取調室では犯行を否認した。が、凶器と着衣は見つかった」
「阿部さん、さんざんだったわね。あの時の、校長の形相のすさまじさといったら、
一生忘れられない。ゆがんでひきつって…人間の顔とは思えなかった。
死体を見るより怖かったかも」
 美雪は、宮蔵と深海、ふたりに向かって言った。
「犯罪者の本当の顔というのは、ああなんです。藤原さんは、
当分カウンセリングが必要ですな」
 刑事が呟いた。
「そっちは大丈夫だと思いますけど?」
「まあ、月イチで来てください、いろいろあったんだからね」
 深海が言った。
「殺した動機は、やはりジャージのバックマージンの件が絡んでたんだね」
「…そうだ。教頭になりたがっていた金沢さんが、10年も待ったあげく、
新年度の人事で教頭に推薦されなかったので、畑田に例の件を大学本部にバラすと
ほのめかした。奴にとって、それは命取りだ」
 宮蔵が言った。
「校長ひとりの犯行か?」
「そうだ。思い詰めた末での犯行だ」
「千商グループ初の、女性教頭誕生をえさに、ずーっとすぐり先生を
あやつってたのね、畑田校長は。彼女を使って、できる教職員を
つぎつぎ追い出して…」
「リベートを不正にプールした金を教諭たちにばらまきながら、
副教頭、教頭、校長となっていくんだ、あの学校は。
人格とか資質はまるで無視だな。いかに周りの機嫌をとって、うまくのし上がるかだ」
「すぐり先生は、木元先生を追い出し、都志江先生も辞める決心を固めたから、
当然今回の人事では自分が抜擢されると思っていたのに、フタを開けてみると、
教頭はそのまま、副教頭に野田先生がついただけだったのね」
「そうだ。畑田は、自分を校長に推薦してくれた、赤札と野田を
外すことはできなかった。もちろん、次の校長の椅子は約束してね」
 刑事は言った。
「…どこへ行ってもはじきだされ、東北の果てまで流れ着いた彼女としては、
親族にたいして見栄を張りたかったんだろうな。『私あっての、千商校なのよ』と
言っていたらしいしな。ちりぢりになったとはいえ、旧家は旧家だ」
 深海が訊いた。
「それで…畑田 秀夫は、被害者たちをどうやって殺したと?」
「だいたい、新聞報道の通りなんだが、我々の調べではこういう事だ」
 刑事が語り出した。
「まず、校長の畑田は、最初の被害者…金沢 すぐりを殺害する2週間くらい前から、
何度か、新年度でたまった仕事を片付けるという名目で、何回も学校に泊まっていた。
そして、事件発生時、4月27日の深夜も、校長室にいた。
灯りがずっとついていたから、地所の見回りをしていた富田さんは、
校長はずっと学校の中にいたと信じて疑わなかったのだ」
「だけど、簡単に抜け出せるんじゃないんですか?」
 美雪が訊いた。
「中田女史も言っていたが、あそこは機械警備だから、正門から出るとなると、
いったんもう誰もいないかどうか校内放送をかけてから、出なければならないんだ。
それを真夜中にやると、自分が学校を出ることが周辺住民に知れてしまう。
だから奴は、校内に誰もいないのを確かめてから、校長室に灯りをつけたまま
屋上に上り、志学館のジャージに着替え、足跡が残らないよう地下足袋を履き、
軍手をはめ、黒いアノラックを着てロープを屋上の柵に引っかけ、
 学校の外に伝いおり、凶器の包丁を持って、桜の木の上で
 金沢 すぐり教諭が来るのを待った」
「すぐり先生は、木元先生が丑の刻参りをする日を知ってたのね」
「それは畑田が吹き込んだんだ。すると、当然、彼女は木元先生をやりこめようと
 するだろうと分かっていて、その日を待った。事件前日の26日には、
 『木元信子の、丑の刻参り姿を写真に撮ってやる』って、
 職員室で吹聴したものだから、畑田はその日に、殺すことに決めた」
「なるほど」
 深海はうなずいた。
「…予定通りだった。彼女は2時前に車を降り、デジタルカメラだけを持って、
 桜並木を歩いてきた。木の上に潜んでいた畑田は、藩政時代の夜盗同様、
 枝の中からこっそり近づき、被害者の首にすばやく切り、致命傷を負わせ、
 枝から枝へ伝って、ものの3分もかからず学校の中へ戻り、
 いつもの服装に着替えた。そして、遺体を木元 信子が発見し、
 富田さんが通りかかった」
「わざと木元先生に発見させて、罪を着せようとしてたのね」
「あと富田さんにも、だな。畑田は、彼の心底をよく知っていたから、
 金沢さんを嫌っているのもわかっていた」
「貸しているとはいえ、あの土地は宝作さんにとっちゃ自分の庭みたいなとこだろ?
 そこで好き放題やられたんじゃ、面白いわけないもんなぁ」
 深海がつぶやいた。
「いくらイヤなことがあったからと言って、宝作とっちゃんは人を殺すような
 人じゃないわ。あの人は、ほかに楽しいことがいっぱいあるんだもの」
「そうだ、ただ彼は滅多に人の悪口を言わないし、我慢ならない事があっても
 胸の中にぐっと押さえておく人だから、そこを利用されたんだね。
 小中時代、仲間はずれにされていた畑田と付き合ってやってたのに、
 恩を仇で返すとはね」
 深海がため息をついた。
「それで、凶器はどこにあったんだ?」
「家庭科室の中に隠してあった包丁から血液反応が出た。家庭科の教師だった
 金沢さんを殺せば、しばらく誰も入らなくなると考えたんだろうな」
「犯行当時に着ていた着衣やロープは?」
 美雪が訊いた。
「それは、校長室の机の引き出しに隠してあった。足跡を残さないようにするための
 地下足袋と、志学館大学時代に着古したジャージ、そして返り血を浴びた
 アノラック、黒い目出し帽。あと軍手、だな。地下足袋とはよく考えたよ。
 かりに繊維片が見つかったとしても、剪定業者のものと同じで、見分けがつかん」
「どうして、志学館のジャージなんかを…」
 美雪が首をかしげた。
「畑田校長は、志学館大学の体育学科卒業だったんだ。だから、人体のしくみもよくわかっていた。
 そして、保健体育の教諭として、千商校に入った。中田女史の言うとおり、
 あの学校は志学館卒の教員が多い。学校要覧を調べたら、畑田もそうだった
 …かつて自分をないがしろにした、天狗抜の住民より偉くなりたい一心で、
 校長までのし上がったんだ。ただ、人望は得られなかったから、
 出世するには、金をばらまくしかなかった。それも自分の金ではないものをな」
「だったら…、大学時代のジャージを着て犯行に及んだら、
 だれがやったか、わかりそうなものだわ」
「僕は、こう思うんだけどね」
 深海が語り出した。
「ずっと、天狗抜の中で誰からも相手にされなかった畑田にとって、
 スポーツの成績が認められて入る志学館大学にいた時代が
 一番輝かしい時だったんだよ。ロバート・レスラー(元、FBI心理分析官)の
 プロファイリングの本にも、似たようなケースがあったしね。
 …もちろん、大学でも、さほど友人はできなかったろうが、
 柔道の国体では優勝続きで、賞状もいっぱいもらったろう。
 ちょっとした2枚目の面影を残してるから、女の人にもモテた。
 その証拠に、奥さんは同じ志学館卒の人だしね」
「そして…緊張を強いられる殺人の瞬間に、そのジャージを着ていると、
 気持ちがほぐれてうまくいきそうな気がする、って事かしら?」
「そう、藤原さん、ご明察!ただなぜ、連続殺人となったのかが
 僕にはわからないんだが」
「まだ自供はしていないが、動機はいたって単純だ」
 刑事が言った。
「最初の殺人が起こったとき、私は、中田女史から図書室で話を聞いていた。
 そのとき、教頭の赤札が入ってきて、こういった。
 『加藤先生がゆうべ泊まり込んでいたことを、
 校長に話して、厳重注意してもらう』と…」
「そして、校長は犯行当時、自分のほかにも学校にいた者がいることを知ったわけだ」
「そうだ。だから、加藤さんが校長がいたことを知っていたかどうかはわからないが、
 とにかく消しておこうと考えた。もし勘づかれでもしたら困るからな。
 酔っぱらって、学校に泊まり込もうとした彼をまた、同じ手口で
 桜の木の上で待ち伏せ、背後に降りて後ろから襲いかかり、首をへし折った」
「口封じのための犯行だったのね」
 ため息をつきながら、美雪はつぶやいた。
「ただ、この人がすぐに死体を発見し、彼は焦った」
 刑事は美雪を見て言った。
「あの夜は教職員も何人か泊まっていたから、校長室から屋上へ上って抜けだし、
 すぐに戻っても、アリバイは完璧に作れたはずだった。
 一階から抜け出さない限り、 機械警備は作動しないから、
 だれも校長が出て行ったなんて思わない。
 …だが、遺体は即、卒業生のくるみさんと、藤原さんに見つかった。
 そして、彼は藤原さんが大学に入学する予定であることを、
 本部の教務課から聞いて突き止めた。後から、彼女のアパートまで行って、
 ひとり暮らしであることを確認し、短大の電話で呼び出した」
「加藤先生の死体の第一発見者が、ずーっと千商グループの中をうろつくんじゃ、
 気の小さい彼にとってはたまらない話だもんな」
 深海がうなずいた。
「そう、だから少し痛い目に遭わせて、二度と学校の敷地内に
 近づかせないようにしようとした」
「あたしのことも、殺す気じゃなかったの?」
「いや、奴も一応は教育者だ。3人も殺せはしないと思う。
 が、もしあなたが彼の顔を見ていれば、危なかったな」
「そんな…」
 美雪は自分の両肩を抱きすくめた。
「宝作とっちゃんが通りかかっていなければ、命が危なかったのね」
「そうかもしれないな。しかし、富田さんが来たことで、奴はうろたえ、
 凶器に使った鎌をしまい込んだアノラックの胸部分が破けて、
 ほつれたジャージの糸を木の枝に引っかけたまま逃げたんだ」
「なるほど…、そこで彼は墓穴を掘ったわけだ」
 深海が言った。
「だが立証するのは難しかった。前にも言ったように、志学館のジャージを
 大事に持っている教員は、あの学校には何人もいるし、仲間意識を持って、
 そのジャージを着て課外活動をしていることもあるから、
 あの糸がいつ引っかかったのか証明するのは難しかったのだよ」
「ならば、リベート横領の件で引っ張れないのか?」
「大学本部からの告訴がなければ…そうなると、内部告発者としての中田女史が、
 こんどは危険にさらされる。本件の自白から起訴までにも、膨大な時間が
 かかるだろう。私は、必ず、殺人で奴を挙げたかったんだ」
 宮蔵は断固とした口調で言い、美雪を見た。
「そこへ、この人が面白い事を言ってくれたものだから助かった」
「まさか、あんなにあっさりと、あたしの思いつきに乗るなんて思いもしなかったわ」
 美雪が苦笑した。
「『イタコに口寄せを頼む』と、畑田校長のいるところで言って、
 おびき出そうなどと、最初は何を言いだしたのかと思ったが、
 よく考えるとそれが一番いいと思った。なんとしても、
 奴に殺人を吐かせたかったからな」
 刑事は言った。
「計画を実行することになったあと、あたしは都志江先生と、すぐり先生が生前に
 PTA総会の司会をしたときのテープを探しだし、
 『畑田校長のおっしゃるとおり、みなさん子供さんには校則をきちんと守るよう
 伝えてください。服装の乱れは心の乱れ、それが不祥事に繋がるのです。
 校外の万引き行為などは決してゆるさない気持ちで私達は生徒指導に当たります』
 と言っていたのを、おどろおろどしく編集したのよ」
 美雪が言った。
「深海君まで巻き込んだがな」
「いつでも協力すると言ってじゃないか。僕は、激しく悪を憎む男なのさ」
 深海はニヤリとした。
「それに、あの時点ではうまくいくと思った。彼はじゅうぶんに後悔してるし、
 恐怖心もあおれるとね」
 深海が言った。
「富田さんの親戚に、たしかにイタコのハナさんという人はいるんだが、
 本当はずっと恐山にいて、こっちには帰ってきていなかったがね。
 『夜明けに口寄せする』と言えば、彼は必ず、気になって、時間前に様子を探りに、
 深夜に桜並木へやってくる。自分が金沢さんと加藤氏を殺した、午前2時にな。
 そう当たりをつけて、暗闇の中に、捜査員を張り込ませた
 …そして、奴は来た。あの、テープの声を聞いて、すくみあがって叫んだのだ」
 宮蔵は言い、ため息をついた。
「捜査が不当とか言って、いまは否認を続けているが、
 証拠は揃ったから起訴できる」
「しかし、長引きそうだったなぁ」
「ああ、とにかく身柄を確保できて良かった。さっそく弁護士を付けたが…、」
「裁判って時間がかかるんでしょうね。いつも、そうよね」
 美雪は言った。
「…なんか、最初は女同士の争いに見えてたけど、
 結局、男たちの出世争いの果てに起こった事件なのね」
「そうだねぇ。組織ってのは、古くなるほどいつのまにか魔界となっていくのかもな。
 特に、特殊な学校なんていうところでは、ね」

「今回は、世話になったな」
 宮蔵が、深海に言った。
 美雪も、犯人逮捕の夜を思い出し言った。
「先生の、テープを回すタイミングってすごいなって思いながら、あそこにいたわ。
 いつ鳴るか、いつ鳴るかと待ってたの。そしたら、ちょうど午前2時に、
 すぐり先生の声が聞こえて来て。声の間隔もとぎれとぎれで、
 あたしまで心底ふるえたわ。畑田校長の、心の中を読み切ってたのね」
「さすがに、私も背筋が冷えたよ、あの時は」
 刑事が言った。
「あ、そうそう、それ謝らなくっちゃいけなかった、ごめんごめん」
 ふたりの言葉をさえぎって、深海が言った。
「え…?」
「あの時、預かったラジカセが動かなくってさ。電池切れでも何でもないのに、
 なぜか、ボタンが押せなかったんだよ。焦って、困り果ててると、
 例の時間になって、彼女の声が。…ああ、美雪さんがきちんとバックアップを
 持ってたんだと思って、安心したよ。ほんとにあなたは、
 ここぞというときにはしっかりと…」
「……」
 医師の言葉はそれ以上、美雪の耳に入ってこなかった。

<おわり>



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